コックを捜せ
The Adventure of the Clapham Cook

放送履歴

日本

オリジナル版(45分00秒)

  • 1990年01月20日 22時15分〜 (NHK総合)
  • 1992年04月07日 17時05分〜 (NHK総合)
  • 1998年10月05日 15時10分〜 (NHK総合)
  • 2000年07月24日 15時10分〜 (NHK総合)
  • 2003年05月08日 18時00分〜 (NHK衛星第2)

ハイビジョンリマスター版(49分30秒)

  • 2015年10月24日 16時00分〜 (NHK BSプレミアム)※1
  • 2016年04月06日 17時00分〜 (NHK BSプレミアム)
  • 2020年04月04日 17時10分〜 (NHK BSプレミアム)
  • 2021年10月11日 09時00分〜 (NHK BS4K)
  • 2022年01月24日 13時00分〜 (NHK BS4K)
  • 2022年06月08日 21時00分〜 (NHK BSプレミアム・BS4K)
  • 2022年09月17日 24時00分〜 (NHK BSプレミアム)※2
  • ※1 オープニング後半の画面上部に熊倉一雄さん哀悼の字幕表示あり
  • ※2 エンディング後半の画面左部に次回の放送案内の字幕表示あり

海外

  • 1989年01月08日 (英・ITV)

原作

邦訳

  • 「料理人の失踪」 - 『教会で死んだ男』 クリスティー文庫 宇野輝雄訳
  • 「炊事婦の失踪」 - 『教会で死んだ男』 ハヤカワミステリ文庫 宇野輝雄訳
  • 「料理女を捜せ」 - 『ポワロの事件簿2』 創元推理文庫 厚木淳訳

原書

雑誌等掲載

  • The Adventure of the Clapham Cook, The Sketch, 14 November 1923 (UK)
  • The Clapham Cook, The Blue Book Magazine, September 1925 (USA)

短篇集

  • The Adventure of the Clapham Cook, The Under Dog and Other Stories, Dodd Mead, 1951 (USA)
  • The Adventure of the Clapham Cook, Poirot's Early Cases, Collins, September 1974 (UK)

オープニングクレジット

日本

オリジナル版

名探偵ポワロ / AGATHA CHRISTIE'S POIROT / DAVID SUCHET // HUGH FRASER / PHILIP JACKSON / PAULINE MORAN / コックを捜せ, THE ADVENTURE OF THE CLAPHAM COOK / Dramatized by CLIVE EXTON

ハイビジョンリマスター版

名探偵ポワロ / DAVID SUCHET / AGATHA CHRISTIE'S POIROT / コックを捜せ // HUGH FRASER / PHILIP JACKSON / PAULINE MORAN / THE ADVENTURE OF THE CLAPHAM COOK / Dramatized by CLIVE EXTON

エンディングクレジット

日本

オリジナル版

原作 アガサ・クリスティー 脚本 クライブ・エクストン 監督 エドワード・ベネット 制作 LWT(イギリス) / 出演 ポワロ(デビッド・スーシェ) 熊倉一雄 ヘイスティングス(ヒュー・フレイザー) 富山 敬 ジャップ警部(フィリップ・ジャクソン) 坂口芳貞 レモン 翠 準子  トッド夫人 此島愛子 シンプソン 安原義人  藤 夏子 佐久間レイ 北村弘一 村松康雄 牛山 茂 子安武人 中村秀利 / 日本語版 宇津木道子 山田悦司

ハイビジョンリマスター版

原作 アガサ・クリスティー 脚本 クライブ・エクストン 演出 エドワード・ベネット 制作 LWT (イギリス) / 出演 ポワロ(デビッド・スーシェ) 熊倉 一雄 ヘイスティングス(ヒュー・フレイザー) 富山 敬/安原 義人 ジャップ警部(フィリップ・ジャクソン) 坂口 芳貞 ミス・レモン(ポーリン・モラン) 翠 準子  トッド夫人 此島 愛子 シンプソン 安原 義人  藤 夏子 佐久間 レイ 北村 弘一 村松 康雄 牛山 茂 子安 武人 中村 秀利  日本語版スタッフ 翻訳 宇津木 道子 演出 山田 悦司 音声 金谷 和美 プロデューサー 里口 千

海外

オリジナル版

Hercule Poirot: DAVID SUCHET; Captain Hastings: HUGH FRASER; Chief Inspector Japp: PHILIP JACKSON; Miss Lemon: PAULINE MORAN; Mrs. Todd: BRIGID FORSYTH; Arthur Simpson: DERMOT CROWLEY; Eliza Dunn: FREDA DOWIE; Mr. Todd: ANTONY CARRICK; Annie: KATY MURPHY; Porter: DANIEL WEBB; Mr. Cameron: RICHARD BEBB; Salvation Army Speaker: BRIAN POYSER; Purser: FRANK VINCENT; Police Sergeant: PHILLIP MANIKUM; Police Constables: JONA JONES, NICHOLAS COPPIN / Developed for Television by Picture Partnership Productions / (中略) / Production Designer: ROB HARRIS / Director of Photography: IVAN STRASBURG / Music: CHRISTOPHER GUNNING / Executive Producers: NICK ELLIOTT, LINDA AGRAN / Producer: BRIAN EASTMAN / Director: EDWARD BENNETT

あらすじ

 ヘイスティングスが新聞に載っている面白そうな事件を読み上げてみても、国家的重大事件でなければ引き受けないと言うポワロ。ところが、そんな彼のもとへ持ち込まれた依頼とは、あろうことか行方不明のコックを捜してほしいというものだった……

事件発生時期

1935年7月中旬 〜 9月下旬

主要登場人物

エルキュール・ポワロ私立探偵
アーサー・ヘイスティングスポワロの探偵事務所のパートナー、陸軍大尉
ジェームス・ジャップスコットランド・ヤード主任警部
フェリシティ・レモンポワロの秘書
トッド夫人依頼人
イライザ・F・ダントッド家コック、失そう
アニートッド家メイド
アーネスト・トッドトッド夫人の夫、会社員
アーサー・シンプソントッド家下宿人、ベルグラビア銀行行員
デイビスベルグラビア銀行行員、債券持ち逃げの容疑者

解説、みたいなもの

 イギリスで第1話として放送されたエピソード。最初にポワロが映るときに、まずエナメル革の靴を履いた足が現れ、そこから全身をなぞっていって最後に顔を映すカメラワークなどは、ポワロの初お目見えであることを大いに意識したものだろう。撮影順でも最初の作品で、その開始は1988年の6月ないしは7月のことだったという[1][2][3]。日本の放送順では第2話となったが、吹替音声の収録はやはり本作品が最初に行われたようだ[4][5]。ホワイダニットに興味の焦点を当てるためか、ドラマ化にあたって倒叙物のような展開にアレンジされており、第1話として制作されたにもかかわらず、このドラマシリーズとしては異色の構成を取っているが、登場人物の台詞などは原作をかなり忠実に再現している。
 市井のささやかな事件の陰に大事件があるという、シャーロック・ホームズの「赤毛連盟」などを思わせる着想を持つ。本作ではうぬぼれ屋としてのポワロが非常によく表れているが、こうしたポワロの尊大さや奇癖を強調した描写は初期の原作に顕著な特徴で、何かとすぐ機嫌を損ねるポワロにしても、ここまで激昂するシーンのあるエピソードはめずらしい。原作のように直接の蔑視的表現はないものの、労働者階級であるコックやメイドが一段低い存在として描かれており、階級社会の一端が垣間見える。
 最初にヘイスティングスが読み上げる「夫、ガスオーブンで焼身自殺か」という記事の見出しは、原語だと 'Husband Put Head in Gas-Oven, Home Life Happy? (夫がガスオーブンに頭、家庭生活は幸せ?)' という表現で、これは焼身ではなくガス中毒死を狙った自殺と受け取れる。当時用いられた石炭ガスは不完全燃焼しなくとも一酸化炭素を含み、その中毒が起きる。なお、同様の手段が、「ホロー荘の殺人」の原作や、ミス・マープル物の『動く指』でも用いられている。
 日本語音声だと、トッド夫人は自宅の住所を「クラパム・プリンス・アルバート・ロード88」とひとつながりのように発音するが、原語音声の '88 Prince Albert Road, Clapham.' という表現や、トッド家の塀に掲げられた 'PRINCE ALBERT ROAD' という標示からわかるように、その意図は「クラパム〔の〕、プリンス・アルバート・ロード88」である。ポワロものちに「クラパム、プリンス・アルバート・ロード88」のイントネーションで発音する。
 イライザの荷物を取りに来たというパターソン運送会社 (Carter Paterson) は実在の運送会社で、「グランド・メトロポリタンの宝石盗難事件」では、転地先の駅前にそのトラックが駐まっているのを見ることができる。なお、 carter には「車引き」の意味もあるが、 Carter Paterson の Carter と Paterson はそれぞれ共同創業者の名字であって、 Carter の部分が「運送会社」を表すわけではない。
 イライザの好物だった「桃の煮たの (stewed peaches)」とは、アップルパイのリンゴのように、砂糖水にクローブやシナモン、レモン果汁、ワイン、ブランデーなどを適宜加えたもので煮た桃のこと。用いる砂糖の量はジャムよりすくなく、またジャムほど煮詰めない。
 トッド氏が勤めているという「プルデンシャル」とは、イギリスに実在の金融・保険会社であるプルデンシャル plc のこと。かつては日本でもPCA生命保険として事業をおこなっていたが、現在は売却されてSBI生命保険となっている。なお、日本でプルデンシャル生命保険を展開するアメリカのプルデンシャル・フィナンシャルとは別資本である。
 主演のデビッド・スーシェの自伝によれば、トッド家の近くの公園でポワロがベンチに座ろうとする場面で、まずハンカチで座席を拭き、さらにハンカチを広げてその上に腰を下ろす演技をスーシェがしたところ、監督のエドワード・ベネットからあまりにも滑稽に見えるという指摘が入り、双方が意見を譲らなかったため、撮影がストップする一幕があったという。最終的にはプロデューサーのブライアン・イーストマンが呼び出され、彼がスーシェの意見に賛同したため、スーシェの演技プランにしたがって撮影が再開されたが、結局その場面は編集の段階でカットされたらしく、実際に放送された映像だとポワロは立ちっぱなしである。[6]しかし、宣伝素材の写真ではヘイスティングスと並んでベンチに座っている様子を見ることができ[7]、劇中でヘイスティングスが端に寄って座っているのも、隣にポワロが座る場面があった名残とも思われる。ただ、その写真でも実際にハンカチを敷いているかはよくわからない。また、その後の「ジョニー・ウェイバリー誘拐事件」「24羽の黒つぐみ」「ベールをかけた女」にも、ポワロが屋外のベンチやデッキチェアなどに腰を下ろす、あるいは下ろしている場面があるが、そのいずれでもハンカチを敷いている様子は見られない。加えて、「マースドン荘の惨劇」では、ポワロが直接芝生へ膝や手をつく場面もある(スーシェの自伝には、見えないだけで膝の下にハンカチを敷いていると書かれているが[8]、前後の仕草からは、あまりハンカチを敷いているようには見えない)。結局、ポワロが屋外で座る前にハンカチを敷く様子が放送されたのは、「なぞの遺言書」で遺体発見現場のベンチに腰を下ろす場面が初めてとなったが、ここは「名探偵ポワロ」オリジナル版ではカットされたため、日本では「ホロー荘の殺人」でヘンリエッタと並んでベンチに腰を下ろす場面が最初になった。ただし、ハンカチを敷くところは見られないものの、「もの言えぬ証人」の終盤で桟橋の杭に腰を下ろしてボブと話している場面では、杭の上にハンカチが敷かれているのが見えていた。また、地面に膝や手をつく前にハンカチを敷くのは、「アクロイド殺人事件」四阿あずまやを調べる場面で見ることができる。このハンカチに関する性癖は、スーシェがポワロの特徴をまとめたメモでは最後の第93項に書かれているが、一つ前の第92項の「ゴルフは嫌い」が「ミューズ街の殺人」の描写と少々そぐわず、撮影がある程度進んでから追記されたと思われることからも、ハンカチに関する監督との議論は、実際はもっとあとになって交わされたのを、スーシェが記憶ちがいしたようにも思われる。なお、記憶ちがいと思われる記述は、スーシェの自伝にちょこちょこ存在する。
 トッド氏から送られた手数料1ギニーの「ギニー」とは、1971年まで使われていた慣用的な古い通貨単位で21シリング(1と1/20ポンド)のこと。「ギニー (guinea)」という名称はかつての1ギニー硬貨がギニア (Guinea) 産の金でつくられたことに由来し、その額面が21シリングという中途半端な値なのは、額面が固定された当時の金銀の交換比率に基づいて金属的な価値が考慮されたためである。その1ポンドからはみ出した1シリング分を心づけのように見なし、謝礼などに用いられた。
 イライザへの新聞広告の文案を口述筆記している場面で、日本語でポワロが「あなたの利益になることあり」と言ったのに対してヘイスティングスが「悪くない」と評したところは、原語だとポワロが「利益」に profit という単語を使って、それをヘイスティングスが advantage に訂正している。また、ポワロがイライザの住所を「フェル・コテージ、アムデル、ケズウィック」と言ったのに対しミス・レモンが「ケズウィックというのは湖水地方の町ですわ」と言ったところは、原語だと 'That's Kez-ik, Mr Poirot, in the Lake District. (それはケジックですわ、ポワロさん、湖水地方の)' という台詞で、ポワロの Keswick という地名の読みを訂正しており、ヘイスティングスが「ケズウィック?」と聞き返したのも、その読みから場所を認識できなかったためか(なお、ここでの「アムデル」の原語は Andell (アンデル) で、日本語ではなぜか n 音が m 音に変わっている)。そして、最後にポワロが「これを飾ってエルキュール・ポワロのいましめとします」と言ったのに対して、ヘイスティングスが「いましめ?」と言ったところも、原語だと 'Is there nothing to which Hercule Poirot cannot turn his finger? (ポワロが指もなく解決することができない問題はないのでしょうか?)' 'Hand. (手もなく)' と、 turn one's hand to (経験がないのに上手にこなす) という慣用句をポワロがまちがえたのを訂正している。こうした言いまちがいは、英語が堪能でない外国人というポワロのキャラクターを演出するもので、以降のエピソードにもよく見られるが、くどくなるのを嫌ってか、日本語にもそのまま訳される例は多くない。
 イライザ宛の広告の掲載先として話題に挙がった〈タイムズ〉は実在の新聞の名前で、保守系高級紙に分類される。ミス・レモンがこれを除外しようとしたのは、コックのような家事労働者はその一般的な読者層でないためである。なお、本作や「4階の部屋」のハイビジョンリマスター版では、その〈タイムズ〉がポワロの購読紙であることが窺える。
 ジャップ警部を避けようと、銀行でポワロが手に取った紙テープを送出していた器械はテレプリンター。電信で送られてきた文章を自動で印字する電動式タイプライターで、 REUTERS (ロイター) と書かれた札が立てられていることから、ロイター通信社の配信するニュースを常時出力していたと見られる。
 イライザの家があった湖水地方とはイングランド北西部にある地域の名前で、その名のとおり、かつて氷河が削ってできた渓谷に水がたまった湖が多数あり、風光明媚な場所として知られる(しかし、撮影は湖水地方からは東にあたるノース・ヨークシャーでおこなわれており、劇中の風景に湖は見えない)。ロンドンからこの湖水地方までは約500キロメートルの距離があり、即座に現地へ赴く判断をしたポワロの、事件にかける熱意が窺える。
 湖水地方へ向かう汽車の中でポワロが「田舎には木々が茂り、花が咲き、人の住む家がある」と言った台詞の、「人の住む家」に対応する原語は public houses。逐語訳すれば「公衆の家」なので、それを元に翻訳されているようにも聞こえるが、これはいわゆる「パブ」のことで、田舎ではえてして宿も兼ねる。パブはどの村にもたいてい1軒は存在し、その地域で暮らす人々の交流や憩いの場として象徴的な存在であることから、日本語のように意訳されたとも思われる。
 湖水地方の屋外の場面では、ポワロが「たぶんあれがフェル・コテージだね」と言った際にコテージの外観を写したカットと、ヘイスティングスが「ここはいいところですね」と言ったあとの周囲の風景を写したカットは日が低かったり影の向きが異なったりして、俳優の出演が必要なカットとは別のタイミングで撮影されたことが窺える。
 クロチェットが「その家というのはケズウィックにあります」と言ったのに対して、イライザが「ああ、アンクトンの近くですわね」と答えたところは、原語だと 'Ah, that's just over by Acton, isn't it, sir? (ああ、アクトンの近くですわね)' という台詞で、アンクトンもといアクトンとはロンドン西部郊外の町。アクトンの近くにはチジックという町があり、イライザはそこと混同したのである。前述のとおり Keswick の本来の読みは w を発音しないが、クロチェットは原語でも w を発音しており、やはりイギリスの地名に不慣れなオーストラリア人らしさが意図されている。なお余談ながら、アクトンは1980年代当時に主演のスーシェが実際に住んでいた町で、プロデューサーのイーストマンからポワロ役の打診を受けたのも、この町にあるインド料理店でのことだったという[9][10]。また、ロンドン日本人学校があり、日本人在住者の多い地域でもある。
 トッド家から閉め出されたポワロが裏へまわろうと玄関を離れた際、ドアのステンドグラスの向こうで動く人影が見える。ひょっとして、わざといけずをしたジャップ警部がその後のポワロの様子を中から窺っていたとか……?
 ポワロが言う、ヘイスティングスが「ほかの仕事を押しつけようとする」場面は、「名探偵ポワロ」オリジナル版ではカット。また、港で言う「ベネズエラのカラカス行きの船が出航するんです、〈タイムズ〉で見たんですよ!」の「〈タイムズ〉で見た」場面も、見られるのは前述のとおりハイビジョンリマスター版のみである。ところで、その〈タイムズ〉の日付は SEPTEMPBER 20 1935 (1935年9月20日) となっているが、トッド氏からの小切手は July 11th 1935 (1935年7月11日) 付、イライザがクロチェットに遇ったのがポワロの訪問日から見て「先週の水曜日」なので、そのまま間をおかず捜査していたとすれば、時間が経ちすぎに思われる。また、いずれにしても劇中は夏以降なので、冒頭にポワロが「冬のオーバーコートも防虫剤を入れてしまわなければなりません」と言ったのも、季節に合わないように聞こえる。なお、冒頭のポワロの台詞は原作どおりなのだが、原作ではそれ以外に時期を特定できる描写はなかった。
 ハイビジョンリマスター版では、ポワロが「それで〔あなたはトランクを〕もう送りましたか?」と訊いたのに対して、トゥイッケナム駅の荷物係が「いいや。給料は金曜の週払い。何もそんなに急いでやることはないでしょう」と答えるやりとりがあるが、トランクが未発送ならポワロがそのまま引きあげようとするのは明らかに不自然だし、のちにポワロが「トランクはグラスゴーでしょ」と言ったり、実際にグラスゴーの駅でトランクが発見されたのとも矛盾する。荷物係の台詞は原語だと 'No. Every Friday the Southern Railway pays me huge amounts of money, so I won't do that sort of thing. (いいや。金曜ごとに鉄道会社はおれに大枚払ってるんだから、そういうことはやらねえんですよ)' という表現で、つまり、高給をもらっている自分はそのような雑務はしないという趣旨である。そして、それに対してヘイスティングスが「真面目に取り合わないほうがいいですよ」と言ったのも、原語では 'I think he's being saracastic, Poirot. (たぶん皮肉を言ってるんですよ)' という表現で、要するに、この荷物係がそんな高給取りのはずがないと言っている。それでポワロがそれを否定して、「責任のある仕事をこなしておられるんだから」という台詞につながる。一方、荷物の保管所に入ってすぐに荷物係は「〔トランクは〕グラスゴーですよ、旦那、駅留めで送りました」とも言っており、そのあとでトランクが発送済みかをポワロが確認するのは不自然にも聞こえるが、当初の荷物係の台詞は本来クロチェット(と思しき男)がした転送の手続きの話で、荷物係の作業の話ではなかった。オリジナル版では前述のやりとりがカットされていたこともあって、トランクがすでに発送されたニュアンスを冒頭の台詞に加えたものと思われるが、カットされた場面の補われたハイビジョンリマスター版でも、冒頭の台詞を含めて再収録しながら同じ表現をそのまま使用したため、話の流れが不自然になっている。
 クラパムはロンドンのテムズ川南岸に実在する地名だが、トッド家の住所であるプリンス・アルバート・ロードは存在しないようで、撮影がおこなわれたのも実はロンドン西方郊外セント・マーガレッツのセント・スティーブンズ・ガーデンズ。ただし、トッド家への往復でポワロたちが渡る橋はアルバート・ブリッジ、通りの名前はアルバート・ブリッジ・ロードといい、テムズ川北岸からクラパムに向かう場合には実際に通る経路である。また、トッド家近くの「公園」は原語の Common という表現からクラパム・コモンの設定と思われるが、撮影場所はクラパム・コモンの北にあるバターシー・パーク内で、トッド家への往路はキャリッジ・ドライブ・イースト、トッド氏が帰宅するまで時間をつぶしていたのはセントラル・アベニュー。ポワロがアニーと話したトッド家の地下(一般に、地下は使用人のためのスペースとされる)も、セント・スティーブンズ・ガーデンズの家の地下は小さな貯蔵庫があるのみで[11]、別の場所で撮影されたと見られる。ベルグラビア銀行内部はハマースミスにある元王立マソニック病院で撮影された。湖水地方ケジックにある設定のフェル・コテージは、前述のとおりノース・ヨークシャーのエグトン・ブリッジにあるブルー・ベック・コテージ。湖水地方へ向けて丘陵地帯を走る汽車はノース・ヨークシャー・ムーアズ鉄道で、ハイキングをする男女が歩いているのはゴースランド展望駐車場の南側だが、窓の外を映さない車内はブルーベル鉄道での撮影か[12][13][14]。そのブルーベル鉄道はドラマや映画の撮影にきわめてよく使われる保存鉄道で、このドラマシリーズでも「ジョニー・ウェイバリー誘拐事件」でさっそく再登場するほか、ジェラルディン・マクイーワンおよびジュリア・マッケンジー主演「ミス・マープル」シリーズや、南イングランドでの撮影はめずらしいジェレミー・ブレット主演「シャーロック・ホームズの冒険」の「ギリシャ語通訳」にも登場する。また、ノース・ヨークシャー・ムーアズ鉄道も、ジョン・マルコヴィッチ主演の「ABC殺人事件」や、「シャーロック・ホームズの冒険」の「バスカビル家の犬」で撮影に使われている。トゥイッケナム駅として画面に登場するのは、現地からは5キロほど南に離れた国鉄(現ナショナル・レール)のサービトン駅。サウザンプトンの港は、ロンドン東方ティルベリーのフェリー・ターミナル。
 ベルグラビア銀行の支配人キャメロン氏を演じたリチャード・ベブは、「ゴルフ場殺人事件」冒頭のナレーター役のほか、以降の作品で劇中のニュース番組のナレーションを複数担当。ジョーン・ヒクソン主演の「ミス・マープル」シリーズ「予告殺人」のライデスデール署長役でも見ることができ、また同シリーズでドリー・バントリーを演じたグウェン・ワトフォードの夫でもある。コックのイライザを演じたフリーダ・ドーウィーは、ジェレミー・ブレット主演「シャーロック・ホームズの冒険」の「悪魔の足」ではポーター夫人役を、トゥイッケナム駅の荷物係を演じたダニー・ウェブは、ジェラルディン・マクイーワン主演「ミス・マープル3」の「バートラム・ホテルにて」でムッティ役、ベネディクト・カンバーバッチ主演「シャーロック2」の「ベルグレービアの醜聞」ではカーター警部役を演じている。
 シンプソンの吹替の安原義人さんは、富山敬さん亡き後、「エッジウェア卿の死」からヘイスティングスの吹替を担当。「ポワロのクリスマス」にもアルフレッド役で出演している。また、キャメロン氏の吹替の村松康雄さんは、映画「バンク・ジョブ」でデビッド・スーシェの吹替を担当した。
 オリジナル版では、冒頭で表示される邦題が今回だけ白色。また、オリジナル版でミス・レモンの役名表記が「レモン」となっているのも本作のみである。
 デジタル放送の切換式字幕では、銀行でのポワロとジャップ警部の別れ際に、警部の台詞の色(水色)で「そこまで落ちぶれるはずはない』って言ったんですよ。フフフ。」と表示されるが、「フフフ。」の部分はポワロの笑い声であり、本来は黄色で表示されるべきところ。また、イライザからの連絡を待っている場面で、「こう爵夫人からの依頼ですよ」と表示されるヘイスティングスの台詞は、原語だと 'Another letter from the Duchess of Wrexham. (レクサム公爵夫人からまた手紙ですよ)' と言っており、「こう爵」は侯爵でなく公爵のほうである。なお、公爵は貴族の最高位で、王族のほか、日本で言えば五摂家や元勲級の臣民も属する家柄に当たる。
 デジタル放送の放送データに載っているあらすじでは、ポワロがトッド夫人の依頼を引き受けた経緯を「行きがかり」と表現しているが、実際にはトッド夫人の主張に一定の理を見出し、考えを改めたからである。また、トッド宅のことを、2020年までの放送だと「邸宅」、2021年以降の放送では「屋敷」と表現しているが、実際の建物は下層中産階級向けのセミデタッチト・ハウスである。このセミデタッチト・ハウスは1棟の家が真ん中で2軒に分割されているスタイルの住宅で、もともと1軒だった家をあとから分割したのではなく、外観の見栄えなどの理由から、当初より結合された2軒として建てられる。
 » 結末や真相に触れる内容を表示
  1. [1] David Suchet and Geoffrey Wansell, Poirot and Me, headline, 2013, p. 44
  2. [2] Mark Aldridge, Agatha Christie on Screen, Palgrave Macmillan, 2016, p. 246
  3. [3] Mark Aldridge, Agatha Christie's Poirot: The Greatest Detective in the World, HarperCollinsPublishers, 2020, p. 376
  4. [4] 熊倉一雄, 「ポアロとわたし」, 『ゴルフ場殺人事件』, 早川書房(クリスティー文庫), 2004, p. 415
  5. [5] 「Blu-ray BOX 発売記念 スペシャル座談会 後編」, 『名探偵ポワロ Blu-ray BOX vol. 2』同梱ブックレット, ハピネット・ピクチャーズ, 2015, p. 44
  6. [6] David Suchet and Geoffrey Wansell, Poirot and Me, headline, 2013, pp. 53-55
  7. [7] David Suchet Poirot Hugh Fraser Captain Hastings Editorial Stock Photo - Stock Image | Shutterstock
  8. [8] David Suchet and Geoffrey Wansell, Poirot and Me, headline, 2013, pp. 86-87, 112
  9. [9] David Suchet and Geoffrey Wansell, Poirot and Me, headline, 2013, p. 12
  10. [10] David Suchet, Behind the Lens: My Life, Constable, 2019, p. 286
  11. [11] House Price History
  12. [12] Behind Scenes Editorial Stock Photo - Stock Image | Shutterstock
  13. [13] Poirot Episode Four Twenty Blackbirds General Editorial Stock Photo - Stock Image | Shutterstock
  14. [14] Poirot Episode Four Twenty Blackbirds General Editorial Stock Photo - Stock Image | Shutterstock

ロケ地写真

カットされた場面

日本

オリジナル版

[00:51/0:36]シンプソンが部屋で必死に荷造りをする場面の一部
[16:29/0:02]憤慨するポワロのアップからフェードアウトし、口述筆記を取るミス・レモンの手許がフェードインする直後まで
[21:01/1:14]消沈の表情を見せるポワロ 〜 マンションでイライザからの連絡を待つ場面
[37:46/0:20]駅での荷物係との会話の一部
[39:40/0:37]ポワロたちが南米行きの船を新聞で探す場面
[40:50/0:54]スコットランド・ヤードでの、発見されたトランクについてのやりとり
[42:24/0:26]ブエノスアイレス行きの船の出港中止を知り、ポワロがまちがいに気づいて係員に声をかけるまで

ハイビジョンリマスター版

なし

映像ソフト

  • [VHS] 「名探偵エルキュール・ポアロ 第34巻 炊事婦の失踪」(字幕) 日本クラウン
  • [DVD] 「名探偵ポワロ 1 コックを捜せ, ミューズ街の殺人」(字幕・吹替) ビームエンタテインメント(現ハピネット・ピクチャーズ※1
  • [DVD] 「名探偵ポワロ [完全版] 1 コックを捜せ, ミューズ街の殺人」(字幕・吹替) ハピネット・ピクチャーズ※2
  • [DVD] 「名探偵ポワロ DVDコレクション 24 コックを捜せ」(字幕・吹替) デアゴスティーニ・ジャパン※3
  • [BD] 「名探偵ポワロ Blu-ray BOX Disc 1 コックを捜せ, ミューズ街の殺人, ジョニー・ウェイバリー誘拐事件, 24羽の黒つぐみ」(字幕/吹替) ハピネット・ピクチャーズ※4
  • ※1 「名探偵ポワロ DVD-BOX1」にも収録
  • ※2 「名探偵ポワロ [完全版] DVD-BOX1」「名探偵ポワロ [完全版] 全巻 DVD-SET」「名探偵ポワロ [完全版] DVD-SET 1」にも収録
  • ※3 吹替は大塚智則さん主演の新録で、映像もイギリスで販売されているDVDと同じバリエーションを使用
  • ※4 「名探偵ポワロ Blu-ray BOX vol. 1」に収録

同原作の映像化作品

  • [アニメ] 「アガサ・クリスティーの名探偵ポワロとマープル 第28話〜第29話 消えた料理人」 2005年 監督:高橋ナオヒト 出演:里見浩太朗、折笠富美子、野島裕史、屋良有作
2024年4月11日更新