スペイン櫃 の秘密 The Mystery of the Spanish Chest
放送履歴
日本
オリジナル版(44分00秒)
- 1992年04月02日 22時35分〜 (NHK総合)
- 1992年05月29日 17時05分〜 (NHK総合)
- 1998年12月15日 15時10分〜 (NHK総合)
- 2003年07月15日 18時00分〜 (NHK衛星第2)
ハイビジョンリマスター版(50分30秒)
- 2016年04月30日 16時00分〜 (NHK BSプレミアム)
- 2016年10月05日 17時00分〜 (NHK BSプレミアム)
- 2020年10月03日 17時09分〜 (NHK BSプレミアム)※1
- 2021年11月16日 09時00分〜 (NHK BS4K)
- 2022年12月07日 21時00分〜 (NHK BSプレミアム・BS4K)※2
- ※1 エンディング最後の画面下部に次回の放送時間案内の字幕表示(帯付き)あり
- ※2 BSプレミアムでの放送は、オープニング冒頭の画面左上にBS4K同時放送のアイコン表示あり
海外
- 1991年02月17日 (英・ITV)
原作
邦訳
- 「スペイン櫃の秘密」 - 『クリスマス・プディングの冒険』 クリスティー文庫 福島正実訳
- 「スペイン櫃の秘密」 - 『クリスマス・プディングの冒険』 ハヤカワミステリ文庫 福島正実訳
原書
雑誌等掲載
- The Mystery of the Spanish Chest, Women's Illustrated, 17 September-1 October 1960 (UK)
短篇集
- The Mystery of the Spanish Chest, The Adventure of the Christmas Pudding, Collins, October 1960 (UK)
- The Mystery of the Spanish Chest, The Harlequin Tea Set and Other Stories, G. P. Putnam's Sons, 14 April 1997 (USA)
オープニングクレジット
日本
オリジナル版
名探偵ポワロ / AGATHA CHRISTIE'S POIROT / DAVID SUCHET // HUGH FRASER / PHILIP JACKSON / スペイン櫃 の秘密, THE MYSTERY OF THE SPANISH CHEST / Dramatized by ANTHONY HOROWITZ / Script Consultant CLIVE EXTON
ハイビジョンリマスター版
名探偵ポワロ / DAVID SUCHET / AGATHA CHRISTIE'S POIROT / スペイン櫃 の秘密 // HUGH FRASER / PHILIP JACKSON / THE MYSTERY OF THE SPANISH CHEST / Dramatized by ANTHONY HOROWITZ / Script Consultant CLIVE EXTON
エンディングクレジット
日本
オリジナル版
原作 アガサ・クリスティー 脚本 アンソニー・ホロウィッツ 監督 アンドリュー・グリーブ 制作 LWT(イギリス) / 出演 ポワロ(デビッド・スーシェ) 熊倉一雄 ヘイスティングス(ヒュー・フレイザー) 富山 敬 ジャップ警部(フィリップ・ジャクソン) 坂口芳貞 マーゲリート 萩尾みどり カーチス大佐 中村 正 リッチ少佐 中田浩二 クレイトン 田中信夫 公卿󠄂敬子 松村彦次郎 朝戸鉄也 沢木郁也 福田信昭 広中雅志 河原佳代子 / 日本語版 宇津木道子 山田悦司 福岡浩美 南部満治 金谷和美
ハイビジョンリマスター版
原作 アガサ・クリスティー 脚本 アンソニー・ホロヴィッツ クライブ・エクストン 演出 アンドリュー・グリーブ 制作 LWT (イギリス) / 出演 ポワロ(デビッド・スーシェ) 熊倉 一雄 ヘイスティングス(ヒュー・フレイザー) 富山 敬/安原 義人 ジャップ警部(フィリップ・ジャクソン) 坂口 芳貞 マーゲリート 萩尾 みどり カーチス大佐 中村 正/吉見 一豊 リッチ少佐 中田 浩二/西 凛太朗 クレイトン 田中 信夫 公卿󠄂 敬子 松村 彦次郎 朝戸 鉄也 沢木 郁也 福田 信昭 広中 雅志 河原 佳代子 久保田 民絵 粟津 貴嗣 渡辺 英雄 細野 雅世 日本語版スタッフ 翻訳 宇津木 道子 演出 山田 悦司 音声 金谷 和美 プロデューサー 里口 千
海外
オリジナル版
Hercule Poirot: DAVID SUCHET; Captain Hastings: HUGH FRASER; Chief Inspector Japp: PHILIP JACKSON; Colonel Curtiss: JOHN McENERY; Marguerite Clayton: CAROLINE LANGRISHE; Major Rich: PIP TORRENS; Edward Clayton: MALCOLM SINCLAIR; Lady Chatterton: ANTONIA PEMBERTON; Burgoyne: PETER COPLEY; Smithy: SAM SMART; Rouse: EDWARD CLAYTON; Umpire: METIN YENAL; Young Officer: RICHARD CAWTE; Party Dancers: VICTORIA SCARBOROUGH, CHRISTOPHER LAMB; Maid: MELLISSA WILSON; Reporters: ANDY MULLIGAN, CLEM DAVIS; Doctor: ROGER KEMP; Rigoletto: JOHN NOBLE; Gilda: CATHERINE BOTT; Stunts: ARTHUR HOWELL / Developed for Television by Carnival Films / (中略)Assistant Directors: SIMON HINKLY, ADAM GOODMAN, GILLY RADDINGS; Production Manager: KIERON PHIPPS; Production Co-ordinator: MONICA ROGERS; Accounts: JOHN BEHARRELL, PENELOPE FORRESTER; Locations: NIGEL GOSTELOW, SCOTT ROWLATT; Script Supervisor: SHEILA WILSON; Camera Operator: STEVEN ALCORN; Focus Puller: HUGH FAIRS; Clapper/Loader: ASHLEY BOND; Grip: JOHN ETHERINGTON; Boom Operator: MARTIN TREVIS; Sound Assistant: RICHIE FINNEY; Gaffer: JOHN HUMPHREY; Art Director: PETER WENHAM; Set Dresser: CARLOTTA BARROW; Production Buyer: PETER McFARLAN; Property Master: MICKY LENNON; Construction Manager: LES PEACH; Wardrobe: JOHN SCOTT, KIRSTEN WING, VERNON WHITE, NIGEL EGERTON; Assistant Costume Designer: MICHAEL PRICE; Make up Artists: KATE BOWER, PATRICIA KIRKMAN; Editor: ANDREW McCLELLAND; Dubbing: PETER LENNARD, MIKE MURR, RUPERT SCRIVENER; Panaflex 16(R) Camera by Panavision(R); Grip Equipment by Grip House Ltd; Lighting & Generators by Samuelson Lighting Ltd; Made at Twickenham Studios, London, England; Costume Designer: ROBIN FRASER PAYE; Make up Supervisor: JANIS GOULD; Sound Recordist: PETER GLOSSOP; Titles: PAT GAVIN; Casting: REBECCA HOWARD; Production Supervisor: DONALD TOMS; Supervising Editor: DEREK BAIN / Production Designer: ROB HARRIS / Director of Photography: CHRIS O'DELL / Theme Music: CHRISTOPHER GUNNING; Incidental Music: FIACHRA TRENCH / Executive Producer: NICK ELLIOTT / Producer: BRIAN EASTMAN / Director: ANDREW GRIEVE
あらすじ
劇場で会ったレディー・チャタートンからポワロは、エドワード・クレイトンなる人物が妻のマーゲリートを殺そうとしているのではないかと相談された。ところが、当のクレイトンが、友人リッチ少佐の家のチェストから死体で発見される……
事件発生時期
某年某月中旬 〜 下旬
主要登場人物
エルキュール・ポワロ | 私立探偵 |
アーサー・ヘイスティングス | ポワロの探偵事務所のパートナー、陸軍大尉 |
ジェームス・ジャップ | スコットランド・ヤード主任警部 |
マーゲリート・クレイトン | 美貌の女性 |
エドワード・クレイトン | マーゲリートの夫 |
ジョン・リッチ | マーゲリートの友人、陸軍少佐 |
カーチス | マーゲリートの旧友、陸軍大佐 |
キャロライン・チャタートン | マーゲリートの友人、ポワロの知人 |
バーゴイン | リッチ少佐の執事 |
スミティー | 軍人クラブのボーイ |
解説、みたいなもの
同名原作は短篇「バグダッドの大櫃の謎」(『黄色いアイリス』および『マン島の黄金』に収録)をふくらませた中篇。しかし、ドラマの登場人物などは「バグダッドの大櫃の謎」に拠っており、むしろ「バグダッドの大櫃の謎」の映像化と見なしたほうが近い。ただし、事件の中心人物であるマーゲリート・クレイトン夫人は、原作では男たちを迷わせる天真爛漫な女性として描かれていたが、ドラマではあまりそれらしい描写はなく、夫のクレイトンも、おとなしい性格から「すぐにかっとする質」に変更されている。また、チェストに穿けられた穴の目的が拡張されて、殺害方法にも変更が加えられた。そしてこの変更に伴って、殺害時になぜ被害者が声をあげなかったのかという疑問が呈示されず、そこから犯人へ到達する推理もなくなっている。その他の変更点では、パーティーの出席者からスペンス夫妻が省略されたほか、カーチス少佐が大佐に変更されていたり、過去の決闘が事件解決に関係づけられたりしている。なお、ドラマや「バグダッドの大櫃の謎」では特に触れられないが、シェイクスピアの『オセロー』を意識した作品で、「カーテン 〜ポワロ最後の事件〜」にもつながるものがある。殺害方法の残酷さは、「名探偵ポワロ」で扱う殺人事件の中でも際立っている。
ポワロとヘイスティングスが劇場で見た『リゴレット』は、ヴィクトル・ユーゴーの戯曲『王様はお楽しみ』を原作にしたヴェルディの歌劇で、劇中で見られる二重唱は第二幕の最後に歌われる 'Si, vendetta'。マーゲリートが手紙を書いている場面で流れるピアノ曲は、シューマン作曲のトロイメライ。リッチ少佐のパーティーでかけられていた曲は 'My Sweetie Went Away', 'Talking It Over', 'May I?', 'I've Got an Invitation to a Dance' (ハイビジョンリマスター版のみ), 'Nobody's Sweetheart (気まぐれ天使)' で、ハイビジョンリマスター版において台詞で言及されるのみの「愚かなりわが恋 (These Foolish Things)」も実在の曲である。ポワロが踊ったチャールストンは、1920年代に大流行したダンス。
10年前の決闘についてヘイスティングスが「イギリスで?」と驚く場面があるが、イギリスでも19世紀半ばまでは決闘がおこなわれていたものの、その厳罰化によって20世紀には廃れていたという。一方、フランスやイタリア、スペインなどでは、20世紀に入っても引きつづき決闘がおこなわれていたといい、ヘイスティングスの反応の背景には、そうした文化の違いの認識があるようだ。なお、ヨーロッパの決闘は必ずしも日本の果たし合いのように命を賭けるとは限らず、今回の決闘は、相手の体に傷をつけた時点で勝敗が決するルールだったと見られる。[1][2]
クレイトンがリッチ少佐宅へタクシーでやってきた際、隣の建物の2階の窓に撮影を覗いているらしき人影が見える。また、運転手が運賃を「4ポンド9ペンスです」と言うが、英語では 'That's four and nine pence.' と言っており、これは4シリング9ペンスのこと。なお、本当に4ポンド9ペンスなら、当時のロンドン・パリ間の航空運賃(片道4ポンド15シリング・往復割引あり)並である。
ミス・レモンが出かけているというフリントンは、エセックス州東部の海沿いにある町。ハイビジョンリマスター版では 'She is at Frinton. (フリントンにいるんですよ)' という原語が「休暇なんですよ」と訳されているように、休暇で訪れる保養地として名高かった。
リッチ少佐のパーティーを訪れたポワロが「今話しているのがリッチ少佐ですね」と言うが、すでに劇場で少佐を紹介されていたはず。原語では 'She is speaking with her friend, Major Rich. (お友だちのリッチ少佐と話していますね)' と言っており、必ずしも相手を確認するニュアンスはない。またそのあと、ポワロが飲み物を渡して「レディー・チャタートン、どうぞ」と言ったのに対し、原語音声だとレディー・チャタートンが 'Ah, monsieur. (まあ、どうも)' と応じており、映像でも明らかに彼女の口が動いているのだが、日本語音声には台詞がない。
ポワロたちが留置場で面会した際にリッチ少佐が手にしている紙片は、「西洋の星の盗難事件」などで見られるポワロの名刺。パーティーの席ではポワロの本当の職業まで話が及ばずに終わってしまったため、ここであらためて名刺を出して、探偵であることを告げたのだろう。
クレイトン家に見られるように、イギリスでは一般に、バスルームは2階に設けられる。これはメインの寝室が2階に配置されるのにあわせたもので、ほかの寝室などのために追加のバスルームが設けられることも多いが、そうしたバスルームはしばしば比べて簡素なものとなって、メインのバスルームはやはり2階という位置づけである。ただし、劇中のバスルームは廊下から見たときと室内から見たときとでドアの取っ手の形状が異なり、室内は別の場所にある部屋かスタジオ内セットでの撮影と見られる。
タイプライターに苦戦するジャップ警部が言う「紙を行の頭に戻して次の行をつづけたい」という台詞は、言いたいことはわからなくないものの、紙を動かした結果として行の頭に戻るのは印字位置である。原語は 'I want to go back and type over something. (戻って、重ねて打ちたい)' で、「紙を行の頭に」とは言っておらず、また次の行をつづけるのではなく、同じ行位置のまま、すでにタイプしたものに上書きしてタイプしたいと言っている。
「クラブのキング」以来、久しぶりにポワロの自宅のベッドが見られるが、ベッドの後ろの壁紙は、「クラブのキング」や「コックを捜せ」で見られた青色のものから張り替えられている。なお、ベッドのある側は見えないものの、寝室は「100万ドル債券盗難事件」にも登場しており、その際に見える壁紙もすでに白かった。
マーゲリート・クレイトン役のキャロライン・ラングリッシュは、ピーター・ユスチノフ主演の「死者のあやまち」でサリー・レッグ役を演じている。また、エドワード・クレイトン役のマルカム・シンクレアは、ジョン・ネトルズ主演の「バーナビー警部」の一篇、「古城の鐘が亡霊を呼ぶ」のアラン・ブラッドフォード役でも見ることができる。執事のバーゴイン役のピーター・コプリーは、ジョーン・ヒクソン主演の「ミス・マープル」の一篇、「復讐の女神」にもブラバゾン大執事役で出演(こちらの「執事」は英国国教会の職位)。クレイトン夫人を診察した医師役のロジャー・ケンプは、フランセスカ・アニスとジェームス・ワーウィック主演「二人で探偵を」シリーズの「霧の中の男」でジーボンズ警部役を演じている。
冒頭の『リゴレット』を上演していた劇場は、「24羽の黒つぐみ」でロリマーが支配人を務めていたカールトン劇場ことハックニー・エンパイア。レディー・チャタートンの家はチジック・モールにあるウォルポール・ハウス。レディー・チャタートンの話の最中にクレイトンが歩いている場所は、リンカーンズ・イン内ニュー・スクエア。ここはジェラルディン・マクイーワン主演の「ミス・マープル」シリーズ「親指のうずき」でトミーとタペンスの自宅、主演をジュリア・マッケンジーに交代してからの「蒼ざめた馬」ではヘスケス・デュボワ卿夫人の家があった場所だが、同「バートラム・ホテルにて」でカーテン弁護士の事務所、「ポケットにライ麦を」ではビリングズリー・ホースソープ&ウォルターズ法律事務所があったように、実際には法曹院。ジョーン・ヒクソン主演「ミス・マープル」の「復讐の女神」でもブロードリブとシュスター両弁護士の事務所、デビッド・ウォリアムズとジェシカ・レイン主演「トミーとタペンス ―2人で探偵を―」の「秘密機関」でもジェームズ・ピールの事務所がやはりリンカーンズ・イン内にある。リッチ少佐のパーティーに行けない理由を話すクレイトン夫妻の会話からクレイトンの職業は弁護士と察せられ、このロケ地はそれにあわせて選ばれたものと思われる。軍人クラブの外観として使われたのは、そのリンカーンズ・イン前、リンカーンズ・イン・フィールズにある英国王立外科医師会のハンター博物館。また、リッチ少佐の住むブロイアー・コートの外観として使われた建物も、その所在の設定はベルグレービアだが、リンカーンズ・イン・フィールズとニューマンズ・ロウの角にあり、またその屋内はスタジオ内セットと見られる。ルーメイン・ガーデンズ(ハイビジョンリマスター版の切換式字幕では「ローメイン・ガーデンズ」となっているけど)にある設定のクレイトン夫妻の家として使われたのは、リッチモンド・グリーン近くのオールド・パレス・テラスとキング・ストリートの交差点脇にあるオーク・ハウス。ヘイスティングスが軍人クラブのボーイから話を聞いた場所は、「24羽の黒つぐみ」の公衆トイレがあったチェニー・ロードで、2001年以降の再開発によって通り自体がすでに存在しないが、画面奥の通り右手に見えるドイツ体育館の建物は現存し、飲食店として利用されている。
本作品の劇伴には、新たに作曲された専用のテーマ曲のほか、「ミューズ街の殺人」や「24羽の黒つぐみ」、「コーンワルの毒殺事件」で使われていた楽曲が再利用されている。
ハイビジョンリマスター版で、軍人クラブの受付がボーイに「スミティー」と声をかける台詞や、カーチス大佐がポワロに挨拶して「こんにちは」という台詞は、切換式字幕が表示されない。
軍人クラブの廊下の壁にかけられている軍人の肖像画は、「もの言えぬ証人」において、事件を「全部見通して警告を」発するジュリアス・アランデル将軍のもの。
» 結末や真相に触れる内容を表示
ハイビジョンリマスター版では『リゴレット』について語るポワロの台詞があり、日本語では「父親はその〔娘を辱めた〕男の命を狙う。しかし、娘の心を理解していない。結果は? 破局です」となっているが、原語だと 'So he plans the murder parfait. (そこで彼は完璧な殺人を計画する) But he has failed to understand the psychology. (でも、心理学を理解していない) The result? Catastrophe! (結果は? 破局です)' という台詞で、実際「父親」ことリゴレットが殺人に失敗して悲劇的な結末を迎えるのは、娘のみならず複数の関係者の心理と行動を読み誤ったからである(ちなみに、これは第三幕のあらすじで、ポワロの発言は第二幕と第三幕の幕間になされているので、いわゆるネタバレである。もっとも、ヘイスティングスがイタリア語の歌詞を聞いてストーリーを把握しているようには見えないけれど)。クレイトン殺害事件はこの『リゴレット』における殺人と対置されており、常々心理的な考察を重視するポワロがその犯行を絶讃するのも、被害者であるクレイトンの心理を巧みに操り、殺害現場であるチェストへ自ら入るように仕向けて成功したカーチス大佐の手腕を評価したためと見られる。ただドラマでは、リッチ少佐に罪を着せた結果としてクレイトン夫人が自殺を図る場面が追加されており、これはカーチス大佐にとっては本末転倒の大失態であるはずだが、なぜかそのことが評価に影響を与えた気配はない。
ポワロにカーチス大佐を「不愉快な人物」と思わせた大佐との会話、ポワロがヘイスティングスに調査を指示した軍人クラブの体育館のことを知る場面、最後にポワロが急に謙虚になる原因となった、自惚れをヘイスティングスにとがめられる場面はすべて、「名探偵ポワロ」オリジナル版ではカットされて見られない。なお、ハイビジョンリマスター版の日本語音声では、体育館の場所について軍人クラブのボーイが「あの通りを抜けると体育館に出ます」と説明するが、映像からは廊下と柱廊の先にあるように見受けられ、それをあまり「通り」とは言わないのではないかしら。原語表現は 'That's the gymnasium through there. (あの先にあるのが体育館です)' で、「通り」に直接対応する言葉はない。また、体育館の設備について「鉄棒や鞍 馬 」と言ったところは原語だと parallel bars (平行棒) で、実際の体育館に鞍馬と平行棒は両方あるが鉄棒は見当たらない。そして「お二人も〔体育館の設備を〕試していかれますか?」と訊いたところも、カーチス大佐への来客を案内する途中にしては唐突な質問だが、原語は 'Uh, so you're thinking of joining, then? (ああ、すると入会をご検討ですか?)' という表現で、体育館ではなく軍人クラブ自体への参加について訊いている。これはつまり、ポワロが体育館の存在に興味を示したのを、クラブへ入会すると使える設備への関心と受け取ったのである。
クレイトンが「ナイフのようなもの」でチェストに穴を穿けた場所は、ポワロの調査時やプレイバックの殺害時に穴が空いていた場所と異なる。
ポワロとヘイスティングスが劇場で見た『リゴレット』は、ヴィクトル・ユーゴーの戯曲『王様はお楽しみ』を原作にしたヴェルディの歌劇で、劇中で見られる二重唱は第二幕の最後に歌われる 'Si, vendetta'。マーゲリートが手紙を書いている場面で流れるピアノ曲は、シューマン作曲のトロイメライ。リッチ少佐のパーティーでかけられていた曲は 'My Sweetie Went Away', 'Talking It Over', 'May I?', 'I've Got an Invitation to a Dance' (ハイビジョンリマスター版のみ), 'Nobody's Sweetheart (気まぐれ天使)' で、ハイビジョンリマスター版において台詞で言及されるのみの「愚かなりわが恋 (These Foolish Things)」も実在の曲である。ポワロが踊ったチャールストンは、1920年代に大流行したダンス。
10年前の決闘についてヘイスティングスが「イギリスで?」と驚く場面があるが、イギリスでも19世紀半ばまでは決闘がおこなわれていたものの、その厳罰化によって20世紀には廃れていたという。一方、フランスやイタリア、スペインなどでは、20世紀に入っても引きつづき決闘がおこなわれていたといい、ヘイスティングスの反応の背景には、そうした文化の違いの認識があるようだ。なお、ヨーロッパの決闘は必ずしも日本の果たし合いのように命を賭けるとは限らず、今回の決闘は、相手の体に傷をつけた時点で勝敗が決するルールだったと見られる。[1][2]
クレイトンがリッチ少佐宅へタクシーでやってきた際、隣の建物の2階の窓に撮影を覗いているらしき人影が見える。また、運転手が運賃を「4ポンド9ペンスです」と言うが、英語では 'That's four and nine pence.' と言っており、これは4シリング9ペンスのこと。なお、本当に4ポンド9ペンスなら、当時のロンドン・パリ間の航空運賃(片道4ポンド15シリング・往復割引あり)並である。
ミス・レモンが出かけているというフリントンは、エセックス州東部の海沿いにある町。ハイビジョンリマスター版では 'She is at Frinton. (フリントンにいるんですよ)' という原語が「休暇なんですよ」と訳されているように、休暇で訪れる保養地として名高かった。
リッチ少佐のパーティーを訪れたポワロが「今話しているのがリッチ少佐ですね」と言うが、すでに劇場で少佐を紹介されていたはず。原語では 'She is speaking with her friend, Major Rich. (お友だちのリッチ少佐と話していますね)' と言っており、必ずしも相手を確認するニュアンスはない。またそのあと、ポワロが飲み物を渡して「レディー・チャタートン、どうぞ」と言ったのに対し、原語音声だとレディー・チャタートンが 'Ah, monsieur. (まあ、どうも)' と応じており、映像でも明らかに彼女の口が動いているのだが、日本語音声には台詞がない。
ポワロたちが留置場で面会した際にリッチ少佐が手にしている紙片は、「西洋の星の盗難事件」などで見られるポワロの名刺。パーティーの席ではポワロの本当の職業まで話が及ばずに終わってしまったため、ここであらためて名刺を出して、探偵であることを告げたのだろう。
クレイトン家に見られるように、イギリスでは一般に、バスルームは2階に設けられる。これはメインの寝室が2階に配置されるのにあわせたもので、ほかの寝室などのために追加のバスルームが設けられることも多いが、そうしたバスルームはしばしば比べて簡素なものとなって、メインのバスルームはやはり2階という位置づけである。ただし、劇中のバスルームは廊下から見たときと室内から見たときとでドアの取っ手の形状が異なり、室内は別の場所にある部屋かスタジオ内セットでの撮影と見られる。
タイプライターに苦戦するジャップ警部が言う「紙を行の頭に戻して次の行をつづけたい」という台詞は、言いたいことはわからなくないものの、紙を動かした結果として行の頭に戻るのは印字位置である。原語は 'I want to go back and type over something. (戻って、重ねて打ちたい)' で、「紙を行の頭に」とは言っておらず、また次の行をつづけるのではなく、同じ行位置のまま、すでにタイプしたものに上書きしてタイプしたいと言っている。
「クラブのキング」以来、久しぶりにポワロの自宅のベッドが見られるが、ベッドの後ろの壁紙は、「クラブのキング」や「コックを捜せ」で見られた青色のものから張り替えられている。なお、ベッドのある側は見えないものの、寝室は「100万ドル債券盗難事件」にも登場しており、その際に見える壁紙もすでに白かった。
マーゲリート・クレイトン役のキャロライン・ラングリッシュは、ピーター・ユスチノフ主演の「死者のあやまち」でサリー・レッグ役を演じている。また、エドワード・クレイトン役のマルカム・シンクレアは、ジョン・ネトルズ主演の「バーナビー警部」の一篇、「古城の鐘が亡霊を呼ぶ」のアラン・ブラッドフォード役でも見ることができる。執事のバーゴイン役のピーター・コプリーは、ジョーン・ヒクソン主演の「ミス・マープル」の一篇、「復讐の女神」にもブラバゾン大執事役で出演(こちらの「執事」は英国国教会の職位)。クレイトン夫人を診察した医師役のロジャー・ケンプは、フランセスカ・アニスとジェームス・ワーウィック主演「二人で探偵を」シリーズの「霧の中の男」でジーボンズ警部役を演じている。
冒頭の『リゴレット』を上演していた劇場は、「24羽の黒つぐみ」でロリマーが支配人を務めていたカールトン劇場ことハックニー・エンパイア。レディー・チャタートンの家はチジック・モールにあるウォルポール・ハウス。レディー・チャタートンの話の最中にクレイトンが歩いている場所は、リンカーンズ・イン内ニュー・スクエア。ここはジェラルディン・マクイーワン主演の「ミス・マープル」シリーズ「親指のうずき」でトミーとタペンスの自宅、主演をジュリア・マッケンジーに交代してからの「蒼ざめた馬」ではヘスケス・デュボワ卿夫人の家があった場所だが、同「バートラム・ホテルにて」でカーテン弁護士の事務所、「ポケットにライ麦を」ではビリングズリー・ホースソープ&ウォルターズ法律事務所があったように、実際には法曹院。ジョーン・ヒクソン主演「ミス・マープル」の「復讐の女神」でもブロードリブとシュスター両弁護士の事務所、デビッド・ウォリアムズとジェシカ・レイン主演「トミーとタペンス ―2人で探偵を―」の「秘密機関」でもジェームズ・ピールの事務所がやはりリンカーンズ・イン内にある。リッチ少佐のパーティーに行けない理由を話すクレイトン夫妻の会話からクレイトンの職業は弁護士と察せられ、このロケ地はそれにあわせて選ばれたものと思われる。軍人クラブの外観として使われたのは、そのリンカーンズ・イン前、リンカーンズ・イン・フィールズにある英国王立外科医師会のハンター博物館。また、リッチ少佐の住むブロイアー・コートの外観として使われた建物も、その所在の設定はベルグレービアだが、リンカーンズ・イン・フィールズとニューマンズ・ロウの角にあり、またその屋内はスタジオ内セットと見られる。ルーメイン・ガーデンズ(ハイビジョンリマスター版の切換式字幕では「ローメイン・ガーデンズ」となっているけど)にある設定のクレイトン夫妻の家として使われたのは、リッチモンド・グリーン近くのオールド・パレス・テラスとキング・ストリートの交差点脇にあるオーク・ハウス。ヘイスティングスが軍人クラブのボーイから話を聞いた場所は、「24羽の黒つぐみ」の公衆トイレがあったチェニー・ロードで、2001年以降の再開発によって通り自体がすでに存在しないが、画面奥の通り右手に見えるドイツ体育館の建物は現存し、飲食店として利用されている。
本作品の劇伴には、新たに作曲された専用のテーマ曲のほか、「ミューズ街の殺人」や「24羽の黒つぐみ」、「コーンワルの毒殺事件」で使われていた楽曲が再利用されている。
ハイビジョンリマスター版で、軍人クラブの受付がボーイに「スミティー」と声をかける台詞や、カーチス大佐がポワロに挨拶して「こんにちは」という台詞は、切換式字幕が表示されない。
軍人クラブの廊下の壁にかけられている軍人の肖像画は、「もの言えぬ証人」において、事件を「全部見通して警告を」発するジュリアス・アランデル将軍のもの。
» 結末や真相に触れる内容を表示
ハイビジョンリマスター版では『リゴレット』について語るポワロの台詞があり、日本語では「父親はその〔娘を辱めた〕男の命を狙う。しかし、娘の心を理解していない。結果は? 破局です」となっているが、原語だと 'So he plans the murder parfait. (そこで彼は完璧な殺人を計画する) But he has failed to understand the psychology. (でも、心理学を理解していない) The result? Catastrophe! (結果は? 破局です)' という台詞で、実際「父親」ことリゴレットが殺人に失敗して悲劇的な結末を迎えるのは、娘のみならず複数の関係者の心理と行動を読み誤ったからである(ちなみに、これは第三幕のあらすじで、ポワロの発言は第二幕と第三幕の幕間になされているので、いわゆるネタバレである。もっとも、ヘイスティングスがイタリア語の歌詞を聞いてストーリーを把握しているようには見えないけれど)。クレイトン殺害事件はこの『リゴレット』における殺人と対置されており、常々心理的な考察を重視するポワロがその犯行を絶讃するのも、被害者であるクレイトンの心理を巧みに操り、殺害現場であるチェストへ自ら入るように仕向けて成功したカーチス大佐の手腕を評価したためと見られる。ただドラマでは、リッチ少佐に罪を着せた結果としてクレイトン夫人が自殺を図る場面が追加されており、これはカーチス大佐にとっては本末転倒の大失態であるはずだが、なぜかそのことが評価に影響を与えた気配はない。
ポワロにカーチス大佐を「不愉快な人物」と思わせた大佐との会話、ポワロがヘイスティングスに調査を指示した軍人クラブの体育館のことを知る場面、最後にポワロが急に謙虚になる原因となった、自惚れをヘイスティングスにとがめられる場面はすべて、「名探偵ポワロ」オリジナル版ではカットされて見られない。なお、ハイビジョンリマスター版の日本語音声では、体育館の場所について軍人クラブのボーイが「あの通りを抜けると体育館に出ます」と説明するが、映像からは廊下と柱廊の先にあるように見受けられ、それをあまり「通り」とは言わないのではないかしら。原語表現は 'That's the gymnasium through there. (あの先にあるのが体育館です)' で、「通り」に直接対応する言葉はない。また、体育館の設備について「鉄棒や
クレイトンが「ナイフのようなもの」でチェストに穴を穿けた場所は、ポワロの調査時やプレイバックの殺害時に穴が空いていた場所と異なる。
- [1] 藤野幸雄, 『決闘の話』, 勉誠出版, 2006
- [2] 山田勝, 『決闘の社会文化史 ヨーロッパ貴族とノブレス・オブリジェ』, 北星堂書店, 1992, pp. 79-84
ロケ地写真
カットされた場面
日本
オリジナル版
[02:49/0:35] | 劇場でポワロとヘイスティングスが『リゴレット』について話す場面 |
[12:31/0:42] | ポワロがパーティーへ出発する前のヘイスティングスとの会話後半 |
[15:27/1:03] | パーティーでのマーゲリート、カーチス、リッチの様子を眺めるポワロ 〜 レコードのかけ替え 〜 ポワロとカーチスの会話 |
[16:59/0:34] | パーティー翌朝、ヘイスティングスの淹れたティザンにポワロが文句を言う場面 |
[19:30/0:58] | リッチの独房へ向かうポワロとヘイスティングス 〜 独房でのリッチとの会話 |
[19:49/0:44] | ポワロとヘイスティングスが軍人クラブへ入る場面の最後 〜 カーチスのもとへ案内される場面前半 |
[26:02/0:10] | ポワロたちが訪れる直前のクレイトンの家の中 |
[30:33/1:15] | ジャップ警部がタイプに苦労しているところへポワロが来て話をする場面 |
ハイビジョンリマスター版
なし映像ソフト
- [VHS] 「名探偵エルキュール・ポアロ 第25巻 スペイン櫃の秘密」(字幕) 日本クラウン
- [DVD] 「名探偵ポワロ 15 スペイン櫃の秘密, 盗まれたロイヤル・ルビー」(字幕・吹替) ビームエンタテインメント(現ハピネット・ピクチャーズ)※1
- [DVD] 「名探偵ポワロ [完全版] 15 スペイン櫃の秘密, 盗まれたロイヤル・ルビー」(字幕・吹替) ハピネット・ピクチャーズ※2
- [DVD] 「名探偵ポワロ DVDコレクション 53 スペイン櫃の秘密」(字幕・吹替) デアゴスティーニ・ジャパン※3
- [BD] 「名探偵ポワロ Blu-ray BOX Disc 8 スペイン櫃の秘密, 盗まれたロイヤル・ルビー, 戦勝舞踏会事件, 猟人荘の怪事件」(字幕/吹替) ハピネット・ピクチャーズ※4
- ※1 「名探偵ポワロ DVD-BOX2」にも収録
- ※2 「名探偵ポワロ [完全版] DVD-BOX1」「名探偵ポワロ [完全版] 全巻 DVD-SET」「名探偵ポワロ [完全版] DVD-SET 4」にも収録
- ※3 吹替は大塚智則さん主演の新録で、映像もイギリスで販売されているDVDと同じバリエーションを使用
- ※4 「名探偵ポワロ Blu-ray BOX vol. 1」に収録