アクロイド殺人事件 The Murder of Roger Ackroyd
放送履歴
日本
オリジナル版(99分00秒)
- 2000年12月30日 15時40分〜 (NHK総合)
- 2002年07月28日 13時00分〜 (NHK総合)
- 2003年08月17日 15時05分〜 (NHK総合)
ハイビジョンリマスター版(99分30秒)
- 2016年09月10日 15時00分〜 (NHK BSプレミアム)※1
- 2017年02月15日 16時00分〜 (NHK BSプレミアム)
- 2021年03月27日 16時20分〜 (NHK BSプレミアム)
- 2021年12月13日 09時00分〜 (NHK BS4K)
- 2023年04月26日 21時00分〜 (NHK BSプレミアム・BS4K)※2
- ※1 エンディング前半の画面上部に次回の放送時間案内の字幕表示(帯付き)あり
- ※2 BSプレミアムでの放送は、オープニング冒頭の画面左上にBS4K同時放送のアイコン表示あり
海外
- 2000年01月02日 (英・ITV)
原作
邦訳
- 『アクロイド殺し』 クリスティー文庫 羽田詩津子訳
- 『アクロイド殺し』 ハヤカワミステリ文庫 田村隆一訳
- 『アクロイド殺害事件』 創元推理文庫 大久保康雄訳
- 『アクロイド殺人事件』 新潮文庫 中村能三訳
原書
- The Murder of Roger Ackroyd, Collins, June 1926 (UK)
- The Murder of Roger Ackroyd, Dodd Mead, 19 June 1926 (USA)
オープニングクレジット
日本
オリジナル版
海外ドラマ // 名探偵ポワロ / AGATHA CHRISTIE'S POIROT / アクロイド殺人事件 // DAVID SUCHET / PHILIP JACKSON / THE MURDER OF ROGER ACKROYD / Based on the novel by AGATHA CHRISTIE / Dramatized by CLIVE EXTON
ハイビジョンリマスター版
名探偵ポワロ / DAVID SUCHET / AGATHA CHRISTIE'S POIROT / アクロイド殺人事件 // DAVID SUCHET / PHILIP JACKSON / THE MURDER OF ROGER ACKROYD / Based on the novel by AGATHA CHRISTIE / Dramatized by CLIVE EXTON
エンディングクレジット
日本
オリジナル版
原 作 アガサ・クリスティー 脚 本 クライブ・エクストン 演 出 アンドリュー・グリーブ 制 作 カーニバル・フィルム(イギリス 1999年) / 出 演 ポワロ(デビッド・スーシェ) 熊倉 一雄 ジャップ警部(フィリップ・ジャクソン) 坂口 芳貞 ドクター・シェパード 中村 正 ロジャー・アクロイド 稲垣 隆史 キャロライン 谷 育子 ヴェラ 吉野 佳子 フローラ 名越 志保 ラルフ 大滝 寛 アーシュラ 渡辺 美佐 レイモンド 納谷 六朗 パーカー 斎藤 志郎 デイビス 森田 順平 麻志奈 純子 姉崎 公美 楠見 尚己 安井 邦彦 くわはら利晃 清水 敏孝 小林 沙苗 / 日本語版スタッフ 宇津木 道子 金谷 和美 南部 満治 浅見 盛康 佐藤 敏夫
ハイビジョンリマスター版
原作 アガサ・クリスティー 脚本 クライブ・エクストン 演出 アンドリュー・グリーブ 制作 カーニバル・フィルム (イギリス) / 出演 ポワロ(デビッド・スーシェ) 熊倉 一雄 ジャップ警部(フィリップ・ジャクソン) 坂口 芳貞 ドクター・シェパード 中村 正 ロジャー・アクロイド 稲垣 隆史 キャロライン 谷 育子 ヴェラ 吉野 由志子 フローラ 名越 志保 ラルフ 大滝 寛 アーシュラ 渡辺 美佐 レイモンド 納谷 六朗 パーカー 斎藤 志郎 デイビス 森田 順平 松村 彦次郎 麻志那 恂子 姉崎 公美 楠見 尚己 安井 邦彦 くわはら 利晃 清水 敏孝 小林 沙苗 日本語版スタッフ 翻訳 宇津木 道子 演出 佐藤 敏夫 音声 金谷 和美 プロデューサー 里口 千
海外
オリジナル版
Director: ANDREW GRIEVE / Producer: BRIAN EASTMAN / For A&E Television Networks; Exective Producer: DELIA FINE; Supervising Producer: KRIS SLAVA / Director of Photography CHRIS O'DELL; Production Designer: ROB HARRIS; Costume Designer: CHARLOTTE HOLDICH; Make-up: PAM MEAGER / Music: CHRISTOPHER GUNNING; Editor: FRANK WEBB; Sound Recordist: SANDY MACRAE; Associate Priducer: PETER HIDER / Poirot: DAVID SUCHET; Chief Inspector Japp: PHILIP JACKSON; Dr. Sheppard: OLIVER FORD DAVIES; Roger Ackroyd: MALCOLM TERRIS; Caroline Sheppard: SELINA CADELL; Ursula Bourne: DAISY BEAUMONT / Flora Ackroyd: FLORA MONTGOMERY; Geoffrey Raymond: NIGEL COOKE; Ralph Paton: JAMIE BAMBER; Parker: ROGER FROST; Mrs. Ackroyd: VIVIEN HEILBRON; Inspector Davis: GREGOR TRUTER / Mrs. Ferrars: ROSALIND BAILEY; Mrs. Folliott: LIZ KETTLE; Hammond: CHRLES SIMON; Constable Jones: CHARLES EARLY; Landlord: GRAHAM CHINN; Naval Officer: CLIVE BRUNT; Mary: ALICE HART; Postman: PHILIP WRIGLEY; Ted: PHIL ATKINSON / (中略)Casting: ANNE HENDERSON; 1st Assistant: DAVID MACDONALD; 2nd Assistant: DAN TOLOND; 3rd Assistant: CHRIS HIDER; Script Supervisor: SUZANNE CLEGG; Locations: JOEL HOLMES; Unit Manager: NICK GIRVAN; Co-ordinator: DAWN MORTIMER; Accounts: JEFFREY BROOM, JEFFREY BRUCE; Scretary: TRACEY NICHOLLS / Camera Operator: JAMIE HARCOURT; Focus Puller: DAVE HEDGES; Loader: LORRAINE LUKE; Grip: RICKY HALL; Boom Operator: MIKE REARDON; Gaffer: VINCE GODDARD; Art Director: KATIE BUCKLEY; Set Dresser: TINA JONES; Buyer: KATIE LEE; Property Master: MICKY LENNON; Make-up Artists: SARAH GRUNDY, KATE HODGSON; Wardrobe: LEZLI EVERITT, STEVEN KIRKBY; Construction: DAVE CHANNON; Stunts: RICHARD HAMMATT; Post Production: BRUCE EVERETT; Assistant Editor: TONY TROMP; Sound Editing: SARAH MORTON, OLIVER TARNEY; Dubbing Mixer: IAN TAPP / CARNIVAL FILMS in association with A&E TELEVISION NETWORKS and AGATHA CHRISTIE LTD with the co-operation of THE ESTATE OF MICHAEL MORTON※ © Carnival Films MCMXCIX
- ※ with 以降は短縮オープニング版のみの記載
あらすじ
都会の邪悪さに嫌気を覚えたポワロはキングズ・アボットという田舎の村に引退し、庭仕事に精を出す日々。ところがそんなポワロの思いとは裏腹に、そこでも殺人事件は起こった。懐かしいジャップ警部とも再会し、ポワロの心はかつての仕事を思って揺れる……
事件発生時期
1936年3月中旬?
主要登場人物
エルキュール・ポワロ | 私立探偵 |
ジェームス・ジャップ | スコットランド・ヤード主任警部 |
ジェームズ・シェパード | 医師、ポワロの隣人 |
キャロライン・シェパード | ドクター・シェパードの妹、愛称キャロ |
ロジャー・アクロイド | アクロイド化学社長、ポワロの友人 |
ヴェラ・アクロイド | ロジャーの義妹 |
フローラ・アクロイド | ヴェラの娘 |
ラルフ・ペイトン | ロジャーの養子 |
ジェフリー・レイモンド | アクロイドの秘書 |
パーカー | アクロイド家の執事 |
アーシュラ・ボーン | アクロイド家の小間使 |
ハモンド | アクロイド家の弁護士 |
ドロシー・ファラーズ | アクロイドの友人、未亡人、愛称ドティ |
デイビス | 警部補 |
解説、みたいなもの
それまでほぼ毎年コンスタントに制作されてきた前シリーズから5年のブランクをおき、ついに制作が再開された新シリーズの1作目(1993年も制作がなかったが、これはスーシェの舞台出演スケジュールとのバッティングによるもので、制作の意向はあった[1])。原作だと「ビッグ・フォー」事件の解決を契機としていたポワロの引退を、ドラマではこの現実のブランクに重ねており、今回のエピソードではその引退先の村で起こった殺人事件をきっかけに、ポワロが現役復帰を決意するまでを描く。前シリーズまで制作局を務めてきた英 LWT は1997年に新作の制作打ち切りを決定しており[2]、制作局は米 A&E に移った。一方、 LWT に代わり、今回から「名探偵ポワロ」のエンディングで制作としてクレジットされるようになったカーニバル・フィルムは、このドラマシリーズのプロデューサーであるブライアン・イーストマンが1978年に設立した制作会社で、近年ではドラマ「ダウントン・アビー」のヒットで知られる。 Agatha Christie's Poirot のエンディングには当初からずっとクレジットされているように(ただし、1990年前半まではピクチャー・パートナーシップ・プロダクション名義)、制作実務を手がける制作会社は続投である。日本では、これまでの全作品で演出を手がけてきた山田悦司さんが1996年初めに亡くなり、佐藤敏夫さんに引き継がれた。クレジットに使われるアールデコ風の欧文フォントも変更になっている。また、本作から撮影が 16:9 の画面比でおこなわれており、「名探偵ポワロ」オリジナル版は 4:3 の画面比で放送されたが、ハイビジョンリマスター版では本作から画面比が 16:9 に切り替わる。しかし、フィルム撮影ではなかったのか、ハイビジョンリマスター版でもややソフトな画質である。
原作は、1926年に発表され、その大胆な仕掛けによってクリスティーの名を一躍有名ならしめたと言われる代表作。この仕掛けをいかに映像化したかが見所の一つでもあるので、できればドラマを見るより前に原作を読んでおきたい。原作の登場人物のうち、アクロイド家の家政婦のミス・ラッセルと、同客人のブラント少佐がカットされたが、後者は一部ジェフリー・レイモンドがその代わりを務めている。第二の殺人がおこなわれるのはドラマオリジナルである。
引退したポワロが栽培している「トウガン」こと vegetable marrow はカボチャ属の野菜で、辞書では通例「ペポカボチャ」という訳語が載っており、市販の原作邦訳の多くでも「カボチャ」と訳されているが、映像に見られるように、実際には「ウリ」や「ズッキーニ」に近い特徴を持ち、果肉も白い。ただ日本の「トウガン」と違う点として、しばしば縞模様のある表皮を持つ。なお、果肉の黄色い「カボチャ」は、イギリスでは squash と呼ばれることが多い。
劇中の時期については、台詞などからアクロイド殺害が金曜日(ただし、日本語音声だと曜日が訳し落とされている台詞もある)、そして警察署内のカレンダーからその翌日が14日であることがわかる。また、のちに容疑者逮捕を報じる新聞の日付の月が M で始まっている。本作につづく「エッジウェア卿の死」が1936年5月からに設定されていることなども考えあわせると、劇中は1936年の3月 (March) だろうか。その前提で「30年も世の中の暗黒面に晒されつづけました」というポワロの述懐を聞くと、そのキャリアのスタートは1905年前後と考えられ、1913年の「チョコレートの箱」事件はキャリア8年目頃ということになる。一方、劇中が3月だとすると結婚指輪に刻まれた「3月13日」はアクロイド殺害当日の日付ということになり、その意味がもっと追及されないのは明らかに不自然である。なお、3月13日という銘は原作どおりだが、原作だとファラーズ夫人の死が9月16日から17日にかけての夜のことで、3月13日は約半年前だった。また、撮影は1999年の初夏におこなわれ[3]、藤やポピー、バラなどの花が咲いている様子が見られる。
事件翌日の捜査中にジャップ警部が「誰に訊いてもこの2週間晴天つづきだったというのに」と言うが、冒頭にパーカーの車がポワロの家の前までやってくる場面では地面が雨上がりのように濡れており、またそれ以外の場面でも日中はほぼ影が濃くなく、劇中はおおむね曇天と言える天気である。なお、冒頭でパーカーが車から降りてからの地面は濡れておらず、別のタイミングで撮影されたことが窺える。ほかに地面が濡れているのは、ラルフが滞在する〈ホワイト・ハート〉の前を車が通りすぎる場面などで、おそらくは俳優の出演が不要な場面が、雨上がりにまとめて撮影されたのだろう。また、ポワロが投げて砕けたトウガンを映す場面でも敷石が濡れているのだが、となると一緒に映っている足は代役のものであろうか。
キングズ・アボット村のポワロの家の壁には、ホワイトヘイブン・マンション56B号室で果物の鉢が置かれたサイドボードの上の壁にかけられていたのと同じ絵が飾られている。この絵は「チョコレートの箱」でのベルギー時代のポワロのアパートや、「スタイルズ荘の怪事件」でのスタイルズ・セント・メリー村の仮住まいにも飾られていた。ポワロとジャップ警部が以前のマンションの部屋を訪れる場面ではこの絵だけが壁からはずされており、ポワロが、ずっと一緒に暮らしてきたこの絵を選んで引退先へ持っていったことがわかる。また、ポワロのリビングの、ミス・レモンの仕事部屋とのあいだの窓の左側には、「あなたの庭はどんな庭?」以来、別の絵に替えられていたピカソの「ピアノ」がふたたび飾られており、また煖炉は側面のデザインが変わっている。一方、ファーンリー・パークの玄関近くの壁に掛かっている絵は、「死人の鏡」においてミス・リンガードが美術館で写真撮影をしていたのと同じ絵である。
原語音声において、ロンドンでの友人であるヘイスティングスやジャップ警部には名字で呼ぶ姿勢を崩さなかったポワロだが、キングズ・アボット村の友人たち、なかんずくドクター・シェパードに対しては頻繁にファーストネームで呼んでおり、ポワロが村での隠退生活で感じていた(あるいは、感じようと努力していた)親しみが端的に表現されている。またポワロの服装も、ロンドン在住時代には地方へ出かけるときにも決して着ることのなかった田舎風のスーツを当初は着用し、ステッキも素朴な木の質感を活かした支柱のものを使用しているが、後半ロンドンに出向いてからは村でも以前どおりの都会風のスーツを身につけ、ステッキもおなじみの白鳥の持ち手がついたものに持ち替えており、衣装の面からもポワロの心がかつての生活に戻っていることが演出されている。
ポワロが読む手記のなかにある「彼〔アクロイド〕に不正な富をもたらしている工場が、われわれの生活を要約している。発酵と混乱だ」という一節の「発酵と混乱」は、原語だと ferment and turmoil という表現で、 ferment は「発酵」のほかに「動乱」や「騒擾」の意味でも用いられ、要するに秩序のない、しっちゃかめっちゃかな状態だということ。
日本語だと一貫してラルフはアクロイドの「養子」となっているが、原語だとレイモンドなどが stepson (義理の息子) とも表現しており、原作どおり亡妻の前夫とのあいだの子である。しかし、なぜかドクター・シェパードは、謎解きの最中にアクロイドのことをラルフの uncle (おじ) と呼ぶ。
工場へラルフが訪ねてきたあと、一時ファーンリー・パークへ場面が移った際に時計が4時30分過ぎ(にしては短針がやや遅れている気もするけど)を指しているが、約束より早い10時過ぎに「今日は予定がいろいろおありで」とポワロを呼びに来たにしては、時間が経ちすぎに思われる。また、時刻が4時半ならすでに十分午後遅いので、アクロイドがファラーズ夫人に「午後遅くなるかもしれんが」と言うのも不自然である。
ラルフとの面会中に入ってきたレイモンドへアクロイドが「邪魔するなと言っておいたのを忘れたのか」と叱責するが、そのように言っておいた場面はない。一方、アクロイドが居間でフローラと話しているドクター・シェパードを見つけて「ああ、シェパード、すまん」と日本語で言った台詞は、原語だと 'Ah, Sheppard, there you are. (ああ、シェパード、ここだったか)' と言っているが、ドクターに「先に居間のほうに行っててくれ」と伝えたのは自分のはずである。その経緯を踏まえて日本語は台詞の意味を変えたのだろうか。
日本語音声で「警部補」と呼ばれる警察官が初登場。しかしその原語は Inspector で、「ABC殺人事件」のグレン警部などと同じ階級と見られる。対するジャップ警部は時折「主任警部」とも呼ばれるようにその階級は Chief Inspector で(ただし、約20年前が舞台の「スタイルズ荘の怪事件」ではまだ Inspector である)、これは Inspector の一つ上の階級に当たる。ただし、 Inspector はイギリスの警察組織で原則必ず設けられるのに対し、 Chief Inspector は組織の規模などに応じて追加的に設けられる階級で[4][5]、デイビス警部補が所属するような地方警察においては Inspector しか存在しない場合が多かったようだ。実際、このドラマシリーズにおいても、地方警察所属と見られ、かつ Chief Inspector と呼ばれる警察官は、「白昼の悪魔」のウェストン警部のみである。なお、その職務や職権を日本の警察組織に敷衍すると、本作のように Chief Inspector を「警部」、 Inspector を「警部補」とするのが近いとも言われるが、そのように訳すと追加的な階級である「警部」を基準として、常設の階級に指小辞的な「補」がつくことになる。
ポワロがドクター・シェパードのところへ時計を修理に持ってきたときの「わたしの旅時計です」「旅時計? ああ、骨董品ですな」というやりとりは、原語だと 'Ma pendule de voyage.' 'Pendule? Ah, a carriage clock. (ポンデュール? ああ、携帯時計ですな)' という会話で、ポワロのフランス語を解せなかったドクターが実物を見て了解したのであって、時計に対して「骨董品」という評価はしていない。
診療所を出ていった患者をキャロラインが「見慣れない方ね」と言ったのに対して、ドクター・シェパードが「ああ、飛び込みできたんだ」と応えた際に手にした硬貨を掲げて見せているのは、この台詞の原語が 'No, my dear sister, cash. (現金払いだよ)' となっているため。それが日本語のように意訳できるのは、かかりつけの患者であれば当時はつけ払いが通例であり、継続的でない関係の場合に現金払いがおこなわれたことによる。
デイビス警部補の「〔アクロイドを〕最後に見たのは何時頃でした?」という質問に対し、日本語ではポワロが「7時36分にこちらのお宅をお暇しました」と答えるが、ポワロがアクロイドと玄関へ出てきたときに大時計が指していたのはまだ7時半。原語のポワロの回答は 'We said goodbye at 7.36. I then went home. (7時36分に別れて、わたしは帰宅しました)' という表現で、アクロイドが「ちょっとポワロさんを送ってくるから」と言っていたように、ポワロがアクロイドを「最後に見た」のは、「こちらのお宅をお暇し」たあと、家の外で見送りを受けたときのことである。
アクロイド殺害後の手記に書かれた「この時点から真剣な策略が始まった」の「策略」に対応する原語は deception で、これははかりごと一般ではなく、事実でないことを信じさせる騙しや欺きを指す言葉である。そして、それにつづく「人々は自らの無実を主張し、あるいはほかの人を犯人と名指しし、こちらの動く余地はない」も、原語だと 'You could scarcely move for people protesting how innocent they were or pointing the finger of guilt at someone else. (自らの無実を主張し、あるいはほかの人間を犯人と名指しする人々でほとんど身動きが取れない)' という表現で、要するに、あらぬことを口々に言って嫌疑を免れようとする後ろめたい人間だらけだったということ。
レイモンドが言う録音機のセールスマンの名前は、原語だと Tuffnell (タフネル) だが、日本語だと「タウメル」と言っているように聞こえる。しかし、ハイビジョンリマスター版の切換式字幕では「タフネル」と表記されている。
アクロイド死去の晩に届けられた郵便のことを、パーカーが「夕方の郵便」と表現するが、その配達はすっかり日も暮れた21時に近い時刻だった。原語は the evening post で、 evening は「夕方」に限らず日没から就寝までの時間帯を指す。
「しかしその時刻、〔キングズ・アボット〕駅にはロンドンからの列車が到着し、別のホームからはリバプール行きが出てるんで」というジャップ警部の台詞があるが、キングズ・アボット駅の正確な所在は不明ながら、おおよその場合においてロンドンとリバプールは逆方向で、これでは両方同じ向きの列車になってしまう。「別のホーム」も原語だと the other (反対側) という表現でホームは2つしかなく、その点でも両方の列車の向きが同じなのは不自然である(単線を過密ダイヤで運行している可能性も完全には否定できないけど)。「ロンドンからの列車」の原語 the London train は、「プリマス行き急行列車」の原題も The Plymouth Express であるように、「ロンドン行き」の意味と受け取れる。
事件翌朝に村の全景が映る場面では、画面中央の木立の陰を白いバンのような車が走っているほか、画面右側に現代風のサンルーフのある屋根や自動車が見える(自動車はハイビジョンリマスター版でないと見切れているけれど)。また、ポワロの乗ったタクシーがロンドンの通りを右折する場面では、運転席の横の床に現代風のトランシーバーが置かれているのが見えるほか、車体には現代のパイロンやサインボードらしき赤や黄色の映り込みがある。一方、〈ホワイト・ハート〉の左端の破風の壁についていた現代の警報器は、壁と同じ色の箱をかぶせて目立たないように対処されているほか、ファーンリー・パークの居間のドア横の壁にある箱状のものも、何か現代の設備を隠したものと思われる。また、ポワロのマンションの、玄関のひさしの向かって左側の壁にある監視カメラは、その部分の映像をベージュ色の四角形で塗りつぶして隠されている。
ポワロが池から指輪をひろいあげる際、アップになった手や水面は曇天下のように見えるが、その前後では明らかに日が射している。また、その指輪をジャップ警部に渡したあと、上着に水を垂らして、しみを気にする場面では、まくり上げていた右の袖が下りてしまっているが、そのあと櫛と手鏡を取り出して口髭を整えるときには、また袖がまくり上がっている。
ジャップ警部がフィッシュ・アンド・チップスの食べ残しを新聞紙でくるんで投げ捨てた際、ごみ箱の縁に当たって床に落ちた紙玉はやけに軽そうで、中に食べ残しが入っているようには見えない。
ポワロとジャップ警部がハモンド弁護士と会食したレストランの赤い照明の台座は、「戦勝舞踏会事件」のコロッサス・ホールでもやはり照明の台座として使われていた。またここで、ラルフのロンドンのアパートを調べた警部が「〔ラルフは〕1週間は帰ってきませんね」と言った台詞は、原語だと 'Nobody's been there for a week. (1週間は誰もいませんでしたね)' という表現で、日本語は未来の予測に聞こえるが、原語は直近の過去への推察である。加えて、ハイビジョンリマスター版でジャップ警部がスパゲッティ・ミートソースを薦められて、「スパゲッティは駄目なんですよ (I don't like spaghetti.)」と応じるところは、日本語だと苦手という口ぶりだが原語はもうすこし直截な拒絶で、イギリス式朝食やフィッシュ・アンド・チップスなどの典型的なイギリスの大衆料理を好む警部にとって、マカロニやラビオリ同様、気取った外国料理としてまったく選択肢に入っていないニュアンスである。なお、イギリスでパスタが大衆に普及するのは、劇中よりあとの1950年代以降のことだった。
パトカーのなかでポワロとジャップ警部が新聞記事について話す場面では、ジャップ警部がアップのときには窓の向こうが森なのに、ポワロのアップに切り替わると家並みになる箇所がある。
謎解き前、ポワロが工場の社長室で皆を迎える準備をしているとき、工場内の時計が1時45分を指しているが、その後映る時計はすべて6時以降の時刻を指しており、従業員が退勤を始めていることに照らしても、6時過ぎが本来想定された時刻と考えられる。時計が1時45分を指している映像は、以前にジャップ警部と聞き込みに訪れた際にハモンド氏のところへ案内される場面として撮影されたものの使いまわしで、よく見ると階段を上るレイモンドがちらりと見える。
Agatha Christie's Poirot のクレジットの最後に名前があるマイケル・モートンは、1928年に本原作を「アリバイ」という題名で戯曲化した劇作家。このときにポワロを演じたのは、クリスティーの戯曲『検察側の証人』をビリー・ワイルダー監督で映画化した「情婦」の老弁護士サー・ウィルフレッド役でも知られるチャールズ・ロートンであった。
キングズ・アボット村の撮影が行われたのは〈イングランドいち美しい村〉と評されたこともあるウィルトシャーのカースル・クームで、ドラマ化にあたって〈スリー・ボアーズ〉から変更されたラルフの宿泊先〈ホワイト・ハート〉もこの村に実在のパブである。ただし、ポワロの家の外観は教会の東側にある家のものだが、トウガンを育てていた庭は教会の南側にある(教会の塔や屋根との位置関係でそれがわかる)。また、ドクター・シェパードの自宅兼診療所の内部は、サウス・オックスフォードシャーのロザフィールド・ペパードにあるペパード・コテージ内。ポワロの家の内部も、外から見たときには戸口を入ってすぐの右手にカーテンが見えるが、屋内の場面ではそれがなく、外観とは別の場所で撮影されたと見られる。アクロイド邸ファーンリー・パークとして撮影に使われたのはウェスト・バークシャーのキッツ・クロースという邸宅で、ここはジェラルディン・マクイーワン主演「ミス・マープル」シリーズで「スリーピング・マーダー」のドクター・ケネディの家としても使われているが、壁面の大時計が印象的な玄関周辺や、アクロイドの書斎内はおそらくスタジオ内セット。一方、アクロイドの化学工場として使われたのはミドルセックスのケンプトン・パーク近くにある元浄水場で、現在はケンプトン・スチーム・ミュージアムとして一般に公開されているが、その社長室もやはりセットと見られる。フォリオット夫人の家の前の通りはロンドンのゴードン・スクエアで、「雲をつかむ死」ではノーマンの家からジェーンの家に行く途中に同じ場所を通過していた。フリート街にある設定のニューズ・クロニクル社(当時のフリート街は新聞社や通信社が密集していたことで知られる)のエントランスが撮影されたのはブルームズベリ・スクエアのヴィクトリア・ハウス。ここは、ジュリア・マッケンジー主演「ミス・マープル4」の「ポケットにライ麦を」ではレックス・フォーテスキューの投資信託会社の社屋として使われている。
ドクター・シェパード役のオリバー・フォード・デイビスは、ジュリア・マッケンジー主演「ミス・マープル6」の「カリブ海の秘密」ではパルグレイブ少佐を演じている。また、キャロライン役のセリナ・カデルは、ジョーン・ヒクソン主演の「ミス・マープル」の一篇、「ポケットにライ麦を」のミス・ダブ役や、ジョン・ネトルズ主演の「バーナビー警部」の一篇、「森の蘭は死の香り」のフィリス・カデル役でも見ることができる。ハモンド弁護士役のチャールズ・サイモンも、同「バーナビー警部」の「古城の鐘は亡霊を呼ぶ」にマーカス・ラウリー役で出演。フォリオット夫人役のリズ・ケトルは、「キドリントンから消えた娘」を含むジョン・ソウ主演の「主任警部モース」シリーズに婦人警官役で出演(エリザベス・ケトル名義)。ヴェラ・アクロイド夫人役のヴィヴィアン・ヘイルブロンは、「スタイルズ荘の怪事件」でジョン・カベンディッシュ役を演じたデビッド・リントゥールの妻で、前夫は、ピーター・ユスチノフがポワロを演じたテレビドラマでヘイスティングスを演じたジョナサン・セシルである。
デイビス警部補の吹替を担当した森田順平さんは、マイケル・キッチン主演の「刑事フォイル」シリーズの一篇「反逆者の沈黙」では、「満潮に乗って」よりポワロの執事ジョージを演じるデビッド・イェランドの吹替を担当している。また、ラルフの吹替を担当した大滝寛さんは、2021年の舞台「検察側の証人」ではサー・ウィルフリッド役を演じている。一方、ハモンド弁護士の吹替は松村彦次郎さんの声だが、なぜかオリジナル版のキャストにはクレジットされていなかった。
ハイビジョンリマスター版の放送データに載っているあらすじでは、「〔ポワロは〕アクロイドの屋敷に招かれる。〔中略〕その後、〔中略〕ドロシー〔・ファラーズ夫人〕が遺体となって発見される」とあるが、ファラーズ夫人死去の前にポワロが招かれたのは、アクロイドの屋敷ではなく工場である。ただし、日本語音声だとアクロイドが工場でラルフに「このファーンリー・パークじゃ何が不都合だ」と言っているので、両者は同じ敷地内にあるのかもしれない。アクロイドの台詞は原語だと 'What's wrong with Fernly Park all of a sudden? (急にどうしてファーンリー・パークじゃ不都合になったんだ)' という表現で、現在地がファーンリー・パーク内であるニュアンスはない。
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キャロラインはクリスティーのお気に入りのキャラクターで、ミス・マープルの原型にもなったとされるが[6]、なぜかドクター・シェパードの8歳年上の姉から妹(と明確に言っているのは日本語だけだけど)に設定が変更されたほか、ドクターが物語の語り手でなくなったこともあって、その他の登場人物とおおよそ同等の扱いである。しかし、当初の脚本では犯人の手記を朗読するのはキャロラインで、そのナレーションも実際に収録された。ところが、映像に重ねてみると(キャロライン役のカデルの演技は決して悪いものでなかったにもかかわらず)それがうまく効果を上げなかったため、一時はナレーションをすべてはずすことも検討されたという。しかしその後、手記がポワロによって金庫から取り出されるというアイディアに至り、ポワロが朗読する現在の形になったそうである。[7]手記がポワロの手に渡るまでの過程やその演出、「犯人はどんな女、あるいは男でしょうか?」という犯人が女である可能性を強調したポワロの問いかけなどは、当初脚本の名残を感じさせる。また、キャロラインがジャップ警部へ紹介されて日本語で「はじめまして」と言ったところも、原語では 'How exciting. (わくわくするわ)' という表現で、そのあとのパーカーへ嫌疑を向けるような発言とともに、朗読者がキャロラインであればいっそう思わせぶりとなる物言いであった。
パーカーが殺害される場面では、なぜか車のナンバーがカットによって異なるものに変わるが、パーカーを轢き殺すカットで映っているほうのナンバーは、アクロイド殺害を告げる(ということになっている)電話を受けてドクター・シェパードがファーンリー・パークに駆けつけたときに乗っていた車と、ちゃんと同じナンバーである。
フローラがアクロイドの書斎から出てきたことを装った場面で、リアルタイムにはパーカーが「はあ、わかりました、お嬢様」と答えていたのが、フローラの自白中の回想だと「そうですか、わかりました、お嬢様」に変わるが、原語はいずれも 'Oh, very well, Miss Flora.' で同じ。両者の映像は別々に撮影し直されているようだが、いずれの場合でも、フローラが書斎から出てきたのでないことはパーカーに見えていそうである。
〈ペイトン夫人〉がラルフ逮捕の記事に目をやって新聞がアップになった際には新聞の端が折り返されているが、その後にポワロが動いてベッド上の新聞の上半分が見えた際にはきれいに畳まれた状態で置かれている。
〈ペイトン夫人〉との話を終えてもどってきたポワロにレイモンドが「今〔あなたを〕捜してたんです」と声をかけるが、ポワロたちがアーシュラに会いに行っていたことは、その前のレイモンド自身との会話から自然と推測できるはずで、彼がアーシュラの部屋のほうへ捜しに来なかったのは不自然に思われる。ポワロから使用人のように帽子とステッキを託されたことのショックと「てんやわんや」のせいで、会話の記憶が吹き飛んでしまったのかしらん。
〈スミス氏〉を見つけたポワロが、日本語だと「ああ、スミスさんですね? たぶんここだろうと思いました」と言うが、直前の電話で〈スミス氏〉のことを聞いて出向いたと思われるにしては確信度合いの乏しい表現に聞こえ、また実際には顔見知りのラルフにかける言葉としても少々不自然である。原語は 'Ah, Mr Smith. I thought I would find you here. (ああ、スミスさん。ここに来れば見つかると思いましたよ)' という表現で、相手が〈スミス氏〉であることを確認するニュアンスはなく、「たぶん」に対応する不確実さを表す表現もない。
謎解きの途中、ラルフの行方についてポワロが「あるいは田舎へ逃げたか?」と言うが、キングズ・アボット村がそもそも田舎である。原語は 'He has fled the country, perhaps? (あるいは国外へ逃げたか?)' という表現で、ここでの country は「田舎」ではなく「国」の意味であって、すなわちイギリス(イングランド)のことであり、また flee (fled はその過去形である) は「~へ逃げる」ではなく「~から逃げる」の意味である。
謎解きの途中の回想では、アクロイドがファラーズ夫人からの手紙を、「親愛なる、親愛なるロジャー (My dear, my very dear Roger,)」という書き出しにつづけて、「昼間お会いしたときは名前を申しあげませんでした。でも、今手紙に書くことにいたします (I would not tell you the name, this afternoon, but I propose to write it to you now.)」と読み上げるが、その次に映る手紙の文面では、これは本文2段落目の内容である。その前の1段落目には、殺人の責めとして自死を選ぶこと、そして恐喝者の断罪をアクロイドに託す旨が書かれている。
録音機が作動した9時半には「〔ドクター・シェパードは〕自宅で電話を待っていた」とポワロが言うが、仕掛けを設置する際に鞄から取り出された時計は9時25分頃を指しており、これが現在時刻だとすると、9時半にはドクターはまだ自宅にいられないはずである。なぜなら、ドクターがファーンリー・パークを辞去したのが9時過ぎで、そのあと車を駐めた場所から戻ってくるのに9時25分になるとすると、靴に泥をつけたりする時間がかかっていたとしても、9時半には車にすら戻れないはずだからである。しかし、「椅子の仕事」をしているときには、なぜか時計の指す時刻が9時10分頃に戻っており、画面には映らないだけで、当初の9時25分は現在時刻でなく、設置にあたってドクターが正しい時刻に直したのかもしれない。ところで、アクロイドの殺害が発覚するまでの場面では、時計や時計の指す時刻を強調する演出が何度もおこなわれているが、この演出は(謎解きでの「問題は、常に時間に関することです」というポワロの宣言にもかかわらず)最後まで回収されない。原作では、事件当夜のドクターのファーンリー・パーク退去時の所要時間が不自然に長く、それがポワロの気づきにつながる展開があるのだが、ひょっとするとドラマでも本来はドクターの帰宅時刻がわかる場面があって、ファーンリー・パークを退去してから自宅に戻るまでの所要時間と、電話を受けてファーンリー・パークに再度到着するまでの所要時間(5分)のちがいがわかるようになっていたのだろうか。
ドクター・シェパードが駅から電話をかけさせた患者は、原作だとアメリカ航路の汽船の給仕だったが、ドラマでは海軍士官に変更された。両者はともに船に乗って出港してしまうことが期待され、不審を抱かれたり追跡が及んだりする危険のすくない相手という点では共通しているが、商港であるリバプール行きの汽車に乗ったと見られることや、アメリカに向かう船からポワロに返電を打ったところなどは、設定を変えたことでやや不自然になっている。そのような変更があえておこなわれたのは、士官の制服によって、その職業を視覚的にわかりやすくするためか。
逃走したドクター・シェパードを追うべくジャップ警部が破った工場の社長室のドアは、隣のドアや、以前に見えていた同じ場所のドアとはガラス部分の木枠の位置が異なり、撮影用のものに替えられていることがわかる。
原作は、1926年に発表され、その大胆な仕掛けによってクリスティーの名を一躍有名ならしめたと言われる代表作。この仕掛けをいかに映像化したかが見所の一つでもあるので、できればドラマを見るより前に原作を読んでおきたい。原作の登場人物のうち、アクロイド家の家政婦のミス・ラッセルと、同客人のブラント少佐がカットされたが、後者は一部ジェフリー・レイモンドがその代わりを務めている。第二の殺人がおこなわれるのはドラマオリジナルである。
引退したポワロが栽培している「トウガン」こと vegetable marrow はカボチャ属の野菜で、辞書では通例「ペポカボチャ」という訳語が載っており、市販の原作邦訳の多くでも「カボチャ」と訳されているが、映像に見られるように、実際には「ウリ」や「ズッキーニ」に近い特徴を持ち、果肉も白い。ただ日本の「トウガン」と違う点として、しばしば縞模様のある表皮を持つ。なお、果肉の黄色い「カボチャ」は、イギリスでは squash と呼ばれることが多い。
劇中の時期については、台詞などからアクロイド殺害が金曜日(ただし、日本語音声だと曜日が訳し落とされている台詞もある)、そして警察署内のカレンダーからその翌日が14日であることがわかる。また、のちに容疑者逮捕を報じる新聞の日付の月が M で始まっている。本作につづく「エッジウェア卿の死」が1936年5月からに設定されていることなども考えあわせると、劇中は1936年の3月 (March) だろうか。その前提で「30年も世の中の暗黒面に晒されつづけました」というポワロの述懐を聞くと、そのキャリアのスタートは1905年前後と考えられ、1913年の「チョコレートの箱」事件はキャリア8年目頃ということになる。一方、劇中が3月だとすると結婚指輪に刻まれた「3月13日」はアクロイド殺害当日の日付ということになり、その意味がもっと追及されないのは明らかに不自然である。なお、3月13日という銘は原作どおりだが、原作だとファラーズ夫人の死が9月16日から17日にかけての夜のことで、3月13日は約半年前だった。また、撮影は1999年の初夏におこなわれ[3]、藤やポピー、バラなどの花が咲いている様子が見られる。
事件翌日の捜査中にジャップ警部が「誰に訊いてもこの2週間晴天つづきだったというのに」と言うが、冒頭にパーカーの車がポワロの家の前までやってくる場面では地面が雨上がりのように濡れており、またそれ以外の場面でも日中はほぼ影が濃くなく、劇中はおおむね曇天と言える天気である。なお、冒頭でパーカーが車から降りてからの地面は濡れておらず、別のタイミングで撮影されたことが窺える。ほかに地面が濡れているのは、ラルフが滞在する〈ホワイト・ハート〉の前を車が通りすぎる場面などで、おそらくは俳優の出演が不要な場面が、雨上がりにまとめて撮影されたのだろう。また、ポワロが投げて砕けたトウガンを映す場面でも敷石が濡れているのだが、となると一緒に映っている足は代役のものであろうか。
キングズ・アボット村のポワロの家の壁には、ホワイトヘイブン・マンション56B号室で果物の鉢が置かれたサイドボードの上の壁にかけられていたのと同じ絵が飾られている。この絵は「チョコレートの箱」でのベルギー時代のポワロのアパートや、「スタイルズ荘の怪事件」でのスタイルズ・セント・メリー村の仮住まいにも飾られていた。ポワロとジャップ警部が以前のマンションの部屋を訪れる場面ではこの絵だけが壁からはずされており、ポワロが、ずっと一緒に暮らしてきたこの絵を選んで引退先へ持っていったことがわかる。また、ポワロのリビングの、ミス・レモンの仕事部屋とのあいだの窓の左側には、「あなたの庭はどんな庭?」以来、別の絵に替えられていたピカソの「ピアノ」がふたたび飾られており、また煖炉は側面のデザインが変わっている。一方、ファーンリー・パークの玄関近くの壁に掛かっている絵は、「死人の鏡」においてミス・リンガードが美術館で写真撮影をしていたのと同じ絵である。
原語音声において、ロンドンでの友人であるヘイスティングスやジャップ警部には名字で呼ぶ姿勢を崩さなかったポワロだが、キングズ・アボット村の友人たち、なかんずくドクター・シェパードに対しては頻繁にファーストネームで呼んでおり、ポワロが村での隠退生活で感じていた(あるいは、感じようと努力していた)親しみが端的に表現されている。またポワロの服装も、ロンドン在住時代には地方へ出かけるときにも決して着ることのなかった田舎風のスーツを当初は着用し、ステッキも素朴な木の質感を活かした支柱のものを使用しているが、後半ロンドンに出向いてからは村でも以前どおりの都会風のスーツを身につけ、ステッキもおなじみの白鳥の持ち手がついたものに持ち替えており、衣装の面からもポワロの心がかつての生活に戻っていることが演出されている。
ポワロが読む手記のなかにある「彼〔アクロイド〕に不正な富をもたらしている工場が、われわれの生活を要約している。発酵と混乱だ」という一節の「発酵と混乱」は、原語だと ferment and turmoil という表現で、 ferment は「発酵」のほかに「動乱」や「騒擾」の意味でも用いられ、要するに秩序のない、しっちゃかめっちゃかな状態だということ。
日本語だと一貫してラルフはアクロイドの「養子」となっているが、原語だとレイモンドなどが stepson (義理の息子) とも表現しており、原作どおり亡妻の前夫とのあいだの子である。しかし、なぜかドクター・シェパードは、謎解きの最中にアクロイドのことをラルフの uncle (おじ) と呼ぶ。
工場へラルフが訪ねてきたあと、一時ファーンリー・パークへ場面が移った際に時計が4時30分過ぎ(にしては短針がやや遅れている気もするけど)を指しているが、約束より早い10時過ぎに「今日は予定がいろいろおありで」とポワロを呼びに来たにしては、時間が経ちすぎに思われる。また、時刻が4時半ならすでに十分午後遅いので、アクロイドがファラーズ夫人に「午後遅くなるかもしれんが」と言うのも不自然である。
ラルフとの面会中に入ってきたレイモンドへアクロイドが「邪魔するなと言っておいたのを忘れたのか」と叱責するが、そのように言っておいた場面はない。一方、アクロイドが居間でフローラと話しているドクター・シェパードを見つけて「ああ、シェパード、すまん」と日本語で言った台詞は、原語だと 'Ah, Sheppard, there you are. (ああ、シェパード、ここだったか)' と言っているが、ドクターに「先に居間のほうに行っててくれ」と伝えたのは自分のはずである。その経緯を踏まえて日本語は台詞の意味を変えたのだろうか。
日本語音声で「警部補」と呼ばれる警察官が初登場。しかしその原語は Inspector で、「ABC殺人事件」のグレン警部などと同じ階級と見られる。対するジャップ警部は時折「主任警部」とも呼ばれるようにその階級は Chief Inspector で(ただし、約20年前が舞台の「スタイルズ荘の怪事件」ではまだ Inspector である)、これは Inspector の一つ上の階級に当たる。ただし、 Inspector はイギリスの警察組織で原則必ず設けられるのに対し、 Chief Inspector は組織の規模などに応じて追加的に設けられる階級で[4][5]、デイビス警部補が所属するような地方警察においては Inspector しか存在しない場合が多かったようだ。実際、このドラマシリーズにおいても、地方警察所属と見られ、かつ Chief Inspector と呼ばれる警察官は、「白昼の悪魔」のウェストン警部のみである。なお、その職務や職権を日本の警察組織に敷衍すると、本作のように Chief Inspector を「警部」、 Inspector を「警部補」とするのが近いとも言われるが、そのように訳すと追加的な階級である「警部」を基準として、常設の階級に指小辞的な「補」がつくことになる。
ポワロがドクター・シェパードのところへ時計を修理に持ってきたときの「わたしの旅時計です」「旅時計? ああ、骨董品ですな」というやりとりは、原語だと 'Ma pendule de voyage.' 'Pendule? Ah, a carriage clock. (ポンデュール? ああ、携帯時計ですな)' という会話で、ポワロのフランス語を解せなかったドクターが実物を見て了解したのであって、時計に対して「骨董品」という評価はしていない。
診療所を出ていった患者をキャロラインが「見慣れない方ね」と言ったのに対して、ドクター・シェパードが「ああ、飛び込みできたんだ」と応えた際に手にした硬貨を掲げて見せているのは、この台詞の原語が 'No, my dear sister, cash. (現金払いだよ)' となっているため。それが日本語のように意訳できるのは、かかりつけの患者であれば当時はつけ払いが通例であり、継続的でない関係の場合に現金払いがおこなわれたことによる。
デイビス警部補の「〔アクロイドを〕最後に見たのは何時頃でした?」という質問に対し、日本語ではポワロが「7時36分にこちらのお宅をお暇しました」と答えるが、ポワロがアクロイドと玄関へ出てきたときに大時計が指していたのはまだ7時半。原語のポワロの回答は 'We said goodbye at 7.36. I then went home. (7時36分に別れて、わたしは帰宅しました)' という表現で、アクロイドが「ちょっとポワロさんを送ってくるから」と言っていたように、ポワロがアクロイドを「最後に見た」のは、「こちらのお宅をお暇し」たあと、家の外で見送りを受けたときのことである。
アクロイド殺害後の手記に書かれた「この時点から真剣な策略が始まった」の「策略」に対応する原語は deception で、これははかりごと一般ではなく、事実でないことを信じさせる騙しや欺きを指す言葉である。そして、それにつづく「人々は自らの無実を主張し、あるいはほかの人を犯人と名指しし、こちらの動く余地はない」も、原語だと 'You could scarcely move for people protesting how innocent they were or pointing the finger of guilt at someone else. (自らの無実を主張し、あるいはほかの人間を犯人と名指しする人々でほとんど身動きが取れない)' という表現で、要するに、あらぬことを口々に言って嫌疑を免れようとする後ろめたい人間だらけだったということ。
レイモンドが言う録音機のセールスマンの名前は、原語だと Tuffnell (タフネル) だが、日本語だと「タウメル」と言っているように聞こえる。しかし、ハイビジョンリマスター版の切換式字幕では「タフネル」と表記されている。
アクロイド死去の晩に届けられた郵便のことを、パーカーが「夕方の郵便」と表現するが、その配達はすっかり日も暮れた21時に近い時刻だった。原語は the evening post で、 evening は「夕方」に限らず日没から就寝までの時間帯を指す。
「しかしその時刻、〔キングズ・アボット〕駅にはロンドンからの列車が到着し、別のホームからはリバプール行きが出てるんで」というジャップ警部の台詞があるが、キングズ・アボット駅の正確な所在は不明ながら、おおよその場合においてロンドンとリバプールは逆方向で、これでは両方同じ向きの列車になってしまう。「別のホーム」も原語だと the other (反対側) という表現でホームは2つしかなく、その点でも両方の列車の向きが同じなのは不自然である(単線を過密ダイヤで運行している可能性も完全には否定できないけど)。「ロンドンからの列車」の原語 the London train は、「プリマス行き急行列車」の原題も The Plymouth Express であるように、「ロンドン行き」の意味と受け取れる。
事件翌朝に村の全景が映る場面では、画面中央の木立の陰を白いバンのような車が走っているほか、画面右側に現代風のサンルーフのある屋根や自動車が見える(自動車はハイビジョンリマスター版でないと見切れているけれど)。また、ポワロの乗ったタクシーがロンドンの通りを右折する場面では、運転席の横の床に現代風のトランシーバーが置かれているのが見えるほか、車体には現代のパイロンやサインボードらしき赤や黄色の映り込みがある。一方、〈ホワイト・ハート〉の左端の破風の壁についていた現代の警報器は、壁と同じ色の箱をかぶせて目立たないように対処されているほか、ファーンリー・パークの居間のドア横の壁にある箱状のものも、何か現代の設備を隠したものと思われる。また、ポワロのマンションの、玄関のひさしの向かって左側の壁にある監視カメラは、その部分の映像をベージュ色の四角形で塗りつぶして隠されている。
ポワロが池から指輪をひろいあげる際、アップになった手や水面は曇天下のように見えるが、その前後では明らかに日が射している。また、その指輪をジャップ警部に渡したあと、上着に水を垂らして、しみを気にする場面では、まくり上げていた右の袖が下りてしまっているが、そのあと櫛と手鏡を取り出して口髭を整えるときには、また袖がまくり上がっている。
ジャップ警部がフィッシュ・アンド・チップスの食べ残しを新聞紙でくるんで投げ捨てた際、ごみ箱の縁に当たって床に落ちた紙玉はやけに軽そうで、中に食べ残しが入っているようには見えない。
ポワロとジャップ警部がハモンド弁護士と会食したレストランの赤い照明の台座は、「戦勝舞踏会事件」のコロッサス・ホールでもやはり照明の台座として使われていた。またここで、ラルフのロンドンのアパートを調べた警部が「〔ラルフは〕1週間は帰ってきませんね」と言った台詞は、原語だと 'Nobody's been there for a week. (1週間は誰もいませんでしたね)' という表現で、日本語は未来の予測に聞こえるが、原語は直近の過去への推察である。加えて、ハイビジョンリマスター版でジャップ警部がスパゲッティ・ミートソースを薦められて、「スパゲッティは駄目なんですよ (I don't like spaghetti.)」と応じるところは、日本語だと苦手という口ぶりだが原語はもうすこし直截な拒絶で、イギリス式朝食やフィッシュ・アンド・チップスなどの典型的なイギリスの大衆料理を好む警部にとって、マカロニやラビオリ同様、気取った外国料理としてまったく選択肢に入っていないニュアンスである。なお、イギリスでパスタが大衆に普及するのは、劇中よりあとの1950年代以降のことだった。
パトカーのなかでポワロとジャップ警部が新聞記事について話す場面では、ジャップ警部がアップのときには窓の向こうが森なのに、ポワロのアップに切り替わると家並みになる箇所がある。
謎解き前、ポワロが工場の社長室で皆を迎える準備をしているとき、工場内の時計が1時45分を指しているが、その後映る時計はすべて6時以降の時刻を指しており、従業員が退勤を始めていることに照らしても、6時過ぎが本来想定された時刻と考えられる。時計が1時45分を指している映像は、以前にジャップ警部と聞き込みに訪れた際にハモンド氏のところへ案内される場面として撮影されたものの使いまわしで、よく見ると階段を上るレイモンドがちらりと見える。
Agatha Christie's Poirot のクレジットの最後に名前があるマイケル・モートンは、1928年に本原作を「アリバイ」という題名で戯曲化した劇作家。このときにポワロを演じたのは、クリスティーの戯曲『検察側の証人』をビリー・ワイルダー監督で映画化した「情婦」の老弁護士サー・ウィルフレッド役でも知られるチャールズ・ロートンであった。
キングズ・アボット村の撮影が行われたのは〈イングランドいち美しい村〉と評されたこともあるウィルトシャーのカースル・クームで、ドラマ化にあたって〈スリー・ボアーズ〉から変更されたラルフの宿泊先〈ホワイト・ハート〉もこの村に実在のパブである。ただし、ポワロの家の外観は教会の東側にある家のものだが、トウガンを育てていた庭は教会の南側にある(教会の塔や屋根との位置関係でそれがわかる)。また、ドクター・シェパードの自宅兼診療所の内部は、サウス・オックスフォードシャーのロザフィールド・ペパードにあるペパード・コテージ内。ポワロの家の内部も、外から見たときには戸口を入ってすぐの右手にカーテンが見えるが、屋内の場面ではそれがなく、外観とは別の場所で撮影されたと見られる。アクロイド邸ファーンリー・パークとして撮影に使われたのはウェスト・バークシャーのキッツ・クロースという邸宅で、ここはジェラルディン・マクイーワン主演「ミス・マープル」シリーズで「スリーピング・マーダー」のドクター・ケネディの家としても使われているが、壁面の大時計が印象的な玄関周辺や、アクロイドの書斎内はおそらくスタジオ内セット。一方、アクロイドの化学工場として使われたのはミドルセックスのケンプトン・パーク近くにある元浄水場で、現在はケンプトン・スチーム・ミュージアムとして一般に公開されているが、その社長室もやはりセットと見られる。フォリオット夫人の家の前の通りはロンドンのゴードン・スクエアで、「雲をつかむ死」ではノーマンの家からジェーンの家に行く途中に同じ場所を通過していた。フリート街にある設定のニューズ・クロニクル社(当時のフリート街は新聞社や通信社が密集していたことで知られる)のエントランスが撮影されたのはブルームズベリ・スクエアのヴィクトリア・ハウス。ここは、ジュリア・マッケンジー主演「ミス・マープル4」の「ポケットにライ麦を」ではレックス・フォーテスキューの投資信託会社の社屋として使われている。
ドクター・シェパード役のオリバー・フォード・デイビスは、ジュリア・マッケンジー主演「ミス・マープル6」の「カリブ海の秘密」ではパルグレイブ少佐を演じている。また、キャロライン役のセリナ・カデルは、ジョーン・ヒクソン主演の「ミス・マープル」の一篇、「ポケットにライ麦を」のミス・ダブ役や、ジョン・ネトルズ主演の「バーナビー警部」の一篇、「森の蘭は死の香り」のフィリス・カデル役でも見ることができる。ハモンド弁護士役のチャールズ・サイモンも、同「バーナビー警部」の「古城の鐘は亡霊を呼ぶ」にマーカス・ラウリー役で出演。フォリオット夫人役のリズ・ケトルは、「キドリントンから消えた娘」を含むジョン・ソウ主演の「主任警部モース」シリーズに婦人警官役で出演(エリザベス・ケトル名義)。ヴェラ・アクロイド夫人役のヴィヴィアン・ヘイルブロンは、「スタイルズ荘の怪事件」でジョン・カベンディッシュ役を演じたデビッド・リントゥールの妻で、前夫は、ピーター・ユスチノフがポワロを演じたテレビドラマでヘイスティングスを演じたジョナサン・セシルである。
デイビス警部補の吹替を担当した森田順平さんは、マイケル・キッチン主演の「刑事フォイル」シリーズの一篇「反逆者の沈黙」では、「満潮に乗って」よりポワロの執事ジョージを演じるデビッド・イェランドの吹替を担当している。また、ラルフの吹替を担当した大滝寛さんは、2021年の舞台「検察側の証人」ではサー・ウィルフリッド役を演じている。一方、ハモンド弁護士の吹替は松村彦次郎さんの声だが、なぜかオリジナル版のキャストにはクレジットされていなかった。
ハイビジョンリマスター版の放送データに載っているあらすじでは、「〔ポワロは〕アクロイドの屋敷に招かれる。〔中略〕その後、〔中略〕ドロシー〔・ファラーズ夫人〕が遺体となって発見される」とあるが、ファラーズ夫人死去の前にポワロが招かれたのは、アクロイドの屋敷ではなく工場である。ただし、日本語音声だとアクロイドが工場でラルフに「このファーンリー・パークじゃ何が不都合だ」と言っているので、両者は同じ敷地内にあるのかもしれない。アクロイドの台詞は原語だと 'What's wrong with Fernly Park all of a sudden? (急にどうしてファーンリー・パークじゃ不都合になったんだ)' という表現で、現在地がファーンリー・パーク内であるニュアンスはない。
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キャロラインはクリスティーのお気に入りのキャラクターで、ミス・マープルの原型にもなったとされるが[6]、なぜかドクター・シェパードの8歳年上の姉から妹(と明確に言っているのは日本語だけだけど)に設定が変更されたほか、ドクターが物語の語り手でなくなったこともあって、その他の登場人物とおおよそ同等の扱いである。しかし、当初の脚本では犯人の手記を朗読するのはキャロラインで、そのナレーションも実際に収録された。ところが、映像に重ねてみると(キャロライン役のカデルの演技は決して悪いものでなかったにもかかわらず)それがうまく効果を上げなかったため、一時はナレーションをすべてはずすことも検討されたという。しかしその後、手記がポワロによって金庫から取り出されるというアイディアに至り、ポワロが朗読する現在の形になったそうである。[7]手記がポワロの手に渡るまでの過程やその演出、「犯人はどんな女、あるいは男でしょうか?」という犯人が女である可能性を強調したポワロの問いかけなどは、当初脚本の名残を感じさせる。また、キャロラインがジャップ警部へ紹介されて日本語で「はじめまして」と言ったところも、原語では 'How exciting. (わくわくするわ)' という表現で、そのあとのパーカーへ嫌疑を向けるような発言とともに、朗読者がキャロラインであればいっそう思わせぶりとなる物言いであった。
パーカーが殺害される場面では、なぜか車のナンバーがカットによって異なるものに変わるが、パーカーを轢き殺すカットで映っているほうのナンバーは、アクロイド殺害を告げる(ということになっている)電話を受けてドクター・シェパードがファーンリー・パークに駆けつけたときに乗っていた車と、ちゃんと同じナンバーである。
フローラがアクロイドの書斎から出てきたことを装った場面で、リアルタイムにはパーカーが「はあ、わかりました、お嬢様」と答えていたのが、フローラの自白中の回想だと「そうですか、わかりました、お嬢様」に変わるが、原語はいずれも 'Oh, very well, Miss Flora.' で同じ。両者の映像は別々に撮影し直されているようだが、いずれの場合でも、フローラが書斎から出てきたのでないことはパーカーに見えていそうである。
〈ペイトン夫人〉がラルフ逮捕の記事に目をやって新聞がアップになった際には新聞の端が折り返されているが、その後にポワロが動いてベッド上の新聞の上半分が見えた際にはきれいに畳まれた状態で置かれている。
〈ペイトン夫人〉との話を終えてもどってきたポワロにレイモンドが「今〔あなたを〕捜してたんです」と声をかけるが、ポワロたちがアーシュラに会いに行っていたことは、その前のレイモンド自身との会話から自然と推測できるはずで、彼がアーシュラの部屋のほうへ捜しに来なかったのは不自然に思われる。ポワロから使用人のように帽子とステッキを託されたことのショックと「てんやわんや」のせいで、会話の記憶が吹き飛んでしまったのかしらん。
〈スミス氏〉を見つけたポワロが、日本語だと「ああ、スミスさんですね? たぶんここだろうと思いました」と言うが、直前の電話で〈スミス氏〉のことを聞いて出向いたと思われるにしては確信度合いの乏しい表現に聞こえ、また実際には顔見知りのラルフにかける言葉としても少々不自然である。原語は 'Ah, Mr Smith. I thought I would find you here. (ああ、スミスさん。ここに来れば見つかると思いましたよ)' という表現で、相手が〈スミス氏〉であることを確認するニュアンスはなく、「たぶん」に対応する不確実さを表す表現もない。
謎解きの途中、ラルフの行方についてポワロが「あるいは田舎へ逃げたか?」と言うが、キングズ・アボット村がそもそも田舎である。原語は 'He has fled the country, perhaps? (あるいは国外へ逃げたか?)' という表現で、ここでの country は「田舎」ではなく「国」の意味であって、すなわちイギリス(イングランド)のことであり、また flee (fled はその過去形である) は「~へ逃げる」ではなく「~から逃げる」の意味である。
謎解きの途中の回想では、アクロイドがファラーズ夫人からの手紙を、「親愛なる、親愛なるロジャー (My dear, my very dear Roger,)」という書き出しにつづけて、「昼間お会いしたときは名前を申しあげませんでした。でも、今手紙に書くことにいたします (I would not tell you the name, this afternoon, but I propose to write it to you now.)」と読み上げるが、その次に映る手紙の文面では、これは本文2段落目の内容である。その前の1段落目には、殺人の責めとして自死を選ぶこと、そして恐喝者の断罪をアクロイドに託す旨が書かれている。
録音機が作動した9時半には「〔ドクター・シェパードは〕自宅で電話を待っていた」とポワロが言うが、仕掛けを設置する際に鞄から取り出された時計は9時25分頃を指しており、これが現在時刻だとすると、9時半にはドクターはまだ自宅にいられないはずである。なぜなら、ドクターがファーンリー・パークを辞去したのが9時過ぎで、そのあと車を駐めた場所から戻ってくるのに9時25分になるとすると、靴に泥をつけたりする時間がかかっていたとしても、9時半には車にすら戻れないはずだからである。しかし、「椅子の仕事」をしているときには、なぜか時計の指す時刻が9時10分頃に戻っており、画面には映らないだけで、当初の9時25分は現在時刻でなく、設置にあたってドクターが正しい時刻に直したのかもしれない。ところで、アクロイドの殺害が発覚するまでの場面では、時計や時計の指す時刻を強調する演出が何度もおこなわれているが、この演出は(謎解きでの「問題は、常に時間に関することです」というポワロの宣言にもかかわらず)最後まで回収されない。原作では、事件当夜のドクターのファーンリー・パーク退去時の所要時間が不自然に長く、それがポワロの気づきにつながる展開があるのだが、ひょっとするとドラマでも本来はドクターの帰宅時刻がわかる場面があって、ファーンリー・パークを退去してから自宅に戻るまでの所要時間と、電話を受けてファーンリー・パークに再度到着するまでの所要時間(5分)のちがいがわかるようになっていたのだろうか。
ドクター・シェパードが駅から電話をかけさせた患者は、原作だとアメリカ航路の汽船の給仕だったが、ドラマでは海軍士官に変更された。両者はともに船に乗って出港してしまうことが期待され、不審を抱かれたり追跡が及んだりする危険のすくない相手という点では共通しているが、商港であるリバプール行きの汽車に乗ったと見られることや、アメリカに向かう船からポワロに返電を打ったところなどは、設定を変えたことでやや不自然になっている。そのような変更があえておこなわれたのは、士官の制服によって、その職業を視覚的にわかりやすくするためか。
逃走したドクター・シェパードを追うべくジャップ警部が破った工場の社長室のドアは、隣のドアや、以前に見えていた同じ場所のドアとはガラス部分の木枠の位置が異なり、撮影用のものに替えられていることがわかる。
- [1] David Suchet and Geoffrey Wansell, Poirot and Me, headline, 2013, pp. 146-151
- [2] David Suchet, Behind the Lens: My Life, Constable, 2019, p. 290
- [3] David Suchet and Geoffrey Wansell, Poirot and Me, headline, 2013, p. 185
- [4] 在日英国大使館情報部, 『イギリスの警察』, pp. 30-31
- [5] 今野耿介, 『英国警察制度概説』, 原書房, 2000, p. 113
- [6] アガサ・クリスティー (訳: 乾信一郎), 『アガサ・クリスティー自伝 〔下〕』, 早川書房(ハヤカワミステリ文庫), 1995, pp. 288-290
- [7] Mark Aldridge, Agatha Christie's Poirot: The Greatest Detective in the World, HarperCollinsPublishers, 2020, p. 396
ロケ地写真
カットされた場面
日本
オリジナル版
[0:11:25/0:29] | 睡眠薬を飲んでベッドに横たわるファラーズ夫人 |
[0:59:45/0:13] | レストランでのポワロとジャップ警部のメニューに関する会話 |
ハイビジョンリマスター版
なし映像ソフト
- [VHS] 「名探偵エルキュール・ポアロ 第46巻 アクロイド殺し」(字幕) 日本クラウン
- [DVD] 「名探偵ポワロ 28 アクロイド殺人事件」(字幕・吹替) ビームエンタテインメント(現ハピネット・ピクチャーズ)※1
- [DVD] 「名探偵ポワロ [完全版] 28 アクロイド殺人事件」(字幕・吹替) ハピネット・ピクチャーズ※2
- [DVD] 「名探偵ポワロ DVDコレクション 4 アクロイド殺人事件」(字幕・吹替) デアゴスティーニ・ジャパン※3
- [BD] 「名探偵ポワロ Blu-ray BOX Disc 14 もの言えぬ証人, アクロイド殺人事件」(字幕/吹替) ハピネット・ピクチャーズ※4
- ※1 「名探偵ポワロ DVD-BOX3」にも収録
- ※2 「名探偵ポワロ [完全版] DVD-BOX2」「名探偵ポワロ [完全版] 全巻 DVD-SET」「名探偵ポワロ [完全版] DVD-SET 7」にも収録
- ※3 吹替は大塚智則さん主演の新録で、映像もイギリスで販売されているDVDと同じバリエーションを使用
- ※4 「名探偵ポワロ Blu-ray BOX vol. 2」に収録
同原作の映像化作品
- [映画] 「Alibi」 1931年 監督:レスリー・ヒスコット 出演:オースティン・トレバー
- [TV] 「黒井戸殺し」 2018年 演出:城宝秀則 出演:野村萬斎