象は忘れない Elephants Can Remember
放送履歴
日本
オリジナル版(89分30秒)
- 2014年09月08日 21時00分〜 (NHK BSプレミアム)※1
- 2015年03月01日 16時00分〜 (NHK BSプレミアム)※2
- 2016年01月05日 23時45分〜 (NHK BSプレミアム)※3
- 2017年02月04日 16時00分〜 (NHK BSプレミアム)
- 2017年07月12日 16時00分〜 (NHK BSプレミアム)
- 2021年08月14日 16時30分〜 (NHK BSプレミアム)※4
- 2021年01月11日 09時00分〜 (NHK BS4K)
- 2023年09月20日 21時00分〜 (NHK BSプレミアム・BS4K)※5
- ※1 エンディング途中の画面上部に「ビッグ・フォー」放送予告の字幕表示あり
- ※2 エンディング途中の画面上部に「ビッグ・フォー」放送予告の字幕表示あり
- ※3 エンディング前半の画面上部に「ビック・フォー」(原文ママ)放送予告の字幕表示あり
- ※4 エンディング前半の画面下部に次回の放送時間案内の字幕表示(帯付き)あり
- ※5 BSプレミアムでの放送は、オープニング冒頭の画面左上にBS4K同時放送のアイコン表示あり
海外
- 2013年06月09日 20時00分〜 (英・ITV1)
- 2013年09月06日 20時10分〜 (波・Ale Kino+)
原作
邦訳
- 『象は忘れない』 クリスティー文庫 中村能三訳
- 『象は忘れない』 ハヤカワミステリ文庫 中村能三訳
原書
- Elephants Can Remember, Collins, November 1972 (UK)
- Elephants Can Remember, Dodd Mead, 1972 (USA)
オープニングクレジット
日本
オリジナル版
名探偵ポワロ / AGATHA CHRISTIE'S POIROT / 象は忘れない // DAVID SUCHET / Agatha Christie POIROT / ELEPHANTS CAN REMEMBER based on the novel by AGATHA CHRISTIE / Screenplay NICK DEAR / ALEXANDRA DOWLING, IAIN GLEN / FERDINAND KINGSLEY, VANESSA KIRBY / GRETA SCACCHI, VINCENT REGAN, DANNY WEBB / and ZOË WANAMAKER as Ariadne Oliver / Producer DAVID BOULTER / Director JOHN STRICKLAND
エンディングクレジット
日本
オリジナル版
原作 アガサ・クリスティー Agatha Christie 脚本 ニック・ディア 演出 ジョン・ストリックランド 制作 ITVスタジオズ/エーコン・プロダクションズ マスターピース/アガサ・クリスティー・リミテッド (イギリス 2013年) 声の出演 ポワロ(デビッド・スーシェ) 熊倉 一雄 アリアドニ・オリヴァ(ゾーイ・ワナメイカー) 山本 陽子 シリア・レーブンズクロフト(バネッサ・カービー) 甲斐田 裕子 マリー・マクダーモット(アレキサンドラ・ダウリング) 小林 さやか ウィロビー博士 押切 英希 バートンコックス夫人 一城 みゆ希 ゼリー 那須 佐代子 ビール警部 石田 圭祐 ギャロウェイ警視 小島 敏彦 デスモンド 野沢 聡 マッチャム夫人 菅原 チネ子 カーステアズ 藤 夏子 ローズンテル夫人 礒辺 万沙子 井上 裕子 有川 知江 こねり 翔 荻沢 俊彦 タナカ サキコ 星野 健一 <日本語版制作スタッフ> 翻訳 澤口 浩介 演出 佐藤 敏夫 音声 小出 善司
DVD版
原作 アガサ・クリスティー Agatha Christie 脚本 ニック・ディア 演出 ジョン・ストリックランド 制作 ITVスタジオズ/エーコン・プロダクションズ マスターピース/アガサ・クリスティー・リミテッド (イギリス 2013年) 声の出演 ポワロ(デビッド・スーシェ) 熊倉 一雄 アリアドニ・オリヴァ(ゾーイ・ワナメイカー) 山本 陽子 シリア・レーブンズクロフト(バネッサ・カービー) 甲斐田 裕子 マリー・マクダーモット(アレキサンドラ・ダウリング) 小林 さやか ウィロビー博士 押切 英希 バートンコックス夫人 一城 みゆ希 ゼリー 那須 佐代子 ビール警部 石田 圭祐 ギャロウェイ警視 小島 敏彦 デスモンド 野沢 聡 マッチャム夫人 菅原 チネ子 カーステアズ 藤 夏子 ローズンテル夫人 礒辺 万沙子 井上 裕子 有川 知江 こねり 翔 荻沢 俊彦 タナカ サキコ 星野 健一 <日本語版制作スタッフ> 翻訳・台本 澤口 浩介 演出 佐藤 敏夫 調整 小出 善司 録音 黒田 賢吾 プロデューサー 武士俣 公佑 制作統括 小坂 聖
海外
オリジナル版
Hercule Poirot: DAVID SUCHET; General Ravenscroft: ADRIAN LUKIS; Lady Ravenscroft: ANNABEL MULLION; Ariadne Oliver: ZOË WANAMAKER; Mrs Burton-Cox: GRETA SCACCHI / Doctor Willoughby: IAIN GLEN; Detective Inspector Beale: VINCENT REGAN; Marie: ALEXANDRA DOWLING; Celia Ravenscroft: VANESSA KIRBY; Julia Carstairs: CAROLINE BLAKISTON; Zelie Rouxelle: ELSA MOLLIEN; Mrs Buckle: MAXINE EVANS / Mrs Matcham: HAZEL DOUGLAS; Mrs Willoughby: JO-ANNE STOCKHAM; Desmond Burton-Cox: FERDINAND KINGSLEY; Superintendent Garroway: DANNY WEBB; Dorothea Jarrow: CLAIRE COX; Madame Rosentelle: RUTH SHEEN; Stunt Co-ordinator: TOM LUCY / (中略)1st Assistant Director: MARCUS CATLIN; 2nd Assistant Director: SEAN CLAYTON; 3rd Assistant Director: JAMES McGEOWN; Location Manager: CHRIS WHITE; Assistant Location Manager: MARK WALLEDGE; Script Supervisor: JAYNE SPOONER; Script Editor: KAREN STEELE / Production Accountant: VINCENT O'TOOLE; Asst Production Accountant: DAVID RUDDOCK; Production Co-ordinator: PAT BRYAN; Asst Production Co-ordinator: HELEN SWANWICK-THORPE; Press Officer: NATASHA BAYFORD / Camera Operator: PAUL DONACHIE; Focus Pullers: RICHARD BRIERLEY, BEN GIBB; Clapper Loaders: ELIOT STONE, CLARE CONNOR; Data Wrangler: PATRICK KING; Camera Grip: PAUL HATCHMAN; Gaffer: GARY CHAISTY; Best Boy: MARK DAY / Supervising Art Director: PAUL GILPIN; Art Director: MIRANDA CULL; Standby Art Director: JOANNE RIDLER; Production Buyer: TIM BONSTOW; Construction Manager: DAVE CHANNON; Standby Construction: FRED FOSTER, BOB MUSKETT / Sound Recordist: ANDREW SISSONS; Sound Maintenance: ASHLEY REYNOLDS; Property Master: JIM GRINDLEY; Dressing Props: JAMES BAYLAN, MIKE RAWLINGS, SIMON BURET, JACK CAIRNS; Standby Props: BARRY HOWARD-CLARKE, BEN THATCHER / Assistant Costume Designer: PHILIP O'CONNOR; Costume Supervisor: JENNA McGRANAGHAN; Costume Assistants: LOUISE CASSETTARI, LIZZIE MOUL; Make-up Artists: BEE ARCHER, GAIL BROWNRIGG, LOUISE FISHER; Mr Suchet's Dresser: ANNE-MARIE BIGBY; Mr Suchet's Make-up Artist: SIAN TURNER MILLER / Picture Publicist: PATRICK SMITH; Assistant Editors: DAN McINTOSH, HARRISON WALL; Supervising Sound Editor: JOHN DOWNER; Dialogue Editor: SARAH MORTON; Re-recording Mixer: GARETH BULL; Colourist: DAN COLES; Online Editor: SIMON GIBLIN / Associate Producer: DAVID SUCHET; Post Production Supervisor: BEVERLEY HORNE; Hair and Make-up Designer: PAMELA HADDOCK; Costume Designer: SHEENA NAPIER; Casting: SUSIE PARRISS; Production Executive: JULIE BURNELL / Composer: CHRISTIAN HENSON; Poirot Theme: CHRISTOPHER GUNNING; Editor: MICHAEL HARROWES; Production Designer: JEFF TESSLER; Director of Photography: GAVIN FINNEY BSC; Line Producer: MATTHEW HAMILTON / Executive Producer for Acorn Productions Limited: HILARY STRONG; Executive Producer for Agatha Christie Limited: MATHEW PRICHARD / Executive Producers: MICHELE BUCK, KAREN THRUSSELL, DAMIEN TIMMER; © Agatha Christie Ltd 2013 / A Co-Production of itv STUDIOS, Agatha Christie™ in association with Acorn Productions: An RLJ | Entertainment, Inc. Company
あらすじ
オリヴァ夫人は推理作家大賞の授賞式会場で奇妙な依頼を受ける。13年前の名付け子の両親の事件で、父親が母親を殺したのか、母親が父親を殺したのかを調べてほしいという。一方、ポワロは友人ウィロビー博士の父親の殺害事件の調査に赴くが……
事件発生時期
1938年
主要登場人物
エルキュール・ポワロ | 私立探偵 |
アリアドニ・オリヴァ | 推理作家 |
シリア・レーブンズクロフト | オリヴァ夫人の名付け子 |
アリステア・レーブンズクロフト | シリアの父、退役した陸軍将軍、13年前に死亡 |
マーガレット・レーブンズクロフト | シリアの母、13年前に死亡 |
ドロシア・ジャロー | マーガレットの姉、13年前に死亡 |
デスモンド・バートンコックス | シリアの婚約者、音楽院生 |
バートンコックス夫人 | デスモンドの養母 |
デビッド・ウィロビー | ポワロの友人、精神科医、博士 |
T・ウィロビー | ウィロビー博士の父、精神科医、教授 |
マリー・マクダーモット | ウィロビー博士のアシスタント |
ジュリア・カーステアズ | オリヴァ夫人の友人 |
マッチャム夫人 | オリヴァ夫人のばあや |
ゼリー・ルーセル | レーブンズクロフト将軍の元秘書 |
ビール | 警部、ウィロビー事件担当 |
ビル・ギャロウェイ | 元警視、レーブンズクロフト事件担当 |
解説、みたいなもの
原作は1972年の刊行。「ポワロ最後の事件」と銘打たれた「カーテン 〜ポワロ最後の事件〜」の原作刊行は1975年だが、その執筆は1941年3月以前におこなわれており[1]、本作の原作が、クリスティーが最後に執筆したポワロ譚となった。「象は忘れない」というタイトルの由来は原作でしか言及されないが、インドで鼻に縫い針を刺された象が、そのことを忘れずに何年もしてから仕返しをしたという逸話に基づいている。
本作の原作はしばしば、提示される謎が物語の興味を持続させるには弱いという批判を受けており、実際、主演のスーシェも本作の映像化には困難を感じていたという[2]。そのためか、原作ではマーガレットとドロシアの姉妹の関係を語る証人の一人に過ぎなかったウィロビー医師をドラマではポワロの友人とし、原作では初めから故人として登場した、その父親が殺害される事件を現在の捜査対象として追加している。この脚色に伴って配されたマリー・マクダーモットやビール警部はドラマオリジナルの登場人物である。このビール警部の追加によってギャロウェイ警視はややムードメーカー的な存在に追いやられ、原作でギャロウェイ警視を紹介したスペンス警視も「ハロウィーン・パーティー」同様に出番を削られることになった。同じく、原作には登場していたミス・レモンの出番もない。撮影は2013年1月10日に開始し、2月上旬までおこなわれた[3][4]。吹替音声の収録は同年10月だが、熊倉一雄さんのポワロの台詞は別収録だったようだ。最終シリーズでは本作だけエピソードタイトルのフォントが明朝体(マティス)である。
第10シリーズ以降、ホワイトヘイブン・マンションの外観が映る場面はずっと同一の映像を(場合によっては色合いの調整や合成を加えて)使いまわしていたが、本作では新たな(そしておそらくは最後の)マンションの外観や玄関前を写す撮影が多数おこなわれた。その際、入り口のひさしにあるマンション名の表示は第10シリーズと同様だが、玄関前の昇り段の両脇に置かれた植木はなくなっている。なお、ポワロがマンションからタクシーで向かったはずのウィロビー研究所の外観に使われたディーン・リーズ・ハウスも、実はマンションが撮影されたチャーターハウス・スクエアのすぐ奥、ラットランド・プレースにあり、ポワロがパリから帰ったあとにオリヴァ夫人が訪ねてくる場面では、マンション前からウィロビー研究所が見えないように車を置いて隠しているが、車の窓とドアの隙間から、実は一瞬だけ研究所の建物が見える。また過去の作品でも、ときどき(たとえば「コックを捜せ」で最初にマンションの外観が映る場面や、「アクロイド殺人事件」でマンション前の公園をポワロとジャップ警部が歩いている場面など)マンションの向かって左側に研究所の建物が映っていた。一方、逆にシリアが研究所を訪問した際には、第1シリーズで何度も映ったマンション前の守衛所が画面奥に見える。さらに、デスモンドのコンサート会場外観はスクエアの名前にもなっているチャーターハウスで、〈ユージン・アンド・ローズンテル〉の外観として使用されたのも、スクエアから道を一本入ったチャーターハウス・ミューズにある〈ル・カフェ・デュ・マルシェ〉である。
序盤、ポワロの呼びかけにジョージが答えるが姿は見せない。このときの声はいつもの坂本大地さんではなくレーブンズクロフト将軍役のこねり翔さんがかけ持ちしており、原語音声でもデビッド・イェランドのものではないようだ。また、デスモンドが2度目にポワロのマンションを訪ねた場面では、ジョージよりも若い男性がドアを開けたのが一瞬だけ映る。
ポワロの書斎に置かれたオリヴァ夫人の著作群のうち、テーマカラーが橙色の The Widow's Veil と、薄紫色の To Kill a Dream の2冊だけは背表紙の円のなかにシンボルが描かれておらず、 The Widow's Veil のほうは本の厚みとカバーの背表紙もあっていない。また、窓側の壁に掛けられた日本画の配置が換わり、「ハロウィーン・パーティー」では右側に掛けられていた絵が左側に移っている。
〈驚きの風呂〉から水を抜いてビール警部が遺体を確認した際、死んでいるはずのウィロビー教授の口がかすかに動くのがわかる。
オリヴァ夫人がシリアに対して務めた「名付け親 (godfather/godmother)」とは、洗礼式に親の代理として立ち会った人のことで、必ずしも子の名前(洗礼名)を決めるとは限らず、正式には「教父母」(教派によっては「代父母」)という。名付け子の成長過程における後見を求められ、誕生日などにはしばしば贈り物をする。
オリヴァ夫人にデスモンドのことを訊かれたシリアが「いったい、何を企んでるんだか、わたしたちはお互い愛しあってる」と言ったところは、日本語だとバートンコックス夫人の意図を気にしているように聞こえるが、原語は 'Look, I don't know what you know, but I'm fond of Desmond and he's fond of me. (ねえ、何をご存じかは知らないけど、わたしたちはお互い愛しあってる)' という表現で、オリヴァ夫人の意図を言っている。また、バートンコックス夫人の依頼の内容を聞いたシリアが吐きすてた「変態!」という台詞は原語だと 'The beast!' で、これには必ずしも倒錯的なニュアンスはなく、「獣」という原意から、「けだもの」「人でなし」等の強い嫌悪を表す言葉である。そのあと、オリヴァ夫人が言う「知らずにはいられないみたい」も、バートンコックス夫人の関心の強さを言っているように聞こえるが、原語は 'She thought I might know something about it. (わたしなら何か知っているかもと思ったみたい)' で、だから「でもわたしは、そのときアメリカにいたし〔実際は知らないの〕」とつづく。
象を求めてイーストボーンへ向かうオリヴァ夫人が回想するシリアの台詞は、日本語だと「男女二人の心中なら、男が先に逝くでしょうね。父のような人ならまだしも母が――それを先導したなんて」となっていて、お互いが自分を撃ったという前提でどちらが先に自殺したかという話だが、原語は 'If I had to say which was most likely, I should say my father. (あえてどちらがありそうかといえば、〔撃ったのは〕父でしょうね) It's more natural for a man to shoot someone, isn't it? (人を撃つのは男のほうが自然じゃないかしら) I don't think my mother would have fired a gun. (母が銃を撃ったとは思えないわ)' という表現で、一方が相手を撃ったあと自殺したという前提でどちらがそれらしいかという話をしており、当初のバートンコックス夫人の問いかけに沿ったものとなっている。
ジュリア・カーステアズが思い出話として言う「花嫁の付添人たちが下品な日傘をさしてた」は、原語だと 'All the bridesmaids in a vile shade of apricot. (花嫁の付添人がみんな下品な杏色〔淡い黄赤〕を着てた)' で、 shade は「日傘」ではなく「色合い」の意味。また彼女は、マーガレット・レーブンズクロフトがカツラを使っていた理由について「癌か何かで禿げたのかもしれないけど」と推測を口にするが、癌の際の脱毛は抗癌剤の副作用に起因するもので、まだ化学療法がおこなわれていない1920〜30年代では時代にあわない。レーブンズクロフト家と彼女が言葉を交わしたというアムリッツァはインドの都市で、「でも、アムリッツァで……カツラはねえ」と彼女が言ったのは、暑いインドでカツラはつけていられないということ。さらに、レーブンズクロフト将軍のピストルについて訊かれて「近隣も物騒だったから。サセックスとはちがってよ。なにやら、計り知れない不気味さがあって。彼女もかなりまいってた」と言ったところは、原語だと 'Fear of the natives, you see. (〔インドでは〕現地住民の危険があるでしょう) Not usually a problem in Sussex, but... unfathomable things in everybody's lives. (〔イギリスの〕サセックスではあまり問題はなかったけど、でも……誰の人生にも計り知れないことがあるものよ) She was neurotic always. (奥さんがずっと神経過敏だったの)' と言っており、インドの話は最初だけで、残りはイギリスに戻ってからの話をしている。日本語はおそらく、そのあとが「インドがよっぽどつらかったのね」とつづくために、ずっとインドの話と誤解してしまったのだろう。
研究所の地下でポワロに「水治療法をご存じ?」と訊かれたマリーが「は!?」と戸惑ったのは、原語だと質問が « Vous ne l'avez (pas) vu à l'avance ? (以前に見たことがありませんか?) » というフランス語だったためである。
ビール警部の聴取でマリーが最初は歩いて帰宅したと言いながら、あとで「自分でもよく憶えていないんです。帰ったかどうか」と言うのは話が変わっているが、警部はそれを聞きとがめた気配を見せない。マリーの台詞は原語だと 'Did I say I was at home all night? (一晩じゅう家にいたっていいました?) I don't remember that. (そんな〔ことをいった〕記憶はありませんけど)' という表現で、要するに徒歩で退勤したがそのまま外出したと言っている。
オリヴァ夫人の元ばあやのマッチャム夫人が登場。「ひらいたトランプ」では、オリヴァ夫人は自分を置き去りにしたウェールズ人の乳母の話をしていたが、マッチャム夫人はそれとは別の乳母だろうか。そして、オリヴァ夫人がそのマッチャム夫人の部屋に通されたあと、日本語だと二人が「まあまあ」「何年前のことになるかしら」と会話するが、原語は 'Well, well. (まあまあ)' 'It is years. (久しぶりね)' 'It is years, Nanny. (久しぶりだわ、ばあや)' というやりとりで、オリヴァ夫人の台詞がもう一つある。また、帰り際オリヴァ夫人がバックル夫人に「あなたにひとつ――」と何かを訊きかけたのに、「昼寝は日課。あとは任せて」と言われてそのまま帰ろうとするのはやや不自然だが、原語だとオリヴァ夫人は 'Perhaps you could— (もしよければ――)' と言っており、おそらくはマッチャム夫人のことを頼もうとしたのだろう。
研究所の水治療設備は最近(原語だと many years (長年) などもっと長いニュアンスがある)使われていなかったという話を受けて、ポワロが「だが、犯人はあえてそこを選んだ」と言ったところは、原語だと 'And yet the murderer knew how to use it. (だが、犯人はその使い方を知っていた)' と言っており、だからそのあとビール警部がウィロビー博士に使い方を知っていたか確認する。また、博士が研究所で借りている部屋について、ウィロビー夫人が「わたしは知りません」と言うところは、原語だと 'I've barely been in it. (わたしはほとんど行ったこともありません)' という表現で、博士の秘密がそこに存在することをいっそう示唆した表現になっている。
ホワイトヘイブン・マンション前でオリヴァ夫人がビール警部に言う「サセックスで連日象を追いかけてるの」という台詞は、原語だと 'I've spent all day driving round Sussex, chasing elephants. (象を追いかけて一日中サセックスを車で走りまわっていたの)' という表現で、ジュリア・カーステアズとマッチャム夫人への訪問は同日のことであり、ここは朝からの聞き込みが終わって夜にポワロを訪ねてきた場面だった。
ギャロウェイ元警視がレーブンズクロフト事件当時のゼリーについて「言葉はたどたどしかったな」と言うが、原語の評価は 'Foreign, I don't think she understood much. (外国人で、〔状況を〕あまり理解できなかっただろう)' という表現で、要するに犯人になりえないという趣旨である。また、警視が口にする「罪は古いほど影が長い (Old sins have long shadows)」は、日本語訳は異なるが「ハロウィーン・パーティー」でもポワロが言及するクリスティーが好んだテーマである。罪は遠い過去のものであっても長く影響を残すものだという意味で、過去に遠ざかっていっても現在に届くためには確かに影が長くなっていく必要があるのだが、日本語で感じられるような、罪が古くなるほど影響が強まるニュアンスはない。
〈ユージン・アンド・ローズンテル〉がかつて店を構えていたというボンド通りのあるメイフェア地区はロンドンの一等地。オリヴァ夫人が住まいはメイフェアと言った途端に〈マダム・ローズンテル〉の態度が変わったのもそのためで、これが南ロンドンのトゥーティング・ベックに移ったということは、言外に美容院が流行の先端からはずれたことを感じさせる(ちなみに、類似の文脈でトゥーティングが言及されていた「三幕の殺人」も、やはり本作と同じニック・ディアの脚本である)。なお、ボンド通りについて〈マダム・ローズンテル〉が日本語で「バートのボンド通りよ、憶えてる?」と言った台詞は、原語では 'Bond Street, Bert. Remember? (ボンド通りよ、バート。憶えてる?)' という台詞で、ここの Bert (バート) は地名ではなく男性名の呼びかけ。おそらく〈ムッシュウ・ユージン〉は美容院のイメージ作りのための仕事上の名前で、その本名(の愛称)がバートなのだろう。ちなみに、原語音声で〈マダム・ローズンテル〉の話す英語はロンドン訛りがきつく、フランス人らしさはまったくない。
シリアがポワロのマンションを訪ねた際、シリアもオリヴァ夫人もイギリス人なのに、日本語音声ではなぜかオリヴァ夫人のことを「マダム・オリヴァ」と呼ぶが、原語音声では普通に Mrs Oliver と呼んでいる。
マリーが翌朝出勤したときの話をして「警備員がアラームを解除したのはその頃でしょう」と言ったところは、原語だと 'It must have been at that time the night watchman raised the alarm. (警備員が急を報せたのがその頃でしょう)' と言っており、つまりウィロビー教授の遺体発見のことを言っている。事件の発覚は暗い時間帯で夜らしくも見えるが、年末あるいは年始のロンドンの日の出は午前8時を過ぎる。ただ、発覚前にポワロの書斎の時計が9時を指しており、9時であればもうすこし明るくなっていそうにも思える。
ポワロとマリーのあいだで「イギリスへ来たのは去年の夏ですね?」「ええ、半年前、フランス号で」「では、その年の3月はまだボストンに?」というやりとりがあり、去年を「その年」と言うのは違和感があるが、原語では「去年の夏」は last summer 、「その年の3月」は March of this year なので、本来は「この前の夏」「今年の3月」と訳すべきところ。したがって、撮影時期は年明けなのに対して、原語では年末、日本語では年初が舞台と考えられる。冒頭の「年間推理作家大賞」の授賞式も年末のイベントととらえるのが自然に思われるが、日本語では「本年度の」と修飾句がついており、暦年と異なる対象年度を想定しているのだろうか。その場合、今度は「年間」という表現がすこし引っかかってくるけれど。
2回のウィロビー邸訪問ではどちらも、屋外の場面では降っていなかった雪が、屋内の場面では窓の向こうで激しく降っており、それぞれをまとめて撮影したことが推察される。
ポワロと初めて対面したバートンコックス夫人が言う「フランスの方? フランス語は嫌いよ」は、原語では 'Is he a French? (フランスの方?) I can't stand the French. (フランス人は嫌いよ)' という台詞で、嫌っているのはフランス語ではなくフランス人であり(「フランス語」の意味では French に the はつけない)、その直前の場面で明らかになった、デスモンドとゼリーの関係が背景にある台詞であったと思われる。これが日本語で「フランス語」と訳されてしまったのは、直前のポワロの「光栄です、マダム」が、原語では « Enchenté, madame. » とフランス語だったからだろうか。また、バートンコックス夫人が「わたしだって、この歳になってリスクは負いたくありませんから」と言ったところは、原語だと 'Well, there are certain risks that one might not wish to take. (だって、負いたくない類いのリスクもありますからね)' という表現で、字義上は自分のリスクの話ではない。
デスモンドのリサイタルの開始時刻ぎりぎりにやってきたオリヴァ夫人にポワロが言う「彼らはもう席にいます」は、日本語だと「彼ら」が具体的に誰を指すのかよくわからないが、対応する原語の they はもっと漠然と複数の人を表すことができ、ここでは聴衆を指す。つまり、「みんなもう席についていますよ」ということ。
原語音声において、フランス人であるゼリーがポワロを迎えたときの第一声は、パリという場所、そしてしばしばフランス人とまちがえられる外見のポワロを相手にしながら、なぜか英語である。
ゼリーに「あえて事を、荒立てなくてもいいんじゃないかしら」と言われたポワロが「でもわたしはあなたがたった今口にしたあることによってあなたが、何かを知っていることを確信した」と返すところは、「あること」や「何か」が具体的に何なのか、真相を知ってもよくわからないが、原語は 'Isn't it better to leave things, when at least they have been accepted? (すくなくともそれで受け入れられていることは、そのままにおくのがいいんじゃないかしら)' 'But from what you have just said, from that one little sentence, I consider that you know what happened that day (でもあなたがたった今口にしたこと、その些細な1回の答えによって、わたしはあなたがあの日起きたことを知っていると思いました)' というやりとりで、ゼリーの発言は真実が世間に受け入れられているとおりでないことを示唆し、その発言全体によってポワロは当日に起きたこと全体をゼリーが知っていると判断している。また、ポワロがゼリーを説得する「マドモワゼル、あの二人にはぜひとも幸せになってもらいたい、そう思いませんか? わたしはそう思います」という台詞は、原語で聞くと 'Mademoiselle, neither you nor I are married. Well, we may never be married, but they should be. (マドモワゼル、あなたも私も独身で、これからも結婚しないかもしれない。でもあの二人は結婚するべきです)' という表現で、お互いに独身を通す孤独な身であればこその逆説的な共感に訴えるものとなっている。
イーストボーンに行くと言って姿を消したシリアについてデスモンドが「亡霊だとか何だとか、訳のわからないことを口走って」と言うが、原語では「亡霊」の部分は exorcising ghosts (亡霊を祓うとか) と言っており、つまりリサイタル会場での「厄祓い (drive out my demons) でもしろと?」と類似の表現になっている。また、デスモンドは「研究所から戻ってきてから〔シリアは〕おかしかったんです」とも言うが、原語は 'This was straight after she came back from the Willoughby Institute. (研究所から戻ってきた直後のことでした)' という表現で、ウィロビー研究所から戻ったあとシリアがそれに心を奪われていた期間があったわけではなく、戻ってすぐにイーストボーンへ発っている。
序盤、ポワロがラジオで聴いているピアノ曲は、ショパン作曲の3つの新しい練習曲第3番(第2番とされることもある)。また、コンサートでデスモンドが演奏したのは、バッハ作曲のゴルトベルク変奏曲 (BWV 988) のアリアと平均律クラヴィーア曲集第1巻第2番 (BWV 847) の前奏曲。ゴルトベルク変奏曲は、「第三の女」でもポワロがラジオで聴いていた。
エンディングクレジットで制作に名を連ねるマスターピースは、アメリカの公共放送 PBS のメンバーである WGBH が手がける、英ドラマの放送枠なのだが、第13シリーズでは「ビッグ・フォー」と「死者のあやまち」、「カーテン 〜ポワロ最後の事件〜」の制作にしか参加しておらず、本作と「ヘラクレスの難業」の Agatha Christie: Poirot のエンディングクレジットでは名前を挙げられていない。 PBS で放送されたのも「ビッグ・フォー」と「死者のあやまち」の2作品のみで、残る3作品のアメリカでの公開は、インターネットでの番組配信サービス Acorn TV での配信となった。
冒頭などオーバークリフ荘(崖の上の家の意)の奥に映る美しい白堊の崖は、サセックス州イーストボーンの西に位置するセブン・シスターズと呼ばれる石灰岩質の崖で、オーバークリフ荘やレーブンズクロフト事件の現場はそのさらに西にあるシーフォード・ヘッド。ただし、オーバークリフ荘の建物と崖上の景色は明らかな合成である(オーバークリフ荘のテラスの柵の向こうは切り立った崖なのに、テラスの両脇にそちらへ降りる階段があるのは、いったいどこへつながっているのだろう?)。その合成されたオーバークリフ荘には、ロングクロス・フィルム・スタジオのマナーハウスが使われた。ここはジュリア・マッケンジー主演「ミス・マープル4」の「ポケットにライ麦を」でもベイドン・ヒースのゴルフ・ホテルとして撮影に使われている。一方、オリヴァ夫人とシリアが会ったティーラウンジはパインウッド・スタジオ内にあるヘザーデン・ホールのボールルームで、ウィロビー博士の会話中にジャロー夫人の娘がたたずむ池の畔も同スタジオの敷地内。デスモンドのコンサート会場屋内は、シェパートン・スタジオ内にあるリトルトン・ハウスで撮影されている。年間推理作家大賞の授賞式会場は、「青列車の秘密」にも登場したロンドンのパークレーン・ホテル。ジュリア・カーステアズの邸宅とマッチャム夫人の家はグレイズ・コートで、ジュリアの邸宅が本館、マッチャム夫人の家がダウワー・ハウス(未亡人用の別棟)。ウィロビー博士のケント州の自宅はネザーワイルド乗馬場。ウィロビー研究所の屋内は、やはり「ミス・マープル4」の「魔術の殺人」でストーニーゲイツの撮影がおこなわれたフォーリー・コート邸内。このフォーリー・コートの敷地では、「三幕の殺人」の森のなかの塔の撮影もおこなわれている。
デスモンドのファイルを調べにウィロビー研究所を訪れたときにポワロが登り段をあがる映像は、ウィロビー教授殺害発覚の日にタクシーを降りて登り段をあがったときの使いまわし。また、ポワロがパリへ向かう場面の汽車の映像は、「オリエント急行の殺人」からの使いまわしである。ただ、汽車が線路を駆け抜ける映像は左右反転に加えて線路奥に雪がなく、映像を加工したか、もしくは「オリエント急行の殺人」で加工する前の映像を利用していると思われる。
ギャロウェイ警視を演じるダニー・ウェブは、「コックを捜せ」のトゥイッケナム駅のポーター役以来2回目の「名探偵ポワロ」出演。ただし、その吹替は牛山茂さんから小島敏彦さんへ交代した。レーブンズクロフト将軍役のエイドリアン・ルーキスは、ジェレミー・ブレット主演の「シャーロック・ホームズの冒険」中「這う人」のジャック・ベネット役や、ジョーン・ヒクソン主演の「ミス・マープル」の「カリブ海の秘密」のティム・ケンドル役で見ることができる。一方、ジェラルディン・マクイーワン主演の「ミス・マープル」シリーズでは、バートンコックス夫人役のグレタ・スカッキを「親指のうずき」のタペンス役、ビール警部役のヴィンセント・リーガンを「バートラム・ホテルにて」のミッキー・ゴーマン役、ローズンテル夫人役のルース・シーンを「牧師館の殺人」のタラント夫人役で見ることができるほか、前述のダニー・ウェブも「バートラム・ホテルにて」にムッティ役で出演。「シャーロック・ホームズの冒険」シリーズには、ジュリア・カーステアズ役のキャロライン・ブラキストンも「三破風館」のローモンド公爵未亡人役で出演している。バックル夫人役のマクシーン・エヴァンズは、ウィル・ポールターとルーシー・ボイントン主演の「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」に、クリーニング店のボーデン夫人役で出演。
ゼリーの吹替を担当した那須佐代子さんは、2021年の舞台「検察側の証人」ではジャネット・マッケンジー役を演じている。
マリーが事件の夜のことを告白した日や、ウィロビー研究所にシリアの訪問を受けた日に彼女が着ているワンピースは、襟の飾りや袖口の有無が異なるが、「戦勝舞踏会事件」で、ポワロの出演するラジオ番組を聴くミス・レモンが着ていたのと同じもの。「ABC殺人事件」で、メアリが外出着として着ていた黒いワンピースの色違いでもある。
イーストボーンでの聞き込みについて報告するオリヴァ夫人が「でも支離滅裂」と言ったあとにポワロが「ああ」と言ったり、デスモンドの口からウィロビー博士の名が出て驚きに声を出したりするのは日本語音声のみである。
最終シリーズではイギリスから提供される映像素材の字幕部分がレイヤー分離されたらしく、 Agatha Christie: Poirot で表示されていた英語の字幕は消去されている。そのため、序盤の年間推理作家大賞の授賞式に場面が移った際に表示される「13年後」という字幕も、日本で独自に年代設定をして追加したわけではなく、 Thirteen years later という Agatha Christie: Poirot の字幕を翻訳して表示したものである。
最初にポワロがウィロビー研究所を訪れた際、ウィロビー博士の部屋の窓の外にグリーンバックがそのまま見えている。また、パリから戻ったポワロのもとへオリヴァ夫人が訪ねてきたのをマンションの上から見下ろすカットでは、画面左下の窓のなかに、撮影を覗いている住民らしき人影が見える。
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謎解きの冒頭でポワロが言う「ようやく謎が解けました。はたしてレーブンズクロフト夫妻は心中を遂げたのか、殺害されたのか、そのどちらかであることはすでに明らかです。そして、このポワロがその真相をお話しします」という台詞は、原語では 'The question to be put, it is this: Was the death of the Ravenscrofts suicide, or was it murder? (投げかけられる疑問はこうです。レーブンズクロフト夫妻の死は心中だったのか、それとも殺人か?) Because one or the other must be true. (なぜなら、そのどちらかは真相にちがいないからです) But Poirot, he says to you that both are true. (ですが、ポワロはその両方だったと申し上げます)' となっており、心中か殺害であるというのは常識的な推論の話であって、ここまでの調査の結論ではない。実際、真相としては将軍は自殺、夫人は姉に殺害されているので、心中か殺害かのどちらか(一方)であることはまったく明らかではない。そして、一方ではなく両方だったという意外性のある結論を説明の冒頭に提示するという趣旨が、日本語では訳し落とされている。
レーブンズクロフト夫妻の事件とウィロビー教授殺害事件の関連について、ポワロが「マダム・オリヴァが旧知の人たちを訪ね歩いていましたが、ポワロは別件に関わっており、マダムの行動は眼中にありませんでした。お詫びします。ところが、その別件こそに、この古いなぞを解明する鍵があったんです」と言ったのに対し、ビール警部が「ウィロビー殺害犯も突き止めたか」と反応するのは、「古いなぞ」がレーブンズクロフト夫妻の事件のほうであることに鑑みると不自然だし、そもそも「別件」すなわちウィロビー教授殺害事件がオリヴァ夫人の調査のなぞを解いたのなら、(こと事件解決に限っては)別にポワロが謝る必要はないはずである。日本語の最後の文に対応する原語は 'for what you found out in your visits into Sussex. (あなた〔オリヴァ夫人〕がサセックスへの訪問で見つけ出したこと) It was vital for the solving of both mysteries. (それが二つのなぞを解く鍵だったんです)' という表現で、むしろオリヴァ夫人の調査結果が、ウィロビー教授殺害事件も含めた両方のなぞを解く鍵になったと言っている。
ドロシアとレーブンズクロフト将軍の関係についてポワロが、「将軍に拒絶され、さらに自分の妹を奪われたドロシアは、強い嫉妬の念に駆られました」と言うが、ドロシアの嫉妬の対象は将軍ではなく妹である。原語では 'the General Alistair Ravenscroft, once he rejects Dorothea and marries her sister. Dorothea, she becomes jealous. (アリステア・レーブンズクロフト将軍はかつてドロシアを拒絶し、その妹と結婚。ドロシアは嫉妬に駆られた)' という表現で、ドロシアが妹を奪われたというニュアンスはなく、したがって嫉妬の原因もそれになりえない。
レーブンズクロフト夫人がいなくなったことについてドロシアと将軍が交わす「彼女は消えた」「何を言ってるんだ、ドロシア。彼女はわたしの妻だ!」という会話はいささか噛み合わないが、原語は 'She must have run off. (逃げたんでしょ)' 'She doesn't run off, Dorothea. She's my wife! (逃げるわけがない、ドロシア。彼女はわたしの妻だ!)' というやりとりである。そして、崖下で発見された夫人が、将軍から「姉さんの仕業か?」と訊かれて、「ちがう……そうじゃないの、あなた」と言いながら、そのあとで「〔姉に〕押……押されたの」と明かすのは言うことが変わっているが、原語だと夫人の最初の答えは 'It isn't her fault, Alistair. (姉のせいじゃないの、あなた)' という表現で、責任の有無のみを論じており、ドロシアの「仕業」であることは否定していなかった。一方、そのあと夫人が「ゼリー、最後のお願いよ」と言いながら特に頼み事をしないのも不自然に聞こえるかもしれないが、原語は 'Zélie. Make him do as I ask. (ゼリー、この人にわたしの頼んだとおりにさせて)' という表現なので(だから、ゼリーは決断を促す、あるいは決断を見届けるかのように将軍を見つめる)、日本語で言いたかったのは、「ゼリー、わたしの死に際のお願いなのだから、聞くように夫にいって」という趣旨であったと思われる。なお、「彼女をつらい目に遭わせないで。もう絶対にあの治療はだめよ。約束してちょうだい、アリステア」というその「最後〔最期〕のお願い」も、やはり原語だと 'Please don't let her suffer for it. (その〔自分のしていることがわからない〕せいで姉を苦しませないで) Don't let them give her that treatment again. (もうあの治療は受けさせないで) Promise me, Alistair. Promise me you'll save her. (約束してちょうだい、アリステア。姉を救うと約束して)' という表現で、ドロシアを殺して終わりにしてほしいと遠まわしに頼んでいることが、より明確にわかる。また、心中の際に将軍とドロシアが交わす「じゃあ、ドロシア」「どこかへ行くの?」「これで終わりだ。わかってくれ。僕もいく」というやりとりも、原語は 'Goodbye, Dorothea. (さよなら、ドロシア)' 'Where are you going? (あなた、どこへ行くの?)' 'Hell, I expect. (地獄かな) This is for Margaret. (これはマーガレットのため) This is for me. (これはぼくのためだ)' という表現で、ドロシアの射殺は夫人の頼みを聞き届けたものであり、将軍の自殺はその責めを負ったもの、あるいは夫人との約束を果たし終えて夫人のもとへ行くためであることがわかる。
マーガレットとして戻ってきたドロシアが、日本語だと「おはよう、ウィティカーさん、朝食をお願いね」と言うが、原語は 'Good morning, Mrs Whittaker. Have we something nice for lunch? (おはよう、ウィティカーさん、昼食においしいものをいただける?)' で、頼んでいるのは昼食である。
マリーの「どうやって突き止めたの?」という質問につづくポワロの説明は、日本語だといくつかのセンテンスが訳し落とされていたりするためわかりにくいが、マリーがボストン出身のアイルランド系アメリカ人ということになっていたことを受けてのもので(マクダーモットという偽の姓もアイルランド系を思わせる)、原語のやりとりは 'The Boston Irish, mademoiselle, they venerate the 17th of March. (ボストンのアイルランド人は3月17日を大切にします)' 'St. Patrick's Day. (聖パトリックの日ね)' 'Oui. There is always the big parade. Everyone knows what they are doing on the 17th of March. (そう、毎年大きなパレードが催されて、3月17日に何をしていたか忘れる人はいません) Also your accent, mademoiselle, if you are from Boston as you say that you are, in the state of Massachusetts, then you will pronounce the last letter of the alphabet "Zee." (それにあなたの言葉も、自分で言うようにマサチューセッツ州のボストン出身なら、アルファベットの最後の文字を『ズィー』と発音するはず) But no, you pronounce it "Zed." You are Canadian, mademoiselle. And Poirot, he has heard this immediately. (ところがあなたは『ゼッド』と発音する。あなたはカナダ人ですね。ポワロはそれをすぐに聞き分けましたよ)' というもの。ここで名前が挙がる聖パトリックは、アイルランドにキリスト教を普及させた立役者とされる聖人で、アイルランド本国およびアイルランド系移民のあいだでとみに敬愛され、その記念日は大きく祝われることで知られる。また Z の発音に関するくだりは、ビール警部の尋問中にマリーが、自分の仕事について「ファイリングをして……」と言った部分のことで、原語ではこれが 'I do files from A to Z... (A から Z までファイリングして……)' となっていて Z を含む台詞であり、ポワロが何かに気づいたように首を動かしたのが、マリーが Z を発音したタイミングであった。カナダ英語は基本的にアメリカ英語にきわめて近いが、ポワロの言うように、 Z に関しては「ズィー」ではなくイギリス英語同様に「ゼッド」と読む。それ以外の部分では、イギリス英語では officer と呼ぶ「警官」を初登場時から cop と言うなど、原語のマリーはいかにもアメリカ英語に聞こえる英語を話していた。マリーが送られたのはカナダのフランス語圏であるモントリオールであったことがのちにわかるが、ポワロが以前マリーに(原語音声では)フランス語で質問したのも、それが通じるかどうか確かめて、カナダ出身の可能性を探るためだったのだろうか。もっとも、その質問はマリーが Z を発音するより前に訊ねられているけれど。
ポワロが上記の説明につづけて「あなたがイギリスまで乗ってきたというフランス号ですが、乗客名簿を調べました。そこにあったのはマリー・マクダーモットではなく、メリー・ジャローという名前……」と言ったところで、シリアが「あなたのお母さんね!」と激昂するが、マリーの母親はドロシア・ジャローであり、メリー・ジャローはマリーの本名のはず。シリアの台詞の原語は 'Your mother killed mine! (あなたのお母さんがわたしのお母さんを殺したのね!)' というもので、ドロシアがマーガレットを殺したこと、マリーがドロシアの娘であることは事前に明かされており、ここにいたってシリアがこのように怒りをあらわにするのは確かに若干不自然かもしれず、翻訳時に何かの誤解を生じたのかもしれないが、ドロシアは13年前にイギリスで死亡したと説明されたばかりであり、半年前の船で渡英するはずもなく、何より名前が違うのだから、日本語はもっと不自然である。シリアの激発の理由は、ポワロの説明でマリーがドロシアの娘であることが確定的となり、すべてがつながって急に怒りが湧いてきたというところだろうか。ところで、パリから戻ってきたポワロにオリヴァ夫人が渡した書類は、原語音声では the shipping office (船会社のオフィス) で取得してきたことになっており、ここでそれがフランス号の乗船名簿だったことがわかる。
ドロシアから受け取った手紙に書かれた治療の内容についてマリーが「そのときは理解できなかったけど、今なら理解できる。そして、戻ってきた」と言う台詞は、日本語だと単にマリーから見ての話になっているが、原語は 'She knew I was too young to understand, but one day I would understand—and one day I'd come back. (母もわたしが幼すぎて理解できないのはわかっていたけど、いつかは理解できる――そして、いつかは戻ってくると)' という表現で、いずれマリーが理解して復讐に及ぶことをドロシアが期待していた(とマリーが解釈している)ことがわかる。
最後にオリヴァ夫人が言う「あなたもわたしも象ね、過去を見たがる象」という台詞は、原語だと 'You and I are elephants, you know. We are good at remembering. (あなたもわたしも象ね、何でもよく憶えている)' と、日本語よりもタイトルに寄り添った表現になっており、ポワロの「いいえ、マダム、私たちは人間です。そして人間には忘れるという慈悲があります (No, no, no, madame, we are human beings. And human beings mercifully they can forget.)」という台詞にも素直につながる。ただし、そのオリヴァ夫人の述懐はドラマオリジナルの台詞であり、それを受けたポワロの台詞のほうが原作ではオリヴァ夫人の発言だった。
本作の原作はしばしば、提示される謎が物語の興味を持続させるには弱いという批判を受けており、実際、主演のスーシェも本作の映像化には困難を感じていたという[2]。そのためか、原作ではマーガレットとドロシアの姉妹の関係を語る証人の一人に過ぎなかったウィロビー医師をドラマではポワロの友人とし、原作では初めから故人として登場した、その父親が殺害される事件を現在の捜査対象として追加している。この脚色に伴って配されたマリー・マクダーモットやビール警部はドラマオリジナルの登場人物である。このビール警部の追加によってギャロウェイ警視はややムードメーカー的な存在に追いやられ、原作でギャロウェイ警視を紹介したスペンス警視も「ハロウィーン・パーティー」同様に出番を削られることになった。同じく、原作には登場していたミス・レモンの出番もない。撮影は2013年1月10日に開始し、2月上旬までおこなわれた[3][4]。吹替音声の収録は同年10月だが、熊倉一雄さんのポワロの台詞は別収録だったようだ。最終シリーズでは本作だけエピソードタイトルのフォントが明朝体(マティス)である。
第10シリーズ以降、ホワイトヘイブン・マンションの外観が映る場面はずっと同一の映像を(場合によっては色合いの調整や合成を加えて)使いまわしていたが、本作では新たな(そしておそらくは最後の)マンションの外観や玄関前を写す撮影が多数おこなわれた。その際、入り口のひさしにあるマンション名の表示は第10シリーズと同様だが、玄関前の昇り段の両脇に置かれた植木はなくなっている。なお、ポワロがマンションからタクシーで向かったはずのウィロビー研究所の外観に使われたディーン・リーズ・ハウスも、実はマンションが撮影されたチャーターハウス・スクエアのすぐ奥、ラットランド・プレースにあり、ポワロがパリから帰ったあとにオリヴァ夫人が訪ねてくる場面では、マンション前からウィロビー研究所が見えないように車を置いて隠しているが、車の窓とドアの隙間から、実は一瞬だけ研究所の建物が見える。また過去の作品でも、ときどき(たとえば「コックを捜せ」で最初にマンションの外観が映る場面や、「アクロイド殺人事件」でマンション前の公園をポワロとジャップ警部が歩いている場面など)マンションの向かって左側に研究所の建物が映っていた。一方、逆にシリアが研究所を訪問した際には、第1シリーズで何度も映ったマンション前の守衛所が画面奥に見える。さらに、デスモンドのコンサート会場外観はスクエアの名前にもなっているチャーターハウスで、〈ユージン・アンド・ローズンテル〉の外観として使用されたのも、スクエアから道を一本入ったチャーターハウス・ミューズにある〈ル・カフェ・デュ・マルシェ〉である。
序盤、ポワロの呼びかけにジョージが答えるが姿は見せない。このときの声はいつもの坂本大地さんではなくレーブンズクロフト将軍役のこねり翔さんがかけ持ちしており、原語音声でもデビッド・イェランドのものではないようだ。また、デスモンドが2度目にポワロのマンションを訪ねた場面では、ジョージよりも若い男性がドアを開けたのが一瞬だけ映る。
ポワロの書斎に置かれたオリヴァ夫人の著作群のうち、テーマカラーが橙色の The Widow's Veil と、薄紫色の To Kill a Dream の2冊だけは背表紙の円のなかにシンボルが描かれておらず、 The Widow's Veil のほうは本の厚みとカバーの背表紙もあっていない。また、窓側の壁に掛けられた日本画の配置が換わり、「ハロウィーン・パーティー」では右側に掛けられていた絵が左側に移っている。
〈驚きの風呂〉から水を抜いてビール警部が遺体を確認した際、死んでいるはずのウィロビー教授の口がかすかに動くのがわかる。
オリヴァ夫人がシリアに対して務めた「名付け親 (godfather/godmother)」とは、洗礼式に親の代理として立ち会った人のことで、必ずしも子の名前(洗礼名)を決めるとは限らず、正式には「教父母」(教派によっては「代父母」)という。名付け子の成長過程における後見を求められ、誕生日などにはしばしば贈り物をする。
オリヴァ夫人にデスモンドのことを訊かれたシリアが「いったい、何を企んでるんだか、わたしたちはお互い愛しあってる」と言ったところは、日本語だとバートンコックス夫人の意図を気にしているように聞こえるが、原語は 'Look, I don't know what you know, but I'm fond of Desmond and he's fond of me. (ねえ、何をご存じかは知らないけど、わたしたちはお互い愛しあってる)' という表現で、オリヴァ夫人の意図を言っている。また、バートンコックス夫人の依頼の内容を聞いたシリアが吐きすてた「変態!」という台詞は原語だと 'The beast!' で、これには必ずしも倒錯的なニュアンスはなく、「獣」という原意から、「けだもの」「人でなし」等の強い嫌悪を表す言葉である。そのあと、オリヴァ夫人が言う「知らずにはいられないみたい」も、バートンコックス夫人の関心の強さを言っているように聞こえるが、原語は 'She thought I might know something about it. (わたしなら何か知っているかもと思ったみたい)' で、だから「でもわたしは、そのときアメリカにいたし〔実際は知らないの〕」とつづく。
象を求めてイーストボーンへ向かうオリヴァ夫人が回想するシリアの台詞は、日本語だと「男女二人の心中なら、男が先に逝くでしょうね。父のような人ならまだしも母が――それを先導したなんて」となっていて、お互いが自分を撃ったという前提でどちらが先に自殺したかという話だが、原語は 'If I had to say which was most likely, I should say my father. (あえてどちらがありそうかといえば、〔撃ったのは〕父でしょうね) It's more natural for a man to shoot someone, isn't it? (人を撃つのは男のほうが自然じゃないかしら) I don't think my mother would have fired a gun. (母が銃を撃ったとは思えないわ)' という表現で、一方が相手を撃ったあと自殺したという前提でどちらがそれらしいかという話をしており、当初のバートンコックス夫人の問いかけに沿ったものとなっている。
ジュリア・カーステアズが思い出話として言う「花嫁の付添人たちが下品な日傘をさしてた」は、原語だと 'All the bridesmaids in a vile shade of apricot. (花嫁の付添人がみんな下品な杏色〔淡い黄赤〕を着てた)' で、 shade は「日傘」ではなく「色合い」の意味。また彼女は、マーガレット・レーブンズクロフトがカツラを使っていた理由について「癌か何かで禿げたのかもしれないけど」と推測を口にするが、癌の際の脱毛は抗癌剤の副作用に起因するもので、まだ化学療法がおこなわれていない1920〜30年代では時代にあわない。レーブンズクロフト家と彼女が言葉を交わしたというアムリッツァはインドの都市で、「でも、アムリッツァで……カツラはねえ」と彼女が言ったのは、暑いインドでカツラはつけていられないということ。さらに、レーブンズクロフト将軍のピストルについて訊かれて「近隣も物騒だったから。サセックスとはちがってよ。なにやら、計り知れない不気味さがあって。彼女もかなりまいってた」と言ったところは、原語だと 'Fear of the natives, you see. (〔インドでは〕現地住民の危険があるでしょう) Not usually a problem in Sussex, but... unfathomable things in everybody's lives. (〔イギリスの〕サセックスではあまり問題はなかったけど、でも……誰の人生にも計り知れないことがあるものよ) She was neurotic always. (奥さんがずっと神経過敏だったの)' と言っており、インドの話は最初だけで、残りはイギリスに戻ってからの話をしている。日本語はおそらく、そのあとが「インドがよっぽどつらかったのね」とつづくために、ずっとインドの話と誤解してしまったのだろう。
研究所の地下でポワロに「水治療法をご存じ?」と訊かれたマリーが「は!?」と戸惑ったのは、原語だと質問が « Vous ne l'avez (pas) vu à l'avance ? (以前に見たことがありませんか?) » というフランス語だったためである。
ビール警部の聴取でマリーが最初は歩いて帰宅したと言いながら、あとで「自分でもよく憶えていないんです。帰ったかどうか」と言うのは話が変わっているが、警部はそれを聞きとがめた気配を見せない。マリーの台詞は原語だと 'Did I say I was at home all night? (一晩じゅう家にいたっていいました?) I don't remember that. (そんな〔ことをいった〕記憶はありませんけど)' という表現で、要するに徒歩で退勤したがそのまま外出したと言っている。
オリヴァ夫人の元ばあやのマッチャム夫人が登場。「ひらいたトランプ」では、オリヴァ夫人は自分を置き去りにしたウェールズ人の乳母の話をしていたが、マッチャム夫人はそれとは別の乳母だろうか。そして、オリヴァ夫人がそのマッチャム夫人の部屋に通されたあと、日本語だと二人が「まあまあ」「何年前のことになるかしら」と会話するが、原語は 'Well, well. (まあまあ)' 'It is years. (久しぶりね)' 'It is years, Nanny. (久しぶりだわ、ばあや)' というやりとりで、オリヴァ夫人の台詞がもう一つある。また、帰り際オリヴァ夫人がバックル夫人に「あなたにひとつ――」と何かを訊きかけたのに、「昼寝は日課。あとは任せて」と言われてそのまま帰ろうとするのはやや不自然だが、原語だとオリヴァ夫人は 'Perhaps you could— (もしよければ――)' と言っており、おそらくはマッチャム夫人のことを頼もうとしたのだろう。
研究所の水治療設備は最近(原語だと many years (長年) などもっと長いニュアンスがある)使われていなかったという話を受けて、ポワロが「だが、犯人はあえてそこを選んだ」と言ったところは、原語だと 'And yet the murderer knew how to use it. (だが、犯人はその使い方を知っていた)' と言っており、だからそのあとビール警部がウィロビー博士に使い方を知っていたか確認する。また、博士が研究所で借りている部屋について、ウィロビー夫人が「わたしは知りません」と言うところは、原語だと 'I've barely been in it. (わたしはほとんど行ったこともありません)' という表現で、博士の秘密がそこに存在することをいっそう示唆した表現になっている。
ホワイトヘイブン・マンション前でオリヴァ夫人がビール警部に言う「サセックスで連日象を追いかけてるの」という台詞は、原語だと 'I've spent all day driving round Sussex, chasing elephants. (象を追いかけて一日中サセックスを車で走りまわっていたの)' という表現で、ジュリア・カーステアズとマッチャム夫人への訪問は同日のことであり、ここは朝からの聞き込みが終わって夜にポワロを訪ねてきた場面だった。
ギャロウェイ元警視がレーブンズクロフト事件当時のゼリーについて「言葉はたどたどしかったな」と言うが、原語の評価は 'Foreign, I don't think she understood much. (外国人で、〔状況を〕あまり理解できなかっただろう)' という表現で、要するに犯人になりえないという趣旨である。また、警視が口にする「罪は古いほど影が長い (Old sins have long shadows)」は、日本語訳は異なるが「ハロウィーン・パーティー」でもポワロが言及するクリスティーが好んだテーマである。罪は遠い過去のものであっても長く影響を残すものだという意味で、過去に遠ざかっていっても現在に届くためには確かに影が長くなっていく必要があるのだが、日本語で感じられるような、罪が古くなるほど影響が強まるニュアンスはない。
〈ユージン・アンド・ローズンテル〉がかつて店を構えていたというボンド通りのあるメイフェア地区はロンドンの一等地。オリヴァ夫人が住まいはメイフェアと言った途端に〈マダム・ローズンテル〉の態度が変わったのもそのためで、これが南ロンドンのトゥーティング・ベックに移ったということは、言外に美容院が流行の先端からはずれたことを感じさせる(ちなみに、類似の文脈でトゥーティングが言及されていた「三幕の殺人」も、やはり本作と同じニック・ディアの脚本である)。なお、ボンド通りについて〈マダム・ローズンテル〉が日本語で「バートのボンド通りよ、憶えてる?」と言った台詞は、原語では 'Bond Street, Bert. Remember? (ボンド通りよ、バート。憶えてる?)' という台詞で、ここの Bert (バート) は地名ではなく男性名の呼びかけ。おそらく〈ムッシュウ・ユージン〉は美容院のイメージ作りのための仕事上の名前で、その本名(の愛称)がバートなのだろう。ちなみに、原語音声で〈マダム・ローズンテル〉の話す英語はロンドン訛りがきつく、フランス人らしさはまったくない。
シリアがポワロのマンションを訪ねた際、シリアもオリヴァ夫人もイギリス人なのに、日本語音声ではなぜかオリヴァ夫人のことを「マダム・オリヴァ」と呼ぶが、原語音声では普通に Mrs Oliver と呼んでいる。
マリーが翌朝出勤したときの話をして「警備員がアラームを解除したのはその頃でしょう」と言ったところは、原語だと 'It must have been at that time the night watchman raised the alarm. (警備員が急を報せたのがその頃でしょう)' と言っており、つまりウィロビー教授の遺体発見のことを言っている。事件の発覚は暗い時間帯で夜らしくも見えるが、年末あるいは年始のロンドンの日の出は午前8時を過ぎる。ただ、発覚前にポワロの書斎の時計が9時を指しており、9時であればもうすこし明るくなっていそうにも思える。
ポワロとマリーのあいだで「イギリスへ来たのは去年の夏ですね?」「ええ、半年前、フランス号で」「では、その年の3月はまだボストンに?」というやりとりがあり、去年を「その年」と言うのは違和感があるが、原語では「去年の夏」は last summer 、「その年の3月」は March of this year なので、本来は「この前の夏」「今年の3月」と訳すべきところ。したがって、撮影時期は年明けなのに対して、原語では年末、日本語では年初が舞台と考えられる。冒頭の「年間推理作家大賞」の授賞式も年末のイベントととらえるのが自然に思われるが、日本語では「本年度の」と修飾句がついており、暦年と異なる対象年度を想定しているのだろうか。その場合、今度は「年間」という表現がすこし引っかかってくるけれど。
2回のウィロビー邸訪問ではどちらも、屋外の場面では降っていなかった雪が、屋内の場面では窓の向こうで激しく降っており、それぞれをまとめて撮影したことが推察される。
ポワロと初めて対面したバートンコックス夫人が言う「フランスの方? フランス語は嫌いよ」は、原語では 'Is he a French? (フランスの方?) I can't stand the French. (フランス人は嫌いよ)' という台詞で、嫌っているのはフランス語ではなくフランス人であり(「フランス語」の意味では French に the はつけない)、その直前の場面で明らかになった、デスモンドとゼリーの関係が背景にある台詞であったと思われる。これが日本語で「フランス語」と訳されてしまったのは、直前のポワロの「光栄です、マダム」が、原語では « Enchenté, madame. » とフランス語だったからだろうか。また、バートンコックス夫人が「わたしだって、この歳になってリスクは負いたくありませんから」と言ったところは、原語だと 'Well, there are certain risks that one might not wish to take. (だって、負いたくない類いのリスクもありますからね)' という表現で、字義上は自分のリスクの話ではない。
デスモンドのリサイタルの開始時刻ぎりぎりにやってきたオリヴァ夫人にポワロが言う「彼らはもう席にいます」は、日本語だと「彼ら」が具体的に誰を指すのかよくわからないが、対応する原語の they はもっと漠然と複数の人を表すことができ、ここでは聴衆を指す。つまり、「みんなもう席についていますよ」ということ。
原語音声において、フランス人であるゼリーがポワロを迎えたときの第一声は、パリという場所、そしてしばしばフランス人とまちがえられる外見のポワロを相手にしながら、なぜか英語である。
ゼリーに「あえて事を、荒立てなくてもいいんじゃないかしら」と言われたポワロが「でもわたしはあなたがたった今口にしたあることによってあなたが、何かを知っていることを確信した」と返すところは、「あること」や「何か」が具体的に何なのか、真相を知ってもよくわからないが、原語は 'Isn't it better to leave things, when at least they have been accepted? (すくなくともそれで受け入れられていることは、そのままにおくのがいいんじゃないかしら)' 'But from what you have just said, from that one little sentence, I consider that you know what happened that day (でもあなたがたった今口にしたこと、その些細な1回の答えによって、わたしはあなたがあの日起きたことを知っていると思いました)' というやりとりで、ゼリーの発言は真実が世間に受け入れられているとおりでないことを示唆し、その発言全体によってポワロは当日に起きたこと全体をゼリーが知っていると判断している。また、ポワロがゼリーを説得する「マドモワゼル、あの二人にはぜひとも幸せになってもらいたい、そう思いませんか? わたしはそう思います」という台詞は、原語で聞くと 'Mademoiselle, neither you nor I are married. Well, we may never be married, but they should be. (マドモワゼル、あなたも私も独身で、これからも結婚しないかもしれない。でもあの二人は結婚するべきです)' という表現で、お互いに独身を通す孤独な身であればこその逆説的な共感に訴えるものとなっている。
イーストボーンに行くと言って姿を消したシリアについてデスモンドが「亡霊だとか何だとか、訳のわからないことを口走って」と言うが、原語では「亡霊」の部分は exorcising ghosts (亡霊を祓うとか) と言っており、つまりリサイタル会場での「厄祓い (drive out my demons) でもしろと?」と類似の表現になっている。また、デスモンドは「研究所から戻ってきてから〔シリアは〕おかしかったんです」とも言うが、原語は 'This was straight after she came back from the Willoughby Institute. (研究所から戻ってきた直後のことでした)' という表現で、ウィロビー研究所から戻ったあとシリアがそれに心を奪われていた期間があったわけではなく、戻ってすぐにイーストボーンへ発っている。
序盤、ポワロがラジオで聴いているピアノ曲は、ショパン作曲の3つの新しい練習曲第3番(第2番とされることもある)。また、コンサートでデスモンドが演奏したのは、バッハ作曲のゴルトベルク変奏曲 (BWV 988) のアリアと平均律クラヴィーア曲集第1巻第2番 (BWV 847) の前奏曲。ゴルトベルク変奏曲は、「第三の女」でもポワロがラジオで聴いていた。
エンディングクレジットで制作に名を連ねるマスターピースは、アメリカの公共放送 PBS のメンバーである WGBH が手がける、英ドラマの放送枠なのだが、第13シリーズでは「ビッグ・フォー」と「死者のあやまち」、「カーテン 〜ポワロ最後の事件〜」の制作にしか参加しておらず、本作と「ヘラクレスの難業」の Agatha Christie: Poirot のエンディングクレジットでは名前を挙げられていない。 PBS で放送されたのも「ビッグ・フォー」と「死者のあやまち」の2作品のみで、残る3作品のアメリカでの公開は、インターネットでの番組配信サービス Acorn TV での配信となった。
冒頭などオーバークリフ荘(崖の上の家の意)の奥に映る美しい白堊の崖は、サセックス州イーストボーンの西に位置するセブン・シスターズと呼ばれる石灰岩質の崖で、オーバークリフ荘やレーブンズクロフト事件の現場はそのさらに西にあるシーフォード・ヘッド。ただし、オーバークリフ荘の建物と崖上の景色は明らかな合成である(オーバークリフ荘のテラスの柵の向こうは切り立った崖なのに、テラスの両脇にそちらへ降りる階段があるのは、いったいどこへつながっているのだろう?)。その合成されたオーバークリフ荘には、ロングクロス・フィルム・スタジオのマナーハウスが使われた。ここはジュリア・マッケンジー主演「ミス・マープル4」の「ポケットにライ麦を」でもベイドン・ヒースのゴルフ・ホテルとして撮影に使われている。一方、オリヴァ夫人とシリアが会ったティーラウンジはパインウッド・スタジオ内にあるヘザーデン・ホールのボールルームで、ウィロビー博士の会話中にジャロー夫人の娘がたたずむ池の畔も同スタジオの敷地内。デスモンドのコンサート会場屋内は、シェパートン・スタジオ内にあるリトルトン・ハウスで撮影されている。年間推理作家大賞の授賞式会場は、「青列車の秘密」にも登場したロンドンのパークレーン・ホテル。ジュリア・カーステアズの邸宅とマッチャム夫人の家はグレイズ・コートで、ジュリアの邸宅が本館、マッチャム夫人の家がダウワー・ハウス(未亡人用の別棟)。ウィロビー博士のケント州の自宅はネザーワイルド乗馬場。ウィロビー研究所の屋内は、やはり「ミス・マープル4」の「魔術の殺人」でストーニーゲイツの撮影がおこなわれたフォーリー・コート邸内。このフォーリー・コートの敷地では、「三幕の殺人」の森のなかの塔の撮影もおこなわれている。
デスモンドのファイルを調べにウィロビー研究所を訪れたときにポワロが登り段をあがる映像は、ウィロビー教授殺害発覚の日にタクシーを降りて登り段をあがったときの使いまわし。また、ポワロがパリへ向かう場面の汽車の映像は、「オリエント急行の殺人」からの使いまわしである。ただ、汽車が線路を駆け抜ける映像は左右反転に加えて線路奥に雪がなく、映像を加工したか、もしくは「オリエント急行の殺人」で加工する前の映像を利用していると思われる。
ギャロウェイ警視を演じるダニー・ウェブは、「コックを捜せ」のトゥイッケナム駅のポーター役以来2回目の「名探偵ポワロ」出演。ただし、その吹替は牛山茂さんから小島敏彦さんへ交代した。レーブンズクロフト将軍役のエイドリアン・ルーキスは、ジェレミー・ブレット主演の「シャーロック・ホームズの冒険」中「這う人」のジャック・ベネット役や、ジョーン・ヒクソン主演の「ミス・マープル」の「カリブ海の秘密」のティム・ケンドル役で見ることができる。一方、ジェラルディン・マクイーワン主演の「ミス・マープル」シリーズでは、バートンコックス夫人役のグレタ・スカッキを「親指のうずき」のタペンス役、ビール警部役のヴィンセント・リーガンを「バートラム・ホテルにて」のミッキー・ゴーマン役、ローズンテル夫人役のルース・シーンを「牧師館の殺人」のタラント夫人役で見ることができるほか、前述のダニー・ウェブも「バートラム・ホテルにて」にムッティ役で出演。「シャーロック・ホームズの冒険」シリーズには、ジュリア・カーステアズ役のキャロライン・ブラキストンも「三破風館」のローモンド公爵未亡人役で出演している。バックル夫人役のマクシーン・エヴァンズは、ウィル・ポールターとルーシー・ボイントン主演の「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」に、クリーニング店のボーデン夫人役で出演。
ゼリーの吹替を担当した那須佐代子さんは、2021年の舞台「検察側の証人」ではジャネット・マッケンジー役を演じている。
マリーが事件の夜のことを告白した日や、ウィロビー研究所にシリアの訪問を受けた日に彼女が着ているワンピースは、襟の飾りや袖口の有無が異なるが、「戦勝舞踏会事件」で、ポワロの出演するラジオ番組を聴くミス・レモンが着ていたのと同じもの。「ABC殺人事件」で、メアリが外出着として着ていた黒いワンピースの色違いでもある。
イーストボーンでの聞き込みについて報告するオリヴァ夫人が「でも支離滅裂」と言ったあとにポワロが「ああ」と言ったり、デスモンドの口からウィロビー博士の名が出て驚きに声を出したりするのは日本語音声のみである。
最終シリーズではイギリスから提供される映像素材の字幕部分がレイヤー分離されたらしく、 Agatha Christie: Poirot で表示されていた英語の字幕は消去されている。そのため、序盤の年間推理作家大賞の授賞式に場面が移った際に表示される「13年後」という字幕も、日本で独自に年代設定をして追加したわけではなく、 Thirteen years later という Agatha Christie: Poirot の字幕を翻訳して表示したものである。
最初にポワロがウィロビー研究所を訪れた際、ウィロビー博士の部屋の窓の外にグリーンバックがそのまま見えている。また、パリから戻ったポワロのもとへオリヴァ夫人が訪ねてきたのをマンションの上から見下ろすカットでは、画面左下の窓のなかに、撮影を覗いている住民らしき人影が見える。
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謎解きの冒頭でポワロが言う「ようやく謎が解けました。はたしてレーブンズクロフト夫妻は心中を遂げたのか、殺害されたのか、そのどちらかであることはすでに明らかです。そして、このポワロがその真相をお話しします」という台詞は、原語では 'The question to be put, it is this: Was the death of the Ravenscrofts suicide, or was it murder? (投げかけられる疑問はこうです。レーブンズクロフト夫妻の死は心中だったのか、それとも殺人か?) Because one or the other must be true. (なぜなら、そのどちらかは真相にちがいないからです) But Poirot, he says to you that both are true. (ですが、ポワロはその両方だったと申し上げます)' となっており、心中か殺害であるというのは常識的な推論の話であって、ここまでの調査の結論ではない。実際、真相としては将軍は自殺、夫人は姉に殺害されているので、心中か殺害かのどちらか(一方)であることはまったく明らかではない。そして、一方ではなく両方だったという意外性のある結論を説明の冒頭に提示するという趣旨が、日本語では訳し落とされている。
レーブンズクロフト夫妻の事件とウィロビー教授殺害事件の関連について、ポワロが「マダム・オリヴァが旧知の人たちを訪ね歩いていましたが、ポワロは別件に関わっており、マダムの行動は眼中にありませんでした。お詫びします。ところが、その別件こそに、この古いなぞを解明する鍵があったんです」と言ったのに対し、ビール警部が「ウィロビー殺害犯も突き止めたか」と反応するのは、「古いなぞ」がレーブンズクロフト夫妻の事件のほうであることに鑑みると不自然だし、そもそも「別件」すなわちウィロビー教授殺害事件がオリヴァ夫人の調査のなぞを解いたのなら、(こと事件解決に限っては)別にポワロが謝る必要はないはずである。日本語の最後の文に対応する原語は 'for what you found out in your visits into Sussex. (あなた〔オリヴァ夫人〕がサセックスへの訪問で見つけ出したこと) It was vital for the solving of both mysteries. (それが二つのなぞを解く鍵だったんです)' という表現で、むしろオリヴァ夫人の調査結果が、ウィロビー教授殺害事件も含めた両方のなぞを解く鍵になったと言っている。
ドロシアとレーブンズクロフト将軍の関係についてポワロが、「将軍に拒絶され、さらに自分の妹を奪われたドロシアは、強い嫉妬の念に駆られました」と言うが、ドロシアの嫉妬の対象は将軍ではなく妹である。原語では 'the General Alistair Ravenscroft, once he rejects Dorothea and marries her sister. Dorothea, she becomes jealous. (アリステア・レーブンズクロフト将軍はかつてドロシアを拒絶し、その妹と結婚。ドロシアは嫉妬に駆られた)' という表現で、ドロシアが妹を奪われたというニュアンスはなく、したがって嫉妬の原因もそれになりえない。
レーブンズクロフト夫人がいなくなったことについてドロシアと将軍が交わす「彼女は消えた」「何を言ってるんだ、ドロシア。彼女はわたしの妻だ!」という会話はいささか噛み合わないが、原語は 'She must have run off. (逃げたんでしょ)' 'She doesn't run off, Dorothea. She's my wife! (逃げるわけがない、ドロシア。彼女はわたしの妻だ!)' というやりとりである。そして、崖下で発見された夫人が、将軍から「姉さんの仕業か?」と訊かれて、「ちがう……そうじゃないの、あなた」と言いながら、そのあとで「〔姉に〕押……押されたの」と明かすのは言うことが変わっているが、原語だと夫人の最初の答えは 'It isn't her fault, Alistair. (姉のせいじゃないの、あなた)' という表現で、責任の有無のみを論じており、ドロシアの「仕業」であることは否定していなかった。一方、そのあと夫人が「ゼリー、最後のお願いよ」と言いながら特に頼み事をしないのも不自然に聞こえるかもしれないが、原語は 'Zélie. Make him do as I ask. (ゼリー、この人にわたしの頼んだとおりにさせて)' という表現なので(だから、ゼリーは決断を促す、あるいは決断を見届けるかのように将軍を見つめる)、日本語で言いたかったのは、「ゼリー、わたしの死に際のお願いなのだから、聞くように夫にいって」という趣旨であったと思われる。なお、「彼女をつらい目に遭わせないで。もう絶対にあの治療はだめよ。約束してちょうだい、アリステア」というその「最後〔最期〕のお願い」も、やはり原語だと 'Please don't let her suffer for it. (その〔自分のしていることがわからない〕せいで姉を苦しませないで) Don't let them give her that treatment again. (もうあの治療は受けさせないで) Promise me, Alistair. Promise me you'll save her. (約束してちょうだい、アリステア。姉を救うと約束して)' という表現で、ドロシアを殺して終わりにしてほしいと遠まわしに頼んでいることが、より明確にわかる。また、心中の際に将軍とドロシアが交わす「じゃあ、ドロシア」「どこかへ行くの?」「これで終わりだ。わかってくれ。僕もいく」というやりとりも、原語は 'Goodbye, Dorothea. (さよなら、ドロシア)' 'Where are you going? (あなた、どこへ行くの?)' 'Hell, I expect. (地獄かな) This is for Margaret. (これはマーガレットのため) This is for me. (これはぼくのためだ)' という表現で、ドロシアの射殺は夫人の頼みを聞き届けたものであり、将軍の自殺はその責めを負ったもの、あるいは夫人との約束を果たし終えて夫人のもとへ行くためであることがわかる。
マーガレットとして戻ってきたドロシアが、日本語だと「おはよう、ウィティカーさん、朝食をお願いね」と言うが、原語は 'Good morning, Mrs Whittaker. Have we something nice for lunch? (おはよう、ウィティカーさん、昼食においしいものをいただける?)' で、頼んでいるのは昼食である。
マリーの「どうやって突き止めたの?」という質問につづくポワロの説明は、日本語だといくつかのセンテンスが訳し落とされていたりするためわかりにくいが、マリーがボストン出身のアイルランド系アメリカ人ということになっていたことを受けてのもので(マクダーモットという偽の姓もアイルランド系を思わせる)、原語のやりとりは 'The Boston Irish, mademoiselle, they venerate the 17th of March. (ボストンのアイルランド人は3月17日を大切にします)' 'St. Patrick's Day. (聖パトリックの日ね)' 'Oui. There is always the big parade. Everyone knows what they are doing on the 17th of March. (そう、毎年大きなパレードが催されて、3月17日に何をしていたか忘れる人はいません) Also your accent, mademoiselle, if you are from Boston as you say that you are, in the state of Massachusetts, then you will pronounce the last letter of the alphabet "Zee." (それにあなたの言葉も、自分で言うようにマサチューセッツ州のボストン出身なら、アルファベットの最後の文字を『ズィー』と発音するはず) But no, you pronounce it "Zed." You are Canadian, mademoiselle. And Poirot, he has heard this immediately. (ところがあなたは『ゼッド』と発音する。あなたはカナダ人ですね。ポワロはそれをすぐに聞き分けましたよ)' というもの。ここで名前が挙がる聖パトリックは、アイルランドにキリスト教を普及させた立役者とされる聖人で、アイルランド本国およびアイルランド系移民のあいだでとみに敬愛され、その記念日は大きく祝われることで知られる。また Z の発音に関するくだりは、ビール警部の尋問中にマリーが、自分の仕事について「ファイリングをして……」と言った部分のことで、原語ではこれが 'I do files from A to Z... (A から Z までファイリングして……)' となっていて Z を含む台詞であり、ポワロが何かに気づいたように首を動かしたのが、マリーが Z を発音したタイミングであった。カナダ英語は基本的にアメリカ英語にきわめて近いが、ポワロの言うように、 Z に関しては「ズィー」ではなくイギリス英語同様に「ゼッド」と読む。それ以外の部分では、イギリス英語では officer と呼ぶ「警官」を初登場時から cop と言うなど、原語のマリーはいかにもアメリカ英語に聞こえる英語を話していた。マリーが送られたのはカナダのフランス語圏であるモントリオールであったことがのちにわかるが、ポワロが以前マリーに(原語音声では)フランス語で質問したのも、それが通じるかどうか確かめて、カナダ出身の可能性を探るためだったのだろうか。もっとも、その質問はマリーが Z を発音するより前に訊ねられているけれど。
ポワロが上記の説明につづけて「あなたがイギリスまで乗ってきたというフランス号ですが、乗客名簿を調べました。そこにあったのはマリー・マクダーモットではなく、メリー・ジャローという名前……」と言ったところで、シリアが「あなたのお母さんね!」と激昂するが、マリーの母親はドロシア・ジャローであり、メリー・ジャローはマリーの本名のはず。シリアの台詞の原語は 'Your mother killed mine! (あなたのお母さんがわたしのお母さんを殺したのね!)' というもので、ドロシアがマーガレットを殺したこと、マリーがドロシアの娘であることは事前に明かされており、ここにいたってシリアがこのように怒りをあらわにするのは確かに若干不自然かもしれず、翻訳時に何かの誤解を生じたのかもしれないが、ドロシアは13年前にイギリスで死亡したと説明されたばかりであり、半年前の船で渡英するはずもなく、何より名前が違うのだから、日本語はもっと不自然である。シリアの激発の理由は、ポワロの説明でマリーがドロシアの娘であることが確定的となり、すべてがつながって急に怒りが湧いてきたというところだろうか。ところで、パリから戻ってきたポワロにオリヴァ夫人が渡した書類は、原語音声では the shipping office (船会社のオフィス) で取得してきたことになっており、ここでそれがフランス号の乗船名簿だったことがわかる。
ドロシアから受け取った手紙に書かれた治療の内容についてマリーが「そのときは理解できなかったけど、今なら理解できる。そして、戻ってきた」と言う台詞は、日本語だと単にマリーから見ての話になっているが、原語は 'She knew I was too young to understand, but one day I would understand—and one day I'd come back. (母もわたしが幼すぎて理解できないのはわかっていたけど、いつかは理解できる――そして、いつかは戻ってくると)' という表現で、いずれマリーが理解して復讐に及ぶことをドロシアが期待していた(とマリーが解釈している)ことがわかる。
最後にオリヴァ夫人が言う「あなたもわたしも象ね、過去を見たがる象」という台詞は、原語だと 'You and I are elephants, you know. We are good at remembering. (あなたもわたしも象ね、何でもよく憶えている)' と、日本語よりもタイトルに寄り添った表現になっており、ポワロの「いいえ、マダム、私たちは人間です。そして人間には忘れるという慈悲があります (No, no, no, madame, we are human beings. And human beings mercifully they can forget.)」という台詞にも素直につながる。ただし、そのオリヴァ夫人の述懐はドラマオリジナルの台詞であり、それを受けたポワロの台詞のほうが原作ではオリヴァ夫人の発言だった。
- [1] Mark Aldridge, Agatha Christie's Poirot: The Greatest Detective in the World, HarperCollinsPublishers, 2020, pp. 170, 464
- [2] Mark Aldridge, Agatha Christie on Screen, Palgrave Macmillan, 2016, p. 277
- [3] David_Suchet on Twitter: "I start filming ELEPHANTS CAN REMEMBER on Jan 10th"
- [4] David_Suchet on Twitter: "One more week to film ELEPHANTS and then its THE BIG FOUR"
ロケ地写真
カットされた場面
なし
映像ソフト
- [DVD] 「名探偵ポワロ 48 象は忘れない」(字幕・吹替) ハピネット・ピクチャーズ※
- ※ 「名探偵ポワロ NEW SEASON DVD-BOX 5」に収録