満潮に乗って
Taken at the Flood

放送履歴

日本

オリジナル版(94分30秒)

  • 2007年05月03日 16時00分〜 (NHK衛星第2)
  • 2007年12月26日 13時00分〜 (NHK衛星第2)

ハイビジョンリマスター版(94分30秒)

  • 2016年11月26日 16時00分〜 (NHK BSプレミアム)
  • 2017年05月10日 16時00分〜 (NHK BSプレミアム)
  • 2021年06月12日 16時25分〜 (NHK BSプレミアム)※1
  • 2021年12月28日 09時00分〜 (NHK BS4K)
  • 2023年07月12日 21時00分〜 (NHK BSプレミアム・BS4K)※2 ※3
  • ※1 エンディングの画面下部に次回の放送時間案内の字幕表示(帯付き)あり
  • ※2 BSプレミアムでの放送は、オープニング冒頭の画面左上にBS4K同時放送のアイコン表示あり
  • ※3 25分30秒頃から映像の乱れがあり、途中に謝罪の字幕表示あり

海外

  • 2006年03月12日 20時30分〜 (豪・ABC)
  • 2006年04月02日 21時00分〜 (英・ITV1)

原作

邦訳

  • 『満潮に乗って』 クリスティー文庫 恩地三保子訳
  • 『満潮に乗って』 ハヤカワミステリ文庫 恩地三保子訳

原書

  • There is a Tide..., Dodd Mead, March 1948 (USA)
  • Taken at the Flood, Collins, November 1948 (UK)

オープニングクレジット

日本

オリジナル版

名探偵ポワロ / AGATHA CHRISTIE'S POIROT / 満潮に乗って // DAVID SUCHET / Agatha Christie POIROT / TAKEN AT THE FLOOD based on the novel by Agatha Christie / Screenplay GUY ANDREWS / JENNY AGUTTER, PATRICK BALADI, EVA BIRTHISTLE / ELLIOT COWAN, AMANDA DOUGE, PENNY DOWNIE / CLAIRE HACKETT, RICHARD HOPE, CELIA IMRIE / NICHOLAS LE PREVOST, TIM PIGOTT-SMITH / ELIZABETH SPRIGGS / PIP TORRENS, TIM WOODWARD, DAVID YELLAND / Producer TREVOR HOPKINS / Director ANDY WILSON

ハイビジョンリマスター版

名探偵ポワロ / DAVID SUCHET / AGATHA CHRISTIE'S POIROT / 満潮に乗って // DAVID SUCHET / Agatha Christie POIROT / TAKEN AT THE FLOOD based on the novel by Agatha Christie / Screenplay GUY ANDREWS / JENNY AGUTTER, PATRICK BALADI, EVA BIRTHISTLE / ELLIOT COWAN, AMANDA DOUGE, PENNY DOWNIE / CLAIRE HACKETT, RICHARD HOPE, CELIA IMRIE / NICHOLAS LE PREVOST, TIM PIGOTT-SMITH / ELIZABETH SPRIGGS / PIP TORRENS, TIM WOODWARD, DAVID YELLAND / Producer TREVOR HOPKINS / Director ANDY WILSON

エンディングクレジット

日本

オリジナル版

原作 アガサ・クリスティー 脚本 ガイ・アンドルーズ 演出 アンディ・ウィルソン 制作 グラナダ・プロダクション A&E テレビジョン ネットワークス アガサ・クリスティー Ltd. (イギリス 2005年) / 出演 ポワロ(デビッド・スーシェ) 熊倉 一雄  デビッド・ハンター(エリオット・カウアン) 大塚󠄀 明夫 ロザリーン(エバ・バーシッスル) 高橋 理恵子 リン(アマンダ・ダウジ) 田中 敦子 ローリー(パトリック・バラディ) 星野 充昭  スペンス警視 野島 昭生 アデーラ 古坂 るみ子 フランシス 大西 多摩恵 キャシー 吉沢 希梨 ライオネル 麦人  田原 アルノ 宝亀 克寿 京田 尚子 沢田 敏子 秋元 羊介 清川 元夢 堀部 隆一 藤原 堅一 澤山 佳小里 / 日本語版スタッフ 翻訳 たかしまちせこ 演出 高橋 剛 音声 金谷 和美 プロデューサー 里口 千  制作統括 小川 純子 廣田 建三

ハイビジョンリマスター版

原作 アガサ・クリスティー 脚本 ガイ・アンドルーズ 演出 アンディ・ウィルスン 制作 グラナダ・プロダクション A&E テレビジョン ネットワークス アガサ・クリスティー Ltd. (イギリス)  出演 ポワロ(デビッド・スーシェ) 熊倉 一雄  デビッド・ハンター(エリオット・カウアン) 大塚󠄀 明夫 ロザリーン(エバ・バーシッスル) 高橋 理恵子 リン(アマンダ・ダウジ) 田中 敦子 ローリー(パトリック・バラディ) 星野 充昭  スペンス警視 野島 昭生 アデーラ 古坂 るみ子 フランシス 大西 多摩恵 キャシー 吉沢 希梨 ライオネル 麦人  田原 アルノ 宝亀 克寿 京田 尚子 沢田 敏子 秋元 羊介 清川 元夢 堀部 隆一 藤原 堅一 澤山 佳小里  日本語版スタッフ 翻訳 たかしま ちせこ 演出 高橋 剛 音声 金谷 和美 プロデューサー 里口 千

海外

オリジナル版

Hercule Poirot: DAVID SUCHET; Adela Marchmont: JENNY AGUTTER; Rowley Cloade: PATRICK BALADI; Rosaleen / Eileen: EVA BIRTHISTLE / David Hunter: ELLIOT COWAN; Lynn Marchmont: AMANDA DOUGE; Frances Cloade: PENNY DOWNIE; Pebmarsh: RICHARD DURDEN / Beatrice Lippincott: CLAIRE HACKETT; Supt. Harold Spence: RICHARD HOPE; ‘Aunt’ Kathy Cloade: CELIA IMRIE; Major James Porter: NICHOLAS LE PREVOST; Dr Lionel Cloade: TIM PIGOTT-SMITH / Mrs Leadbetter: ELIZABETH SPRIGGS; Jeremy Cloade: PIP TORRENS; Enoch Arden / Charles: TIM WOODWARD; George the Butler: DAVID YELLAND; ‘True’ Rosaleen: MARTHA BARNETT / (中略) / Production Executive: GAIL KENNETT; Casting Director: MAUREEN DUFF; Film Editor: JAMIE McCOAN; Director of Photography: SUE GIBSON BSC; Production Designer: JEFF TESSLER; Line Producer: HELGA DOWIE / Executive Producer for A&E Television Networks: DELIA FINE; Supervising Producer for A&E Television Networks: EMILIO NUNEZ / Executive Producer for Chorion Plc.: PHIL CLYMER / Executive Producer: MICHELE BUCK; Executive Producer: DAMIEN TIMMER; © Agatha Christie Ltd. (a Chorion company) 2005 / A Granada Production in association with A&E Television Networks and Agatha Christie Ltd (a Chorion company)

あらすじ

 クロード一族は、資産家ゴードン・クロードの後ろ楯によって安穏とした生活を送ってきた。ところが爆発でゴードンが死に、その財産が若妻の兄に握られることになって状況が一変する。そんななか、若妻の先夫が生きているとほのめかす男が現れ、村のパブで殺される……

事件発生時期

1936年10月下旬 ~

主要登場人物

エルキュール・ポワロ私立探偵
ゴードン・クロード億万長者、故人
ロザリーン・クロードゴードンの新しい妻、愛称ローズィ
デビッド・ハンターロザリーンの兄
アデーラ・マーチモントゴードンの妹
リン・マーチモントアデーラの娘
キャサリン・ウッドワードゴードンの妹、愛称キャシー
ライオネル・ウッドワードキャサリンの夫、医師
ジェレミー・クロードゴードンの弟
フランシス・クロードジェレミーの妻
ローリー・クロードゴードンの甥
セシリー・レドベター〈スタッグ・イン〉滞在客
イノック・アーデン〈スタッグ・イン〉滞在客
ベアトリス・リピンコット〈スタッグ・イン〉店主、愛称ビー
ロバート・アンダヘイロザリーンの先夫、南米で行方不明
ジェームス・ポーターアンダヘイの知人、陸軍少佐
ハロルド・スペンス警視
ジョージポワロの執事

解説、みたいなもの

 第8シリーズまでのプロデューサー、ブライアン・イーストマンの意向によりミス・レモンの役どころに吸収されていた[1]、ポワロの執事のジョージが初登場。ジョージを演じるデビッド・イェランドは「ミューズ街の殺人」のウェスト下院議員役ですでに一度「名探偵ポワロ」に出演済みだが、スーシェには、ジョージを演じるのにイェランドよりふさわしい俳優はいないという明確なイメージがあったそうだ[2]。また、ジョージとポワロの、本の並べ方に関するやりとりで、画面には登場しないながら現在のポワロがほかにメイドを雇っていることもわかる(……が、原語だとジョージが「よく言ってお」く相手は明言されておらず、やりとりは引越し直後のものと思われるので、話題になっているのは引越し業者のこととも取れる)。なお、このやりとりの際にポワロが手入れをしている盆栽と、そのとき使っていた園芸道具のセットは、スーシェの自宅に引き取られているという[2]
 後期原作の準レギュラー、スペンス警視もドラマ初登場。ただし、ハロルドというそのファーストネームはドラマオリジナルの設定で、のちの「ハロウィーン・パーティー」原作ではバートとされている。なお、原作には警視がジャップ警部の名前を出す台詞もあったが、ドラマでは採用されなかった。
 1948年に発表された原作は、第二次大戦の爪痕が残る時代を舞台に資産家一族の斜陽を描いた作品だったが、ドラマでは時代設定を他作品と合わせており、戦後を直接思わせる要素は一切払拭されている。これに伴い、空襲によるものだったゴードンの死も、ガスの爆発事故によるものということになった。「満潮に乗って」という題名は、シェークスピアの『ジュリアス・シーザー』第四幕第三場にある、「人の世の事柄には潮があり、満潮に乗れば幸運へとたどり着くが、乗り損なった者の人生の船旅は浅瀬にとらわれ不幸に呑まれてしまう」というブルータスの台詞の一節で、デビッドやクロード一族の盛衰を象徴している。主要な登場人物に増減はないが、ライオネルとキャシーのクロード夫妻はキャシーの方がゴードンの妹になり、名字がウッドワードに変更された。しかし、 Agatha Christie: Poirot のエンディングクレジットでは二人の名字はなぜかクロードのままである。
 ポワロがカトリック教徒であることはこれまでも度々触れられていたが、本作ほどそれが前面に押し出されたのは初めて。自身も敬虔なキリスト教徒であることを何度も公言しているスーシェは、このポワロの信仰心に非常に強く興味を惹かれたという。謎解きの場面において、キリスト教徒として常にない厳しさで犯人を糾弾するポワロの日本語の口調は、同じくたかしまちせこさんが台本を手がけた「名探偵ダウリング神父」のダウリング神父を思わせる。なお、この謎解きの場面は、通常のようにカットごとに分けて撮影をするのではなく、舞台上の演劇のように、10分を超える場面をひとつづきにして撮影をおこなったそうだ。[3][4]
 ジェレミーが日本語音声で注文した「カスタードプディング」は日本語で言う「プリン」のことだが、原語で注文しているのは spotted dick and custard で、これは「ヒッコリー・ロードの殺人」でジャップ警部がポワロにご馳走しようとした「ぶちプディング」(イギリス風フルーツケーキ)に、カスタードソースを添えたものである。
 アデーラがロザリーンについて言う「やたら目が大きいだけ、澄んだブルーで、白魚のような指なんていうけど」という表現は、日本語だと美しい目と指の形容になっているが、原語では 'She has the most enourmous eyes, terrifically blue, and what they call put in with a smutty finger. (やたら大きな目の持ち主よ。真っ青で、すすけた指ではめこんだみたいっていわれる目)' と目のみを話題にしており、 blue eyes put in with a smutty finger (すすけた指ではめ込んだ青い目) はアイルランド人の目を形容する定型表現である。また、同じくアデーラが、ロザリーンの「お金も日記も、話すことも全部」デビッドが管理していると話す場面があるが、「日記」の原語 diary はイギリス英語ではスケジュール帳の意味を持ち、つまりはロザリーンの予定を管理しているという趣旨である。
 〈スタッグ・イン〉の道路沿いの外壁には、現代の通風口を隠した白い箱が2つ見える。
 デビッドに「あの〔クロード〕一族をどう言ったらいい?」と訊かれてリンが答えた「荒野の旅?」の原語 wilderness には「荒野」の意味もあるが、ここでは乱雑な人の集まりを指している。
 ポワロが新聞を取り出す箱には REFERENCE LIBRARY (閲覧専用図書館) と書かれているにもかかわらず、その場所は明らかに〈スタッグ・イン〉の中である。のちのポワロの原語音声の台詞によれば、新聞は ordered (取り寄せた) とのことだが、閲覧専用図書館が所蔵する新聞を、はたしてそのまま送ってもらえるものだろうか。また、アンダヘイの行方不明を報じる新聞と、メイフェアでの爆発事故を報じる新聞は、それぞれの記事以外はまったく同じ紙面に見える。そして、その日付はいずれも FRIDAY, 6 JULY, 1934 (1934年7月6日金曜日) となっているが、ポーター少佐の話によれば爆発事故当日は「2年前のある日曜日」なので、その第一報と見られる記事が金曜日まで新聞に載らないのは不自然に思われる。一方、箱の中にあった LOUIS-SCHMELING DRAMA という見出しの記事は、ニューヨークで実際におこなわれた、ジョー・ルイスとマックス・シュメリングのボクシングの試合に関するものと見られる。しかし、75000人という群衆の数からは1938年の再戦を報じていると見られ、1934年を2年前とすると時期が合わない。[5]
 ローリーが〈スタッグ・イン〉を訪れたあとに車を走らせてキャシーとすれ違う場面では、最初の教会の前を通過する箇所以外、映像が左右反転されている。これは車が左ハンドルになっているほか、対向車が車の左側を通過していくことからもわかる。
 デビッドが言う「ハンターの満月」とは、秋分の日にいちばん近い「収穫の満月」の次に来る満月のこと。1936年では10月30日になる。ただ、その会話がなされたのはローリーの髪の毛が逆立った午後6時半以降で、南イングランドの10月末の日の入りは午後4時半ごろなので、その日時ならとっくに暗くなっているはずである。
 自宅で電話を取ったリンが「1768139」と電話番号を言うが、電話機のダイヤル中央には WALMSLEY VALE 1139 (ウォムズレー・ヴェール局1139番) と書かれており、原語でも 'Walmsley Vale 1139. (ウォムズレー・ヴェール局1139番です)' と言っている。なお、当時の電話番号は所属する交換局名のあとに数字をつなげた形式で、たとえばポワロの部屋の電話番号も、トラファルガー局の8137番である。
 〈スタッグ・イン〉で遺体をポワロたちが調べる場面では、遺体が穏やかに息をしている。
 ローリーがアーデンに面会したときのことを「今度はぼくを脅しにかかった」と言うが、アンダヘイの生存はローリーにとって不利な情報ではなく、それが脅しになることはないはずである。原語は 'In fact he tried it on with me, the bugger. (実はぼくにも持ちかけてきたんですよ)' という表現で、単に証拠の買い取りを打診してきたという趣旨であって、脅されたニュアンスはない。
 ローリーが手すさびになでまわした猟犬のオブジェを、ポワロがハンカチでぬぐう場面があるが、「ひらいたトランプ」ではポワロ自身が、デスパード少佐の著作を読みながら素手でこのオブジェに触れていた。またこの際、イノック・アーデンという名について、ローリーが「テニスンの小説の主人公だよ」と説明するが、テニスンことアルフレッド・テニスンは19世紀のイギリスの詩人で、イノック・アーデンはその同名の物語詩の主人公である。その後、ロバート・アンダヘイを知る証人をローリーに引きあわせる際にポワロが言う「ビヤン」は、普段から使用する « Bien. (結構) » ではなく « Viens. (おいでなさい) » のほうである。
 検死審問で検死官とデビッドが交わす「あなたのような立場の人が、その横柄な態度は非常識じゃないですか?」「ふん、おれの立場って何だい? どんな地位にも縁がないんだ、おれは」というやりとりの「立場」も「地位」も原語は position で、検死官はその言葉でデビッドが主要な容疑者としてうたがわれている状況を言ったのに対し、デビッドはそれをあえて社会的な(高い)地位の意味で取って混ぜ返したのである。また、そのデビッドの発言についてポワロが「あれは一匹狼っていうような意味ですか?」とスペンス警視に訊いたときの「一匹狼」に対応する原語は gentleman of leisure (有閑紳士) で、これは「一匹狼」のように徒党を組みたがらない性格を強調したものではなく、独自の生活手段を持っていて、わざわざ組織に所属する必要がない人のニュアンスである。
 日本語音声のスペンス警視は、ポワロのマンションでデビッドから「一族によるいろんな手口の嫌がらせが跡を絶たないと聞いてるんでね」と言われていたはずが、審問のあとに「〔ロザリーンは〕このところずっと電話に悩まされているらしい」と嫌がらせの電話のことをごく最近、しかもポワロのいないところで知ったように話す。前者の台詞は原語だと 'And I've heard some very pretty tales of hardship and misery, mostly from the Cloades. (それにお涙頂戴の実にすてきなお話もいくつか聞いているんでね、主にクロード一族から)' という表現で、アデーラやフランシスが持ち込んだ苦境の話を指していた。
 スペンス警視がポワロに勧めて拒否される「キャンディ」は、 humbug というイギリスのハッカ飴である。
 レドベター夫人の話を聞いたポワロが「ご自分の脳味噌にも活を入れたんですね。ポワロに話をするために」と言ったところは、原語だと 'What you make hop, Madame Leadbetter, are the little grey cells, and they speak to Poirot. (あなたが活を入れてくれたのは灰色の脳細胞です。〔灰色の脳細胞が〕ポワロに教えてくれましたよ)' という台詞で、活を入れられたのはポワロの脳味噌である。
 イノック・アーデン殺害の容疑がかけられていることについて、キャシーが「ぼけてるんじゃない?」と言ったところは、原語だと 'I call it a bit thick.' という表現で、日本語は thick を「頭が悪い」の意味で解釈して訳されたと思われるが、 a bit thick は「度が過ぎる」「あまりにひどい」という意味のイギリス風の言いまわしである。また、アデーラとキャシーがやっていたというハングマンゲームは単語当てゲームの一種で、回答側は単語に含まれると思ったアルファベットを1文字ずつ言っていき、はずした場合は吊られた人間の絵を書き足していく(絵が描き上がれば負けになる)ためにそのように呼ばれる。ポワロに最後の言葉を訊かれたアデーラが「手斧 (adze) よ」と答えたあとに白々しい雰囲気になったのは、 adze という単語は文字数もすくなく、また英語で頻出の a や e を含むことからこのゲームではあまりに見破られやすく、出題するのにふさわしくないのが明らかだったためである。そして、「確かヒントは……道具」とも言うが、このゲームで正解に関するヒントを出すことはあまりなく、原語では 'It's a sort of... tool. (ほら、道具の……一種の)' という表現で、 adze という単語をポワロに説明している。
 ロザリーンの体調について、ドクター・ライオネルは日本語だと「ああ……弱っとるねえ。気候のせいだ」と言うが、原語は 'Um... run down. Under the weather. (ああ……まいっとるねえ。体調を崩しとる)' という表現で、 under the weather は「体調が悪い」という意味の慣用句であって、気候 (weather) は関係ない。そのため、「砲弾ショック――爆発のね」という診断になるのである。また、ドクターからロザリーンの診察代の支払い期限を伝えられてポワロが「ああ、お支払いね。やむを得ません、自分で言い出したことですから」と言ったところは、原語だと 'Ah, la douloureuse, oui. The 'tragic moment' when one must pay for what one has consumed, eh? (ああ、ドゥルールーズね。〔フランス語で〕買ったものの支払いをしなければならない〈悲痛の時〉という意味ですよ)' という台詞で、 douloureuse (勘定書) というフランス語の由来を冗談めかして説明したものあって、ポワロが眼前の出費を惜しんでいるニュアンスは必ずしもない。
 「モルヒネの多量摂取による胆汁性発作です (It is like the bilious attack. It is the result of ingesting too much morphine.)」というポワロの台詞にある「胆汁性発作」は原語の bilious attack を逐語訳したものだが、ここではもっと一般的に消化器の不調による悪心や嘔吐のこと。また、原語は like (~のよう) という表現が入っているように、類似の症状だと言っているだけで同定はしていない。
 リンがデビッドをなだめるときに歯擦音を繰り返すように、英語圏では日本よりも「しーっ」という間投詞の適用範囲が広く、うるさいことを注意するときだけでなく、なだめたり落ち着かせたりするときなどにも用いる。
 ポワロがロンドン警視庁から届いた書面を見て「ポワロはばかでした」と言うところは、原語だと « Ah, Poirot, t'est imbécile. » と言っているが、 tu はエリジオン(後続の単語との結合による末尾の母音の脱落のこと)せず、二人称単数の tu につながる être の現在形活用は es であり(est は三人称単数の il ないしは elle につながる現在形である)、さらにこの場合 imbécile は名詞とするのが通例なので、 « Ah, Poirot, tu es un imbécile. » となるべきところである。
 冒頭でポワロがジェレミーと待ちあわせをしていたラウンジや、彼と食事をしたレストランは、主演のスーシェも実際にその会員であるメイフェアのサヴィル・クラブ[6]。リンの実家のマーチモント家はサリー州にあるチルワース・マナー。ゴードン・クロードの邸宅ファロウバンクは「二重の手がかり」でも撮影に使われたイングルフィールド・ハウスで、ローリーが〈スタッグ・イン〉を訪れたあとに車で走っていたのもその周辺。ゴードンのロンドンの別荘はメイフェアのマウント・ストリートにある設定で、これは「ヒッコリー・ロードの殺人」に登場したアレン精肉店があった通りだが、撮影は「誘拐された総理大臣」でダニエルズ夫人の家があった、クラパムのクレセント・グローブでおこなわれた(家の立地は、緑地をはさんで反対側)。なお、マウント・ストリートはロンドン中心部にある、アレン精肉店のように特徴的な赤褐色の石材を用いた建物が並ぶ通りで、劇中のゴードンの別荘外観はちょっとそれらしくない。また、原作でゴードンが空襲に遭った家の所在地はケンジントンのシェフィールド・テラスで、ここには第二次大戦当時クリスティーも家を持ち、実際に空襲の被害にも遭っている。ウォムズレー・ヴェールの町はオックスフォードシャーのドーチェスター・オン・テムズで、ポワロが滞在するパブの〈スタッグ・イン〉の外観は、実際には同地のジョージ・ホテル。このドーチェスター・オン・テムズはジェラルディン・マクイーワンとジュリア・マッケンジー主演の「ミス・マープル」シリーズでも「予告殺人」のチッピング・クレグホーン村や「終わりなき夜に生まれつく」のキングストン・ビショップ村として撮影に使われている。同じく「予告殺人」で事件現場のリトル・パドックスとして撮影に使われたジェレミーとフランシスの家は、ヘンリー・オン・テムズのローズヒル・エステイト。ヘアフィールドのストッカーズ農場で撮影されたローリーの家の納屋も、同シリーズ「復讐の女神」でバスツアーの集合場所として登場する。加えて、〈スタッグ・イン〉の内部1階は撮影所に組まれたセットだが、これも「親指のうずき」の〈ブル・アンド・ブッチャー〉内部と同じものが使われた(その〈ブル・アンド・ブッチャー〉の外観は、「ジョニー・ウェイバリー誘拐事件」のハイビジョンリマスター版に登場している)。一方、〈スタッグ・イン〉の階段および2階部分は「スタイルズ荘の怪事件」でもベルギー人亡命者の住まいとして使われたドーニー・コートのもので、「西洋の星の盗難事件」のヤードリー・チェイスや「杉の柩」のハンタベリー・アームズも同所。また、ジェレミーとフランシスの寝室とファロウバンクの寝室は、いずれも「ホロー荘の殺人」でホロー荘内部として撮影に使われたハイ・カノンズで撮影されている。自称イノック・アーデンの検死審問がひらかれたのは、「コーンワルの毒殺事件」でペンゲリーの裁判がひらかれたチジック・タウン・ホールで、「消えた廃坑」のスコットランド・ヤード内部や、「死人の鏡」冒頭のハッチンソン競売商も同所である。
 前述のとおり「ミューズ街の殺人」でウェスト下院議員役を演じたジョージ役のデビッド・イェランド以外にも、ジェレミー・クロードを演じるピップ・トレンスが「スペイン櫃の秘密」のリッチ少佐役、検死官のペブマーシュを演じるリチャード・ダーデンが「なぞの遺言書」のドクター・プリチャード役にそれぞれつづく「名探偵ポワロ」2度目の出演。ただし、デビッド・イェランドの吹替は小川真司さんから堀部隆一さんへ、ピップ・トレンスの吹替は中田浩二さんから田原アルノさんへ、リチャード・ダーデンの吹替は大木民夫さんから清川元夢さんへ交代した。ピップ・トレンスはジェラルディン・マクイーワン主演の「ミス・マープル」の一篇、「パディントン発4時50分」にもノエル・カワード(「戦勝舞踏会事件」「二重の罪」(原語音声のみ)、「エッジウェア卿の死」で名前が出る、実在の人物)役で出演しており、同作品にはアデーラ・マーチモント役のジェニー・アガターとキャシー・ウッドワード役のシーリア・イムリーも、アグネス・クラッケンソープ役とマダム・ジョワレ役でそれぞれ出演している。同シリーズでは主演をジュリア・マッケンジーに交代してからも、デビッド・ハンター役のエリオット・カウワンが「魔術の殺人」のウォーリー・ハッド役、ローリー・クロード役のパトリック・バラディが「青いゼラニウム」のジョナサン・フレイン役で出演している。ピーター・ユスチノフ主演の「死者のあやまち」には、ライオネル・ウッドワード役のティム・ピゴット・スミスがサー・ジョージ・スタッブス役で出演。ポーター少佐役のニコラス・ル・プロヴェストは、ジョン・ソウ主演「主任警部モース」の一篇、「森を抜ける道」でアラン・ハーディング博士役を演じている。自称イノック・アーデンを演じたティム・ウッドワードは、「雲をつかむ死」でジェーンを演じたセアラ・ウッドワードの兄である。
 リンの吹替を担当した田中敦子さんは、アニメ「アガサ・クリスティーの名探偵ポワロとマープル」ではミス・レモンの声を担当している。また、スペンス警視の吹替を担当した野島昭生さんは、同アニメでヘイスティングスの声を担当した野島裕史さんの父である。
 日本では当初、第10シリーズ4作品の2作目として2016年12月5日に放送される予定だった(実際に2006年12月5日に放送された「青列車の秘密」は、前日の4日に放送される予定だった)が、直前の番組編成の変更により、他作品から半年ほど遅れての放送となった。しかしオリジナル版の再放送では、本来予定していた放送順に従い、「青列車の秘密」「ひらいたトランプ」のあいだに放送された。ポワロの引越しに関するやりとりは、再放送の順番(本作が「ひらいたトランプ」より前)のほうが自然に感じられる。
 ポワロが〈スタッグ・イン〉で部屋に案内される際〈伯爵〉に言う「またね」は日本語のみの台詞である。
 序盤にホワイトヘイブン・マンションの玄関前が映るカットは「ひらいたトランプ」で使われたのと同じ映像だが、通り過ぎる車の色などが調整されている。この映像は、以降の作品でもホワイトヘイブン・マンションへ場面が切り替わる際に繰り返し使われる(というより、この映像しか使われていない)が、ハイビジョンリマスター版でこの映像は、「ひらいたトランプ」の本篇映像と同様にハイビジョン解像度にリマスターされていない。一方、本作では、デビッド・ハンターたちがポワロの部屋を訪ねる場面の前にも玄関前の別のショットが使われているが、ハイビジョンリマスター版ではオリジナル版と比べて画面に映る範囲がわずかに広く、画面左に監視カメラが見えてしまっている(実は前者の映像でもわずかに見えているのだけれど)。加えて、オリジナル版では2階の窓に施されていた、レースのカーテンが掛けられているかのような映像の加工もなく、室内の現代的な内装や置物がはっきりと映ってしまっている。また、ゴードンの別荘やその並びの家の外壁に備え付けられた警報器などの現代的な設備も、オリジナル版では映像の加工によって消されていたが、ハイビジョンリマスター版ではそのまま見える。
 ハイビジョンリマスター版の切換式字幕では、プロローグのエピソードタイトルが表示されるところや、一族が車から降りるところでポーター少佐が言及する「クロード」という名字に対し、「クルード」と表示される。また、ポワロにロンドン警視庁からの書面を届けた男性の台詞に「(配達員)」と表示されるが、その制服や、事件のあった邸内にまで入れていることに鑑みると、彼は警官であると見受けられる。
 » 結末や真相に触れる内容を表示
  1. [1] ピーター・ヘイニング (訳: 岩井田雅行, 緒方桂子), 『テレビ版 名探偵ポワロ』, 求龍堂, 1998, p. 82
  2. [2] David Suchet and Geoffrey Wansell, Poirot and Me, headline, 2013, p. 231
  3. [3] Poirot: Behind the Scenes, 名探偵ポワロ NEW SEASON DVD-BOX 2 特典ディスク, ハピネット・ピクチャーズ, 2008
  4. [4] David Suchet and Geoffrey Wansell, Poirot and Me, headline, 2013, pp. 232-233
  5. [5] The Louis-Schmeling Fights, 1936 and 1938 | American Experience | Official Site | PBS
  6. [6] TV elite turns from Groucho to Garrick | The Independent

ロケ地写真

カットされた場面

なし

映像ソフト

  • ※1 「名探偵ポワロ NEW SEASON DVD-BOX 1」に収録
  • ※2 吹替は大塚智則さん主演の新録で、映像もイギリスで販売されているDVDと同じバリエーションを使用
2024年3月8日更新