愛国殺人 One, Two, Buckle My Shoe
放送履歴
日本
字幕版
- 1992年10月03日 19時30分〜 (NHK衛星第2)
オリジナル版(99分00秒)
- 1993年01月02日 16時05分〜 (NHK総合)
ハイビジョンリマスター版(101分30秒)
- 2016年06月11日 15時00分〜 (NHK BSプレミアム)
- 2016年11月16日 16時00分〜 (NHK BSプレミアム)
- 2020年11月14日 16時18分〜 (NHK BSプレミアム)※1
- 2021年11月24日 09時00分〜 (NHK BS4K)※2
- 2023年01月25日 21時00分〜 (NHK BSプレミアム・BS4K)※2 ※3
- ※1 エンディング最後の画面下部に次回の放送時間案内の字幕表示(帯付き)あり
- ※2 グラディス宛ての電報の発信地に関するジャップ警部の台詞が修正された音源を使用
- ※3 BSプレミアムでの放送は、オープニング冒頭の画面左上にBS4K同時放送のアイコン表示あり
海外
- 1992年01月19日 (英・ITV)
原作
邦訳
- 『愛国殺人』 クリスティー文庫 加島祥造訳
- 『愛国殺人』 ハヤカワミステリ文庫 加島祥造訳
原書
- One, Two, Buckle My Shoe, Collins, 14 November 1940 (UK)
- The Patriotic Murders, Dodd Mead, February 1941 (USA)
オープニングクレジット
日本
オリジナル版
名探偵ポワロ ♦︎ スペシャル / AGATHA CHRISTIE'S POIROT / DAVID SUCHET // PHILIP JACKSON / 愛国殺人, ONE, TWO, BUCKLE MY SHOE / Dramatized by CLIVE EXTON
ハイビジョンリマスター版
名探偵ポワロ / DAVID SUCHET / AGATHA CHRISTIE'S POIROT / 愛国殺人 // PHILIP JACKSON / ONE, TWO, BUCKLE MY SHOE / Dramatized by CLIVE EXTON
エンディングクレジット
日本
オリジナル版
原作 アガサ・クリスティー 脚本 クライブ・エクストン 監督 ロス・デベニッシュ 制作 LWT(イギリス) / 出演 ポワロ(デビッド・スーシェ) 熊倉一雄 ジャップ警部(フィリップ・ジャクソン) 坂口芳貞 ブラント 天田俊明 ガーダ 鈴木弘子 メイベル 加藤みどり グラディス 宗形智子 ジェーン 潘 恵子 フランク 大塚芳忠 アンベリオティス 小林清志 篠原大作 堀内賢雄 宮内幸平 京田尚子 沼波輝枝 安達 忍 中村秀利 沢木郁也 緒方賢一 阿部光子 石森達幸 丸山詠二 西村知道 滝沢ロコ / 日本語版 宇津木道子 山田悦司 浅見盛康 南部満治 金谷和美
ハイビジョンリマスター版
原作 アガサ・クリスティー 脚本 クライブ・エクストン 演出 ロス・デベニッシュ 制作 LWT (イギリス) 出演 ポワロ(デビッド・スーシェ) 熊倉 一雄 ジャップ警部(フィリップ・ジャクソン) 坂口 芳貞 ブラント 天田 俊明 ガーダ 鈴木 弘子 メイベル 加藤 みどり グラディス 宗形 智子 ジェーン 潘 恵子 フランク 大塚 芳忠 アンベリオティス 小林 清志 篠原 大作 堀内 賢雄 宮内 幸平 京田 尚子 沼波 輝枝 安達 忍 中村 秀利 沢木 郁也 緒方 賢一 阿部 光子 石森 達幸 丸山 詠二 西村 知道 滝沢 ロコ 飯島 肇 日本語版スタッフ 翻訳 宇津木 道子 演出 山田 悦司 音声 金谷 和美 プロデューサー 里口 千
海外
オリジナル版
Hercule Poirot: DAVID SUCHET; Chief Inspector Japp: PHILIP JACKSON; Gerda/Helen: JOANNA PHILLIPS-LANE; Blunt: PETER BLYTHE; Mabelle: CAROLYN COLQUHOUN; Frank Carter: CHRISTOPHER ECCLESTON; Gladys Neville: KAREN GREDHILL; Henry Morley: KAURENCE HARRINGTON; Georgina Morley: ROSALIND KNIGHT; Jane Olivera: SARA STEWART; Julia Olivera: HELEN HORTON; Amberiotis: KEVORK MALIKYAN; Agnes Fletcher: TRILBY JAMES; Alfred Biggs: JOE GRECO; Mr Hendry: OLIVER BRADSHAW; Alison Hendry: JEAN AINSLIE; Albert Chapman: BRUCE ALEXANDER; Beryl Chapman: MARY HEALEY; Lionel Arnholt: TOM DURHAM; Dr Bennett: JOHN CARLIN; First Coroner: GEORGE WARING; Sencond Coroner: JOHN WARNER; Sergeant Beddoes: BEN BAZELL; Mrs Pinner: DAWN KEELER; Receptionist: CASSANDRA HOLLIDAY; Pageboy: STEPHEN BIRD; Sergeant: JOHN PETERS; Mr Leatheran: NIGEL BELLAIRS; Manageress: EILEEN MACIEJEWSKA; Waiter: NICHOLAS BROOK; Desk Clerk: KEITH WOODHAMS; Police Constable: MARK HEAL; 'Claudio': CHRIS SPICER; 'Antonio': ALAN PENN; 'Benedick': GUY OLIVER WATTS; Hopscotch Girls: EMMA GREY, JULIE SMITH / Developed for Television by Carnival Films; (中略)Made at Twickenham Studios, London, England / Assistant Directors: GARETH TANDY, ADAM GOODMAN, BECKY HARRIS; Production Co-ordinator: MONICA ROGERS; Accounts: JOHN BEHARRELL, PENELOPE FORRESTER; Locations: NIGEL GOSTELOW, SCOTT ROWLATT; Script Supervisor: SHEILA WILSON; Camera Operator: STEVEN ALCORN; Focus Puller: DANNY SHELMERDINE; Clapper/Loader: RAY COOPER; Grip: JOHN ETHERINGTON; Boom Operator: PAUL BOTHAM; Sound Assistant: ORIN BEATON; Gaffer: FRANK BABER; Art Director: PETER WENHAM; Set Decorator: CARLOTTA BARROW; Production Buyer: LUDMILLA BARRAS; Property Master: MICKY LENNON; Construction Manager: LES PEACH; Wardrobe: JOHN SCOTT, KIRSTEN WING, NIGEL EGERTON, VERNON WHITE; Assistant Costume Designer: MICHAEL PRICE; Make up Artists: KATE BOWER, PATRICIA KIRKMAN; First Assistant Editor: KATRINA SHELDON; Dubbing: PETER LENNARD, ALAN KILLICK, RUPERT SCRIVENER; Costume Designer: BARBARA KRONIG; Make up Supervisor: HILARY MARTIN; Sound Recordist: SANDY MacRAE; Titles: PAT GAVIN; Casting: REBECCA HOWARD, KATE DAY; Associate Producer: DONALD TOMS; Editor: ANDREW NELSON; Production Designer: ROB HARRIS; Director of Photography: CHRIS O'DELL; Music: CHRISTOPHER GUNNING; Executive Producer: NICK ELLIOTT / Producer: BRIAN EASTMAN; Director: ROSS DEVENISH
あらすじ
ポワロのかかりつけの歯科医モーリーが診察室で死んでいるのが発見された。ギリシャ人患者に麻酔を過剰投与してしまったことを後悔しての自殺と判断されたが、どうやら国家の重鎮アリステア・ブラントに関わる陰謀のにおいが……
事件発生時期
1937年8月上旬 〜 下旬
主要登場人物
エルキュール・ポワロ | 私立探偵 |
ジェームス・ジャップ | スコットランド・ヤード主任警部 |
ヘンリー・モーリー | ポワロのかかりつけの歯科医 |
ジョージナ・モーリー | ヘンリーの妹 |
グラディス・ネビル | モーリーの秘書 |
フランク・カーター | グラディスの婚約者 |
アルフレッド・ビッグス | モーリー歯科医院のボーイ |
アグネス・フレッチャー | モーリー家のメイド |
メイベル・セインズベリー・シール | モーリーの患者、元女優 |
アンベリオティス | モーリーの患者、ギリシャ人 |
マーチン・アリステア・ブラント | モーリーの患者、銀行家 |
ジュリア・オリベラ | ブラントの死んだ妻の妹 |
ジェーン・オリベラ | ジュリアの娘 |
ヘレン・モントレソー | ブラントの秘書 |
ライオネル・アーンホルト | アーンホルト財閥取締役 |
解説、みたいなもの
ドイツ軍によるポーランド侵攻の翌年である1940年に発表された長篇小説の映像化で、原作執筆当時の時代背景を反映した政治色の濃い物語になっているが、これにはアメリカの出版社からのリクエストが反映されているようだ[1]。その原作の主要な登場人物のうち、モーリーの同僚ライリー、ライリーの患者で元内務省官吏のバーンズ、ジェーンの恋人で進歩主義の青年レイクス、ブラントの秘書のセルビーがカット。ブラントの秘書の立場は原作だとブラントのはとことされていたヘレン・モントレソーに、過激な政治思想を持つほかのレイクスの要素はフランク・カーターにまとめられた。しかし、その政治思想の内容や対立についてドラマでは踏み込んで描かれず、その説明を担う役どころだったバーンズがカットされたこともあって、政治的な主張に基づくブラント謀殺未遂という可能性は、ジャップ警部の台詞による直接的な提示に頼る形となっている。またドラマでは、原作では露出がすくなかった共犯者に比重が置かれていると同時に、主犯の人物の主観的な愛国心に高潔な一面を認める描写が抑えられて傲慢さが強調されている。邦題から乖離する方向のこうした脚色は、イギリスでの原題が One, Two, Buckle My Shoe (いち、に、バックルしめ) であり、その真相によってタイトルが引き立つという視点が存在しないことも一因だろうか。ちなみに、その One, Two, Buckle My Shoe はマザーグースの数え唄の冒頭の一節で、モーリー歯科医院前の道端で女の子が遊びながら歌っているのがそれであり、劇伴にもその歌のメロディーが取り込まれている。見立て殺人のように劇中で意識されるわけではないが、物語はこの数え唄をなぞる形で進み、原作ではその各フレーズが章題になっていた。「愛国殺人」という邦題は、原作の米題である The Patriotic Murders を日本語訳したものである。細かな変更では、地名や住所が軒並み変更されており、モーリーの歯科医院の所在がクイーン・シャーロット街58からハーリー街168へ(ハーリー街は名医の医院が建ち並ぶ通りとして有名)、ポワロたちがメイベルに面会に向かった先がグレンゴリー・コート・ホテルからカーライル・ホテルへ、アンベリオティスの宿泊先がサボイ・ホテルからアストリア・ホテルへ、チャップマン夫人のフラットがキング・レオポルド・マンションからリッチフィールド・コートへ。
本作の冒頭では、ポワロの謎解きでのプレイバックまで描写されないモーリー殺害の状況が、劇中の時系列も無視して、スロー再生ながらいきなり提示されるという、きわめてめずらしい構成をしている。おそらく、モーリーの死については、一度自殺と判断されたのち、後半はほとんど話題に上らなくなることから、ドラマではそれが他殺であることを最初に明示し、殺人事件としての興味を維持しようという意図なのだろう。こうした物語のつながりの希薄さは、展開をマザーグースの歌詞に沿わせようとクリスティーが試行錯誤したものの、必ずしも成功しなかった結果のようだ[2]。
1925年のイギリス皇太子インド訪問として流れるニュース映像は、実際には1921年から1922年にかけての訪印の映像が使用されている[3][4][5]。なお、このときの皇太子は、シンプソン夫人との恋愛で在位1年に満たず退位したことで知られる、のちのエドワード八世(退位後の称号はウィンザー公爵)で、その訪印のあとに訪日も果たしている。
楽屋でガーダが羽織っているキモノの襟には漢字が書かれている。全体は見えないが「春乃庭」だろうか。なお、ここでの「キモノ (kimono)」は日本趣味の化粧着を指し、日本の「着物」と厳密に同じではない。
「24羽の黒つぐみ」以来、久しぶりに歯科医へ通うポワロが見られるが、その通院先は、「24羽の黒つぐみ」で友人でもあったボニントンの歯科医院から、ハーリー街にあるモーリーの歯科医院へ変更になった。ただし、「24羽の黒つぐみ」のボニントンが歯科医なのはドラマオリジナルの設定で、原作でポワロが通う歯科医院は本作のモーリー歯科医院のみである。
アーンホルト・ハウスの会議室にかけられているブラントとその亡妻の絵は、レンピッカの「マダム・ブカールの肖像」と「夫の肖像(未完成)」を重ね合わせ、「夫」の顔をブラントの顔に置き換えたもの。
メイベルが仕事をしていたゼナナ・ミッションとは、インド女性の衛生や教育思想の改善を図るために19世紀半ばに設立された伝道会で、ゼナナとはインドの婦人部屋のこと。
歯の治療を終えたポワロが読んでいる Classic Myth and Legend は実在の書籍。「ヘラクレスの難業」の原作には、ポワロが自らのファーストネームにちなんでヘラクレスの神話を調べる場面があるのだが、それを意識した選択だろうか。なお、その「ヘラクレスの難業」原作に収録された短篇群は、本作の原作とほぼ同時期に執筆されて雑誌連載されたが、該当箇所のある序章と、最終話の「ヘラクレスの捕獲」は1947年刊行の短篇集にまとめられる際に書き下ろされたものである。
モーリーから予約をすっぽかされたとして怒っていたピナー夫人は、原語によれば南海岸にあるワージングから来ている。ワージングからロンドンまでは直線で片道80キロメートルの距離があるので、それで予約どおりに診察を受けられずに帰ることになったら、それはもう「こんなに不愉快なことってない」でしょうとも。
モーリーの遺体を検めたジャップ警部が「右手にピストルを握りしめてる」と言った台詞は、原語だと 'Revolver grasped in lifeless fingers. (死者の指がリボルバーを握りしめてる)' となっているが、遺体が握っているのはリボルバーではなくセミオートマチックである。
ポワロがジャップ警部に言う「あなたのような大物が、単なる自殺と見られる事件にどうして?」という台詞は、原作からあったもの。原作は発表順だとジャップ警部が登場する最後の作品で、ドラマの「ビッグ・フォー」のように出世はしていないものの、警察内でのジャップ警部の立場が向上していたことを窺わせる。このあともドラマでは、「死人の鏡」のように自殺と思われた事件にもジャップ警部は出張ってくるが、本作はこの時期に制作された作品としてはめずらしく1937年を舞台としており、劇中世界でもすこし遅い時期に設定されている。ただし、リッチフィールド・コートのポーターが読んでいる新聞に写真が掲載されている、ドイツのラインスドルフでの爆発事故は1935年6月のことである。
ジャップ警部がブラントを除こうとする勢力として挙げた「黒シャツ党」は、正式名をイギリスファシスト連合 (British Union of Fascists) といい、1932年にサー・オズワルド・モズレーによって設立されたファシスト政党。「砂に書かれた三角形」で見られたイタリアの黒シャツ党にならった黒服の制服を身につけ、同様に「黒シャツ党」の異名で呼ばれた。カーターがその党員であることは、原語音声だとモーリー兄妹の朝食の席の会話で事前に触れられており、警部の発言の直前にアルフレッドから明らかにされた不審な行動とあわせて、カーターがモーリー殺害の筆頭容疑者と考えられるようになっている。しかし、日本語ではその事前の言及がなく、また公園でカーターが行進に参加する団体がその黒シャツ党である説明も、その時点では(黒い服を着てはいるけれど)明示的におこなわれないので、黒シャツ党への馴染みが薄い日本人にはカーターのモーリー殺害への動機付けが弱く感じられるかもしれない。なお史実では、舞台の1937年には公共の場所や会合での政治的な制服の着用は法律で禁止されており、イギリスファシスト連合の党勢も衰えを見せていた。ちなみに、同党はジョン・マルコヴィッチ主演の「ABC殺人事件」にも登場し、排外主義的傾向を持つその党員から在英外国人であるポワロが差別的な扱いを受けたり、またポワロが同党に反発を示したりする様子が描かれている。
ポワロがアーンホルトに対して「もちろん証拠はありません」と言った台詞は、原語だと 'One grips at the straws. (人間は藁でも握るものです)' と言っているが、これは「見込みのうすい希望でもすがる」という意味の grasp [snatch, clutch] at straws (藁をつかむ) という表現をポワロが言いまちがえたもの。つまり、ポワロが言いたいのは「ダメ元で当たってみているだけです」ということ。なお、 grip と grasp の違いについては「スタイルズ荘の怪事件」でもヘイスティングスに指摘を受けており、いずれもクライブ・エクストンの脚本である。
「名探偵ポワロ」オリジナル版ではカットされたが、ハイビジョンリマスター版ではジャップ警部の自宅が初登場。このシーンの会話の原語からは警部の自宅がロンドン西部郊外アイズルワースにあることがわかり、この設定はのちの作品でも何回か言及されることになる。なお、日本語だと警部は自宅の所在地を「こんな田舎」と言うが、原語は南フランスのリゾート地であるジュアン・レ・パンと比較して洒落た場所ではないという趣旨であって、アイズルワースは都心部でこそないが別に田舎でもない(なお、その警部の自宅のロケ地は、実際にはアイズルワースではなく、そのやや南のセント・マーガレッツにあるシドニー・ロードである)。また、「教会の婦人会だか何だかの集まりだとかで」という警部の台詞は、原語だと 'Women's Institute, parish council, or something. I don't know. (婦人会か、教区会か、ほかの何だかわかりませんが)' という表現で、「教会」と「婦人会」はそれぞれ別の可能性である。そして、原語だと 'Richmond, Surrey, just down the road here (この通りの先にあるサリー州リッチモンド)' となっている箇所も、日本語音声では「この先にあるサリー通りのリッチモンド」とされていたが、2021年11月24日以降の放送では音声を詰めて「この先にあるリッチモンド」に修正された。警部がポワロに「どうですか (Garibaldi.)」と言って差し出すガリバルディ・ビスケットは、干し葡萄をはさんで薄焼きにした、イギリスの伝統的なビスケット。このビスケットは、つぶれた干し葡萄の見た目から dead fly biscuit (死んだハエのビスケット), fly sandwitch (ハエのサンドイッチ), flies' graveyard (ハエの墓場) 等の渾名があり、ポワロが遠慮したのも、その見た目に躊躇を覚えたのだろう。
チャップマン氏が言う住所の「バドリー・サルタートン」とは、イギリス南西部デボン州にある海沿いの町の名。一方、シルビア・チャップマン夫人が住んでいたリッチフィールド・コートの所在であるバターシーは、西ロンドンのテムズ河南岸にある地区で、要するにぜんぜん違う。ちなみに、ジョーン・ヒクソン主演「ミス・マープル」シリーズの「スリーピング・マーダー」でヒルサイド荘の撮影に使われたウォッチ・ヒルが、そのバドリー・サルタートンにある。
フランク・カーターが酒場で出会った諜報機関の人間から提供されたという「過激派の動きを探る」仕事は、原語だと sound them out as to their red tendencies (彼ら〔園丁〕の赤化傾向を探る) という表現で、つまりは資本家ブラントのお膝元の使用人たちへの、共産主義的思想の拡がりを調査する趣旨である。
アグネスがポワロを田舎まで呼んでした話の最後に言う「そのあと先生が自殺なさったということを聞いて、とてもびっくりしたんですけど」という台詞は、原語だと 'And afterwards, I heard the master had shot himself, and it was so awful it just drove everything out of my head. (そのあと先生が自殺なさったと聞いて、とてもびっくりして頭からすっかり飛んでしまったんです)' という表現で、その話をこれまで伝えなかった理由を説明している。
診察室から出ていくのをカーターが目撃したという「ひげの紳士」は、日本語だとその表現だけからはポワロかアンベリオティスか不分明だが、原語だと a bearded gent (あごひげの紳士) と言われており、アンベリオティスであることが明瞭である。
アストリア・ホテルでアンベリオティスの死を聞いたあとに子供の数え唄の回想がスロー再生で差し込まれるところは、日本語音声だと 4 まで数えたあとに 1 へ戻り、そのあと 10 まで行くが、原語音声では 4 まで数えたあとは 2 までしか行かず、本作の原題でもある One, Two, Buckle My Shoe のフレーズを強調する形で終わる(日本語は、子供が 10 のマスまで到達する映像にそろえたと思われる)。また、謎解きの前、ポワロがジャップ警部に電話をかけたあとに差し込まれる数え唄の回想も、日本語音声は 3, 4 のフレーズを2回くり返したあと 6 まで進むが、原語音声は One, Two, Buckle My Shoe のフレーズが1回聞こえるだけである。犯人が護送車に乗せられる場面でも、遊ぶ子供の映像は映らないが、やはり日本語音声では 4 まで進むスロー再生の数え唄が流れるのに対し、原語音声は One, Two, Buckle My Shoe のみである。加えて、これらはいずれも、日本語音声では歌と劇伴のメロディーがずれているが、原語音声だと両者が調和している。
冒頭のインドの場面が撮影されたのは世界標準時の本初子午線が通ることで知られるロンドン南東部のグリニッジで、総督官邸は現グリニッジ大学構内の旧王立海軍大学、ガリソン・シアター(駐屯地劇場の意)の建物はその向かいの元宿舎。モーリー歯科医院のあるハーリー街は現地ロケがおこなわれているが、撮影にあたってモーリー歯科医院の建物だけ番地表示が付け替えられているため、劇中ではそこだけ番地の数字が飛んでいる。アストリア・ホテルの建物は、「西洋の星の盗難事件」や「あなたの庭はどんな庭?」のほか、「スズメバチの巣」や「盗まれたロイヤル・ルビー」、「ABC殺人事件」でも撮影に使われたフリーメイソンズ・ホールで、今回使われた入り口は「西洋の星の盗難事件」と同じ正面口。メイベルがアンベリオティスと再会したホテルは現ローズウッド・ホテル・ロンドンで、ポワロたちが彼女に面会に向かったカーライル・ホテルは、実際にはチャールズ・ストリートのダートマス・ハウス。このダートマス・ハウスは、「ミューズ街の殺人」ではレイバトン・ウェスト議員の事務所屋内として撮影に使われていた。モンダギュー・ホテル入口があるのは、インド総督官邸と同じ旧王立海軍大学内。アーンホルト・ハウス外観はトリニティ・スクエアにある元ロンドン港湾局本部だが、会議室は「ABC殺人事件」でカストの公判がひらかれた第一法廷と同じフリーメイソンズ・ホールの一室であり、ブラントのオフィスはローズウッド・ホテル・ロンドンで撮影されたと見られる。アンベリオティスの検死審問がひらかれた部屋や、モンタギュー・ホテルに向かうジャップ警部とポワロが出会った廊下、加えておそらくブラントのオフィスから会議室へ向かう途中の廊下もやはりフリーメイソンズ・ホール内での撮影である。アンベリオティスの検死結果を聞いた場所もローズウッド・ホテル・ロンドン内で、そのあとにポワロとジャップ警部が歩いていたのは、「スペイン櫃の秘密」で軍人クラブ前の通りの奥に見えていたリンカーンズ・イン・フィールズとサール・ストリートの丁字路付近。ここはデビッド・ウォリアムズとジェシカ・レイン主演「トミーとタペンス ―2人で探偵を―」の「秘密機関」にも登場する。バターシーにあるというリッチフィールド・コートは実在のマンションだが、現実の所在はリッチモンド。実際のバターシーでは、「コックを捜せ」でも撮影に使われたバターシー・パークの中で、ポワロとジャップ警部がモーリー歯科医院からアーンホルト・ハウスへ車で向かう場面(於キャリッジ・ドライブ・ノース)と、ポワロがグラディスとカーターに会ったバンドスタンドの場面が撮影されている。「戸籍本署」と字幕が出るサマセット・ハウスの入り口はストランドにある現地だが、現在、戸籍本署の機能は別の場所に移転している(ただし厳密には、戸(家)を単位として国民の身分関係をまとめた「戸籍」はイギリスに存在せず、出生・婚姻・死亡の届がそれぞれ管理される)。エクスハムにある設定のブラントの「田舎の家」は、「二重の手がかり」のハードマン邸と同じ、バッキンガムシャーのチャルフォント・セント・ジャイルズにあるシュラブズ・ウッドだが、その書斎はおそらくセット。ミス・モーリーとアグネスが転居した先の「田舎」はバークシャーのハーリーで、ポワロがバスを降りたのはハイ・ストリートとミル・レーンのY字路、アグネスと会ったティールームは「盗まれたロイヤル・ルビー」でファールーク王子が宿泊したオールド・ベル。カーターの入れられた留置所の廊下は、「ABC殺人事件」でカストが入れられた留置所と同じ形状だが、壁の色が塗り直されていたり壁の設備が付け替えられたりしており、セットと見られる。
アリステア・ブラント役のピーター・ブライスは、フランセスカ・アニスとジェームス・ワーウィック主演の「二人で探偵を」の一篇、「キングで勝負」でもビンゴー・ヘイル役を演じている。また、ジョーン・ヒクソン主演の「ミス・マープル」シリーズには、ジュリア・オリベラ夫人役のヘレン・ホートンが「バートラム・ホテルにて」のキャボット夫人役、「空騒ぎ」での〈アントニオ役〉役のアラン・ペンが「パディントン発4時50分」のパットモア監察医役で出演している一方、ジェラルディン・マクイーワン主演の「ミス・マープル」シリーズには、ジョージナ・モーリー役のロザリンド・ナイトが「動く指」のパートリッジ役、チャップマン夫人役のメアリ・ヘリーが「スリーピング・マーダー」の手芸用品店店員役で出演している。加えて、ロザリンド・ナイトは、ジェレミー・ブレット主演の「シャーロック・ホームズの冒険」の一篇、「青い紅玉」のモーカール伯爵夫人役や、ベネディクト・カンバーバッチ主演の「シャーロック2」の一篇、「バスカビルの犬 」のグレース役でも見ることができる。フランク・カーター役のクリストファー・エクルストンは、「心理探偵フィッツ」ではビルボロー警部役を演じ、そのときの吹替も大塚芳忠さんだった。公園の場面には、スーシェの娘のキャサリンがエキストラとして出演しているという[6]。
ポワロが歯科医院で「ポイロット様」と言われて「え?」と言う台詞は日本語のみ。マンションに訪ねてきたグラディスをエレベーターへ促す際や、牢屋で面会したカーターにすわるよう促す際の「どうぞ」という台詞も同様。逆に、チャップマン夫人の部屋へポーターと警官が入った際、巡査が巡査部長にヘルメットを差し出して言う 'Sarge. (巡査部長)' という台詞は、対応する日本語の台詞がない。また、メイベルとアンベリオティスがホテルのラウンジで話をする際のウェイトレスがトレイを置く音も、日本語音声では聞こえない。ポワロと庭を歩きながらブラントが言う「この花壇の縁取りは自慢してもいいと思ってるんです。手入れが大変ですが、まあ、それだけの価値はありますね」という台詞は、原語音声にもある台詞だがブラントの口が動いておらず、アフレコ段階で追加されたものと見られる。
ハーリー街の、モーリー歯科医院に向かって右側の通り奥に見えるいささか現代的な建物は、百貨店ジョン・ルイスの店舗で、1950年代に入ってから建て直されたものである。また、ポワロがアグネスに会うために乗っていたバスの停車直前、おそらくは写ることを想定していない人が車体に映り込んでいる。
本作のハイビジョンリマスター版の英字のクレジットには、なぜかオリジナル版や前後のエピソードと異なるフォントが使用されている。なお、デアゴスティーニ・ジャパン刊行の「名探偵ポワロ DVDコレクション」や、イギリスで販売されている Agatha Christie's Poirot のDVDに収録された映像でも、クレジットに「名探偵ポワロ」オリジナル版と異なるフォントが使用されているが、本作のハイビジョンリマスター版で使用されているのはそれとも異なるフォントである。
ハイビジョンリマスター版の切換式字幕では、チャップマン夫人の部屋でジャップ警部を迎えた巡査部長の台詞に「ポーターが入ってまして」と表示されるが、音声は「ポーターが吐いてまして」である。また、田舎の屋敷でブラントが園丁頭に言及した際、それが「園庭頭」と表示される。
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イギリスでは現在も協議離婚が認められておらず、離婚に当たっては裁判での承認などの手続きが必要になる。また、1923年から1937年のあいだに離婚事由として認められたのは相手の不貞のみであった[7]。したがって、仮にガーダがブラントとレベッカの結婚を認めて離婚を承諾したとしても、それを内密裡かつ円満離婚として進めることはできず、その経緯をアーンホルト家や世間に知られることになる。そのために、ガーダとの結婚を隠しての重婚という選択がなされたのだろう。
今回の事件が起きる上で重要な、ブラントとその恐喝者のアンベリオティスが同じ歯科医にかかっていた経緯が原作では一切描写されないが、ドラマだとその説明として、メイベルがアンベリオティスにモーリーを紹介する場面が追加されている。一方、犯行当日にブラント、メイベル、アンベリオティスと診療順が並ぶことについては、原作だとすでにメイベルになりすましたガーダが、歯が痛むと伝えてその位置に割り込み、犯行の手助けを可能にしたのだが、ドラマでは本物のメイベルが前回の診療時にその時刻で予約をしており、ドラマのほうが偶然に頼った形となっている。
原語音声だと、ガーダと異なる、レベッカというブラントの(表向きの)妻の名前がポワロの謎解きの前に言及されるのは、ジュリア・オリベラ夫人の 'Do you think Rebecca intended me to live on your charity? (レベッカはわたしがあなたのお情けで生きるのを望んだかしら?)' という台詞の1回のみで、それ以外の場所では sister や she など名前を挙げない表現が使われている。また、そのオリベラ夫人の台詞は、ポワロが聞いていないところで発せられているだけでなく、直前にポワロたちがアーンホルト・ハウス前に到着するカットを挿入することで発言の文脈を前の場面から分断して、レベッカがオリベラ夫人の姉の名と断定できないようになっている。しかし日本語音声だと、オリベラ夫人が複数回口にするほか、アーンホルトとの会話ではポワロのほうからもレベッカの名を出している。もっとも、ポワロは逆にガーダという名前を知らないはずなので、それで違和感を強めるのは視聴者だけなのだけれど。
田舎の邸宅でブラントが言う「わたしは頑固な保守派です、ポワロさん」という台詞は、原語だと 'I'm afraid I'm one of the last of the Old Guard, Monsieur Poirot. (残念ながらわたしは最後の保守派の一人ですよ、ポワロさん)' と言っており、より保守の最後の砦としての自認を感じさせる表現になっている。そのため「保守派が退けられたら、どうなります?」というポワロの質問につながる。また、その質問にブラントが答えて言う「そうなったら、愚かな者たちがこの国をめちゃくちゃにしてしまいますよ。国民は高いつけを払わされることになるでしょうな」という台詞も、原語だと 'I tell you. A lot of damned fools would try a lot of very costly experiments. (それはもう、愚かな者たちが非常に高くつく実験を山ほど試みるでしょう) It would be the end of stability, of common sense and of solvency. (そうなったら、安定も常識も財政もおしまいですよ)' という表現でその自負を具体的に語っており、犯行露見後に彼が開き直って言う「財政を立て直し、債務を償還し、この国を独裁者たちの手から守った (I have held it firm. I have kept it solvent. I have kept it free from dictators.)」という台詞と呼応するものになっている。
謎解きのなかでポワロがモーリー歯科医院前での出来事に触れ、「ふじんの姿が目に入った時」と言った際、ハイビジョンリマスター版の切換式字幕では「夫人の姿が目に入った時→」と表示されるが、これはミス・セインズベリー・シールとされている女性についての発言なので、その意図としては「ふじん」は「婦人」であったと思われる。もっとも、その正体はアリステア・ブラント夫人のガーダであるわけだけれど。
イギリスの靴のサイズは3分の1インチ(約8.5ミリメートル)単位で、大人物の靴の最小サイズを基準に、それよりどれだけ大きいかで表す。メイベルのストッキングのサイズの10インチ(約25.4センチメートル)にいちばん近い靴のサイズは 7 なので、ストッキングが大きめ、あるいは靴がきつめであったとしても「すくなくとも 6」という推測が導かれる。
劇中では特に言及されないが、アンベリオティスが事切れた際に床に落ちた書類は、ポワロがブラントに差し出した結婚証明書と同じデザインであり、ブラントとガーダの結婚証明書であったと見られる。
インドで上演されていた「空騒ぎ」の場面は、その結末部分である第五幕第四場。しかし、ブラントが客席へ顔を見せたときに聞こえる「この聖なる僧の前でお手をぜひ」と「しばらくお待ちを。どちらがベアトリスさん?」のあいだには本来6つの台詞があり、謎解きのなかでガーダ(ヘレン)にカメラが寄る際に聞こえる「かつて生きていたとき、わたしはあなたの妻でした」に始まる台詞は、そこに含まれる台詞である。なお、この台詞はガーダの声で聞こえるが、本来はガーダの演じるベアトリスではなく、(おそらくメイベルが演じていた)ヒーローの台詞である。また、正体が判明してガーダが変装を取るタイミングで、彼女のメイクが華やかなものに変わっている。
ヘレンことガーダがカーターを捕まえた際、謎解き時の回想では「銃を捨てなさい」のあとに「たすけて! ああ」というヘレンの台詞が増える。
ブラントとガーダが連行されたあと、オリベラ夫人が涙を流しながら言う「まさか、そんな人だったなんて」という台詞は、原語だと 'I don't know why I'm crying. (どうしてわたしが涙なんて)' という表現で、ブラントへの思いを否定して強がっている。そのため、次の「だいたい、あの人好きじゃなかったわ」という台詞につながる。
最後のポワロの台詞のうち、日本語音声ではポワロの信条を表す前半の 'There are no little chaps. (人間に小物などいません)' の要素が落とされている。また、余談ながら、下で紹介している VHS の字幕では逆に、後半の 'Especially not Poirot. (特にポワロは小物ではありません)' の部分が「ポアロから見ればね」と誤訳されていたが、 DVD や BD では吹替の台詞に(文末表現以外)そろえられている。
本作の冒頭では、ポワロの謎解きでのプレイバックまで描写されないモーリー殺害の状況が、劇中の時系列も無視して、スロー再生ながらいきなり提示されるという、きわめてめずらしい構成をしている。おそらく、モーリーの死については、一度自殺と判断されたのち、後半はほとんど話題に上らなくなることから、ドラマではそれが他殺であることを最初に明示し、殺人事件としての興味を維持しようという意図なのだろう。こうした物語のつながりの希薄さは、展開をマザーグースの歌詞に沿わせようとクリスティーが試行錯誤したものの、必ずしも成功しなかった結果のようだ[2]。
1925年のイギリス皇太子インド訪問として流れるニュース映像は、実際には1921年から1922年にかけての訪印の映像が使用されている[3][4][5]。なお、このときの皇太子は、シンプソン夫人との恋愛で在位1年に満たず退位したことで知られる、のちのエドワード八世(退位後の称号はウィンザー公爵)で、その訪印のあとに訪日も果たしている。
楽屋でガーダが羽織っているキモノの襟には漢字が書かれている。全体は見えないが「春乃庭」だろうか。なお、ここでの「キモノ (kimono)」は日本趣味の化粧着を指し、日本の「着物」と厳密に同じではない。
「24羽の黒つぐみ」以来、久しぶりに歯科医へ通うポワロが見られるが、その通院先は、「24羽の黒つぐみ」で友人でもあったボニントンの歯科医院から、ハーリー街にあるモーリーの歯科医院へ変更になった。ただし、「24羽の黒つぐみ」のボニントンが歯科医なのはドラマオリジナルの設定で、原作でポワロが通う歯科医院は本作のモーリー歯科医院のみである。
アーンホルト・ハウスの会議室にかけられているブラントとその亡妻の絵は、レンピッカの「マダム・ブカールの肖像」と「夫の肖像(未完成)」を重ね合わせ、「夫」の顔をブラントの顔に置き換えたもの。
メイベルが仕事をしていたゼナナ・ミッションとは、インド女性の衛生や教育思想の改善を図るために19世紀半ばに設立された伝道会で、ゼナナとはインドの婦人部屋のこと。
歯の治療を終えたポワロが読んでいる Classic Myth and Legend は実在の書籍。「ヘラクレスの難業」の原作には、ポワロが自らのファーストネームにちなんでヘラクレスの神話を調べる場面があるのだが、それを意識した選択だろうか。なお、その「ヘラクレスの難業」原作に収録された短篇群は、本作の原作とほぼ同時期に執筆されて雑誌連載されたが、該当箇所のある序章と、最終話の「ヘラクレスの捕獲」は1947年刊行の短篇集にまとめられる際に書き下ろされたものである。
モーリーから予約をすっぽかされたとして怒っていたピナー夫人は、原語によれば南海岸にあるワージングから来ている。ワージングからロンドンまでは直線で片道80キロメートルの距離があるので、それで予約どおりに診察を受けられずに帰ることになったら、それはもう「こんなに不愉快なことってない」でしょうとも。
モーリーの遺体を検めたジャップ警部が「右手にピストルを握りしめてる」と言った台詞は、原語だと 'Revolver grasped in lifeless fingers. (死者の指がリボルバーを握りしめてる)' となっているが、遺体が握っているのはリボルバーではなくセミオートマチックである。
ポワロがジャップ警部に言う「あなたのような大物が、単なる自殺と見られる事件にどうして?」という台詞は、原作からあったもの。原作は発表順だとジャップ警部が登場する最後の作品で、ドラマの「ビッグ・フォー」のように出世はしていないものの、警察内でのジャップ警部の立場が向上していたことを窺わせる。このあともドラマでは、「死人の鏡」のように自殺と思われた事件にもジャップ警部は出張ってくるが、本作はこの時期に制作された作品としてはめずらしく1937年を舞台としており、劇中世界でもすこし遅い時期に設定されている。ただし、リッチフィールド・コートのポーターが読んでいる新聞に写真が掲載されている、ドイツのラインスドルフでの爆発事故は1935年6月のことである。
ジャップ警部がブラントを除こうとする勢力として挙げた「黒シャツ党」は、正式名をイギリスファシスト連合 (British Union of Fascists) といい、1932年にサー・オズワルド・モズレーによって設立されたファシスト政党。「砂に書かれた三角形」で見られたイタリアの黒シャツ党にならった黒服の制服を身につけ、同様に「黒シャツ党」の異名で呼ばれた。カーターがその党員であることは、原語音声だとモーリー兄妹の朝食の席の会話で事前に触れられており、警部の発言の直前にアルフレッドから明らかにされた不審な行動とあわせて、カーターがモーリー殺害の筆頭容疑者と考えられるようになっている。しかし、日本語ではその事前の言及がなく、また公園でカーターが行進に参加する団体がその黒シャツ党である説明も、その時点では(黒い服を着てはいるけれど)明示的におこなわれないので、黒シャツ党への馴染みが薄い日本人にはカーターのモーリー殺害への動機付けが弱く感じられるかもしれない。なお史実では、舞台の1937年には公共の場所や会合での政治的な制服の着用は法律で禁止されており、イギリスファシスト連合の党勢も衰えを見せていた。ちなみに、同党はジョン・マルコヴィッチ主演の「ABC殺人事件」にも登場し、排外主義的傾向を持つその党員から在英外国人であるポワロが差別的な扱いを受けたり、またポワロが同党に反発を示したりする様子が描かれている。
ポワロがアーンホルトに対して「もちろん証拠はありません」と言った台詞は、原語だと 'One grips at the straws. (人間は藁でも握るものです)' と言っているが、これは「見込みのうすい希望でもすがる」という意味の grasp [snatch, clutch] at straws (藁をつかむ) という表現をポワロが言いまちがえたもの。つまり、ポワロが言いたいのは「ダメ元で当たってみているだけです」ということ。なお、 grip と grasp の違いについては「スタイルズ荘の怪事件」でもヘイスティングスに指摘を受けており、いずれもクライブ・エクストンの脚本である。
「名探偵ポワロ」オリジナル版ではカットされたが、ハイビジョンリマスター版ではジャップ警部の自宅が初登場。このシーンの会話の原語からは警部の自宅がロンドン西部郊外アイズルワースにあることがわかり、この設定はのちの作品でも何回か言及されることになる。なお、日本語だと警部は自宅の所在地を「こんな田舎」と言うが、原語は南フランスのリゾート地であるジュアン・レ・パンと比較して洒落た場所ではないという趣旨であって、アイズルワースは都心部でこそないが別に田舎でもない(なお、その警部の自宅のロケ地は、実際にはアイズルワースではなく、そのやや南のセント・マーガレッツにあるシドニー・ロードである)。また、「教会の婦人会だか何だかの集まりだとかで」という警部の台詞は、原語だと 'Women's Institute, parish council, or something. I don't know. (婦人会か、教区会か、ほかの何だかわかりませんが)' という表現で、「教会」と「婦人会」はそれぞれ別の可能性である。そして、原語だと 'Richmond, Surrey, just down the road here (この通りの先にあるサリー州リッチモンド)' となっている箇所も、日本語音声では「この先にあるサリー通りのリッチモンド」とされていたが、2021年11月24日以降の放送では音声を詰めて「この先にあるリッチモンド」に修正された。警部がポワロに「どうですか (Garibaldi.)」と言って差し出すガリバルディ・ビスケットは、干し葡萄をはさんで薄焼きにした、イギリスの伝統的なビスケット。このビスケットは、つぶれた干し葡萄の見た目から dead fly biscuit (死んだハエのビスケット), fly sandwitch (ハエのサンドイッチ), flies' graveyard (ハエの墓場) 等の渾名があり、ポワロが遠慮したのも、その見た目に躊躇を覚えたのだろう。
チャップマン氏が言う住所の「バドリー・サルタートン」とは、イギリス南西部デボン州にある海沿いの町の名。一方、シルビア・チャップマン夫人が住んでいたリッチフィールド・コートの所在であるバターシーは、西ロンドンのテムズ河南岸にある地区で、要するにぜんぜん違う。ちなみに、ジョーン・ヒクソン主演「ミス・マープル」シリーズの「スリーピング・マーダー」でヒルサイド荘の撮影に使われたウォッチ・ヒルが、そのバドリー・サルタートンにある。
フランク・カーターが酒場で出会った諜報機関の人間から提供されたという「過激派の動きを探る」仕事は、原語だと sound them out as to their red tendencies (彼ら〔園丁〕の赤化傾向を探る) という表現で、つまりは資本家ブラントのお膝元の使用人たちへの、共産主義的思想の拡がりを調査する趣旨である。
アグネスがポワロを田舎まで呼んでした話の最後に言う「そのあと先生が自殺なさったということを聞いて、とてもびっくりしたんですけど」という台詞は、原語だと 'And afterwards, I heard the master had shot himself, and it was so awful it just drove everything out of my head. (そのあと先生が自殺なさったと聞いて、とてもびっくりして頭からすっかり飛んでしまったんです)' という表現で、その話をこれまで伝えなかった理由を説明している。
診察室から出ていくのをカーターが目撃したという「ひげの紳士」は、日本語だとその表現だけからはポワロかアンベリオティスか不分明だが、原語だと a bearded gent (あごひげの紳士) と言われており、アンベリオティスであることが明瞭である。
アストリア・ホテルでアンベリオティスの死を聞いたあとに子供の数え唄の回想がスロー再生で差し込まれるところは、日本語音声だと 4 まで数えたあとに 1 へ戻り、そのあと 10 まで行くが、原語音声では 4 まで数えたあとは 2 までしか行かず、本作の原題でもある One, Two, Buckle My Shoe のフレーズを強調する形で終わる(日本語は、子供が 10 のマスまで到達する映像にそろえたと思われる)。また、謎解きの前、ポワロがジャップ警部に電話をかけたあとに差し込まれる数え唄の回想も、日本語音声は 3, 4 のフレーズを2回くり返したあと 6 まで進むが、原語音声は One, Two, Buckle My Shoe のフレーズが1回聞こえるだけである。犯人が護送車に乗せられる場面でも、遊ぶ子供の映像は映らないが、やはり日本語音声では 4 まで進むスロー再生の数え唄が流れるのに対し、原語音声は One, Two, Buckle My Shoe のみである。加えて、これらはいずれも、日本語音声では歌と劇伴のメロディーがずれているが、原語音声だと両者が調和している。
冒頭のインドの場面が撮影されたのは世界標準時の本初子午線が通ることで知られるロンドン南東部のグリニッジで、総督官邸は現グリニッジ大学構内の旧王立海軍大学、ガリソン・シアター(駐屯地劇場の意)の建物はその向かいの元宿舎。モーリー歯科医院のあるハーリー街は現地ロケがおこなわれているが、撮影にあたってモーリー歯科医院の建物だけ番地表示が付け替えられているため、劇中ではそこだけ番地の数字が飛んでいる。アストリア・ホテルの建物は、「西洋の星の盗難事件」や「あなたの庭はどんな庭?」のほか、「スズメバチの巣」や「盗まれたロイヤル・ルビー」、「ABC殺人事件」でも撮影に使われたフリーメイソンズ・ホールで、今回使われた入り口は「西洋の星の盗難事件」と同じ正面口。メイベルがアンベリオティスと再会したホテルは現ローズウッド・ホテル・ロンドンで、ポワロたちが彼女に面会に向かったカーライル・ホテルは、実際にはチャールズ・ストリートのダートマス・ハウス。このダートマス・ハウスは、「ミューズ街の殺人」ではレイバトン・ウェスト議員の事務所屋内として撮影に使われていた。モンダギュー・ホテル入口があるのは、インド総督官邸と同じ旧王立海軍大学内。アーンホルト・ハウス外観はトリニティ・スクエアにある元ロンドン港湾局本部だが、会議室は「ABC殺人事件」でカストの公判がひらかれた第一法廷と同じフリーメイソンズ・ホールの一室であり、ブラントのオフィスはローズウッド・ホテル・ロンドンで撮影されたと見られる。アンベリオティスの検死審問がひらかれた部屋や、モンタギュー・ホテルに向かうジャップ警部とポワロが出会った廊下、加えておそらくブラントのオフィスから会議室へ向かう途中の廊下もやはりフリーメイソンズ・ホール内での撮影である。アンベリオティスの検死結果を聞いた場所もローズウッド・ホテル・ロンドン内で、そのあとにポワロとジャップ警部が歩いていたのは、「スペイン櫃の秘密」で軍人クラブ前の通りの奥に見えていたリンカーンズ・イン・フィールズとサール・ストリートの丁字路付近。ここはデビッド・ウォリアムズとジェシカ・レイン主演「トミーとタペンス ―2人で探偵を―」の「秘密機関」にも登場する。バターシーにあるというリッチフィールド・コートは実在のマンションだが、現実の所在はリッチモンド。実際のバターシーでは、「コックを捜せ」でも撮影に使われたバターシー・パークの中で、ポワロとジャップ警部がモーリー歯科医院からアーンホルト・ハウスへ車で向かう場面(於キャリッジ・ドライブ・ノース)と、ポワロがグラディスとカーターに会ったバンドスタンドの場面が撮影されている。「戸籍本署」と字幕が出るサマセット・ハウスの入り口はストランドにある現地だが、現在、戸籍本署の機能は別の場所に移転している(ただし厳密には、戸(家)を単位として国民の身分関係をまとめた「戸籍」はイギリスに存在せず、出生・婚姻・死亡の届がそれぞれ管理される)。エクスハムにある設定のブラントの「田舎の家」は、「二重の手がかり」のハードマン邸と同じ、バッキンガムシャーのチャルフォント・セント・ジャイルズにあるシュラブズ・ウッドだが、その書斎はおそらくセット。ミス・モーリーとアグネスが転居した先の「田舎」はバークシャーのハーリーで、ポワロがバスを降りたのはハイ・ストリートとミル・レーンのY字路、アグネスと会ったティールームは「盗まれたロイヤル・ルビー」でファールーク王子が宿泊したオールド・ベル。カーターの入れられた留置所の廊下は、「ABC殺人事件」でカストが入れられた留置所と同じ形状だが、壁の色が塗り直されていたり壁の設備が付け替えられたりしており、セットと見られる。
アリステア・ブラント役のピーター・ブライスは、フランセスカ・アニスとジェームス・ワーウィック主演の「二人で探偵を」の一篇、「キングで勝負」でもビンゴー・ヘイル役を演じている。また、ジョーン・ヒクソン主演の「ミス・マープル」シリーズには、ジュリア・オリベラ夫人役のヘレン・ホートンが「バートラム・ホテルにて」のキャボット夫人役、「空騒ぎ」での〈アントニオ役〉役のアラン・ペンが「パディントン発4時50分」のパットモア監察医役で出演している一方、ジェラルディン・マクイーワン主演の「ミス・マープル」シリーズには、ジョージナ・モーリー役のロザリンド・ナイトが「動く指」のパートリッジ役、チャップマン夫人役のメアリ・ヘリーが「スリーピング・マーダー」の手芸用品店店員役で出演している。加えて、ロザリンド・ナイトは、ジェレミー・ブレット主演の「シャーロック・ホームズの冒険」の一篇、「青い紅玉」のモーカール伯爵夫人役や、ベネディクト・カンバーバッチ主演の「シャーロック2」の一篇、「バスカビルの
ポワロが歯科医院で「ポイロット様」と言われて「え?」と言う台詞は日本語のみ。マンションに訪ねてきたグラディスをエレベーターへ促す際や、牢屋で面会したカーターにすわるよう促す際の「どうぞ」という台詞も同様。逆に、チャップマン夫人の部屋へポーターと警官が入った際、巡査が巡査部長にヘルメットを差し出して言う 'Sarge. (巡査部長)' という台詞は、対応する日本語の台詞がない。また、メイベルとアンベリオティスがホテルのラウンジで話をする際のウェイトレスがトレイを置く音も、日本語音声では聞こえない。ポワロと庭を歩きながらブラントが言う「この花壇の縁取りは自慢してもいいと思ってるんです。手入れが大変ですが、まあ、それだけの価値はありますね」という台詞は、原語音声にもある台詞だがブラントの口が動いておらず、アフレコ段階で追加されたものと見られる。
ハーリー街の、モーリー歯科医院に向かって右側の通り奥に見えるいささか現代的な建物は、百貨店ジョン・ルイスの店舗で、1950年代に入ってから建て直されたものである。また、ポワロがアグネスに会うために乗っていたバスの停車直前、おそらくは写ることを想定していない人が車体に映り込んでいる。
本作のハイビジョンリマスター版の英字のクレジットには、なぜかオリジナル版や前後のエピソードと異なるフォントが使用されている。なお、デアゴスティーニ・ジャパン刊行の「名探偵ポワロ DVDコレクション」や、イギリスで販売されている Agatha Christie's Poirot のDVDに収録された映像でも、クレジットに「名探偵ポワロ」オリジナル版と異なるフォントが使用されているが、本作のハイビジョンリマスター版で使用されているのはそれとも異なるフォントである。
ハイビジョンリマスター版の切換式字幕では、チャップマン夫人の部屋でジャップ警部を迎えた巡査部長の台詞に「ポーターが入ってまして」と表示されるが、音声は「ポーターが吐いてまして」である。また、田舎の屋敷でブラントが園丁頭に言及した際、それが「園庭頭」と表示される。
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イギリスでは現在も協議離婚が認められておらず、離婚に当たっては裁判での承認などの手続きが必要になる。また、1923年から1937年のあいだに離婚事由として認められたのは相手の不貞のみであった[7]。したがって、仮にガーダがブラントとレベッカの結婚を認めて離婚を承諾したとしても、それを内密裡かつ円満離婚として進めることはできず、その経緯をアーンホルト家や世間に知られることになる。そのために、ガーダとの結婚を隠しての重婚という選択がなされたのだろう。
今回の事件が起きる上で重要な、ブラントとその恐喝者のアンベリオティスが同じ歯科医にかかっていた経緯が原作では一切描写されないが、ドラマだとその説明として、メイベルがアンベリオティスにモーリーを紹介する場面が追加されている。一方、犯行当日にブラント、メイベル、アンベリオティスと診療順が並ぶことについては、原作だとすでにメイベルになりすましたガーダが、歯が痛むと伝えてその位置に割り込み、犯行の手助けを可能にしたのだが、ドラマでは本物のメイベルが前回の診療時にその時刻で予約をしており、ドラマのほうが偶然に頼った形となっている。
原語音声だと、ガーダと異なる、レベッカというブラントの(表向きの)妻の名前がポワロの謎解きの前に言及されるのは、ジュリア・オリベラ夫人の 'Do you think Rebecca intended me to live on your charity? (レベッカはわたしがあなたのお情けで生きるのを望んだかしら?)' という台詞の1回のみで、それ以外の場所では sister や she など名前を挙げない表現が使われている。また、そのオリベラ夫人の台詞は、ポワロが聞いていないところで発せられているだけでなく、直前にポワロたちがアーンホルト・ハウス前に到着するカットを挿入することで発言の文脈を前の場面から分断して、レベッカがオリベラ夫人の姉の名と断定できないようになっている。しかし日本語音声だと、オリベラ夫人が複数回口にするほか、アーンホルトとの会話ではポワロのほうからもレベッカの名を出している。もっとも、ポワロは逆にガーダという名前を知らないはずなので、それで違和感を強めるのは視聴者だけなのだけれど。
田舎の邸宅でブラントが言う「わたしは頑固な保守派です、ポワロさん」という台詞は、原語だと 'I'm afraid I'm one of the last of the Old Guard, Monsieur Poirot. (残念ながらわたしは最後の保守派の一人ですよ、ポワロさん)' と言っており、より保守の最後の砦としての自認を感じさせる表現になっている。そのため「保守派が退けられたら、どうなります?」というポワロの質問につながる。また、その質問にブラントが答えて言う「そうなったら、愚かな者たちがこの国をめちゃくちゃにしてしまいますよ。国民は高いつけを払わされることになるでしょうな」という台詞も、原語だと 'I tell you. A lot of damned fools would try a lot of very costly experiments. (それはもう、愚かな者たちが非常に高くつく実験を山ほど試みるでしょう) It would be the end of stability, of common sense and of solvency. (そうなったら、安定も常識も財政もおしまいですよ)' という表現でその自負を具体的に語っており、犯行露見後に彼が開き直って言う「財政を立て直し、債務を償還し、この国を独裁者たちの手から守った (I have held it firm. I have kept it solvent. I have kept it free from dictators.)」という台詞と呼応するものになっている。
謎解きのなかでポワロがモーリー歯科医院前での出来事に触れ、「ふじんの姿が目に入った時」と言った際、ハイビジョンリマスター版の切換式字幕では「夫人の姿が目に入った時→」と表示されるが、これはミス・セインズベリー・シールとされている女性についての発言なので、その意図としては「ふじん」は「婦人」であったと思われる。もっとも、その正体はアリステア・ブラント夫人のガーダであるわけだけれど。
イギリスの靴のサイズは3分の1インチ(約8.5ミリメートル)単位で、大人物の靴の最小サイズを基準に、それよりどれだけ大きいかで表す。メイベルのストッキングのサイズの10インチ(約25.4センチメートル)にいちばん近い靴のサイズは 7 なので、ストッキングが大きめ、あるいは靴がきつめであったとしても「すくなくとも 6」という推測が導かれる。
劇中では特に言及されないが、アンベリオティスが事切れた際に床に落ちた書類は、ポワロがブラントに差し出した結婚証明書と同じデザインであり、ブラントとガーダの結婚証明書であったと見られる。
インドで上演されていた「空騒ぎ」の場面は、その結末部分である第五幕第四場。しかし、ブラントが客席へ顔を見せたときに聞こえる「この聖なる僧の前でお手をぜひ」と「しばらくお待ちを。どちらがベアトリスさん?」のあいだには本来6つの台詞があり、謎解きのなかでガーダ(ヘレン)にカメラが寄る際に聞こえる「かつて生きていたとき、わたしはあなたの妻でした」に始まる台詞は、そこに含まれる台詞である。なお、この台詞はガーダの声で聞こえるが、本来はガーダの演じるベアトリスではなく、(おそらくメイベルが演じていた)ヒーローの台詞である。また、正体が判明してガーダが変装を取るタイミングで、彼女のメイクが華やかなものに変わっている。
ヘレンことガーダがカーターを捕まえた際、謎解き時の回想では「銃を捨てなさい」のあとに「たすけて! ああ」というヘレンの台詞が増える。
ブラントとガーダが連行されたあと、オリベラ夫人が涙を流しながら言う「まさか、そんな人だったなんて」という台詞は、原語だと 'I don't know why I'm crying. (どうしてわたしが涙なんて)' という表現で、ブラントへの思いを否定して強がっている。そのため、次の「だいたい、あの人好きじゃなかったわ」という台詞につながる。
最後のポワロの台詞のうち、日本語音声ではポワロの信条を表す前半の 'There are no little chaps. (人間に小物などいません)' の要素が落とされている。また、余談ながら、下で紹介している VHS の字幕では逆に、後半の 'Especially not Poirot. (特にポワロは小物ではありません)' の部分が「ポアロから見ればね」と誤訳されていたが、 DVD や BD では吹替の台詞に(文末表現以外)そろえられている。
- [1] ジャネット・モーガン (訳: 深町真理子, 宇佐川晶子), 『アガサ・クリスティーの生涯 下』, 早川書房, 1987, p. 92
- [2] ジョン・カラン (訳: 山本やよい, 羽田詩津子), 『アガサ・クリスティーの秘密ノート 〔上〕』, 早川書房(クリスティー文庫), 2010, pp. 180-191
- [3] Edward Prince of Wales' Tour of India: Bombay, Poona, Baroda, Jodhpur and Bikaner (1922) - YouTube
- [4] Edward Prince of Wales' Tour of India: Madras, Bangalore, Mysore and Hyderabad (1922) - YouTube
- [5] Edward Prince of Wales' Tour of India: Indore, Bhopal, Gwalior and Delhi (1922) - YouTube
- [6] David Suchet and Geoffrey Wansell, Poirot and Me, headline, 2013, p. 133
- [7] Divorce since 1900 - UK Parliament
ロケ地写真
カットされた場面
日本
オリジナル版
[0:43:53/1:49] | ポワロがジャップ警部宅を訪ねて、グラディスへの電報やメイベルについて話す場面 |
[0:48:34/0:48] | リッチフィールド・コート前に到着するポワロ 〜 チャップマン夫人の部屋へ入っていくポワロとジャップ警部 |
ハイビジョンリマスター版
なし映像ソフト
- [VHS] 「名探偵エルキュール・ポアロ 第20巻 愛国殺人」(字幕) 日本クラウン
- [DVD] 「名探偵ポワロ 19 愛国殺人」(字幕・吹替) ビームエンタテインメント(現ハピネット・ピクチャーズ)※1
- [DVD] 「名探偵ポワロ [完全版] 19 愛国殺人」(字幕・吹替) ハピネット・ピクチャーズ※2
- [DVD] 「名探偵ポワロ DVDコレクション 13 愛国殺人」(字幕・吹替) デアゴスティーニ・ジャパン※3
- [BD] 「名探偵ポワロ Blu-ray BOX Disc 10 愛国殺人, エジプト墳墓のなぞ, 負け犬」(字幕/吹替) ハピネット・ピクチャーズ※4
- ※1 「名探偵ポワロ DVD-BOX2」にも収録
- ※2 「名探偵ポワロ [完全版] DVD-BOX2」「名探偵ポワロ [完全版] 全巻 DVD-SET」「名探偵ポワロ [完全版] DVD-SET 5」にも収録
- ※3 吹替は大塚智則さん主演の新録で、映像もイギリスで販売されているDVDと同じバリエーションを使用
- ※4 「名探偵ポワロ Blu-ray BOX vol. 2」に収録