ビッグ・フォー The Big Four
放送履歴
日本
オリジナル版(88分30秒)
- 2014年09月15日 21時00分〜 (NHK BSプレミアム)※1
- 2015年03月08日 16時00分〜 (NHK BSプレミアム)※2
- 2016年01月12日 23時45分〜 (NHK BSプレミアム)※3
- 2017年02月11日 16時00分〜 (NHK BSプレミアム)
- 2017年07月19日 16時00分〜 (NHK BSプレミアム)
- 2021年08月21日 16時31分〜 (NHK BSプレミアム)※4
- 2021年01月12日 09時00分〜 (NHK BS4K)
- 2023年09月27日 21時00分〜 (NHK BSプレミアム・BS4K)※5
- ※1 エンディング途中の画面上部に「死者のあやまち」放送予告の字幕表示あり
- ※2 エンディング途中の画面上部に「死者のあやまち」放送予告の字幕表示あり
- ※3 エンディング前半の画面上部に「死者のあやまち」放送予告の字幕表示あり
- ※4 エンディング前半の画面下部に次回の放送時間案内の字幕表示(帯付き)あり
- ※5 BSプレミアムでの放送は、オープニング冒頭の画面左上にBS4K同時放送のアイコン表示あり
海外
- 2013年10月04日 20時10分〜 (波・Ale Kino+)
- 2013年10月23日 20時00分〜 (英・ITV1)
- 2014年07月27日 21時00分〜 (米・PBS)
原作
邦訳
- 『ビッグ4』 クリスティー文庫 中村妙子訳
- 『ビッグ4』 ハヤカワミステリ文庫 田村隆一訳
- 『謎のビッグ・フォア』 創元推理文庫 厚木淳訳
原書
- The Big Four, Collins, 27 January 1927 (UK)
- The Big Four, Dodd Mead, 1927 (USA)
オープニングクレジット
日本
オリジナル版
名探偵ポワロ / AGATHA CHRISTIE'S POIROT / ビッグ・フォー // DAVID SUCHET / Agatha Christie POIROT / THE BIG FOUR based on the novel by AGATHA CHRISTIE / SCREENPLAY MARK GATISS, IAN HALLARD / TOM BROOKE, NICHOLAS BURNS / JACK FARTHING, PATRICIA HODGE / SIMON LOWE, SARAH PARISH / with HUGH FRASER as Captain Hastings / PAULINE MORAN as Miss Lemon / and PHILIP JACKSON as Assistant Commissioner Japp / Producer DAVID BOULTER / Director PETER LYDON
エンディングクレジット
日本
オリジナル版
原作 アガサ・クリスティー Agatha Christie 脚本 マーク・ゲイティス イアン・ハラード 演出 ピーター・ライドン 制作 ITVスタジオズ/エーコン・プロダクションズ マスターピース/アガサ・クリスティー・リミテッド (イギリス 2013年) 声の出演 ポワロ(デビッド・スーシェ) 熊倉 一雄 アーサー・ヘイスティングス大尉(ヒュー・フレイザー) 安原 義人 ジャップ警視監(フィリップ・ジャクソン) 坂口 芳貞 ミス・レモン(ポーリーン・モラン) 翠 準子 ジョージ(デビッド・イェランド) 坂本 大地 ドクター・クエンティン(ビッグ4) 吉見 一豊 ローレンス・タイソー 清水 明彦 マダム・オリヴィエ 小宮 和枝 ダイアナ・ペインター 古坂 るみ子 フロッシー 渡辺 真砂子 アンドリュース夫人 久保田 民絵 メドーズ警部補 落合 弘治 イングルス 竹本 和正 エイブ・ライランド 西村 太佑 スティーブン・ペインター 尾花 かんじ ジェラルド・ペインター 藤原 堅一 及川 ナオキ 井上 カオリ 武田 幸史 井之上 順 <日本語版制作スタッフ> 翻訳 坂内 朝子 演出 佐藤 敏夫 音声 小出 善司
DVD版
原作 アガサ・クリスティー Agatha Christie 脚本 マーク・ゲイティス イアン・ハラード 演出 ピーター・ライドン 制作 ITVスタジオズ/エーコン・プロダクションズ マスターピース/アガサ・クリスティー・リミテッド (イギリス 2013年) 声の出演 ポワロ(デビッド・スーシェ) 熊倉 一雄 アーサー・ヘイスティングス大尉(ヒュー・フレイザー) 安原 義人 ジャップ警視監(フィリップ・ジャクソン) 坂口 芳貞 ミス・レモン(ポーリーン・モラン) 翠 準子 ジョージ(デビッド・イェランド) 坂本 大地 ドクター・クエンティン(ビッグ4) 吉見 一豊 ローレンス・タイソー 清水 明彦 マダム・オリヴィエ 小宮 和枝 ダイアナ・ペインター 古坂 るみ子 フロッシー 渡辺 真砂子 アンドリュース夫人 久保田 民絵 メドーズ警部補 落合 弘治 イングルス 竹本 和正 エイブ・ライランド 西村 太佑 スティーブン・ペインター 尾花 かんじ ジェラルド・ペインター 藤原 堅一 及川 ナオキ 井上 カオリ 武田 幸史 井之上 順 <日本語版制作スタッフ> 翻訳・台本 坂内 朝子 演出 佐藤 敏夫 調整 小出 善司 録音 黒田 賢吾 プロデューサー 武士俣 公佑 制作統括 小坂 聖
海外
オリジナル版
Hercule Poirot: DAVID SUCHET; Captain Hastings: HUGH FRASER; Miss Lemon: PAULINE MORAN; Assistant Commissioner Japp: PHILIP JACKSON; George: DAVID YELLAND; Tysoe: TOM BROOKE; Ingles: NICK DAY / Abe Ryland: JAMES CARROLL JORDAN; Madame Olivier: PATRICIA HODGE; Stephen Paynter: STEVEN PACEY; Dr Quentin: SIMON LOWE; Savaranoff: MICHAEL CULKIN; Mabel: LOU BROADBENT; Flossie Monro: SARAH PARISH / Jonathan Whalley: PETER SYMONDS; Mrs Andrews: BARBARA KIRBY; Inspector Meadows: NICHOLAS BURNS; Robert Grant: ALEX PALMER; Diana Paynter: TERESA BANHAM; Gerald Paynter: JACK FARTHING; Stunt Co-ordinator: TOM LUCY / (中略)1st Assistant Director: MARCUS CATLIN; 2nd Assistant Director: SEAN CLAYTON; 3rd Assistant Director: JAMES McGEOWN; Location Manager: ROBIN PIM; Assistant Location Manager: MARK WALLEDGE; Script Supervisor: JAYNE SPOONER; Script Editor: KAREN STEELE / Production Accountant: VINCENT O'TOOLE; Asst Production Accountant: DAVID RUDDOCK; Production Co-ordinator: PAT BRYAN; Asst Production Co-ordinator: HELEN SWANWICK-THORPE; Press Officer: NATASHA BAYFORD / Camera Operator: PAUL DONACHIE; Focus Pullers: RICHARD BRIERLEY, BEN GIBB; Clapper Loader: ELIOT STONE; Data Wrangler: PATRICK KING; Camera Grip: PAUUL HATCHMAN; Gaffer: TREVOR CHAISTY; Best Boy: GARRY OWEN / Supervising Art Director: PAUL GILPIN; Art Director: MIRANDA CULL; Standby Art Director: JOANNE RIDLER; Production Buyer: TIM BONSTOW; Construction Manager: DAVE CHANNON; Standy Construction: FRED FOSTER, BOB MUSKETT / Sound Recordist: ANDREW SISSONS; Sound Maintenance: ASHLEY REYNOLDS; Property Master: JIM GRINDLEY; Dressing Props: MIKE RAWLINGS, SIMON BURET, JACK CAIRNS; Standby Props: BARRY HOWARD-CLARKE, BEN THATCHER / Assistant Contume Designer: PHILIP O'CONNOR; Costume Supervisor: KATE LAVER; Costume Assistants: VIVVEENE CAMPBELL, LOUISE CASSETTARI; Make-up Artists: BEE ARCHER, GAIL BROWNRIGG, MAUREEN HETHERINGTON; Mr Suchet's Dresser: ANNE-MARIE BIGBY; Mr Suchet's Make-up Artis: SIAN TURNER MILLER / Picture Publicist: PATRICK SMITH; Assistant Editors: DAN McINTOSH, HARRISON WALL; Supervising Sound Editor: JOHN DOWNER; Dialogue Editor: SARAH MORTON; Re-recording Mixer: GARETH BULL; Colourist: DAN COLES; Online Editor: SIMON GIBLIN / Assistant Producer: DAVID SUCHET; Post Production Supervisor: BEVERLEY HORNE; Hair and Make-up Designer: PAMELA HADDOCK; Costume Designer: SHEENA NAPPIER; Casting: SUSIE PARRISS; Production Executive: JULIE BURNELL / Composer: CHRISTIAN HENSON; Poirot Theme: CHRISTOPHER GUNNING; Editor: RICHARD ELSON; Production Designer: RICHARD ELSON; Production Designer: JEFF TESSLER; Director of Photography: NIELS REEDTZ JOHANSEN; Line Producer: MATTHEW HAMILTON / Executive Producer for Masterpiece: REBECCA EATON / Executive Producer for Acorn Productions Limited: HILARY STRONG; Executive Producer for Agatha Christie Limited: MATHEW PRICHARD / Executive Producers: MICHELLE BUCK, KAREN THRUSSELL, DAMIEN TIMMER; © Agatha Christie Ltd 2013 / A Co-Production of itv STUDIOS, MASTERPIECE™, Agatha Christie™ in association with Acorn Productions: An RLJ | Entertainment, Inc. Company
あらすじ
中国人リー・チャン・イェンを指導者とする平和党。新聞記者タイソーによれば、その陰にはビッグ・フォーと呼ばれる国際秘密結社があるという。平和党員ライランドと対戦したチェスのグランドマスター急死事件に端を発し、ポワロはその闇に迫る……
事件発生時期
1939年3月下旬 〜 4月下旬
主要登場人物
エルキュール・ポワロ | 私立探偵 |
アーサー・ヘイスティングス | ポワロの探偵事務所の元パートナー、陸軍大尉 |
ジェームス・ジャップ | スコットランド・ヤード警視監 |
フェリシティ・レモン | ポワロの元秘書 |
ジョージ | ポワロの執事 |
ローレンス・ボズウェル・タイソー | アソシエイテッド新聞記者 |
リー・チャン・イェン | 平和党指導者、中国人 |
エイブ・ライランド | 平和党幹部、アメリカの富豪 |
レジーヌ・オリヴィエ | 平和党幹部、科学者、フランス人 |
アイヴァン・サヴァロノフ | チェスのグランドマスター、博士、ロシア人 |
ジョナサン・ウォーリー | リー・チャン・イェンの伝記作家 |
ロバート・グラント | ウォーリー家住み込みの下働き |
ベッツィー・アンドリュース | ウォーリー家の家政婦兼コック |
メドーズ | ホッパトン所轄署の警部補 |
スティーブン・ペインター | イギリス外交団員、平和党支持者 |
ダイアナ・ペインター | スティーブンの妻 |
ジェラルド・ペインター | スティーブンの甥 |
アー・リン | ペインター家の下男、中国人 |
クエンティン | ペインターの家庭医 |
フロッシー・モンロー | 女優 |
イングルス | 外務官僚 |
解説、みたいなもの
「白昼の悪魔」以来、日本では約13年ぶりにヘイスティングス、ジャップ警部、ミス・レモンが集結。加えて第10シリーズから登場したジョージも姿を見せ、ポワロを含めた新旧のレギュラーメンバー5人が一堂に会することになった。ジャップ警部は警視監 (Assistant Commissioner) に出世しており、これは警視庁のトップである警視総監 (Commissioner) に次ぐ、数名しかいない階級である。しかし、そのジャップ警視監とミス・レモン、そしてホワイトヘイブン・マンションのポワロの部屋は、これが最後の登場となる。
原作は1927年刊行の長篇。しかしその内容は、「アクロイド殺人事件」原作刊行に先駆けて1924年に『ザ・スケッチ』紙に発表された、「ナンバー・フォーだった男」というシリーズタイトルの連載に筆を加えてまとめたもので、個々の小さな事件を解決しながら秘密結社ビッグ・フォーに迫っていく連作短篇集の趣を持つ(といっても、独立した短篇群にビッグ・フォー要素を加えて長篇化したわけではなく、ビッグ・フォーは連載時から登場している)。ドラマではそのうち、ウォーリー殺害事件、ペインター殺害事件、サヴァロノフ殺害事件、ポワロ爆死事件、フロッシー・モンローとクロード・ダレルの関係などの要素を原作から抜き出して再構成しており、最後は意外な真相へ着地する。原作を細かい要素に分解し、原作になかった要素も加えて新たな作品として再構築する手法は、本作の脚本家マーク・ゲイティスが共同制作総指揮と一部脚本を手がける「シャーロック」と同様のもの。ドラマ過去作へのオマージュも豊富で、アルゼンチンのラ・パンパにあるヘイスティングスの住所(「黄色いアイリス」)、冒頭と最後で物語をはさむように口にされるヘイスティングスの口癖 'Good Lord!' (本作の日本語では「ありえん」、かつての宇津木道子さんの台本では「なんてことだ」など)、猫を飼っているミス・レモン(「エジプト墳墓のなぞ」、「イタリア貴族殺害事件」)、ジャップ警視監の書いている手紙の宛先のミス・バルストロード(「鳩のなかの猫」)、日曜新聞〈サンデー・コメット〉と同系列の日刊紙と見られる新聞〈デイリー・コメット〉(「マギンティ夫人は死んだ」)、タイソーがイングルスに言及する「特急プリマス号 (The Plymouth Express)」(「プリマス行き急行列車」)、再会に感激して抱きつこうとするポワロと身を引くジャップ警視監が結局握手するシーケンス(「アクロイド殺人事件」)、捜査道具を入れた鞄を持ち運ぶポワロ(「スタイルズ荘の怪事件」)、ジャップ警視監のくだけた口語表現の数々や夫人への言及、「大富豪ゲーム」こと〈モノポリー〉のカード(「消えた廃坑」)などなど。また、自身をフランス人に間違えられて怒るのではなく、フランス人であるマダム・オリヴィエをベルギー人と間違えられて怒るポワロという、一段ひねったオマージュも。撮影は2013年2月中旬に始まり、3月中旬までおこなわれた[1][2]。
原作ではヘイスティングスが語り手を務め、捜査にも共に当たっていたが、ドラマではジャップ警視監がポワロの相棒となってビッグ・フォーの謎に迫り、ヘイスティングスの出番はわずかとなった。これは、ジャップ警部にも最後のエピソードを用意したかったという制作陣の意向によるもので、「カーテン 〜ポワロ最後の事件〜」でのポワロとヘイスティングスの再会の衝撃を減じないために、一時はヘイスティングスをまったく登場させないことも検討されたという[3]。
ジョージとジャップ警視監の「では、それで最後ですか? よろしければ、わたくしが……」「いや、自分の手で書きたい」という会話は、すべての手紙を書き上げようとしているタイミングとしては不自然なやりとりだが、原語は 'Is that the last of them, then, sir? I would have been quite happy to... (では、それで最後ですか? わたくしがいたしましたのに)' 'No. I wanted to write them myself. (いや、自分の手で書きたかったんだ)' と過去の話をしている。また、葬儀のあとポワロの部屋でヘイスティングスが一言求められて、言葉を探したあとに「わが友に」と言うところは、日本語だとポワロに献杯しているように聞こえるが、原語は 'My friends. (では皆さん)' と複数形で、ほかの3人に呼びかけている。しかし、その後が言葉にならなくなったため、ジョージが気を利かせてポワロのデスクに向けて率先して献杯をおこない、それを受けてヘイスティングスも実は初回の献杯をおこなうのである。
タイソーがイングルスに持ち込んだ警告文の最後は、「警戒せよ。ビッグ・フォー」と差出人がビッグ・フォーであるかのようにも聞こえるが、内容を考えればビッグ・フォーが自らこのような警告文を送るのはおかしい。原語も 'Beware. Beware. —The Big Four' ではなく 'Beware. Beware the Big Four.' のイントネーションで発音されており、2番目の beware は他動詞なので、日本語は「警戒せよ、ビッグ・フォーを」と聞くべきか。タイソーがポワロのマンションに持ち込んだメッセージ末尾の「警戒されたし。ビッグ・フォー(を)」も、紙面に 'Beware. Beware the Big Four.' とタイプされているのが読める。
チェス対局の会場でジャップ警視監がポワロに言う「あなたにその言葉〔引退〕は似合わない」は、原語だと 'You attract mayhem, you always have done. (あなたは事件を引きつける。これまでずっとそうだった)' という表現で、名探偵が高頻度で事件に遭遇することを揶揄した、マーク・ゲイティス脚本らしいメタな発言となっている。
ライランドがサヴァロノフとの対局に先立って言う「東西結束の象徴を目の当たりにするわけですから。古くから伝わるこの美しきゲームを通して、我らの友人であるソ連大使が今日のゲストを口説き落としてくれました」という台詞は、原語だと 'To witness this demonstration of unity between East and West via this ancient and beutiful game. (東西結束の実演を目の当たりにするわけですから。古くから伝わるこの美しきゲームを通してね) Now, I'd like to thank our friend the Russian ambassador for coaxing our guest out of retirement. (ここで我らの友人であるソ連大使にお礼を申し上げたいと思います。今日のゲストを引退から誘い出してくれました)' となっており、「古くから伝わるこの美しきゲームを通して」なされるのは東西結束を目の当たりにするほうであって、サヴァロノフを誘い出す口実ではない。実際、長く隠居の身だったサヴァロノフがわざわざライランドとの対局に出向いてきたのは、多額の謝礼を受け取ったためだろうとのちに推測されている。
日本語音声で、チェスの対局前にライランドがサヴァロノフに「ご注意を。アマチュアといえども不戦敗は一度もありません」と伝えるのは、むしろ「不戦勝」のほうが意味が通りそうにも聞こえる。原語音声では 'I warn you, sir. I may be an amateur, but I won't be beat without fight. (ご注意を。わたしはアマチュアかもしれませんが、戦わずしてやられはしませんよ)' という台詞で、過去に自らが原因で対局をせずに負けた「不戦敗」の話ではなく、今からの対局のなかであっさり負けるつもりはないという趣旨である。
タイソーが言う「やつ〔ライランド〕がクロゼットに隠しているもの」は、原語だと 'the skeletons he's got hiding in his closet (やつがクロゼットの中に隠している骸骨)' という表現だが、 a skeleton in the closet (クロゼットの中の骸骨) とは字義通りの意味ではなく、「外に言えない隠し事」という意味の慣用句である。のちにポワロが「ライランド氏はアーモア (armoire) に隠し事を?」と言って、タイソーに「ああ、戸棚 (cupboard) ね」と反応されたのは、この慣用句はイギリスでは a skeleton in the cupboard とも言い、 armoire が英語の cupboard に対応するフランス語であることによる。おそらくはこのやりとりがあるために、当初のタイソーの台詞でも慣用句の「クロゼット」という字義的な表現を残したのだろう。ただし、フランス語における armoire の発音は /armwar/ で、カタカナにすべての音素を転写すれば「アルムワール」に近く、原語音声のポワロはそのように発音している。
チェスのグランドマスター、サヴァロノフのファーストネームは、ライランド邸での対局時は「アイヴァン」と発音されていたが、マダム・オリヴィエがポワロのマンションを訪ねた場面では「イヴァン」と発音される。これは日本語音声も原語音声も同様である。
ウォーリーの部屋にあったリー・チャン・イェンの伝記を示したポワロが、日本語音声では「やはり興味を惹かれますね、見てください」とその場でビッグ・フォーとの関連を発見したように言うが、原語音声では 'And this is the reason for our interest in this case, Inspector Medoes. (そして、これがこの事件にわれわれが興味を惹かれる理由です、メドーズ警部補)' という台詞で、これは「あなた〔方〕の興味を惹く事件とは思えません」というその前のメドーズ警部補の見解への返答であって、あらかじめビッグ・フォーとの関連がうたがわれたからこそ、ポワロとジャップ警視監が出向いてきたのである。なお、タイソーと面会した際にポワロは伝記の表紙を目に留めており、そこでジョナサン・ウォーリーの名前を認識したと見られる。
ジョナサン・ウォーリーの家族について、すでに亡くなった姉 (sister) と、両親を亡くして引き取った甥がいたとアンドリュース夫人が言うが、甥のアルバート・ウォーリーが姉の子だとすると、婚外子などの事情がなければ名字が同じにはならないはずで、ほかにも亡くなった兄か弟がいそうである。
ウォーリー邸のキッチンでポワロが「羊の脚です」と言ったのに対して、ベドーズ警部補が「マトンですか?」と言わずもがなの質問をするのは、原語だとポワロの台詞が « Une jambe de mouton. (マトンの脚です) » とフランス語だったからである(ただし、本来 jambe は人間の脚をいう言葉で、もも肉の趣旨なら gigot である。なお、動物の脚は patte という)。また、切換式字幕では、そのメドーズ警部補の質問が水色(ジャップ警視監の台詞の色)で表示される。
メドーズ警部補がウォーリー殺害現場の足跡を示して「それと、血まみれの足跡。つまり、その……」となぜかためらい、ジャップ警視監が「わかるぞ、言葉どおりだろう」と応じたところは、原語だと 'And this bloody footprint here. (それと、ここに血まみれの足跡が) Oh, begging your pardon, sir. (ああ、失礼しました)' 'It's all right, Meadows. (大丈夫だ) We know what you mean. (言いたいことはわかってる)' というやりとり。英語の bloody は字義どおりの「血まみれの」という意味のほかに罵りのニュアンスを加えるために用いられることがあり、警部補は意図せず失礼とも取れる表現になったことを詫びたのである。また、その足跡がグラントの証言と矛盾することを受けて、ポワロが「犯行時刻は特定されましたが、動機を裏付けるものが見当たらない。物証です」と言うのは、犯行後の血痕からついた足跡でどのように犯行時刻を特定したのかよくわからないが、原語は 'So now you have the opportunity and motive. (これで機会と動機はそろいました) All that you require now is that also illusive element—proof. (あと必要なのは、まぎらわしくもあるもの――物証です)' という表現で、あくまでグラントが遺体のそばにいたタイミングがあったと裏付けられただけである。
ウォーリー殺害事件の犯行方法を解明したあと、ポワロが「ノン、深い闇が見えます。そして今ゲームは始まりました。長丁場ですぞ」と言うが、原語では 'Non, this is a business most dark, mes amis, and I fear we are only at the beginning of a long, long game. (ノン、これは闇の深い事件です。わたしが不安なのは、まだ長い長いゲームの始まりに過ぎないのではないかということです)' という表現で、その瞬間にゲームが始まったのではなく、ウォーリー殺害事件やその前のサヴァロノフ殺害事件も含めて、大事件のまだほんの始まりに過ぎないのではないかという懸念を表明している。
タイソーがホワイトヘイブン・マンションを訊ねたときにマンションの外観が映る場面は「象は忘れない」とまとめて撮影されたようで、完全に同一の映像ではないものの、「象は忘れない」のバートンコックス夫人がポワロを訪ねた場面の前にマンションの外観が映る場面とカメラの位置やアングルがまったく一緒であり、そこでマンションへ入っていった女性がちょうど出てくるところが映っている。
背中を刺されて死んだ男が持っていたカードをジャップ警視監が「トランプカード?」と言い、ポワロも「ウィ、その一種です」と応じるが、どう見ても 3 と書かれたカード以外はトランプカードではない。ジャップ警視監は原語だと 'Playing cards? (ゲームのカード?)' と言っており、英語の playing card はよくトランプカードを指すが、必ずしもトランプに限らないゲーム用のカードを広く表せる言葉である。日本語音声では、謎解きの途中にもこれらのカードをタイソーが「トランプカード」と呼ぶ。
ジャップ警視監が死神のタロットカードを見て「前にかみさんがジプシー・メグに占ってもらったとき、それが出た」と言った台詞は、原語音声だと 'Mrs Japp got dealt one like that on Southend Pier. Gypsy Meg. (サウスエンド・ピアでかみさんがそんなのを引いたな。ジプシー・メグで)' という表現。ピアとは「グランド・メトロポリタンの宝石盗難事件」でジャップ警部が射的をしたような、海に張り出した桟橋の上に築かれた観光施設で、そうした場所ではしばしば座興としてジプシー(らしい恰好をした人物)による占いが提供された。つまり、ジャップ警視監は夫人と海岸へ行楽に出かけ、そこで夫人が占いをしてもらい、タロットカードを目にしたのだろう。同様の占いは、場所がピアではないが、「死者のあやまち」のお祭りでサリーが提供するのを見ることができるほか、「スズメバチの巣」の夏祭りでも占いのテントが出ていた。
楽屋にフロッシーを呼びに来る劇団仲間(『ロミオとジュリエット』のマーキューシオ役らしい)は、本作の脚本をマーク・ゲイティスと共同で手がけたイアン・ハラードのカメオ出演[4]。彼は「ハロウィーン・パーティー」にもエドムンド・ドレイク役で出演しているほか、ゲイティスが脚本を担当した「鳩のなかの猫」や「ハロウィーン・パーティー」でも脚本助手を務めている。
服のラベルの切れ端にあった erman という字の並びを見たジャップ警視監が「ハーマン? ジャーマン?」と言うところは、切換式字幕だと「『Herman 』? 『Jerman 』?」と表示されるが、蓋然性からすれば、警視監の意図した「ジャーマン」はおそらく German (ドイツの) である。
アルバート・ウォーリーの持ち物にあった The Cleverest Chap in the School や Play Pictorial 誌は実在の書籍および雑誌。 Play Pictorial 誌は、「ホロー荘の殺人」でもヘンリエッタがホロー荘で読んでいた。
ポワロがメトセラ劇団の関係者を列挙して話を聞いていく場面では、最初に書き上がった関係者のリストが映ったあとに、なぜかポワロがリストに名前を書き加えていく様子が映される。また、関係者の名前に打ち消し線を引いていく際、 Violet Briggs と Henry Agar に線を引く順番もおかしい。そして、最初に書き上がっていたリストと、ポワロが名前を書き加えたり線を引いたりしているリストは、筆跡が異なっている。前者は各アルファベットの字形が完全に一致しており、後者が実際のスーシェの手書きであるのに対し、前者はおそらくスーシェの自筆の文字をサンプリングして組みあわせた印刷なのだろう。
フロッシーが「まばゆいばかりだ」と好評を博したという「イライザ・ドゥーリトル」とは、バーナード・ショーの戯曲『ピグマリオン』の主役の名で、のちにその戯曲を原作として制作されたミュージカルが「マイ・フェア・レディ」である。また、『真面目が肝心』は、「グランド・メトロポリタンの宝石盗難事件」でも話題に上る、オスカー・ワイルド作の喜劇。一方、ポワロがフロッシーに「どの役ですか? (What did you play?)」と訊いたのに対し、フロッシーが「アコーディオン」と答えて気まずい雰囲気になるのは、ポワロが女優としての出演 (play) を訊いたのに、実際は裏方である楽器の演奏 (play) だったという流れ。アルバート・ウォーリーのコレクションにあったメトセラ劇団の『ピグマリオン』に関する記事は1920年(おそらく1924年にも再演)、『真面目が肝心』の上演も1926年で、彼女が当たり役として挙げる例はいずれも劇中から10~20年ほど前のことであり、最近は不遇の身であることが推察される。序盤に共演者の女優が彼女と交わした「〔『ロミオとジュリエット』の〕ジュリエット、やったことある?」「ええ。つい最近やったわ」「あら……そうなの」という会話も、フロッシーが共演者から大役を演じる女優と思われていないことや、10年以上前に演じたであろう役を「つい最近」と表現するなど、過去の栄光を心のよりどころとしていることが窺える。
アルバート・ウォーリーがメトセラ劇団の熱烈な支持者だったと思われる理由として、ポワロが「彼は1924年シーズンの記念グッズを集めていました」と言うのはややにわかファンの行動らしく聞こえるが、原語は 'In fact he collected mementoes from the repertory season in 1924. (1924年シーズンの想い出の品をコレクションしていました)' という表現で、ポワロが見つけたメトセラ劇団に関するスクラップ帳のことを言っている。
エイブ・ライランド失踪を報じる2つの新聞記事「エイブ・ライランド氏失踪 チェス王死亡直後」と「ビッグ・フォーとは?」は記事本文がまったく同じで、「ビッグ・フォーとは?」の写真はサヴァロノフ急死を報じた「ロシアのチェス王、対局中に死亡 モスクワが調査を要請」と同一である。また、ジョナサン・ウォーリー殺害を報じる2つの新聞記事「ホッパトンで殺人」と「リー・チャン・イェンとつながり?」は、見出しは異なるが記事本文も写真もまったく一緒である。しかも、「リー・チャン・イェンとつながり?」は上部の号数と値段の印刷がずれているうえ、あろうことか An Exclusive (独占記事) と銘打たれている。「ナンバー3と断定か テロの脅威 続く中」では、マダム・オリヴィエが最後に目撃されたのを前日の午後3時と書いているが、ポワロたちが彼女に尋問を始めた時点で背後の時計は4時を指していた。ポワロの死亡を伝える「ポワロ氏 爆死 ビッグ・フォーの犯行か」には the First World War (第一次世界大戦) という表現が使われているが、劇中が第二次世界大戦勃発前の1939年であることを考えると、これはおかしい。なお、日本語の字幕で「リー・チャン・イェンとつながり?」と表示される記事の見出しは 'LI CHANG YEN CONNECTION (リー・チャン・イェンのつながり)' で疑問のニュアンスはなく、その趣旨はサヴァロノフ殺害事件とウォーリー殺害事件にリー・チャン・イェンという共通項があるという指摘である(もっとも、記事本文ではこの共通項をもって、2つの事件に関連があるのだろうかと問うているので、日本語字幕はその要素を組み入れたのかもしれない)。また、「ナンバー3と断定か」と表示される記事も、 'NUMBER THREE IDENTIFIED! (ナンバー3の正体判明!)' という見出しにはやはり疑問のニュアンスはない。
ポワロの死亡記事に書かれた彼の経歴によると、ベルギー警察隊でそのキャリアをスタートした後、1904年のアバークロンビー偽造事件でジャップ警部と出会ったことになっている。この偽造事件でジャップ警部とポワロが初めて共同捜査に当たったことは「スタイルズ荘の怪事件」や「チョコレートの箱」でも触れられてきたとおりだが、事件の発生年は今回初めて明かされた設定である。これは「スタイルズ荘の怪事件」原作での言及に従ったものだが、「名探偵ポワロ」では「チョコレートの箱」事件の9年も前に当たり、二人は相当若い頃からの知りあいということになる。
イングルスなどが言う「快傑ドラモンド (Bulldog Drummond)」とは、英国の作家H・C・マクニールがサッパーというペンネームで発表した冒険小説の主人公で、クリスティーの『おしどり探偵』収録「怪しい来訪者」ではトミーにも言及される、第一次大戦で活躍した退役軍人の名前である。原語音声では、序盤にイングルスがタイソーに言う「荒唐無稽な話だと思わんかね、タイソーさん」という台詞も 'All a bit "Bulldog Drummond", don't you think, Mr Tysoe? (まるで快傑ドラモンドだと思わんかね、タイソーさん)' という表現だったほか、やはりマーク・ゲイティスが脚本を担当した「鳩のなかの猫」でも言及されていた。ゲイティスは自らの小説 The Devil in Amber に掲載した架空の本の広告でも、オリヴァ夫人の著作 With Vinegar and Brown Paper と並べて、スラッパーという作家による "Terrior" Masterson Hit Out という快傑ドラモンドをオマージュした本を創作しており、その愛情の強さが窺える。
ジョージがヘイスティングスたちに出したグリーンのティーカップとソーサーは〈ファイヤーキング〉ブランドの〈ジェーン・レイ〉シリーズの品と見られ、劇中の1930年代にはまだ存在しないはずである。また、メトセラ劇場前の道路の端には駐停車禁止(時間帯指定有)の黄色いラインが引かれているが、これも劇中の時代に合わない。
本作の日本語音声ではジャップ警視監からヘイスティングスへの口調が敬語だが、かつての宇津木道子さんの台本では、ヘイスティングスからジャップ警部が常に敬語(丁寧語)で、警部からヘイスティングスは敬語でないことも多かった。また、ヘイスティングスからミス・レモンも同様に敬語ではないことが多かった。加えて、ミス・レモンはヘイスティングスを「大尉」という敬称で呼ぶことはあまりなく、たいてい「ヘイスティングスさん」と呼んでいた。
ポワロの葬儀が営まれた墓地はケンサル・グリーン共同墓地。タイソーがイングルスを訪ねたり、ポワロがタイソーと会ったり、タイソーの背後で人が刺されたり、ポワロが電話で呼び出されて向かったりした屋外の場面はすべてリンカーンズ・イン内で撮影されている(ポワロが呼び出されたウィルバーフォース・ロード41番は実在の地名だが、撮影がおこなわれたのは現地ではない)。このリンカーンズ・インは「スペイン櫃の秘密」や「葬儀を終えて」でもロケ地になった場所である。タイソーがイングルスを訊ねた外務省とおぼしき屋内や、チェス会場となったライランド邸は、「五匹の子豚」のレディー・ディティシャンの邸宅と同じサイアン・ハウスで、同所はジェラルディン・マクイーワン主演の「ミス・マープル3」の一篇、「復讐の女神」でもフォレスター卿の邸宅として使われており、ライランドとマダム・オリヴィエが話していたレッド・ドローイング・ルームも登場する。フロッシーが出演している劇場の外観は、「ダベンハイム失そう事件」や「マギンティ夫人は死んだ」、「複数の時計」に登場のリッチモンド劇場。ジョナサン・ウォーリー邸の外観はリトル・ミッセンデン村のマナーハウス、邸内はハイ・ウィカムのヒューエンデン・マナーで、グラントが出所する場面もヒューエンデン・マナーの厩舎で撮影された。ヒューエンデン・マナーは「ミス・マープル5」の一篇「蒼ざめた馬」のベネブルズ邸や、マックス・アイアンズ主演「ねじれた家」のスリー・ゲイブルズの一部としても撮影に使われている。スティーブン・ペインター邸はヘンリー・オン・テムズ近郊のナフィールド・プレース。メトセラ劇場の内部は「24羽の黒つぐみ」や「スペイン櫃の秘密」に登場のハックニー・エンパイアだが、入り口の外観はノエル・カワード劇場で、「盗まれたロイヤル・ルビー」でもチョコレートを買ったポワロが車に連れ込まれる場面の画面右側にすこしだけ映っている。
ジェラルディン・マクイーワン主演の「ミス・マープル」シリーズでは、フロッシー・モンローを演じるセアラ・パリッシュを「スリーピング・マーダー」のイーヴィ・バレンタイン役、マダム・オリヴィエを演じるパトリシア・ホッジを「シタフォードの秘密」のウィレット夫人役、ジョナサン・ウォーリーを演じるピーター・シモンズを「ゼロ時間へ」のハーストール役、メドーズ警部補を演じるニコラス・バーンズを「バートラム・ホテルにて」のジャックおよびジョエルのブリッテン兄弟役で見ることができる。また、ジョン・マルコヴィッチ主演の「ABC殺人事件」では、ジェラルド・ペインター役のジャック・ファージングがドナルド・フレイザー役を演じている。ジェレミー・ブレット主演の「シャーロック・ホームズの冒険」シリーズには、前出のパトリシア・ホッジが「第二の血痕」のレディー・ヒルダ役、ダイアナ・ペインターを演じるテレサ・バーナムが「マスグレーヴ家の儀式書」のジャネット役で出演。タイソーを演じるトム・ブルックは、ベネディクト・カンバーバッチ主演の「シャーロック3」シリーズにビル・ウィギンズ役で出演している。ジョン・ソウ主演「主任警部モース」シリーズには、サヴァロノフ役のマイケル・カルキンが「オックスフォード運河の殺人」のウィリアムズ検事役、アンドリュース夫人役のバーバラ・カービーが「悔恨の日」のチャリティーショップの店員役で出演。
遺体安置所の職員の吹替は、ジョージと掛け持ちの坂本大地さんか。
タイソーとポワロの面会で、タイソーが去ったあとにポワロがため息をつくのは日本語音声のみである。
ドラマ本篇とは関係ないが、下で紹介している DVD では、ライランドの失踪が判明するチャプターに「失踪した党首」というタイトルがついている。しかし、ライランドが平和党の「党首」であるかどうかは本篇を見るかぎり判然としない。なお、ライランドが日本語音声で「私どもの夕べの集いへようこそ。我らの導き手であるリー・チャン・イェンは……」と言っていた台詞は、原語だと 'May I welcome you to our informal little soiree on behalf of our guiding light and founder, Li Chang Yen. (我々〔平和党〕の導き手であり設立者であるリー・チャン・イェンに代わって、この非公式な夕べの集いへ皆さんを歓迎いたします)' という表現で、設立者であるリー・チャン・イェンの代理として振る舞う立場であることはわかる。
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ウォーリー殺害事件で、ポワロがいつのまにか村の肉屋の配達スケジュールを知っていて「村の肉屋は今日は配達をしません」と言いきるところは、原語だと 'The real butcher will have made no such delivery today. (本物の肉屋は今日そんな配達をしていないでしょう)' という表現で、推測である。
タイソーに宛てられたなかの、 3 と書かれたカードの端が焦げていた件は、最初にポワロが指摘した以外、特に言及されることもなく終わる。強いて言えば、〈ナンバー・スリー〉と見られたマダム・オリヴィエに絡む、スティーブン・ペインター殺害事件の犯行方法を思わせなくもないが、脚本段階ではそこに関連した展開でもあったのだろうか。また、そのスティーブン・ペインター殺害事件についてのジャップ警視監とポワロのやりとりは、日本語だと「彼〔ジェラルド〕は相当額の遺産を相続します」「あの殺し方はあまりにも残虐です。明確な目的でもないかぎり、あそこまで無慈悲にはなれないと思います。被害者は死に際にインクに指を浸して、紙に『G』の文字を書きました。犯人が誰かを伝えようとしたんです」「ジェラルドが金と復讐のためにやった?」「ノン。ノン、モ・ナミ。では、ビッグ・フォーにこの殺人もつながっているんでしょうか? ノン。これは単純な企てです。ジェラルドを嵌めるための」となっていて、ポワロの主張が一貫していないように聞こえる。原語では 'So he gets a tidy sum as a result of Paynter's death. (すると彼はペインターの死で多額の遺産を相続するわけだ)' 'And the manner of his death, so violent and dramatic. (しかも、彼の死に方は実に暴力的でドラマチックです) The fire that consumes the face of Monsieur Paynter, an echo grotesque of the burning of his own face. (ムッシュウ・ペインターの顔を焼き尽す炎、顔を焼かれるときの異様な響き) And as he lies dying, Monsieur Paynter, he dips his finger into the ink and scrawls the letter "G" onto a notepad, a final desperate attempt to indicate the identity of his killer. (しかも、死の間際、ムッシュウ・ペインターは指をインクに浸してメモに『G』の文字を書き残す。最後に何とか犯人の正体を教えようとして)' 'Gerald did it for revenge and for the cash? (ジェラルドが復讐と金のためにやったと?)' 'Non. Non, mon ami. (ノン。ちがいます、モ・ナミ) A fourth murder with a connection to the Peace Party and the Big Four? Non. (では、平和党やビッグ・フォーに絡んだ4件目の殺人? ノン) This is an attempt most crude to frame young Monsieur Gerald. (これはジェラルド青年を嵌めようという、実にお粗末な企てです)' という表現で、前半部は事件の表層をあえてなぞってみせたものであって、犯行を額面どおりに受け取るにはあまりにわざとらしすぎるという主張をしている。
フロッシーがかつてダレルに言った「かわいい小エビちゃん」は、原語の funny little shrimp をおおよそ逐語訳したものだが、 shrimp には日本語の「ちび」のように小柄な人を侮蔑的に表す口語的意味があり、 funny も「かわいい」というより「おかしな」に近い意味なので、要するに「ちんちくりん」。したがって、そのあとのフロッシーの弁解も、日本語では大それた望みを抱いたことを反省しているように聞こえるが、原語ではダレルを侮ったことを釈明している。なお実際、ダレルはフロッシーと同じかすこし低いくらいの身長で、小柄である。
フロッシーの拘束を解いたダレルが「待って……先に片づけることがある」と言ったところへ「ちがいますぞ、ムッシュウ」とポワロの声が響くところはポワロが何を否定したのかよくわからないが、原語は 'Just... just one thing to take care of first. (ひとつ……ひとつだけまず片づけることがある)' というダレルの発言を 'I think not, monsieur. (そうは思いませんぞ、ムッシュウ)' と否定しており、つまりポワロという片づけなければならない課題がもう一つあると言っている。
劇場の舞台ですわったまま動かないライランドとマダム・オリヴィエに対し、タイソーが「その二人は? 彼らも……犯罪者でしょ?」と言った台詞は、原語だと 'What about those two? (その二人のことは?) Shouldn't we do something in case they... (何かしたほうがいいんじゃないですか? もし彼らが……) What's the matter with them? (この二人はどうしたんです?)' という表現で、当初は日本語のように二人をビッグ・フォーの一味として警戒していたが、二人が一切動きを見せないので訝しんでいる。
謎解きの冒頭、ポワロとタイソーが交わす「人々はおびえていた。世界のあちこちで敵対が起こり、裏には糸を引く者が。疑心暗鬼、そう地球規模の疑心暗鬼。おぞましい秘密結社。傀儡師がわれわれを追い込もうとした、戦争と破壊へ! しかし、そんななか、人々の反応はどうでしたか? ビッグ・フォーなど荒唐無稽と言って本気にしませんでした」「快傑ドラモンド」「そうです、ムッシュウ・タイソー。そのとおり。そのような論調でした」というやりとりは、人々がおびえていたのか本気にしていなかったのかよくわからず、またそのあと突然ビッグ・フォーが虚像だったという結論に達するが、原語は 'What a pass in which we find ourselves. (わたしたちは何という難局に置かれたことでしょう) The world stands on the brink of conflict most terrible. (世界はおそるべき対立の瀬戸際にある) And what do we discover is behind it all? (そして、その背後にわれわれが発見したものは?) Fomenting suspicion on the scale that is global! (地球規模の疑惑の煽動) A cabal most terrifying! (おそるべき秘密結社) The puppet masters who threaten to plunge the world into war! (世界を戦争へ追い込もうとする傀儡師たち) And yet, and... yet—what was the first reaction of anyone who was told of the Big Four? (しかし……しかしです――ビッグ・フォーのことを聞いた当初は皆どう思いましたか?) That it was like something from a storybook, n'est-ce pas? (まるでお話の世界だ。そう思ったのでは?)' 'Bulldog Drummond. (快傑ドラモンド)' 'Précisément, Monsieur Tysoe. Précisément. (そうです、ムッシュウ・タイソー。そのとおり) Because that is all it is, mes ami. (なぜなら、それだけのものだったからです)' というやりとりで、「傀儡師」がダレルでなくビッグ・フォーを指しているのが明確であり、タイソーが快傑ドラモンドに言及したのも前述の序盤のイングルスとの会話を想起したからであって、「単なる芝居。ビッグ・フォーなど存在しない。そう、たった一人の異常性格者によって創り出された虚像にすぎない」という直後のポワロの台詞に素直につながる。
「誰にわかる? どこからが妄想で、どこまでが現実か」とダレルに言われたポワロが「では、元に戻りましょう」と言うが、話はダレルの生い立ちに進み、別に話題は元に戻らない。原語だとポワロは 'Let us speak of beginnings, monsieur! (では、始まりの話をしましょう)' と言っており、だからビッグ・フォーというアイディアの始まりへと話題が移るのである。なお、そこでは明示的に言及されないが、ポワロがウォーリー邸から持ち帰って操作していた紙製の劇場のジオラマは、中国人・アメリカ人・女性・死神を登場させることができ、ここからアルバート・ウォーリーがビッグ・フォーのアイディアを思いついた(ことにポワロが気づいた)という伏線になっていた。
日本語ではジョナサン・ウォーリーのことをポワロが「無慈悲」「冷酷」と表現するが、原語では cold and aloof と1回言われるだけで、これは「冷淡で無関心」といったニュアンスであり、自分の興味の対象にしか注意を払わなかったというベッツィー・アンドリュースからの評価とも一致する。
ペインター殺害時に彼の指をインクに浸して書かれた G の文字は、捜査時にポワロたちが目にしたものとは字形やかすれ具合が異なる。
ポワロがダレルのことを「芸達者であったがゆえに、かえって……個性をなくした。役に溶け込み、顔が隠れ、誰にも気づかれない」と評するところは、原語だと 'The very gift that could have turned you into the actor supreme makes you... forgettable. (あなたを名優にしたその才能ゆえに……記憶に残らない) The man who blends in. (溶け込む〔ので意識されない〕男) The man whose name nobody ever can quite remember. (その名前を誰もはっきりと思い出せない男) The man who—disappears. (そして――消えてしまう)' と言っており、チェス会場のマダム・オリヴィエやペインター邸のジェラルドがクエンティン(ダレル)の名前を思い出せなかったり、グラントが仕事を紹介してくれた牧師の人相や身なりを説明できなかったりしたことを言っている。
銃を構えたダレルにフロッシーが言う「クロード……だめよ……」という台詞は、口も動いているが、原語音声では聞こえない日本語音声のみの台詞である。
解放されたマダム・オリヴィエが記者たちに語る「こうして無事にもどしていただきました。とてもおそろしい体験でしたが、わたくしどもの汚名をそそぎ、そして平和党の名誉を回復することができました」という台詞は、原語だと 'It is a source of great relief that after our terrible ordeal we are able to clear not only our own reputations but that of tha Party as well. (おそるべき試練でしたが、わたくしどもだけでなく、平和党の汚名をもそそぐことができるのは大きな安堵の源です)' という表現で、平和党の名誉が回復するのは、彼女たちのこれからの説明が報道されてのことである。
タイソーが「それにしても、大した眼力だよ」とポワロの手腕を評価したところは、原語だと 'Incidentally, how did you work it all out? (それにしても、いったいどうやって割り出したんです?)' という質問で、だからポワロが真相を見抜いたきっかけを語り始める。
ダレルが自らポワロに接触してきた理由についてポワロは、日本語だと「彼のスクラップ帳にはモンローという女優が。ああ、そこに大きなヒントがあると感じたポワロが彼女に接触したとき、彼は狼狽し、動いた」と説明するが、原語では 'His scrapbook led me towards Mademoiselle Monro. (彼のスクラップ帳がわたしをマドモワゼル・モンローに導いてくれました) Of course, naturellement, he kept his eye most closely upon her. (もちろん、当然ながら彼はマドモワゼルを注意深く観察していました) But when she met with me, Hercule Poirot, he panicked. (でも、マドモワゼルがこのエルキュール・ポワロと面会したとき、彼は狼狽したのです)' という表現で、ここでの he とは一貫してダレルのことであり、フロッシーを注意深く観察していたのもダレルであって、だからフロッシーとポワロとの面会をダレルが察知したのである。また実際ポワロも、スクラップ帳に載っていたメトセラ劇団の出演者と片っ端から面会する消去法を採っており、接触前にフロッシーの特別さを見抜いていたわけではない。
ポワロがダレルに呼び出されて向かったフラットのロケ地はリンカーンズ・インのニュー・スクエア南側だったが、爆発を逃れたポワロが通路に駆け込んだときは東側から煙が上がっている。フラットを右側に見たときの奥の景色が異なるのはそのためである。
ポワロが親しい友人たちの気持ちも考えずに死を装ったことについてジャップ警視監とミス・レモンから責められ、ジョージに助けを求めて「ああ……大義のためかと心得ます、はい」とフォローを受けたのを、警視監が「ほう、助け船が来たぞ」とコメントしたところは、原語だと 'No man is a hero to his valet. (執事にとって英雄である者はいない)' と言っている。これは、たとえどんな人物でもその私生活に寄り添う執事には英雄に見えないという意味のことわざだが、ここでは、ビッグ・フォーによる世界の危機を救ったポワロも厄介な状況で執事のジョージに頼る、つまり「ジョージも大変だ」といったニュアンスで使われたと思われる。
エンディングクレジットではドクター・クエンティンに「(ビッグ4)」と付記されているが、「ビッグ4(ビッグ・フォー)」は組織の名前なので、「ナンバー4」とするべきではないかしら。それとも、「ビッグ4」という組織がすべて彼による虚像であったことを表しているのだろうか。
原作は1927年刊行の長篇。しかしその内容は、「アクロイド殺人事件」原作刊行に先駆けて1924年に『ザ・スケッチ』紙に発表された、「ナンバー・フォーだった男」というシリーズタイトルの連載に筆を加えてまとめたもので、個々の小さな事件を解決しながら秘密結社ビッグ・フォーに迫っていく連作短篇集の趣を持つ(といっても、独立した短篇群にビッグ・フォー要素を加えて長篇化したわけではなく、ビッグ・フォーは連載時から登場している)。ドラマではそのうち、ウォーリー殺害事件、ペインター殺害事件、サヴァロノフ殺害事件、ポワロ爆死事件、フロッシー・モンローとクロード・ダレルの関係などの要素を原作から抜き出して再構成しており、最後は意外な真相へ着地する。原作を細かい要素に分解し、原作になかった要素も加えて新たな作品として再構築する手法は、本作の脚本家マーク・ゲイティスが共同制作総指揮と一部脚本を手がける「シャーロック」と同様のもの。ドラマ過去作へのオマージュも豊富で、アルゼンチンのラ・パンパにあるヘイスティングスの住所(「黄色いアイリス」)、冒頭と最後で物語をはさむように口にされるヘイスティングスの口癖 'Good Lord!' (本作の日本語では「ありえん」、かつての宇津木道子さんの台本では「なんてことだ」など)、猫を飼っているミス・レモン(「エジプト墳墓のなぞ」、「イタリア貴族殺害事件」)、ジャップ警視監の書いている手紙の宛先のミス・バルストロード(「鳩のなかの猫」)、日曜新聞〈サンデー・コメット〉と同系列の日刊紙と見られる新聞〈デイリー・コメット〉(「マギンティ夫人は死んだ」)、タイソーがイングルスに言及する「特急プリマス号 (The Plymouth Express)」(「プリマス行き急行列車」)、再会に感激して抱きつこうとするポワロと身を引くジャップ警視監が結局握手するシーケンス(「アクロイド殺人事件」)、捜査道具を入れた鞄を持ち運ぶポワロ(「スタイルズ荘の怪事件」)、ジャップ警視監のくだけた口語表現の数々や夫人への言及、「大富豪ゲーム」こと〈モノポリー〉のカード(「消えた廃坑」)などなど。また、自身をフランス人に間違えられて怒るのではなく、フランス人であるマダム・オリヴィエをベルギー人と間違えられて怒るポワロという、一段ひねったオマージュも。撮影は2013年2月中旬に始まり、3月中旬までおこなわれた[1][2]。
原作ではヘイスティングスが語り手を務め、捜査にも共に当たっていたが、ドラマではジャップ警視監がポワロの相棒となってビッグ・フォーの謎に迫り、ヘイスティングスの出番はわずかとなった。これは、ジャップ警部にも最後のエピソードを用意したかったという制作陣の意向によるもので、「カーテン 〜ポワロ最後の事件〜」でのポワロとヘイスティングスの再会の衝撃を減じないために、一時はヘイスティングスをまったく登場させないことも検討されたという[3]。
ジョージとジャップ警視監の「では、それで最後ですか? よろしければ、わたくしが……」「いや、自分の手で書きたい」という会話は、すべての手紙を書き上げようとしているタイミングとしては不自然なやりとりだが、原語は 'Is that the last of them, then, sir? I would have been quite happy to... (では、それで最後ですか? わたくしがいたしましたのに)' 'No. I wanted to write them myself. (いや、自分の手で書きたかったんだ)' と過去の話をしている。また、葬儀のあとポワロの部屋でヘイスティングスが一言求められて、言葉を探したあとに「わが友に」と言うところは、日本語だとポワロに献杯しているように聞こえるが、原語は 'My friends. (では皆さん)' と複数形で、ほかの3人に呼びかけている。しかし、その後が言葉にならなくなったため、ジョージが気を利かせてポワロのデスクに向けて率先して献杯をおこない、それを受けてヘイスティングスも実は初回の献杯をおこなうのである。
タイソーがイングルスに持ち込んだ警告文の最後は、「警戒せよ。ビッグ・フォー」と差出人がビッグ・フォーであるかのようにも聞こえるが、内容を考えればビッグ・フォーが自らこのような警告文を送るのはおかしい。原語も 'Beware. Beware. —The Big Four' ではなく 'Beware. Beware the Big Four.' のイントネーションで発音されており、2番目の beware は他動詞なので、日本語は「警戒せよ、ビッグ・フォーを」と聞くべきか。タイソーがポワロのマンションに持ち込んだメッセージ末尾の「警戒されたし。ビッグ・フォー(を)」も、紙面に 'Beware. Beware the Big Four.' とタイプされているのが読める。
チェス対局の会場でジャップ警視監がポワロに言う「あなたにその言葉〔引退〕は似合わない」は、原語だと 'You attract mayhem, you always have done. (あなたは事件を引きつける。これまでずっとそうだった)' という表現で、名探偵が高頻度で事件に遭遇することを揶揄した、マーク・ゲイティス脚本らしいメタな発言となっている。
ライランドがサヴァロノフとの対局に先立って言う「東西結束の象徴を目の当たりにするわけですから。古くから伝わるこの美しきゲームを通して、我らの友人であるソ連大使が今日のゲストを口説き落としてくれました」という台詞は、原語だと 'To witness this demonstration of unity between East and West via this ancient and beutiful game. (東西結束の実演を目の当たりにするわけですから。古くから伝わるこの美しきゲームを通してね) Now, I'd like to thank our friend the Russian ambassador for coaxing our guest out of retirement. (ここで我らの友人であるソ連大使にお礼を申し上げたいと思います。今日のゲストを引退から誘い出してくれました)' となっており、「古くから伝わるこの美しきゲームを通して」なされるのは東西結束を目の当たりにするほうであって、サヴァロノフを誘い出す口実ではない。実際、長く隠居の身だったサヴァロノフがわざわざライランドとの対局に出向いてきたのは、多額の謝礼を受け取ったためだろうとのちに推測されている。
日本語音声で、チェスの対局前にライランドがサヴァロノフに「ご注意を。アマチュアといえども不戦敗は一度もありません」と伝えるのは、むしろ「不戦勝」のほうが意味が通りそうにも聞こえる。原語音声では 'I warn you, sir. I may be an amateur, but I won't be beat without fight. (ご注意を。わたしはアマチュアかもしれませんが、戦わずしてやられはしませんよ)' という台詞で、過去に自らが原因で対局をせずに負けた「不戦敗」の話ではなく、今からの対局のなかであっさり負けるつもりはないという趣旨である。
タイソーが言う「やつ〔ライランド〕がクロゼットに隠しているもの」は、原語だと 'the skeletons he's got hiding in his closet (やつがクロゼットの中に隠している骸骨)' という表現だが、 a skeleton in the closet (クロゼットの中の骸骨) とは字義通りの意味ではなく、「外に言えない隠し事」という意味の慣用句である。のちにポワロが「ライランド氏はアーモア (armoire) に隠し事を?」と言って、タイソーに「ああ、戸棚 (cupboard) ね」と反応されたのは、この慣用句はイギリスでは a skeleton in the cupboard とも言い、 armoire が英語の cupboard に対応するフランス語であることによる。おそらくはこのやりとりがあるために、当初のタイソーの台詞でも慣用句の「クロゼット」という字義的な表現を残したのだろう。ただし、フランス語における armoire の発音は /armwar/ で、カタカナにすべての音素を転写すれば「アルムワール」に近く、原語音声のポワロはそのように発音している。
チェスのグランドマスター、サヴァロノフのファーストネームは、ライランド邸での対局時は「アイヴァン」と発音されていたが、マダム・オリヴィエがポワロのマンションを訪ねた場面では「イヴァン」と発音される。これは日本語音声も原語音声も同様である。
ウォーリーの部屋にあったリー・チャン・イェンの伝記を示したポワロが、日本語音声では「やはり興味を惹かれますね、見てください」とその場でビッグ・フォーとの関連を発見したように言うが、原語音声では 'And this is the reason for our interest in this case, Inspector Medoes. (そして、これがこの事件にわれわれが興味を惹かれる理由です、メドーズ警部補)' という台詞で、これは「あなた〔方〕の興味を惹く事件とは思えません」というその前のメドーズ警部補の見解への返答であって、あらかじめビッグ・フォーとの関連がうたがわれたからこそ、ポワロとジャップ警視監が出向いてきたのである。なお、タイソーと面会した際にポワロは伝記の表紙を目に留めており、そこでジョナサン・ウォーリーの名前を認識したと見られる。
ジョナサン・ウォーリーの家族について、すでに亡くなった姉 (sister) と、両親を亡くして引き取った甥がいたとアンドリュース夫人が言うが、甥のアルバート・ウォーリーが姉の子だとすると、婚外子などの事情がなければ名字が同じにはならないはずで、ほかにも亡くなった兄か弟がいそうである。
ウォーリー邸のキッチンでポワロが「羊の脚です」と言ったのに対して、ベドーズ警部補が「マトンですか?」と言わずもがなの質問をするのは、原語だとポワロの台詞が « Une jambe de mouton. (マトンの脚です) » とフランス語だったからである(ただし、本来 jambe は人間の脚をいう言葉で、もも肉の趣旨なら gigot である。なお、動物の脚は patte という)。また、切換式字幕では、そのメドーズ警部補の質問が水色(ジャップ警視監の台詞の色)で表示される。
メドーズ警部補がウォーリー殺害現場の足跡を示して「それと、血まみれの足跡。つまり、その……」となぜかためらい、ジャップ警視監が「わかるぞ、言葉どおりだろう」と応じたところは、原語だと 'And this bloody footprint here. (それと、ここに血まみれの足跡が) Oh, begging your pardon, sir. (ああ、失礼しました)' 'It's all right, Meadows. (大丈夫だ) We know what you mean. (言いたいことはわかってる)' というやりとり。英語の bloody は字義どおりの「血まみれの」という意味のほかに罵りのニュアンスを加えるために用いられることがあり、警部補は意図せず失礼とも取れる表現になったことを詫びたのである。また、その足跡がグラントの証言と矛盾することを受けて、ポワロが「犯行時刻は特定されましたが、動機を裏付けるものが見当たらない。物証です」と言うのは、犯行後の血痕からついた足跡でどのように犯行時刻を特定したのかよくわからないが、原語は 'So now you have the opportunity and motive. (これで機会と動機はそろいました) All that you require now is that also illusive element—proof. (あと必要なのは、まぎらわしくもあるもの――物証です)' という表現で、あくまでグラントが遺体のそばにいたタイミングがあったと裏付けられただけである。
ウォーリー殺害事件の犯行方法を解明したあと、ポワロが「ノン、深い闇が見えます。そして今ゲームは始まりました。長丁場ですぞ」と言うが、原語では 'Non, this is a business most dark, mes amis, and I fear we are only at the beginning of a long, long game. (ノン、これは闇の深い事件です。わたしが不安なのは、まだ長い長いゲームの始まりに過ぎないのではないかということです)' という表現で、その瞬間にゲームが始まったのではなく、ウォーリー殺害事件やその前のサヴァロノフ殺害事件も含めて、大事件のまだほんの始まりに過ぎないのではないかという懸念を表明している。
タイソーがホワイトヘイブン・マンションを訊ねたときにマンションの外観が映る場面は「象は忘れない」とまとめて撮影されたようで、完全に同一の映像ではないものの、「象は忘れない」のバートンコックス夫人がポワロを訪ねた場面の前にマンションの外観が映る場面とカメラの位置やアングルがまったく一緒であり、そこでマンションへ入っていった女性がちょうど出てくるところが映っている。
背中を刺されて死んだ男が持っていたカードをジャップ警視監が「トランプカード?」と言い、ポワロも「ウィ、その一種です」と応じるが、どう見ても 3 と書かれたカード以外はトランプカードではない。ジャップ警視監は原語だと 'Playing cards? (ゲームのカード?)' と言っており、英語の playing card はよくトランプカードを指すが、必ずしもトランプに限らないゲーム用のカードを広く表せる言葉である。日本語音声では、謎解きの途中にもこれらのカードをタイソーが「トランプカード」と呼ぶ。
ジャップ警視監が死神のタロットカードを見て「前にかみさんがジプシー・メグに占ってもらったとき、それが出た」と言った台詞は、原語音声だと 'Mrs Japp got dealt one like that on Southend Pier. Gypsy Meg. (サウスエンド・ピアでかみさんがそんなのを引いたな。ジプシー・メグで)' という表現。ピアとは「グランド・メトロポリタンの宝石盗難事件」でジャップ警部が射的をしたような、海に張り出した桟橋の上に築かれた観光施設で、そうした場所ではしばしば座興としてジプシー(らしい恰好をした人物)による占いが提供された。つまり、ジャップ警視監は夫人と海岸へ行楽に出かけ、そこで夫人が占いをしてもらい、タロットカードを目にしたのだろう。同様の占いは、場所がピアではないが、「死者のあやまち」のお祭りでサリーが提供するのを見ることができるほか、「スズメバチの巣」の夏祭りでも占いのテントが出ていた。
楽屋にフロッシーを呼びに来る劇団仲間(『ロミオとジュリエット』のマーキューシオ役らしい)は、本作の脚本をマーク・ゲイティスと共同で手がけたイアン・ハラードのカメオ出演[4]。彼は「ハロウィーン・パーティー」にもエドムンド・ドレイク役で出演しているほか、ゲイティスが脚本を担当した「鳩のなかの猫」や「ハロウィーン・パーティー」でも脚本助手を務めている。
服のラベルの切れ端にあった erman という字の並びを見たジャップ警視監が「ハーマン? ジャーマン?」と言うところは、切換式字幕だと「『
アルバート・ウォーリーの持ち物にあった The Cleverest Chap in the School や Play Pictorial 誌は実在の書籍および雑誌。 Play Pictorial 誌は、「ホロー荘の殺人」でもヘンリエッタがホロー荘で読んでいた。
ポワロがメトセラ劇団の関係者を列挙して話を聞いていく場面では、最初に書き上がった関係者のリストが映ったあとに、なぜかポワロがリストに名前を書き加えていく様子が映される。また、関係者の名前に打ち消し線を引いていく際、 Violet Briggs と Henry Agar に線を引く順番もおかしい。そして、最初に書き上がっていたリストと、ポワロが名前を書き加えたり線を引いたりしているリストは、筆跡が異なっている。前者は各アルファベットの字形が完全に一致しており、後者が実際のスーシェの手書きであるのに対し、前者はおそらくスーシェの自筆の文字をサンプリングして組みあわせた印刷なのだろう。
フロッシーが「まばゆいばかりだ」と好評を博したという「イライザ・ドゥーリトル」とは、バーナード・ショーの戯曲『ピグマリオン』の主役の名で、のちにその戯曲を原作として制作されたミュージカルが「マイ・フェア・レディ」である。また、『真面目が肝心』は、「グランド・メトロポリタンの宝石盗難事件」でも話題に上る、オスカー・ワイルド作の喜劇。一方、ポワロがフロッシーに「どの役ですか? (What did you play?)」と訊いたのに対し、フロッシーが「アコーディオン」と答えて気まずい雰囲気になるのは、ポワロが女優としての出演 (play) を訊いたのに、実際は裏方である楽器の演奏 (play) だったという流れ。アルバート・ウォーリーのコレクションにあったメトセラ劇団の『ピグマリオン』に関する記事は1920年(おそらく1924年にも再演)、『真面目が肝心』の上演も1926年で、彼女が当たり役として挙げる例はいずれも劇中から10~20年ほど前のことであり、最近は不遇の身であることが推察される。序盤に共演者の女優が彼女と交わした「〔『ロミオとジュリエット』の〕ジュリエット、やったことある?」「ええ。つい最近やったわ」「あら……そうなの」という会話も、フロッシーが共演者から大役を演じる女優と思われていないことや、10年以上前に演じたであろう役を「つい最近」と表現するなど、過去の栄光を心のよりどころとしていることが窺える。
アルバート・ウォーリーがメトセラ劇団の熱烈な支持者だったと思われる理由として、ポワロが「彼は1924年シーズンの記念グッズを集めていました」と言うのはややにわかファンの行動らしく聞こえるが、原語は 'In fact he collected mementoes from the repertory season in 1924. (1924年シーズンの想い出の品をコレクションしていました)' という表現で、ポワロが見つけたメトセラ劇団に関するスクラップ帳のことを言っている。
エイブ・ライランド失踪を報じる2つの新聞記事「エイブ・ライランド氏失踪 チェス王死亡直後」と「ビッグ・フォーとは?」は記事本文がまったく同じで、「ビッグ・フォーとは?」の写真はサヴァロノフ急死を報じた「ロシアのチェス王、対局中に死亡 モスクワが調査を要請」と同一である。また、ジョナサン・ウォーリー殺害を報じる2つの新聞記事「ホッパトンで殺人」と「リー・チャン・イェンとつながり?」は、見出しは異なるが記事本文も写真もまったく一緒である。しかも、「リー・チャン・イェンとつながり?」は上部の号数と値段の印刷がずれているうえ、あろうことか An Exclusive (独占記事) と銘打たれている。「ナンバー3と断定か テロの脅威 続く中」では、マダム・オリヴィエが最後に目撃されたのを前日の午後3時と書いているが、ポワロたちが彼女に尋問を始めた時点で背後の時計は4時を指していた。ポワロの死亡を伝える「ポワロ氏 爆死 ビッグ・フォーの犯行か」には the First World War (第一次世界大戦) という表現が使われているが、劇中が第二次世界大戦勃発前の1939年であることを考えると、これはおかしい。なお、日本語の字幕で「リー・チャン・イェンとつながり?」と表示される記事の見出しは 'LI CHANG YEN CONNECTION (リー・チャン・イェンのつながり)' で疑問のニュアンスはなく、その趣旨はサヴァロノフ殺害事件とウォーリー殺害事件にリー・チャン・イェンという共通項があるという指摘である(もっとも、記事本文ではこの共通項をもって、2つの事件に関連があるのだろうかと問うているので、日本語字幕はその要素を組み入れたのかもしれない)。また、「ナンバー3と断定か」と表示される記事も、 'NUMBER THREE IDENTIFIED! (ナンバー3の正体判明!)' という見出しにはやはり疑問のニュアンスはない。
ポワロの死亡記事に書かれた彼の経歴によると、ベルギー警察隊でそのキャリアをスタートした後、1904年のアバークロンビー偽造事件でジャップ警部と出会ったことになっている。この偽造事件でジャップ警部とポワロが初めて共同捜査に当たったことは「スタイルズ荘の怪事件」や「チョコレートの箱」でも触れられてきたとおりだが、事件の発生年は今回初めて明かされた設定である。これは「スタイルズ荘の怪事件」原作での言及に従ったものだが、「名探偵ポワロ」では「チョコレートの箱」事件の9年も前に当たり、二人は相当若い頃からの知りあいということになる。
イングルスなどが言う「快傑ドラモンド (Bulldog Drummond)」とは、英国の作家H・C・マクニールがサッパーというペンネームで発表した冒険小説の主人公で、クリスティーの『おしどり探偵』収録「怪しい来訪者」ではトミーにも言及される、第一次大戦で活躍した退役軍人の名前である。原語音声では、序盤にイングルスがタイソーに言う「荒唐無稽な話だと思わんかね、タイソーさん」という台詞も 'All a bit "Bulldog Drummond", don't you think, Mr Tysoe? (まるで快傑ドラモンドだと思わんかね、タイソーさん)' という表現だったほか、やはりマーク・ゲイティスが脚本を担当した「鳩のなかの猫」でも言及されていた。ゲイティスは自らの小説 The Devil in Amber に掲載した架空の本の広告でも、オリヴァ夫人の著作 With Vinegar and Brown Paper と並べて、スラッパーという作家による "Terrior" Masterson Hit Out という快傑ドラモンドをオマージュした本を創作しており、その愛情の強さが窺える。
ジョージがヘイスティングスたちに出したグリーンのティーカップとソーサーは〈ファイヤーキング〉ブランドの〈ジェーン・レイ〉シリーズの品と見られ、劇中の1930年代にはまだ存在しないはずである。また、メトセラ劇場前の道路の端には駐停車禁止(時間帯指定有)の黄色いラインが引かれているが、これも劇中の時代に合わない。
本作の日本語音声ではジャップ警視監からヘイスティングスへの口調が敬語だが、かつての宇津木道子さんの台本では、ヘイスティングスからジャップ警部が常に敬語(丁寧語)で、警部からヘイスティングスは敬語でないことも多かった。また、ヘイスティングスからミス・レモンも同様に敬語ではないことが多かった。加えて、ミス・レモンはヘイスティングスを「大尉」という敬称で呼ぶことはあまりなく、たいてい「ヘイスティングスさん」と呼んでいた。
ポワロの葬儀が営まれた墓地はケンサル・グリーン共同墓地。タイソーがイングルスを訪ねたり、ポワロがタイソーと会ったり、タイソーの背後で人が刺されたり、ポワロが電話で呼び出されて向かったりした屋外の場面はすべてリンカーンズ・イン内で撮影されている(ポワロが呼び出されたウィルバーフォース・ロード41番は実在の地名だが、撮影がおこなわれたのは現地ではない)。このリンカーンズ・インは「スペイン櫃の秘密」や「葬儀を終えて」でもロケ地になった場所である。タイソーがイングルスを訊ねた外務省とおぼしき屋内や、チェス会場となったライランド邸は、「五匹の子豚」のレディー・ディティシャンの邸宅と同じサイアン・ハウスで、同所はジェラルディン・マクイーワン主演の「ミス・マープル3」の一篇、「復讐の女神」でもフォレスター卿の邸宅として使われており、ライランドとマダム・オリヴィエが話していたレッド・ドローイング・ルームも登場する。フロッシーが出演している劇場の外観は、「ダベンハイム失そう事件」や「マギンティ夫人は死んだ」、「複数の時計」に登場のリッチモンド劇場。ジョナサン・ウォーリー邸の外観はリトル・ミッセンデン村のマナーハウス、邸内はハイ・ウィカムのヒューエンデン・マナーで、グラントが出所する場面もヒューエンデン・マナーの厩舎で撮影された。ヒューエンデン・マナーは「ミス・マープル5」の一篇「蒼ざめた馬」のベネブルズ邸や、マックス・アイアンズ主演「ねじれた家」のスリー・ゲイブルズの一部としても撮影に使われている。スティーブン・ペインター邸はヘンリー・オン・テムズ近郊のナフィールド・プレース。メトセラ劇場の内部は「24羽の黒つぐみ」や「スペイン櫃の秘密」に登場のハックニー・エンパイアだが、入り口の外観はノエル・カワード劇場で、「盗まれたロイヤル・ルビー」でもチョコレートを買ったポワロが車に連れ込まれる場面の画面右側にすこしだけ映っている。
ジェラルディン・マクイーワン主演の「ミス・マープル」シリーズでは、フロッシー・モンローを演じるセアラ・パリッシュを「スリーピング・マーダー」のイーヴィ・バレンタイン役、マダム・オリヴィエを演じるパトリシア・ホッジを「シタフォードの秘密」のウィレット夫人役、ジョナサン・ウォーリーを演じるピーター・シモンズを「ゼロ時間へ」のハーストール役、メドーズ警部補を演じるニコラス・バーンズを「バートラム・ホテルにて」のジャックおよびジョエルのブリッテン兄弟役で見ることができる。また、ジョン・マルコヴィッチ主演の「ABC殺人事件」では、ジェラルド・ペインター役のジャック・ファージングがドナルド・フレイザー役を演じている。ジェレミー・ブレット主演の「シャーロック・ホームズの冒険」シリーズには、前出のパトリシア・ホッジが「第二の血痕」のレディー・ヒルダ役、ダイアナ・ペインターを演じるテレサ・バーナムが「マスグレーヴ家の儀式書」のジャネット役で出演。タイソーを演じるトム・ブルックは、ベネディクト・カンバーバッチ主演の「シャーロック3」シリーズにビル・ウィギンズ役で出演している。ジョン・ソウ主演「主任警部モース」シリーズには、サヴァロノフ役のマイケル・カルキンが「オックスフォード運河の殺人」のウィリアムズ検事役、アンドリュース夫人役のバーバラ・カービーが「悔恨の日」のチャリティーショップの店員役で出演。
遺体安置所の職員の吹替は、ジョージと掛け持ちの坂本大地さんか。
タイソーとポワロの面会で、タイソーが去ったあとにポワロがため息をつくのは日本語音声のみである。
ドラマ本篇とは関係ないが、下で紹介している DVD では、ライランドの失踪が判明するチャプターに「失踪した党首」というタイトルがついている。しかし、ライランドが平和党の「党首」であるかどうかは本篇を見るかぎり判然としない。なお、ライランドが日本語音声で「私どもの夕べの集いへようこそ。我らの導き手であるリー・チャン・イェンは……」と言っていた台詞は、原語だと 'May I welcome you to our informal little soiree on behalf of our guiding light and founder, Li Chang Yen. (我々〔平和党〕の導き手であり設立者であるリー・チャン・イェンに代わって、この非公式な夕べの集いへ皆さんを歓迎いたします)' という表現で、設立者であるリー・チャン・イェンの代理として振る舞う立場であることはわかる。
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ウォーリー殺害事件で、ポワロがいつのまにか村の肉屋の配達スケジュールを知っていて「村の肉屋は今日は配達をしません」と言いきるところは、原語だと 'The real butcher will have made no such delivery today. (本物の肉屋は今日そんな配達をしていないでしょう)' という表現で、推測である。
タイソーに宛てられたなかの、 3 と書かれたカードの端が焦げていた件は、最初にポワロが指摘した以外、特に言及されることもなく終わる。強いて言えば、〈ナンバー・スリー〉と見られたマダム・オリヴィエに絡む、スティーブン・ペインター殺害事件の犯行方法を思わせなくもないが、脚本段階ではそこに関連した展開でもあったのだろうか。また、そのスティーブン・ペインター殺害事件についてのジャップ警視監とポワロのやりとりは、日本語だと「彼〔ジェラルド〕は相当額の遺産を相続します」「あの殺し方はあまりにも残虐です。明確な目的でもないかぎり、あそこまで無慈悲にはなれないと思います。被害者は死に際にインクに指を浸して、紙に『G』の文字を書きました。犯人が誰かを伝えようとしたんです」「ジェラルドが金と復讐のためにやった?」「ノン。ノン、モ・ナミ。では、ビッグ・フォーにこの殺人もつながっているんでしょうか? ノン。これは単純な企てです。ジェラルドを嵌めるための」となっていて、ポワロの主張が一貫していないように聞こえる。原語では 'So he gets a tidy sum as a result of Paynter's death. (すると彼はペインターの死で多額の遺産を相続するわけだ)' 'And the manner of his death, so violent and dramatic. (しかも、彼の死に方は実に暴力的でドラマチックです) The fire that consumes the face of Monsieur Paynter, an echo grotesque of the burning of his own face. (ムッシュウ・ペインターの顔を焼き尽す炎、顔を焼かれるときの異様な響き) And as he lies dying, Monsieur Paynter, he dips his finger into the ink and scrawls the letter "G" onto a notepad, a final desperate attempt to indicate the identity of his killer. (しかも、死の間際、ムッシュウ・ペインターは指をインクに浸してメモに『G』の文字を書き残す。最後に何とか犯人の正体を教えようとして)' 'Gerald did it for revenge and for the cash? (ジェラルドが復讐と金のためにやったと?)' 'Non. Non, mon ami. (ノン。ちがいます、モ・ナミ) A fourth murder with a connection to the Peace Party and the Big Four? Non. (では、平和党やビッグ・フォーに絡んだ4件目の殺人? ノン) This is an attempt most crude to frame young Monsieur Gerald. (これはジェラルド青年を嵌めようという、実にお粗末な企てです)' という表現で、前半部は事件の表層をあえてなぞってみせたものであって、犯行を額面どおりに受け取るにはあまりにわざとらしすぎるという主張をしている。
フロッシーがかつてダレルに言った「かわいい小エビちゃん」は、原語の funny little shrimp をおおよそ逐語訳したものだが、 shrimp には日本語の「ちび」のように小柄な人を侮蔑的に表す口語的意味があり、 funny も「かわいい」というより「おかしな」に近い意味なので、要するに「ちんちくりん」。したがって、そのあとのフロッシーの弁解も、日本語では大それた望みを抱いたことを反省しているように聞こえるが、原語ではダレルを侮ったことを釈明している。なお実際、ダレルはフロッシーと同じかすこし低いくらいの身長で、小柄である。
フロッシーの拘束を解いたダレルが「待って……先に片づけることがある」と言ったところへ「ちがいますぞ、ムッシュウ」とポワロの声が響くところはポワロが何を否定したのかよくわからないが、原語は 'Just... just one thing to take care of first. (ひとつ……ひとつだけまず片づけることがある)' というダレルの発言を 'I think not, monsieur. (そうは思いませんぞ、ムッシュウ)' と否定しており、つまりポワロという片づけなければならない課題がもう一つあると言っている。
劇場の舞台ですわったまま動かないライランドとマダム・オリヴィエに対し、タイソーが「その二人は? 彼らも……犯罪者でしょ?」と言った台詞は、原語だと 'What about those two? (その二人のことは?) Shouldn't we do something in case they... (何かしたほうがいいんじゃないですか? もし彼らが……) What's the matter with them? (この二人はどうしたんです?)' という表現で、当初は日本語のように二人をビッグ・フォーの一味として警戒していたが、二人が一切動きを見せないので訝しんでいる。
謎解きの冒頭、ポワロとタイソーが交わす「人々はおびえていた。世界のあちこちで敵対が起こり、裏には糸を引く者が。疑心暗鬼、そう地球規模の疑心暗鬼。おぞましい秘密結社。傀儡師がわれわれを追い込もうとした、戦争と破壊へ! しかし、そんななか、人々の反応はどうでしたか? ビッグ・フォーなど荒唐無稽と言って本気にしませんでした」「快傑ドラモンド」「そうです、ムッシュウ・タイソー。そのとおり。そのような論調でした」というやりとりは、人々がおびえていたのか本気にしていなかったのかよくわからず、またそのあと突然ビッグ・フォーが虚像だったという結論に達するが、原語は 'What a pass in which we find ourselves. (わたしたちは何という難局に置かれたことでしょう) The world stands on the brink of conflict most terrible. (世界はおそるべき対立の瀬戸際にある) And what do we discover is behind it all? (そして、その背後にわれわれが発見したものは?) Fomenting suspicion on the scale that is global! (地球規模の疑惑の煽動) A cabal most terrifying! (おそるべき秘密結社) The puppet masters who threaten to plunge the world into war! (世界を戦争へ追い込もうとする傀儡師たち) And yet, and... yet—what was the first reaction of anyone who was told of the Big Four? (しかし……しかしです――ビッグ・フォーのことを聞いた当初は皆どう思いましたか?) That it was like something from a storybook, n'est-ce pas? (まるでお話の世界だ。そう思ったのでは?)' 'Bulldog Drummond. (快傑ドラモンド)' 'Précisément, Monsieur Tysoe. Précisément. (そうです、ムッシュウ・タイソー。そのとおり) Because that is all it is, mes ami. (なぜなら、それだけのものだったからです)' というやりとりで、「傀儡師」がダレルでなくビッグ・フォーを指しているのが明確であり、タイソーが快傑ドラモンドに言及したのも前述の序盤のイングルスとの会話を想起したからであって、「単なる芝居。ビッグ・フォーなど存在しない。そう、たった一人の異常性格者によって創り出された虚像にすぎない」という直後のポワロの台詞に素直につながる。
「誰にわかる? どこからが妄想で、どこまでが現実か」とダレルに言われたポワロが「では、元に戻りましょう」と言うが、話はダレルの生い立ちに進み、別に話題は元に戻らない。原語だとポワロは 'Let us speak of beginnings, monsieur! (では、始まりの話をしましょう)' と言っており、だからビッグ・フォーというアイディアの始まりへと話題が移るのである。なお、そこでは明示的に言及されないが、ポワロがウォーリー邸から持ち帰って操作していた紙製の劇場のジオラマは、中国人・アメリカ人・女性・死神を登場させることができ、ここからアルバート・ウォーリーがビッグ・フォーのアイディアを思いついた(ことにポワロが気づいた)という伏線になっていた。
日本語ではジョナサン・ウォーリーのことをポワロが「無慈悲」「冷酷」と表現するが、原語では cold and aloof と1回言われるだけで、これは「冷淡で無関心」といったニュアンスであり、自分の興味の対象にしか注意を払わなかったというベッツィー・アンドリュースからの評価とも一致する。
ペインター殺害時に彼の指をインクに浸して書かれた G の文字は、捜査時にポワロたちが目にしたものとは字形やかすれ具合が異なる。
ポワロがダレルのことを「芸達者であったがゆえに、かえって……個性をなくした。役に溶け込み、顔が隠れ、誰にも気づかれない」と評するところは、原語だと 'The very gift that could have turned you into the actor supreme makes you... forgettable. (あなたを名優にしたその才能ゆえに……記憶に残らない) The man who blends in. (溶け込む〔ので意識されない〕男) The man whose name nobody ever can quite remember. (その名前を誰もはっきりと思い出せない男) The man who—disappears. (そして――消えてしまう)' と言っており、チェス会場のマダム・オリヴィエやペインター邸のジェラルドがクエンティン(ダレル)の名前を思い出せなかったり、グラントが仕事を紹介してくれた牧師の人相や身なりを説明できなかったりしたことを言っている。
銃を構えたダレルにフロッシーが言う「クロード……だめよ……」という台詞は、口も動いているが、原語音声では聞こえない日本語音声のみの台詞である。
解放されたマダム・オリヴィエが記者たちに語る「こうして無事にもどしていただきました。とてもおそろしい体験でしたが、わたくしどもの汚名をそそぎ、そして平和党の名誉を回復することができました」という台詞は、原語だと 'It is a source of great relief that after our terrible ordeal we are able to clear not only our own reputations but that of tha Party as well. (おそるべき試練でしたが、わたくしどもだけでなく、平和党の汚名をもそそぐことができるのは大きな安堵の源です)' という表現で、平和党の名誉が回復するのは、彼女たちのこれからの説明が報道されてのことである。
タイソーが「それにしても、大した眼力だよ」とポワロの手腕を評価したところは、原語だと 'Incidentally, how did you work it all out? (それにしても、いったいどうやって割り出したんです?)' という質問で、だからポワロが真相を見抜いたきっかけを語り始める。
ダレルが自らポワロに接触してきた理由についてポワロは、日本語だと「彼のスクラップ帳にはモンローという女優が。ああ、そこに大きなヒントがあると感じたポワロが彼女に接触したとき、彼は狼狽し、動いた」と説明するが、原語では 'His scrapbook led me towards Mademoiselle Monro. (彼のスクラップ帳がわたしをマドモワゼル・モンローに導いてくれました) Of course, naturellement, he kept his eye most closely upon her. (もちろん、当然ながら彼はマドモワゼルを注意深く観察していました) But when she met with me, Hercule Poirot, he panicked. (でも、マドモワゼルがこのエルキュール・ポワロと面会したとき、彼は狼狽したのです)' という表現で、ここでの he とは一貫してダレルのことであり、フロッシーを注意深く観察していたのもダレルであって、だからフロッシーとポワロとの面会をダレルが察知したのである。また実際ポワロも、スクラップ帳に載っていたメトセラ劇団の出演者と片っ端から面会する消去法を採っており、接触前にフロッシーの特別さを見抜いていたわけではない。
ポワロがダレルに呼び出されて向かったフラットのロケ地はリンカーンズ・インのニュー・スクエア南側だったが、爆発を逃れたポワロが通路に駆け込んだときは東側から煙が上がっている。フラットを右側に見たときの奥の景色が異なるのはそのためである。
ポワロが親しい友人たちの気持ちも考えずに死を装ったことについてジャップ警視監とミス・レモンから責められ、ジョージに助けを求めて「ああ……大義のためかと心得ます、はい」とフォローを受けたのを、警視監が「ほう、助け船が来たぞ」とコメントしたところは、原語だと 'No man is a hero to his valet. (執事にとって英雄である者はいない)' と言っている。これは、たとえどんな人物でもその私生活に寄り添う執事には英雄に見えないという意味のことわざだが、ここでは、ビッグ・フォーによる世界の危機を救ったポワロも厄介な状況で執事のジョージに頼る、つまり「ジョージも大変だ」といったニュアンスで使われたと思われる。
エンディングクレジットではドクター・クエンティンに「(ビッグ4)」と付記されているが、「ビッグ4(ビッグ・フォー)」は組織の名前なので、「ナンバー4」とするべきではないかしら。それとも、「ビッグ4」という組織がすべて彼による虚像であったことを表しているのだろうか。
ロケ地写真
カットされた場面
なし
映像ソフト
- [DVD] 「名探偵ポワロ 49 ビッグ・フォー」(字幕・吹替) ハピネット・ピクチャーズ※
- ※ 「名探偵ポワロ NEW SEASON DVD-BOX 5」に収録