死者のあやまち Dead Man's Folly
放送履歴
日本
オリジナル版(89分30秒)
- 2014年09月22日 21時00分〜 (NHK BSプレミアム)※1
- 2015年03月15日 16時00分〜 (NHK BSプレミアム)※2
- 2016年01月19日 23時45分〜 (NHK BSプレミアム)※3
- 2017年02月18日 16時00分〜 (NHK BSプレミアム)
- 2017年07月26日 16時00分〜 (NHK BSプレミアム)
- 2021年08月28日 16時30分〜 (NHK BSプレミアム)※4
- 2021年01月13日 09時00分〜 (NHK BS4K)
- 2023年10月04日 21時00分〜 (NHK BSプレミアム・BS4K)※5
- ※1 エンディング途中の画面上部に「ヘラクレスの難業」放送予告の字幕表示あり
- ※2 エンディング途中の画面上部に「ヘラクレスの難業」放送予告の字幕表示あり
- ※3 エンディング前半の画面上部に「ヘラクレスの難業」放送予告の字幕表示あり
- ※4 エンディング前半の画面下部に次回の放送時間案内の字幕表示(帯付き)あり
- ※5 BSプレミアムでの放送は、オープニング冒頭の画面左上にBS4K同時放送のアイコン表示あり
海外
- 2013年10月30日 20時00分〜 (英・ITV1)
- 2013年12月06日 20時10分〜 (波・Ale Kino+)
- 2014年08月03日 21時00分〜 (米・PBS)
原作
邦訳
- 『死者のあやまち』 クリスティー文庫 田村隆一訳
- 『死者のあやまち』 ハヤカワミステリ文庫 田村隆一訳
原書
- Dead Man's Folly, Dodd Mead, October 1956 (USA)
- Dead Man's Folly, Collins, 5 November 1956 (UK)
オープニングクレジット
日本
オリジナル版
名探偵ポワロ / AGATHA CHRISTIE'S POIROT / 死者のあやまち // DAVID SUCHET / Agatha Christie POIROT / DEAD MAN'S FOLLY based on the novel by AGATHA CHRISTIE / Screenplay NICK DEAR / JAMES ANDERSON, ROSALIND AYRES / SINÉAD CUSACK, TOM ELLIS / REBECCA FRONT, EMMA HAMILTON / MARTIN JARVIS, SAM KELLY / STEPHANIE LEONIDAS, SEAN PERTWEE / DANIEL WEYMAN, NICHOLAS WOODESON / and ZOË WANAMAKER as Ariadne Oliver / Producer DAVID BOULTER / Director TOM VAUGHAN
エンディングクレジット
日本
オリジナル版
原作 アガサ・クリスティー Agatha Christie 脚本 ニック・ディア 演出 トム・ヴォーン 制作 ITVスタジオズ/エーコン・プロダクションズ マスターピース/アガサ・クリスティー・リミテッド (イギリス 2013年) 声の出演 ポワロ(デビッド・スーシェ) 熊倉 一雄 アリアドニ・オリヴァ(ゾーイ・ワナメイカー) 山本 陽子 フォリアット夫人(シニード・キューザック) 寺田 路恵 ジョージ・スタッブス卿󠄁(ショーン・パートウィー) 中村 秀利 ハティ・スタッブス 雨蘭 咲木子 ワーバートン大尉 金子 達 ワーバートン夫人 吉野 由志子 サリー・レッグ 岡 寛恵 エティエンヌ・ド・スーザ 桐本 琢也 ミス・ブルイス つかもと 景子 ブランド警部 小野塚󠄀 貴志 ジョン・マーデル 五王 四郎 ホスキンス巡査部長 こねり 翔 マイケル・ウェイマン 梶 雅人 鈴木 幸二 西谷 修一 芽 衣 藤田 彩 立岡 耕造 尾花 糸名子 <日本語版制作スタッフ> 翻訳 澤口 浩介 演出 佐藤 敏夫 音声 小出 善司
DVD版
原作 アガサ・クリスティー Agatha Christie 脚本 ニック・ディア 演出 トム・ヴォーン 制作 ITVスタジオズ/エーコン・プロダクションズ マスターピース/アガサ・クリスティー・リミテッド (イギリス 2013年) 声の出演 ポワロ(デビッド・スーシェ) 熊倉 一雄 アリアドニ・オリヴァ(ゾーイ・ワナメイカー) 山本 陽子 フォリアット夫人(シニード・キューザック) 寺田 路恵 ジョージ・スタッブス卿󠄁(ショーン・パートウィー) 中村 秀利 ハティ・スタッブス 雨蘭 咲木子 ワーバートン大尉 金子 達 ワーバートン夫人 吉野 由志子 サリー・レッグ 岡 寛恵 エティエンヌ・ド・スーザ 桐本 琢也 ミス・ブルイス つかもと 景子 ブランド警部 小野塚󠄀 貴志 ジョン・マーデル 五王 四郎 ホスキンス巡査部長 こねり 翔 マイケル・ウェイマン 梶 雅人 鈴木 幸二 西谷 修一 芽 衣 藤田 彩 立岡 耕造 尾花 糸名子 <日本語版制作スタッフ> 翻訳・台本 澤口 浩介 演出 佐藤 敏夫 調整 小出 善司 録音 黒田 賢吾 プロデューサー 武士俣 公佑 制作統括 小坂 聖
海外
オリジナル版
Hercule Poirot: DAVID SUCHET; Sir George Stubbs: SEAN PERTWEE; Bickford: CHRIS GORDON; Henden: RICHARD DIXON; Mrs. Folliat: SINÉAD CUSACK / Miss Brewis: REBECCA FRONT; Ariadne Oliver: ZOË WANAMAKER; Dutch Girl Hiker: FRANCESCA ZOUTEWELLE; Hattie Stubbs: STEPHANIE LEONIDAS; Michael Weyman: JAMES ANDERSON; John Merdell: SAM KELLY / Captain Warburton: MARTIN JARVIS; Mrs. Warburton: ROSALIND AYRES; Sally Legge: EMMA HAMILTON; Alec Legge: DANIEL WEYMAN; Marlene Tucker: ELLA GERAGHTY; Etienne De Souza: ELLIOT BARNES-WORRELL / Detective Sergeant Hoskins: NICHOLAS WOODESON; Detective Inspector Bland: TOM ELLIS; Gertie Tucker: ANGEL WITNEY; Stunt Co-ordinator: TOM LUCY; Filmed on location at Agatha Christie's home Greenway, Devon / (中略)1st Assistant Director: MARCUS CATLIN; 2nd Assistant Director: SEAN CLAYTON; 3rd Assistant Director: JAMES McGEOWN; Location Manager: CHRIS WHITE; Assistant Location Manager: MARK WALLEDGE; Script Supervisor: JAYNE SPOONER; Script Editors: THOM HUTCHINSON, KAREN STEELE / Production Accountant: VINCENT O'TOOLE; Assistant Production Accountant: DAVID RUDDOCK; Production Co-ordinator: PAT BRYAN; Assistant Production Co-ordinator: HELEN SWANWICK-THORPE; Press Officer: NATASHA BAYFORD; Picture Publicist: PATRICK SMITH / Camera Operator: PAUL DONACHIE; Focus Pullers: RICHARD BRIERLEY, BEN GIBB; Clapper Loaders: ELIOT STONE, SANDRA COULSON; Data Wrangler: PATRICK KING; Camera Grip: PAUL HATCHMAN; Gaffer: TREVOR CHAISTY; Best Boy: GARRY OWEN / Supervising Art Director: PAUL GILPIN; Art Director: MIRANDA CULL; Standby Art Director: JOANNE RIDLER; Production Buyer: TIM BONSTOW; Construction Manager: DAVE CHANNON; Standby Construction: FRED FOSTER, BOB MUSKETT / Sound Recordist: ANDREW SISSONS; Sound Maintenance: ASHLEY REYNOLDS; Property Master: JIM GRINDLEY; Dressing Props: MIKE RAWLINGS, SIMON BURET, MONTY WILSON; Standby Props: SIMON BLACKMORE, POLLY STEVENS, DOUGLAS GLEN, JACK CAIRNS / Assistant Costume Designer: PHILIP O'CONNOR; Costume Supervisors: KATE LAVER, LOUISE CASSETTARI; Costume Assistants: SOPHIE EARNSHAW, MARK HOLMES; Make-up Artists: LOUISE FISHER, LAURA SOLARI, DAISY LYDDON; Mr Suchet's Dresser: ANNE-MARIE BIGBY; Mr Suchet's Make-up Artist: SIAN TURNER MILLER / Assistant Editors: DAN McINTOSH, HARRISON WALL; Supervising Sound Editor: JOHN DOWNER; Dialogue Editor: SARAH MORTON; Re-recording Mixer: GARETH BULL; Colourist: DAN COLES; Online Editor: SIMON GIBLIN; Visual Effects: SIÔN PENNY / Associate Producer: DAVID SUCHET; Post Production Supervisor: BEVERLEY HORNE; Hair and Make-up Designer: BEE ARCHER; Costume Designer: SHEENA NAPIER; Casting: SUSIE PARRISS; Production Executive: JULIE BURNELL / Composer: CHRISTIAN HENSON; Poirot Theme: CHRISTOPHER GUNNING; Editor: ADAM RECHET ACE; Production Designer: JEFF TESSLER; Director of Photography: ZAC NICHOLSON; Line Producer: MATTHEW HAMILTON / Executive Producer for Masterpiece: REBECCA EATON / Executive Producer for Acorn Productions Limited: HILARY STRONG; Executive Producer for Agatha Christie Limited: MATHEW PRICHARD / Executive Producers: MICHELE BUCK, KAREN THRUSSELL, DAMIEN TIMMER; © Agatha Christie Ltd 2013 / A Co-Production of itv STUDIOS, MASTERPIECE™, Agatha Christie™ in association with Acorn Productions: An RLJ | Entertainment, Inc. Company
あらすじ
ポワロはオリヴァ夫人からの電報を受け取ってデヴォンのナス屋敷におもむいた。そこではお祭りの演し物としてオリヴァ夫人考案の殺人推理ゲームをおこなうことになっていたが、夫人は嫌な予感がするという。はたして、死体役の少女が本当に殺されてしまう……
事件発生時期
不詳
主要登場人物
エルキュール・ポワロ | 私立探偵 |
アリアドニ・オリヴァ | 推理作家 |
ジョージ・スタッブス卿 | ナス屋敷の主 |
ハリエット・スタッブス | ジョージ卿の妻、愛称ハティ |
エイミー・フォリアット | ナス屋敷の前のオーナー、ハティの元後見人 |
アマンダ・ブルイス | ジョージ卿の秘書 |
ジム・ワーバートン | ナス屋敷隣人、議員、陸軍大尉 |
イニッド・ワーバートン | ナス屋敷隣人、ワーバートン大尉の妻 |
アレック・レッグ | ナス屋敷隣人、生物化学者 |
サリー・レッグ | ナス屋敷隣人、アレックの妻 |
マイケル・ウェイマン | 建築家 |
ヘンデン | ナス屋敷の執事 |
エティエンヌ・ド・スーザ | ハティのまたいとこ |
マーリーン・タッカー | 死体役の少女 |
ガーティー・タッカー | マーリーンの妹 |
ジョン・マーデル | 舟番 |
ブランド | ナスコム署警部 |
ホスキンス | ナスコム署巡査部長 |
解説、みたいなもの
原作は1956年刊行。もともとはその原稿料を地元の教会のステンドグラス修復資金に充てようと執筆された『ポアロとグリーンショアの阿房宮』という中篇だったものが買い手がつかずお蔵入りとなり、後に長篇へ書き直されて出版された[1]。舞台のナス屋敷(なお、「ナス」は野菜の茄子ではなく Nasse という固有名詞である)はクリスティーの別荘であったグリーンウェイ・ハウスがモデルとされ、ドラマの撮影も同所で5日間おこなわれている[2]。その撮影はスーシェに、1987年、ポワロ役を引き受けることになってクリスティー一家に招待されたときのことを思い起こさせたという[3]。このグリーンウェイは、クリスティーが夫への手紙の中で「世界でもっともすてきな場所」と称讃したお気に入りの土地で、その緑豊かな敷地は、劇中でポワロも「この国でもっとも美しい場所のひとつ」と評する。撮影順では第13シリーズ5作品中最後の作品となり、2013年6月上旬に撮影を開始[4]。同6月28日のグリーンウェイ・ハウス前の撮影をもって「名探偵ポワロ」の全撮影は終了した[5]。最終回「カーテン 〜ポワロ最後の事件〜」の撮影を先に終え、本作の撮影を最後としたのは、「名探偵ポワロ」の撮影を明るく終えたいというスーシェの希望による[6][7]。吹替音声の収録は2014年3月。オリヴァ夫人の登場はこれが最後となる。
全体としてはおおよそ原作に忠実なドラマ化。ただし、原作の登場人物のうち地方議員ウィルフリッド・マスタートンはその代理人ワーバートン大尉とまとめられ、マスタートン夫人はワーバートン夫人となっている。また、アレック・レッグの不機嫌の秘密もカットされた。一方、ジョージ卿が妻の浮気を疑ったり、ド・スーザのポケットからスタッブス夫人の指輪が見つかったり、パビリオンに物証となるバックルが落ちていたりするのはドラマで追加された要素である。これはもともと中篇だった原作を長篇にするために追加された尋問のつづく中盤にメリハリを加えるとともに、現在の犯行に関する謎解きをポワロの言葉のみに終わらせない工夫か。
ピーター・ユスチノフ主演で一度映像化された作品を、第7シリーズの「エッジウェア卿の死」以降、第10シリーズを除いて1シリーズ1作品ずつ再映像化してきたのが、最終シリーズの本作品でようやく完了。ユスチノフ版では原作にいないヘイスティングスが姿を見せていたが「名探偵ポワロ」では原作通りに登場せず、一方で原作には登場していたミス・レモンの出番もない。
主なロケ地は前述の通りグリーンウェイだが、フォリアット夫人の住む門番小屋やお祭りの会場となった庭周辺、そしてナス屋敷屋内はロンドン北部にあるハイ・カノンズで撮影されており、庭に面した家もグリーンウェイ・ハウスではなくハイ・カノンズのもの。前述の、ポワロがナスを「この国でもっとも美しい場所のひとつ」と評する場面も、実はハイ・カノンズの敷地で撮影されている。このハイ・カノンズは、「ホロー荘の殺人」ではホロー荘邸内として、また「満潮に乗って」ではジェレミーとフランシスの寝室やアイリーンの寝室として撮影に使われているのみならず、アルバート・フィニーの映画「オリエント急行殺人事件」でもアームストロング邸として使用されている。また、敷地内の森の中の場面は、「ビッグ・フォー」でジョナサン・ウォーリー邸内に使われたヒューエンデン・マナーの森でも撮影されているという[8]。これらの撮影場所を意識して観ると、フォリアット夫人やワーバートン夫妻、レッグ夫妻、そしておそらくはミス・ブルイスとマーリーンも、遠方のグリーンウェイでの撮影に参加せずにすむよう場面がつくられていることがわかる。陸橋を走る汽車は、「エンドハウスの怪事件」でも撮影に使われたダートマス蒸気鉄道。一度ロンドンに戻ったポワロとオリヴァ夫人が話しているティーラウンジは、「象は忘れない」でオリヴァ夫人とシリアが会っていたのと同じ、パインウッド・スタジオ内ヘザーデン・ホールのボールルームである。
「ハロウィーン・パーティー」でオリヴァ夫人は「二度とリンゴのつまみ食いはできない」(原語音声では 'I shall never be able to look at another apple again. (二度とリンゴは目にできない)')と言っていたはずだが、砲台の胸壁に腰を下ろした彼女はまたリンゴをかじっている。しかし、これらはいずれも原作の記述に準拠したもので、本原作の刊行は前述のとおり1956年、「ハロウィーン・パーティー」原作の刊行は1967年なので、原作の時系列だと本作時点ではまだ「ハロウィーン・パーティー」事件に遭遇していない。一方、原作の刊行順で「ハロウィーン・パーティー」よりあとの「象は忘れない」では、オリヴァ夫人は一切リンゴを手にしていなかった。となると、やはりドラマでもリンゴはオリヴァ夫人のトラウマとなっており、本作は「ハロウィーン・パーティー」より前の出来事ということになるだろうか。
殺人推理ゲームの筋書きに相次ぐ変更が生じている様子について、日本語だとオリヴァ夫人とポワロが「わたしは何だか、独り相撲ね」「独り相撲?」「ええ、そうよ」という会話を交わす。これは、オリヴァ夫人が筋書きに横槍を入れられ、その整合性を保つべく独りで奮闘しているようにも聞こえるが、原語は 'I feel I'm being jockeyed along. (何だかわたしが仕向けられている気がするの)' 'Jockeyed along? (仕向けられている?)' 'Manipulated. (操られてるってこと)' というやりとりで、その先の会話同様、気づかないうちに誰かの望む方向へ筋書きを誘導されているのではないかという感触を語っている。その前に「占いがいい例だわ」とオリヴァ夫人が言ったのも、占いに関する筋書きが変更されたのではなく、サリーには占いを担当してほしいとの要望により、筋書きへの直接の変更提案でなく、被害者役がマーリーンに代えられたことを言っていた。のちに遺体発見場所の変更に関してあらためてこのことが話題になったとき、ポワロが「初日には『独り相撲』とおっしゃってましたが、妥協の産物でしたね」と言うのも、原語では 'And that was the technique that you described to me on the first day the "jockeying along". (そしてそれが、あなたが初日に『仕向ける』と表現したテクニックでした)' という表現で、特定の人物による作為で誘導されたと言っている。
マイケル・ウェイマンが「〔ジョージ卿に〕テニスコートの設計を任されました。それと、中国風の塔です」と言ったところは、テニスコートと塔の2つの建築を別々に依頼されたように聞こえるが、原語では 'I'm meant to be designing a tennis pavilion. (テニスの観覧席の設計を任されました) Do you know what he's asked for? A chinese pagoda! (どんなものを頼まれたと思います? 中国風の塔ですよ!)' と言っており、つまりテニスコートに中国の塔のような観覧席をつくってほしいという依頼で、そのためにジョージ卿は「センスゼロだ」という酷評を受けている。また、四阿 が森の中に建てられた理由については、日本語だと「風で木が倒れて場所をふさいだもんだから、成金どのがここに建てろと」と言われているが、原語では 'A tree came down in a gale. (風で木が倒れた) "Right," says the self-made twerp, "We'll put the Folly there, tidy up the place." (そこであの成金が「よし、四阿はそこに建てよう、土地をならせ」と)' という台詞で、「場所をふさいだ」とは明言されておらず、むしろ森の木が倒れて場所が空いたので、そこに建てることにしたという経緯である。終盤には「木が台風で根こそぎにされ」というポワロの台詞もあるが、「台風」は東アジアの熱帯低気圧に対して用いる呼称で、イギリスの嵐には使用しない。
ポワロとフォリアット夫人の初対面時、夫人が「こちらの聡明なる女性が明日は総監督ね」と言うが、お祭り当日にオリヴァ夫人が全体を監督するようなそぶりは見せない。これは原語だと 'This clever lady has contrived a most intricate problem! (こちらの聡明なる女性がとても込み入った問題を用意してくれましたの)' という台詞で、すでに準備済みの殺人推理ゲームの筋書きの話をしており、お祭り当日の役割の話はしていない。また、ポワロが「よそ者が入り込んできて、さぞおつらいのでは?」と言う台詞は、ほかで何度か言及される不法侵入の旅行者のことや、あるいはお祭りがひらかれて他人が大勢出入りすることを言っているようにも聞こえるが、原語は 'It must be hard for you to have strangers living in residence now. (赤の他人を住まわせているのはさぞおつらいでしょう)' という表現で、かつての一族の屋敷が他人の手に渡ったことに同情している。
ナス屋敷の雰囲気に「違和感を覚えて仕方がない」というオリヴァ夫人に対し、「マダム、人は皆独自の言葉を使います。あなたは確かに何かを本能的に感じ取ったのかもしれません。しかしそれが、何であるのか…… まずは経緯から検証しましょう。結果のみを論じてはいけません。直感はさておき」と言うので、オリヴァ夫人が「独自の言葉」によって何かを感じ取ったと言っているように聞こえるが、原語は 'My intuition tells me something is wrong. (わたしの直感がどこかおかしいって告げるのよ)' というオリヴァ夫人の主張に対し、 'Madame, one calls things by different names, eh? (マダム、人は皆異なる名前でものを呼びます) It may indeed be that you have seen something; it may indeed be that you have heard something. (あなたは何かを見たのかもしれないし、何かを聞いたのかもしれない) And it may be—if I may so put it—that you do not know what it is that you know. (そしてそれは、言うなれば、自分が知っているものが何なのか知らないのかもしれません) You are aware only of the result. (あなたはそれを結果だけ認識している) And that, madame, it is your intuition. (そしてマダム、それがあなたの直感なのです)' という表現で、「独自の言葉」とはオリヴァ夫人の言う intuition (直感) をどう表現するかという話である。また、原語のポワロはただオリヴァ夫人の感覚を分析しており、そこに結論へ飛びつくオリヴァ夫人をいさめるニュアンスはない。
お祭りの演し物として検討されている「椰子の実落とし (coconut shy)」とは、支柱などの上に置いた椰子の実に、離れたところからボールを当てて落とす(こうしたお祭りで定番の)遊びのこと。その実施場所に関連してジョージ卿が屋敷の窓に言及するのは、逸れたボールが窓を割る危険があるからである。ところで、ポワロをスタッブス夫人に引き合わせたジョージ卿は「椰子の実を置いてきます」と言ってその場を離れたにもかかわらず、のちに椰子の実に関する電話を受けて「いくつ仕入れられるかな」と言うのは状況がつながらないが、前者は原語だと 'I go and locate some coconuts (椰子の実の場所を決めてきます)' と言っており、その時点で椰子の実そのものを配置しようとしたわけではなかった。
ポワロがワーバートン大尉との初対面時、その階級には誰も触れていないのに「大尉」と挨拶をする。原語では直前のジョージ卿による紹介が 'Captain and Mrs Warburton. (ワーバートン大尉夫妻)' となっていた。
お茶を淹れようとするフォリアット夫人にポワロが何かを言いかけたのは、ポワロはイギリス風の紅茶(ミルクティー)を好まないためである。
スタッブス夫人の帽子に関連して何度か言及される「アスコット」あるいは「ロイヤル・アスコット」とは、イギリスのアスコット競馬場で毎年6月におこなわれる王室主催の競馬レースのこと。社交界の花形イベントであり、女性がしばしば奇抜なデザインの帽子を身につけることで知られる。
スタッブス夫人のエメラルドの指輪について、ワーバートン大尉がポワロに「あの指輪、夫が買った。相当値が張ったでしょうな。彼は完全に身も心も奪われてます」と言うが、大尉はスタッブス夫人がポワロに指輪を見せたところを見ていないはずである。原語の大尉の台詞は 'See that ring George bought her? (ジョージが買ってやったあの指輪を見ましたか?) Whether he's spotted she's away with the fairies, couldn't say. (彼女の頭のねじが緩いことに、はたして気づいているのやら) But then, he's hardly an intellectual himself, is he? (しかし、ジョージのほうも知的とは言えませんからな)' という表現で、ポワロが指輪を見たことを前提にしておらず、また後半はジョージ卿夫妻の知的能力や教養レベルの話をしている。そのあと、ポワロが「ジョージ卿は株で成功したそうですね」と言ったのを受けて大尉が「清廉潔白とも言えんでしょう」と応じたところも、原語では 'Not exactly a gentleman's game, what? (〔株は〕紳士のゲームとは言い切れませんな)' という表現で、道徳的な評価ではなく、社会的格式の話をしている。
ハティを引き取ったフォリアット夫人についてジョージ卿が「魅力的な女性でした」と言ったところは、原語だと 'She's a damn good egg, actually. (まったく、頼りになる人ですよ)' という表現で、 good egg は魅力より頼りがいを評価する口語表現である。
敷地に入り込む「短パンを穿いた娘ども」をジョージ卿が閉め出そうとするのに対し、日本語だとポワロが「いました。わたしも遭いました」と厳しい顔で言うので、ポワロも彼女たちを閉め出すことに賛成しているように見えるが、原語は 'Ah, oui, d'accord. (ああ、見ました) The trousers of the girls are... (彼女たちのズボンときたら……)' という表現で、ナス屋敷に向かう車中で顔をしかめていたように、その短パン(の短さ)に苦言を呈しようとしていた。
ワーバートン夫人がオリヴァ夫人のもとへ連れてきたマーリーンに「いいこと、案内役は誠実で信頼される人でないと」と言うが、マーリーンは死体役のはずである。「案内役」に対応する原語の a Guide は、イギリスで言う Girl Guides すなわちガールスカウトの一員という意味であって、そのときマーリーンが着ているのはその制服と見られる。なお、ガールスカウトという日本語の由来となった Girl Scouts はアメリカ英語である。
フォリアット夫人が夫や息子たちの死について語り、「結局、屋敷は人手に渡り――そして放心状態でいたときにハティを引き取る話が持ち上がったんです」と言ったところは、原語だと 'Well, Nasse had to be sold. (それで、屋敷も売らざるをえず) I was very unhappy and I was glad of the distraction of having a young person to looked after. (不幸のどん底でしたから、面倒を見る若い人がいて気がまぎれるのは嬉しかったですわ)' という表現で、 distraction (気が散ること) とは不幸によって放心状態になったことではなく、ハティの世話で不幸を忘れられたことを言っている。また、ハティの知能の話につづけて夫人は、日本語だと「お互いに貧乏だったので金銭絡みの話とは無縁でした。あの子の父親も、亡くなったときは倒産していましたから」と言うが、原語は 'Thank heaven there was no money to speak of. (幸い、大したお金はありませんでした) Had she been an heiress, I dread to think how vulnerable she might have been. (もしハティが跡取り娘だったら、どれだけ狙われたかもしれないと思うとぞっとしますわ) But her father died bankrupt. (でも、父親は破産して亡くなりましたから)' という表現で、フォリアット夫人の資産の話はしておらず、ハティの知能で財産を持っていたらかえって面倒なことになっていたという趣旨である(あと、「倒産」はあまり個人に対しては使わないと思う)。そして、ハティとジョージ卿の結婚に関する話題のあと、ポワロがフォリアット夫人に「わたしは感傷に浸るほうではありませんが、あなたはついにナスに戻られた」と話すが、これは原語では 'I am not, like the English, a romantic about these matters. (わたしは、そうしたことにはイギリス人のようにロマンチックではありません) Et voici, here you are, still at Nasse House. (それにほら、あなたも変わらずこのナス屋敷に)' となっており、前半部分は結婚に対するフォリアット夫人の処置についてのコメントである。
フォリアット夫人がナス屋敷の番小屋に住めることになったことについて、ポワロが「心安まる場所に落ちつかれましたね、マダム」と言ったのに対し、フォリアット夫人が「嵐からの避難 (A haven from the storm.)」と答えた台詞は、原作だと 'Sleep after toyle, port after stormie seas, ease after war, death after life, doth greatly please. (労苦のあとの眠り、荒海のあとの港、戦争のあとの安らぎ、生のあとの死、皆大いなる喜びをもたらすもの)' というスペンサーの詩を引用しており、これはクリスティーが自らの墓碑にも刻んだ詩であった。
ディナーの席で、お祭りでサリーが演じる占い師の名前について「マダム・ズライカ、あるいはローマニー・ライとでも?」「流浪の民はふさわしくない」というやりとりがあるが、却下された後者の案はその名前に「ローマニー」を含むように、「流浪の民」ことジプシー(ロマ、ローマニー)を思わせる名前だった。そして、ワーバートン大尉の「流浪の民はふさわしくない」という台詞の原語は 'No one likes gypsies round here.' で、「このあたりの人間はジプシーを好まない」という意味である。つまり、周辺住民の感情(あるいは偏見)に配慮して、ジプシー風のローマニー・ライ案は却下されたのである。またその直後、ジョージ卿がサリーに「蛇を首に巻いてみろ」と言ったのに対し、夫のアレックが「グラスに入れろ」と吐きすてたのは、日本語だとジョージ卿とサリーの軽薄なやりとりへの批判のように聞こえるが、原語では 'A snake in the grass. (草むらのなかの蛇)' という表現である。これは転じて「目に見えない敵」「油断できない人物」という意味で、サリーへの不信を表す台詞である。ちなみに、ガラス容器の「グラス」は glass で、草むらの grass とはつづりも発音も異なる。それから、サリーが「あなたはまだ絵を……マイケル、描いているの?」と訊いたのに対し、マイケルが「もうやめた。金にはならんさ」と答えたところは、原語だと 'Sold out, Sally. Thirty pieces of silver. (売り払ったよ。銀貨30枚でね)' という表現だった。銀貨30枚とはユダがキリストを売り渡した際に受け取ったとされる代価で、「金にはならない」という日本語に直接対応するわけではないが、芸術家や政治家が金銭に目が眩んで理想を放棄する比喩として用いられ、つまりはより金になる建築家へ転向して絵を描くのをあきらめたと言っており、日本語のように意訳できる。
お祭りの日の朝にナス屋敷の外観が映る場面は、実は太陽が西側にあり、夕方に撮影されたものである。実際、最初にポワロがナス屋敷へ到着したのは午後と思われるが、同じ方角から日が射していた。
ワーバートン夫人が設置された占いテントを見て「占いテントの件もようやく落ちついたようだし」と言うが、彼女はその設置場所の議論の当事者だったはずである。夫人の台詞は原語だと 'I see she got her way with the Fortune Teller's tent. (占いテントの件、彼女〔サリー〕は意見を押し通したのね)' という表現で、実際に設置されたテントの場所(シャクナゲのそば)を見て初めて自分の主張が退けられたことを知った彼女の独白であって、だから直前の虚を衝かれたような表情がある。
お祭りで演奏しているブラスバンドはボアハムウッド・ブラス、曲目はユリウス・フチーク作曲のフローレンティナー・マーチである。
ド・スーザがジョージ・スタッブス卿のことを「スタッブス卿」と言うが、「卿」に対応する原語の敬称 Sir はファーストネームあるいはフルネームにつなげて用い、姓につなげて用いることはない。イギリスの慣習に詳しくないド・スーザがまちがえたとも受け取れるが、原語では Sir George Stubbs とフルネームにつなげて使っている。
お祭りで皆がスタッブス夫人を捜しているときにポワロが回想する「誰かがほんとうに死ぬかもしれない」というオリヴァ夫人の台詞は、原語だと 'I feel certain someone is going to die. (誰かが死ぬというはっきりした感じがするの)' で、ポワロとボート小屋から戻ってきたときにオリヴァ夫人が言った「きっと誰かが死ぬにちがいないのよ」という発言である。
死体が発見される場面では、死体が穏やかに息をしているのがわかる。
死体役の変更についてミス・ブルイスが「それがある晩、彼女〔サリー〕がみんなの運勢を見ていたら驚くほど当たっていて、死体役は別の人に振って、サリーには占いをさせようということになったんです」と言った台詞は、原語だと 'but, one evening, Sally told all our fortunes and she was thought to be strikingly good at it. (でもある晩、サリーがみんなの運勢を見て、それがすごくうまかったんです) Someone suggested one of the Girl Guides could be the corpse instead, so Sally became Madame Zuleika. (それで誰かが死体役はガールガイドの子に振ろうと提案して、サリーはマダム・ズライカになったんです)' という表現で、何者かが明確にガールガイドを指定して代役にさせたことがわかる。また、原語は必ずしもサリーがみんなの運勢を当てたとは言っておらず、お祭りのテントでポワロに告げた内容からしても、占いの演技がうまかっただけで占い自体は適当だったと思われる。
スタッブス夫人がマーリーンにおやつを運ぶよう指示したことについてウェイマンが驚きを表明し、「あれは人を栄養失調に陥らせるタイプだ」と言ったのは、原語だと 'Marlene could die of malnutrition for all she'd care. (マーリーンが栄養失調で死んでも彼女は気にしないよ)' という表現で、指示がスタッブス夫人の性格に合わないと言っている。
ド・スーザが「ハティが手紙を書く能力を有しているとは思えません。仮に、美しい女性になっていたとしても」と言ったあと、ホプキンズ巡査部長が「肩すかしか」とコメントし、ド・スーザが「そういうことです」と応じたところは日本語だと趣旨がわかりにくいが、原語は 'I don't think Cousin Hattie has the mental capacity for writing letters, though I undestand she has grown into a lovely woman. (ハティが手紙を書く能力を有しているとは思えません。もっとも、美しい女性に成長しているのはわかっていますが)' というド・スーザの発言の後半を受けて、巡査部長が 'Haven't you seen her? (彼女には会っていない?)' と確認し、ド・スーザが 'No, I have not. (ええ、会っていません)' と応じるやりとりで、ド・スーザがスタッブス夫人の姿を見たかどうかが確認されている。
ウェイマンがブランド警部からスタッブス夫人の人物評を求められて「そうですね……派手です。見た目は美しいが……中身がない」「知能的に?」「知能! いや、性格だよ」というやりとりをしたところは、原語だと 'I would describe her as... ornamental. (彼女は言うなれば……装飾的です) Like a trefoil, or a crocket. (三つ葉模様や唐草模様みたいに) Pretty, but... useless. (美しいが……役には立たない)' 'Backward? (知恵遅れ?)' 'Backward! (知恵遅れ!) No, cunning little minx. (いや、ずるがしこい小娘だよ)' という表現で、最後のウェイマンの台詞は性格的に中身がないと言いたいのではなく、知能的に未発達どころか実際は狡猾だという見方を示している。
ブランド警部の聴取のなかでジョージ卿がお祭りの客を「招待客」と言うが、オランダ人旅行者が訪れていたり、殺人推理ゲームに参加費を取ったりしていることに鑑みると、招待制とは思われない。
警部の尋問中にフォリアット夫人が、ワーバートン夫人について「イニッドは案内係とジムカーナーの統括よ」と言うが、原語では 'Enid Warburton runs the Girl Guides and the gymkhana.' という台詞で、「案内係」もとい Girl Guides は前述のとおりガールスカウト、「ジムカーナー」とは馬術競技会のこと。動詞が runs と現在形であるように、原語はお祭り中の行動ではなく、ワーバートン夫人の社会的地位の話をしている。また、フォリアット夫人の「〔ミス・ブルイスに、マーリーンにケーキを〕運ぶよう頼んだ覚えはないわ」という台詞は、自分は頼んでいないという趣旨に聞こえるが、原語は 'but I don't recall that anyone asked her to do so (誰かが彼女に頼んだ記憶はないわ)' という表現で、スタッブス夫人や自分を含めミス・ブルイスが誰かに頼まれたことを否定している。
事件翌朝、ミス・ブルイスがジョージ卿に言う「郡のリューテナント卿 (Lord Lieutenant of the county)」は個人名ではなく、州知事のことである。
ミス・ブルイスがスタッブス夫人を「それをあの狡猾な女狐が!」と形容したのに対し、ポワロが「過去の話ではないと?」と訊いたのは、原語だとミス・ブルイスが 'She is a sly, scheming, clever cat! (あの女は狡猾な女狐です)' と現在形で表現しており、スタッブス夫人がまだ生きていることを想定したニュアンスがあったため。つづく「生きてればね」というミス・ブルイスの台詞も、原語だと 'She isn't dead. (死んでませんよ)' と言っており、スタッブス夫人が死んでいるかもしれないという見方を明確に否定している。
ワーバートン夫人が「心理的な圧迫も日に日に強くなるようで」と言った台詞は何のことを言っているのかよくわからないが、原語は 'but I'd say we've some kind of psychological lunatic wandering freely in Devon. (精神異常者が大手を振ってデヴォンをうろついているんですよ)' と言っており、マーリーンの殺害やスタッブス夫人の失そうを精神異常者の仕業と主張している。
警察がド・スーザのヨットへ向かう場面では、ヨットの右奥に現代風のサンルーフのある家が見える。
ポワロとオリヴァ夫人が話すティーラウンジは、屋内から見えるバスの様子からは地面より高い位置にあるように見えるが、外から見ると同じ高さを通行人が歩いている様子が窓に映っている。そのティーラウンジでポワロが言う「ボート小屋にタルトを運ぶよう指示を出したのはスタッブス夫人なのか? 彼女は真実を話したのか?」という台詞の「彼女」はスタッブス夫人を指しているように聞こえ、いつの発言が問題にされているのかよくわからないが、原語は 'Did Lady Stubbs ask Mademoiselle Brewis to take jam tarts to Marlene Tucker in the boathouse? (スタッブス夫人はマドモワゼル・ブルイスに、ボート小屋のマーリーン・タッカーにタルトを運ぶよう頼んだのか?) If not, why did she say that she did? (そうでないなら、なぜ彼女〔ミス・ブルイス〕は彼女〔スタッブス夫人〕の指示だと言ったのか?)' という表現で、日本語で「彼女」と言われているのはミス・ブルイスである。そのため、以降の疑問もミス・ブルイスに関するものがつづく。オリヴァ夫人が「〔ミス・ブルイスは〕犯人じゃないのね?」と訊いて、ポワロが理由も言わずに「ノン、ありえません」と否定したのも、原語は 'Unless she killed her, of course. (犯人じゃないかぎりは〔ほんとうのことをいうでしょうけど〕ね、もちろん)' 'Non, pas de motif! (ノン、動機がない)' と言っている。
「屋敷に隠し部屋が、とかいうことは」というオリヴァ夫人の思いつきが「建てられた年代からしてそれはありえない」と否定されるのは、「隠し部屋」の原語が、「ジョニー・ウェイバリー誘拐事件」では「神父の抜け穴」と訳されていた priest's hole であることによる。この priest's hole は、イギリスでカトリックが弾圧されていた16世紀後半から17世紀はじめにかけて、カトリックの聖職者が国王の部下の探索から隠れたり逃れたりするためによくつくられたが、ナス屋敷はジョージ朝様式の建築であり、建てられたのは18世紀頃と見られる。なお、ナス屋敷の建物についてフォリアット夫人が言っていた「王朝時代は荘園でしたが、過去の栄光」という台詞も、原語では 'There was an Elizabethan manor before, but it burnt down.' という表現で、これは「かつてはエリザベス朝時代〔16世紀後半から17世紀初頭〕の館でしたが、火事で焼けまして」という意味である。吹替の「王朝時代」という表現は英国史における一般的な区分ではなく、いつを指すのかよくわからない。
アレック・レッグがサリーとマイケル・ウェイマンを追っていく先のチェルシー・アート・クラブは、芸術家たちが加入する実在のクラブである。
ふたたびナス屋敷へ呼ばれたオリヴァ夫人が電報を手に言う「『来られたし、ただちにナスに』」は、原語だと '"Come at once Nasse House Devon."' という表現で、「デヴォンのナス屋敷に来られたし」という当初オリヴァ夫人がポワロを呼び寄せた電報と同じ文面。つまり、ポワロは同じ文面の電報で、立場を逆転させて夫人をナスへ呼びつけたのである。つづくオリヴァ夫人の「でもなぜ?」という質問が原語では 'Mais pourquoi?' とフランス語になっているのも、その逆転を踏まえて、ポワロが呼び出しの理由をオリヴァ夫人に問い質した際の台詞をそのまま返しているためである。
オリヴァ夫人の帽子についての自説を受けてポワロが「あなたはアイディアの宝庫です」と言うところは、オリヴァ夫人がいつも多数の可能性を思いつくことを指摘し、推理ゲームの発想元の話題にも素直につながるように聞こえるが、原語は 'Always you give to me the ideas. (あなたはいつもわたしにひらめきをくれます)' という表現で、彼女の直前の発言がポワロにとってヒントになったということ。また、「マダム、あなたの作風には特徴があります」と言ったところは、原語だと 'But, madame, I am most interested in how you write. (それにしてもマダム、わたしはあなたの書き方にとても興味があります)' という表現で、これは作風すなわち著作の雰囲気ではなく、オリヴァ夫人が講演する予定だった本の書き方のことを言っている。そのため、オリヴァ夫人の構想がどのように組み立てられていくかという話につながる(その際、オリヴァ夫人がポワロに問われて「最初の構造では〔遺体発見場所は〕パビリオンよ」と言うが、「構造」はおそらく「構想」の読みまちがいで、切換式字幕でも「構想」と表示される)。また、四阿案を却下した理由を「それじゃあまりにもアクセスが簡単すぎる」とオリヴァ夫人が言うが、原語は 'I mean anyone could have strolled in there quite casually. (だって、それじゃ誰でもふらりと中に入れちゃうもの)' という表現で、四阿へ到達するのが簡単すぎるという意味ではなく、手がかりを解いて鍵を入手しなくても中に入れて死体を見つけられてしまうことを問題視している。
推理ゲームの当初の遺体発見場所が「パビリオン (pavilion)」と呼ばれるが、日本語の「パビリオン」が主に展示会場などの仮設の建物を指すのに対し、英語の pavilion は、母屋に対する(しばしば簡素な造りの)別棟を指すことができる。
「さよならポワロ!〜世界が愛した名探偵・25年の軌跡〜」でも放送された、ポワロがナス屋敷へ入っていく最後に撮影されたシーンは劇中に見当たらない。撮影はしたものの、編集でカットされたのだろうか。スーシェがポワロとして最後に発した台詞は、その前日に撮影された、ナス屋敷に最初に到着した日にボート小屋前でオリヴァ夫人と交わした会話の「この屋敷の持ち主? (The owners of this property?)」だという。[9]
サー・ジョージ・スタッブスを演じるショーン・パートウィーは、「クラブのキング」のロニー・オグランダー役以来の「名探偵ポワロ」再出演(吹替は辻谷耕史さんから中村秀利さんに交代)。フォリアット夫人を演じるシニード・キューザックは、同じく「クラブのキング」でバレリー・サンクレア役を演じたニーヴ・キューザックや「グランド・メトロポリタンの宝石盗難事件」でマーガレット・オパルセン役を演じたソラカ・キューザックの姉であり、また映画「ねじれた家」でチャールズ・ヘイワード役を演じたマックス・アイアンズの母でもある。ジェラルディン・マクイーワンおよびジュリア・マッケンジー主演の「ミス・マープル」シリーズでは、ヘンデン役のリチャード・ディクソンを「予告殺人」のローランドソン役、スタッブス夫人を演じるステファニー・レオニダスを「無実はさいなむ」のヘスター・アーガイル役、ワーバートン大尉役のマーティン・ジャーヴィスを「鏡は横にひび割れて」のヴィンセント・ホッグ役で見ることができる。リチャード・ディクソンは、ウィル・ポールターとルーシー・ボイントン主演「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」にもレオ・ケイマン役、またジェレミー・ブレット主演「シャーロック・ホームズの冒険」の「ボール箱」にもブラッドブルック氏役で出演。ワーバートン夫人役のロザリンド・エイアーズは、ジョン・ネトルズ主演の「バーナビー警部」の「愛する人のためならば」にドリーン・アンダーソン役、ホスキンス巡査部長役のニコラス・ウッドソンは同じく「開演ベルは死の予告」にエイバリー・フィリップス役で出演している。ワーバートン大尉夫妻を演じるジャーヴィスとエイアーズは、実生活でも夫婦である。
オリヴァ夫人の助けを求める声に駆けつけるポワロが、河の視界がひらけたところで「うむ」と声を出すのは日本語音声のみ。
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解決篇のポワロの説明を日本語で聞くと、フォリアット夫人は息子とハティを結婚させて財産を息子に移そうと計画したものの、途中で息子にすでに妻があることを知り、離婚させようとしたが成功しなかったためにハティ殺害(の容認)に至ったようにも聞こえるが、原語で聞くと原作どおりにフォリアット夫人にハティ殺害の意図はなかったことがわかる。夫人の計画はハティから息子に財産を移し、彼をナス屋敷の主とするところまでで、ハティは引きつづき自分が面倒を見ていくつもりだったのだが、息子のジェームズはすでに妻があることをフォリアット夫人にも隠しており、ナス屋敷に到着した日、本当の妻とともに早々にハティを殺害して、夫人を事後従犯としてしまった。日本語では、結婚後のハティを「監視下に」置くとか、彼女の知能が未熟だったことを「幸いにも」などと表現しているせいで、夫人がハティを単なる金蔓と見ていたような印象を与え、その殺害をためらう理由もないように聞こえるが、原語ではそれぞれ take care of (保護下に) や sadly (残念ながら) という表現で、息子の再起のために金銭の管理は息子へ移しても、ハティに責任と愛情を持って接しようとしていたととらえられている。
謎解きのなかで、フォリアット夫人が次男のジェームズを南アフリカへやったと言ったあと、ポワロが「ウィ。あなたは言いました、彼に二度と会うことはなかった。彼は飛行機事故で死んだと」と言うので、以前に夫人から聞いた次男の死の顛末を確認しているようにも聞こえるが、以前には(ケニアの)ナイロビに向かう途中の飛行機事故で死んだと言っており、それだと話が食いちがう。ここでフォリアット夫人が言ったとされているのはポワロに対してではなく、かつて夫人が周囲に説明した内容である。また夫人が、ハティの実家が破産したことにしてジョージ卿との結婚を勧めたという筋立ても、原語では 'But you gave it out that her parents had lost all their money and you were advising her to marry a man who was wealthy and several years older than herself. (でもあなたは、ハティの両親が破産したので裕福な年上の男性と結婚するよう勧めていると言いふらしました)' という表現で、ハティに向けたものではなく、周囲へジョージ卿の出現を説明するために喧伝されたもの。そのジョージ卿という名前と身分も、日本語では「あなたの息子ジェームズが獲得した地位」と言われるが、原語は 'the new identity assumed by your son James, (あなたの息子ジェームズが装った新しい身分)' であって、単なる自称である。そして、ハティが治療を受けたように見せかけ周囲を欺くというのは、原語だと 'The false Hattie Stubbs, over the years, would respond to treatment. (偽のハティ・スタッブスは、何年もかけて治療の効果が出ていく) She would get better and better and make the full recovery! (どんどんよくなって、全快を遂げる)' と言われており、偽のハティが、知能が未熟なふりをやめていくための将来の計画であって、偽のハティを本物と思わせることに成功した過去の計画ではない。したがって、それにつづくミス・ブルイスがハティを偽物であると見抜いていたように聞こえる台詞も、原語ではハティ(とされる人物)の知能が普通であることを見抜いていたという趣旨である。実際、ポワロの滞在初日の夜に彼女が言った「彼女〔レディー・スタッブス〕はとても冷静です」という発言も、原語は 'She knows exactly what she's doing. (彼女はご自分のしていることをちゃんとわかっています)' という表現で、混乱の様子は演技であると言っていると受け取れた。本物のハティがナス屋敷に到着した際、それまで自分で面倒を見てきた相手であるハティに対して、フォリアット夫人が「ハティさま」や「こちらへどうぞ」(冒頭では「こちらへいらして」という日本語だったが、原語はいずれも 'Come along, my dear. (こちらへいらっしゃい)' で同じ)と呼びかけるのも不思議な感じがする。
冒頭、車に乗せた外国人ハイカーが、偽のハティ扮する同行者とのことを「今朝、最初に会いました、フナツキバで? 今いいトモダチ。デヴォン、一緒にサンポ」と言うので、近くで出会って散策しているようにも聞こえるが、謎解きのなかでポワロは「ポワロが到着した日、彼女〔偽のハティ〕はバスにエクセターに向かいました。そして、途中で知りあった女性と戻ってきます」と、二人がエクセター行きのバスの中で出会ったかのように言う。原語だとハイカーは 'We meet first time this morning on the platform at Exeter. (わたしたち、エクセターのプラットフォームで今朝初めて会います) And now we are big friends, we explore Devon together! (そして今はとても仲良し、一緒にデヴォンまわります)' と言っており、デヴォン州の主要都市でターミナル駅のあるエクセターで出会い、そこからデヴォン各地を散策する途中でナスを訪れたことがわかる。一方、ポワロは謎解きで 'And travelled back in the company of a youth hosteller she meets on the train. (そして、汽車で知りあった女性と戻ってきます)' と言い、出会った場所はプラットフォームでなく汽車の中になっている。
フォリアット夫人がポワロに「世間て忌まわしいところよ、ムッシュウ・ポワロ。悪人だらけだわ」と言った台詞は、原語だと 'The world is wicked place, Monsieur Poirot. (世界は邪悪な場所よ、ムッシュウ・ポワロ) And there are very wicked people in it. (そして、世界にはとても邪悪な人たちがいるわ)' という表現で、世の中に悪人が大量にいるというニュアンスはない。実際、夫人がここで念頭に置いているのは、ジョージ卿すなわち自分の息子のジェームズと、ハティを名乗るその本当の妻のことと思われる。
「フォリアット家は不滅さ」「奥さまがいらっしゃるかぎりは」というマーデル老人〈一流のジョーク〉は日本語だとすこしわかりにくいが、原語では 'Always be Folliats at Nasse. (ナスにはいつだってフォリアット家の人間がいるさ)' 'Old Mum still be here, h'aint she? (今だって大奥さまがいなさるだろう?)' という表現で、つまり最初に、ナス屋敷の現在の主であるジョージ・スタッブス卿が実はフォリアット家の人間であると暗に言っておきながら、つづく後半で、それをフォリアット夫人のことだと思わせているのである。その後、ワーバートン夫人との会話でポワロが「彼らはナスの名門」と言ったのも、原語ではマーデル老人の発言の前半部分の反復で、マーデル老人のこの発言がポワロの心に引っかかっていることを示していた。またそのすこし前の、マーデル老人が「父親がお国のために命を落とし、たががはずれたんだな」と言う台詞の原語は 'Master Henry, he died for his country, fair dos, but Master James... (ヘンリー坊ちゃんはお国のために立派に命を落とされたが、ジェームズ坊ちゃんのほうは……)' という表現で、 Master は主家の男児(Mister とつける年齢に満たない相手)につける敬称であり、 Master Henry (ヘンリー坊ちゃん) はフォリアット夫人の夫ではなく長男のこと。そして、二人の息子のうちヘンリーは死んだと明言したがジェームズのほうはぼかしており、ここもジェームズが実は生きていることを示唆する伏線になっていた。加えて、原語で素行が悪かったと言われているのは、その前後も含めてヘンリー一人であり、日本語で「幼い頃はやんちゃで済まされたが」と言われた箇所は、原語だと 'They were all right when they was boys. (幼い頃は問題なかったんだ) Always down here, crabbin'! (いつもここに来てカニを釣ってた)' という表現であって、そのためにマーデル老人は、ジョージ卿が夫人とカニ釣りに興じる様子を見てその正体に気づいたのである。また、四阿について「ああ、あのくだらん物体か」と言った台詞は、原語だと 'Ah, damn silly place for it, too. (ああ、しかもばかげた場所にな)' という表現で、四阿本体ではなくその立地を批判しており、ここでもその不自然さが指摘されている。
ポワロがロンドンへ帰る前にマーデル老人と会った際、老人が孫を殺されたそぶりを一切見せなかったことに違和感を覚えるかもしれない。原作のポワロは事件後に老人と再会することはなく、これはドラマオリジナルの場面である。なお、ポワロが自分は愚かだったと独白する場面は原作にもあるが、これはマーデル老人の死後、マーリーンの両親を訪ねて老人との関係を知ったときのことであった。
ロンドンのティーラウンジでオリヴァ夫人が、フォリアット夫人に関して「ナスの主ならすべてを知っている。ちがう?」と言ったのに対して、ポワロが「ナスの主……」と思案げに反復したところは、原語では 'Well, she knows everything there is to know about Nasse, doesn't she? (ナスについて知るべきことは、彼女なら何でも知っている。ちがう?)' (中略) 'She knows everything... (すべてを知っている……)' というやりとりで、フォリアット夫人が(お祭りで自然と女主人役を演じていたように)一面で今なお「ナスの主」であるという見方は示されておらず、単に夫人が事件の全貌や背景を把握している可能性を散文的に示唆していた。そのあと、ポワロが「ハティ・スタッブス殺害の可能性、あるいはマーリーン・タッカーの死についても。世間とは忌まわしいところ……意味深長な言葉」と言った台詞も、原語では 'For example she knows straight away that Hattie Stubbs is dead. (たとえばハティ・スタッブスが死んでいることをすぐに知っていた) She knows, even before the death of Marlene Tucker, that the world it is a place most wicked. (マーリーン・タッカーが死ぬ前でさえ、世間は忌まわしいところと知っていた) What is there that she does not know? (ナスで彼女が知らないことは何でしょう?)' という表現である。最初のハティの件は、事件の日の夜にフォリアット夫人が「ハティは心優しい子なのよ! 人殺しなんてできっこない! ありえない!」と言った台詞が、原語では 'Hattie was a gentle, warm-hearted girl! (ハティは心優しい子だったのよ!) She would never have killed anyone! (人殺しなんてしたはずがない!) Never! (絶対に!)」という表現で過去形を用いており、ハティがすでに死んでいるという前提を置いていたことを言っている。そして、その次に言ったのはマーリーン殺害の件ではなく、それを含む事件がまだ何も起きていないうちから世間を忌まわしいところと発言していたことを指摘している。また、ナスで再会したフォリアット夫人にポワロが「今回の事件についてあなたは多くのことを知っていますね」と言う台詞も、原語では 'You know a great deal, perhaps everything about the murder. (今度の殺人について、あなたはとても多くのこと、あるいはすべてを知っていますね)' と everything (すべて) を知っている可能性を指摘しており、つづけて「誰があの少女を、そしてハティ・スタッブスを殺したのかを」と言った部分も、原語では 'You know who killed the girl. (あなたは誰があの少女を殺したかご存じだ) You know why. (その理由も) You know who killed Hattie Stubbs. (誰がハティ・スタッブスを殺したかもご存じでしょう) And you know, perhaps, where the body it now lies. (そして、ひょっとすると死体が今どこにあるのかもご存じなのでは)' と、ハティの死体の場所すら知っている可能性をも列挙している。さらにポワロの「そう、5週間前の事件も悪、14歳の少女を殺すのも悪だ」という台詞は、日本語では「5週間前の事件」と「14歳の少女を殺すの」が別々の事件のようにも聞こえ、ハティ失そう事件とマーリーン殺害事件を並べているようにも取れるが、原語では 'As wicked as what was done here it is now since five weeks? (ここでおこなわれて今や5週間になることも悪ではありませんか?) As wicked as the killing of a girl who was only forteen years of age? (まだ14歳の少女を殺すのは悪ではありませんか?)' という表現で、後者が前者の言い換えであると受け取りやすく、5週間前にハティに何かが起きたという想定をポワロが置いていないことがわかる。
謎解きのなかでポワロが、ド・スーザから「電報」が届いたと言うが、失そうの日の朝に偽のハティが読んでいたのは手書きの手紙であり、ブランド警部の聴取に対してオリヴァ夫人もそれを「手紙」と表現していた。また、偽のハティがかぶっていた帽子のことを、ポワロは「オレンジ色の帽子」と表現するが、原語では big floppy hat (つばの大きな、やわらかい帽子) と言っていて、その色には言及していない。確かにそのときの画面では濃いオレンジ色にも見えるが、色味に加工がかかっており、お祭りの会場の自然な陽光のもとでの色は赤である。実際、ホスキンズ巡査部長にも「大きな赤い帽子」と表現されていた。
マイケル・ウェイマンが四阿を「これではただのコンクリの塊だ」と評した台詞は、原語だと 'It's only on a yard of concrete. (厚さ1ヤードのコンクリに載っているだけだ)' で、だから、そう言われたポワロとオリヴァ夫人が土台に目を向けるし、ウェイマンが言うように「沈み始めてる」のである。この台詞は本来、四阿の下に何かが埋まっていることを示唆する伏線だった。またこの場所について、終盤の「理想的な埋葬場所です。木が台風で根こそぎにされ、土はけがされました。まもなく若き女性がコンクリートから出てきます」というポワロの台詞は、日本語だと何がどう理想的なのかよくわからないが、2文目以降に対応する原語は 'A tree, it is uprooted in a storm, the soil, it is disturbed, and very soon a young lady, she is covered with concrete. (嵐で木が掘り返され、土はかき乱されていて、若き女性はすぐにコンクリートで覆われてしまう)' という表現で、つまりは死体を埋めるのに土を掘り返す手間がすくなく、すぐに四阿の土台で蓋をされるためにあとから見つかる可能性も薄いことを言っているのである。つづく「愚行の土台となったコンクリート。ナスの主の愚行」というポワロの台詞は、原語では 'And, on the concrete, a folly it is built. The folly of the owner of Nasse.' という表現で、「そしてそのコンクリートの上に四阿 (folly) が建つ。ナスの主の四阿が」という物理的な意味を表すとともに、 folly の「愚行」「あやまち」という意味にかけて吹替のような象徴的な意味を持たせている。なお、ポワロがフォリアット夫人を見据えて言うことや、日本語だとフォリアット夫人が一面で今なお「ナスの主」であるという見方を強調してきたことから、息子への愛情に目がくらんだ結果の夫人の愚行を糾弾しているようにも聞こえるが、前述のように後者は日本語独自の表現であり、「死者のあやまち」というタイトルも、事故死したことになっていたジェームズ・フォリアットを指していると思われることから、シンプルに現在のナスの持ち主であるジョージ卿の犯行のことを言っていると取るのが妥当だろうか。
前述の指輪によってド・スーザが逮捕されたり、謎解きのあとにフォリアット夫人を屋敷へ行かせたりするくだりはドラマオリジナル。このアレンジによって後半はブランド警部がポワロと対立する立場になったため、原作どおりに友好的な再会の場面と後半とで、警部のキャラクターに一貫性がないように見えるかもしれない。
全体としてはおおよそ原作に忠実なドラマ化。ただし、原作の登場人物のうち地方議員ウィルフリッド・マスタートンはその代理人ワーバートン大尉とまとめられ、マスタートン夫人はワーバートン夫人となっている。また、アレック・レッグの不機嫌の秘密もカットされた。一方、ジョージ卿が妻の浮気を疑ったり、ド・スーザのポケットからスタッブス夫人の指輪が見つかったり、パビリオンに物証となるバックルが落ちていたりするのはドラマで追加された要素である。これはもともと中篇だった原作を長篇にするために追加された尋問のつづく中盤にメリハリを加えるとともに、現在の犯行に関する謎解きをポワロの言葉のみに終わらせない工夫か。
ピーター・ユスチノフ主演で一度映像化された作品を、第7シリーズの「エッジウェア卿の死」以降、第10シリーズを除いて1シリーズ1作品ずつ再映像化してきたのが、最終シリーズの本作品でようやく完了。ユスチノフ版では原作にいないヘイスティングスが姿を見せていたが「名探偵ポワロ」では原作通りに登場せず、一方で原作には登場していたミス・レモンの出番もない。
主なロケ地は前述の通りグリーンウェイだが、フォリアット夫人の住む門番小屋やお祭りの会場となった庭周辺、そしてナス屋敷屋内はロンドン北部にあるハイ・カノンズで撮影されており、庭に面した家もグリーンウェイ・ハウスではなくハイ・カノンズのもの。前述の、ポワロがナスを「この国でもっとも美しい場所のひとつ」と評する場面も、実はハイ・カノンズの敷地で撮影されている。このハイ・カノンズは、「ホロー荘の殺人」ではホロー荘邸内として、また「満潮に乗って」ではジェレミーとフランシスの寝室やアイリーンの寝室として撮影に使われているのみならず、アルバート・フィニーの映画「オリエント急行殺人事件」でもアームストロング邸として使用されている。また、敷地内の森の中の場面は、「ビッグ・フォー」でジョナサン・ウォーリー邸内に使われたヒューエンデン・マナーの森でも撮影されているという[8]。これらの撮影場所を意識して観ると、フォリアット夫人やワーバートン夫妻、レッグ夫妻、そしておそらくはミス・ブルイスとマーリーンも、遠方のグリーンウェイでの撮影に参加せずにすむよう場面がつくられていることがわかる。陸橋を走る汽車は、「エンドハウスの怪事件」でも撮影に使われたダートマス蒸気鉄道。一度ロンドンに戻ったポワロとオリヴァ夫人が話しているティーラウンジは、「象は忘れない」でオリヴァ夫人とシリアが会っていたのと同じ、パインウッド・スタジオ内ヘザーデン・ホールのボールルームである。
「ハロウィーン・パーティー」でオリヴァ夫人は「二度とリンゴのつまみ食いはできない」(原語音声では 'I shall never be able to look at another apple again. (二度とリンゴは目にできない)')と言っていたはずだが、砲台の胸壁に腰を下ろした彼女はまたリンゴをかじっている。しかし、これらはいずれも原作の記述に準拠したもので、本原作の刊行は前述のとおり1956年、「ハロウィーン・パーティー」原作の刊行は1967年なので、原作の時系列だと本作時点ではまだ「ハロウィーン・パーティー」事件に遭遇していない。一方、原作の刊行順で「ハロウィーン・パーティー」よりあとの「象は忘れない」では、オリヴァ夫人は一切リンゴを手にしていなかった。となると、やはりドラマでもリンゴはオリヴァ夫人のトラウマとなっており、本作は「ハロウィーン・パーティー」より前の出来事ということになるだろうか。
殺人推理ゲームの筋書きに相次ぐ変更が生じている様子について、日本語だとオリヴァ夫人とポワロが「わたしは何だか、独り相撲ね」「独り相撲?」「ええ、そうよ」という会話を交わす。これは、オリヴァ夫人が筋書きに横槍を入れられ、その整合性を保つべく独りで奮闘しているようにも聞こえるが、原語は 'I feel I'm being jockeyed along. (何だかわたしが仕向けられている気がするの)' 'Jockeyed along? (仕向けられている?)' 'Manipulated. (操られてるってこと)' というやりとりで、その先の会話同様、気づかないうちに誰かの望む方向へ筋書きを誘導されているのではないかという感触を語っている。その前に「占いがいい例だわ」とオリヴァ夫人が言ったのも、占いに関する筋書きが変更されたのではなく、サリーには占いを担当してほしいとの要望により、筋書きへの直接の変更提案でなく、被害者役がマーリーンに代えられたことを言っていた。のちに遺体発見場所の変更に関してあらためてこのことが話題になったとき、ポワロが「初日には『独り相撲』とおっしゃってましたが、妥協の産物でしたね」と言うのも、原語では 'And that was the technique that you described to me on the first day the "jockeying along". (そしてそれが、あなたが初日に『仕向ける』と表現したテクニックでした)' という表現で、特定の人物による作為で誘導されたと言っている。
マイケル・ウェイマンが「〔ジョージ卿に〕テニスコートの設計を任されました。それと、中国風の塔です」と言ったところは、テニスコートと塔の2つの建築を別々に依頼されたように聞こえるが、原語では 'I'm meant to be designing a tennis pavilion. (テニスの観覧席の設計を任されました) Do you know what he's asked for? A chinese pagoda! (どんなものを頼まれたと思います? 中国風の塔ですよ!)' と言っており、つまりテニスコートに中国の塔のような観覧席をつくってほしいという依頼で、そのためにジョージ卿は「センスゼロだ」という酷評を受けている。また、
ポワロとフォリアット夫人の初対面時、夫人が「こちらの聡明なる女性が明日は総監督ね」と言うが、お祭り当日にオリヴァ夫人が全体を監督するようなそぶりは見せない。これは原語だと 'This clever lady has contrived a most intricate problem! (こちらの聡明なる女性がとても込み入った問題を用意してくれましたの)' という台詞で、すでに準備済みの殺人推理ゲームの筋書きの話をしており、お祭り当日の役割の話はしていない。また、ポワロが「よそ者が入り込んできて、さぞおつらいのでは?」と言う台詞は、ほかで何度か言及される不法侵入の旅行者のことや、あるいはお祭りがひらかれて他人が大勢出入りすることを言っているようにも聞こえるが、原語は 'It must be hard for you to have strangers living in residence now. (赤の他人を住まわせているのはさぞおつらいでしょう)' という表現で、かつての一族の屋敷が他人の手に渡ったことに同情している。
ナス屋敷の雰囲気に「違和感を覚えて仕方がない」というオリヴァ夫人に対し、「マダム、人は皆独自の言葉を使います。あなたは確かに何かを本能的に感じ取ったのかもしれません。しかしそれが、何であるのか…… まずは経緯から検証しましょう。結果のみを論じてはいけません。直感はさておき」と言うので、オリヴァ夫人が「独自の言葉」によって何かを感じ取ったと言っているように聞こえるが、原語は 'My intuition tells me something is wrong. (わたしの直感がどこかおかしいって告げるのよ)' というオリヴァ夫人の主張に対し、 'Madame, one calls things by different names, eh? (マダム、人は皆異なる名前でものを呼びます) It may indeed be that you have seen something; it may indeed be that you have heard something. (あなたは何かを見たのかもしれないし、何かを聞いたのかもしれない) And it may be—if I may so put it—that you do not know what it is that you know. (そしてそれは、言うなれば、自分が知っているものが何なのか知らないのかもしれません) You are aware only of the result. (あなたはそれを結果だけ認識している) And that, madame, it is your intuition. (そしてマダム、それがあなたの直感なのです)' という表現で、「独自の言葉」とはオリヴァ夫人の言う intuition (直感) をどう表現するかという話である。また、原語のポワロはただオリヴァ夫人の感覚を分析しており、そこに結論へ飛びつくオリヴァ夫人をいさめるニュアンスはない。
お祭りの演し物として検討されている「椰子の実落とし (coconut shy)」とは、支柱などの上に置いた椰子の実に、離れたところからボールを当てて落とす(こうしたお祭りで定番の)遊びのこと。その実施場所に関連してジョージ卿が屋敷の窓に言及するのは、逸れたボールが窓を割る危険があるからである。ところで、ポワロをスタッブス夫人に引き合わせたジョージ卿は「椰子の実を置いてきます」と言ってその場を離れたにもかかわらず、のちに椰子の実に関する電話を受けて「いくつ仕入れられるかな」と言うのは状況がつながらないが、前者は原語だと 'I go and locate some coconuts (椰子の実の場所を決めてきます)' と言っており、その時点で椰子の実そのものを配置しようとしたわけではなかった。
ポワロがワーバートン大尉との初対面時、その階級には誰も触れていないのに「大尉」と挨拶をする。原語では直前のジョージ卿による紹介が 'Captain and Mrs Warburton. (ワーバートン大尉夫妻)' となっていた。
お茶を淹れようとするフォリアット夫人にポワロが何かを言いかけたのは、ポワロはイギリス風の紅茶(ミルクティー)を好まないためである。
スタッブス夫人の帽子に関連して何度か言及される「アスコット」あるいは「ロイヤル・アスコット」とは、イギリスのアスコット競馬場で毎年6月におこなわれる王室主催の競馬レースのこと。社交界の花形イベントであり、女性がしばしば奇抜なデザインの帽子を身につけることで知られる。
スタッブス夫人のエメラルドの指輪について、ワーバートン大尉がポワロに「あの指輪、夫が買った。相当値が張ったでしょうな。彼は完全に身も心も奪われてます」と言うが、大尉はスタッブス夫人がポワロに指輪を見せたところを見ていないはずである。原語の大尉の台詞は 'See that ring George bought her? (ジョージが買ってやったあの指輪を見ましたか?) Whether he's spotted she's away with the fairies, couldn't say. (彼女の頭のねじが緩いことに、はたして気づいているのやら) But then, he's hardly an intellectual himself, is he? (しかし、ジョージのほうも知的とは言えませんからな)' という表現で、ポワロが指輪を見たことを前提にしておらず、また後半はジョージ卿夫妻の知的能力や教養レベルの話をしている。そのあと、ポワロが「ジョージ卿は株で成功したそうですね」と言ったのを受けて大尉が「清廉潔白とも言えんでしょう」と応じたところも、原語では 'Not exactly a gentleman's game, what? (〔株は〕紳士のゲームとは言い切れませんな)' という表現で、道徳的な評価ではなく、社会的格式の話をしている。
ハティを引き取ったフォリアット夫人についてジョージ卿が「魅力的な女性でした」と言ったところは、原語だと 'She's a damn good egg, actually. (まったく、頼りになる人ですよ)' という表現で、 good egg は魅力より頼りがいを評価する口語表現である。
敷地に入り込む「短パンを穿いた娘ども」をジョージ卿が閉め出そうとするのに対し、日本語だとポワロが「いました。わたしも遭いました」と厳しい顔で言うので、ポワロも彼女たちを閉め出すことに賛成しているように見えるが、原語は 'Ah, oui, d'accord. (ああ、見ました) The trousers of the girls are... (彼女たちのズボンときたら……)' という表現で、ナス屋敷に向かう車中で顔をしかめていたように、その短パン(の短さ)に苦言を呈しようとしていた。
ワーバートン夫人がオリヴァ夫人のもとへ連れてきたマーリーンに「いいこと、案内役は誠実で信頼される人でないと」と言うが、マーリーンは死体役のはずである。「案内役」に対応する原語の a Guide は、イギリスで言う Girl Guides すなわちガールスカウトの一員という意味であって、そのときマーリーンが着ているのはその制服と見られる。なお、ガールスカウトという日本語の由来となった Girl Scouts はアメリカ英語である。
フォリアット夫人が夫や息子たちの死について語り、「結局、屋敷は人手に渡り――そして放心状態でいたときにハティを引き取る話が持ち上がったんです」と言ったところは、原語だと 'Well, Nasse had to be sold. (それで、屋敷も売らざるをえず) I was very unhappy and I was glad of the distraction of having a young person to looked after. (不幸のどん底でしたから、面倒を見る若い人がいて気がまぎれるのは嬉しかったですわ)' という表現で、 distraction (気が散ること) とは不幸によって放心状態になったことではなく、ハティの世話で不幸を忘れられたことを言っている。また、ハティの知能の話につづけて夫人は、日本語だと「お互いに貧乏だったので金銭絡みの話とは無縁でした。あの子の父親も、亡くなったときは倒産していましたから」と言うが、原語は 'Thank heaven there was no money to speak of. (幸い、大したお金はありませんでした) Had she been an heiress, I dread to think how vulnerable she might have been. (もしハティが跡取り娘だったら、どれだけ狙われたかもしれないと思うとぞっとしますわ) But her father died bankrupt. (でも、父親は破産して亡くなりましたから)' という表現で、フォリアット夫人の資産の話はしておらず、ハティの知能で財産を持っていたらかえって面倒なことになっていたという趣旨である(あと、「倒産」はあまり個人に対しては使わないと思う)。そして、ハティとジョージ卿の結婚に関する話題のあと、ポワロがフォリアット夫人に「わたしは感傷に浸るほうではありませんが、あなたはついにナスに戻られた」と話すが、これは原語では 'I am not, like the English, a romantic about these matters. (わたしは、そうしたことにはイギリス人のようにロマンチックではありません) Et voici, here you are, still at Nasse House. (それにほら、あなたも変わらずこのナス屋敷に)' となっており、前半部分は結婚に対するフォリアット夫人の処置についてのコメントである。
フォリアット夫人がナス屋敷の番小屋に住めることになったことについて、ポワロが「心安まる場所に落ちつかれましたね、マダム」と言ったのに対し、フォリアット夫人が「嵐からの避難 (A haven from the storm.)」と答えた台詞は、原作だと 'Sleep after toyle, port after stormie seas, ease after war, death after life, doth greatly please. (労苦のあとの眠り、荒海のあとの港、戦争のあとの安らぎ、生のあとの死、皆大いなる喜びをもたらすもの)' というスペンサーの詩を引用しており、これはクリスティーが自らの墓碑にも刻んだ詩であった。
ディナーの席で、お祭りでサリーが演じる占い師の名前について「マダム・ズライカ、あるいはローマニー・ライとでも?」「流浪の民はふさわしくない」というやりとりがあるが、却下された後者の案はその名前に「ローマニー」を含むように、「流浪の民」ことジプシー(ロマ、ローマニー)を思わせる名前だった。そして、ワーバートン大尉の「流浪の民はふさわしくない」という台詞の原語は 'No one likes gypsies round here.' で、「このあたりの人間はジプシーを好まない」という意味である。つまり、周辺住民の感情(あるいは偏見)に配慮して、ジプシー風のローマニー・ライ案は却下されたのである。またその直後、ジョージ卿がサリーに「蛇を首に巻いてみろ」と言ったのに対し、夫のアレックが「グラスに入れろ」と吐きすてたのは、日本語だとジョージ卿とサリーの軽薄なやりとりへの批判のように聞こえるが、原語では 'A snake in the grass. (草むらのなかの蛇)' という表現である。これは転じて「目に見えない敵」「油断できない人物」という意味で、サリーへの不信を表す台詞である。ちなみに、ガラス容器の「グラス」は glass で、草むらの grass とはつづりも発音も異なる。それから、サリーが「あなたはまだ絵を……マイケル、描いているの?」と訊いたのに対し、マイケルが「もうやめた。金にはならんさ」と答えたところは、原語だと 'Sold out, Sally. Thirty pieces of silver. (売り払ったよ。銀貨30枚でね)' という表現だった。銀貨30枚とはユダがキリストを売り渡した際に受け取ったとされる代価で、「金にはならない」という日本語に直接対応するわけではないが、芸術家や政治家が金銭に目が眩んで理想を放棄する比喩として用いられ、つまりはより金になる建築家へ転向して絵を描くのをあきらめたと言っており、日本語のように意訳できる。
お祭りの日の朝にナス屋敷の外観が映る場面は、実は太陽が西側にあり、夕方に撮影されたものである。実際、最初にポワロがナス屋敷へ到着したのは午後と思われるが、同じ方角から日が射していた。
ワーバートン夫人が設置された占いテントを見て「占いテントの件もようやく落ちついたようだし」と言うが、彼女はその設置場所の議論の当事者だったはずである。夫人の台詞は原語だと 'I see she got her way with the Fortune Teller's tent. (占いテントの件、彼女〔サリー〕は意見を押し通したのね)' という表現で、実際に設置されたテントの場所(シャクナゲのそば)を見て初めて自分の主張が退けられたことを知った彼女の独白であって、だから直前の虚を衝かれたような表情がある。
お祭りで演奏しているブラスバンドはボアハムウッド・ブラス、曲目はユリウス・フチーク作曲のフローレンティナー・マーチである。
ド・スーザがジョージ・スタッブス卿のことを「スタッブス卿」と言うが、「卿」に対応する原語の敬称 Sir はファーストネームあるいはフルネームにつなげて用い、姓につなげて用いることはない。イギリスの慣習に詳しくないド・スーザがまちがえたとも受け取れるが、原語では Sir George Stubbs とフルネームにつなげて使っている。
お祭りで皆がスタッブス夫人を捜しているときにポワロが回想する「誰かがほんとうに死ぬかもしれない」というオリヴァ夫人の台詞は、原語だと 'I feel certain someone is going to die. (誰かが死ぬというはっきりした感じがするの)' で、ポワロとボート小屋から戻ってきたときにオリヴァ夫人が言った「きっと誰かが死ぬにちがいないのよ」という発言である。
死体が発見される場面では、死体が穏やかに息をしているのがわかる。
死体役の変更についてミス・ブルイスが「それがある晩、彼女〔サリー〕がみんなの運勢を見ていたら驚くほど当たっていて、死体役は別の人に振って、サリーには占いをさせようということになったんです」と言った台詞は、原語だと 'but, one evening, Sally told all our fortunes and she was thought to be strikingly good at it. (でもある晩、サリーがみんなの運勢を見て、それがすごくうまかったんです) Someone suggested one of the Girl Guides could be the corpse instead, so Sally became Madame Zuleika. (それで誰かが死体役はガールガイドの子に振ろうと提案して、サリーはマダム・ズライカになったんです)' という表現で、何者かが明確にガールガイドを指定して代役にさせたことがわかる。また、原語は必ずしもサリーがみんなの運勢を当てたとは言っておらず、お祭りのテントでポワロに告げた内容からしても、占いの演技がうまかっただけで占い自体は適当だったと思われる。
スタッブス夫人がマーリーンにおやつを運ぶよう指示したことについてウェイマンが驚きを表明し、「あれは人を栄養失調に陥らせるタイプだ」と言ったのは、原語だと 'Marlene could die of malnutrition for all she'd care. (マーリーンが栄養失調で死んでも彼女は気にしないよ)' という表現で、指示がスタッブス夫人の性格に合わないと言っている。
ド・スーザが「ハティが手紙を書く能力を有しているとは思えません。仮に、美しい女性になっていたとしても」と言ったあと、ホプキンズ巡査部長が「肩すかしか」とコメントし、ド・スーザが「そういうことです」と応じたところは日本語だと趣旨がわかりにくいが、原語は 'I don't think Cousin Hattie has the mental capacity for writing letters, though I undestand she has grown into a lovely woman. (ハティが手紙を書く能力を有しているとは思えません。もっとも、美しい女性に成長しているのはわかっていますが)' というド・スーザの発言の後半を受けて、巡査部長が 'Haven't you seen her? (彼女には会っていない?)' と確認し、ド・スーザが 'No, I have not. (ええ、会っていません)' と応じるやりとりで、ド・スーザがスタッブス夫人の姿を見たかどうかが確認されている。
ウェイマンがブランド警部からスタッブス夫人の人物評を求められて「そうですね……派手です。見た目は美しいが……中身がない」「知能的に?」「知能! いや、性格だよ」というやりとりをしたところは、原語だと 'I would describe her as... ornamental. (彼女は言うなれば……装飾的です) Like a trefoil, or a crocket. (三つ葉模様や唐草模様みたいに) Pretty, but... useless. (美しいが……役には立たない)' 'Backward? (知恵遅れ?)' 'Backward! (知恵遅れ!) No, cunning little minx. (いや、ずるがしこい小娘だよ)' という表現で、最後のウェイマンの台詞は性格的に中身がないと言いたいのではなく、知能的に未発達どころか実際は狡猾だという見方を示している。
ブランド警部の聴取のなかでジョージ卿がお祭りの客を「招待客」と言うが、オランダ人旅行者が訪れていたり、殺人推理ゲームに参加費を取ったりしていることに鑑みると、招待制とは思われない。
警部の尋問中にフォリアット夫人が、ワーバートン夫人について「イニッドは案内係とジムカーナーの統括よ」と言うが、原語では 'Enid Warburton runs the Girl Guides and the gymkhana.' という台詞で、「案内係」もとい Girl Guides は前述のとおりガールスカウト、「ジムカーナー」とは馬術競技会のこと。動詞が runs と現在形であるように、原語はお祭り中の行動ではなく、ワーバートン夫人の社会的地位の話をしている。また、フォリアット夫人の「〔ミス・ブルイスに、マーリーンにケーキを〕運ぶよう頼んだ覚えはないわ」という台詞は、自分は頼んでいないという趣旨に聞こえるが、原語は 'but I don't recall that anyone asked her to do so (誰かが彼女に頼んだ記憶はないわ)' という表現で、スタッブス夫人や自分を含めミス・ブルイスが誰かに頼まれたことを否定している。
事件翌朝、ミス・ブルイスがジョージ卿に言う「郡のリューテナント卿 (Lord Lieutenant of the county)」は個人名ではなく、州知事のことである。
ミス・ブルイスがスタッブス夫人を「それをあの狡猾な女狐が!」と形容したのに対し、ポワロが「過去の話ではないと?」と訊いたのは、原語だとミス・ブルイスが 'She is a sly, scheming, clever cat! (あの女は狡猾な女狐です)' と現在形で表現しており、スタッブス夫人がまだ生きていることを想定したニュアンスがあったため。つづく「生きてればね」というミス・ブルイスの台詞も、原語だと 'She isn't dead. (死んでませんよ)' と言っており、スタッブス夫人が死んでいるかもしれないという見方を明確に否定している。
ワーバートン夫人が「心理的な圧迫も日に日に強くなるようで」と言った台詞は何のことを言っているのかよくわからないが、原語は 'but I'd say we've some kind of psychological lunatic wandering freely in Devon. (精神異常者が大手を振ってデヴォンをうろついているんですよ)' と言っており、マーリーンの殺害やスタッブス夫人の失そうを精神異常者の仕業と主張している。
警察がド・スーザのヨットへ向かう場面では、ヨットの右奥に現代風のサンルーフのある家が見える。
ポワロとオリヴァ夫人が話すティーラウンジは、屋内から見えるバスの様子からは地面より高い位置にあるように見えるが、外から見ると同じ高さを通行人が歩いている様子が窓に映っている。そのティーラウンジでポワロが言う「ボート小屋にタルトを運ぶよう指示を出したのはスタッブス夫人なのか? 彼女は真実を話したのか?」という台詞の「彼女」はスタッブス夫人を指しているように聞こえ、いつの発言が問題にされているのかよくわからないが、原語は 'Did Lady Stubbs ask Mademoiselle Brewis to take jam tarts to Marlene Tucker in the boathouse? (スタッブス夫人はマドモワゼル・ブルイスに、ボート小屋のマーリーン・タッカーにタルトを運ぶよう頼んだのか?) If not, why did she say that she did? (そうでないなら、なぜ彼女〔ミス・ブルイス〕は彼女〔スタッブス夫人〕の指示だと言ったのか?)' という表現で、日本語で「彼女」と言われているのはミス・ブルイスである。そのため、以降の疑問もミス・ブルイスに関するものがつづく。オリヴァ夫人が「〔ミス・ブルイスは〕犯人じゃないのね?」と訊いて、ポワロが理由も言わずに「ノン、ありえません」と否定したのも、原語は 'Unless she killed her, of course. (犯人じゃないかぎりは〔ほんとうのことをいうでしょうけど〕ね、もちろん)' 'Non, pas de motif! (ノン、動機がない)' と言っている。
「屋敷に隠し部屋が、とかいうことは」というオリヴァ夫人の思いつきが「建てられた年代からしてそれはありえない」と否定されるのは、「隠し部屋」の原語が、「ジョニー・ウェイバリー誘拐事件」では「神父の抜け穴」と訳されていた priest's hole であることによる。この priest's hole は、イギリスでカトリックが弾圧されていた16世紀後半から17世紀はじめにかけて、カトリックの聖職者が国王の部下の探索から隠れたり逃れたりするためによくつくられたが、ナス屋敷はジョージ朝様式の建築であり、建てられたのは18世紀頃と見られる。なお、ナス屋敷の建物についてフォリアット夫人が言っていた「王朝時代は荘園でしたが、過去の栄光」という台詞も、原語では 'There was an Elizabethan manor before, but it burnt down.' という表現で、これは「かつてはエリザベス朝時代〔16世紀後半から17世紀初頭〕の館でしたが、火事で焼けまして」という意味である。吹替の「王朝時代」という表現は英国史における一般的な区分ではなく、いつを指すのかよくわからない。
アレック・レッグがサリーとマイケル・ウェイマンを追っていく先のチェルシー・アート・クラブは、芸術家たちが加入する実在のクラブである。
ふたたびナス屋敷へ呼ばれたオリヴァ夫人が電報を手に言う「『来られたし、ただちにナスに』」は、原語だと '"Come at once Nasse House Devon."' という表現で、「デヴォンのナス屋敷に来られたし」という当初オリヴァ夫人がポワロを呼び寄せた電報と同じ文面。つまり、ポワロは同じ文面の電報で、立場を逆転させて夫人をナスへ呼びつけたのである。つづくオリヴァ夫人の「でもなぜ?」という質問が原語では 'Mais pourquoi?' とフランス語になっているのも、その逆転を踏まえて、ポワロが呼び出しの理由をオリヴァ夫人に問い質した際の台詞をそのまま返しているためである。
オリヴァ夫人の帽子についての自説を受けてポワロが「あなたはアイディアの宝庫です」と言うところは、オリヴァ夫人がいつも多数の可能性を思いつくことを指摘し、推理ゲームの発想元の話題にも素直につながるように聞こえるが、原語は 'Always you give to me the ideas. (あなたはいつもわたしにひらめきをくれます)' という表現で、彼女の直前の発言がポワロにとってヒントになったということ。また、「マダム、あなたの作風には特徴があります」と言ったところは、原語だと 'But, madame, I am most interested in how you write. (それにしてもマダム、わたしはあなたの書き方にとても興味があります)' という表現で、これは作風すなわち著作の雰囲気ではなく、オリヴァ夫人が講演する予定だった本の書き方のことを言っている。そのため、オリヴァ夫人の構想がどのように組み立てられていくかという話につながる(その際、オリヴァ夫人がポワロに問われて「最初の構造では〔遺体発見場所は〕パビリオンよ」と言うが、「構造」はおそらく「構想」の読みまちがいで、切換式字幕でも「構想」と表示される)。また、四阿案を却下した理由を「それじゃあまりにもアクセスが簡単すぎる」とオリヴァ夫人が言うが、原語は 'I mean anyone could have strolled in there quite casually. (だって、それじゃ誰でもふらりと中に入れちゃうもの)' という表現で、四阿へ到達するのが簡単すぎるという意味ではなく、手がかりを解いて鍵を入手しなくても中に入れて死体を見つけられてしまうことを問題視している。
推理ゲームの当初の遺体発見場所が「パビリオン (pavilion)」と呼ばれるが、日本語の「パビリオン」が主に展示会場などの仮設の建物を指すのに対し、英語の pavilion は、母屋に対する(しばしば簡素な造りの)別棟を指すことができる。
「さよならポワロ!〜世界が愛した名探偵・25年の軌跡〜」でも放送された、ポワロがナス屋敷へ入っていく最後に撮影されたシーンは劇中に見当たらない。撮影はしたものの、編集でカットされたのだろうか。スーシェがポワロとして最後に発した台詞は、その前日に撮影された、ナス屋敷に最初に到着した日にボート小屋前でオリヴァ夫人と交わした会話の「この屋敷の持ち主? (The owners of this property?)」だという。[9]
サー・ジョージ・スタッブスを演じるショーン・パートウィーは、「クラブのキング」のロニー・オグランダー役以来の「名探偵ポワロ」再出演(吹替は辻谷耕史さんから中村秀利さんに交代)。フォリアット夫人を演じるシニード・キューザックは、同じく「クラブのキング」でバレリー・サンクレア役を演じたニーヴ・キューザックや「グランド・メトロポリタンの宝石盗難事件」でマーガレット・オパルセン役を演じたソラカ・キューザックの姉であり、また映画「ねじれた家」でチャールズ・ヘイワード役を演じたマックス・アイアンズの母でもある。ジェラルディン・マクイーワンおよびジュリア・マッケンジー主演の「ミス・マープル」シリーズでは、ヘンデン役のリチャード・ディクソンを「予告殺人」のローランドソン役、スタッブス夫人を演じるステファニー・レオニダスを「無実はさいなむ」のヘスター・アーガイル役、ワーバートン大尉役のマーティン・ジャーヴィスを「鏡は横にひび割れて」のヴィンセント・ホッグ役で見ることができる。リチャード・ディクソンは、ウィル・ポールターとルーシー・ボイントン主演「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」にもレオ・ケイマン役、またジェレミー・ブレット主演「シャーロック・ホームズの冒険」の「ボール箱」にもブラッドブルック氏役で出演。ワーバートン夫人役のロザリンド・エイアーズは、ジョン・ネトルズ主演の「バーナビー警部」の「愛する人のためならば」にドリーン・アンダーソン役、ホスキンス巡査部長役のニコラス・ウッドソンは同じく「開演ベルは死の予告」にエイバリー・フィリップス役で出演している。ワーバートン大尉夫妻を演じるジャーヴィスとエイアーズは、実生活でも夫婦である。
オリヴァ夫人の助けを求める声に駆けつけるポワロが、河の視界がひらけたところで「うむ」と声を出すのは日本語音声のみ。
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解決篇のポワロの説明を日本語で聞くと、フォリアット夫人は息子とハティを結婚させて財産を息子に移そうと計画したものの、途中で息子にすでに妻があることを知り、離婚させようとしたが成功しなかったためにハティ殺害(の容認)に至ったようにも聞こえるが、原語で聞くと原作どおりにフォリアット夫人にハティ殺害の意図はなかったことがわかる。夫人の計画はハティから息子に財産を移し、彼をナス屋敷の主とするところまでで、ハティは引きつづき自分が面倒を見ていくつもりだったのだが、息子のジェームズはすでに妻があることをフォリアット夫人にも隠しており、ナス屋敷に到着した日、本当の妻とともに早々にハティを殺害して、夫人を事後従犯としてしまった。日本語では、結婚後のハティを「監視下に」置くとか、彼女の知能が未熟だったことを「幸いにも」などと表現しているせいで、夫人がハティを単なる金蔓と見ていたような印象を与え、その殺害をためらう理由もないように聞こえるが、原語ではそれぞれ take care of (保護下に) や sadly (残念ながら) という表現で、息子の再起のために金銭の管理は息子へ移しても、ハティに責任と愛情を持って接しようとしていたととらえられている。
謎解きのなかで、フォリアット夫人が次男のジェームズを南アフリカへやったと言ったあと、ポワロが「ウィ。あなたは言いました、彼に二度と会うことはなかった。彼は飛行機事故で死んだと」と言うので、以前に夫人から聞いた次男の死の顛末を確認しているようにも聞こえるが、以前には(ケニアの)ナイロビに向かう途中の飛行機事故で死んだと言っており、それだと話が食いちがう。ここでフォリアット夫人が言ったとされているのはポワロに対してではなく、かつて夫人が周囲に説明した内容である。また夫人が、ハティの実家が破産したことにしてジョージ卿との結婚を勧めたという筋立ても、原語では 'But you gave it out that her parents had lost all their money and you were advising her to marry a man who was wealthy and several years older than herself. (でもあなたは、ハティの両親が破産したので裕福な年上の男性と結婚するよう勧めていると言いふらしました)' という表現で、ハティに向けたものではなく、周囲へジョージ卿の出現を説明するために喧伝されたもの。そのジョージ卿という名前と身分も、日本語では「あなたの息子ジェームズが獲得した地位」と言われるが、原語は 'the new identity assumed by your son James, (あなたの息子ジェームズが装った新しい身分)' であって、単なる自称である。そして、ハティが治療を受けたように見せかけ周囲を欺くというのは、原語だと 'The false Hattie Stubbs, over the years, would respond to treatment. (偽のハティ・スタッブスは、何年もかけて治療の効果が出ていく) She would get better and better and make the full recovery! (どんどんよくなって、全快を遂げる)' と言われており、偽のハティが、知能が未熟なふりをやめていくための将来の計画であって、偽のハティを本物と思わせることに成功した過去の計画ではない。したがって、それにつづくミス・ブルイスがハティを偽物であると見抜いていたように聞こえる台詞も、原語ではハティ(とされる人物)の知能が普通であることを見抜いていたという趣旨である。実際、ポワロの滞在初日の夜に彼女が言った「彼女〔レディー・スタッブス〕はとても冷静です」という発言も、原語は 'She knows exactly what she's doing. (彼女はご自分のしていることをちゃんとわかっています)' という表現で、混乱の様子は演技であると言っていると受け取れた。本物のハティがナス屋敷に到着した際、それまで自分で面倒を見てきた相手であるハティに対して、フォリアット夫人が「ハティさま」や「こちらへどうぞ」(冒頭では「こちらへいらして」という日本語だったが、原語はいずれも 'Come along, my dear. (こちらへいらっしゃい)' で同じ)と呼びかけるのも不思議な感じがする。
冒頭、車に乗せた外国人ハイカーが、偽のハティ扮する同行者とのことを「今朝、最初に会いました、フナツキバで? 今いいトモダチ。デヴォン、一緒にサンポ」と言うので、近くで出会って散策しているようにも聞こえるが、謎解きのなかでポワロは「ポワロが到着した日、彼女〔偽のハティ〕はバスにエクセターに向かいました。そして、途中で知りあった女性と戻ってきます」と、二人がエクセター行きのバスの中で出会ったかのように言う。原語だとハイカーは 'We meet first time this morning on the platform at Exeter. (わたしたち、エクセターのプラットフォームで今朝初めて会います) And now we are big friends, we explore Devon together! (そして今はとても仲良し、一緒にデヴォンまわります)' と言っており、デヴォン州の主要都市でターミナル駅のあるエクセターで出会い、そこからデヴォン各地を散策する途中でナスを訪れたことがわかる。一方、ポワロは謎解きで 'And travelled back in the company of a youth hosteller she meets on the train. (そして、汽車で知りあった女性と戻ってきます)' と言い、出会った場所はプラットフォームでなく汽車の中になっている。
フォリアット夫人がポワロに「世間て忌まわしいところよ、ムッシュウ・ポワロ。悪人だらけだわ」と言った台詞は、原語だと 'The world is wicked place, Monsieur Poirot. (世界は邪悪な場所よ、ムッシュウ・ポワロ) And there are very wicked people in it. (そして、世界にはとても邪悪な人たちがいるわ)' という表現で、世の中に悪人が大量にいるというニュアンスはない。実際、夫人がここで念頭に置いているのは、ジョージ卿すなわち自分の息子のジェームズと、ハティを名乗るその本当の妻のことと思われる。
「フォリアット家は不滅さ」「奥さまがいらっしゃるかぎりは」というマーデル老人〈一流のジョーク〉は日本語だとすこしわかりにくいが、原語では 'Always be Folliats at Nasse. (ナスにはいつだってフォリアット家の人間がいるさ)' 'Old Mum still be here, h'aint she? (今だって大奥さまがいなさるだろう?)' という表現で、つまり最初に、ナス屋敷の現在の主であるジョージ・スタッブス卿が実はフォリアット家の人間であると暗に言っておきながら、つづく後半で、それをフォリアット夫人のことだと思わせているのである。その後、ワーバートン夫人との会話でポワロが「彼らはナスの名門」と言ったのも、原語ではマーデル老人の発言の前半部分の反復で、マーデル老人のこの発言がポワロの心に引っかかっていることを示していた。またそのすこし前の、マーデル老人が「父親がお国のために命を落とし、たががはずれたんだな」と言う台詞の原語は 'Master Henry, he died for his country, fair dos, but Master James... (ヘンリー坊ちゃんはお国のために立派に命を落とされたが、ジェームズ坊ちゃんのほうは……)' という表現で、 Master は主家の男児(Mister とつける年齢に満たない相手)につける敬称であり、 Master Henry (ヘンリー坊ちゃん) はフォリアット夫人の夫ではなく長男のこと。そして、二人の息子のうちヘンリーは死んだと明言したがジェームズのほうはぼかしており、ここもジェームズが実は生きていることを示唆する伏線になっていた。加えて、原語で素行が悪かったと言われているのは、その前後も含めてヘンリー一人であり、日本語で「幼い頃はやんちゃで済まされたが」と言われた箇所は、原語だと 'They were all right when they was boys. (幼い頃は問題なかったんだ) Always down here, crabbin'! (いつもここに来てカニを釣ってた)' という表現であって、そのためにマーデル老人は、ジョージ卿が夫人とカニ釣りに興じる様子を見てその正体に気づいたのである。また、四阿について「ああ、あのくだらん物体か」と言った台詞は、原語だと 'Ah, damn silly place for it, too. (ああ、しかもばかげた場所にな)' という表現で、四阿本体ではなくその立地を批判しており、ここでもその不自然さが指摘されている。
ポワロがロンドンへ帰る前にマーデル老人と会った際、老人が孫を殺されたそぶりを一切見せなかったことに違和感を覚えるかもしれない。原作のポワロは事件後に老人と再会することはなく、これはドラマオリジナルの場面である。なお、ポワロが自分は愚かだったと独白する場面は原作にもあるが、これはマーデル老人の死後、マーリーンの両親を訪ねて老人との関係を知ったときのことであった。
ロンドンのティーラウンジでオリヴァ夫人が、フォリアット夫人に関して「ナスの主ならすべてを知っている。ちがう?」と言ったのに対して、ポワロが「ナスの主……」と思案げに反復したところは、原語では 'Well, she knows everything there is to know about Nasse, doesn't she? (ナスについて知るべきことは、彼女なら何でも知っている。ちがう?)' (中略) 'She knows everything... (すべてを知っている……)' というやりとりで、フォリアット夫人が(お祭りで自然と女主人役を演じていたように)一面で今なお「ナスの主」であるという見方は示されておらず、単に夫人が事件の全貌や背景を把握している可能性を散文的に示唆していた。そのあと、ポワロが「ハティ・スタッブス殺害の可能性、あるいはマーリーン・タッカーの死についても。世間とは忌まわしいところ……意味深長な言葉」と言った台詞も、原語では 'For example she knows straight away that Hattie Stubbs is dead. (たとえばハティ・スタッブスが死んでいることをすぐに知っていた) She knows, even before the death of Marlene Tucker, that the world it is a place most wicked. (マーリーン・タッカーが死ぬ前でさえ、世間は忌まわしいところと知っていた) What is there that she does not know? (ナスで彼女が知らないことは何でしょう?)' という表現である。最初のハティの件は、事件の日の夜にフォリアット夫人が「ハティは心優しい子なのよ! 人殺しなんてできっこない! ありえない!」と言った台詞が、原語では 'Hattie was a gentle, warm-hearted girl! (ハティは心優しい子だったのよ!) She would never have killed anyone! (人殺しなんてしたはずがない!) Never! (絶対に!)」という表現で過去形を用いており、ハティがすでに死んでいるという前提を置いていたことを言っている。そして、その次に言ったのはマーリーン殺害の件ではなく、それを含む事件がまだ何も起きていないうちから世間を忌まわしいところと発言していたことを指摘している。また、ナスで再会したフォリアット夫人にポワロが「今回の事件についてあなたは多くのことを知っていますね」と言う台詞も、原語では 'You know a great deal, perhaps everything about the murder. (今度の殺人について、あなたはとても多くのこと、あるいはすべてを知っていますね)' と everything (すべて) を知っている可能性を指摘しており、つづけて「誰があの少女を、そしてハティ・スタッブスを殺したのかを」と言った部分も、原語では 'You know who killed the girl. (あなたは誰があの少女を殺したかご存じだ) You know why. (その理由も) You know who killed Hattie Stubbs. (誰がハティ・スタッブスを殺したかもご存じでしょう) And you know, perhaps, where the body it now lies. (そして、ひょっとすると死体が今どこにあるのかもご存じなのでは)' と、ハティの死体の場所すら知っている可能性をも列挙している。さらにポワロの「そう、5週間前の事件も悪、14歳の少女を殺すのも悪だ」という台詞は、日本語では「5週間前の事件」と「14歳の少女を殺すの」が別々の事件のようにも聞こえ、ハティ失そう事件とマーリーン殺害事件を並べているようにも取れるが、原語では 'As wicked as what was done here it is now since five weeks? (ここでおこなわれて今や5週間になることも悪ではありませんか?) As wicked as the killing of a girl who was only forteen years of age? (まだ14歳の少女を殺すのは悪ではありませんか?)' という表現で、後者が前者の言い換えであると受け取りやすく、5週間前にハティに何かが起きたという想定をポワロが置いていないことがわかる。
謎解きのなかでポワロが、ド・スーザから「電報」が届いたと言うが、失そうの日の朝に偽のハティが読んでいたのは手書きの手紙であり、ブランド警部の聴取に対してオリヴァ夫人もそれを「手紙」と表現していた。また、偽のハティがかぶっていた帽子のことを、ポワロは「オレンジ色の帽子」と表現するが、原語では big floppy hat (つばの大きな、やわらかい帽子) と言っていて、その色には言及していない。確かにそのときの画面では濃いオレンジ色にも見えるが、色味に加工がかかっており、お祭りの会場の自然な陽光のもとでの色は赤である。実際、ホスキンズ巡査部長にも「大きな赤い帽子」と表現されていた。
マイケル・ウェイマンが四阿を「これではただのコンクリの塊だ」と評した台詞は、原語だと 'It's only on a yard of concrete. (厚さ1ヤードのコンクリに載っているだけだ)' で、だから、そう言われたポワロとオリヴァ夫人が土台に目を向けるし、ウェイマンが言うように「沈み始めてる」のである。この台詞は本来、四阿の下に何かが埋まっていることを示唆する伏線だった。またこの場所について、終盤の「理想的な埋葬場所です。木が台風で根こそぎにされ、土はけがされました。まもなく若き女性がコンクリートから出てきます」というポワロの台詞は、日本語だと何がどう理想的なのかよくわからないが、2文目以降に対応する原語は 'A tree, it is uprooted in a storm, the soil, it is disturbed, and very soon a young lady, she is covered with concrete. (嵐で木が掘り返され、土はかき乱されていて、若き女性はすぐにコンクリートで覆われてしまう)' という表現で、つまりは死体を埋めるのに土を掘り返す手間がすくなく、すぐに四阿の土台で蓋をされるためにあとから見つかる可能性も薄いことを言っているのである。つづく「愚行の土台となったコンクリート。ナスの主の愚行」というポワロの台詞は、原語では 'And, on the concrete, a folly it is built. The folly of the owner of Nasse.' という表現で、「そしてそのコンクリートの上に四阿 (folly) が建つ。ナスの主の四阿が」という物理的な意味を表すとともに、 folly の「愚行」「あやまち」という意味にかけて吹替のような象徴的な意味を持たせている。なお、ポワロがフォリアット夫人を見据えて言うことや、日本語だとフォリアット夫人が一面で今なお「ナスの主」であるという見方を強調してきたことから、息子への愛情に目がくらんだ結果の夫人の愚行を糾弾しているようにも聞こえるが、前述のように後者は日本語独自の表現であり、「死者のあやまち」というタイトルも、事故死したことになっていたジェームズ・フォリアットを指していると思われることから、シンプルに現在のナスの持ち主であるジョージ卿の犯行のことを言っていると取るのが妥当だろうか。
前述の指輪によってド・スーザが逮捕されたり、謎解きのあとにフォリアット夫人を屋敷へ行かせたりするくだりはドラマオリジナル。このアレンジによって後半はブランド警部がポワロと対立する立場になったため、原作どおりに友好的な再会の場面と後半とで、警部のキャラクターに一貫性がないように見えるかもしれない。
- [1] ジョン・カラン (訳: 羽田詩津子), 「アガサ・クリスティーとグリーンショアの阿房宮」, 『ポアロとグリーンショアの阿房宮』, 早川書房(クリスティー文庫), 2015, pp. 149-152
- [2] David_Suchet on Twitter: "Off to Greenway- A. Christies house in devon for the last 5 days of filming. its a wrap on thursday:("
- [3] National Trust - Greenway - Historic House/Palace in Galmpton, nr Brixham, Dartmouth - Dartmouth
- [4] David_Suchet on Twitter: "Just started filming the very last POIROT story - DEAD MAN'S FOLLY. And don't forget ELEPHANTS CAN REMEMBER is on ITV this Sunday evening."
- [5] David_Suchet on Twitter: "I have finished filming DEAD MAN'S FOLLY and have come to the end of my Poirot series. What a moment!"
- [6] 「さよならポワロ! 〜世界が愛した名探偵・25年の軌跡〜」
- [7] David Suchet and Geoffrey Wansell, Poirot and Me, headline, 2013, pp. 269, 286
- [8] Agatha Christie's Poirot: discover the locations of the hit detective series | Radio Times
- [9] David Suchet and Geoffrey Wansell, Poirot and Me, headline, 2013, pp. 286, 289
ロケ地写真
カットされた場面
なし
映像ソフト
- [DVD] 「名探偵ポワロ 50 死者のあやまち」(字幕・吹替) ハピネット・ピクチャーズ※
- ※ 「名探偵ポワロ NEW SEASON DVD-BOX 5」に収録
同原作の映像化作品
- [TV] 「死者のあやまち」 1986年 監督:クライブ・ドナー 出演:ピーター・ユスチノフ(福田豊土)、ジョナサン・セシル(羽佐間道夫)、ジーン・ステープルトン(藤波京子)