青列車の秘密
The Mystery of the Blue Train

放送履歴

日本

オリジナル版(95分00秒)

  • 2006年12月05日 20時00分〜 (NHK衛星第2)
  • 2007年12月25日 13時00分〜 (NHK衛星第2)

ハイビジョンリマスター版(95分00秒)

  • 2016年11月05日 16時00分〜 (NHK BSプレミアム)
  • 2017年04月12日 16時00分〜 (NHK BSプレミアム)
  • 2021年05月22日 16時25分〜 (NHK BSプレミアム)※1
  • 2021年12月23日 09時00分〜 (NHK BS4K)
  • 2023年06月21日 21時00分〜 (NHK BSプレミアム・BS4K)※2
  • ※1 エンディングの画面下部に次回の放送時間案内の字幕表示(帯付き)あり
  • ※2 BSプレミアムでの放送は、オープニング冒頭の画面左上にBS4K同時放送のアイコン表示あり

海外

  • 2005年12月11日 09時00分〜 (米・A&E)
  • 2006年01月01日 21時00分〜 (英・ITV1)
  • 2006年02月19日 20時30分〜 (豪・ABC)

原作

邦訳

  • 『青列車の秘密』 クリスティー文庫 青木久恵訳
  • 『青列車の秘密』 ハヤカワミステリ文庫 田村隆一訳
  • 『青列車の謎』 創元推理文庫 長沼弘毅訳
  • 『ブルートレイン殺人事件』 新潮文庫 中村妙子訳

原書

  • The Mystery of the Blue Train, Collins, 29 March 1928 (UK)
  • The Mystery of the Blue Train, Dodd Mead, 1928 (USA)

オープニングクレジット

日本

オリジナル版

名探偵ポワロ / AGATHA CHRISTIE'S POIROT / 青列車の秘密 // DAVID SUCHET / Agatha Christie POIROT / The MYSTERY of the BLUE TRAIN based on the novel by Agatha Christie / Screenplay GUY ANDREWS / LINDSAY DUNCAN / JAMES D'ARCY, JAIME MURRAY, GEORGINA RYLANCE / NICHOLAS FARRELL, ROGER LLOYD PACK, JOSETTE SIMON / ALICE EVE, TOM HARPER, BRONAGH GALLAGHER, OLIVER MILBURN / and ELLIOTT GOULD as RUFUS VAN ALDIN / Producer TREVOR HOPKINS / Director HETTIE MACDONALD

ハイビジョンリマスター版

名探偵ポワロ / DAVID SUCHET / AGATHA CHRISTIE'S POIROT / 青列車の秘密 // DAVID SUCHET / Agatha Christie POIROT / The MYSTERY of the BLUE TRAIN based on the novel by Agatha Christie / Screenplay GUY ANDREWS / LINDSAY DUNCAN / JAMES D'ARCY, JAIME MURRAY, GEORGINA RYLANCE / NICHOLAS FARRELL, ROGER LLOYD PACK, JOSETTE SIMON / ALICE EVE, TOM HARPER, BRONAGH GALLAGHER, OLIVER MILBURN / and ELLIOTT GOULD as RUFUS VAN ALDIN / Producer TREVOR HOPKINS / Director HETTIE MACDONALD

エンディングクレジット

日本

オリジナル版

原作 アガサ・クリスティー 脚本 ガイ・アンドルーズ 演出 ヘティ・マクドナルド 制作 グラナダ・プロダクション A&E テレビジョン ネットワークス アガサ・クリスティー Ltd. (イギリス 2005年) / 出演 ポワロ(デビッド・スーシェ) 熊倉 一雄  ルーファス(エリオット・グールド) 横内 正 キャサリン(ジョージナ・ライランス) 井上 喜久子 ルース(ジェイミー・マリー) 吉田 陽子 デレック(ジェイムズ・ダーシー) 咲野 俊介  ナイトン 金尾 哲夫 メイソン 菅原 あき タンプリン夫人 鈴木 弘子 コーキー 川島 得愛 レノックス 山田 里奈  落合 弘治 杉村 理加 塾 一久 さとうあい 定岡 小百合 宇垣 秀成 斉藤 次郎 丸山 壮史 風間 秀郎 / 日本語版スタッフ 翻訳 たかしまちせこ 演出 高橋 剛 音声 金谷 和美 プロデューサー 里口 千  制作統括 小川 純子 廣田 建三

ハイビジョンリマスター版

原作 アガサ・クリスティー 脚本 ガイ・アンドルーズ 演出 ヘティ・マクドナルド 制作 グラナダ・プロダクション A&E テレビジョン ネットワークス アガサ・クリスティー Ltd. (イギリス)  出演 ポワロ(デビッド・スーシェ) 熊倉 一雄  ルーファス(エリオット・グールド) 横内 正 キャサリン(ジョージナ・ライランス) 井上 喜久子 ルース(ジェイミー・マリー) 吉田 陽子 デレック(ジェイムズ・ダーシー) 咲野 俊介  ナイトン 金尾 哲夫 メイソン 菅原 あき タンプリン夫人 鈴木 弘子 コーキー 川島 得愛 レノックス 山田 里奈  落合 弘治 杉村 理加 塾 一久 さとう あい 定岡 小百合 宇垣 秀成 斉藤 次郎 丸山 壮史 風間 秀郎  日本語版スタッフ 翻訳 たかしま ちせこ 演出 高橋 剛 音声 金谷 和美 プロデューサー 里口 千

海外

オリジナル版

Hercule Poirot: DAVID SUCHET; Derek Kettering: JAMES D'ARCY; Lenox: ALICE EVE; Knighton: NICHOLAS FARRELL; Ada Mason: BRONAGH GALLAGHER / Corky: TOM HARPER; Lady at Ball: JANE HOW; Steward: SAMUEL JAMES; Sister Rosalia: HELEN LINDSAY; La Roche: OLIVER MILBURN / Ruth Kettering: JAIME MURRAY; Inspector Caux: ROGER LLOYD PACK; Dolores: ETELA PARDO; Katherine: GEORGINA RYLANCE; Mirelle Milesi: JOSETTE SIMON / and Lady Tamplin: LINDSAY DUNCAN; Rufus Van Aldin: ELLIOTT GOULD / (中略) / Production Executive: GAIL KENNETT; Casting Director: MAUREEN DUFF; Film Editor: JAMIE McCOAN; Director of Photography: ALAN ALMOND B.S.C.; Production Designer: JEFF TESSLER; Line Producer: HELGA DOWIE / Executive Producer for A&E Television Networks: DELIA FINE; Supervising Producer for A&E Television Networks: EMILIO NUNEZ / Executive Producer for Chorion Plc.: PHIL CLYMER / Executive Producer: MICHELE BUCK; Executive Producer: DAMIEN TIMMER; © Agatha Christie Ltd. (a Chorion company) 2005 / A Granada Production in association with A&E Television Networks and Agatha Christie Ltd (a Chorion company)

あらすじ

 ポワロがホテルで出会った大富豪令嬢、ルース・ケッタリングがフランスを走る青列車の車内で殺害され、携えていた有名なルビーが消えた。同じ列車には被害者が離婚を求めていた夫や愛人をはじめ、関係の深い人間が多数乗り合わせていたのだが……

事件発生時期

1936年5月中旬 〜

主要登場人物

エルキュール・ポワロ私立探偵
ルーファス・ヴァン・オールデンアメリカの石油王
ルース・ケッタリングヴァン・オールデンの娘
デレック・ケッタリングルースの夫
ラ・ロッシュルースの愛人、伯爵
アダ・メイソンルースのメイド
リチャード・ナイトンヴァン・オールデンの秘書、陸軍少佐メジャー
キャサリン・グレイ多額の遺産を継いだ娘
ロザムンド・タンプリンキャサリンの従姉、愛称ローズィ
コークス・タンプリンレディー・タンプリンの夫、愛称コーキー
レノックス・タンプリンレディー・タンプリンの娘
ミレル・メレッシーブルートレイン乗客
コー警部

解説、みたいなもの

 原作は1928年に発表された長篇小説。母親の死や夫との離婚など、クリスティーにとって非常に辛い時期に生活の必要に迫られて書かれた作品で[1]、そのためか物語の展開も過去に発表済みの短篇「プリマス行き急行列車」を下敷きにしていた。しかしドラマでは、主要な登場人物の大半に被害者殺害の動機が与えられると同時に、原作では現場に居合わせなかった人物までブルートレインに乗り込んで犯行の機会を与えられている。その結果、原作や「プリマス行き急行列車」に見られた被害者の夫対愛人という容疑の構図は薄れ、関係者たちの愛憎が物語の中心となった。また、事件の黒幕が〈侯爵〉と呼ばれる国際的大泥棒であるという設定や、盗品も扱う宝石商のパポポラス親子といった時代がかった要素も排され、どちらかというと古典的な作風の原作に対して、現代的な雰囲気のドラマに仕上がっている。そんな本作は、クリスティー本人の原作への低評価とは対照的に、主演のスーシェのお気に入りのエピソードのひとつだという[2]。なお、実現はしなかったものの、本原作は初期プロデューサーのブライアン・イーストマンによって1990年代に映画化が企画されており、1974年の映画「オリエント急行殺人事件」を手がけたシドニー・ルメットにも監督の打診がおこなわれた(が、断られた)そうだ[3]
 題名にある「青列車」、あるいは台詞で言われる「ブルートレイン」とは、オリエント急行と同じワゴン・リ社によって運営されていた豪華寝台列車〈カレー・地中海急行〉の通称。その正式名称のとおり、イギリスからの玄関口である港町カレーと地中海沿岸の南仏リゾート地をつなぎ、車体の色にちなんで Train Bleu (青列車)、英語では Blue Train (ブルートレイン) と呼ばれた。なお、日本でも車体の色から寝台列車をブルートレインと呼ぶが、このカラーリングや呼称は万国共通のものではなく、英仏でも寝台列車一般をそのように呼ぶわけではない。
 撮影時期は2005年5月頃で、最初の2週間に仏伊国境に接した南仏マントン、およびニースの隣町ボーリュー・スール・メールでニースの場面の撮影がおこなわれた。このロケでは、仏伊の当局から許可を得て、両国国境をまたぐ高速道路を封鎖・迂回させてまでの撮影をおこなったという。ニース駅の外側として撮影に使われたのはマントン美術館、コーキーが車を駐めていたのは同ブレア通り、ヴィラ・マルゲリータは地中海を望む同ヴィラ・マリア・スルナ、シスター・ロザリアの所属する教会は同サン・ミッシェル教会、カフェテラスはボーリュー・スール・メールのレ・サロン・ド・ラ・ロトンド。しかしブルートレインの外観や駅のプラットフォームの撮影をおこなったのはフランスではなく、イギリス国内ケンブリッジシャーのニーン・バレー鉄道。マルセーユの駅はワンズフォード駅、ニースの駅は国内外の機関車が多く保存されているピーターバラ駅で、ニース駅の周囲は CG による合成である。客車の内部はベニヤ板と紙を塗装して組んだセットだそうで、制作陣はこのセットを後にオリエント急行に利用することも考えていると述べていた。[4]ニース駅内部はロンドンにあるフリーメイソンズ・ホールで、ここは「西洋の星の盗難事件」「あなたの庭はどんな庭?」「スズメバチの巣」「盗まれたロイヤル・ルビー」「ABC殺人事件」「愛国殺人」でおなじみ。ロンドンのパークレーン・ホテルは現地。日本での吹替の収録は2006年7月末頃[5]
 タンプリン夫人がレノックスにキャサリンのことを「これ、わたしのいとこよ、一番目のいとこ」という台詞は、原語だと 'She's my cousin, my first cousin.' という台詞で、ここでいう first cousin とは親同士がきょうだいの、日本語で言うまさに「いとこ」の関係を指す。英語の cousin はよく「いとこ」と訳されるが実際には同世代の親族や特定の呼称がない遠戚を広く指す言葉で、 first cousin と限定することで「いとこ」であることが明確になる。なお、 second cousin なら祖父母同士がきょうだいの「はとこ」である。
 ルースが「ミセス・デレック・ケッタリングと名乗りますの、英国風に」と言うのは、旧来、既婚女性に対しては「ミセス (Mrs)」に夫の姓名あるいは姓をつなげて呼ぶのが正式とされており、アメリカより伝統や慣例を重んじるイギリスでは、そうした呼び方・名乗り方が好まれたことによる。ただし、現在までには「ミセス」を女性の姓名につけることも一般化し、また婚姻の状態によらない「ミズ (Ms)」を用いるのが望ましいともされる。なお、ルースの名乗りについては原語だと 'Or the Honourable Mrs Derek Kettering if I'm trying to book a table for lunch. (でも、ランチのテーブルを予約するならジ・オナラブル・ミセス・デレク・ケッタリング)' と、さらに the Honourable (ジ・オナラブル) という敬称がついており、これは伯爵の次男以下の男子や子爵・男爵の子息、およびその配偶者につける敬称で、いっそう英国風に感じさせる(アメリカでも議員などには用いるけれど)。また、「英国風に」の部分は 'You know the English. (イギリス人のこと、ご存じでしょ)' という表現で、そうした伝統や形式にこだわるイギリス人を軽く揶揄するニュアンスがある。
 ポワロが〈炎のハート〉に対して言う「数世紀にわたる情熱と複製がつきまとう石です」というコメントは、原語だと 'Centuries of passion and duplicité attend this stone. (数世紀にわたる情熱と二心がこの石にはつきまといます)' という表現で、 duplicité は複製 (duplication) ではなく、裏表のある行為や性格のことである。
 パーティーでダンスをしながらルースが「恥ずかしいわ、やめて」と言ったのに対し、デレックが「おまえはパーティーの主役だろ? 恥ずかしがることはない」と応じたのは、原語だと 'You're aristocracy now, darling. (おまえも今や上流階級だろ) You don't get embarrassed. (恥ずかしがることはない)' という台詞で、これは金はあっても家柄のないアメリカ資産家の娘であったルースが、自分と結婚することでイギリス貴族の家の一員となり、社会的権威を得たことを言っている。
 ヴァン・オールデンの秘書であるメジャー・ナイトンの「メジャー (Major)」とは英国陸軍少佐のこと。すでに退役していると見られるが、ヘイスティングスが「大尉」と呼ばれるように、大尉以上の将校であった者については、一般に退役後も軍隊での肩書きが敬称として用いられる。なお、同じたかしまちせこさんによる台本でも、「ひらいたトランプ」に登場する Major Despard や「満潮に乗って」の Major Porter はそれぞれ「デスパード少佐」「ポーター少佐」と日本語の肩書きで呼ばれており、日本では馴染みのなさそうな「メジャー」という言葉が本作でだけそのまま使われた理由はよくわからない。
 ルースとの離婚訴訟についてデレックがヴァン・オールデンに「あんたに勝ち目はないんだ。ウィスキーがおれの朝食代わり。それも、かなり前からな」と言うところは、夫のアルコール依存がむしろ離婚に有利になりそうにも聞こえるが、その最初の文は原語だと 'Now I'm afraid the old chap's been hors de combat. (今やあいにく、相棒は戦線離脱なんだ)' と言っており、これは不貞行為が身体的に不可能だという趣旨である。
 キャサリンの歓迎パーティーについて、コーキーが「楽団も呼んで」と言うが、のちのパーティーの場面では楽団の姿は見えず、途中のトラブルでも音楽が止まらないなど、生演奏には見えない。原語では 'La toute Nice will be there. (ニース中から集まるぞ)' という表現で、楽団に関する話はしていない。
 ジョルジュ・サンク・ホテルのバーでナイトンとヴァン・オールデンが交わす、「ともかく、済みましたね」「わたしがまちがっていると思うか?」「金を支払ったことですか?」という会話は、原語だと 'Well, that's that. (まあ、そういうことです)' 'Do you think I'm doing the wrong thing? (わたしがまちがったことをしていると思うか?)' 'Paying off Kettering? (ケッタリングに金を支払うことですか?)' という表現で、過去ではなく現在進行中の事柄についてのやりとり。実際、ケッタリングに金を支払う提案は確かにしたが拒絶されており、まだ支払いはおこなわれていないと思われる。
 ブルートレインが南仏を走る際およびニース駅で停車している際には、汽車の進行方向左手に海があるが、ブルートレインは南仏を東進するので、海は進行方向右手になるはずである。
 ブルートレインで遺体を調べているとき、コー警部が「ここには男がいたんだ」と言う台詞は、原語だと通路を走っていく男を見たというポワロの目撃情報を受けての « Renvoyez le garçon au cabine. (車掌を車掌室へ戻しておいてくれ) » という指示で、だから通路にいた警官が出ていく。また、「付き人が何か知ってるだろう」「メイドですか? もういません」という会話は、原語だと 'The woman had a servant of some description? (被害者には何か付き人がいたかな?)' 'A maid, but she has gone. (メイドが一人。でも今はいません)' というやりとりである。そして、メイドがリヨン駅で降りたことについての「愛人には好都合だったな?」というコメントは、 'To clear the way for lover-boy, yes? (愛人が来るのに都合がいいようにか?)' という表現で、偶然ではなく意図した結果ととらえたニュアンスがある。さらにそのあと、デレックがルースの個室へやってきてポワロに「妻」を捜していると言うが、原語で捜しているのは copper (警官) である。
 ニース駅前から引きあげようとしたコーキーに、ポワロが「こちらの警部さんの指示です」と近くにコー警部がいるようなニュアンスで話すが、警部はあとで遺体と一緒に駅から出てくる。なお、原語には警部がその場にいるニュアンスはない。それとも、日本語の「こちら」とは現地警察の意味だろうか。
 レディー・タンプリンにコーキーが言う「僕らが結婚して3年目の、記念品かな? パーティー?」という台詞は、原語だと 'Married three years, eh? That's um... That's lino, isn't it? Bakelite? (結婚3周年? だとすると……リノリウムかな? ベークライト?)' という表現で、結婚25周年の銀婚式や50周年の金婚式などの慣習を踏まえ、3年目なら何を贈るべきかと考えている。ちなみに、3周年で実際に贈るべきとされているのは革製品である。
 ヴィラ・マルゲリータでのパーティー前の場面の劇伴は、ジェラルディン・マクイーワン主演「ミス・マープル2」の「シタフォードの謎」でも、シタフォード山荘でエミリーがお風呂に入っているときにラジオから流れていた曲である。また、ここでポワロが眺める額に飾られた新聞記事のなかには、 The lonely woman という見出しの、同じ縦長の切り抜きがなぜか2枚ある。そして、フランス語の新聞記事にはなぜかアクセント記号が一切なく、さらに superbe とおぼしき単語が suberbe と誤記されている。
 留置場でデレックとポワロが交わす、「吸いかけ2本もらうよ」「吸いかけを?」「もったいないだろう」「ああ、あなたに会うたび何かしら思うところがあります」という会話は、日本語で聞くとデレックの物を粗末にしない一面を見て、ポワロがその人柄に気づきを得たように聞こえるが、原語では 'Couple of doofers, if that's all right? (吸いさしを2本もらうよ)' 'Doofers? (吸いさしとは?)' 'Do for later. (あとで吸う分という意味さ)' 'Ah, each time we meet, Monsieur Kettering, I learn something useful. (ああ、あなたに会うたびに役に立つことを教わります)' というやりとりで、 doofer という俗語を知らなかったポワロが、その由来と意味を教わっている。前回の something useful (役に立つこと) は、ラ・ロッシュにルース殺害時刻のアリバイがあったことだろうか。また、「犯行に使われたスパナは、どでかい金庫と一緒にルースが持ち込んだ」という台詞の原語は 'The spanner in the works was Ruth pulling up to the station with that dirty great safe. (厄介だったのは、あのどでかい金庫をルースが駅まで持ち込んだことだ)' という表現で、 spanner in the works は「物事を進める上での障碍」という意味の慣用句であってルースの顔をつぶした凶器への言及はなく、いくら金庫を持ち込むレディーでも、さすがにスパナは持ち込まないと思う。
 冒頭、〈炎のハート〉を手に入れたヴァン・オールデンが、火を借りるふりをして近寄ってきた悪漢2人を殴り倒すところは代役である。また、犯行現場でくだけたシャンパンの瓶も、撮影用の割れやすい小道具である。[6]
 オープニングクレジットで流れるのは 'I'll Never Be The Same'、ニース駅からヴィラ・マルゲリータへの道中の劇伴は 'Street Kids'。ヴィラ・マルゲリータでのパーティーでかけられていた曲は、ルイ・パルマの 'Sing, Sing, Sing' とエドガー・サンプスンの 'Stompin' in the Savoy' で、前者は物語の舞台である1936年、後者は1934年に発表され、ともにジャズのスタンダードナンバーとして知られる。夜が更けてから、ベランダのレコードから聞こえるのは、ヴェルディ作曲「アイーダ」の第一幕で歌われる「清きアイーダ (Celeste Aida)」である。
 ナイトン少佐を演じるニコラス・ファレルは、「ABC殺人事件」のドン・フレイザー役に続く「名探偵ポワロ」2回目の出演(吹替は玄田哲章さんから金尾哲夫さんに交代)。デレック・ケッタリング役のジェイムズ・ダーシーはジェラルディン・マクイーワン主演の「ミス・マープル」の一篇、「動く指」ではジェリー・バートン役を、タンプリン夫人役のリンゼイ・ダンカンはジュリア・マッケンジー主演の「ミス・マープル」の一篇、「鏡は横にひび割れて」ではマリーナ・グレッグ役を演じている。リンゼイ・ダンカンはベネディクト・カンバーバッチ主演「シャーロック」シリーズにもスモールウッド議員役で出演。「シャーロック4」の「臥せる探偵」には、キャサリン役のジョージナ・ライランスもコーネリア役で出演している。また、レノックス・タンプリンを演じるアリス・イヴは、ビル・ナイ主演の「無実はさいなむ」のグウェンダ・ヴォーン役、コー警部を演じるロジャー・ロイド・パックは、ジョン・ソウ主演の「主任警部モース」の一篇、「ニコラス・クインの静かな世界」のドナルド・マーチン役でも見ることができ、ロジャー・ロイド・パックはアンジェラ・ランズベリー主演の映画「クリスタル殺人事件」で牧師役を演じたチャールズ・ロイド・パックの息子でもある。
 コー警部の吹替の塾一久さんは、アルバート・フィニー主演の映画「オリエント急行殺人事件」において、田中明夫さんが吹き替えたポワロの追加吹替を担当。また、ヴァン・オールデンの吹替の横内正さんは、三波豊和さん主演の舞台「名探偵ポワロ ブラックコーヒー」の2013年公演においてエイモリー卿とジャップ主任警部の二役を演じたほか、同年の「マウストラップ」でもメトカーフ少佐役を演じている。
 パークレーン・ホテルのレストランやバーで使われている椅子は、「白昼の悪魔」のサンディ・コーブ・ホテルのレストランで使われていた椅子の色ちがいである。
 パークレーン・ホテルでルースに声をかけられたポワロが「はあ?」と言ったり、レノックスに「キャサリンだって百も承知だと思うわ」と言われて「ふむ」と言ったり、ナイトンの首の傷を確認する際に息の音がしたりするのは日本語音声のみ。被害者の客室で見つけた手紙の内容を読み上げる台詞や、そのあとライターを発見して「ほう、ライターね」と言うのも同様である。
 パークレーン・ホテルでルースがポワロに声をかける場面で、ルースを後ろから写したカットのみ、ルースの髪にヘアピンが刺さっている。ハイビジョンリマスター版では、このヘアピンは画像処理でぼかされた。一方、ヴィラ・マルゲリータでのパーティー翌朝の夜明け時にニースの町を望む場面では、ハイビジョンリマスター版でのみ映像に加工がなく、海沿いの道を現代の車が走っているのが見えてしまっている。なお、ハイビジョンリマスター版では、後者のように、オリジナル版でおこなわれていたポストプロダクションの加工がなくなっている場合が多く、前者のヘアピンのような、新たな修正が加えられる例はめずらしい。
 ハイビジョンリマスター版の切換式字幕では、青列車の通路でルースの金庫を運ぶ車掌の台詞に「デジャレ ムッシュー。アモメン。」と表示されるが、これはフランス語で書けば « Désolé, monsieur. Un moment. (申し訳ありません。ちょっとお待ちを) » で、発音は /dezɔle məsjø œ̃ mɔmɑ̃/ なので、あえてカタカナに直せば「デゾレ、ムシュー。アン・モマン」に近い。
 ハイビジョンリマスター版で番組内容として放送データに載っているあらすじには、「ポワロは石油王ルーファスの娘ルースの誕生パーティーで、多額の遺産を相続したばかりのキャサリンという若い女性と知り合う」と書かれているが、ポワロがキャサリンと知りあったのは、ルースのパーティーを中座して訪れたレストランでのことである。
 » 結末や真相に触れる内容を表示
  1. [1] アガサ・クリスティー (訳: 乾信一郎), 『アガサ・クリスティー自伝 〔下〕』, 早川書房(ハヤカワミステリ文庫), 1995, pp. 122-136, 143-145
  2. [2] David Suchet and Geoffrey Wansell, Poirot and Me, headline, 2013, p. 224
  3. [3] Mark Aldridge, Agatha Christie's Poirot: The Greatest Detective in the World, HarperCollinsPublishers, 2020, p. 405
  4. [4] 'Behind-the-Scenes,' The Mystery of the Blue Train (Poirot tie-in edition), HarperCollinsPublishers, 2005, pp. 387-392
  5. [5] 近況報告(過去ログ)
  6. [6] Poirot: Behind the Scenes, 名探偵ポワロ NEW SEASON DVD-BOX 2 特典ディスク, ハピネット・ピクチャーズ, 2008

カットされた場面

なし

映像ソフト

  • ※1 「名探偵ポワロ NEW SEASON DVD-BOX 2」に収録
  • ※2 吹替は大塚智則さん主演の新録で、映像もイギリスで販売されているDVDと同じバリエーションを使用
2024年3月8日更新