マースドン荘の惨劇 The Tragedy at Marsdon Manor
放送履歴
日本
オリジナル版(44分00秒)
- 1992年03月31日 22時25分〜 (NHK総合)
- 1992年05月27日 17時05分〜 (NHK総合)
- 1998年12月10日 15時10分〜 (NHK総合)
- 2003年07月09日 18時00分〜 (NHK衛星第2)
ハイビジョンリマスター版(50分30秒)
- 2016年04月16日 16時00分〜 (NHK BSプレミアム)※1
- 2016年09月21日 17時00分〜 (NHK BSプレミアム)
- 2020年09月19日 17時13分〜 (NHK BSプレミアム)※2
- 2021年11月08日 09時00分〜 (NHK BS4K)
- 2022年11月23日 21時00分〜 (NHK BSプレミアム)
- 2022年11月29日 17時00分〜 (NHK BS4K)
- ※1 2分11秒頃から緊急地震速報の地図およびNHK地震速報の字幕の表示あり
- ※2 エンディング最後の画面下部に次回の放送時間案内の字幕表示(帯付き)あり
海外
- 1991年02月03日 (英・ITV)
原作
邦訳
- 「マースドン荘の悲劇」 - 『ポアロ登場』 クリスティー文庫 真崎義博訳
- 「マースドン荘の惨劇」 - 『ポアロ登場』 ハヤカワミステリ文庫 小倉多加志訳
- 「マースドン荘園の悲劇」 - 『ポワロの事件簿1』 創元推理文庫 厚木淳訳
- 「マーズドン荘の悲劇」 - 『クリスティ短編集2』 新潮文庫 井上宗次・石田英二訳
原書
雑誌等掲載
- The Tragedy at Marsdon Manor, The Sketch, 18 April 1923 (UK)
- The Marsdon Manor Tragedy, The Blue Book Magazine, March 1924 (USA)
短篇集
- The Tragedy at Marsdon Manor, Poirot Investigates, The Bodley Head, 21 March 1924 (UK)
- The Tragedy at Marsdon Manor, Poirot Investigates, Dodd Mead, 1925 (USA)
オープニングクレジット
日本
オリジナル版
名探偵ポワロ / AGATHA CHRISTIE'S POIROT / DAVID SUCHET // HUGH FRASER / PHILIP JACKSON / マースドン荘の惨劇, THE TRAGEDY AT MARSDON MANOR / Dramatized by DAVID RENWICK
ハイビジョンリマスター版
名探偵ポワロ / DAVID SUCHET / AGATHA CHRISTIE'S POIROT / マースドン荘の惨劇 // HUGH FRASER / PHILIP JACKSON / THE TRAGEDY AT MARSDON MANOR / Dramatized by DAVID RENWICK
エンディングクレジット
日本
オリジナル版
原作 アガサ・クリスティー 脚本 デビッド・レンウィック 監督 レニー・ライ 制作 LWT(イギリス) / 出演 ポワロ(デビッド・スーシェ) 熊倉一雄 ヘイスティングス(ヒュー・フレイザー) 富山 敬 ジャップ警部(フィリップ・ジャクソン) 坂口芳貞 スーザン 戸田恵子 ブラック大尉 小川真司 有本欽隆 吉村よう 石森達幸 松岡文雄 仲木隆司 藤 夏子 島 美弥子 大滝進矢 浅井淑子 / 日本語版 宇津木道子 山田悦司 福岡浩美 南部満治 金谷和美
ハイビジョンリマスター版
原作 アガサ・クリスティー 脚本 デビッド・レンウィック 演出 レニー・ライ 制作 LWT (イギリス) / 出演 ポワロ(デビッド・スーシェ) 熊倉 一雄 ヘイスティングス(ヒュー・フレイザー) 富山 敬/安原 義人 ジャップ警部(フィリップ・ジャクソン) 坂口 芳貞 スーザン 戸田 恵子/堀江 真理子 ブラック大尉 小川 真司 有本 欽隆 吉村 よう 石森 達幸 松岡 文雄 仲木 隆司 藤 夏子 島 美弥子 大滝 進矢 浅井 淑子 岩崎 ひろし 青山 桐子 浅井 晴美 飯島 肇 日本語版スタッフ 翻訳 宇津木 道子 演出 山田 悦司 音声 金谷 和美 プロデューサー 里口 千
海外
オリジナル版
Hercule Poirot: DAVID SUCHET; Captain Hastings: HUGH FRASER; Chief Inspector Japp: PHILIP JACKSON; Jonathan Maltravers: IAN McCLULLOCH; Susan Maltravers: GERALDINE ALEXANDER; Captain Black: NEIL DUNCAN; Miss Rawlinson: ANITA CAREY; Samuel Naughton: DESMOND BARRIT; Danvers: RALPH WATSON; Dr Bernard: EDWARD JEWESBURY; Police Sergeant: GEOFFREY SWANN; Doctor's Receptionist: HILARY SESTA; Museum Attendant: DAVID LLOYD; Civil Defence Organiser: PAT KEEN; Newsreader: RICHARD BEBB / Developed for Television by Carnival Films / (中略)Assistant Directors: EDWARD BRETT, ADAM GOODMAN, GILLY RADDINGS; Production Manager: KIERON PHIPPS; Production Co-ordinator: MONICA ROGERS; Accounts: JOHN BEHARRELL, PENELOPE FORRESTER; Locations: PAUL SHERSBY, SCOTT ROWLATT; Script Supervisor: SAM DONOVAN; Camera Operator: STEVEN ALCORN; Focus Puller: HUGH FAIRS; Clapper/Loader: RAY COOPER; Grip: JOHN ETHERINGTON; Boom Operator: MARTIN TREVIS; Sound Assistant: RICHIE FINNEY; Gaffer: JOHN HUMPHREY; Art Director: CAROLINE SMITH; Set Dresser: CHRYSOULA SOFITSI; Production Buyer: DAVID BORDEWEY; Property Master: MICKY LENNON; Construction Manager: LES PEACH; Wardrobe: JOHN SCOTT, KIRSTEN WING, VERNON WHITE, NIGEL EGERTON; Assistant Costume Designer: MICHAEL PRICE; Make up Artists: KATE BOWER, PATRICIA KIRKMAN; First Assistant Editor: NIGEL PARKES; Dubbing: ALAN KILLICK, JOHN DOWNER, RUPERT SCRIVENER; Post Production Supervisor: DEREK BAIN; Panaflex 16(R) Camera by Panavision(R); Grip Equipment by Grip House Ltd; Lighting & Generators by Samuelson Lighting Ltd; Made at Twickenham Studios, London, England; Costume Designer: ELIZABETH WALLER; Make up Supervisor: HILARY MARTIN; Sound Recordist: PETER GLOSSOP; Titles: PAT GAVIN; Casting: REBECCA HOWARD; Production Supervisor: DONALD TOMS; Editor: FRANK WEBB / Production Designer: MIKE OXLEY / Director of Photography: NORMAN LANGLEY / Music: CHRISTOPHER GUNNING; Incidental Music: RICHARD HEWSON; Conductor: DAVID SNELL / Executive Producer: NICK ELLIOTT / Producer: BRIAN EASTMAN / Director: RENNY RYE
あらすじ
ポワロがロンドンからはるばる125マイルくんだりまで呼び出された事件とは、宿の主人が書いた小説の中の話だった。ところが、ロンドンへ引きあげようとしたところへ、マースドン荘の主、マルトラバース氏が死体となって発見される……
事件発生時期
1935年9月上旬
主要登場人物
エルキュール・ポワロ | 私立探偵 |
アーサー・ヘイスティングス | ポワロの探偵事務所のパートナー、陸軍大尉 |
ジェームス・ジャップ | スコットランド・ヤード主任警部 |
ジョナサン・マルトラバース | マースドン荘の主人、愛称ジャック |
スーザン・マルトラバース | ジョナサンの妻 |
ローリンソン | マルトラバースの秘書 |
ジェフリー・バーナード | マルトラバースの主治医 |
アンドリュー・ブラック | マルトラバースの友人、陸軍大尉 |
ダンバース | マースドン荘の庭師 |
サミュエル・ジェームス・ノートン | 宿の主人 |
解説、みたいなもの
「惨劇」という題が示すとおりの冷酷な犯行と不気味な幽霊の噂に対して、宿の主人の性格や蝋人形館でのラストシーンなどのコミカルな要素が極端なまでの対照をなす一篇。小粒な印象の原作に対して、個性的な宿の主人ノートン氏やマルトラバースの秘書のミス・ローリンソン、幽霊に関する噂の具体的な内容、蝋人形館や民間防衛訓練での一幕など、ドラマでは追加要素が盛り沢山。一方で、マルトラバース氏がクリスチャン・サイエンティスト(キリスト教の一派であるクリスチャン・サイエンスの信者で、その信仰治療主義により病気になっても医師の治療を受けない)と見られていたという設定や、原作を特徴づけていた、ポワロがブラック大尉に続けざまに質問をしてその答えから推理をする場面はカットされた。なお、原作からいた登場人物でも、そのファーストネームや庭師の名前は、すべてドラマオリジナルである。スーザンが怯える、幽霊となったとされる娘の名前がレベッカで、庭師の名前がダンバースなのは、ダフネ・デュ・モーリアの小説『レベッカ』へのオマージュだろうか。
ノートン氏の著作のタイトル『干し草のなかの針 (The Needle in the Haystack)』は、困難なことを表す英語の慣用句の「干し草のなかの針を捜す (look for a needle in a haystack)」という表現を踏まえたもの。「ABC殺人事件」では、ヘイスティングスが競馬場の大群衆から一人の犯人を見つけようとすることを喩えて「まるで干し草のなかで針を捜すようなもんですよ」と言っている。
ポワロが怒って村へ出た際、レッド・アンカー左手の道に現代の道路標示がはっきりと見えている。村への到着時にはちゃんと隠されていたのだが、そのときは乾いていた路面が濡れているので、かぶせていた砂などが雨によって流されてしまいでもしたのだろうか。なお、到着翌朝や事件解決後、またハイビジョンリマスター版ではバーナード医院訪問前の村の様子でもやはり路面が濡れているが、これらのときには道路標示の上に車を駐めて隠している。しかし、到着翌朝やバーナード医院訪問前の際は、それでも道路標示がすこしはみ出して見えてしまっている。また、以上の場面で地面に敷かれているのが見える長いシートも、やはり現代の道路標示の線を隠すためのものと見られる。
ポワロやチャップリンの蝋人形が展示された部屋の壁にある MODERN TIMES という掲示は、チャップリン監督・主演の映画の題名と一致しているが、隣の部屋では Tudor England (チューダー朝イングランド) と書かれていたように、「現代」という展示品の区分を示したものである。実際、映画「モダン・タイムス」の公開は1936年であり、劇中の1935年9月には(事前情報くらいは出ていたかもしれないけれど)まだ公開されていない。また、二人とともに飾られている蝋人形は、1928年、女性で初の大西洋横断飛行に成功した、アメリカ人飛行家のアミリア・エアハートと見られる。
ブラック大尉のお土産の包みをヘイスティングスが手にとってアップになった際、紐の結び目が右へ移動している。また、そのお土産を大尉がスーザンに渡して言う「君なら喜ぶんじゃないかと思って」という台詞は、原語だと 'Something another artist would appreciate. (芸術家同士ならよさがわかると思って)' という表現で、絵を描くのを趣味とするスーザンであれば、その芸術性に価値を見出すだろうという趣旨である。
ハイビジョンリマスター版では、ミス・ローリンソンが車のエンジンをかける音を聞いたマルトラバースが、音のしたほうを見るように身体を起こす場面があるが、のちにポワロがジャップ警部に連絡を取ろうとする場面でわかるように、車が駐めてあったのは画面奥側で、マルトラバースが首を向けていた方向とは逆である。
宿でヘイスティングスに「眠れましたか?」と訊かれたポワロが「独楽 のようにね (Like the top, Hastings.)」と応じるのは、「熟睡する」という意味の sleep like a top (独楽のように眠る) という慣用句を踏まえたもの。つまりポワロは、いったんよく眠れたと答えたと見せて、実はずっと頭を悩ませていたという逆転の効果を狙ったのである。日本語では「そして午前の3時に、ついにあきらめて〔ノートン氏の原稿を〕読みました」と言うが、原語は 'And then, at three o'clock in the morning, helas, the ultimate desperation. (そして、午前の3時には、もう完全な絶望でした)' という表現で、それまで原稿を読んで解決を考えてきたが、午前3時にはもはや挫折したと言っている。
ブラック大尉が前払いした宿賃は、日本語だと2週間分だが英語だと1週間分。また、駅に向かう途中、パトカーと出くわしたポワロがタクシーから身を乗り出して言う台詞のうち、「列車に乗り遅れちまう」と「早く!」は日本語音声のみのもの。ただ、「列車に乗り遅れちまう」の箇所は、原語だと警官が 'You just move back. (いいから下がって)' と言っており、これをポワロの台詞と誤解して意訳されたのかもしれない。
オリジナル版では、ヘイスティングスとダンバースが話している奥でポワロが 'Excuse me, Officer. (お巡りさん、ちょっと)' と警官を呼ぶ台詞が、日本語音声だと「警視庁のジャップ警部に連絡を」とされているが、これは石のベンチ周辺を捜査する場面のあとにあった、ポワロが第三者の関与を見抜いてジャップ警部に連絡する場面がカットされたのを補う意図があったと見られ、カットのないハイビジョンリマスター版では、このポワロの台詞は訳されずに消去された(ポワロの台詞に重なるヘイスティングスとダンバースの台詞は再収録されている)。また、のちに同じベンチの場所をポワロが「家の西側ですね?」と確認する場面があるが、スーザンが写生しているとき、マルトラバースは家の南側を西から東へ向かっており、またベンチの近くの木の下で遺体を発見したダンバースも東側から駆け込んでくる。実際に撮影がおこなわれた場所も、家の南東である。加えて、そのすこし前に「ご主人が散歩に出られたとき、窓からご覧になっていたんですね?」とも確認しており、実際に庭へ出ていくマルトラバースを窓越しに写したカットもあったが、スーザンの立ち位置からでは、ひらいた温室のドア越しに見たはずである。
デビッド・スーシェの自伝には、ポワロが石のベンチ近くの地面を調べる際、見えないだけで膝の下にハンカチを敷いていると書かれているが(厳密には、その記述に添えられている写真とまったく同じ場面は劇中に存在しないが)[1]、ハンカチを動かす様子もなく膝立ちのまま前進したり、またハイビジョンリマスター版では立ち上がったあとにハンカチをひろう仕草を見せなかったりするので、あまりハンカチを敷いているようには思われない。
「スズメバチの巣」でジャップ警部へのお見舞いのチョコレートを絶え間なく口へ運んでいたのにつづき、ヘイスティングスがバーナード医院で子供用のキャンディーに何度も手を伸ばしてドクター・バーナードにたしなめられる場面があるが、ポワロでなくヘイスティングスが甘党として描かれるのはめずらしい。この2作はいずれもデビッド・レンウィックによる脚本である。
民間防衛訓練で市民がガスマスクの付け方を学ぶ場面があるように、当時は化学兵器の使用を禁じたジュネーブ議定書が1928年に発効していたものの、ドイツによる化学兵器攻撃が懸念されており、市民にガスマスクの配布がおこなわれていたという。
マースドン荘での晩餐の席でヘイスティングスが「風が出てきましたね」と言うが、窓の外の草木や服はぜんぜんはためかない。
マースドン荘の撮影がおこなわれたのは、ノーフォーク州にあるセノウ・パークで、ポワロのタクシーが駅へ向けて走っていたのも、セノウ・パーク横手を走るメイン・ドライブ。また、ポワロたちが滞在したレッド・アンカーのあるマースドン・リーの村が撮影されたのは、やはりノーフォーク州のリーパムという市場町で、ロンドンからこのリーパムまでは、劇中のポワロの台詞にあるとおり、実際に約125マイル(約200キロメートル)離れている。しかし、宿のレッド・アンカーは、実際にはオールド・ブルワリー・ハウス(現ダイヤル・ハウス)というパブであり、蝋人形館の建物は、実際にはバーチャム・センターというコミュニティセンターである。また、集会所の場所も、劇中ではポワロが訊ねて「ここ〔バーナード医院前〕をまっすぐ行って左側です」と言われるが、撮影に使われたリーパムのタウンホールは、実際にはそこからまっすぐ行って右側にある。ただし、原語音声だとポワロに答える女性の声はなく、吹替の台詞の内容は日本で独自に補われたもののようだ。集会所内部の撮影がおこなわれたのは、ロンドン郊外テディントンにあるラングドン・ダウン・センターのノーマンズフィールド・シアター。ここは「二重の罪」のウィットコム女子大ホール内部や、「安いマンションの事件」の〈ブラックキャット〉の楽屋周辺としても撮影に使われていた。
スーザン役のジェラルディン・アレグザンダーとドクター・バーナード役のエドワード・ジューズベリは、ジョーン・ヒクソン主演の「ミス・マープル」の一篇、「スリーピング・マーダー」のグエンダ役とシムズ氏役でも見ることができる。なお、その「スリーピング・マーダー」でグエンダを吹き替えたのはやはり戸田恵子さんだが、シムズ氏の吹替は、本作ではダンバース役の石森達幸さんが担当している。ブラック大尉役のニール・ダンカンは、ジェレミー・ブレット主演の「シャーロック・ホームズの冒険」の一篇、「バスカビル家の犬」にドクター・モーティマー役で出演。
ノートン氏の吹替を担当した吉村ようさんは1991年11月27日に37歳で急逝、 NHK での初回放送時にはすでに故人だった。吹替音声の収録は、1991年9月頃と見られる。なお、ノートン氏のハイビジョンリマスター版での追加吹替は、岩崎ひろしさんが務めている。
» 結末や真相に触れる内容を表示
謎解きのなかでポワロが「そこにあったカラスの巣を壊し、卵が落ちたんです」と言ったところは、原語だと 'and in so doing she disturbs the nest and eggs of the blackbird. (そうするときに blackbirds の巣と卵を落としたんです)' となっていて、巣と卵は blackbird すなわち、「24羽の黒つぐみ」のタイトルにもなっている「黒つぐみ」もといクロウタドリのもの。「庭にかなりの警官がいたため果たせませんでした」も、原語では 'because there was, keeping watch in the garden, a police constable. (なぜなら、庭を見張るために警官が1人いたからです)' で、配置された警官は1人。事件の日の夜、木の前で焚き火をしながら見張りをする警官をスーザンが家の中から見つめる場面がその様子を表していた。さらにそのあと、ポワロが「私が殺人と見抜いていたからです」と言うが、彼が早々に他殺の疑いをはっきり口にするくだりは、前述のとおり「名探偵ポワロ」オリジナル版ではカットされている。なお、捜査初期からポワロが他殺への疑いを明らかにするのも、原作とは異なる展開である。
スーザンが、自分の手についた血を被害者のものだと思って自白してしまうくだりは、心霊現象に怯えていたそれまでの態度がすべて芝居だったとする解決と矛盾しているようにも思える。自白のくだりは原作同様なのだが、彼女が自作自演で心霊現象を怖れる態度を見せ、夫の恐怖を煽って死に至らしめようとしていたのはドラマオリジナルの要素で、この脚色によって彼女のキャラクターの一貫性が損なわれている。
スーザンの描いていた絵の影の向きがその時刻の実際と異なることがアリバイの偽装を見抜くきっかけとなるが、スーザンが絵を描いている場面はいずれも曇っていてそもそも影がなく、それでいいのかしらん。もっとも、スーザンが南の庭を描いていたことは台詞で明言されているほか、温室という場所の性質からも南向きであることが窺えるので、絵のなかの影の向き自体は、一応確定できるのだけれど。なお、本作の屋外の場面では、時間的につづいているはずの場合でもカットによって晴れたり曇ったりを繰り返し、撮影の手順が透けて見えると同時に、天気の変わりやすいなかでの撮影だったことが窺える。
ノートン氏の著作のタイトル『干し草のなかの針 (The Needle in the Haystack)』は、困難なことを表す英語の慣用句の「干し草のなかの針を捜す (look for a needle in a haystack)」という表現を踏まえたもの。「ABC殺人事件」では、ヘイスティングスが競馬場の大群衆から一人の犯人を見つけようとすることを喩えて「まるで干し草のなかで針を捜すようなもんですよ」と言っている。
ポワロが怒って村へ出た際、レッド・アンカー左手の道に現代の道路標示がはっきりと見えている。村への到着時にはちゃんと隠されていたのだが、そのときは乾いていた路面が濡れているので、かぶせていた砂などが雨によって流されてしまいでもしたのだろうか。なお、到着翌朝や事件解決後、またハイビジョンリマスター版ではバーナード医院訪問前の村の様子でもやはり路面が濡れているが、これらのときには道路標示の上に車を駐めて隠している。しかし、到着翌朝やバーナード医院訪問前の際は、それでも道路標示がすこしはみ出して見えてしまっている。また、以上の場面で地面に敷かれているのが見える長いシートも、やはり現代の道路標示の線を隠すためのものと見られる。
ポワロやチャップリンの蝋人形が展示された部屋の壁にある MODERN TIMES という掲示は、チャップリン監督・主演の映画の題名と一致しているが、隣の部屋では Tudor England (チューダー朝イングランド) と書かれていたように、「現代」という展示品の区分を示したものである。実際、映画「モダン・タイムス」の公開は1936年であり、劇中の1935年9月には(事前情報くらいは出ていたかもしれないけれど)まだ公開されていない。また、二人とともに飾られている蝋人形は、1928年、女性で初の大西洋横断飛行に成功した、アメリカ人飛行家のアミリア・エアハートと見られる。
ブラック大尉のお土産の包みをヘイスティングスが手にとってアップになった際、紐の結び目が右へ移動している。また、そのお土産を大尉がスーザンに渡して言う「君なら喜ぶんじゃないかと思って」という台詞は、原語だと 'Something another artist would appreciate. (芸術家同士ならよさがわかると思って)' という表現で、絵を描くのを趣味とするスーザンであれば、その芸術性に価値を見出すだろうという趣旨である。
ハイビジョンリマスター版では、ミス・ローリンソンが車のエンジンをかける音を聞いたマルトラバースが、音のしたほうを見るように身体を起こす場面があるが、のちにポワロがジャップ警部に連絡を取ろうとする場面でわかるように、車が駐めてあったのは画面奥側で、マルトラバースが首を向けていた方向とは逆である。
宿でヘイスティングスに「眠れましたか?」と訊かれたポワロが「
ブラック大尉が前払いした宿賃は、日本語だと2週間分だが英語だと1週間分。また、駅に向かう途中、パトカーと出くわしたポワロがタクシーから身を乗り出して言う台詞のうち、「列車に乗り遅れちまう」と「早く!」は日本語音声のみのもの。ただ、「列車に乗り遅れちまう」の箇所は、原語だと警官が 'You just move back. (いいから下がって)' と言っており、これをポワロの台詞と誤解して意訳されたのかもしれない。
オリジナル版では、ヘイスティングスとダンバースが話している奥でポワロが 'Excuse me, Officer. (お巡りさん、ちょっと)' と警官を呼ぶ台詞が、日本語音声だと「警視庁のジャップ警部に連絡を」とされているが、これは石のベンチ周辺を捜査する場面のあとにあった、ポワロが第三者の関与を見抜いてジャップ警部に連絡する場面がカットされたのを補う意図があったと見られ、カットのないハイビジョンリマスター版では、このポワロの台詞は訳されずに消去された(ポワロの台詞に重なるヘイスティングスとダンバースの台詞は再収録されている)。また、のちに同じベンチの場所をポワロが「家の西側ですね?」と確認する場面があるが、スーザンが写生しているとき、マルトラバースは家の南側を西から東へ向かっており、またベンチの近くの木の下で遺体を発見したダンバースも東側から駆け込んでくる。実際に撮影がおこなわれた場所も、家の南東である。加えて、そのすこし前に「ご主人が散歩に出られたとき、窓からご覧になっていたんですね?」とも確認しており、実際に庭へ出ていくマルトラバースを窓越しに写したカットもあったが、スーザンの立ち位置からでは、ひらいた温室のドア越しに見たはずである。
デビッド・スーシェの自伝には、ポワロが石のベンチ近くの地面を調べる際、見えないだけで膝の下にハンカチを敷いていると書かれているが(厳密には、その記述に添えられている写真とまったく同じ場面は劇中に存在しないが)[1]、ハンカチを動かす様子もなく膝立ちのまま前進したり、またハイビジョンリマスター版では立ち上がったあとにハンカチをひろう仕草を見せなかったりするので、あまりハンカチを敷いているようには思われない。
「スズメバチの巣」でジャップ警部へのお見舞いのチョコレートを絶え間なく口へ運んでいたのにつづき、ヘイスティングスがバーナード医院で子供用のキャンディーに何度も手を伸ばしてドクター・バーナードにたしなめられる場面があるが、ポワロでなくヘイスティングスが甘党として描かれるのはめずらしい。この2作はいずれもデビッド・レンウィックによる脚本である。
民間防衛訓練で市民がガスマスクの付け方を学ぶ場面があるように、当時は化学兵器の使用を禁じたジュネーブ議定書が1928年に発効していたものの、ドイツによる化学兵器攻撃が懸念されており、市民にガスマスクの配布がおこなわれていたという。
マースドン荘での晩餐の席でヘイスティングスが「風が出てきましたね」と言うが、窓の外の草木や服はぜんぜんはためかない。
マースドン荘の撮影がおこなわれたのは、ノーフォーク州にあるセノウ・パークで、ポワロのタクシーが駅へ向けて走っていたのも、セノウ・パーク横手を走るメイン・ドライブ。また、ポワロたちが滞在したレッド・アンカーのあるマースドン・リーの村が撮影されたのは、やはりノーフォーク州のリーパムという市場町で、ロンドンからこのリーパムまでは、劇中のポワロの台詞にあるとおり、実際に約125マイル(約200キロメートル)離れている。しかし、宿のレッド・アンカーは、実際にはオールド・ブルワリー・ハウス(現ダイヤル・ハウス)というパブであり、蝋人形館の建物は、実際にはバーチャム・センターというコミュニティセンターである。また、集会所の場所も、劇中ではポワロが訊ねて「ここ〔バーナード医院前〕をまっすぐ行って左側です」と言われるが、撮影に使われたリーパムのタウンホールは、実際にはそこからまっすぐ行って右側にある。ただし、原語音声だとポワロに答える女性の声はなく、吹替の台詞の内容は日本で独自に補われたもののようだ。集会所内部の撮影がおこなわれたのは、ロンドン郊外テディントンにあるラングドン・ダウン・センターのノーマンズフィールド・シアター。ここは「二重の罪」のウィットコム女子大ホール内部や、「安いマンションの事件」の〈ブラックキャット〉の楽屋周辺としても撮影に使われていた。
スーザン役のジェラルディン・アレグザンダーとドクター・バーナード役のエドワード・ジューズベリは、ジョーン・ヒクソン主演の「ミス・マープル」の一篇、「スリーピング・マーダー」のグエンダ役とシムズ氏役でも見ることができる。なお、その「スリーピング・マーダー」でグエンダを吹き替えたのはやはり戸田恵子さんだが、シムズ氏の吹替は、本作ではダンバース役の石森達幸さんが担当している。ブラック大尉役のニール・ダンカンは、ジェレミー・ブレット主演の「シャーロック・ホームズの冒険」の一篇、「バスカビル家の犬」にドクター・モーティマー役で出演。
ノートン氏の吹替を担当した吉村ようさんは1991年11月27日に37歳で急逝、 NHK での初回放送時にはすでに故人だった。吹替音声の収録は、1991年9月頃と見られる。なお、ノートン氏のハイビジョンリマスター版での追加吹替は、岩崎ひろしさんが務めている。
» 結末や真相に触れる内容を表示
謎解きのなかでポワロが「そこにあったカラスの巣を壊し、卵が落ちたんです」と言ったところは、原語だと 'and in so doing she disturbs the nest and eggs of the blackbird. (そうするときに blackbirds の巣と卵を落としたんです)' となっていて、巣と卵は blackbird すなわち、「24羽の黒つぐみ」のタイトルにもなっている「黒つぐみ」もといクロウタドリのもの。「庭にかなりの警官がいたため果たせませんでした」も、原語では 'because there was, keeping watch in the garden, a police constable. (なぜなら、庭を見張るために警官が1人いたからです)' で、配置された警官は1人。事件の日の夜、木の前で焚き火をしながら見張りをする警官をスーザンが家の中から見つめる場面がその様子を表していた。さらにそのあと、ポワロが「私が殺人と見抜いていたからです」と言うが、彼が早々に他殺の疑いをはっきり口にするくだりは、前述のとおり「名探偵ポワロ」オリジナル版ではカットされている。なお、捜査初期からポワロが他殺への疑いを明らかにするのも、原作とは異なる展開である。
スーザンが、自分の手についた血を被害者のものだと思って自白してしまうくだりは、心霊現象に怯えていたそれまでの態度がすべて芝居だったとする解決と矛盾しているようにも思える。自白のくだりは原作同様なのだが、彼女が自作自演で心霊現象を怖れる態度を見せ、夫の恐怖を煽って死に至らしめようとしていたのはドラマオリジナルの要素で、この脚色によって彼女のキャラクターの一貫性が損なわれている。
スーザンの描いていた絵の影の向きがその時刻の実際と異なることがアリバイの偽装を見抜くきっかけとなるが、スーザンが絵を描いている場面はいずれも曇っていてそもそも影がなく、それでいいのかしらん。もっとも、スーザンが南の庭を描いていたことは台詞で明言されているほか、温室という場所の性質からも南向きであることが窺えるので、絵のなかの影の向き自体は、一応確定できるのだけれど。なお、本作の屋外の場面では、時間的につづいているはずの場合でもカットによって晴れたり曇ったりを繰り返し、撮影の手順が透けて見えると同時に、天気の変わりやすいなかでの撮影だったことが窺える。
- [1] David Suchet and Geoffrey Wansell, Poirot and Me, headline, 2013, pp. 86-87, 112
カットされた場面
日本
オリジナル版
[06:37/0:32] | バーナード医師がマルトラバースを診察する場面 |
[10:18/1:02] | マースドン荘での晩餐の場面最後 〜 風に揺れる庭の大木 〜 自室のスーザン 〜 夜の庭 〜 大木のまわりを飛びまわるカラス 〜 描きかけの絵のところへ歩いていくスーザン |
[10:41/0:48] | 庭へ出ていくマルトラバース 〜 マースドン荘を発つミス・ローリンソン 〜 温室で絵を描くスーザン 〜 ホテルの前の広場の様子 |
[11:47/1:00] | 2日目の朝のポワロ、ヘイスティングス、ノートンの会話の後半、幽霊の話が出る部分 |
[15:39/2:05] | マースドン荘の庭でポワロが、死体が引きずられたという推理を聞かせる場面 〜 ポワロたちがスーザンから話を聞く場面 〜 庭の大木のアップ |
[20:52/0:46] | ポワロの前から走り去るスーザン 〜 診療所へ入っていくポワロたちと、民間防衛訓練のポスターのまわりの様子 〜 ポワロと診療所の受付のやりとり |
ハイビジョンリマスター版
なし映像ソフト
- [VHS, VCD] 「名探偵エルキュール・ポアロ 第3巻 マースドン荘の惨劇」(字幕) 日本クラウン
- [DVD] 「名探偵ポワロ 14 マースドン荘の惨劇, 二重の手がかり」(字幕・吹替) ビームエンタテインメント(現ハピネット・ピクチャーズ)※1
- [DVD] 「名探偵ポワロ [完全版] 14 マースドン荘の惨劇, 二重の手がかり」(字幕・吹替) ハピネット・ピクチャーズ※2
- [DVD] 「名探偵ポワロ DVDコレクション 48 マースドン荘の惨劇」(字幕・吹替) デアゴスティーニ・ジャパン※3
- [BD] 「名探偵ポワロ Blu-ray BOX Disc 7 プリマス行き急行列車, スズメバチの巣, マースドン荘の惨劇, 二重の手がかり」(字幕/吹替) ハピネット・ピクチャーズ※4
- ※1 「名探偵ポワロ DVD-BOX2」にも収録
- ※2 「名探偵ポワロ [完全版] DVD-BOX1」「名探偵ポワロ [完全版] 全巻 DVD-SET」「名探偵ポワロ [完全版] DVD-SET 4」にも収録
- ※3 吹替は大塚智則さん主演の新録で、映像もイギリスで販売されているDVDと同じバリエーションを使用
- ※4 「名探偵ポワロ Blu-ray BOX vol. 1」に収録