複数の時計 The Clocks
放送履歴
日本
オリジナル版(90分00秒)
- 2012年02月07日 22時00分〜 (NHK BSプレミアム)※1
- 2014年01月16日 16時00分〜 (NHK BSプレミアム)※2
- 2017年01月28日 16時00分〜 (NHK BSプレミアム)
- 2017年07月05日 16時00分〜 (NHK BSプレミアム)
- 2021年08月07日 16時30分〜 (NHK BSプレミアム)
- 2022年01月07日 09時00分〜 (NHK BS4K)※3
- 2023年09月13日 21時00分〜 (NHK BSプレミアム・BS4K)※4
- ※1 エンディング途中の画面上部に「ハロウィーン・パーティー」放送予告およびNHKオンデマンドでの配信案内の字幕表示、エンディング末尾に「ハロウィーン・パーティー」放送予告の全画面表示あり
- ※2 エンディング前半の画面上部に「ハロウィーン・パーティー」放送予告の字幕表示あり
- ※3 エンディング前半の画面下部に次回の放送時間案内の字幕表示(帯付き)あり
- ※4 BSプレミアムでの放送は、オープニング冒頭の画面左上にBS4K同時放送のアイコン表示あり
海外
- 2009年12月30日 21時35分〜 (諾・NRK1)
- 2010年05月19日 20時00分〜 (典・TV4)
- 2011年06月26日 21時00分〜 (米・PBS)
- 2011年12月26日 21時00分〜 (英・ITV1)
原作
邦訳
- 『複数の時計』 クリスティー文庫 橋本福夫訳
- 『複数の時計』 ハヤカワミステリ文庫 橋本福夫訳
原書
- The Clocks, Collins, 7 November 1963 (UK)
- The Clocks, Dodd Mead, 1964 (USA)
オープニングクレジット
日本
オリジナル版
名探偵ポワロ / AGATHA CHRISTIE'S POIROT / 複数の時計 // DAVID SUCHET / Agatha Christie POIROT / THE CLOCKS based on the novel by Agatha Christie / Screenplay STEWART HARCOURT / FRANCES BARBER, STEPHEN BOXER / TOM BURKE, PHIL DANIELS / BEATIE EDNEY, GUY HENRY / ANNA MASSEY, GEOFFREY PALMER / TESSA PEAKE-JONES, BEN RIGHTON / LESLEY SHARP, ABIGAIL THAW / JASON WATKINS, JAIME WINSTONE / Producer KAREN THRUSSELL / Director CHARLES PALMER
エンディングクレジット
日本
オリジナル版
原作 アガサ・クリスティー 脚本 スチュワート・ハーコート 演出 チャールズ・パーマー 制作 ITVスタジオズ/WGBHボストン アガサ・クリスティー・リミテッド (イギリス・アメリカ2009年) 声の出演 ポワロ(デビッド・スーシェ) 熊倉 一雄 コリン・レース(トム・バーク) 浜野 基彦 シーラ・ウェブ(ジェイム・ウィンストーン) 山本 雅子 ハードカッスル警部 浦山 迅󠄀 ペブマーシュ 谷 育子 マーティンデール 亀井 芳子 ハムリング 松永 英晃 ジョー・ブランド 後藤 哲夫 バル・ブランド 渡辺 真砂子 堀越 真己 佐藤 あかり 水野 ゆふ 真矢野 靖人 斉藤 貴美子 樋󠄀渡 宏嗣 茶花 健太 安奈 ゆかり 吉祥 美玲恵 石原 由宇 <日本語版制作スタッフ> 翻訳 中村 久世 演出 佐藤 敏夫 音声 田中 直也
DVD版
原作 アガサ・クリスティー 脚本 スチュワート・ハーコート 演出 チャールズ・パーマー 制作 ITVスタジオズ/WGBHボストン アガサ・クリスティー・リミテッド (イギリス・アメリカ2009年) 声の出演 ポワロ(デビッド・スーシェ) 熊倉 一雄 コリン・レース(トム・バーク) 浜野 基彦 シーラ・ウェブ(ジェイム・ウィンストーン) 山本 雅子 ハードカッスル警部 浦山 迅󠄀 ペブマーシュ 谷 育子 マーティンデール 亀井 芳子 ハムリング 松永 英晃 ジョー・ブランド 後藤 哲夫 バル・ブランド 渡辺 真砂子 堀越 真己 佐藤 あかり 水野 ゆふ 真矢野 靖人 斉藤 貴美子 樋󠄀渡 宏嗣 茶花 健太 安奈 ゆかり 吉祥 美玲恵 石原 由宇 <日本語版制作スタッフ> 翻訳・台本 中村 久世 演出 佐藤 敏夫 調整 田中 直也 録音 岡部 直樹 プロデューサー 武士俣 公佑 間瀬 博美 制作統括 小坂 聖 山本 玄一
海外
オリジナル版
Hercule Poirot: DAVID SUCHET; Annabel Larkin: OLIVIA GRANT; Fiona Hanbury: ANNA SKELLERN; Lt. Colin Race: TOM BURKE; Sven Hjerson: ANDREW HAVILL; Mrs Swinburne: VICTORIA WICKS / Sheila Webb: JAIME WINSTONE; Nora Brent: SINEAD KEENAN; Miss Martindale: LESLEY SHARP; Miss Pebmarsh: ANNA MASSEY; Inspector Hardcastle: PHIL DANIELS; Constable Jenkins: BEN RIGHTON / Mrs Hemmings: BEATIE EDNEY; Rachel Waterhouse: ABIGAIL THAW; Matthew Waterhouse: GUY HENRY; Vice Admiral Hamling: GEOFFREY PALMER; May: PHOEBE STRICKLAND; Jenny: ISABELLA PARRISS / Val Bland: TESSA PEAKE-JONES; Joe Bland: JASON WATKINS; Christopher Mabbutt: STEPHEN BOXER; Professor Purdy: ANDREW FORBES; Marlina Rival: FRANCES BARBER; Stunt Co-ordinator: TOM LUCY / (中略)1st Assistant Director: PAUL JUDGES; 2nd Assistant Director: SEAN CLAYTON; 3rd Assistant Director: TUSSY FACCHIN; Location Manager: ROBIN PIM; Assistant Location Manager: MARK WALLEDGE; Script Supervisor: SUE HILLS / Script Edior: JANNIE SCANLON; Production Accountant: CAROLINE RUSSELL; Asst Production Accountant: JOANNA SANDERS; Production Co-ordinator: SAM BAKER; Production Secretary: SIMON BLAKEY; Press Officer: LISA VANOLI / Camera Operator: STEVE MURRAY; Focus Pullers: DERMOT HICKEY, BEN GIBB; Clapper Loader: DEAN MURRAY; Camera Grip: JIM PHILPOTT; Gaffer: STEVE KITCHEN; Best Boy: JIMMY HARRIS / Supervising Art Director: PAUL GILPIN; Art Director: MIRANDA CULL; Standby Art Director: ANDREW LAVIN; Production Buyer: TIM BONSTOW; Construction Manager: DAVE CHANNON; Standby Construction: FRED FOSTER, BOB MUSKETT / Sound Recordist: ANDREW SISSONS; Sound Maintenance: ASHLEY REYNOLDS; Property Master: JIM GRINDLEY; Dressing Props: MIKE SYSON, JAY PALES; Standby Props: RICHARD MACMILLIAN, RON DOWLING / Assistant Costume Designer: PHIL O'CONNOR; Costume Supervisor: TRACY McGREGOR; Make-up Artists: BEE ARCHER, TONY LILLEY, HANNAH PROVERBS; Mr Suchet's Dresser: ANNE-MARIE BIGBY; Mr Suchet's Make-up Artist: EVA MARIEGES MOORE; Picture Publicist: PATRICK SMITH / Assistant Editor: VICKY TOOMS; Supervising Sound Editor: JOHN DOWNER; Dialogue Editor: SARAH MORTON; Re-recording Mixer: NIGEL SQUIBBS; Colourist: KEVIN HORSEWOOD; Online Editor: SIMON GIBLIN; Visual Effects Supervisor: DOLORES McGINLEY / Associate Producer: DAVID SUCHET; Post Production Supervisor: KATE STANNARD; Hair and Make-up Designer: PAMELA HADDOCK; Costume Designer: SHEENA NAPIER; Casting: SUSIE PARRISS; Production Executive: JULIE BURNELL / Composer: CHRISTIAN HENSON; Poirot Theme: CHRISTOPHER GUNNING; Editor: MATTHEW TABERN; Production Designer: JEFF TESSLER; Director of Photography: PETER GREENHALGH BSC; Line Producer: MATTHEW HAMILTON / Executive Producer for WGBH Boston: REBECCA EATON / Executive Producers for Chorion: MATHEW PRICHARD, MARY DURKAN / Executive Producer: MICHELE BUCK; Executive Producer: DAMIEN TIMMER; © Agatha Christie Ltd. (a Chorion Company) 2009 / A Co-Production of itv STUDIOS and WGBH BOSTON in association with Agatha Christie Ltd (a Chorion Company)
あらすじ
ポワロは劇場で旧知の青年コリンと出会う。コリンはスパイ事件の調査中、ある家から飛び出してきた娘に出くわした。その家には、住人であるミス・ペブマーシュも見知らぬ男が刺殺されて横たわっており、しかもたくさんの時計が持ち込まれて置かれていた……
事件発生時期
不詳
主要登場人物
エルキュール・ポワロ | 私立探偵 |
コリン・レース | 海軍大尉、 MI6 所属 |
フィオナ・ハンブリー | コリンの同僚・恋人、愛称フィー |
アナベル・ラーキン | コリンの同僚、ドイツのスパイ、愛称アニー |
ハムリング | 海軍中将、コリンの上官 |
シーラ・ウェブ | カベンディッシュ秘書紹介所職員、死体の発見者 |
ノラ・ブレント | カベンディッシュ秘書紹介所職員 |
キャシー・マーティンデール | カベンディッシュ秘書紹介所所長 |
ミリセント・ペブマーシュ | ウィルブラハム・クレセント19号住人 |
ヘミングス | ウィルブラハム・クレセント20号住人 |
マシュー・ウォーターハウス | ウィルブラハム・クレセント18号住人 |
レイチェル・ウォーターハウス | ウィルブラハム・クレセント18号住人、マシューの妹 |
ジョー・ブランド | ウィルブラハム・クレセント61号住人 |
バレリー・ブランド | ウィルブラハム・クレセント61号住人、ジョーの妻、愛称バル |
クリストファー・マバット | ウィルブラハム・クレセント62号住人 |
ジェニー・マバット | ウィルブラハム・クレセント62号住人、クリストファーの娘 |
メイ・マバット | ウィルブラハム・クレセント62号住人、クリストファーの娘 |
マリーナ・ライバル | 被害者の妻と名乗る女 |
ジェンキンズ | 巡査 |
ハードカッスル | 警部 |
解説、みたいなもの
原作は1963年発表。原作のコリンが調査するスパイ事件はその発表時期を反映して共産主義勢力との軋轢が背景にあったが、やはり1930年代後半に舞台設定されたと思われる本作は、ヒットラー率いるドイツとの問題が背景となっており、舞台もヨーロッパ大陸への玄関口であるドーバーに変更された。その他の変更点では、ウィルブラハム・クレセントの住人に何人か変更があるほか、コリンが引き継いだメモの一部の向きが変わっていたり、シーラの同僚の名前がエドナからノラになったりしている。また、「ヒッコリー・ロードの殺人」のように、シーラの出生についても触れられずに終わる。撮影時期は2009年5月末〜6月頃。
冒頭でポワロが観劇しているオリヴァ夫人作の芝居「善きサマリア人 (The Good Samaritan)」はドラマオリジナルの設定。男性の方の登場人物が、オリヴァ夫人の擁する名探偵スヴェン・ヤルセンで、顎鬚という外見的特徴や、フィンランド人なのにスウェーデン人と間違えられるところなどにポワロとの対比が見える。クリスティー自身も劇作には熱心で、ポワロものの小説も多数舞台化しているが、そのすべてでポワロは登場人物からはずされてしまっており、クリスティー自身の手によるポワロものの戯曲は、原作となる小説がない『ブラック・コーヒー』のみとなった。
ドーバーが舞台となるのは「誘拐された総理大臣」以来。ドーバー城やセント・マーガレッツ・ベイが現地として撮影に使われているほか、ウォータールー・クレセントのチャーチル・ホテル(当時)がキャッスル・ホテルとして登場する。このチャーチル・ホテルは「誘拐された総理大臣」でホテルとして使われた港湾局の建物の隣にあたり、カットのあった「名探偵ポワロ」オリジナル版でも、画面奥に映っているのを垣間見られた(そのさらに奥にはドーバー城のシルエットも)。一方、劇中ではドーバーということになっているいくつかの場面はロンドン周辺で撮影されており、ウィルブラハム・クレセントのロケ地はロンドンのソーンヒル・クレセント、カベンディッシュ秘書紹介所やミス・ペブマーシュが勤めるライト氏の写真館があるウェストポート・パレードは「エッジウェア卿の死」でペニーの帽子店があったデュークス・ロード。警察署のオフィスは、ポワロの住むホワイトヘイブン・マンションことフローリン・コートのすぐ近く、セント・ジョン・ストリートにあるファーミロー・ビルディング内である。この建物は、ジュリア・マッケンジー主演「ミス・マープル5」の「蒼ざめた馬」では、ブラッドリーや消費者調査会社のオフィスがあった。フィオナがアナベルに見つかって逃げたり、ハードカッスル警部たちがマリーナ・ライバルを追っていったりしたのは、「第三の女」でオリヴァ夫人が入り込んだり、サー・ロデリックがタクシーに乗ったりしたテンプル地区で、マバットの勤めるアームストロング・オードナンスも、テンプル・チャーチ東のキングズ・ベンチ・ウォークで撮影された。このキングズ・ベンチ・ウォークも、前述の「蒼ざめた馬」でロンドン警視庁やデービス夫人の家の前として撮影に使われている。冒頭ポワロが「善きサマリア人」を観劇しているのは「マギンティ夫人は死んだ」のキルチェスター劇場ことリッチモンド劇場内部で、「ダベンハイム失そう事件」ではポワロたちがここでマジックショーを観たほか、その舞台にはスーシェ自身も何度も立ったことがある。ハードカッスル警部おすすめのパブのトラベラーズ・インも実際にはリッチモンド劇場に間近いサン・インで、警部がマリーナに会いにパブへ入ってくる場面で入り口のドアのガラスをよく見ると、トラベラーズ・インではなく THE SUN INN (サン・イン) と書かれているのが見える。審問がひらかれたのはサリー州庁舎内で、「杉の柩」のエリノアや「五匹の子豚」のキャロラインの裁判がひらかれた法廷も同所。
原作のコリンは『ゼロ時間へ』などで活躍するバトル警視の息子と言われるが、原作の記述では父親はただ「警視」とだけで具体的な名前は明示されていなかった。「名探偵ポワロ」では「ひらいたトランプ」でバトル警視がウィーラー警視に置き換えられたためか、「ナイルに死す」に登場したレイス大佐の息子ということになっている。ちなみに、コリンを演じるトム・バーク自身の父親は「ヒッコリー・ロードの殺人」でスタンリー卿を演じたデビッド・バークで、母親は「葬儀を終えて」でモード・アバネシーを演じたアンナ・コルダー・マーシャルである。
舞台でスヴェン・ヤルセンが言うフィンランド語の「プナ・シリ (puna silli)」は英語に直訳すれば red helling (赤いニシン) で、これは「本来の目的や真相から人の注意をそらすもの」という意味を持つ英語の慣用句であることから「攪乱」という日本語になる。また、芝居「善きサマリア人」について、ポワロがコリンに「原作者が友人でね」と言うが、原語ではこれに対応する意味の発言はしていない。おそらくは吹替の尺あわせとして無難な台詞を挿入しようとしたと思われるが、劇場のポスターには「脚本 アリアドニ・オリヴァ」と書かれており、「原作」ではなくオリヴァ夫人が戯曲を直接執筆していることと矛盾してしまった。
シーラがウィルブラハム・クレセントへやってきた際、歩道の端のスロープに点字ブロックが見えるが、イギリスでこうした点字ブロックが設置されるようになったのは1990年代以降のことで、劇中の時代には合わない。また、建物の煉瓦部分に見える白い四角は、現代の警報器を隠したもの。シーラが19番地にさしかかる場面では、この警報器隠しに煉瓦模様がつけられているが、色合いや目地のつながりが周囲とそろっていないので、やはり見てすぐにわかる。19番地の玄関のドアの上にある小さな白い箱や、明かり採りの上にあるもうすこし大きな白い箱も、現代の監視カメラや照明を隠したもの。一方、ドアの横の壁に四角く色がちがって見える部分があるのは、元からそこに通気用と見られる穴が細かく空いているためである。
コリンが「ぼくは…… MI6 なんです」と自己紹介し、ポワロもその意を汲み取る場面があるが、イギリスの秘密情報部 (Secret Intelligence Service) を便宜置籍的に MI6 と呼ぶ用例が見られるようになったのは第二次大戦初期のこととされ[1]、ぎりぎり時代に合わない。なお、 MI6 とは Military Intelligence, Section 6 (諜報部第6課) の意味で、国内の治安維持を目的とする MI5 (保安局) に対し、国外の案件を担当する。小説や映画の〈007〉シリーズの主人公、ジェームス・ボンドが所属する設定となっているのもここ。
コリンとシーラの出会いは、シーラが「たすけてください!」と駆け出してきたのにコリンが「どうしました?」と訊き、いくつかのやりとりのあと「お願い、たすけて」「大丈夫、ぼくに任せて」という会話に至っていたが、そのあとにコリンがシーラを信用する理由を説明する際の回想では、シーラが「たすけてください、お願い!」と駆け出してきたのに対し、コリンがすぐ「大丈夫、ぼくに任せて」と言っている。
警察署のボードに貼られたウィルブラハム・クレセントの見取り図では、右半分の内側に12番地から27番地の16軒の家が並び、ペブマーシュ宅は左から8軒目の19番地ということになっているが、撮影がおこなわれたソーンヒル・クレセントには15軒しかなく、ペブマーシュ宅として使われた家は左から数えて6軒目である。
海辺でポワロがコリンからアイスクリームを勧められて断る場面があるが、「エンドハウスの怪事件」ではヘイスティングスからアイスクリームをもらえず、むしろすねてみせていたはずである。また、トラベラーズ・インでポワロがカクテルのメニューを求めるが、「三幕の殺人」では「わたしはカクテルよりシェリーが好きでしてね」と言っていたはずである。
ヘミングス夫人がミス・ペブマーシュのことを「もし彼女が猫だったら、あのT・S・エリオットも、おそらくたじたじでしょうね」と評した台詞に出てくるT・S・エリオットは英国の詩人・批評家。原語では 'I think if she were a cat, she'd be one of T. S. Eliot's practical cats, don't you?' という表現で、これはミュージカル「キャッツ」の原作となった詩集 Old Possum's Book of Practical Cats の題名を踏まえたものであって、いわばミス・ペブマーシュは「キャッツ」の一員として登場しそうな個性だということ。なお、エリオットのつづりは Eliot なので、 T. S. Eliot を逆からつづると toilest になる。「トイレット」のつづりは toilet である。
ジョー・ブランドの「切り裂きジャックのような連続殺人事件の記事を読むたびに思っていたんですよ」という台詞で言及される〈切り裂きジャック (Jack the Ripper)〉とは、すくなくとも1888年に5人の女性を殺害した連続猟奇殺人犯。また、その原語 'You read about these murders, don't you, Jack the Ripper, Brides-in-the-Bath Smith.' でのみ言及される Brides-in-the-Bath Smith とは、1910年頃、複数の妻を浴槽で溺死させたジョージ・ジョセフ・スミスのこと。
ブランド夫妻のなれそめの「ドーバーのミカドという芝居」は、「ドーバーのミカド」という題名ではなく、ドーバーで上演された「ミカド」の意。この「ミカド」は、日本が舞台であるという体裁で初演当時のイギリスを風刺した喜歌劇である。
最初の事件の日にノラが言っていた話は、原語だと 'I stunt off to lunch, and the heel snaps in a grate like a twig in a storm.' で同じだが、日本語だと「なのにマンホールの蓋の穴にヒールがはまっちゃって」だったものが、回想シーンでは「ランチに行こうとしたらヒールがマンホールの蓋に引っかかってもげたの」に変わる。
ノラが以前清書した性愛物語に公開処刑のシーンが出てきたのは、「性愛物語」の原語 bodice ripper が、歴史的な舞台設定を持つ、女性向けの性愛小説を指すためである。
キャッスル・ホテルに予約を取ったポワロが「メルシー、ア・ビアンドゥー」と言って電話を切るが、原語は « Merci, a bientôt. (どうも、ではまた) » で、 bientôt は /bjε̃to/ と発音し、カタカナにすれば「ビヤントー」に近い。
ノラの遺体を見つけた所員の女性がミス・マーティンデールを連れていく際に言う台詞は、日本語だと「電話をかけようとして、電話ボックスに近づいてドアを開けようとしたら中に……」だが、原語は 'We were just walking past when we just looked inside the box and there she was... (電話ボックスの横を通りすがりにふと中を見たら彼女が……)' と言っており、別に電話をかけようとしてはいなかった。
ミス・ペブマーシュは「わたしは従軍看護婦として、終戦後、ここ〔ドーバー〕へ来ました」と言うが、原語だと 'I volunteered for service after I lost them, and then after the war came here. (わたしは息子を亡くしたあと志願して従軍し、終戦後にここへ来ました)' と言っており、ドーバーへ来たことと従軍に直接の関係はない。実際、ミス・ペブマーシュが失明の経緯を説明した際の「大戦のさなか、運転していた救護車両の近くで砲弾が破裂し、一時的に失明しました」という台詞は、原語だと 'I drove an ambulance in your neck of the woods during the war, monsieur, and was temporarily blinded by the blast of a shell. (あなたのお国で救護車両を運転していて、砲弾の破裂で一時的に失明しました)' と言っており、彼女の従軍先はフランスと思われる(第一次大戦のイギリス軍が参加した戦線は主としてフランスに展開されており、ミス・ペブマーシュはポワロをフランス人と誤解して発言したと思われる)。
マバットの娘たちが庭で見つけたコインの金額「2ポンド6ペンス」は原語だと 'About two and six.' で、これは「だいたい2シリング6ペンス」。なお、6という値は「だいたい (about)」とつけるには中途半端に見えるかもしれないが、1シリングは12ペンスなので、要は「2シリング半くらい」ということ。
マバットの娘のジェニーを演じたイザベラ・パリスは、ジェラルディン・マクイーワンおよびジュリア・マッケンジー主演の「ミス・マープル」シリーズに、「バートラム・ホテルにて」での少女時代のミス・マープル役と、「鏡は横にひび割れて」冒頭の劇中映画内のマリー・テレーズ役で二度出演。舞台上のスヴェン・ヤルセン役を演じたアンドリュー・ヘイヴィルは、デビッド・ウォリアムズとジェシカ・レイン主演の「トミーとタペンス ―2人で探偵を―」シリーズ「秘密機関」ではジェームズ・ピール役を、トビー・ジョーンズ主演の「検察側の証人」ではクリフォード・スターリング弁護士役を演じている。また、ベネディクト・カンバーバッチ主演「シャーロック2」の「ベルグレービアの醜聞」でも王室の侍従役を演じ、舞台でスヴェンの相手をしたスウィンバーン夫人役のヴィクトリア・ウィックスは、同「シャーロック」の「ピンク色の研究」にマーガレット・パターソン役で出演。ミス・ペブマーシュ役のアンナ・マッセイは、ジョン・ネトルズ主演の「バーナビー警部」シリーズ「小説は血のささやき」のオノーリア・リディアード役で見ることができるほか、 BBC 制作の Agatha Christie: A Life in Pictures では老年のクリスティーを演じた。「バーナビー警部」シリーズには、バレリー・ブランド役のテッサ・ピーク=ジョーンズも、「愛する人のためならば」のサラ・ロートン役で出演している。ヘミングス夫人役のビーティ・エドニーは「スタイルズ荘の怪事件」のメアリ・カベンディッシュ役、マリーナ・ライバル役のフランシス・バーバーは「ベールをかけた女」の〈ベールをかけた女〉役以来の再出演。ただし、ビーティ・エドニーの吹替は幸田直子さんから斉藤貴美子さんへ、フランシス・バーバーの吹替は小原乃梨子さんから堀越真己さんへ交代している。ハムリング副提督を演じるジェフリー・パーマーは、本作品の演出を務めたチャールズ・パーマーの父である。
ハードカッスル警部の吹替を担当した浦山迅さんは、ショーン・エヴァンス主演「刑事モース」の「呪われた病棟」に、ポワロの執事のジョージを演じるデビッド・イェランドがマーリン・チャブ卿役で出演した際に、その吹替も担当している。
ポワロがハムリング提督に「彼の参加は実に幸運なことだ」と言われて会釈する際「あは」と声を出したり、キャッスル・ホテルの部屋で鏡に向かいながら息をつく音が聞こえたりするのは日本語音声のみ。
冒頭のタイトルバックで流れている曲は Kiss a Dream 。また、コリンとシーラの逢瀬の場面で流れているのは、「青列車の秘密」の、ヴィラ・マルゲリータでのパーティー前の場面で劇伴として使われていた曲である。
事件解決の日にミス・マーティンデールが着ているエメラルドグリーンのスーツは、「あなたの庭はどんな庭?」でチャーマンズ・グリーンに出かけたミス・レモンが着ていたのと(スカーフはないけれど)同じ服。また、〈複数の時計〉のひとつである銀の旅行用の時計は、ビル・ナイ主演「無実はさいなむ」でもレイチェルの机に置かれていた。
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最初の訪問時、ジョー・ブランドが「そりゃあ車の運転くらいはときどきしますがね」と言った台詞は、原語だと 'I've still got the van just to keep my hand in, (ただ手許に置いておこうとバンはまだ持っていますがね)' という表現で、これは事件当日にミス・ペブマーシュの家の前に駐められていた洗濯屋のバンが彼のものである可能性を示す伏線である。
ウォーターハウス兄妹が実はドイツ人であることは、日本語音声だと終盤のコリンの台詞によって明らかになるが、原語音声だと審問当日の朝に二人がドイツ語で会話することで示唆されている。また、二人がドイツ人だと見抜いた根拠を、日本語ではマシューの「この通りは静かなので気に入ってもいるんです」という発言を取り上げ、「必要もないのに文の途中に『も』が入る」からだとポワロが説明するが、原語ではマシューの 'We like this street because it's quiet also. (この通りは静かでもあるので気に入っているんです)' という発言に対し、 'The use of the word "also" at the end of the sentence. (also という単語を文の最後に置く使い方)' と指摘している。ドイツ語には英語の too や also に相当する単語が auch しかなく、ドイツ語を母語とする英語話者が両者をしばしば混同して、 too の位置で also を用いてしまうのは典型的な間違いとされる。
ミス・ペブマーシュが「心の傷は癒えません。この平和がつづかなければ、また若者たちが戦争の犠牲となり、こうして……写真だけが親の元に返ってくる」と言った台詞は、原語だと 'And it pains me to think, monsieur, that if this peace does not hold there will soon be another generation of boys in these files, who send photos back to their parents, but never get home. (もしこの平和がつづかなければすぐに、ここのファイルに次の世代の若者たちが載ることになって、親元に写真だけを送り返し、帰ってこないでしょう。そう考えると心が痛むんです)' と言っており、心の痛みは過去ではなく未来の予想から来るものである。
写真館でポワロが目的の写真をすみやかに見つけて言った「実に楽でした」は、原語だと 'Luck, it has struck. (運がよかったんです)' という表現で、これはジョー・ブランドが運の良し悪しについて力説していたときの表現を受けたもの。のちにわかるように、このときのポワロは本当はブランド夫妻とミス・マーティンデールの写真を探しており、そのためにブランドの言いまわしが口をついたのだろう。
マバットとペブマーシュが庭で話をしていた場面で、ポワロが「事件のあった日の夜……」と言うが、映像では明らかに日が差している。「夜」の原語は evening (晩) で、劇中の季節は初夏なので日没は午後9時頃になる。
ポワロがマバットに「独裁者支配の何たるかは経験した者にしかわからない」と言う台詞は、原語だと 'Monsieur, you have not seen your country overrun by foreign tyranny. I have. (ムッシュウ、あなたは祖国が外国の横暴によって踏みにじられるのを目にしたことはないでしょう。私はあります)' という表現で、これは独裁者支配というより、他国による自国の蹂躙を言っている。実際、ポワロが経験したのは第一次大戦でのドイツ軍侵攻で、当時「独裁者」はまだ台頭していない。
被害者について、謎解きのなかでポワロが「なぞの男の身許は左耳の後ろの傷によって割れました。それはホテルで、マドモワゼル・シーラ・ウェブと一緒のところを見られた女性の敵だった男です」と言うが、ブランドの目撃証言はホテルでの聞き込みで裏付けられず、またマリーナの証言とつながるものでもなかった。これは原語だと 'and we have the identification definitive of the dead man down to the scar behind his left ear. (そして被害者の素性について寄せられた、左耳の後ろの傷に至るまではっきりした証言) A gentleman who apparently was seen in the hotel with Mademoiselle Sheila Webb. (マドモワゼル・シーラ・ウェブとホテルで一緒だったのを見られたらしい紳士) A man who preyed on women who are vulnerable. (傷つきやすい女性を食いものにする男)' という「事実」の列挙で、「なぞの男」と「ホテルで、マドモワゼル・シーラ・ウェブと一緒のところを見られた女性の敵だった男」を必ずしも同一視していないだけでなく、「ホテルで、マドモワゼル・シーラ・ウェブと一緒のところを見られた〔男〕」と「女性の敵だった男」も各々独立した「事実」である。
「字が血で書かれてなくてよかったですよ」という台詞をどこかで聞いたと言ったポワロに対し、日本語だとコリンが「ああ、三文スリラー小説?」と言うが、原語では 'A cheap thriller on the stage? (舞台の三文スリラー?)' という台詞で、そのために冒頭の舞台の回想につながる。
ノラがヒールを引っかけたのは、解決篇の映像によれば彼女の言うような「マンホール」ではない。「マンホール」に対応する原語 grate は、排水口などの上にかぶせる金属の格子のこと。
審問のあとに警部を呼び止めようとしたノラとジェンキンズ巡査のやりとりは、「でも彼女は…… (But I don't see how what she said...)」「署へ、お願いします (Yes, thank you, madam.)」「彼女は本当のこと話してないわ! (What she said couldn't possibly be true!)」というやりとりだったが、謎解きのなかでの回想では「彼女は本当のことを話してないわ (I don't see how what she said could be true!)」「署へ、お願いします (Yes, thank you, madam.)」「彼女が審問で言ったことは嘘なんです! (What she said couldn't possibly be true!)」と変わる。また、横を当のミス・マーティンデールが通りすぎたことに気づくノラの狼狽が、謎解きのなかではよりはっきりした様子になっている。
シーラに罪をかぶせる計画についてブランド夫人が「自分の会社に所属する秘書に、うってつけの子がいる〔とミス・マーティンデールが言っていた〕」と言った台詞は、原語だと 'there was a young tart at the bureau who no one would miss (紹介所にあばずれがいて、いなくなっても誰も悲しまないから)' という、シーラへの敵意ないしは軽蔑をより強く表したものになっており、そのためにそれを聞いたシーラが強いショックを受けた表情をミス・マーティンデールに向けている。また、海岸でシーラがコリンに「わたしに〔恋人になれる〕資格はあるかしら?」と言ったところも、原語だと 'She must have hated me so much. (彼女はわたしをとても強く憎んでいたのね)' という台詞で、知らないうちにミス・マーティンデールから向けられていた悪意に受けたショックを引きずったものだった。
冒頭でポワロが観劇しているオリヴァ夫人作の芝居「善きサマリア人 (The Good Samaritan)」はドラマオリジナルの設定。男性の方の登場人物が、オリヴァ夫人の擁する名探偵スヴェン・ヤルセンで、顎鬚という外見的特徴や、フィンランド人なのにスウェーデン人と間違えられるところなどにポワロとの対比が見える。クリスティー自身も劇作には熱心で、ポワロものの小説も多数舞台化しているが、そのすべてでポワロは登場人物からはずされてしまっており、クリスティー自身の手によるポワロものの戯曲は、原作となる小説がない『ブラック・コーヒー』のみとなった。
ドーバーが舞台となるのは「誘拐された総理大臣」以来。ドーバー城やセント・マーガレッツ・ベイが現地として撮影に使われているほか、ウォータールー・クレセントのチャーチル・ホテル(当時)がキャッスル・ホテルとして登場する。このチャーチル・ホテルは「誘拐された総理大臣」でホテルとして使われた港湾局の建物の隣にあたり、カットのあった「名探偵ポワロ」オリジナル版でも、画面奥に映っているのを垣間見られた(そのさらに奥にはドーバー城のシルエットも)。一方、劇中ではドーバーということになっているいくつかの場面はロンドン周辺で撮影されており、ウィルブラハム・クレセントのロケ地はロンドンのソーンヒル・クレセント、カベンディッシュ秘書紹介所やミス・ペブマーシュが勤めるライト氏の写真館があるウェストポート・パレードは「エッジウェア卿の死」でペニーの帽子店があったデュークス・ロード。警察署のオフィスは、ポワロの住むホワイトヘイブン・マンションことフローリン・コートのすぐ近く、セント・ジョン・ストリートにあるファーミロー・ビルディング内である。この建物は、ジュリア・マッケンジー主演「ミス・マープル5」の「蒼ざめた馬」では、ブラッドリーや消費者調査会社のオフィスがあった。フィオナがアナベルに見つかって逃げたり、ハードカッスル警部たちがマリーナ・ライバルを追っていったりしたのは、「第三の女」でオリヴァ夫人が入り込んだり、サー・ロデリックがタクシーに乗ったりしたテンプル地区で、マバットの勤めるアームストロング・オードナンスも、テンプル・チャーチ東のキングズ・ベンチ・ウォークで撮影された。このキングズ・ベンチ・ウォークも、前述の「蒼ざめた馬」でロンドン警視庁やデービス夫人の家の前として撮影に使われている。冒頭ポワロが「善きサマリア人」を観劇しているのは「マギンティ夫人は死んだ」のキルチェスター劇場ことリッチモンド劇場内部で、「ダベンハイム失そう事件」ではポワロたちがここでマジックショーを観たほか、その舞台にはスーシェ自身も何度も立ったことがある。ハードカッスル警部おすすめのパブのトラベラーズ・インも実際にはリッチモンド劇場に間近いサン・インで、警部がマリーナに会いにパブへ入ってくる場面で入り口のドアのガラスをよく見ると、トラベラーズ・インではなく THE SUN INN (サン・イン) と書かれているのが見える。審問がひらかれたのはサリー州庁舎内で、「杉の柩」のエリノアや「五匹の子豚」のキャロラインの裁判がひらかれた法廷も同所。
原作のコリンは『ゼロ時間へ』などで活躍するバトル警視の息子と言われるが、原作の記述では父親はただ「警視」とだけで具体的な名前は明示されていなかった。「名探偵ポワロ」では「ひらいたトランプ」でバトル警視がウィーラー警視に置き換えられたためか、「ナイルに死す」に登場したレイス大佐の息子ということになっている。ちなみに、コリンを演じるトム・バーク自身の父親は「ヒッコリー・ロードの殺人」でスタンリー卿を演じたデビッド・バークで、母親は「葬儀を終えて」でモード・アバネシーを演じたアンナ・コルダー・マーシャルである。
舞台でスヴェン・ヤルセンが言うフィンランド語の「プナ・シリ (puna silli)」は英語に直訳すれば red helling (赤いニシン) で、これは「本来の目的や真相から人の注意をそらすもの」という意味を持つ英語の慣用句であることから「攪乱」という日本語になる。また、芝居「善きサマリア人」について、ポワロがコリンに「原作者が友人でね」と言うが、原語ではこれに対応する意味の発言はしていない。おそらくは吹替の尺あわせとして無難な台詞を挿入しようとしたと思われるが、劇場のポスターには「脚本 アリアドニ・オリヴァ」と書かれており、「原作」ではなくオリヴァ夫人が戯曲を直接執筆していることと矛盾してしまった。
シーラがウィルブラハム・クレセントへやってきた際、歩道の端のスロープに点字ブロックが見えるが、イギリスでこうした点字ブロックが設置されるようになったのは1990年代以降のことで、劇中の時代には合わない。また、建物の煉瓦部分に見える白い四角は、現代の警報器を隠したもの。シーラが19番地にさしかかる場面では、この警報器隠しに煉瓦模様がつけられているが、色合いや目地のつながりが周囲とそろっていないので、やはり見てすぐにわかる。19番地の玄関のドアの上にある小さな白い箱や、明かり採りの上にあるもうすこし大きな白い箱も、現代の監視カメラや照明を隠したもの。一方、ドアの横の壁に四角く色がちがって見える部分があるのは、元からそこに通気用と見られる穴が細かく空いているためである。
コリンが「ぼくは…… MI6 なんです」と自己紹介し、ポワロもその意を汲み取る場面があるが、イギリスの秘密情報部 (Secret Intelligence Service) を便宜置籍的に MI6 と呼ぶ用例が見られるようになったのは第二次大戦初期のこととされ[1]、ぎりぎり時代に合わない。なお、 MI6 とは Military Intelligence, Section 6 (諜報部第6課) の意味で、国内の治安維持を目的とする MI5 (保安局) に対し、国外の案件を担当する。小説や映画の〈007〉シリーズの主人公、ジェームス・ボンドが所属する設定となっているのもここ。
コリンとシーラの出会いは、シーラが「たすけてください!」と駆け出してきたのにコリンが「どうしました?」と訊き、いくつかのやりとりのあと「お願い、たすけて」「大丈夫、ぼくに任せて」という会話に至っていたが、そのあとにコリンがシーラを信用する理由を説明する際の回想では、シーラが「たすけてください、お願い!」と駆け出してきたのに対し、コリンがすぐ「大丈夫、ぼくに任せて」と言っている。
警察署のボードに貼られたウィルブラハム・クレセントの見取り図では、右半分の内側に12番地から27番地の16軒の家が並び、ペブマーシュ宅は左から8軒目の19番地ということになっているが、撮影がおこなわれたソーンヒル・クレセントには15軒しかなく、ペブマーシュ宅として使われた家は左から数えて6軒目である。
海辺でポワロがコリンからアイスクリームを勧められて断る場面があるが、「エンドハウスの怪事件」ではヘイスティングスからアイスクリームをもらえず、むしろすねてみせていたはずである。また、トラベラーズ・インでポワロがカクテルのメニューを求めるが、「三幕の殺人」では「わたしはカクテルよりシェリーが好きでしてね」と言っていたはずである。
ヘミングス夫人がミス・ペブマーシュのことを「もし彼女が猫だったら、あのT・S・エリオットも、おそらくたじたじでしょうね」と評した台詞に出てくるT・S・エリオットは英国の詩人・批評家。原語では 'I think if she were a cat, she'd be one of T. S. Eliot's practical cats, don't you?' という表現で、これはミュージカル「キャッツ」の原作となった詩集 Old Possum's Book of Practical Cats の題名を踏まえたものであって、いわばミス・ペブマーシュは「キャッツ」の一員として登場しそうな個性だということ。なお、エリオットのつづりは Eliot なので、 T. S. Eliot を逆からつづると toilest になる。「トイレット」のつづりは toilet である。
ジョー・ブランドの「切り裂きジャックのような連続殺人事件の記事を読むたびに思っていたんですよ」という台詞で言及される〈切り裂きジャック (Jack the Ripper)〉とは、すくなくとも1888年に5人の女性を殺害した連続猟奇殺人犯。また、その原語 'You read about these murders, don't you, Jack the Ripper, Brides-in-the-Bath Smith.' でのみ言及される Brides-in-the-Bath Smith とは、1910年頃、複数の妻を浴槽で溺死させたジョージ・ジョセフ・スミスのこと。
ブランド夫妻のなれそめの「ドーバーのミカドという芝居」は、「ドーバーのミカド」という題名ではなく、ドーバーで上演された「ミカド」の意。この「ミカド」は、日本が舞台であるという体裁で初演当時のイギリスを風刺した喜歌劇である。
最初の事件の日にノラが言っていた話は、原語だと 'I stunt off to lunch, and the heel snaps in a grate like a twig in a storm.' で同じだが、日本語だと「なのにマンホールの蓋の穴にヒールがはまっちゃって」だったものが、回想シーンでは「ランチに行こうとしたらヒールがマンホールの蓋に引っかかってもげたの」に変わる。
ノラが以前清書した性愛物語に公開処刑のシーンが出てきたのは、「性愛物語」の原語 bodice ripper が、歴史的な舞台設定を持つ、女性向けの性愛小説を指すためである。
キャッスル・ホテルに予約を取ったポワロが「メルシー、ア・ビアンドゥー」と言って電話を切るが、原語は « Merci, a bientôt. (どうも、ではまた) » で、 bientôt は /bjε̃to/ と発音し、カタカナにすれば「ビヤントー」に近い。
ノラの遺体を見つけた所員の女性がミス・マーティンデールを連れていく際に言う台詞は、日本語だと「電話をかけようとして、電話ボックスに近づいてドアを開けようとしたら中に……」だが、原語は 'We were just walking past when we just looked inside the box and there she was... (電話ボックスの横を通りすがりにふと中を見たら彼女が……)' と言っており、別に電話をかけようとしてはいなかった。
ミス・ペブマーシュは「わたしは従軍看護婦として、終戦後、ここ〔ドーバー〕へ来ました」と言うが、原語だと 'I volunteered for service after I lost them, and then after the war came here. (わたしは息子を亡くしたあと志願して従軍し、終戦後にここへ来ました)' と言っており、ドーバーへ来たことと従軍に直接の関係はない。実際、ミス・ペブマーシュが失明の経緯を説明した際の「大戦のさなか、運転していた救護車両の近くで砲弾が破裂し、一時的に失明しました」という台詞は、原語だと 'I drove an ambulance in your neck of the woods during the war, monsieur, and was temporarily blinded by the blast of a shell. (あなたのお国で救護車両を運転していて、砲弾の破裂で一時的に失明しました)' と言っており、彼女の従軍先はフランスと思われる(第一次大戦のイギリス軍が参加した戦線は主としてフランスに展開されており、ミス・ペブマーシュはポワロをフランス人と誤解して発言したと思われる)。
マバットの娘たちが庭で見つけたコインの金額「2ポンド6ペンス」は原語だと 'About two and six.' で、これは「だいたい2シリング6ペンス」。なお、6という値は「だいたい (about)」とつけるには中途半端に見えるかもしれないが、1シリングは12ペンスなので、要は「2シリング半くらい」ということ。
マバットの娘のジェニーを演じたイザベラ・パリスは、ジェラルディン・マクイーワンおよびジュリア・マッケンジー主演の「ミス・マープル」シリーズに、「バートラム・ホテルにて」での少女時代のミス・マープル役と、「鏡は横にひび割れて」冒頭の劇中映画内のマリー・テレーズ役で二度出演。舞台上のスヴェン・ヤルセン役を演じたアンドリュー・ヘイヴィルは、デビッド・ウォリアムズとジェシカ・レイン主演の「トミーとタペンス ―2人で探偵を―」シリーズ「秘密機関」ではジェームズ・ピール役を、トビー・ジョーンズ主演の「検察側の証人」ではクリフォード・スターリング弁護士役を演じている。また、ベネディクト・カンバーバッチ主演「シャーロック2」の「ベルグレービアの醜聞」でも王室の侍従役を演じ、舞台でスヴェンの相手をしたスウィンバーン夫人役のヴィクトリア・ウィックスは、同「シャーロック」の「ピンク色の研究」にマーガレット・パターソン役で出演。ミス・ペブマーシュ役のアンナ・マッセイは、ジョン・ネトルズ主演の「バーナビー警部」シリーズ「小説は血のささやき」のオノーリア・リディアード役で見ることができるほか、 BBC 制作の Agatha Christie: A Life in Pictures では老年のクリスティーを演じた。「バーナビー警部」シリーズには、バレリー・ブランド役のテッサ・ピーク=ジョーンズも、「愛する人のためならば」のサラ・ロートン役で出演している。ヘミングス夫人役のビーティ・エドニーは「スタイルズ荘の怪事件」のメアリ・カベンディッシュ役、マリーナ・ライバル役のフランシス・バーバーは「ベールをかけた女」の〈ベールをかけた女〉役以来の再出演。ただし、ビーティ・エドニーの吹替は幸田直子さんから斉藤貴美子さんへ、フランシス・バーバーの吹替は小原乃梨子さんから堀越真己さんへ交代している。ハムリング副提督を演じるジェフリー・パーマーは、本作品の演出を務めたチャールズ・パーマーの父である。
ハードカッスル警部の吹替を担当した浦山迅さんは、ショーン・エヴァンス主演「刑事モース」の「呪われた病棟」に、ポワロの執事のジョージを演じるデビッド・イェランドがマーリン・チャブ卿役で出演した際に、その吹替も担当している。
ポワロがハムリング提督に「彼の参加は実に幸運なことだ」と言われて会釈する際「あは」と声を出したり、キャッスル・ホテルの部屋で鏡に向かいながら息をつく音が聞こえたりするのは日本語音声のみ。
冒頭のタイトルバックで流れている曲は Kiss a Dream 。また、コリンとシーラの逢瀬の場面で流れているのは、「青列車の秘密」の、ヴィラ・マルゲリータでのパーティー前の場面で劇伴として使われていた曲である。
事件解決の日にミス・マーティンデールが着ているエメラルドグリーンのスーツは、「あなたの庭はどんな庭?」でチャーマンズ・グリーンに出かけたミス・レモンが着ていたのと(スカーフはないけれど)同じ服。また、〈複数の時計〉のひとつである銀の旅行用の時計は、ビル・ナイ主演「無実はさいなむ」でもレイチェルの机に置かれていた。
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最初の訪問時、ジョー・ブランドが「そりゃあ車の運転くらいはときどきしますがね」と言った台詞は、原語だと 'I've still got the van just to keep my hand in, (ただ手許に置いておこうとバンはまだ持っていますがね)' という表現で、これは事件当日にミス・ペブマーシュの家の前に駐められていた洗濯屋のバンが彼のものである可能性を示す伏線である。
ウォーターハウス兄妹が実はドイツ人であることは、日本語音声だと終盤のコリンの台詞によって明らかになるが、原語音声だと審問当日の朝に二人がドイツ語で会話することで示唆されている。また、二人がドイツ人だと見抜いた根拠を、日本語ではマシューの「この通りは静かなので気に入ってもいるんです」という発言を取り上げ、「必要もないのに文の途中に『も』が入る」からだとポワロが説明するが、原語ではマシューの 'We like this street because it's quiet also. (この通りは静かでもあるので気に入っているんです)' という発言に対し、 'The use of the word "also" at the end of the sentence. (also という単語を文の最後に置く使い方)' と指摘している。ドイツ語には英語の too や also に相当する単語が auch しかなく、ドイツ語を母語とする英語話者が両者をしばしば混同して、 too の位置で also を用いてしまうのは典型的な間違いとされる。
ミス・ペブマーシュが「心の傷は癒えません。この平和がつづかなければ、また若者たちが戦争の犠牲となり、こうして……写真だけが親の元に返ってくる」と言った台詞は、原語だと 'And it pains me to think, monsieur, that if this peace does not hold there will soon be another generation of boys in these files, who send photos back to their parents, but never get home. (もしこの平和がつづかなければすぐに、ここのファイルに次の世代の若者たちが載ることになって、親元に写真だけを送り返し、帰ってこないでしょう。そう考えると心が痛むんです)' と言っており、心の痛みは過去ではなく未来の予想から来るものである。
写真館でポワロが目的の写真をすみやかに見つけて言った「実に楽でした」は、原語だと 'Luck, it has struck. (運がよかったんです)' という表現で、これはジョー・ブランドが運の良し悪しについて力説していたときの表現を受けたもの。のちにわかるように、このときのポワロは本当はブランド夫妻とミス・マーティンデールの写真を探しており、そのためにブランドの言いまわしが口をついたのだろう。
マバットとペブマーシュが庭で話をしていた場面で、ポワロが「事件のあった日の夜……」と言うが、映像では明らかに日が差している。「夜」の原語は evening (晩) で、劇中の季節は初夏なので日没は午後9時頃になる。
ポワロがマバットに「独裁者支配の何たるかは経験した者にしかわからない」と言う台詞は、原語だと 'Monsieur, you have not seen your country overrun by foreign tyranny. I have. (ムッシュウ、あなたは祖国が外国の横暴によって踏みにじられるのを目にしたことはないでしょう。私はあります)' という表現で、これは独裁者支配というより、他国による自国の蹂躙を言っている。実際、ポワロが経験したのは第一次大戦でのドイツ軍侵攻で、当時「独裁者」はまだ台頭していない。
被害者について、謎解きのなかでポワロが「なぞの男の身許は左耳の後ろの傷によって割れました。それはホテルで、マドモワゼル・シーラ・ウェブと一緒のところを見られた女性の敵だった男です」と言うが、ブランドの目撃証言はホテルでの聞き込みで裏付けられず、またマリーナの証言とつながるものでもなかった。これは原語だと 'and we have the identification definitive of the dead man down to the scar behind his left ear. (そして被害者の素性について寄せられた、左耳の後ろの傷に至るまではっきりした証言) A gentleman who apparently was seen in the hotel with Mademoiselle Sheila Webb. (マドモワゼル・シーラ・ウェブとホテルで一緒だったのを見られたらしい紳士) A man who preyed on women who are vulnerable. (傷つきやすい女性を食いものにする男)' という「事実」の列挙で、「なぞの男」と「ホテルで、マドモワゼル・シーラ・ウェブと一緒のところを見られた女性の敵だった男」を必ずしも同一視していないだけでなく、「ホテルで、マドモワゼル・シーラ・ウェブと一緒のところを見られた〔男〕」と「女性の敵だった男」も各々独立した「事実」である。
「字が血で書かれてなくてよかったですよ」という台詞をどこかで聞いたと言ったポワロに対し、日本語だとコリンが「ああ、三文スリラー小説?」と言うが、原語では 'A cheap thriller on the stage? (舞台の三文スリラー?)' という台詞で、そのために冒頭の舞台の回想につながる。
ノラがヒールを引っかけたのは、解決篇の映像によれば彼女の言うような「マンホール」ではない。「マンホール」に対応する原語 grate は、排水口などの上にかぶせる金属の格子のこと。
審問のあとに警部を呼び止めようとしたノラとジェンキンズ巡査のやりとりは、「でも彼女は…… (But I don't see how what she said...)」「署へ、お願いします (Yes, thank you, madam.)」「彼女は本当のこと話してないわ! (What she said couldn't possibly be true!)」というやりとりだったが、謎解きのなかでの回想では「彼女は本当のことを話してないわ (I don't see how what she said could be true!)」「署へ、お願いします (Yes, thank you, madam.)」「彼女が審問で言ったことは嘘なんです! (What she said couldn't possibly be true!)」と変わる。また、横を当のミス・マーティンデールが通りすぎたことに気づくノラの狼狽が、謎解きのなかではよりはっきりした様子になっている。
シーラに罪をかぶせる計画についてブランド夫人が「自分の会社に所属する秘書に、うってつけの子がいる〔とミス・マーティンデールが言っていた〕」と言った台詞は、原語だと 'there was a young tart at the bureau who no one would miss (紹介所にあばずれがいて、いなくなっても誰も悲しまないから)' という、シーラへの敵意ないしは軽蔑をより強く表したものになっており、そのためにそれを聞いたシーラが強いショックを受けた表情をミス・マーティンデールに向けている。また、海岸でシーラがコリンに「わたしに〔恋人になれる〕資格はあるかしら?」と言ったところも、原語だと 'She must have hated me so much. (彼女はわたしをとても強く憎んでいたのね)' という台詞で、知らないうちにミス・マーティンデールから向けられていた悪意に受けたショックを引きずったものだった。
ロケ地写真
カットされた場面
なし
映像ソフト
- [DVD] 「名探偵ポワロ 44 複数の時計」(字幕・吹替) ハピネット・ピクチャーズ※1
- [DVD] 「名探偵ポワロ DVDコレクション 56 複数の時計」(字幕・吹替) デアゴスティーニ・ジャパン※2
- ※1 「名探偵ポワロ NEW SEASON DVD-BOX 4」に収録
- ※2 吹替は大塚智則さん主演の新録で、映像もイギリスで販売されているDVDと同じバリエーションを使用