マギンティ夫人は死んだ
Mrs McGinty's Dead

放送履歴

日本

オリジナル版(94分00秒)

  • 2010年09月13日 21時00分〜 (NHK衛星第2)
  • 2012年08月13日 17時00分〜 (NHK BSプレミアム)
  • エンディング途中の画面上部に「鳩のなかの猫」放送予告、画面左下にNHKオンデマンドでの配信案内の字幕表示あり

ハイビジョンリマスター版(94分00秒)

  • 2016年12月03日 16時00分〜 (NHK BSプレミアム)
  • 2017年05月17日 16時00分〜 (NHK BSプレミアム)
  • 2021年06月19日 16時26分〜 (NHK BSプレミアム)
  • 2021年12月29日 09時00分〜 (NHK BS4K)
  • 2023年07月19日 21時00分〜 (NHK BSプレミアム・BS4K)
  • BSプレミアムでの放送は、オープニング冒頭の画面左上にBS4K同時放送のアイコン表示あり

海外

  • 2008年09月01日 20時00分〜 (典・TV4)
  • 2008年09月14日 21時00分〜 (英・ITV1)
  • 2009年06月28日 21時00分〜 (米・WGBH)

原作

邦訳

  • 『マギンティ夫人は死んだ』 クリスティー文庫 田村隆一訳
  • 『マギンティ夫人は死んだ』 ハヤカワミステリ文庫 田村隆一訳

原書

  • Mrs. McGinty's Dead, Dodd Mead, February 1952 (USA)
  • Mrs. McGinty's Dead, Collins, 3 March 1952 (UK)

オープニングクレジット

日本

オリジナル版

名探偵ポワロ / AGATHA CHRISTIE'S POIROT / マギンティ夫人は死んだ // DAVID SUCHET / Agatha Christie POIROT / MRS McGINTY'S DEAD based on the novel by Agatha Christie / Screenplay NICK DEAR / JOE ABSOLOM, RAQUELL CASSIDY, RICHARD DILLANE / RUTH GEMMELL, RICHARD HOPE, RICHARD LINTERN / SIÂN PHILIPS, PAUL RHYS, AMANDA ROOT / SIMON SHEPHERD, SARAH SMART, MARY STOCKLEY / and ZOË WANAMAKER as ARIADNE OLIVER / Producer TREVOR HOPKINS / Director ASHLEY PEARCE

ハイビジョンリマスター版

名探偵ポワロ / DAVID SUCHET / AGATHA CHRISTIE'S POIROT / マギンティ夫人は死んだ // DAVID SUCHET / Agatha Christie POIROT / MRS McGINTY'S DEAD based on the novel by Agatha Christie / Screenplay NICK DEAR / JOE ABSOLOM, RAQUELL CASSIDY, RICHARD DILLANE / RUTH GEMMELL, RICHARD HOPE, RICHARD LINTERN / SIÂN PHILIPS, PAUL RHYS, AMANDA ROOT / SIMON SHEPHERD, SARAH SMART, MARY STOCKLEY / and ZOË WANAMAKER as ARIADNE OLIVER / Producer TREVOR HOPKINS / Director ASHLEY PEARCE

エンディングクレジット

日本

オリジナル版

原作 アガサ・クリスティー  脚本 ニック・ディア 演出 アシュレイ・ピアース 制作 ITV プロダクション/WGBHボストン アガサ・クリスティー・リミテッド (イギリス・アメリカ 2008年)  声の出演 ポワロ(デビッド・スーシェ) 熊倉 一雄  オリヴァ(ゾーイ・ワナメイカー) 山本 陽子  ロビン・アップワード(ポール・リース) 平田 広明 ジェームズ・ゴードン・ベントリー(ジョー・アブソロム) 小野塚 貴志  スペンス警視 坂部 文昭 レンデル医師 木下 浩之 シーラ・レンデル 園田 恵子 ローラ・アップワード 菅原 チネ子  永木 貴依子 石井 隆夫 種田 文子 小形  満 岩本 裕美子  瀬尾 恵子 福岡 ゆか 池田 ヒトシ 小林 美奈 坂本 大地 真田 五郎  <日本語版制作スタッフ> 翻訳・台本 中村 久世 演出 佐藤 敏夫 調整 田中 直也 録音 三田 英登 プロデューサー 武士俣 公佑 間瀬 博美  制作統括 柴田 幸裕 小坂  聖

ハイビジョンリマスター版

原作 アガサ・クリスティー 脚本 ニック・ディア 演出 アシュレイ・ピアース 制作 ITVプロダクション WGBHボストン アガサ・クリスティー Ltd. (イギリス・アメリカ)  出演 ポワロ(デビッド・スーシェ) 熊倉 一雄  オリヴァ(ゾーイ・ワナメイカー) 山本 陽子 ロビン・アップワード(ポール・リース) 平田 広明 ジェームズ・ゴードン・ベントリー(ジョー・アブソロム) 小野塚 貴志  スペンス警視 坂部 文昭 レンデル医師 木下 浩之 シーラ・レンデル 園田 恵子 ローラ・アップワード 菅原 チネ子  永木 貴依子 石井 隆夫 種田 文子 小形 満 山口 裕美子 瀬尾 恵子 福岡 ゆか 池田 ヒトシ 小林 美奈 坂本 大地 真田 五郎  日本語版スタッフ 翻訳 中村 久世 演出 佐藤 敏夫 音声 田中 直也 プロデューサー 武士俣 公佑 間瀬 博美

海外

オリジナル版

Hercule Poirot: DAVID SUCHET; James Bentley: JOE ABSOLOM; District Judge: SIMON MOLLOY; Spence: RICHARD HOPE; George: DAVID YELLAND / Maude: SARAH SMART; Maureen Summerhayes: RAQUEL CASSIDY; Major Summerhayes: RICHARD DILLANE; Dr Rendell: SIMON SHEPHERD; Bessie Burch: EMMA AMOS / Joe Burch: BILLY GERAGHTY; Miss Sweetiman: RUTH GEMMELL; Eve Carpenter: MARY STOCKLEY; Ariadne Oliver: ZOË WANAMAKER; Robin Upward: PAUL RHYS / Mrs Upward: SIÂN PHILIPS; Pamela Horsfall: CATHERINE RUSSELL; Mrs Rendell: AMANDA ROOT; Guy Carpenter: RICHARD LINTERN / (中略) / Production Executive: JULIE BURNELL; Casting: SUSIE PARRISS; Editor: PAUL GARRICK; Production Designer: JEFF TESSLER; Director of Photography: ALAN ALMOND BSC; Line Producer: MATTHEW HAMILTON / Series Producer: KAREN THRUSSELL / Executive Producer for WGBH Boston: REBECCA EATON / Executive Producer for Chorion: PHIL CLYMER / Executive Producer: MICHELE BUCK; Executive Producer: DAMIEN TIMMER; © Agatha Christie Ltd. (a Chorion company) 2008 / A Co-Production of Granada and WGBH BOSTON in association with Agatha Christie Ltd (a Chorion Company)

あらすじ

 マギンティ夫人という掃除婦の殺害事件でスペンス警視は間借人のベントリーを逮捕した。ベントリーは裁判でも有罪を宣告され、今や死刑を待つ身。しかし、警視にはどうしても彼が犯人とは思えなかった。警視はポワロのもとを訪ね、事件の再調査を依頼するが……

事件発生時期

某年12月上旬

主要登場人物

エルキュール・ポワロ私立探偵
ハロルド・スペンスロンドン警視庁警視
アリアドニ・オリヴァ推理作家
アビゲール・マギンティ掃除婦、故人
ジェームズ・ゴードン・ベントリーマギンティ夫人の間借人
モード・ウィリアムズベントリーの友人
ベッシー・バーチマギンティ夫人の姪
ジョー・バーチベッシーの夫
モーリン・サマーヘイズマギンティ夫人の雇い主、下宿屋経営
ジョニー・サマーヘイズモーリンの夫、陸軍少佐
ロビン・アップワード劇作家、オリヴァ夫人の知人
ローラ・アップワードマギンティ夫人の雇い主、ロビンの母
シーラ・レンデルマギンティ夫人の雇い主
レンデルシーラの夫、医師
イブ・カーペンターマギンティ夫人の雇い主
ガイ・カーペンターイブの新しい夫
スイーティマン郵便局員
ジョージポワロの執事

解説、みたいなもの

 ゾーイ・ワナメイカー演じるオリヴァ夫人やリチャード・ホープ演じるスペンス警視、デビッド・イェランド演じるジョージが再登場。ただし、吹替は全員交代となり、オリヴァ夫人は藤波京子さんから山本陽子さんへ、スペンス警視は野島昭生さんから坂部文昭さんへ、ジョージは堀部隆一さんから坂本大地さんへ引き継がれた。また、オリヴァ夫人の車も、青の1933年製ライレーから、赤の1936年製MGへ替わっている。「ひらいたトランプ」でポワロ物に初登場したオリヴァ夫人や、「満潮に乗って」で初登場したスペンス警視が本作で2度目の登場をする流れは原作どおりで、以降の作品でもオリヴァ夫人やジョージは原作同様に準レギュラーとなるが、スペンス警視は原作で再登場する「ハロウィーン・パーティー」「象は忘れない」では出番を削られ、本作が最後の登場となった。なお、「満潮に乗って」原作のスペンス警視はオーストシャー警察所属なのに対し、本原作のスペンス警視はキルチェスター警察所属と見られるので別人とされることもあるが、本作の事件に言及する「ハロウィーン・パーティー」原作のスペンス警視は元スコットランド・ヤード所属となっており、作品間での設定の揺れはクリスティー作品によく見られるので、所属のちがいだけで別人とは断じがたいところである。
 原作は1952年刊行。原作の刊行順としては前シリーズでドラマ化された「満潮に乗って」「葬儀を終えて」にはさまれた作品で、通いの掃除婦という被害者の設定や下宿人を置かざるをえない村の名家など、やはり第二次大戦後の時代の変遷を感じさせる設定を持っている。しかし、ブロードヒニー村の住人からウェザビー一家が削られたほか、マギンティ夫人殺害の手がかりとなる過去の事件が4つから2つになるなどの省略はあるものの、全体としてはおおよそ原作に忠実に映像化された。他作品では撮影時期などに合わせて比較的柔軟に変更されている日付も原作どおりで、マギンティ夫人殺害の日付が1年前の11月22日水曜日と設定されている。これは原作が最初に発表された1951年の状況と一致するが、1930年代に当てはめると1934年もしくは1940年となる。一方、ミス・スイーティマンの郵便局には、月の名前は読み取れないが、1日が土曜日(イギリスのカレンダーは通常月曜始まり)で31日ある月のカレンダーがかかっており、1934年ないしは1940年でこれに一致するのは1934年12月のみである。しかし、スペンス警視との初対面と見られる「満潮に乗って」は1936年に設定されており、時系列が矛盾する。撮影時期は2007年10〜11月頃。
 ベントリーの裁判が結審したあと、訴追側と見られる弁護士がスペンス警視に「おめでとう、スペンス。すばらしい勝利だ」と言ったところは、原語だと 'Well done, Superintendent. You brought a first-rate case. (よくやった、警視。一級の訴訟事実を持ってきてくれたよ)' という表現で、警視が提供した証拠がベントリーの有罪を決定づけるのに申し分なかったという評価であり、そのために「状況証拠はそろっていた」という警視の台詞につながる。
 マギンティ夫人がいつも夕食に出したという「キッパー」とは、ニシンなどの魚のひらきを燻製にしたもののこと。19世紀頃よりイギリスの朝食としてメジャーな食材だった。
 郵便局でポワロがミス・スイーティマンにベッシー・バーチを知っているかと訊いたあと、彼女やその夫との仲を訊くところは、日本語だと主語がないのでミス・スイーティマンとバーチ夫妻の関係を訊いているようにも聞こえるが、原語は明確にマギンティ夫人と姪夫婦の関係を訊いている。
 ブロードヒニーで出会ったポワロに、「ここに住んでるの?」という質問を否定されたオリヴァ夫人が「じゃあ、あの最低の下宿に泊まっているわけだ」と結論づけるところは、ポワロが滞在しているロング・メドウズのことを言っているように聞こえるが、原語は 'No, no, you live in that awful modernest place in town. (そうね、あなたが住んでるのはロンドンにある最低の最新式のお宅だったわね)' という表現で、「最低 (awful)」という評価を受けたのは、ポワロの住むホワイトヘイブン・マンションである。その後のやりとりからはオリヴァ夫人もアップワード家を訪ねるのは初めてと見られ、ブロードヒニーの下宿の質を以前に自ら体験したように語るのは不自然である。
 オリヴァ夫人がアップワード夫人にポワロを紹介して「シャーロック・ホームズみたいな、鳥撃ち帽子とか、バイオリンとか」と言うが、鳥撃ち帽子はいわゆるハンチング帽のことで、シャーロック・ホームズのトレードマークとなっている前後につばのある帽子は鹿撃ち帽子である。原語では deerstalkers (鹿撃ち帽子) と言っている。
 入り用なものはそろっているかと訊かれたオリヴァ夫人が「ジンはこの家にあるし」と答える場面があるがこの台詞は原作になく、逆に「第三の女」「死者のあやまち」には、原作どおりに酒を飲まない旨の発言がある。ただ、「第三の女」での発言はその場を切り抜けるための方便に過ぎないかもしれず、また「死者のあやまち」での発言は原語音声のみである。一方、オリヴァ夫人が自分のインクを持ってきたと聞いてポワロがふたたびバーチ家を訪ねたのは、オリヴァ夫人の「決まってるじゃない」という台詞が原語だと 'Who'd be without ink. (インクを持ってない人なんていないでしょ)' という言い方だったためで、これによってマギンティ夫人が事件の直前に新しくインクを買ったことにポワロの注意が向けられたのである。
 事件の鍵となる〈サンデー・コメット〉は架空の新聞だが、イブ・カーペンターが取っていると言った〈オブザーバー〉〈サンデー・タイムズ〉はいずれも実在の日曜新聞。イブの口調からも窺い知れるように、大衆紙と見られる〈サンデー・コメット〉に対し、〈オブザーバー〉はリベラル系一般紙、〈サンデー・タイムズ〉は保守系高級紙に分類される。
 ホースフォールと話してポワロが言う「彼女は返事を受け取っていない。だが、写真の一枚に見覚えがあった」という独り言は理路が若干読み取りにくいが、原語は 'So she never received it. (すると、夫人は返事を受け取っていない) But she did recognise a photograph. (だが、ある写真を見分けた)' という表現で、前半はホースフォールが住所をまちがえたためにマギンティ夫人の元へ手紙が届かなかったという気づきであり、後半はホースフォールへの手紙によって夫人が何らかの写真を発見し、その写真に写っている人物を見分けたことが判明したという趣旨である。
 レンデル家を訪ねた際、レンデル医師が「また何か事件でも? 妻が知りたがって」と言うが、原語の後半は 'My wife will want to know. (妻が知りたがるでしょう)' で、レンデル夫人はまだポワロのことを知らないと思われる。実際、そのあとでレンデル医師が夫人にポワロを紹介する際には、夫人がポワロの滞在あるいは容姿を知らないことを前提にした口ぶりである。また、ポワロがレンデル医師の質問に答えて「いえ、ただ、マギンティ夫人事件の証拠固めです」と答えたところは、原語だと 'Ah, non, I seek fresh evidence in the McGinty case, (いえ、マギンティ事件の新証拠を捜しています)' という表現で、新しい事件の存在は否定しても、既知の結論を強化するための「証拠固め」というより、追加の証拠で既存の判決を覆すことも視野に含むニュアンスがある。さらに、レンデル医師が「わたしたちは犯罪が好きで、本もよく読んでいます」と言ったのに対し、ポワロが「日曜新聞?」と訊くのは話がすこしかみ合っていないが、原語のレンデル医師の台詞は、読んでいるものを本に限定していない。
 オリヴァ夫人とロビンの、スヴェン・ヤルセン物戯曲化に関するやりとりはおおよそ原作に依拠するもので、これはかつてクリスティー自身が初めて自作を舞台化された際の経験が下敷きになっていると思われる。マイケル・モートンが「アクロイド殺人事件」原作を脚色した『アリバイ』では、当時28歳だったチャールズ・ロートンがポワロ役を演じ、キャロラインあらためキャロルというドクター・シェパードの若い妹に恋愛感情を抱く展開があった。この芝居はロンドンで250公演を記録したが、クリスティーは脚色の内容やポワロ役の演技に不満だったという。その後、クリスティーは自ら劇作を手がけ、ポワロを主役とする戯曲『ブラック・コーヒー』を書き下ろして上演するが、のちの「複数の時計」でも、オリヴァ夫人が自ら脚本を執筆したスヴェン・ヤルセン物の芝居『善きサマリア人』を上演している。ただし、これはドラマオリジナルの設定である。[1][2]
 夜にポワロの部屋でスペンス警視と捜査の進捗を整理する場面の前にマンションの玄関前が映る場面は、「ひらいたトランプ」では昼間だった映像の色合いを調整したもので、明かりを放つマンションの外灯も合成と見られる。
 アップワード家での集まりでかかっている曲は 'Savoy'。また、「普通の者はそれ〔手がかり〕に気づかずに、最後の種明かしで悔しがる」とサマーヘイズ少佐が言ったのに対して、オリヴァ夫人が「わたしは最初に悔しがるの」と答えたところは、日本語だとオリヴァ夫人が最初の読者として自作の名探偵の種明かしに驚くと言っているように聞こえるが、原語は 'I usually kick myself at the beginning. (わたしはいつも最初に後悔するの)' という表現で、小説を書き始めてすぐにそれを後悔すると言っている。一方、ポワロが2枚の写真を出して一同に「見覚えはありませんか?」「ないとしたら、この写真を前に見たことはありませんか?」と言うのは、日本語だと同じことをくり返し訊いているようにも聞こえるが、前者は原語だと 'You do not recognise these photographs? (この写真〔に写っているの〕が誰かわかりませんか?)' という表現で、写真に写った人物のことを言っている。
 レンデル夫人がシュガーハンマーを入手した時期について、日本語だと「去年、ある休日に」と言うが、原語は 'On holiday, last year. (休暇中に、去年の)' という表現で、これは旅行先で買ったという趣旨である。また、シュガーハンマーを手放した時期について、日本語では「いえ、クリスマスじゃなくて、収穫祭前のチャリティーよ」と答えるが、原語では 'No, it wasn't the Christmas sale. It was the one before that. Harvest Festival. (いえ、クリスマスじゃなくて、その前のチャリティーよ。収穫祭の)' と答えていて、手放したのはまさに収穫祭のときのチャリティーバザーである。
 スペンス警視が「頸動脈を圧迫された犠牲者は叫びも抵抗もしていない。犯人は顔見知りでしょうな。一緒にコーヒーを飲んでいる」と言う一連の台詞は、日本語だとすべて犯人が顔見知りである根拠を示しているようにも聞こえるが、いくら顔見知りでも襲われたら叫んだり抵抗したりしようとするはずである。前半部は原語だと 'Victim doesn't cry out or struggle. (犠牲者は叫びも抵抗もしない) Pressure on the carotid artery. (頸動脈の圧迫ですよ)' という表現で、頸動脈の圧迫は犠牲者が叫んだり抵抗したりできない殺害方法だという趣旨であって、だからインドの強盗が使うのである。
 ポワロが鑑識を依頼したシュガーハンマーについてスペンス警視が「最近の技術では微量の血液からも手がかりを得られますからね」と言うところは、原語だと 'People don't realize that even a microscopic amount of blood will show up under analysis nowadays. (最近の分析では微量の血液でさえ検出できることを人々は知らない)' という表現で、微量の血液がついていることを前提にそこから手がかりを得た趣旨ではなく、一見してわからない微量の血痕の存在を検出できる、すなわちそれが凶器かどうか判別できるという趣旨である。また、そのあとにポワロが本を渡して「見返しを見てください」と言うが、「見返し (flyleaf)」は本の表紙の裏に貼る紙の遊び紙部分のことで、ポワロが見せたかったサインが入っていたのは中表紙である。のちの謎解きのなかでもやはり「見返し」と言われる。
 面会に来たポワロにベントリーが詩を書くと告げる場面があるが、モリーがベントリーに好意を持っていた理由として言う「文章もうまいし」という台詞は、原語だと 'He writes, you know? (執筆もするのよ)' という表現で、彼が何らかの執筆をすることは序盤から示されていた。
 オリジナル版では映像が不鮮明だが、ポワロの書斎の机に置かれた電話機のダイヤルには TRAFALGER 8137 と書かれており、引越し後も同じ電話番号を使っていることがわかる。
 ロング・メドウズでポワロが「ムッシュウ・アップワード、芝居は成功でしたか?」と訊いてロビンが「いや、それが残念ながら」と答える場面があるが、オリヴァ夫人は劇場で観たロビンの芝居に感服していた。ポワロの質問は原語だと 'Monsieur Upward, your play, it goes well? (戯曲は順調ですか?)' という質問で、これはオリヴァ夫人の小説の戯曲化の進捗を訊いている。したがって、ロビンがあきらめずタイプしようとしているのも、上演中の芝居の手直しではなく、難航中のスヴェン・ヤルセン物である。
 キルチェスターのブリーザー&スカットル不動産周辺の撮影が行われたのは、実際にはロンドン郊外リッチモンドのリッチモンド・グリーン周辺。ブリーザー&スカットル不動産の入った建物は、実はちょうどタイトルが表示される場面でポワロが向かっている方向の反対側にあり、同じ場所を行ったり来たりして撮影されている。また、後半に登場するキルチェスター劇場もそのすぐ近くにあるリッチモンド劇場で、ここは「ダベンハイム失そう事件」でポワロたちがマジックショーを観たところ。ブロードヒニー村のロケ地は「白昼の悪魔」のブラックリッジ村や「杉の柩」のハンタベリー村と同じハンブルデンで、マギンティ夫人の家もそのすこし北にあるコルストロープ農場だが、サマーヘイズ夫妻の住むロング・メドウズはオックスフォードシャー州ハープスデンにあるハープスデン・コート、アップワード母子の家はバッキンガムシャー州ハイド・エンドにあるハイド・マナー、レンデル夫妻の家はバッキンガムシャー州ハイ・ウィカム近郊のハートフォードシャー・ハウス、カーペンター夫妻の家はサリー州チャートシーにあるセント・アンズ・コートで撮影されている。ハープスデン・コートは、ジェラルディン・マクイーワン主演の「ミス・マープル」シリーズで「親指のうずき」のサニー・リッジ養護ホームや「復讐の女神」の聖エルスペス教会として、セント・アンズ・コートは、「誘拐された総理大臣」のダニエルズ中佐や「プリマス行き急行列車」のハリデイ親子が住むフラットの内部としても使われていた。サンデー・コメット社の社屋は、「西洋の星の盗難事件」「あなたの庭はどんな庭?」「スズメバチの巣」「盗まれたロイヤル・ルビー」「ABC殺人事件」「愛国殺人」「青列車の秘密」と度々使われてきたフリーメイソンズ・ホール。キルチェスターとブロードヒニーの駅はともに、「スタイルズ荘の怪事件」「プリマス行き急行列車」「ABC殺人事件」「葬儀を終えて」でおなじみのブルーベル鉄道ホーステッド・ケインズ駅。「ジョニー・ウェイバリー誘拐事件」「死人の鏡」「ポワロのクリスマス」でも同駅の駅舎や駅前が見られるほか、鉄道は「コックを捜せ」「西洋の星の盗難事件」の撮影にも使われている。ポワロがベントリーと面会をしているのも、「安いマンションの事件」の〈ブラックキャット〉の楽屋周辺や「マースドン荘の惨劇」の集会所のほか、「二重の罪」「なぞの遺言書」「葬儀を終えて」で講堂として使われていたラングドン・ダウン・センターのノーマンズフィールド・シアター。ラストシーンでポワロがベントリーを待っている場所は、ロンドンの王立裁判所敷地内である。
 ガイ・カーペンター役のリチャード・リンターン、レンデル医師役のサイモン・シェパード、パメラ・ホースフォール役のキャサリン・ラッセルはそれぞれ、「死人の鏡」のジョン・レイク役、「グランド・メトロポリタンの宝石盗難事件」のアンドルー・ホール役、「あなたの庭はどんな庭?」のカトリーナ・レイガー役以来の「名探偵ポワロ」再出演。その吹替は、リチャード・リンターンが大塚芳忠さんから小形満さんへ、サイモン・シェパードが中尾隆聖さんから木下浩之さんへ、キャサリン・ラッセルが池田昌子さんから瀬尾恵子さんへ交代している。ベントリーの裁判の判事を演じるサイモン・モリーも、「グランド・メトロポリタンの宝石盗難事件」では、駅でポワロをラッキー・レンと間違える観光客の役で出演していた。ジェラルディン・マクイーワンおよびジュリア・マッケンジー主演の「ミス・マープル」シリーズでは、ロビン・アップワード役のポール・リースが「青いゼラニウム」のルイス・プリチャード役、モード・ウィリアムズ役のサラ・スマートが「魔術の殺人」のミルドレッド役、イブ・カーペンター役のメアリ・ストックリーが「書斎の死体」のジョージー・ターナー役を演じており、またデビッド・ウォリアムズとジェシカ・レイン主演の「トミーとタペンス ―2人で探偵を―」シリーズ「秘密機関」では、サマーヘイズ少佐役のリチャード・ディレーンがブルドッグ役(このときの吹替は、本作ではレンデル医師を演じた木下浩之さん)を演じている。レンデル夫人役のアマンダ・ルートは、ベネディクト・カンバーバッチ主演「シャーロック4」の「六つのサッチャー」にエマ・ウェルズバラ夫人役で出演。
 本作より日本語音声がステレオで制作されており、オリジナル版でもデジタル放送ではステレオで放送された。ブロードヒニー村の広場に立ったポワロが周囲の閉鎖的な雰囲気に「はあ」とため息をついたり、トランクを持ち上げるときに「よっ」と声を出したり、ロング・メドウズに向かいながら荒く息をしたり、サマーヘイズ少佐から宿賃の前払いを頼まれて「はあ」と言ったり、ベッシー・バーチからマギンティ夫人は日曜新聞が好きだったと聞いて笑い声を立てたり、車からリンゴの芯を投げつけられて「おっ」と声をあげたり、マギンティ夫人の遺品をくるんでいた新聞に切り抜きの跡があるのを見つけて「ん?」と言ったり、居間へ移動するカーペンター夫人についていきながら「はあ」と息をついたり、農林省関係の書類を見つけて駆け出していくサマーヘイズ夫人を見送って「ふっ」と笑い声を立てたり、そのあとに抽斗の中身をぶちまけたままなのに「はあ」とため息をついたりするのは日本語音声のみ。特に、カーペンター夫人についていきながら息をつくところは、特にスーシェもそれらしい演技をしておらず、なぜ日本語で音を足したのかよくわからない。
 ポワロがロング・メドウズに滞在した初日、モーリン・サマーヘイズが画面を横切った直後、画面右奥、ポワロの後ろにスタッフと思われる女性が顔を覗かせる。また、ポワロがサンデー・コメット社を訪ねる際、右側の歩道に立っている街灯は現代的なデザインに見える。そして、ポワロがロンドン警視庁に速達で送る包みの中身はシュガーハンマーと思われるが、その割にはやけに軽そうに扱われているような……
 オリジナル版を含むデジタル放送での切換式字幕では、アップワード家での集まりのあと、ロング・メドウズで身繕いしているポワロのところへ聞こえてくるサマーヘイズ夫人の「わたしの親はそういうお金持ちの親じゃないんだから」という台詞に、「私の親はそういうお金を持ってる親じゃないんだから」と表示される。そして、それにつづくサマーヘイズ少佐の台詞も、オリジナル版では「すこし黙れよ。ギャーギャーわめくな」という音声に対して「(ジョー)黙れよ! わめくな!」と表示され、台詞の内容がちがうだけでなく、ジョーはバーチのファーストネームで、少佐のファーストネームはジョニーである。ハイビジョンリマスター版では字幕が「(ジョー)少し黙れよ! ギャーギャー わめくな!」と変更されたが、発言者名はやはりジョーのまま。なお、その前の少佐の台詞にはいずれも正しく「(ジョニー)」と表示されている。また、デジタル放送で番組情報に含まれるあらすじではスペンス警視を「旧友」と表現しているが、ポワロがスペンス警視と知りあった「満潮に乗って」は1936年のことであり、本作の時代設定は不明瞭であるものの、まだせいぜい数年のつきあいと見られる。
 » 結末や真相に触れる内容を表示
  1. [1] ピーター・ヘイニング (訳: 岩井田雅行, 緒方桂子), 『テレビ版 名探偵ポワロ』, 求龍堂, 1998, pp. 92-95
  2. [2] ジャネット・モーガン (訳: 深町真理子, 宇佐川晶子), 『アガサ・クリスティーの生涯 上』, 早川書房, 1987, p. 331

ロケ地写真

カットされた場面

なし

映像ソフト

  • ※1 「名探偵ポワロ NEW SEASON DVD-BOX 3」に収録
  • ※2 吹替は大塚智則さん主演の新録で、映像もイギリスで販売されているDVDと同じバリエーションを使用

同原作の映像化作品

  • [映画] 「Murder Most Foul」 1964年 監督:ジョージ・ポロック 出演:マーガレット・ラザフォード
2024年3月8日更新