ひらいたトランプ
Cards on the Table

放送履歴

日本

オリジナル版(94分00秒)

  • 2006年12月13日 20時00分〜 (NHK衛星第2)
  • 2007年12月27日 13時00分〜 (NHK衛星第2)

ハイビジョンリマスター版(93分30秒)

  • 2016年11月12日 16時00分〜 (NHK BSプレミアム)
  • 2017年04月19日 16時00分〜 (NHK BSプレミアム)
  • 2021年05月29日 16時26分〜 (NHK BSプレミアム)
  • 2021年12月24日 09時00分〜 (NHK BS4K)
  • 2023年06月28日 21時00分〜 (NHK BSプレミアム・BS4K)
  • BSプレミアムでの放送は、オープニング冒頭の画面左上にBS4K同時放送のアイコン表示あり

海外

  • 2005年12月11日 13時00分〜 (米・A&E)
  • 2006年03月05日 20時30分〜 (豪・ABC)
  • 2006年03月19日 21時00分〜 (英・ITV1)

原作

邦訳

  • 『ひらいたトランプ』 クリスティー文庫 加島祥造訳
  • 『ひらいたトランプ』 ハヤカワミステリ文庫 加島祥造訳

原書

  • Cards on the Table, Collins, 2 November 1936 (UK)
  • Cards on the Table, Dodd Mead, 1937 (USA)

オープニングクレジット

日本

オリジナル版

名探偵ポワロ / AGATHA CHRISTIE'S POIROT / ひらいたトランプ // DAVID SUCHET / Agatha Christie POIROT / CARDS ON THE TABLE based on the novel by Agatha Christie / Screenplay NICK DEAR / LESLEY MANVILLE, LYNDSEY MARSHAL, HONEYSUCKLE WEEKS / TRISTAN GEMMILL, ALEX JENNINGS, ROBERT PUGH / ALEXANDER SIDDIG, DAVID WESTHEAD / and ZOE WANAMAKER as ARIADNE OLIVER / Producer TREVOR HOPKINS / Director SARAH HARDING

ハイビジョンリマスター版

名探偵ポワロ / DAVID SUCHET / AGATHA CHRISTIE'S POIROT / ひらいたトランプ // DAVID SUCHET / Agatha Christie POIROT / CARDS ON THE TABLE based on the novel by Agatha Christie / Screenplay NICK DEAR / LESLEY MANVILLE, LYNDSEY MARSHAL, HONEYSUCKLE WEEKS / TRISTAN GEMMILL, ALEX JENNINGS, ROBERT PUGH / ALEXANDER SIDDIG, DAVID WESTHEAD / and ZOE WANAMAKER as ARIADNE OLIVER / Producer TREVOR HOPKINS / Director SARAH HARDING

エンディングクレジット

日本

オリジナル版

原作 アガサ・クリスティー 脚本 ニック・ディア 演出 セアラ・ハーディング 制作 グラナダ・プロダクション A&E テレビジョン ネットワークス アガサ・クリスティー Ltd. (イギリス 2005年) / 出演 ポワロ(デビッド・スーシェ) 熊倉 一雄  ミセス・オリヴァー(ゾーイ・ワナメイカー) 藤波 京子 シェイタナ(アレクサンダー・シディグ) 東地 宏樹 ドクター・ロバーツ(アレックス・ジェニングズ) 江原 正士 ロリマー夫人(レズリー・マンビル) 田島 令子  アン・メレディス 岡本 麻弥 ウィーラー警視 辻󠄀 萬長 デスパード少佐 池田 秀一 ヒューズ大佐 青森 伸 ローダ 朴 璐美  後藤 敦 入江 崇史 小林 優子 百々 麻子 加藤 優子 / 日本語版スタッフ 翻訳 たかしまちせこ 演出 高橋 剛 音声 金谷 和美 プロデューサー 里口 千  制作統括 小川 純子 廣田 建三

ハイビジョンリマスター版

原作 アガサ・クリスティー 脚本 ニック・ディア 演出 セアラ・ハーディング 制作 グラナダ・プロダクション A&E テレビジョン ネットワークス アガサ・クリスティー Ltd. (イギリス)  出演 ポワロ(デビッド・スーシェ) 熊倉 一雄  ミセス・オリヴァー(ゾーイ・ワナメイカー) 藤波 京子 シェイタナ(アレクサンダー・シディグ) 東地 宏樹 ドクター・ロバーツ(アレックス・ジェニングズ) 江原 正士 ロリマー夫人(レズリー・マンビル) 田島 令子  アン・メレディス 岡本 麻弥 ウィーラー警視 辻󠄀 萬長 デスパード少佐 池田 秀一 ヒューズ大佐 青森 伸 ローダ 朴 璐美  後藤 敦 入江 崇史 小林 優子 百々 麻子 加藤 優子  日本語版スタッフ 翻訳 たかしま ちせこ 演出 高橋 剛 音声 金谷 和美 プロデューサー 里口 千

海外

オリジナル版

Hercule Poirot: DAVID SUCHET; Shaitana's Butler: JAMES ALPER; Mr Luxmore: PHILIP BOWEN; Mrs Luxmore: CORDELIA BUGEJA / Mrs Craddock: ZIGI ELLISON; Major Despard: TRISTAN GEMMILL; Dr Roberts: ALEX JENNINGS; Miss Burgess: LUCY LIEMANN / Mrs Lorrimer: LESLEY MANVILLE; Miss Meredith: LYNDSEY MARSHAL; Millie: JENNY OGILVIE; Colonel Hughes: ROBERT PUGH; Serge Maurice: DOUGLAS REITH / Shaitana: ALEXANDER SIDDIG; Mrs Oliver: ZOË WANAMAKER; Miss Dawes: HONEYSUCKLE WEEKS; Supt. Jim Wheeler: DAVID WESTHEAD; Sgt. O'Connor: PHILIP WRIGHT / (中略) / Production Executive: GAIL KENNETT; Casting Director: MAUREEN DUFF; Film Editor: DAVID REES; Director of Photography: DAVID MARSH; Production Designer: JEFF TESSLER; Line Producer: HELGA DOWIE / Executive Producer for A&E Television Networks: DELIA FINE; Supervising Producer for A&E Television Networks: EMILIO NUNEZ / Executive Producer for Chorion Plc.: PHIL CLYMER / Executive Producer: MICHELE BUCK; Executive Producer: DAMIEN TIMMER; © Agatha Christie Ltd. (a Chorion company) 2005 / A Granada Production in association with A&E Television Networks and Agatha Christie Ltd (a Chorion company)

あらすじ

 ポワロは資産家シェイタナからパーティーの招待を受ける。その客は、殺人を犯しながら逃げおおせたという〈最高の殺人者〉たちと、ポワロやミセス・オリヴァーらの〈捜査陣〉。夜も更けてポワロらが帰ろうとしたとき、シェイタナはブリッジの途中で何者かに刺し殺されていた……

事件発生時期

不詳

主要登場人物

エルキュール・ポワロ私立探偵
シェイタナロンドンで指折りの資産家
アリアドニ・オリヴァーパーティー招待客、推理作家
ヒューズパーティー招待客、陸軍大佐
ジム・ウィーラーパーティー招待客、ロンドン警視庁警視
ジョン・ロバーツパーティー招待客、医師
ジョン・デスパードパーティー招待客、探検家、陸軍少佐
ロリマー夫人パーティー招待客、未亡人
アン・メレディスパーティー招待客
ローダ・ドーズアンの友人
バージェスドクター・ロバーツの秘書
セルジュ・ミュロー写真家
オコーナー巡査部長

解説、みたいなもの

 推理作家、ミセス・アリアドニ・オリヴァーの初登場エピソード。彼女は、どこかポワロを思わせるフィンランド人探偵スヴェン・ハーセンを主人公として擁する人気小説家で、スヴェンに関して頻繁に愚痴をこぼす様子や、リンゴが好物であるという設定などに、クリスティー自身の投影が窺えると言われる。原作での彼女は、パーカー・パイン物の短篇「不満軍人の事件」(『パーカー・パイン登場』所収)でクリスティー作品に初登場。ポワロ物にはこの『ひらいたトランプ』で初登場し、「マギンティ夫人は死んだ」原作での再登場以降、ポワロ物の後期作品では頻繁に登場するようになる。ミセス・オリヴァーを演じるゾーイ・ワナメイカーは、役作りにあたってミセス・オリヴァーの登場する小説すべてに目を通しただけでなく、クリスティーによる自伝やジャネット・モーガンによる伝記(『アガサ・クリスティー自伝』および『アガサ・クリスティーの生涯』のことと見られる)も熟読したという[1]。撮影にあたっては胸を大きく見せるパッドを入れているほか、髪もウィッグを着用しているが、髪型を頻繁に変えるという原作の描写に合わせ、同一のウィッグを用いても場面ごとに髪型に変化が加えられている[2]
 原作は1936年発表。容疑者は限られた4人、手がかりはブリッジの得点表と彼らの性格のみという心理的な考察に重きを置いた作品で、「ひらいたトランプ (Cards on the Table)」すなわち〈開示されている手札〉というタイトルも、そのコンセプトを端的に表現している。ドラマもおおむね原作の路線を踏襲しているが、ドラマでは被害者のシェイタナが仕掛けたゲームにポワロが挑むという趣向が加えられているほか、アンとローダの関係や関係者の過去、容疑の範囲などに変更がある。また、原作の〈捜査陣〉は、クリスティー作品に複数回登場する捜査側人物のクロスオーバーという趣があったが、『茶色の服の男』で初登場し、「ナイルに死す」にも登場していたレイス大佐の役どころはヒューズ大佐に、『ゼロ時間へ』などで活躍するバトル警視の役どころはウィーラー警視に、それぞれ置き換えられた。なお、のちに『蒼ざめた馬』で夫人とともに再登場するデスパード少佐は同名のまま登場。その『蒼ざめた馬』は、ポワロ物ではないがミセス・オリヴァーも登場する。
 本作のポワロは同じホワイトヘイブン・マンション内で別の部屋に引越しをしたという設定で、ポワロの部屋には新しくデザインされたセットが使われている。この新しいセットは、ヘイスティングスたちを失ったポワロに新しく帰る場所を用意したいというスーシェの希望によって製作されることになったもので、その書斎のマントルピースに置かれた、猟犬のオブジェが載った置き時計は、置き時計の蒐集を趣味とするスーシェがアンティークショップで見つけ、このドラマのために買い求めてきたものだという(なお、スーシェが意識したかはわからないが、「ゴルフ場殺人事件」原作には、ポワロが猟犬のオブジェをマントルピースに飾っている場面がある)。また、書斎の本棚に立てられた、クリーム色の地にカラフルな色の帯が入った背表紙の本はミセス・オリヴァーの著作群。本作のミセス・オリヴァーの部屋でも同じものが見られるほか、以降の「名探偵ポワロ」作品や、「ミス・マープル」シリーズにも登場する。これらのセットは本シリーズの撮影後も次作に備えて倉庫で保管され、シリーズごとに棚の本の配置などに細かな違いはあるものの、結局最終シリーズの「ビッグ・フォー」まで引き続き使われることになった。[3][4][5]その一部はシリーズ完結後、トーキー博物館のアガサ・クリスティー・ギャラリーに移設され、一般に公開されている。また、マンションの玄関前を映した外観のショットも新たに撮影されており、昇り段の両脇に新しく植木が置かれているほか、ひさしに表示された WHITEHAVEN MANSIONS という文字の字体が変わった。新しい字体は、この建物の実際の FLORIN COURT という表示のものによく似ているが、太い線に装飾のラインが入っていないところが異なる。また、マンション前の車道部分の路面には映像の加工の形跡が見られる。なお、本作にマンション外観が広く映るカットは存在しないが、外観では曲面の窓より端側にある平面の窓は2面なのに対し、屋内ではリビングに2面、書斎に1面あり、数が合わなくなっている。
 冒頭から流れる劇伴は「青列車の秘密」のエピローグでも使われていたもの。 Agatha Christie: Poirot では、それにつづくエンディングクレジットでも使用されている。
 美術展で、作品への感想を聞かれて言葉に困ったポワロに対してミセス・オリヴァーが言った「わからないっておっしゃい」という台詞は、原語だと 'Not symmetrical enough for you? (あなたには非対称的すぎる?)' という表現で、彼女がポワロの人となりをよく理解する関係にあることを端的に示していた。また、そのすこしあとにポワロがシェイタナへ言う「あ、ではミステリアスなものの展示会とかですかな?」という台詞は、原語だと 'Ah, so you have then your private Black Museum? (あ、では個人的なブラック・ミュージアムをお持ちでいらっしゃる?)' という表現で、 Black Museum とはスコットランド・ヤードが実際の犯罪にまつわる品を保管したコレクションのこと。そのために、シェイタナの「犯罪の小道具に興味はありません」という台詞につながる。
 ミセス・オリヴァーが「アルハンブラ」をそこにある映画館と誤解したポンティフラクトとは、イングランド北部ヨークシャーにある地名である。
 シェイタナ邸でのパーティーに関し、シェイタナがミセス・オリヴァーを「食事会でお会いして、主賓としてお招きしたんです」と言うが、ゲストの中でミセス・オリヴァーが特別扱いを受けているようには見えない。原語は 'We met at a literary dinner. Mrs Oliver was the guest of honour. (作家の食事会でお会いしたんです。ミセス・オリヴァーはその主賓でした)' という台詞で、ミセス・オリヴァーが主賓だったのはシェイタナと出会った食事会の話である。
 アマゾン河について、デスパード少佐とミス・メレディスが「幅50キロに及ぶところもある」「すごい。あのテムズ川よりもっと大きいんでしょ」というやりとりをするが、アマゾン河の幅は、河口付近では50キロメートルどころか数百キロメートルにも及ぶ。一方、イギリス有数の河川であり、ロンドンを流れるテムズ川の幅は、ロンドン付近で200~300メートル、河口付近でも10キロメートルほどで、桁が異なる。
 シェイタナがポワロとミセス・オリヴァーの方へ「グラスが空だよ」とボーイを送り出したとき、トレイの上に載っていたグラスは1個だったが、ポワロたちからグラスを受け取るときには2個になる。
 日本語音声ではミセス・オリヴァーやローダが、ミセス・オリヴァーの小説の探偵を「スヴェン・ハーセン」と言っているが、綴りは Sven Hjerson で、英語での発音は「スヴェン・ハールソン」に近いようだ。なお、以降の作品の日本語では、同じ名前が「スヴェン・ヤルセン」と発音されている。
 本作のポワロがミセス・オリヴァーに対して何度か口にする「ジュ・ヌ・セ・パ (Je ne sais pas.)」とは、「私は知りません」という意味のフランス語である。
 ドクター・ロバーツが癌と言って聞かない患者に処方として伝えたという「レストランでシャンパンと牡蠣を」の原語では、「レストラン」は Wiltons (ウィルトンズ) という具体名が挙げられており、これはロンドンのジャーマン・ストリートに実在する、シーフード料理で知られる老舗レストランである。ちなみに、ジャーマン・ストリートは「黄色いアイリス」で〈ル・ジャルダン・デ・シーニュ〉のあった場所でもあるが、撮影がおこなわれたのはテムズ河岸に近いロバート・ストリートで、現地撮影ではなかった。
 デスパード少佐が「お薦めの毒物」として挙げるクラーレは、南米の原住民が矢毒に用いた植物由来の毒物の総称で、狩猟用の矢毒として用いることができながら、それで仕留めた獲物を食べても人体に害をなさないという一見不可思議な特性を持つ。ヨーロッパでも大航海時代からその存在が知られており、「雲をつかむ死」の凶器にも見られるように、古典的な未知の毒と見なされていた。
 事件の晩に一同がおこなうブリッジは、正式にはコントラクト・ブリッジと呼ばれる2人2組でおこなうトランプのゲーム。まず〈オークション〉と呼ばれるフェーズで、ペアの攻守や攻撃側が達成すべき獲得数、〈切り札〉となるスート(スペードなどの記号)といった〈コントラクト〉を決め、つづく〈プレー〉のフェーズでそれにしたがった勝負を13トリック(13回)おこなって、当初宣言した獲得数の達成度合いに応じて、ボーナスを含めたスコアが計算される。そして、ボーナスを除いた直接のトリック獲得分(スコアシートの TRICKS と書かれた下半分に書き込まれるスコア)の累計100ポイント先取までを1ゲームと数え、その3番勝負を〈ラバー〉と呼ぶ。これを何度か繰り返し、最終的にはスコア合計の多寡で全体の勝敗が決まって、得点差に応じて現金を精算する。劇中で「ワン・ハート」や「スリー・クラブ」などと言いあっているのが〈オークション〉で、たとえばワン・ハートであれば、〈切り札〉をハートとして、7トリック(1 + 過半数に満たない6トリック)以上獲るという宣言になる。これを時計まわりに順に宣言していき(パスも可)、最終的にもっとも強い(≒もっとも達成が難しい)ルールが採用される。そして、採用された〈コントラクト〉を宣言して攻撃側となったペアは、一方が〈ダミー〉となって手札をテーブルにさらし、もう一方の〈デクレアラー〉がそのカードの出し方をすべて決定する。このため、そのゲーム中〈ダミー〉はやることがなくなってテーブルを離れることができ、犯行のチャンスが生まれる。
 〈捜査陣〉のブリッジのオークションで、ウィーラー警視が「スリー・クラブ」、ミセス・オリヴァーが「スリー・スペード」、ヒューズ大佐が「ダブル」と言ったあとに、ウィーラー警視が「ワン・ハート」と宣言する場面があるが、ワン・ハートは、より条件の厳しいスリー・スペードのあとに宣言することはできない。また、オークションは4人が左まわりで順番におこなうものなので、ふたたびウィーラー警視に番がまわる前にポワロが何か宣言するはずである。その前後にアップで映る、ヒューズ大佐のものと見られる手札の揃いは変わっていないので、「ダブル」と「ワン・ハート」のあいだに時間の経過があったとも思われず、音声の編集ミスだろうか。
 ドクター・ロバーツが「今日のゲームについては競り上げることが多かったようですが、それが功を奏した。特に、女性が入るとね」と言った台詞は、原語だと 'Well, I overcall my hand a bit, or so they say. But I've—I've always found it pays. Especially where the ladies are concerned. (まあ、わたしはすこし強気すぎるかな。そう言われますよ。でもそれが――それがいつも功を奏してきた。特に女性に関わるところではね)' という表現で、前半は事件の晩のゲームに限らない、普段からのプレースタイルの話をしている。そして後半は女性の参加したゲームのことではなく、女性をくどく際の話。したがって、ミセス・オリヴァーが見せた表情も、その女好きらしい発言にあきれたものであって、その日に彼女が一人負けしたことを指摘されて不機嫌になったのではない。実際、ドクターはミセス・オリヴァーとはブリッジをしていないし、ミセス・オリヴァーの一人負けのことを知る機会も劇中では描写されない。一方、のちにウィーラー警視がドクターの女性問題についてミス・バージェスにカマをかけたのは、ここでドクターが女好きらしい態度を見せたためである。
 ロリマー夫人がシェイタナと知りあったというエジプトのホテルは、原語だと Mena House Hotel (メナ・ハウス・ホテル、現マリオット・メナ・ハウス) という実在のホテルの名前で、ここは「エジプト墳墓のなぞ」の原作でポワロとヘイスティングスが宿泊しただけでなく、クリスティー本人も滞在したことが知られる。ただ、実際のメナ・ハウス・ホテルはギザの三大ピラミッドの近く、ナイル河からは10キロメートルほど離れた場所にあり、劇中のようにナイル河は見えないはずである。また、シェイタナとラクスモア夫人が出会ったのも同じ場所と見られるが、その際には三大ピラミッドらしきピラミッドが河の対岸に見えており、これも実際の立地に合わない。しかし、「ナイルに死す」でもギザのピラミッドが河の近くにある描写があるので、劇中世界では見えるのかもしれない。
 ミス・メレディスが住んでいるというウォリンフォードは、オックスフォードシャーの、ロンドンから見てテムズ川の上流にある町で、クリスティーの終の棲家となったウィンターブルック・ハウスや、墓所であるセント・メアリ教会がそのはずれにある。
 シェイタナとの出会いについてミス・メレディスが「ちょうどスキーのシーズンでした。彼、見事な滑りで人目を惹いてたわ」と言い、そのあとにシェイタナも彼女を「アフタースキーのパーティー」に誘うので、シェイタナの「見事な滑り」はスキーの話に聞こえるが、原語だとミス・メレディスは 'He cut marvellous figures on the ice.' と言っており、これはスケートのことだとわかる。シェイタナの肩にかかっているのもスケート靴である。
 デスパード少佐が、シェイタナからの招待を受けた理由をヒューズ大佐に「家のなかで人と一緒に食事をする数すくない機会だから」と説明したところは、原語だと 'Were I only to dine in houses where I approved of my host, I wouldn't eat out much, I'm afraid. (好きな相手の招待しか受けなかったら、ほとんど外食はできませんよ)' という表現で、だから大佐の「社交界は嫌いかね?」という質問につながる。もっとも日本語の表現でも、家のなかで人と一緒に食事をする機会がすくないのは、イギリス社会が嫌いですぐに未開の外国へ行ってしまうからかもしれない、ととらえれば話はつながる。
 ポワロが挙げる、同じアイディアを使ったミセス・オリヴァーの著作の題名は、原作では『桃源郷殺人 (The Lotus Murder)』と The Clue of the Candle Wax (蝋燭の蝋の手がかり) という2作で、そのアイディアは〔» エピソードの題名を表示〕などを思わせるものだった。ドラマで後者の代わりに挙げられた『死者デビュー (Death of a Debutante)』は、「マギンティ夫人は死んだ」の原作で言及されるミセス・オリヴァーの著作で、ポワロが見つけたという間違いの内容もそちらに準じている。ちなみに、本来は水に溶けないその「劇薬」は原語だと sulfonal (スルホナール) と言われていて、これはかつて使われた睡眠薬の名前である。
 ヒューズ大佐がデスパード少佐を訪ねる前、少佐が馬を走らせている場面では、馬がおそらくカメラあるいはスタッフに気を取られて、カメラのほうを向いてしまっている。
 ドクター・ロバーツが、ウィーラー警視に死なせた患者の数を問われて「捜査令状はお持ちじゃないですよね」と言うところは、原語だと 'Look. I know you can get a warrent easily enough. (どうせ捜査令状は簡単に取れますよね)' というほぼ逆の意味の台詞で、観念して秘書に警視の案内を頼むという判断に、そのほうが素直につながる。また、クラドック夫人との情事を「初めはスポーツ感覚で楽しんでた」と言う台詞の原語は 'Which, candidly, was good sport for a while.' という表現。ここでの「スポーツ感覚」こと sport は運動に限らない気晴らしや娯楽を指し、要はただの遊びだった(が、次第に相手に本気になっていった)ということ。
 ポワロがドクター・ロバーツにブリッジのスコア表を呈示し、「たとえば、最初のゲームですと、コールはたぶんハートかスペード。でないと、相手が30を切ることはないでしょ?」と言うが、後半部は原語だと 'or, well, they could not have gone down thirty, could they? (でないと、30ポイントのダウンにはならないでしょ?)' という表現で、これは1トリック獲得あたりの得点が、切り札がクラブかダイヤのゲームなら20ポイント、ハートかスペードなら30ポイント、ノー・トランプなら初回40ポイントになることを踏まえ、そうでないと30ポイントという記録が出現しないことを指摘したと思われる(もし得点が30ポイントを切っていたら、20ポイント1トリックを獲得した場合しかないので、むしろ切り札はクラブかダイヤになる)。ただし原語も、ここでの go down (ダウンになる) は誤用で、これは相手にコントラクトを達成されて得点された場合には用いず、自分たちがコントラクトを達成できずに相手に得点を与えた場合にのみ用いるべき言葉であって、後者の場合には50ポイント単位になって30ポイントはつかない。
 ミセス・オリヴァーが語る「〔ウェールズ人の〕乳母が昔、わたしを公園に連れ出して置き去りにしたの」という逸話は、原語だと 'I had a Welsh nanny. One day she took me to Harrogate and left me there. (ウェールズ人の乳母がいたの。それがある日、わたしをハロゲートまで連れていって置き去りにしたの)' という内容で、ハロゲートはイングランド北部にある温泉地の名前。彼女の昔の家がどこにあったかはわからないが、原語のほうがはるかに遠くへ置き去りにされたと思われる。
 アンたちのコテージ近くでオリヴァ夫人とデスパード少佐の車がすれちがう際、赤いシャツのスタッフらしき人物と、おそらく三脚に据えられたカメラが双方の車体に映り込んでいる。
 グランドスラム達成時のスコアについてポワロが「当然ダブルがかかって1500ポイント獲得」と言い、ダブルと1500ポイントのあいだに因果関係があるように聞こえるが、ダブルをかけられて点数が増加するのは基本点のほうで、グランドスラム達成による1500ポイントのボーナスにダブルの有無は影響しない。原語は 'Well, a Grand Slam Vulnerable doubled, fifteen hundred points! (ダブルのかかったバルのグランドスラム、1500ポイント〔のボーナススコア〕!)' という表現。なお、 Vulnerable (バルナラブル、略してバル) とは自他のボーナススコアが増加したハイリスク・ハイリターンな状態で、攻撃側がすでに1ゲーム獲得して、そのゲームの勝利でラバー獲得となるときにこの状態になる。
 アンがウィーラー警視に「子守りの仕事を2件見つけました。エルドンさんに、ワイト島ベントナーのラーチさん」と説明したところは、原語だと 'I found a job of a nurse of three small boys. A Mrs Eldon, the Larches, Ventnor, Isle of Wight. (三人の小さな子の面倒を見る仕事を見つけました。ワイト島ベントナーにあるラーチ荘のエルドンさん)' という台詞で子守りは1件であり、 the Larches は家の名前であって住所の一部。そのため、エルドン夫人の転居によって(日本語だとまだラーチ家の仕事があるはずなのに)デヴォンシャーでの仕事に移っている。なお、のちにウィーラー警視が「アン・メレディスはクロスウェイズのベンソン夫人の家で働いていた」と言うところも、原語は 'Anne Meredith worked for a Mrs Benson at a house called Crossways near Dawlish. (アン・メレディスはドーリッシュ近くのクロスウェイズ荘という家でベンソン夫人の面倒を見ていた)' という台詞で、クロスウェイズは地名ではなくやはり家の名前である。
 ミセス・オリヴァーがデスパード少佐の著作について「一応、編集者の努力は買うわ」と言ったところは、日本語だと編集者の努力があっても及第レベルに達しない少佐の文章力をくさしているようにも聞こえるが、原語では 'He could have done with a decent editor. (ちゃんとした編集者を使えばよかったのに)' という台詞で、むしろ編集者の仕事ぶりを非難している。のちにポワロが「ミセス・オリヴァーが、あなたの本の中に小さなミスを見つけたんです」とデスパード少佐に告げる台詞は、原語だと 'My friend, Madame Oliver, she pointed out that your editor had made a tiny error. (友人のミセス・オリヴァーは、あなたの編集者の小さなミスを指摘しました)' となっており、このミセス・オリヴァーとのやりとりを受けたもの。その後の「後半はすべて単数になってます」も、原語だと 'Then later, there is only one. (そのあとはすべて単数です)' という表現で、ミスが1箇所だけであったことが明確であり、それを見逃さないミセス・オリヴァーの、プロの作家としての観察眼と厳しさが際立つ。
 ポワロが自分の失敗を「28年前に一度」と答えるのは原作にもある台詞で、原作では「チョコレートの箱」のことを指していたと思われるが、ドラマの「チョコレートの箱」は必ずしも失敗とは言えない展開に脚色されているほか、「名探偵ポワロ」では舞台が第一次大戦前夜の1913年となっているため、これを「チョコレートの箱」のことと見なしてよいかは悩ましいところ。
 シェイタナ邸侵入事件のあった夜、デスパード少佐が「行きつけの店で飲んでた」というアリバイはずいぶん庶民的に聞こえるが、原語の彼が飲んでいた場所は his club (彼の所属する紳士クラブ) である。
 ポワロがデスパード少佐の著書を読んでいる場面で「ジョン・デスパード著」という字幕が出るが、本の表紙に書かれたデスパード少佐のファーストネームのイニシャルはなぜか「E」。ジョンという名前は日本語音声では触れられないが、原語音声だとヒューズ大佐が口にしており、これは原作の設定どおり(ただし、『蒼ざめた馬』での再登場時には、ファーストネームがヒューに変わっている)。なお、ドラマで同じジョンというファーストネームを持つドクター・ロバーツは、原作だとジェフリー・ロバーツという名前で、ドラマでジェフリーとされているロリマー夫人の亡夫は、原作だと名前の言及がなかった。
 デスパード少佐が「向精神薬の麻薬」という表現を使うが、「向精神薬」とは、麻薬や覚醒剤などに含まれない、精神機能に影響を与える薬物をいう。精神機能に影響を与える薬物全般の趣旨で広義に使ったとしても、一般に膾炙している「麻薬」という言葉に、専門的な響きのある「向精神薬の」という修飾をわざわざつけるのは不自然に聞こえる。なお、原語では単に psychotropic drugs (向精神薬) と言われている。
 ミス・バージェスがクリスマスにヤドリギの下でドクターにキスをしようとしたというエピソードが出てくるが、欧米ではヤドリギはクリスマスや結婚式に飾る縁起のよい植物で、そのヤドリギの下ではキスを拒んではならない(拒むと翌年は結婚できなくなる)とされている。また、ポワロが「マダム・クラドックのことを訊いてもいいですか?」と訊ねたのに対し、ミス・バージェスは「お話ししたでしょ?」と応じるが、彼女がクラドック夫人のことを話した相手はウィーラー警視のみであり、原語では単に 'Mrs Craddock? (クラドック夫人?)' と訊き返しただけである。
 シェイタナ邸での写真撮影時、ミセス・オリヴァーとミス・メレディスが目をつぶってしまっていたが、あとでポワロが確認していた写真では二人とも目を開けている。
 店員がポワロにストッキングを見せて「こちら、美しいラインが出ます」と言うところは、原語だと 'These are a very nice line, sir. (こちら、たいへんよい商品です)' という表現で、ここでの line は商品の種類の意味。また、ポワロがアンに伝える買い込んだストッキングの数は、原語だと 'fifteen or sixteen pair (15足か16足)' だが、日本語だと「16足か17足」で、なぜか1足ずつ増えている。
 ポワロが「またクリスマスの季節がやってきます。小包を早めに出そうと思いましてね」と言うが、劇中の季節は夏と見られ、いくら何でも早めに過ぎるのではないかしら。これは原作からある台詞だが、原作の季節設定は初冬だった。
 ポワロとヒューズ大佐がその前で立ち話をしたケンジントン・ガーデンズのアルバート・メモリアルのまわりは、すくなくとも現在は柵で囲われていて、限られたツアー以外で記念碑のすぐ近くにまで立ち入ることはできない。事件翌朝にポワロたちがその近くを通ったときも、やはり柵で囲われていた。
 ポワロがロリマー夫人に「いつも正しい人なんていないわ」と言われて「でもわたしは常に正しい。それが不変的で怖いくらいに。まちがいかもしれないと思うだけで動揺してしまう。でも決して動揺はしない。ポワロがまちがうことはないんです!」と応じるところは、原語だと 'But I am. Always I am right. It is so invariable it startles me. And now it looks very much as though I may be wrong. And that upsets me. And I should not be upset. Because I am right. I must be right. Because I am never wrong! (でもわたしは違う。わたしは常に正しい。それが不変的で自分でも驚くくらいに。ところが、今はまるで自分がまちがっているかのように見える。それでわたしは動揺している。でも、わたしが動揺するのはおかしい。なぜなら、わたしは正しいからです。わたしは正しくなければならない。なぜなら、わたしは決してまちがえないからです!)' という表現で、後半は一般論ではなくロリマー夫人の供述の理解に関する話をしており、一見ロリマー夫人の語る内容のほうが正しく感じられる状況を、ポワロらしい論理で否定しているのである。
 シェイタナ邸の外観として撮影に使われたのは、ホランド・パークの近くにある、「エッジウェア卿の死」のエッジウェア邸と同じデベナム・ハウス。一方、アルハンブラ宮殿を意識したそのホールとして撮影に使われたのはデベナム・ハウス内ではなく、同じくホランド・パークに近いレイトン・ハウス・ミュージアム内だが、両者共通の特徴的な色合いのタイルは、いずれもウィリアム・ド・モーガンの製作である。ホール以外の客間などはスタジオ内セット。ポワロら〈捜査陣〉4人が事件翌朝歩いていたり、後日ポワロとヒューズ大佐が会っていたのは、前述のようにケンジントン・ガーデンズのアルバート・メモリアル周辺で、ミセス・オリヴァーが住むアレクサンドラ・コートもそのすぐ近くのクイーンズ・ゲート沿いに実在する。ポワロがストッキングを買ったニール・アンド・パーマーの店もピカデリー・アーケードに実在の店舗である。デスパード少佐の屋敷はハム・ハウス(の厩舎)で、ここは「あなたの庭はどんな庭?」でも撮影に使われていたが、「名探偵ポワロ」オリジナル版ではカットされていて見られなかった。アンとローダがシェアするウォリンフォードのウェンドン・コテージは、バッキンガムシャーのメイドンヘッド近郊クリーヴデンスプリング・コテージクリーヴデンの館は、ジュリア・マッケンジー主演「ミス・マープル6」の「終わりなき夜に生まれつく」では、エリーがイギリスに持つ館として撮影に使われた。ロリマー夫人の屋敷は、現在のものも前夫と結婚していたときのものも、ハートフォードシャーのマンデン・エステイトに建つマンデン・ハウスで撮影されている。
 ミセス・オリヴァー役のゾーイ・ワナメイカーとヒューズ大佐役のロバート・ピューは、ジェラルディン・マクイーワン主演の「ミス・マープル」の一篇、「予告殺人」でそれぞれ、ミス・ブラックロック役とイースターブルック大佐役を演じている。ジュリア・マッケンジー主演の「ミス・マープル4」には、アン・メレディス役のリンゼイ・マーシャルが「殺人は容易だ」のエイミー・ギブス役、ドクター・ロバーツ役のアレックス・ジェニングスが「魔術の殺人」のカリー警部役で出演。リンゼイ・マーシャルは、英チャンネル5が制作したドラマ「アガサとイシュタルの呪い」では、アガサ・クリスティー役で主演も務めている。ローダ・ドーズ役のハニーサックル・ウィークスは、マイケル・キッチン主演の「刑事フォイル」シリーズにサム役でレギュラー出演。
 Agatha Christie: Poirot のエンディングクレジットでは、写真家の Serge Mureau (セルジュ・ミュロー) がなぜか Serge Maurice (セルジュ・モーリス) とクレジットされている。また、台詞のある役のキャストが全員掲載されるのが通例にもかかわらず、ミセス・オリヴァーのメイド役はノンクレジットである。
 デスパード少佐から絨緞の話を聞いたあとにポワロが愛想笑いをしたり顔をしかめたりしたときの声は日本語音声のみ。好みのゲームを聞いたあとに顔をしかめるときの声も同様だが、そのあと次の話を始める前に息を吸う音は、むしろ口が動いているのに日本語音声に音がない。ウィーラー警視にシェイタナの国籍を知った理由を説明されて「え?」と言ったり、セルジュ・ミュローに「すてきな方」と言われてモデルたちに愛想笑いをしたりするところも、やはり日本語音声のみである。
 ハイビジョンリマスター版においても、本作の本篇映像はなぜかハイビジョン解像度にリマスターされていない。また、ハイビジョンリマスター版の切換式字幕では、「他人の女にじゃないかね?」とウィーラー警視に訊かれた際の、デスパード少佐の笑い声を表した「フフフ。」という部分が、ウィーラー警視の台詞として扱われている。
 » 結末や真相に触れる内容を表示
  1. [1] 'Behind-the-Scenes,' Cards on the Table (Poirot tie-in edition*), HarperCollinsPublishers, 2005, p. 341
  2. [2] Poirot: Behind the Scenes, 名探偵ポワロ NEW SEASON DVD-BOX 2 特典ディスク, ハピネット・ピクチャーズ, 2008
  3. [3] David Suchet and Geoffrey Wansell, Poirot and Me, headline, 2013, pp. 229-231
  4. [4] 'Behind-the-Scenes,' Cards on the Table (Poirot tie-in edition*), HarperCollinsPublishers, 2005, pp. 326-327
  5. [5] Goodbye to the splendid 1930s world of Poirot - BBC News
  6. * 本書内の書誌情報には Marple tie-in edition と誤記されている

ロケ地写真

カットされた場面

なし

映像ソフト

  • ※1 「名探偵ポワロ NEW SEASON DVD-BOX 2」に収録
  • ※2 吹替は大塚智則さん主演の新録で、映像もイギリスで販売されているDVDと同じバリエーションを使用
2024年11月9日更新