葬儀を終えて After the Funeral
放送履歴
日本
オリジナル版(94分00秒)
- 2006年12月14日 20時00分〜 (NHK衛星第2)
- 2007年12月28日 13時00分〜 (NHK衛星第2)
ハイビジョンリマスター版(94分00秒)
- 2016年11月19日 16時00分〜 (NHK BSプレミアム)
- 2017年04月26日 16時00分〜 (NHK BSプレミアム)
- 2021年06月05日 16時26分〜 (NHK BSプレミアム)※1
- 2021年12月27日 09時00分〜 (NHK BS4K)
- 2023年07月05日 21時00分〜 (NHK BSプレミアム・BS4K)※2
- ※1 エンディングの画面下部に次回の放送時間案内の字幕表示(帯付き)あり
- ※2 BSプレミアムでの放送は、オープニング冒頭の画面左上にBS4K同時放送のアイコン表示あり
海外
- 2005年12月11日 11時00分〜 (米・A&E)
- 2006年02月26日 20時30分〜 (豪・ABC)
- 2006年03月26日 21時00分〜 (英・ITV1)
原作
邦訳
- 『葬儀を終えて』 クリスティー文庫 加賀山卓朗訳
- 『葬儀を終えて』 クリスティー文庫 加島祥造訳
- 『葬儀を終えて』 ハヤカワミステリ文庫 加島祥造訳
原書
- After the Funeral, Collins, March 1953 (UK)
- Funerals are Fatal, Dodd Mead, 18 May 1953 (USA)
オープニングクレジット
日本
オリジナル版
名探偵ポワロ / AGATHA CHRISTIE'S POIROT / 葬儀を終えて // DAVID SUCHET / Agatha Christie POIROT / AFTER THE FUNERAL based on the novel by Agatha Christie / Screenplay PHILOMENA McDONAGH / ROBERT BATHURST, GERALDINE JAMES / ANNA COLDER-MARSHALL, MONICA DOLAN, KEVIN DOYLE / MICHAEL FASSBENDER, FIONA GLASCOTT, JULIAN OVENDEN / LUCY PUNCH, WILLIAM RUSSELL / ANTHONY VALENTINE, BENJAMIN WHITROW / Producer TREVOR HOPKINS / Director MAURICE PHILLIPS
ハイビジョンリマスター版
名探偵ポワロ / DAVID SUCHET / AGATHA CHRISTIE'S POIROT / 葬儀を終えて // DAVID SUCHET / Agatha Christie POIROT / AFTER THE FUNERAL based on the novel by Agatha Christie / Screenplay PHILOMENA McDONAGH / ROBERT BATHURST, GERALDINE JAMES / ANNA COLDER-MARSHALL, MONICA DOLAN, KEVIN DOYLE / MICHAEL FASSBENDER, FIONA GLASCOTT, JULIAN OVENDEN / LUCY PUNCH, WILLIAM RUSSELL / ANTHONY VALENTINE, BENJAMIN WHITROW / Producer TREVOR HOPKINS / Director MAURICE PHILLIPS
エンディングクレジット
日本
オリジナル版
原作 アガサ・クリスティー 脚本 フィロミーナ・マクドナー 演出 モーリス・フィリップス 制作 グラナダ・プロダクション A&E テレビジョン ネットワークス アガサ・クリスティー Ltd. (イギリス 2005年) / 出演 ポワロ(デビッド・スーシェ) 熊倉 一雄 ギルバート(ロバート・バサースト) 磯部 勉 ヘレン(ジェラルディン・ジェイムズ) 香野 百合子 ジョージ(マイケル・ファスベンダー) 宮内 敦士 ギルクリスト(モニカ・ドーラン) 小野 洋子 スザンナ 五十嵐 麗 ロザムンド 林 真里花 マイケル 福田 賢二 ティモシー 青野 武 モード 峰 あつ子 辻󠄀 親八 糸 博 佐々木 省三 丸山 詠二 石波 義人 多田野 曜平 竹口 安芸子 木下 紗華 宮山 知衣 / 日本語版スタッフ 翻訳 たかしまちせこ 演出 高橋 剛 音声 金谷 和美 プロデューサー 里口 千 制作統括 小川 純子 廣田 建三
ハイビジョンリマスター版
原作 アガサ・クリスティー 脚本 フィロミーナ・マクドナー 演出 モーリス・フィリップス 制作 グラナダ・プロダクション A&E テレビジョン ネットワークス アガサ・クリスティー Ltd. (イギリス) 出演 ポワロ(デビッド・スーシェ) 熊倉 一雄 ギルバート(ロバート・バサースト) 磯部 勉 ヘレン(ジェラルディン・ジェイムズ) 香野 百合子 ジョージ(マイケル・ファスベンダー) 宮内 敦士 ギルクリスト(モニカ・ドーラン) 小野 洋子 スザンナ 五十嵐 麗 ロザムンド 林 真里花 マイケル 福田 賢二 ティモシー 青野 武 モード 峰 あつ子 辻󠄁 親八 糸 博 佐々木 省三 丸山 詠二 石波 義人 多田野 曜平 竹口 安芸子 木下 紗華 宮山 知衣 日本語版スタッフ 翻訳 たかしま ちせこ 演出 高橋 剛 音声 金谷 和美 プロデューサー 里口 千
海外
オリジナル版
Hercule Poirot: DAVID SUCHET; Vicar: PHILLIP ANTHONY; Gilbert Entwhistle: ROBERT BATHURST; Maude Abernethie: ANNA CALDER-MARSHALL / Richard Abernethie: JOHN CARSON; Inspector Morton: KEVIN DOYLE; George Abernethie: MICHAEL FASSBENDER; Rosamund: FIONA GLASCOTT; Helen Abernethie: GERALDINE JAMES / Dr. Larraby: DOMINIC JEPHCOTT; Janet: VICKY OGDEN; Michael Shane: JULIAN OVENDEN; Susannah Henderson: LUCY PUNCH; Lanscombe: WILLIAM RUSSELL / 'Miss Sorrel': ANNABEL SCHOLEY; Giovanni Gallaccio: ANTHONY VALENTINE; Timothy Abernethie: BENJAMIN WHITROW; with MONICA DOLAN as Cora and Miss Gilchrist / (中略)First Assistant Director: JONATHAN FARMER; Second Assistant Director: SEAN CLAYTON; Third Assistant Director: RACHAEL HASTON; Floor Runner: EMILY PEROWNE; Location Managers: PETER TULLO, TOM STOURTON / Production Co-ordinator: REBECCA SUTTON; Assistant Co-ordinator: SAM BAKER; Production Runner: THOM GREEN; Production Accountant: SHEILA PRICE; Assistant Accountant: REBECCA MAYBURY; Script Supervisor: SUZIE CLEGG; Dialect Coach: PAULA JACK / Camera Operator: JEREMY GEE; Focus Puller: MATT POYNTER; Grip: STEVE PUGH; Clapper Loaders: ERIN STEVENS, JAMIE PHILLIPS; Lighting Gaffer: DAN FONTAINE; Best Boy: JOHN WALKER / Supervising Art Director: PAUL GILPIN; Art Directors: PILAR FOY, DENISE BALL; Production Buyer: DAVID LEWIS; Standby Art Director: JOANNE RIDLER; Property Master: JIM GRINDLEY; Construction Manager: GUS WOOKEY / Supervising Sound Editor: JOHN DOWNER; Dialogue Editor: SARAH MORTON; Dubbing Mixer: BILLY MAHONEY; Assistant Editor: ADAM HARVEY; Colourist: JET OMOSHEBI; On Line Editor: SIMON GIBLIN / Sound Recordist: ANDREW SISSONS; Sound Maintenance Eng.: ASHLEY REYNOLDS; Sound Trainee: ROBERT ALSOP; Publicists: PETER MARES, PATRICK SMITH; A&E Senior Publicist: GINA NOCERO / Costume: JASON GILL, CHARLOTTE MITCHELL; Make-up Artists: SUE PARKINSON, KATE ROBERTS; David Suchet's Make-up: SIAN TURNER; David Suchet's Dresser: PHIL O'CONNOR / Associate Producer: DAVID SUCHET; Script Editors: BETH WILLIS, JUDE LIKNAITZKY; Post-Production Supervisor: ALASDAIR WHITELAW; Make-up Designer: CHRISTINE GREENWOOD; Costume Designer: SHEENA NAPIER; Composer: STEPHEN McKEON / Production Executive: GAIL KENNETT; Casting Director: MAUREEN DUFF; Film Editor: PAUL GARRICK; Director of Photography: DAVID HIGGS; Production Designer: JEFF TESSLER; Line Producer: HELGA DOWIE / Executive Producer for A&E Television Networks: DELIA FINE; Supervising Producer for A&E Television Networks: EMILIO NUNEZ / Executive Producer for Chorion Plc.: PHIL CLYMER / Executive Producer: MICHELE BUCK; Executive Producer: DAMIEN TIMMER; © Agatha Christie Ltd. (a Chorion company) 2005 / A Granada Production in association with A&E Television Networks and Agatha Christie Ltd (a Chorion company)
あらすじ
リチャード・アバネシーの遺言状公開の席上で言われた「兄さん、本当は殺されたんでしょう?」という言葉。翌日、まるでその言葉を裏付けるかのごとく、リチャードの妹コーラが無惨に殺された。はたしてリチャードの死は本当に殺人だったのか……
事件発生時期
1936年
主要登場人物
エルキュール・ポワロ | 私立探偵 |
ギルバート・エントウィッスル | 弁護士 |
リチャード・アバネシー | アバネシー家当主、故人 |
コーラ・ガラチオ | リチャードの妹 |
ヘレン・アバネシー | リチャードの義妹、ジョージの母 |
ジョージ・アバネシー | ヘレンの息子 |
スザンナ・ヘンダーソン | リチャードの姪、愛称スージー |
ロザムンド・シェーン | リチャードの姪、スザンナの妹、女優 |
マイケル・シェーン | ロザムンドの夫、俳優 |
ティモシー・アバネシー | リチャードの弟 |
モード・アバネシー | ティモシーの妻 |
ランスコム | アバネシー家執事 |
ギルクリスト | コーラのコンパニオン |
ジョバンニ・ガラチオ | コーラの元夫、画家、イタリア人 |
ララビー | リチャードの主治医 |
モートン | 警部 |
解説、みたいなもの
原作は1953年発表。ドラマの時代設定は過去作同様1930年代に移されているが、富豪の一族の中での殺人事件というクリスティー作品では典型的な舞台設定ながらも、その中で、いわば庶民であるミス・ギルクリストの境遇が物語の中で重要な位置を占めるあたりに、第二次大戦が終わって8年が経過した時代を感じさせる。そのミス・ギルクリストの職業の「コンパニオン」とは、以前の宇津木道子さんの日本語では「話し相手」と訳されていたのと同じ職業で、住み込みで老婦人などの身のまわりの世話をおこなう。しかし、「わたしは話し相手で召使いではないんです」という彼女の台詞が示すように、使用人とは一線を画した立場と見なされ、自ら生計を立てる必要に迫られたレディーが体面を傷つけずに収入を得られる手段とされていた。しかしながら、「あなたの庭はどんな庭?」のカトリーナや「もの言えぬ証人」のウィルミーナなどにも見られたように、その立場はしばしば微妙なものだったようだ。本作でも、コーラの家を訪れたスザンナが、両手のふさがったミス・ギルクリストに当然のように荷物を持たせたり、車の修理まで自分でやるモードが、食事にも同席していたミス・ギルクリストに当たり前のように用事を言いつけたりするなど、ミス・ギルクリストに対するアバネシー一族の無意識の扱いを強調する演出がおこなわれている。
ドラマ化に当たって多くの登場人物が整理統合されており、原作のアバネシー家に連なる人物のうち、リチャードの愛息のモーティマー、スザンナ(原作での名前はスーザン)の夫のグレゴリー、コーラの夫のピエール・ランスケネらがカットされ、モーティマーやグレゴリーの要素はジョージに、ランスケネは鑑定家のガスリー氏とまとめられてジョバンニ・ガラチオという人物になった。また、原作では従姉妹だったスザンナとロザムンドが姉妹に、伯母と甥の関係だったヘレンとジョージが親子になっている。物語の展開では、遺言書の偽造やエンダビー・ホールの権利書の紛失などがドラマオリジナルの要素として追加されているが、原作で事件の鍵となっていた台詞や出来事は一通り網羅されており、変更点の数の割には原作に忠実な映像化という印象を残す。なお、「ヒッコリー・ロードの殺人」原作では、名前は違えどエンディコット弁護士が本作のエントウィッスル弁護士と同一人物のように扱われていたが、ドラマではキャストも異なり、「ヒッコリー・ロードの殺人」への言及もない。
エンダビー・ホールに足を踏み入れたマイケルが「壁はありきたりの漆喰か」と言った台詞は、原語だと 'All this from corn plasters. (これが全部、魚の目の塗り薬からか)' という表現で、 corn plaster とは漆喰ではなく魚の目用の膏薬のこと。つまり、原語のマイケルはアバネシー家がそれでなした財の大きさに驚いており、これは原作の設定を受けた台詞である。
コーラの遺体安置所から出た際、モートン警部は「検死官は、犯行時刻は午後と見ています」と言うが、ここでの「検死官」に対応する原語音声の表現は doctor (医師)。本来の検死官 (coroner) は変死の事件性の精査を主導する司法官吏であって、司法解剖をおこなって死亡時刻を推定する医師とは別である。
コーラの遺体が安置されていた建物やジョージの持っていた新聞には LYCHETT ST. MARY と書かれているが、原作のリチェット・セント・メアリーは Lytchett St Mary と綴っていた。
コーラの家へ向かいながらエントウィッスル弁護士が「葬式の日、わたしの事務所が荒らされていたのがわかったんです。お屋敷の権利書は、いつなくなったかわかりません」と言うが、台詞の後半は原語だと 'The Enderby deeds are missing and I haven't had a chance to attend to it. (お屋敷の権利書がなくなっていて、それが必要な手続きができていないんです)' となっていて、紛失のタイミングの話はしていない。そのすこしあとにポワロが「葬式の日に事務所が荒らされ、屋敷の権利書が消えた。あまりに大きな偶然と思いませんか?」と言うのも、事務所への侵入と権利書の紛失の関係を「あまりに大きな偶然」と評したのではなく、両者は一体のものととらえ、その発生と葬式の日が一致したことをそう評したのである。
スザンナが講演のなかで言及した「ベチュアナランド」とはボツワナの英領時代の呼称。スザンナの活動は、日本語だとアフリカの恵まれない子供一般を支援するもののように聞こえるが、原語では劇中の時代を反映して、大英帝国領の本土と植民地のあいだの格差を問題にしている。なお、このように足下の本土より遠隔地である植民地の貧困問題に関心を持つのも上流階級に見られる思考で、アバネシー家の意識を浮かび上がらせる。
コーラの家にいつづけるミス・ギルクリストについてポワロが「ほかに行くところがないんでしょう、状況が変わるまで」と言う台詞の「状況」の原語 situation は、ここでは漠然とした「状況」ではなく具体的に「勤め口」の意味で使われており、つまり「次の仕事が見つかるまで」という趣旨である。
マイケルが言う「待ってろよ、オリヴィエ (Larry Olivier had better watch out.)」のオリヴィエとは、名優として知られるローレンス・オリヴィエのこと。
マイケルとロザムンドにエントウィッスル弁護士が「書類の関係で、家の売却はかなり遅れています」と言うが、ポワロとコーラの家を訪ねたのが葬儀の2日後で、そのあとまもない時期の発言とすれば、エンダビーほどの邸宅の売却としては「かなり遅れてい」るとは言えないはず。エントウィッスル弁護士の台詞は、原語だと 'I'm afraid there's a bit of a delay with some of the documents for the house. (家の書類の関係で〔売却は〕ちょっと遅れそうです)' という表現で、現状ではなく今後の予測を言っている。
コーラの家を訪れたスザンナにミス・ギルクリストが「今朝も呼び鈴が鳴ってから出るのに30分もかかりました」と言ったところは、原語では 'The doorbell rang half an hour ago and I could hardly bring myself to answer it (30分前に呼び鈴が鳴ったけど、出る気になれなくて)' となっていて、さすがに30分もしてから応対に出たりはしていないし、訪ねてきた尼僧もその間ずっと待っていたわけではない。
当初のリチャードの遺言が偽造という判断は、エントウィッスルとの会話ではほぼ確定的に扱われていたが、ポワロはそのあとヘレンに「わたしが思うに、息子さんを除外したあの遺言は、偽物です」と自分の印象のように話す。原語は 'Well, I suspect that the will that disinherited your son, it is a fake. (実は、息子さんを除外したあの遺言は偽物ではないかとわたしは思っています)' という表現で、日本語よりも確度の高いニュアンスがある。
コーラの家に飾られたガラチオの作品は、フェレンツィ・カーロイの「赤い背景の裸婦」の上部に壁と花などを書き加えたものである。
ポワロとエントウィッスルが英国美術院の前でイタリア人のガラチオに会った際、日本語音声だとエントウィッスルとガラチオはお互いに「セニョール」と言うがこれはスペイン語。しかし、そのすぐあと、ポワロはガラチオに正しくイタリア語で「シニョール」と言う。ところが、エンダビー・ホールでガラチオに依頼をする際にはポワロも「セニョール・ガラチオ」と呼びかける。
英国美術院前でのガラチオとの別れ際、ポワロが日本語で「では」と言ったとき映像では口が動いていないように、対応する原語音声の 'Good day.' はカメラがガラチオに移ってから聞こえる。
記念品の分配でティモシーとジョージが争ったデザートセットは、原語だと Spode (スポード) というブランド名が具体的に挙げられており、これは実在するイギリス王家御用達の陶磁器メーカー。また、ミス・ギルクリストのティーショップがつぶれる原因になった「大手の店」も原語だと a Lyons' establishment と言っており、こちらの Lyons (ライオンズ) も実在したイギリス大手飲食店チェーンの名前である。同社の茶葉は、「杉の柩」のハンタベリー村の郵便局にも販売を案内する看板が掛けられていた。
記念品の分配についての話のなかでミス・ギルクリストが孔雀石のテーブルについて「このお屋敷にはぴったり」と言ったところは、原語だと 'It must be worth a lot of money. (とてもお高いんでしょうね)' と言っており、ロザムンドの「わたしの分配金を減らしてでも、ほしいの」という台詞に直接的につながる。
ディナーのあと、客間でかけられているレコードの曲は 'Blue Moan' である。
尼僧が話題になった際、ロザムンドが日本語で「見えない部分が多いほうが、男性は想像力をかき立てられるのかも」と言ったところは、原語だと 'When they revived The Miracle Worker, Sonia Wells looked too glamorous for words. (「奇跡の人」を再演したとき、ソニア・ウェルズは言葉にできないほど魅惑的だったわ)' という台詞だが、盲聾者ヘレン・ケラーとその家庭教師アン・サリヴァンの逸話をもとにした The Miracle Worker (奇跡の人) は、別に尼僧に関係ないだけでなく、その題名が初めて冠されたテレビドラマの制作が1957年、その舞台化が1959年のことで、劇中の時代設定にも原作の執筆時期にもあわない。もともと原作で名前を挙げられていたのは The Miracle Worker ではなく The Miracle (奇跡) という作品で、これは中世の尼僧を主人公とする伝説をもとにした戯曲だった。
謎解きの直前、ポワロとジョージが会話する場面では、ジョージを正面から映すカットでのみ雨が降っている。そのあとにやってくる車も、フロントガラスは乾いているが車体やドアガラスが濡れており、降雨の合間を縫って撮影がおこなわれたことが窺える。
モートン警部との会話でポワロが過去の失敗について「今までで二度ほどね」と言うが、「ひらいたトランプ」では「28年前に一度」と答えていたはず。「ひらいたトランプ」の回答は原作にもある台詞だが、本作品の原作のやりとりでは回数は明言されていなかった。
ポワロが乗りまわしている車の運転手を演じているのは、このドラマシリーズの開始時から実際にスーシェの運転手を務めるショーン・オコーナー氏。かつてスーシェが、インフルエンザに罹りながら外せないリハーサルへ向かう際に頼んだタクシーの運転手がオコーナー氏で、スーシェには帰りの料金を払うお金がなかったにもかかわらず、彼はリハーサルの終了まで待っていてくれた上、無料で自宅まで送り届けてくれたという。それがきっかけでスーシェはタクシーを頼む際には常にオコーナー氏を指名するようになり、またポワロ役の契約で任意の運転手を抱えられることになったときにも、スーシェはオコーナー氏の名を思い浮かべた。以来、オコーナー氏は最終作までスーシェの運転手を務め、スーシェの親友の一人となったという。[1][2][3]また、ティモシーとモードがエンダビーへ乗ってきた車を運転しているのは、モード役のアンナ・コルダー・マーシャルではなく、男性による代役である[1]。
ポワロがその前でガラチオを待ち構え、またのちにガラチオに行ってもらった「英国美術院」は原語だと London Academy of Arts (ロンドン美術院)。ロンドンには Royal Academy of Arts (王立美術院) という団体はあるが、英国美術院も London Academy of Arts も実在しない架空の団体名である。
エンダビー・ホールの撮影がおこなわれたのは、ハンプシャーのロザフィールド・パーク。ロザフィールド・パークの邸内は、ジュリア・マッケンジー主演「ミス・マープル6」の「グリーンショウ氏の阿房宮」でも〈阿房宮〉邸内として撮影に使われている。冒頭の「速すぎる急行列車」は「コックを捜せ」以来おなじみのブルーベル鉄道、途中の通過駅はホーステッド・ケインズ駅で、これらは「ジョニー・ウェイバリー誘拐事件」、「スタイルズ荘の怪事件」、「西洋の星の盗難事件」(駅は元ケッチズ・ホールト駅)、「プリマス行き急行列車」、「ABC殺人事件」、「死人の鏡」、「ポワロのクリスマス」にも登場。ただし車内はセットのようだ。リチャードの遺体が荼毘に付されたのはパトニー・ヴェール火葬場。コーラの家は「ホロー荘の殺人」のダヴコーツと同じサリー州ハンブルドンのヴァン・ハウスで、額に入った絵がたくさん掛けられている部屋は、「ホロー荘の殺人」でジョンとヴェロニカが会っていたのと同じ部屋が使われている。スザンナが講演をした講堂は、「二重の罪」ではウィットコム女子大、「なぞの遺言書」ではケンブリッジ大学の講堂として撮影に使われたラングドン・ダウン・センターのノーマンズフィールド・シアター。「安いマンションの事件」の〈ブラックキャット〉の楽屋周辺や、「マースドン荘の惨劇」で民間防衛訓練がおこなわれた集会所も同所。コーラの遺体が安置されていた病院はバッキンガムシャー州ビーコンズフィールドのマソニック・アンド・コミュニティ・センターで、コーラの家をあとにしたポワロとエントウィッスルが歩いていたのはその近くのウィンザー・エンド。ノーサンプトンシャー州にあることになっているティモシーの邸宅は、サリー州にあるバイフリート・マナー。英国美術院前の撮影がおこなわれたのは、「スペイン櫃の秘密」の軍人クラブと同じリンカーンズ・イン・フィールズのハンター博物館前。シェーン夫妻が出演していたリージェンシー劇場の楽屋口の撮影も、実はハンター博物館裏手のポルトガル・ストリートでおこなわれているが、楽屋口のあった建物はすでに取り壊されている。その劇場の舞台の撮影がおこなわれたのはニュー・ウィンブルドン劇場内で、「グランド・メトロポリタンの宝石盗難事件」ではデボンシャー・パーク劇場屋内として撮影に使われたところ。一方、劇中では同名の設定の、「エッジウェア卿の死」に登場したリージェンシー劇場の撮影がおこなわれたのはアポロ劇場で、その撮影場所は異なっている。楽屋口前でロザムンドが話をしている場面はポルトガル・ストリートとサール・ストリートの角で、その後ロザムンドが尼僧院とおぼしき場所を訪ねた場面はリンカーンズ・インのニュー・スクエアとオールド・スクエアのあいだで撮影されている。
リチャード・アバネシーを演じるジョン・カーソンは「なぞの盗難事件」のサー・ジョージ役、冒頭の牧師役のフィリップ・アントニーは「ABC殺人事件」のクラーク家の主治医役につづく「名探偵ポワロ」2度目の出演。ただし、ジョン・カーソンの吹替は石田太郎さんから糸博さんへ、フィリップ・アントニーの吹替は藤本譲さんから石波義人さんへ交代した。ミス・ギルクリスト役のモニカ・ドーランは、トビー・ジョーンズ主演の「検察側の証人」でのジャネット・マッキンタイアー役、ティモシー・アバネシー役のベンジャミン・ウィットロウは、フランセスカ・アニスとジェームス・ワーウィック主演「二人で探偵を」シリーズ「キングで勝負」のサー・アーサー・メリベール役や、ジョン・ソウ主演の「主任警部モース」シリーズ「カインの娘たち」のブラウンリー役でも見ることができる。モード・アバネシーを演じるアンナ・コルダー・マーシャルは「ヒッコリー・ロードの殺人」でスタンリー卿を演じたデビッド・バークの妻で、ジェレミー・ブレット主演の「シャーロック・ホームズの冒険」シリーズでは、「未婚の貴族」のレディー・ヘレナとアグネス・ノースコートの姉妹を一人二役で演じた。ガラチオ氏を演じるアントニー・バレンタインは、ビル・ビクスビー主演の「ロンドン殺人事件」のアボット役や、ブレット主演の「シャーロック・ホームズの冒険」の一篇、「高名の依頼人」のグルーナー男爵役でも見ることができる。マイケル・シェーンを演じるジュリアン・オヴェンデンは、マイケル・キッチン主演の「刑事フォイル」シリーズではアンドリュー・フォイル役を演じており、こちらでの吹替も、本作品と同じ福田賢二さんによる。
汽車でエントウィッスルに「〔コーラに〕会うことはできます」と言われてポワロが「そう」と言ったり、そのあと「実は昨日の午後、コーラは殺されました。斧を持った侵入者に」と言われて「ん?」と言ったり、ジョージに火をつけてもらった煙草の煙を吐き出す音がしたりするのは日本語音声のみ。リチャードの遺言書を読もうとするティモシーの声も同様。一方、ポワロが劇場を訪ねた際の 'Check in the dressing room! (楽屋を調べて)' 'Not there! (そこにはないよ)' という会話は、日本語音声には台詞がない。
ポワロが2度目にエンダビー・ホールを訪れる際、ポワロが乗った車の車体側面に、現代の自動車が映り込んでしまっている。オリジナル版では映像の加工により修正されているが、それでも前後のドアの境付近にわずかに見える。
» 結末や真相に触れる内容を表示
ジョージがスザンナに言う「僕がやったことを知ったら、そんな思いは吹っ飛んじまうよ」という台詞は、原語だと 'When you've done what I've done, fear becomes somehow meaningless. (僕がやったことをやったら、恐怖なんか無意味になっちまうよ)' となっており、遺言状の偽造をおこなった自分のように本当に罪を犯していれば、良心の呵責によって恐怖などどうでもよくなるという趣旨である。
ポワロがジョージに「あなたが遺言書を偽造した (So it was you who forged the will.)」と言った際、カメラがポワロの背後に移ったときにはまだポワロの口が動いているが、原語音声ではそのときにはすでにポワロの台詞は終わっている。
謎解きのなかでポワロが「葬式で妹のコーラがあんなことさえ言わなければね」と言うが、コーラ(に扮したミス・ギルクリスト)がリチャードは殺されたと発言したのは、葬式のあと、エンダビー・ホールに一族が集まったときのことである。また、その発言によってリチャード殺害説が信じられたという話につづけて、ポワロが「ところが、コーラが殺されたのは家に押し入った強盗の仕業だという。これは納得しません。で、どこに疑いを向けたか?」と言ったところは、原語だと 'But if Cora Gallaccio is killed, and her cottage is broken into, and Hercule Poirot is not convinced by this burglary, then where is he to look? (でも、コーラが殺されて、家が押し入られて、でもポワロがこの強盗を信じない場合、どこに目を向けるべきか?)' という表現で、コーラ殺害の強盗説がリチャード殺害説と矛盾するという趣旨ではなく、リチャードが殺されたという前提を置かずにコーラ殺害だけを単体で見て、さらに強盗説を採用しなかった場合にどうなるかという話をしている。
ミス・ギルクリストが以前にエンダビーに来たことがあるとポワロに気づかせた「〔孔雀石のテーブルの上に〕蝋の造花を置くと映えますでしょ。絵になりますわ」という台詞は、日本語だと仮定の話になっていて決定打としては弱く聞こえるが、原語だと 'The wax flowers look so right on it. Really artistic. (蝋の造花もあの上で映えていますわね。絵になっていて)' という表現で、その時点の状態として評価した言い方になっている。また、コーラの絵にコピーは一枚もないというミス・ギルクリストの主張に対し、すでに焼失していたはずのポルフレクサンの埠頭が描かれた絵を、日本語ではスザンナが「何枚か」あったと言うが、原語では one (一枚) であり、だからこそ、ほかと唯一異なるその絵に何かが隠されている可能性にポワロが思い至ったのである。
ハイビジョンリマスター版の放送データに載っているあらすじでは、「彼〔リチャード〕に子どもはなく」と書かれているが、実際にはジョージが実子であったことがわかる。また、「リチャードの妹のコーラが、『兄は殺された』と葬儀で口走り…」とあるが、これも、実際にそのように言ったのはコーラに変装したミス・ギルクリストであったことがのちにわかり、またそのタイミングも、前述のとおり葬儀のあとである。
ドラマ化に当たって多くの登場人物が整理統合されており、原作のアバネシー家に連なる人物のうち、リチャードの愛息のモーティマー、スザンナ(原作での名前はスーザン)の夫のグレゴリー、コーラの夫のピエール・ランスケネらがカットされ、モーティマーやグレゴリーの要素はジョージに、ランスケネは鑑定家のガスリー氏とまとめられてジョバンニ・ガラチオという人物になった。また、原作では従姉妹だったスザンナとロザムンドが姉妹に、伯母と甥の関係だったヘレンとジョージが親子になっている。物語の展開では、遺言書の偽造やエンダビー・ホールの権利書の紛失などがドラマオリジナルの要素として追加されているが、原作で事件の鍵となっていた台詞や出来事は一通り網羅されており、変更点の数の割には原作に忠実な映像化という印象を残す。なお、「ヒッコリー・ロードの殺人」原作では、名前は違えどエンディコット弁護士が本作のエントウィッスル弁護士と同一人物のように扱われていたが、ドラマではキャストも異なり、「ヒッコリー・ロードの殺人」への言及もない。
エンダビー・ホールに足を踏み入れたマイケルが「壁はありきたりの漆喰か」と言った台詞は、原語だと 'All this from corn plasters. (これが全部、魚の目の塗り薬からか)' という表現で、 corn plaster とは漆喰ではなく魚の目用の膏薬のこと。つまり、原語のマイケルはアバネシー家がそれでなした財の大きさに驚いており、これは原作の設定を受けた台詞である。
コーラの遺体安置所から出た際、モートン警部は「検死官は、犯行時刻は午後と見ています」と言うが、ここでの「検死官」に対応する原語音声の表現は doctor (医師)。本来の検死官 (coroner) は変死の事件性の精査を主導する司法官吏であって、司法解剖をおこなって死亡時刻を推定する医師とは別である。
コーラの遺体が安置されていた建物やジョージの持っていた新聞には LYCHETT ST. MARY と書かれているが、原作のリチェット・セント・メアリーは Lytchett St Mary と綴っていた。
コーラの家へ向かいながらエントウィッスル弁護士が「葬式の日、わたしの事務所が荒らされていたのがわかったんです。お屋敷の権利書は、いつなくなったかわかりません」と言うが、台詞の後半は原語だと 'The Enderby deeds are missing and I haven't had a chance to attend to it. (お屋敷の権利書がなくなっていて、それが必要な手続きができていないんです)' となっていて、紛失のタイミングの話はしていない。そのすこしあとにポワロが「葬式の日に事務所が荒らされ、屋敷の権利書が消えた。あまりに大きな偶然と思いませんか?」と言うのも、事務所への侵入と権利書の紛失の関係を「あまりに大きな偶然」と評したのではなく、両者は一体のものととらえ、その発生と葬式の日が一致したことをそう評したのである。
スザンナが講演のなかで言及した「ベチュアナランド」とはボツワナの英領時代の呼称。スザンナの活動は、日本語だとアフリカの恵まれない子供一般を支援するもののように聞こえるが、原語では劇中の時代を反映して、大英帝国領の本土と植民地のあいだの格差を問題にしている。なお、このように足下の本土より遠隔地である植民地の貧困問題に関心を持つのも上流階級に見られる思考で、アバネシー家の意識を浮かび上がらせる。
コーラの家にいつづけるミス・ギルクリストについてポワロが「ほかに行くところがないんでしょう、状況が変わるまで」と言う台詞の「状況」の原語 situation は、ここでは漠然とした「状況」ではなく具体的に「勤め口」の意味で使われており、つまり「次の仕事が見つかるまで」という趣旨である。
マイケルが言う「待ってろよ、オリヴィエ (Larry Olivier had better watch out.)」のオリヴィエとは、名優として知られるローレンス・オリヴィエのこと。
マイケルとロザムンドにエントウィッスル弁護士が「書類の関係で、家の売却はかなり遅れています」と言うが、ポワロとコーラの家を訪ねたのが葬儀の2日後で、そのあとまもない時期の発言とすれば、エンダビーほどの邸宅の売却としては「かなり遅れてい」るとは言えないはず。エントウィッスル弁護士の台詞は、原語だと 'I'm afraid there's a bit of a delay with some of the documents for the house. (家の書類の関係で〔売却は〕ちょっと遅れそうです)' という表現で、現状ではなく今後の予測を言っている。
コーラの家を訪れたスザンナにミス・ギルクリストが「今朝も呼び鈴が鳴ってから出るのに30分もかかりました」と言ったところは、原語では 'The doorbell rang half an hour ago and I could hardly bring myself to answer it (30分前に呼び鈴が鳴ったけど、出る気になれなくて)' となっていて、さすがに30分もしてから応対に出たりはしていないし、訪ねてきた尼僧もその間ずっと待っていたわけではない。
当初のリチャードの遺言が偽造という判断は、エントウィッスルとの会話ではほぼ確定的に扱われていたが、ポワロはそのあとヘレンに「わたしが思うに、息子さんを除外したあの遺言は、偽物です」と自分の印象のように話す。原語は 'Well, I suspect that the will that disinherited your son, it is a fake. (実は、息子さんを除外したあの遺言は偽物ではないかとわたしは思っています)' という表現で、日本語よりも確度の高いニュアンスがある。
コーラの家に飾られたガラチオの作品は、フェレンツィ・カーロイの「赤い背景の裸婦」の上部に壁と花などを書き加えたものである。
ポワロとエントウィッスルが英国美術院の前でイタリア人のガラチオに会った際、日本語音声だとエントウィッスルとガラチオはお互いに「セニョール」と言うがこれはスペイン語。しかし、そのすぐあと、ポワロはガラチオに正しくイタリア語で「シニョール」と言う。ところが、エンダビー・ホールでガラチオに依頼をする際にはポワロも「セニョール・ガラチオ」と呼びかける。
英国美術院前でのガラチオとの別れ際、ポワロが日本語で「では」と言ったとき映像では口が動いていないように、対応する原語音声の 'Good day.' はカメラがガラチオに移ってから聞こえる。
記念品の分配でティモシーとジョージが争ったデザートセットは、原語だと Spode (スポード) というブランド名が具体的に挙げられており、これは実在するイギリス王家御用達の陶磁器メーカー。また、ミス・ギルクリストのティーショップがつぶれる原因になった「大手の店」も原語だと a Lyons' establishment と言っており、こちらの Lyons (ライオンズ) も実在したイギリス大手飲食店チェーンの名前である。同社の茶葉は、「杉の柩」のハンタベリー村の郵便局にも販売を案内する看板が掛けられていた。
記念品の分配についての話のなかでミス・ギルクリストが孔雀石のテーブルについて「このお屋敷にはぴったり」と言ったところは、原語だと 'It must be worth a lot of money. (とてもお高いんでしょうね)' と言っており、ロザムンドの「わたしの分配金を減らしてでも、ほしいの」という台詞に直接的につながる。
ディナーのあと、客間でかけられているレコードの曲は 'Blue Moan' である。
尼僧が話題になった際、ロザムンドが日本語で「見えない部分が多いほうが、男性は想像力をかき立てられるのかも」と言ったところは、原語だと 'When they revived The Miracle Worker, Sonia Wells looked too glamorous for words. (「奇跡の人」を再演したとき、ソニア・ウェルズは言葉にできないほど魅惑的だったわ)' という台詞だが、盲聾者ヘレン・ケラーとその家庭教師アン・サリヴァンの逸話をもとにした The Miracle Worker (奇跡の人) は、別に尼僧に関係ないだけでなく、その題名が初めて冠されたテレビドラマの制作が1957年、その舞台化が1959年のことで、劇中の時代設定にも原作の執筆時期にもあわない。もともと原作で名前を挙げられていたのは The Miracle Worker ではなく The Miracle (奇跡) という作品で、これは中世の尼僧を主人公とする伝説をもとにした戯曲だった。
謎解きの直前、ポワロとジョージが会話する場面では、ジョージを正面から映すカットでのみ雨が降っている。そのあとにやってくる車も、フロントガラスは乾いているが車体やドアガラスが濡れており、降雨の合間を縫って撮影がおこなわれたことが窺える。
モートン警部との会話でポワロが過去の失敗について「今までで二度ほどね」と言うが、「ひらいたトランプ」では「28年前に一度」と答えていたはず。「ひらいたトランプ」の回答は原作にもある台詞だが、本作品の原作のやりとりでは回数は明言されていなかった。
ポワロが乗りまわしている車の運転手を演じているのは、このドラマシリーズの開始時から実際にスーシェの運転手を務めるショーン・オコーナー氏。かつてスーシェが、インフルエンザに罹りながら外せないリハーサルへ向かう際に頼んだタクシーの運転手がオコーナー氏で、スーシェには帰りの料金を払うお金がなかったにもかかわらず、彼はリハーサルの終了まで待っていてくれた上、無料で自宅まで送り届けてくれたという。それがきっかけでスーシェはタクシーを頼む際には常にオコーナー氏を指名するようになり、またポワロ役の契約で任意の運転手を抱えられることになったときにも、スーシェはオコーナー氏の名を思い浮かべた。以来、オコーナー氏は最終作までスーシェの運転手を務め、スーシェの親友の一人となったという。[1][2][3]また、ティモシーとモードがエンダビーへ乗ってきた車を運転しているのは、モード役のアンナ・コルダー・マーシャルではなく、男性による代役である[1]。
ポワロがその前でガラチオを待ち構え、またのちにガラチオに行ってもらった「英国美術院」は原語だと London Academy of Arts (ロンドン美術院)。ロンドンには Royal Academy of Arts (王立美術院) という団体はあるが、英国美術院も London Academy of Arts も実在しない架空の団体名である。
エンダビー・ホールの撮影がおこなわれたのは、ハンプシャーのロザフィールド・パーク。ロザフィールド・パークの邸内は、ジュリア・マッケンジー主演「ミス・マープル6」の「グリーンショウ氏の阿房宮」でも〈阿房宮〉邸内として撮影に使われている。冒頭の「速すぎる急行列車」は「コックを捜せ」以来おなじみのブルーベル鉄道、途中の通過駅はホーステッド・ケインズ駅で、これらは「ジョニー・ウェイバリー誘拐事件」、「スタイルズ荘の怪事件」、「西洋の星の盗難事件」(駅は元ケッチズ・ホールト駅)、「プリマス行き急行列車」、「ABC殺人事件」、「死人の鏡」、「ポワロのクリスマス」にも登場。ただし車内はセットのようだ。リチャードの遺体が荼毘に付されたのはパトニー・ヴェール火葬場。コーラの家は「ホロー荘の殺人」のダヴコーツと同じサリー州ハンブルドンのヴァン・ハウスで、額に入った絵がたくさん掛けられている部屋は、「ホロー荘の殺人」でジョンとヴェロニカが会っていたのと同じ部屋が使われている。スザンナが講演をした講堂は、「二重の罪」ではウィットコム女子大、「なぞの遺言書」ではケンブリッジ大学の講堂として撮影に使われたラングドン・ダウン・センターのノーマンズフィールド・シアター。「安いマンションの事件」の〈ブラックキャット〉の楽屋周辺や、「マースドン荘の惨劇」で民間防衛訓練がおこなわれた集会所も同所。コーラの遺体が安置されていた病院はバッキンガムシャー州ビーコンズフィールドのマソニック・アンド・コミュニティ・センターで、コーラの家をあとにしたポワロとエントウィッスルが歩いていたのはその近くのウィンザー・エンド。ノーサンプトンシャー州にあることになっているティモシーの邸宅は、サリー州にあるバイフリート・マナー。英国美術院前の撮影がおこなわれたのは、「スペイン櫃の秘密」の軍人クラブと同じリンカーンズ・イン・フィールズのハンター博物館前。シェーン夫妻が出演していたリージェンシー劇場の楽屋口の撮影も、実はハンター博物館裏手のポルトガル・ストリートでおこなわれているが、楽屋口のあった建物はすでに取り壊されている。その劇場の舞台の撮影がおこなわれたのはニュー・ウィンブルドン劇場内で、「グランド・メトロポリタンの宝石盗難事件」ではデボンシャー・パーク劇場屋内として撮影に使われたところ。一方、劇中では同名の設定の、「エッジウェア卿の死」に登場したリージェンシー劇場の撮影がおこなわれたのはアポロ劇場で、その撮影場所は異なっている。楽屋口前でロザムンドが話をしている場面はポルトガル・ストリートとサール・ストリートの角で、その後ロザムンドが尼僧院とおぼしき場所を訪ねた場面はリンカーンズ・インのニュー・スクエアとオールド・スクエアのあいだで撮影されている。
リチャード・アバネシーを演じるジョン・カーソンは「なぞの盗難事件」のサー・ジョージ役、冒頭の牧師役のフィリップ・アントニーは「ABC殺人事件」のクラーク家の主治医役につづく「名探偵ポワロ」2度目の出演。ただし、ジョン・カーソンの吹替は石田太郎さんから糸博さんへ、フィリップ・アントニーの吹替は藤本譲さんから石波義人さんへ交代した。ミス・ギルクリスト役のモニカ・ドーランは、トビー・ジョーンズ主演の「検察側の証人」でのジャネット・マッキンタイアー役、ティモシー・アバネシー役のベンジャミン・ウィットロウは、フランセスカ・アニスとジェームス・ワーウィック主演「二人で探偵を」シリーズ「キングで勝負」のサー・アーサー・メリベール役や、ジョン・ソウ主演の「主任警部モース」シリーズ「カインの娘たち」のブラウンリー役でも見ることができる。モード・アバネシーを演じるアンナ・コルダー・マーシャルは「ヒッコリー・ロードの殺人」でスタンリー卿を演じたデビッド・バークの妻で、ジェレミー・ブレット主演の「シャーロック・ホームズの冒険」シリーズでは、「未婚の貴族」のレディー・ヘレナとアグネス・ノースコートの姉妹を一人二役で演じた。ガラチオ氏を演じるアントニー・バレンタインは、ビル・ビクスビー主演の「ロンドン殺人事件」のアボット役や、ブレット主演の「シャーロック・ホームズの冒険」の一篇、「高名の依頼人」のグルーナー男爵役でも見ることができる。マイケル・シェーンを演じるジュリアン・オヴェンデンは、マイケル・キッチン主演の「刑事フォイル」シリーズではアンドリュー・フォイル役を演じており、こちらでの吹替も、本作品と同じ福田賢二さんによる。
汽車でエントウィッスルに「〔コーラに〕会うことはできます」と言われてポワロが「そう」と言ったり、そのあと「実は昨日の午後、コーラは殺されました。斧を持った侵入者に」と言われて「ん?」と言ったり、ジョージに火をつけてもらった煙草の煙を吐き出す音がしたりするのは日本語音声のみ。リチャードの遺言書を読もうとするティモシーの声も同様。一方、ポワロが劇場を訪ねた際の 'Check in the dressing room! (楽屋を調べて)' 'Not there! (そこにはないよ)' という会話は、日本語音声には台詞がない。
ポワロが2度目にエンダビー・ホールを訪れる際、ポワロが乗った車の車体側面に、現代の自動車が映り込んでしまっている。オリジナル版では映像の加工により修正されているが、それでも前後のドアの境付近にわずかに見える。
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ジョージがスザンナに言う「僕がやったことを知ったら、そんな思いは吹っ飛んじまうよ」という台詞は、原語だと 'When you've done what I've done, fear becomes somehow meaningless. (僕がやったことをやったら、恐怖なんか無意味になっちまうよ)' となっており、遺言状の偽造をおこなった自分のように本当に罪を犯していれば、良心の呵責によって恐怖などどうでもよくなるという趣旨である。
ポワロがジョージに「あなたが遺言書を偽造した (So it was you who forged the will.)」と言った際、カメラがポワロの背後に移ったときにはまだポワロの口が動いているが、原語音声ではそのときにはすでにポワロの台詞は終わっている。
謎解きのなかでポワロが「葬式で妹のコーラがあんなことさえ言わなければね」と言うが、コーラ(に扮したミス・ギルクリスト)がリチャードは殺されたと発言したのは、葬式のあと、エンダビー・ホールに一族が集まったときのことである。また、その発言によってリチャード殺害説が信じられたという話につづけて、ポワロが「ところが、コーラが殺されたのは家に押し入った強盗の仕業だという。これは納得しません。で、どこに疑いを向けたか?」と言ったところは、原語だと 'But if Cora Gallaccio is killed, and her cottage is broken into, and Hercule Poirot is not convinced by this burglary, then where is he to look? (でも、コーラが殺されて、家が押し入られて、でもポワロがこの強盗を信じない場合、どこに目を向けるべきか?)' という表現で、コーラ殺害の強盗説がリチャード殺害説と矛盾するという趣旨ではなく、リチャードが殺されたという前提を置かずにコーラ殺害だけを単体で見て、さらに強盗説を採用しなかった場合にどうなるかという話をしている。
ミス・ギルクリストが以前にエンダビーに来たことがあるとポワロに気づかせた「〔孔雀石のテーブルの上に〕蝋の造花を置くと映えますでしょ。絵になりますわ」という台詞は、日本語だと仮定の話になっていて決定打としては弱く聞こえるが、原語だと 'The wax flowers look so right on it. Really artistic. (蝋の造花もあの上で映えていますわね。絵になっていて)' という表現で、その時点の状態として評価した言い方になっている。また、コーラの絵にコピーは一枚もないというミス・ギルクリストの主張に対し、すでに焼失していたはずのポルフレクサンの埠頭が描かれた絵を、日本語ではスザンナが「何枚か」あったと言うが、原語では one (一枚) であり、だからこそ、ほかと唯一異なるその絵に何かが隠されている可能性にポワロが思い至ったのである。
ハイビジョンリマスター版の放送データに載っているあらすじでは、「彼〔リチャード〕に子どもはなく」と書かれているが、実際にはジョージが実子であったことがわかる。また、「リチャードの妹のコーラが、『兄は殺された』と葬儀で口走り…」とあるが、これも、実際にそのように言ったのはコーラに変装したミス・ギルクリストであったことがのちにわかり、またそのタイミングも、前述のとおり葬儀のあとである。
- [1] Poirot: Behind the Scenes, 名探偵ポワロ NEW SEASON DVD-BOX 2 特典ディスク, ハピネット・ピクチャーズ, 2008
- [2] David Suchet and Geoffrey Wansell, Poirot and Me, headline, 2013, pp. 42-44
- [3] David Suchet, Behind the Lens: My Life, Constable, 2019, pp. 293-294
ロケ地写真
カットされた場面
なし
映像ソフト
- [DVD] 「名探偵ポワロ 37 葬儀を終えて」(字幕・吹替) ハピネット・ピクチャーズ※1
- [DVD] 「名探偵ポワロ DVDコレクション 5 葬儀を終えて」(字幕・吹替) デアゴスティーニ・ジャパン※2
- ※1 「名探偵ポワロ NEW SEASON DVD-BOX 2」に収録
- ※2 吹替は大塚智則さん主演の新録で、映像もイギリスで販売されているDVDと同じバリエーションを使用
同原作の映像化作品
- [映画] 「Murder at the Gallop」 1963年 監督:ジョージ・ポロック 出演:マーガレット・ラザフォード