イタリア貴族殺害事件 The Adventure of the Italian Nobleman
放送履歴
日本
オリジナル版(44分00秒)
- 1994年04月09日 21時55分〜 (NHK総合)※
- 1995年09月04日 17時15分〜 (NHK総合)
- 1996年03月07日 17時15分〜 (NHK総合)
- 1999年01月05日 15時10分〜 (NHK総合)
- 2003年09月08日 18時00分〜 (NHK衛星第2)
- ※ 野球中継の延長により、予定より25分遅れての開始
ハイビジョンリマスター版(50分00秒)
- 2016年07月16日 16時00分〜 (NHK BSプレミアム)
- 2016年12月21日 17時00分〜 (NHK BSプレミアム)
- 2020年12月19日 17時10分〜 (NHK BSプレミアム)
- 2021年12月01日 09時00分〜 (NHK BS4K)
- 2023年03月01日 21時00分〜 (NHK BSプレミアム・BS4K)※
- ※ BSプレミアムでの放送は、オープニング冒頭の画面左上にBS4K同時放送のアイコン表示あり
海外
- 1993年02月14日 (英・ITV)
原作
邦訳
- 「イタリア貴族殺害事件」 - 『ポアロ登場』 クリスティー文庫 真崎義博訳
- 「イタリア貴族殺害事件」 - 『ポアロ登場』 ハヤカワミステリ文庫 小倉多加志訳
- 「イタリア貴族の事件」 - 『ポワロの事件簿1』 創元推理文庫 厚木淳訳
- 「イタリア貴族の怪死」 - 『クリスティ短編集1』 新潮文庫 井上宗次・石田英二訳
原書
雑誌等掲載
- The Adventure of the Italian Nobleman, The Sketch, 24 October 1923 (UK)
- The Italian Nobleman, The Blue Book Magazine, December 1924 (USA)
短篇集
- The Adventure of the Italian Nobleman, Poirot Investigates, The Bodley Head, 21 March 1924 (UK)
- The Adventure of the Italian Nobleman, Poirot Investigates, Dodd Mead, 1925 (USA)
オープニングクレジット
日本
オリジナル版
名探偵ポワロ / DAVID SUCHET // HUGH FRASER / PHILIP JACKSON / PAULINE MORAN / イタリア貴族殺害事件, THE ADVENTURE OF THE ITALIAN NOBLEMAN / Dramatized by CLIVE EXTON
ハイビジョンリマスター版
名探偵ポワロ / DAVID SUCHET / AGATHA CHRISTIE'S POIROT / イタリア貴族殺害事件 // HUGH FRASER / PHILIP JACKSON / PAULINE MORAN / THE ADVENTURE OF THE ITALIAN NOBLEMAN / Dramatized by CLIVE EXTON
エンディングクレジット
日本
オリジナル版
原作 アガサ・クリスティー 脚本 クライブ・エクストン 監督 ブライアン・ファーナム 制作 LWT(イギリス) / 出演 ポワロ(デビッド・スーシェ) 熊倉一雄 ヘイスティングス(ヒュー・フレイザー) 富山 敬 ジャップ警部(フィリップ・ジャクソン) 坂口芳貞 ミス・レモン 翠 準子 グレイブス 羽佐間道夫 ビッツィーニ 内田 稔 ファブリ 吉田理保子 屋良有作 伊藤和晃 秋元羊介 上田敏也 横堀悦夫 石波義人 峰 恵研 檀 臣幸 牧野和子 中田和宏 / 日本語版 宇津木道子 山田悦司 福岡浩美 南部満治 金谷和美
ハイビジョンリマスター版
原作 アガサ・クリスティー 脚本 クライブ・エクストン 演出 ブライアン・ファーナム 制作 LWT (イギリス) 出演 ポワロ(デビッド・スーシェ) 熊倉 一雄 ヘイスティングス(ヒュー・フレイザー) 富山 敬/安原 義人 ジャップ警部(フィリップ・ジャクソン) 坂口 芳貞 ミス・レモン(ポーリン・モラン) 翠 準子 グレイブス 羽佐間 道夫 ビッツィーニ 内田 稔 ファブリ 吉田 理保子/甲斐田 裕子 屋良 有作 伊藤 和晃 秋元 羊介 上田 敏也 横堀 悦夫 石波 義人 峰 恵研 檀 臣幸 牧野 和子 中田 和宏 高椋 康裕 加藤 悦子 日本語版スタッフ 翻訳 宇津木 道子 演出 山田 悦司 音声 金谷 和美 プロデューサー 里口 千
海外
オリジナル版
Hercule Poirot: DAVID SUCHET; Captain Hastings: HUGH FRASER; Chief Inspector Japp: PHILIP JACKSON; Miss Lemon: PAULINE MORAN; Mr. Graves: LEONARD PRESTON; Margherita Fabbri: ANNA MAZZOTTI; Bruno Vizzini: DAVID NEAL; Mario Asciano※1: VINCENZO RICOTTA; Count Foscanti※2: SIDNEY KEAN; Darida: ALBERTO JANELLI; Dr. Hawker: ARTHUR COX; 1st Secretary: VITTORIO AMANDOLA; Beddoes: BEN BAZELL; Chef: DAVID VERREY; Miss Rider: JANET LEES PRICE; Manager: BARRIE WILMORE; Neighbour: MICHAEL TUDOR BARNES; Lad: DAVID WILLOUGHBY; Stunts: ALAN STUART, PAUL HEASMAN, TIP TIPPING / Developed for Television by Carnival Films; (中略)Made at Twickenham Studios, London, England / Assistant Directors: PETER BENNETT, KEVIN WESTLEY, DOMINIC FYSH; Production Manager: GUY TANNAHILL; Production Co-ordinator: LEILA KIRKPATRICK; Accounts: JOHN BEHARRELL, PENELOPE FORRESTER; Locations: JEREMY OLDFIELD, JEREMY JOHNS; Script Supervisor: JOSIE FULFORD; Camera Operators: STEVEN ALCORN, JOHN WARD; Focus Puller: DANNY SHELMERDINE; Clapper/Loader: RAY COOPER; Grip: JOHN ETHERINGTON; Boom Operator: PAUL BOTHAM; Sound Assistant: MATTHEW DESORGHER; Gaffer: VINCE GODDARD; Art Director: MARK RAGGETT; Set Decorator: DESMOND CROWE; Production Buyer: MIKE SMITH; Property Master: MICKY LENNON; Construction Manager: ALAN BOOTH; Wardrobe: LISA JOHNSON, ADRIAN SIMMONS, JILL AVERY, VERNON WHITE; Make Up Artists: KATE BOWER, PATRICIA KIRKMAN; Assistant Editor: CHRISTIAN WHEELER; Dubbing: JOHN DOWNER, SARAH MORTON, RUPERT SCRIVENER; Costume Designer: BARBARA KRONIG; Make Up Supervisor: JANIS GOULD; Sound Recordist: JEFF HAWKINS; Additional Music: NEIL RICHARDSON; Titles: PAT GAVIN; Casting: REBECCA HOWARD, KATE DAY; Associate Producer: CHRISTOPHER HALL; Editor: CHRIS WIMBLE; Production Designer: TIM HUTCHINSON; Director of Photography: NORMAN LANGLEY B.S.C.; Music: CHRISTOPHER GUNNING; Executive Producer: NICK ELLIOTT / Producer: BRIAN EASTMAN; Director: BRIAN FARNHAM
- ※1 Mario Ascanio の誤記
- ※2 Count Foscatini の誤記
あらすじ
ミス・レモンのボーイフレンド、グレイブスが仕えるフォスカティーニ伯爵が殺された。グレイブスによれば、伯爵はイタリア政府のために秘密書類を買い戻す交渉にあたっており、その日の午後も客を迎えていたというが、現場には書類も金も見あたらず……
事件発生時期
某年5月上旬
主要登場人物
エルキュール・ポワロ | 私立探偵 |
アーサー・ヘイスティングス | ポワロの探偵事務所のパートナー、陸軍大尉 |
ジェームス・ジャップ | スコットランド・ヤード主任警部 |
フェリシティ・レモン | ポワロの秘書 |
エドウィン・グレイブス | ミス・レモンのボーイフレンド |
フォスカティーニ | 伯爵、グレイブスの主人 |
ブルーノ・ビッツィーニ | イタリア車販売店の経営者 |
マルゲリータ・ファブリ | イタリア車販売店の店員 |
マリオ・アスカニオ | フォスカティーニ伯爵の訪問客 |
ホーカー | 医師、ポワロたちの友人 |
解説、みたいなもの
〈完璧な機械〉としての原作のミス・レモンに馴染みのある人にはおそらく、彼女が仕事でミスを犯す「ヒッコリー・ロードの殺人」以上に衝撃的な序盤から始まるエピソード。ビッツィーニやミス・ファブリも原作には登場しない人物で、イタリアの秘密組織マスナーダに関するくだりはすべてドラマオリジナルであり(なお masnada はギャングや盗賊団を意味するイタリア語の名詞だが、その名を冠したマフィアのような犯罪組織は架空のようである)、原作のアスカニオはイタリア政府に関係した人間だった。しかし、物語の骨子となる事件に関する部分は、かなり原作に忠実につくられている。なお、いつものように地名が変更されており、アスカニオの宿泊先がビクトリア駅併設のグローブナー・ホテルからブルームズベリに実在するジェンキンズ・ホテルへ、フォスカティーニ伯爵の住まいもリージェンツ・コートから実在のアディスランド・コートへ変更されている。ただし、メイフェアのホール・ストリートというアディスランド・コートの住所は架空のもので、ホール・ストリート自体がメイフェアには存在せず、実際の立地はケンジントンのホランド・ヴィラズ・ロードである。
ハイビジョンリマスター版で、スタビライザーは必要ないのかと訊かれてミス・ファブリが、「ラジアス・ロッド・トレイリングはクロスメンバーで補強されていて、前後につながっているんです」と答えるところは、原語だと 'The radius rod trailing from the cross-member locates each hub fore and aft. (クロスメンバーから伸びたラジアス・ロッドが各ハブの前後方向の位置決めをします)' という表現で、「クロスメンバー」は車体のシャーシ(フレーム)、「ラジアス・ロッド」は車輪の前後方向の位置を制御するためのサスペンション(懸架)リンクのこと。また、各部の振動を抑えるという「テラスコピック・ストラット」は伸縮性の (telescopic) 支柱 (strut) のことで、原語ではさらに inclined telescopic struts (斜めになったテラスコピック・ストラット) と表現されている。つまり、ラジアス・ロッドが前後方向の、テラスコピック・ストラットが上下方向の動きを抑えるため、スタビライザーが不要なのである。たぶん。
ヘイスティングスが車の購入の決断期限について「ちゃんと日記に書いてあるんですよ」と言うが、「日記」の原語 diary はイギリス英語において、起こったことを書きとめる日記だけでなく、予定を書いておくスケジュール帳の意味を持つ。「スズメバチの巣」で、机に向かったハリスンがめくっているのがそれ。
イタリア人の、イギリス人を相手としない台詞は、原語音声だとほとんどイタリア語で話されているが、日本語音声では英語同様すべて日本語に訳されている。
アディスランド・コート10号室に配膳された「スープ・ジュリエンヌ」とは刻み野菜のスープ、「舌平目のノルマンディー風」とは舌平目と魚介や野菜のクリームソースがけ、「ビーフのトルネード」もといトルヌドーとは牛ヒレ肉のこと。「ビーフのトルネード」なら牛肉の竜巻である。
ジャップ警部の部下のベドーズ巡査部長が「愛国殺人」以来の再登場。しかし、「愛国殺人」では制服警官だったのが、本作では私服の刑事になっており、またその吹替も西村知道さんから秋元羊介さんに交代している。なお、原作のベドーズ巡査部長は「愛国殺人」のみに登場し、直接の描写はないが私服の刑事と見られる。
ジャップ警部のオフィスでの台詞に、「動機を訊かれたから答えたんですよ」という台詞があるが、そのすこし前にポワロが動機を訊いた部分は「名探偵ポワロ」オリジナル版ではカットされて見られない。また、のちのジャップ警部の台詞に「どうしてアスカニオの指紋がグラスやコーヒーカップに」というものもあるが、この指紋の話が言及されていたのも同じカットシーンである。
ポワロたちがアディスランド・コートを2度目と3度目に訪ねたときの玄関前のカットは一度にまとめて撮影されたようで、カメラやヘイスティングスの車の位置が完全に一緒である。一方、事件当日の午後の出来事は、グレイブスの説明のときとポワロの説明のときで別々に撮影し直しているらしく、日本語音声も別収録の模様。
ジャップ警部が犯人を逮捕するよう伝えた電話でのやりとりは、原語音声だと電話の向こうのベドーズ巡査部長の台詞は不明瞭でほとんど聞き取れない。一方、カーチェイスの際にお盆を取り落とす女性の声や、マイクロバス(?)に乗った少女たちの声の一部は、日本語音声でも原語音声と一緒。特に後者はわずかながら意味のある言葉が聞き取れ、このような声が日本語音声でもそのまま使用されるのはめずらしい。
エリーソ・フレッチアのショールームとして撮影に使われたのは、メイフェアのバルダートン・ストリートにあったエイビス・レンタカーの店舗(現ボーモント・ホテル)で、ヘイスティングスが購入した車は、実際にはアルファロメオ 8C 2900B である。ただし、ビッツィーニのダイニングルームはセットで、「負け犬」のサー・ルーベンの書斎を改修して使用していると見られる。ポワロたちがミス・ファブリを訪ねた結婚式の会場は、ケンジントンのルーフ・ガーデンズで、ここはジョーン・ヒクソン主演「ミス・マープル」の「バートラム・ホテルにて」ではベス・セジウィックとラジスラウス・マリノスキーが会っていた場所。イタリア大使館の建物は、「安いマンションの事件」のときとは異なる現ローズウッド・ホテル・ロンドンで、一等書記官と面会した部屋は「愛国殺人」のブラント氏のオフィスと同じ部屋である。チチェスターの港は、チチェスター市の西方にあるボザム入江。港に向かう途中に通過するのはラサム・レーンか。
ドクター・ホーカー役のアーサー・コックスは、フランセスカ・アニスとジェームス・ワーウィック主演の「二人で探偵を」シリーズにおいてマリオット警部役を、ジョン・ソウ主演「主任警部モース」の「ニコラス・クインの静かな世界」ではノークス役(このときの吹替は、本作ではアディスランド・コートの管理人役や、川へ転落する自転車の男性役、ジャップ警部に鞄を渡す刑事役の峰恵研さん)を演じている。また、ミス・ファブリ役のアンナ・マゾッティは、ジェレミー・ブレット主演の「シャーロック・ホームズの冒険」シリーズ「這う人」のアリス・モーフィー役でも見ることができる。
アスカニオの吹替を担当した屋良有作さんは、アニメ「アガサ・クリスティーの名探偵ポワロとマープル」において、ジャップ警部を思わせるポワロの友人の警察官、シャープ警部(同名の警部は「ヒッコリー・ロードの殺人」原作に登場)の声を担当している。
スコットランド・ヤードの外観が映った際、画面右下の奥を、現代風の自動車や通行人が横切るのが見える。また、港へ向かう警察の車の側面には、撮影のスタッフや機材などが映り込んでいる。その前にミス・ファブリらが同じ場所を通過する際には車への映り込みはないが(フェンダーにわずかに映っているような気もするけど)、運転しているのは代役、しかもおそらくは男性であることがわかる。そして、犯人とのカーチェイスの場面では、テレビのアンテナが屋根の上に見えたり、1970年に登記された Christie Intruder Alarms 社の警報装置が壁に見えたりする[1]。犯人逮捕後にホワイトヘイブン・マンションの玄関でポワロたちが話す場面では、ポワロの後ろの大理石と思しき壁に壁紙の端が重なったような凹凸が見え、壁が模様を貼りつけたセットであることが窺える。
ハイビジョンリマスター版では、エリーソ・フレッチアの店舗が初めて映る場面で「エリーソ・フレッチア」、イタリア大使館の看板が映る場面で「イタリア大使館」、スコットランド・ヤードの外観が映る場面で「ロンドン警視庁」という字幕が追加されている(「エリーソ・フレッチア」という字幕が表示される場面はオリジナル版だとカットされていたが、その後に初めて店舗外観が映った際にも字幕はない)。
「名探偵ポワロ」ハイビジョンリマスター版のエンディングでも牧野和子さんの名前がクレジットされているが、オリジナル版で牧野さんが演じたミス・ライダーの台詞は、ハイビジョンリマスター版だとすべて加藤悦子さんによって吹き替え直されており、作中に出演箇所はない。
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ミス・レモンが日本語で「グレイブスさんは見栄っ張りなんですね、召使なのに秘書なんて言って」と失望を表明した台詞は、原語だと 'I didn't like to tell Mr Graves. He's quite upset enough already. (グレイブスさんには知らせたくなかったんです。ただでさえすっかり動揺しているのに)' と言っていて、フォスカティーニ伯爵の素性の発見に際し、むしろグレイブスを気遣う内容である。「名探偵ポワロ」オリジナル版では、この前にあるグレイブスとミス・レモンのやりとりがカットされており、そのままだとグレイブスの身分詐称をミス・レモンが知ったのが呈示されなくなってしまうため、台詞の内容を変えてここで示したのだろう。ハイビジョンリマスター版ではそのグレイブスとミス・レモンのやりとりが見られるが、そこでは見栄を張らせたのは自分のせいだと言うミス・レモンに対し、原語だと 'It does not matter whose fault it is. (誰のせいかなんてどうでもいいじゃないか)' 'All right, nobody's fault. The way we are all brought up to think. (そうね、誰のせいでもない。そう考えるようにしなくちゃ)' というやりとりが交わされるところ、日本語は「そんなこと言わないでくれよ」「もういいの、わかりました。偽りはもうたくさんです」となっている。この日本語は直前のミス・レモンの自責からのつながりが若干不自然だが、前述のミス・レモンの日本語の台詞はハイビジョンリマスター版でもそのまま使われており、その失望の表明へ素直につながることを優先して、グレイブスに手厳しい内容へ置き換えたのだろうか。なお、イギリスにおいては一般に、召使(使用人)は労働者階級の職業であるのに対し、秘書は中産階級の職業とされる。
ポワロがビッツィーニに「でも、それ〔反ファシストの組織を支援していること〕がわかっても困ることはないでしょう?」と言う台詞は、原語だと in this country (この国では) という条件がついており、イタリア本国でなくイギリスでならそのことを隠す必要はないはずだという趣旨である。
チチェスターの場面は、カットによって頻繁に影の長さが変わったり、晴れたり曇ったりする。劇中の映像からも弱くない風が吹いているのがわかり、雲の動きが目まぐるしいなかで一日がかりの撮影だったようだ。ヘイスティングスがグレイブスを殴りつけたときも、すこし前には車で走れていた干潟にすっかり潮が満ちており、直前にヘイスティングスの車(ビッツィーニ側の主張による)が走ってきた道も水没しているように見える。なお、ヘイスティングスに殴られたグレイブスは水路に転落する際に顔が見え、スタントの代役であることがわかる。
ハイビジョンリマスター版で、スタビライザーは必要ないのかと訊かれてミス・ファブリが、「ラジアス・ロッド・トレイリングはクロスメンバーで補強されていて、前後につながっているんです」と答えるところは、原語だと 'The radius rod trailing from the cross-member locates each hub fore and aft. (クロスメンバーから伸びたラジアス・ロッドが各ハブの前後方向の位置決めをします)' という表現で、「クロスメンバー」は車体のシャーシ(フレーム)、「ラジアス・ロッド」は車輪の前後方向の位置を制御するためのサスペンション(懸架)リンクのこと。また、各部の振動を抑えるという「テラスコピック・ストラット」は伸縮性の (telescopic) 支柱 (strut) のことで、原語ではさらに inclined telescopic struts (斜めになったテラスコピック・ストラット) と表現されている。つまり、ラジアス・ロッドが前後方向の、テラスコピック・ストラットが上下方向の動きを抑えるため、スタビライザーが不要なのである。たぶん。
ヘイスティングスが車の購入の決断期限について「ちゃんと日記に書いてあるんですよ」と言うが、「日記」の原語 diary はイギリス英語において、起こったことを書きとめる日記だけでなく、予定を書いておくスケジュール帳の意味を持つ。「スズメバチの巣」で、机に向かったハリスンがめくっているのがそれ。
イタリア人の、イギリス人を相手としない台詞は、原語音声だとほとんどイタリア語で話されているが、日本語音声では英語同様すべて日本語に訳されている。
アディスランド・コート10号室に配膳された「スープ・ジュリエンヌ」とは刻み野菜のスープ、「舌平目のノルマンディー風」とは舌平目と魚介や野菜のクリームソースがけ、「ビーフのトルネード」もといトルヌドーとは牛ヒレ肉のこと。「ビーフのトルネード」なら牛肉の竜巻である。
ジャップ警部の部下のベドーズ巡査部長が「愛国殺人」以来の再登場。しかし、「愛国殺人」では制服警官だったのが、本作では私服の刑事になっており、またその吹替も西村知道さんから秋元羊介さんに交代している。なお、原作のベドーズ巡査部長は「愛国殺人」のみに登場し、直接の描写はないが私服の刑事と見られる。
ジャップ警部のオフィスでの台詞に、「動機を訊かれたから答えたんですよ」という台詞があるが、そのすこし前にポワロが動機を訊いた部分は「名探偵ポワロ」オリジナル版ではカットされて見られない。また、のちのジャップ警部の台詞に「どうしてアスカニオの指紋がグラスやコーヒーカップに」というものもあるが、この指紋の話が言及されていたのも同じカットシーンである。
ポワロたちがアディスランド・コートを2度目と3度目に訪ねたときの玄関前のカットは一度にまとめて撮影されたようで、カメラやヘイスティングスの車の位置が完全に一緒である。一方、事件当日の午後の出来事は、グレイブスの説明のときとポワロの説明のときで別々に撮影し直しているらしく、日本語音声も別収録の模様。
ジャップ警部が犯人を逮捕するよう伝えた電話でのやりとりは、原語音声だと電話の向こうのベドーズ巡査部長の台詞は不明瞭でほとんど聞き取れない。一方、カーチェイスの際にお盆を取り落とす女性の声や、マイクロバス(?)に乗った少女たちの声の一部は、日本語音声でも原語音声と一緒。特に後者はわずかながら意味のある言葉が聞き取れ、このような声が日本語音声でもそのまま使用されるのはめずらしい。
エリーソ・フレッチアのショールームとして撮影に使われたのは、メイフェアのバルダートン・ストリートにあったエイビス・レンタカーの店舗(現ボーモント・ホテル)で、ヘイスティングスが購入した車は、実際にはアルファロメオ 8C 2900B である。ただし、ビッツィーニのダイニングルームはセットで、「負け犬」のサー・ルーベンの書斎を改修して使用していると見られる。ポワロたちがミス・ファブリを訪ねた結婚式の会場は、ケンジントンのルーフ・ガーデンズで、ここはジョーン・ヒクソン主演「ミス・マープル」の「バートラム・ホテルにて」ではベス・セジウィックとラジスラウス・マリノスキーが会っていた場所。イタリア大使館の建物は、「安いマンションの事件」のときとは異なる現ローズウッド・ホテル・ロンドンで、一等書記官と面会した部屋は「愛国殺人」のブラント氏のオフィスと同じ部屋である。チチェスターの港は、チチェスター市の西方にあるボザム入江。港に向かう途中に通過するのはラサム・レーンか。
ドクター・ホーカー役のアーサー・コックスは、フランセスカ・アニスとジェームス・ワーウィック主演の「二人で探偵を」シリーズにおいてマリオット警部役を、ジョン・ソウ主演「主任警部モース」の「ニコラス・クインの静かな世界」ではノークス役(このときの吹替は、本作ではアディスランド・コートの管理人役や、川へ転落する自転車の男性役、ジャップ警部に鞄を渡す刑事役の峰恵研さん)を演じている。また、ミス・ファブリ役のアンナ・マゾッティは、ジェレミー・ブレット主演の「シャーロック・ホームズの冒険」シリーズ「這う人」のアリス・モーフィー役でも見ることができる。
アスカニオの吹替を担当した屋良有作さんは、アニメ「アガサ・クリスティーの名探偵ポワロとマープル」において、ジャップ警部を思わせるポワロの友人の警察官、シャープ警部(同名の警部は「ヒッコリー・ロードの殺人」原作に登場)の声を担当している。
スコットランド・ヤードの外観が映った際、画面右下の奥を、現代風の自動車や通行人が横切るのが見える。また、港へ向かう警察の車の側面には、撮影のスタッフや機材などが映り込んでいる。その前にミス・ファブリらが同じ場所を通過する際には車への映り込みはないが(フェンダーにわずかに映っているような気もするけど)、運転しているのは代役、しかもおそらくは男性であることがわかる。そして、犯人とのカーチェイスの場面では、テレビのアンテナが屋根の上に見えたり、1970年に登記された Christie Intruder Alarms 社の警報装置が壁に見えたりする[1]。犯人逮捕後にホワイトヘイブン・マンションの玄関でポワロたちが話す場面では、ポワロの後ろの大理石と思しき壁に壁紙の端が重なったような凹凸が見え、壁が模様を貼りつけたセットであることが窺える。
ハイビジョンリマスター版では、エリーソ・フレッチアの店舗が初めて映る場面で「エリーソ・フレッチア」、イタリア大使館の看板が映る場面で「イタリア大使館」、スコットランド・ヤードの外観が映る場面で「ロンドン警視庁」という字幕が追加されている(「エリーソ・フレッチア」という字幕が表示される場面はオリジナル版だとカットされていたが、その後に初めて店舗外観が映った際にも字幕はない)。
「名探偵ポワロ」ハイビジョンリマスター版のエンディングでも牧野和子さんの名前がクレジットされているが、オリジナル版で牧野さんが演じたミス・ライダーの台詞は、ハイビジョンリマスター版だとすべて加藤悦子さんによって吹き替え直されており、作中に出演箇所はない。
» 結末や真相に触れる内容を表示
ミス・レモンが日本語で「グレイブスさんは見栄っ張りなんですね、召使なのに秘書なんて言って」と失望を表明した台詞は、原語だと 'I didn't like to tell Mr Graves. He's quite upset enough already. (グレイブスさんには知らせたくなかったんです。ただでさえすっかり動揺しているのに)' と言っていて、フォスカティーニ伯爵の素性の発見に際し、むしろグレイブスを気遣う内容である。「名探偵ポワロ」オリジナル版では、この前にあるグレイブスとミス・レモンのやりとりがカットされており、そのままだとグレイブスの身分詐称をミス・レモンが知ったのが呈示されなくなってしまうため、台詞の内容を変えてここで示したのだろう。ハイビジョンリマスター版ではそのグレイブスとミス・レモンのやりとりが見られるが、そこでは見栄を張らせたのは自分のせいだと言うミス・レモンに対し、原語だと 'It does not matter whose fault it is. (誰のせいかなんてどうでもいいじゃないか)' 'All right, nobody's fault. The way we are all brought up to think. (そうね、誰のせいでもない。そう考えるようにしなくちゃ)' というやりとりが交わされるところ、日本語は「そんなこと言わないでくれよ」「もういいの、わかりました。偽りはもうたくさんです」となっている。この日本語は直前のミス・レモンの自責からのつながりが若干不自然だが、前述のミス・レモンの日本語の台詞はハイビジョンリマスター版でもそのまま使われており、その失望の表明へ素直につながることを優先して、グレイブスに手厳しい内容へ置き換えたのだろうか。なお、イギリスにおいては一般に、召使(使用人)は労働者階級の職業であるのに対し、秘書は中産階級の職業とされる。
ポワロがビッツィーニに「でも、それ〔反ファシストの組織を支援していること〕がわかっても困ることはないでしょう?」と言う台詞は、原語だと in this country (この国では) という条件がついており、イタリア本国でなくイギリスでならそのことを隠す必要はないはずだという趣旨である。
チチェスターの場面は、カットによって頻繁に影の長さが変わったり、晴れたり曇ったりする。劇中の映像からも弱くない風が吹いているのがわかり、雲の動きが目まぐるしいなかで一日がかりの撮影だったようだ。ヘイスティングスがグレイブスを殴りつけたときも、すこし前には車で走れていた干潟にすっかり潮が満ちており、直前にヘイスティングスの車(ビッツィーニ側の主張による)が走ってきた道も水没しているように見える。なお、ヘイスティングスに殴られたグレイブスは水路に転落する際に顔が見え、スタントの代役であることがわかる。
ロケ地写真
カットされた場面
日本
オリジナル版
[01:24/1:43] | ビッツィーニの店でのポワロ、ヘイスティングス、ビッツィーニ、ミス・ファブリのやりとり |
[04:13/0:13] | 店から帰ってきたヘイスティングスが廊下でポワロたちの話し声を聞く場面 |
[06:28/0:17] | ミス・レモンにお茶をもう一杯頼むグレイブス 〜 ドクター・ホーカーの家でのディナーの冒頭 |
[10:53/0:25] | 調理場でポワロがシェフに皿のことを訊く場面 |
[15:35/0:41] | ポワロとヘイスティングスがビッツィーニの店に行って、誰もいないと言われる場面 |
[15:50/0:39] | 結婚式会場の場面の一部、新郎新婦の行進中にポワロたちが現れる場面 |
[20:12/1:31] | ミス・レモンを訪ねてきていたグレイブスがポワロとヘイスティングスに挨拶して帰る場面 |
[25:34/0:16] | スコットランド・ヤードでのジャップ警部との会話の一部 |
[26:54/0:12] | アディスランド・コートから帰宅直後のポワロとヘイスティングス |
ハイビジョンリマスター版
なし映像ソフト
- [VHS] 「名探偵エルキュール・ポアロ 第27巻 イタリア貴族殺害事件」(字幕) 日本クラウン
- [DVD] 「名探偵ポワロ 22 イタリア貴族殺害事件, チョコレートの箱」(字幕・吹替) ビームエンタテインメント(現ハピネット・ピクチャーズ)※1
- [DVD] 「名探偵ポワロ [完全版] 22 イタリア貴族殺害事件, チョコレートの箱」(字幕・吹替) ハピネット・ピクチャーズ※2
- [DVD] 「名探偵ポワロ DVDコレクション 62 イタリア貴族殺害事件」(字幕・吹替) デアゴスティーニ・ジャパン※3
- [BD] 「名探偵ポワロ Blu-ray BOX Disc 11 黄色いアイリス, なぞの遺言書, イタリア貴族殺害事件, チョコレートの箱」(字幕/吹替) ハピネット・ピクチャーズ※4
- ※1 「名探偵ポワロ DVD-BOX3」にも収録
- ※2 「名探偵ポワロ [完全版] DVD-BOX2」「名探偵ポワロ [完全版] 全巻 DVD-SET」「名探偵ポワロ [完全版] DVD-SET 6」にも収録
- ※3 吹替は大塚智則さん主演の新録で、映像もイギリスで販売されているDVDと同じバリエーションを使用
- ※4 「名探偵ポワロ Blu-ray BOX vol. 2」に収録