カーテン 〜ポワロ最後の事件〜 Curtain: Poirot's Last Case
放送履歴
日本
オリジナル版(90分30秒)
- 2014年10月06日 21時00分〜 (NHK BSプレミアム)※1
- 2015年03月29日 15時30分〜 (NHK BSプレミアム)
- 2016年02月02日 23時45分〜 (NHK BSプレミアム)※2
- 2017年03月04日 15時00分〜 (NHK BSプレミアム)※3
- 2017年08月09日 16時00分〜 (NHK BSプレミアム)
- 2021年09月11日 16時29分〜 (NHK BSプレミアム)※4
- 2022年01月07日 09時00分〜 (NHK BS4K)※5
- 2023年10月18日 21時00分〜 (NHK BSプレミアム・BS4K)※6 ※7
- ※1 エンディング後半の画面上部に25年間の視聴感謝の字幕表示あり
- ※2 エンディング前半の画面上部にハイビジョンリマスター版放送および番組ホームページ案内の字幕表示あり
- ※3 エンディング前半の画面下部に「刑事フォイル」再放送予告の字幕表示(帯付き)あり
- ※4 エンディング前半の画面下部に「刑事コロンボ」の放送開始案内の字幕表示(帯付き)あり
- ※5 エンディング前半の画面下部に「大草原の小さな家」の放送開始案内の字幕表示(帯付き)あり
- ※6 BSプレミアムでの放送は、オープニング冒頭の画面左上にBS4K同時放送のアイコン表示あり
- ※7 エンディング後半の画面下部に「ロング・ナイト 沈黙的真相」の放送開始案内の字幕表示あり
海外
- 2013年11月13日 20時00分〜 (英・ITV1)
- 2014年01月03日 20時10分〜 (波・Ale Kino+)
原作
邦訳
- 『カーテン ―ポアロ最後の事件―』 クリスティー文庫 田口俊樹訳
- 『カーテン ―ポアロ最後の事件―』 クリスティー文庫 中村能三訳
- 『カーテン ―ポアロ最後の事件―』 ハヤカワミステリ文庫 中村能三訳
原書
- Curtain: Poirot's Last Case, Collins, September 1975 (UK)
- Curtain: Poirot's Last Case, Dodd Mead, 1975 (USA)
オープニングクレジット
日本
オリジナル版
名探偵ポワロ / AGATHA CHRISTIE'S POIROT / カーテン 〜ポワロ最後の事件〜 // DAVID SUCHET / Agatha Christie POIROT / CURTAIN: POIROT'S LAST CASE / based on the novel by AGATHA CHRISTIE / SCREENPLAY KEVIN ELYOT / HELEN BAXENDALE, SHAUN DINGWALL / CLAIRE KEELAN, ANNA MADELEY / AIDAN MCARDLE, MATTHEW MCNULTY / ALICE ORR-EWING, JOHN STANDING / with HUGH FRASER as Captain Hastings / and ANNE REID / and PHILIP GLENISTER / Producer DAVID BOULTER / Director HETTIE MACDONALD
エンディングクレジット
日本
オリジナル版
原作 アガサ・クリスティー Agatha Christie 脚本 ケヴィン・エリオット 演出 ヘティ・マクドナルド 制作 ITVスタジオズ/エーコン・プロダクションズ マスターピース/アガサ・クリスティー・リミテッド (イギリス 2013年) 声の出演 ポワロ(デビッド・スーシェ) 熊倉 一雄 アーサー・ヘイスティングス大尉(ヒュー・フレイザー) 安原 義人 ジュディス・ヘイスティングス(アリス・オル=ユーイング) 安藤 麻吹 ジョン・フランクリン博士(ショーン・ディングウォール) 世古 陽丸 バーバラ・フランクリン(アンナ・マデリー) 勝生 真沙子 スティーブン・ノートン(エイダン・マカードル) 渡辺 穣 ウィリアム・ボイド・キャリントン卿󠄁(フィリップ・グレニスター) 田中 正彦 エリザベス・コール(ヘレン・バクセンデイル) 泉 晶子 トービー・ラトレル(ジョン・スタンディング) 佐々木 敏 デイジー・ラトレル(アン・リード) 山本 与志恵 アラートン少佐(マシュー・マクナルティー) 高橋 広樹 ジョージ 坂本 大地 クレイブン 上田 ゆう子 検視官 増山 浩一 <日本語版制作スタッフ> 翻訳 澤口 浩介 演出 佐藤 敏夫 音声 小出 善司
DVD版
原作 アガサ・クリスティー Agatha Christie 脚本 ケヴィン・エリオット 演出 ヘティ・マクドナルド 制作 ITVスタジオズ/エーコン・プロダクションズ マスターピース/アガサ・クリスティー・リミテッド (イギリス 2013年) 声の出演 ポワロ(デビッド・スーシェ) 熊倉 一雄 アーサー・ヘイスティングス大尉(ヒュー・フレイザー) 安原 義人 ジュディス・ヘイスティングス(アリス・オル=ユーイング) 安藤 麻吹 ジョン・フランクリン博士(ショーン・ディングウォール) 世古 陽丸 バーバラ・フランクリン(アンナ・マデリー) 勝生 真沙子 スティーブン・ノートン(エイダン・マカードル) 渡辺 穣 ウィリアム・ボイド・キャリントン卿󠄁(フィリップ・グレニスター) 田中 正彦 エリザベス・コール(ヘレン・バクセンデイル) 泉 晶子 トービー・ラトレル(ジョン・スタンディング) 佐々木 敏 デイジー・ラトレル(アン・リード) 山本 与志恵 アラートン少佐(マシュー・マクナルティー) 高橋 広樹 ジョージ 坂本 大地 クレイブン 上田 ゆう子 検視官 増山 浩一 <日本語版制作スタッフ> 翻訳・台本 澤口 浩介 演出 佐藤 敏夫 調整 小出 善司 録音 黒田 賢吾 プロデューサー 武士俣 公佑 制作統括 小坂 聖
海外
オリジナル版
Hercule Poirot: DAVID SUCHET; Elizabeth Cole: HELEN BAXENDALE; Captain Hastings: HUGH FRASER; Dasy Luttrell: ANNE REID; Colonel Toby Luttrell: JOHN STANDING / Stephen Norton: AIDAN McARDLE; Sir William Boyd Carrington: PHILIP GLENISTER; Curtis: ADAM ENGLANDER; Judith Hastings: ALICE ORR-EWING; Doctor Franklin: SHAUN DINGWALL / Major Allerton: MATTHEW MCNULTY; Barbara Franklin: ANNA MADELEY; Nurse Craven: CLAIRE KEELAN; Coroner: GREGORY COX; George: DAVID YELLAND; Stunt Co-ordinator: TOM LUCY / (中略)1st Assistant Director: MARCUS CATLIN; 2nd Assistant Director: SEAN CLAYTON; 3rd Assistant Director: JAMES McGEOWN; Location Manager: CHRIS WHITE; Assistant Location Manager: MARK WALLEDGE; Script Supervisor: JAYNE SPOONER; Script Editor: KAREN STEELE / Production Accountant: VINCENT O'TOOLE; Asst Production Accountant: DAVID RUDDOCK; Production Co-ordinator: PAT BRYAN; Asst Production Co-ordinator: HELEN SWANWICK-THORPE; Press Officer: NATASHA BAYFORD / Camera Operator: MARTIN FOLEY; Focus Pullers: SAM SMITH, RICHARD BRIERLEY; Clapper Loaders: JAMES CHESTERTON, ELIOT STONE; Data Wrangler: BECKY MOORE; Camera Grip: ROBIN STONE; Gaffer: GARY CHAISTY; Best Boy: MARK DAY / Supervising Art Director: PAUL GILPIN; Art Directors: PILAR FOY, MIRANDA CULL; Standby Art Director: JOANNE RIDLER; Production Buyer: TIM BONSTOW; Construction Manager: DAVE CHANNON; Standby Construction: FRED FOSTER, BOB MUSKETT / Sound Recordist: ANDREW SISSONS; Sound Maintenance: ASHLEY REYNOLDS; Property Master: JIM GRINDLEY; Dressing Props: JAMES BAYLAN, SIMON BURET, JACK CAIRNS; Standby Props: BARRY HOWARD-CLARKE, BEN THATCHER / Assistant Costume Designer: PHILIP O'CONNOR; Costume Supervisor: JENNA McGRANAGHAN; Costume Assistants: LOUISE CASSETTARI, LIZZIE MOUL; Prosthetics: KRYSTIAN MALLETT; Make-up Artists: BEE ARCHER, HELEN CONROY, LOUISE FISHER; Mr Suchet's Dresser: ANNE-MARIE BIGBY; Mr Suchet's Make-up Artist: SIAN TURNER MILLER / Picture Publicist: PATRICK SMITH; Assistant Editor※: JOHN DWELLY, EVE DOHERTY; Supervising Sound Editor: JOHN DOWNER; Dialogue Editor: SARAH MORTON; Re-recording Mixer: GARETH BULL; Colourist: DAN COLES; Online Editor: SIMON GIBLIN / Associate Producer: DAVID SUCHET; Post Production Supervisor: BEVERLEY HORNE; Hair and Make-up Designer: PAMELA HADDOCK; Costume Designer: SHEENA NAPIER; Casting: MAUREEN DUFF; Production Executive: JULIE BURNELL / Composer: CHRISTIAN HENSON; Poirot Theme: CHRISTOPHER GUNNING; Editor: TANIA REDDIN; Production Designer: JEFF TESSLER; Director of Photography: ALAN ALMOND BSC; Line Producer: MATTHEW HAMILTON / Executive Producer for Masterpiece: REBECCA EATON / Executive Producer for Acorn Productions Limited: HILARY STRONG; Executive Producer for Agatha Christie Limited: MATHEW PRICHARD / Executive Producers: MICHELE BUCK, KAREN THRUSSELL, DAMIEN TIMMER; © Agatha Christie Ltd 2013 / A Co-Production of itv STUDIOS, MASTERPIECE™, Agatha Christie™ in association with Acorn Productions: An RLJ | Entertainment, Inc. Company
- ※ Editors の誤記
あらすじ
ポワロからの誘いを受けたヘイスティングスは、かつて二人で殺人事件を解決したスタイルズ荘を訪れる。ところが再会を喜ぶのも束の間、ポワロはふたたびここが殺人現場になると告げた。車椅子に乗って動けないというポワロに代わり、ヘイスティングスは彼の耳目となって一緒に調査をしてほしいと頼まれるが……
事件発生時期
1949年10月上旬 〜 1950年2月
主要登場人物
エルキュール・ポワロ | 私立探偵 |
アーサー・ヘイスティングス | ポワロの旧友、陸軍大尉 |
トービー・ラトレル | スタイルズ荘経営者、陸軍大佐 |
デイジー・ラトレル | スタイルズ荘経営者、ラトレル大佐の妻 |
ジョン・フランクリン | スタイルズ荘宿泊客、医学博士 |
バーバラ・フランクリン | スタイルズ荘宿泊客、フランクリン博士の妻、愛称バブス |
ジュディス・ヘイスティングス | スタイルズ荘宿泊客、フランクリン博士の秘書、ヘイスティングス大尉の娘 |
スティーブン・ノートン | スタイルズ荘宿泊客 |
ウィリアム・ボイド・キャリントン卿 | スタイルズ荘宿泊客、バーバラの友人、準男爵、愛称ビル |
エリザベス・コール | スタイルズ荘宿泊客 |
アラートン | スタイルズ荘宿泊客、陸軍少佐 |
クレイブン | フランクリン夫人付の看護師 |
カーティス | ポワロの世話係 |
ジョージ | ポワロの元執事 |
解説、みたいなもの
最終回である本作の舞台となるのは、ポワロがイギリスで初めて解決した殺人事件の現場であるスタイルズ荘。かつてベルギーで知りあったヘイスティングスと偶然の再会を果たし、ともに殺人事件の捜査に当たった「スタイルズ荘の怪事件」の原作は、1920年に刊行されたポワロのデビュー作であると同時にクリスティー自身のデビュー作でもあった。一方、副題の示すとおりポワロ最後の事件を描いた本作の原作は1975年刊行。翌1976年の1月12日にはクリスティーも後を追うように亡くなり、『カーテン』を生前最後の刊行として85年の生涯を閉じた。だが執筆は1940年から1941年3月までのあいだにおこなわれており、クリスティーの死後に出版される予定でずっと金庫に保管されていたものが、娘のロザリンド・ヒックスの提案により翻意されて生前の発表となった[1][2][3][4][5][6]。ドラマの撮影も、2012年10月中旬から11月下旬と第13シリーズで最初に撮影され[7][8][9]、残り4作品の撮影と放送が済むまで寝かされていた。これは、ポワロの撮影の最後を明るく終えたいというスーシェの希望のほか、ポワロがすっかり体重を落としていたという原作の描写にあわせるべく、スーシェが減量をする期間が必要だったためで、実際に彼は9か月で10キロ以上の体重を落としたという[10][11]。吹替の収録は2014年4月上旬[12]。ただし、熊倉一雄さんによるポワロの台詞は事前の別収録であり[13]、また撮影順と異なり最後の収録であったという[14]。
原作のヘイスティングスは、長篇第2作であった「ゴルフ場殺人事件」のあとまもなく南米に移住し、その後もしばしばイギリスに帰国してはポワロが手がける事件の語り手を務めていたものの、「もの言えぬ証人」での登場を最後に読者の前から姿を消し、本原作で再登場するまで40年近い空白があった。ドラマでも、2002年放送の「白昼の悪魔」以降、最終シリーズの「ビッグ・フォー」と本作で再登場するまで、12年という期間が空いている。これまで1930年代に固定されてきた舞台設定は、本作では1949年の10月に設定されており、この時代の跳躍は、劇中の世界で第二次世界大戦をまたぐのと同時に、ちょうど現実の世界で視聴者がヘイスティングスの姿を見ていなかった期間とも重なる。ただ、ヘイスティングスの娘のジュディスはどう見ても成人女性なのに、ベラ夫人との出会いは「ゴルフ場殺人事件」の1936年のはずで、そちらは計算が合わない。もっとも、「ゴルフ場殺人事件」原作の刊行は1923年なので、ヘイスティングスの結婚を原作どおりにその頃とすれば大きな齟齬はない。なお、原作でのジュディスの年齢は21歳、ジュディスを演じたアリス・オル=ユーイングは撮影当時23歳とのこと。
物語の全体的な流れとしては、過去の殺人事件が早々にポワロからまとめて呈示されるのではなく、関係者の発言から一つずつ明らかにされていき、その数も減らされている以外、おおよそ原作に忠実な映像化。ただ、ポワロの執事との名前の重複を避けるためか、ラトレル大佐のファーストネームは、ジョージからトービーに変更されている。
本作の日本語音声ではヘイスティングスの主な一人称は「わたし」、ポワロからヘイスティングスへの二人称は「あなた」だが、かつての宇津木道子さんの台本ではヘイスティングスの一人称は「ぼく」、ポワロからヘイスティングスへの二人称は「君」だった。また、かつてヘイスティングスがポワロのことを二人称代名詞で呼ぶことはなく、「ポワロさん」と名前で呼んでいた。加えて、ヘイスティングスとポワロのあいだでは、原則として丁寧語は用いても、尊敬語や謙譲語を用いることはほとんどなかった。ただし、「スタイルズ荘の怪事件」での再会直後や、「ダベンハイム失そう事件」での、熊倉一雄さんのアドリブとも思われる箇所などのほか、多少の例外はある。また、ハイビジョンリマスター版での、瀬尾明日香さんによる追加翻訳部分はその限りではない。
エリザベス・コールがピアノで弾いているのは、「雨だれ」として知られるショパンの24の前奏曲の一つ(作品28-15)である。
ポワロがスタイルズ荘への不満として「生ぬるい水 (the water, always so tepid)」と言うが、「ぺらぺらのタオル」と並べられていることからも、冷たくあるべき水が生ぬるいのではなく、熱くあるべき浴室のお湯がぬるい話をしていると思われる(原作の、より詳細な台詞では明確に浴室の話である)。また直前に「料理を除いては〔昔と変わらない〕」と料理のみが昔より劣化したように言っていたはずなのに不満の話がつづいているのは、原語だと 'The food, it is disgust. (料理は最低)' という表現で、料理だけが例外というニュアンスがなかったためである。
ポワロが自分をスタイルズ荘へ呼び寄せた真意はほかにあるはずだとヘイスティングスが指摘し、「ああいう、忌まわしい事件の現場に戻ってくる理由は」とつづけた台詞は、原語だと 'I know it! (だと思った) Otherwise why come back to the scene of our first murder? (そうでなくて、ぼくらの最初の殺人事件の現場には戻らないでしょう?)' と言っているが、ドラマではベルギーでの出会いも殺人事件だったことになっており、「スタイルズ荘の怪事件」は our first murder (ぼくらの最初の殺人事件) ではない。ただ、ベルギーの事件では自分がうたがわれているかと思ったとヘイスティングスが言っており、捜査に同行したわけではなさそうなので、「ぼくらの」と言えないのかもしれない。
ヘイスティングス到着の日の夜にジュディスが「会えて嬉しいわ。どうせエルキュールおじさまに口説かれたんでしょうけど。心配だものね」と言い、ポワロが「またわがままを言いました」とコメントするところは、原語だと 'I'm so glad you're here. (来てくれて嬉しいわ) Uncle Hercule always manages to bring you out of yourself. (エルキュールおじさまはいつもお父さんを殻から引っ張り出してくれるのね) He gets so sad. (父はふさぎ込んでしまうから)' というジュディスの台詞にポワロが 'Ah, well, you must allow him that, ma chérre. (ああ、でもそれは許してあげなくては)' と言っており、つまり妻を亡くしたヘイスティングスが哀しみに沈むのは当然だと言っている。
かつてスタイルズ荘で起きた殺人事件についてポワロが「主人が毒殺されました。厳格な上に極端な吝嗇家で、子供たちが将来を悲観したのです」と言うが、あまり「スタイルズ荘の怪事件」の状況には聞こえない。原語は 'The lady of the house, she was poisoned. (屋敷の女主人が毒殺されました) She controlled, as you say, the purse strings, but her stepchildren felt they had no life of their own. (彼女はいわゆる財布の紐を握り、義理の子供たちは自分の人生を送れていないと感じていました)' という表現で、必ずしも厳格や吝嗇、人生の悲観といったニュアンスはなく、生活に不自由はなくとも、自分の金銭を持たないがゆえに何事も母親の意向に沿わざるをえなかった自己決定権のなさを言っている。また、音声では下手人に関する言及がないにもかかわらず、映像ソフトなどの日本語字幕では台詞の最後の部分に「絶望した子供が凶行を」と表示される。なお、「スタイルズ荘の怪事件」におけるイングルソープ夫人の息子たちは、原作だとこの台詞のように義理の息子(前夫の連れ子)だが、ドラマでは実子に設定が変更されていた。
……と書いてきたものの、実は日本語音声だと舞台の屋敷の名前は劇中で最後まで明言されず、原語音声でも終盤の謎解きになって初めて言及される。加えて日本語音声では、前述のとおり、同じ場所でかつて起きた事件が「スタイルズ荘の怪事件」だとは受け取りにくい表現になっており、撮影地も代わっているので、事前知識なく観た人は、舞台がスタイルズ荘であると気づかないかもしれない。もっとも、番組内容として放送データに載っているあらすじを見れば、舞台がスタイルズ荘であることが明記されているのだけど。
ジュディスが悪影響を受けた相手としてヘイスティングスがフランクリン博士やアラートンの名前を挙げ、「うさんくさい連中だ」と言ったところは、原語だと 'I don't like that man. (あの男は好きませんよ)' という表現で、そのときジュディスと談笑しているアラートン一人のことを言っている。したがって、つづけてポワロが言う、女性が魅力を感じる「ああいう手合い」も、フランクリン博士を含まずアラートンのことを指している。
バーバラがボイド・キャリントンとのつきあいについて、日本語では「わたしの実家の近くに、彼ったらわざわざ引越してきたんですよ」と言うが、原語は 'My family used to live in this part of the world. (わたしの実家がこのあたりにあったんです) Bill would come to stay with his uncle at Knatton Hall. (ビルは〔その近くの〕ナットン・ホールのおじさまのところへよく泊まりに来ていたの)' という表現で、ボイド・キャリントンは別に引越しはしていない。
バーバラの部屋をヘイスティングスと出たボイド・キャリントンが、最後に「かわいそうに」と言うところは、原語だと 'Fancy a rubber? (〔ブリッジの〕三番勝負でもどうだ?)' と言っており、そのためにブリッジの場面につながる。そのブリッジでラトレル大佐がダイヤの7を出し、夫人が「ハートでしょ、そこは!」と叱責したのは、日本語だと大佐の下手な手に夫人が激昂したようにも聞こえるが、ブリッジではその回の最初に出されたカード(ここではハートの2)と同じスート(記号)のカードを出さなければならないルールがある。手札に同じスートがなければほかのスートのカードを出してもよく、大佐がハートのカードを持っていないかは夫人からはわからないはずだが、まだ各人ともクラブを1枚出しただけなので、すでにハートを1枚も持っていないとは考えにくい状況ではある。そして、その出しまちがいから夫人がやり直しを求めたのは、大佐がダイヤの7を持っていることがわかってしまうと、のちの駆け引きに影響し、パートナーである自分も不利になるためか。なお、出しまちがいについて大佐は「6か7〔のカード〕しか来ないんだ」と弁解するが、ブリッジでは最初に各人へ13枚のカードが配られるので、それぞれ4枚ずつしかない6と7しか手札に来ないという状況はありえない。原語だと大佐は 'I'm all at sixes and sevens.' と言っており、 at sixes and sevens とは「混乱している」という意味の慣用句である。
ヘイスティングスにいつも夜更かしをするのかと訊かれたアラートンは、日本語だと「スポーツのライブ中継があるときはね。もったいなくて寝てなんかいられませんよ」と答えるが、原語では 'I never go to bed when there's sport abroad. (外で愉しみのあるときはベッドになんて入りませんよ) These moonlit evenings aren't made to be wasted. (月明かりのある夜を無駄にはできませんからね)' という表現で、 sport abroad は外国でのスポーツではなく屋外での遊興のこと。つまりは女性と外にいたと暗に言っている。また、アラートンが睡眠薬を手に入れるコネがあると言って、「でも、これを手配してくれた友人は死にました」と言うところは、現在はもうその薬を入手できなくなっているようにも聞こえるが、 'An old friend of mine gave me a few useful introductions. (旧友が重宝な伝手をすこし紹介してくれましてね)' という表現で、その旧友ことエサリントンが直接薬を手配したのではなく、薬を手配してくれる人物を紹介してくれたということ。
フランクリンがカラバル豆を「フィゾスチグマ属です」と説明するところは、原語だと 'Physostigma venenosum.' と言っており、カラバル豆の学名を言っている。
クレイブン看護師の「大戦の折にはこちらに?」という質問に対し、ヘイスティングスが「スタイルズ荘の怪事件」のときのことを踏まえて「ええ、療養のために。ポワロさんと知りあったのもここです」と答えるが、今作の舞台である1949年は第二次大戦終結の4年後であり、ただ「大戦」と言われて第一次大戦中のことを答えるのは不自然に感じられる。また、前述のとおり、ヘイスティングスとポワロの初対面は第一次大戦前のベルギーにおいてであり、スタイルズ荘では再会だった。原語でのやりとりは 'I gather you were here in the First War. (第一次大戦の折、こちらにいらしたとか)' 'Yes, in 1916, I came here to convalesce. (ええ、1916年です。療養でここに) That's when I met Poirot. (そのときポワロさんに会ったんです)' という表現で、ちゃんと the First War (第一次大戦), met (会った) と言っているのでそこに不都合はないが、「スタイルズ荘の怪事件」の時代設定は1916年ではなく1917年6月。ただし、ヘイスティングスのスタイルズ荘訪問が「スタイルズ荘の怪事件」では1917年なのに、本作では1916年と回想されるのは原作同様である。
原作で描かれていた、ラトレル大佐による夫人射撃事件によって夫妻の関係が修復される様子は、ドラマではその後の晩餐で前より和やかな会話が交わされるくらいに見えるが、原語では事件直後に「意図的な行為でしょうか?」と訊かれたヘイスティングスが 'Well, I did until I saw them together—now I'm not so sure. (そう思いましたが、一緒にいる二人を見ると……いまはわかりませんね)' と答えていて、一言だけながら、この時点で具体的に関係修復が示されている。
ヘイスティングスがボイド・キャリントンとの交代(原語では捜査への勧誘)をポワロに提案して「わたしの数倍賢い人だ」と言ったのに対し、ポワロが「可能性はあります」と応じたところは、原語だと 'That would no be difficult. (それは難しいことではありません)' と言っており、原語はもっと辛辣である。また、ポワロが提案を退けて「これから先、この件については口外無用。いいですね?」と言うところは、ボイド・キャリントンを捜査に引き込む提案を二度としないよう求めているようにも聞こえるが、原語は 'Now I forbid you to speak of this matter to anyone, do you understand? (このことについては誰にも口外無用。いいですね?)' という表現で、殺人鬼の暗躍を察知して捜査していることを、ボイド・キャリントンに限らず誰にも明かしてはならないと言っている。
部屋で独りになったポワロが、犯人について「戻ってきたか……懲りないやつめ」と言うのは、犯人がどこからか舞い戻ったために犯行が再開されたように聞こえるが、原語では 'At it again, are you... at your deadly exercise? (また始めたか……危険な活動を)' という表現で、犯人が戻ったニュアンスはない。
エリザベス・コールとヘイスティングスの「いろいろ見てまわられました?」「いや、そんなに動けません。脚をやられました。職業病というやつです。だが、あなたの人生は希望に満ちている」という会話は、原語だと 'Did you see much action, Captain Hastings? (たくさん戦われましたの?)' 'Oh, not allowed to this time round. Gammy leg... (いや、今回は許可されませんでした。脚のせいで) And, let's face it, I'm pushing it a bit. (しかし、年寄りの冷や水だと認めなければ) But your life's just beginning. Anything might happen. (だが、あなたの人生はまだ始まったばかりだ。何か起こるかも)' という、第二次大戦での従軍の話題に始まる、主に年齢を意識したやりとり。だから、ミス・コールが「結婚のことですか?」と受ける。そして、彼女が言う「わたしをご存じでしょう、たぶん?」という質問は、原語だと 'You have no idea who I am, have you? (わたしが何者なのかご存じないでしょう?)' という質問で、逆の意味である。
フランクリンとジュディスがタドミンスターへ薬剤など買いに出かけたと言ったあと、バーバラが「科学の心も、こんな陽気の日にはたわいないものね。そう思いません?」と言うので、フランクリンたちが陽気につられて外出したくなったようにも聞こえるが、原語は 'I'm so glad I don't have a scientific mind. (わたしは科学の心を持っていなくてよかったわ) On a day like this it all seems so puerile. (こんな日には、そんなものたわいなく思えるもの)' という表現で、むしろよい陽気なのに薬剤などの買出しで相変わらず研究に心を砕いていることを冷やかしている。
ヘイスティングスを自室に呼んだポワロが、すきま風は命取りだと言い、日本語では「わたしもやられました」と言うが、原語は 'But I have just the thing. (でも、いいものがあります)' と言っており、そのためにココア(原語ではホットチョコレート)が出てくる(日本語はおそらく、 the thing を頭痛ととらえて訳されている)。
ヘイスティングスの到着初日と見られる寝付けなかった夜と、温室でアラートンの逢引を目撃した夜は、いずれも満月らしく見えるが、この間にひと月経過したのだろうか。なお、1949年10月の満月は7日であり、のちにポワロがバーバラを目撃した日として審問で証言する10月10日の3日前である。
ノートンがジュディスに言う「ホロフェルネスの首をはねたユディットのようだ」という台詞は、聖書の『ユディット記』を踏まえてのもので、ユディットを英語読みするとジュディスになる。そして、そのあとのボイド・キャリントンとノートンの、「ずいぶんと古い話だ」「でも、彼女は……大義のためにあれをやった」というやりとりは、逆接の接続詞でつながるのが若干不自然だが、ボイド・キャリントンの台詞は原語だと 'A bit grim, old boy. (いささか残酷だな)' で、「古い (old)」という単語を含む old boy の部分はノートンへの呼びかけである。加えて、ここでの old に必ずしも「古い」の意味はなく、呼びかけに対して親しみのニュアンスを加えている。
ヘイスティングスが『オセロー』の本から読み上げるイアーゴの台詞「ああ、気をつけよ、嫉妬とは緑目の怪物なり」は、日本語ではそのニュアンスが感じ取りにくいが、原語で 'O, beware, my lord, of jealousy; It is the green-eyed monster (ああ、嫉妬にどうかご用心を。あれは緑目の怪物です)' となっているように、上官である将軍オセローへ呼びかけたもの。なお、この台詞があるのは第3幕第3場で、戯曲のちょうど中程に当たるが、ヘイスティングスが本をひらいている箇所は、ずいぶん前のほうに見える。
流れ星を見たあとにバーバラが言う「ドロップがほしいの」の「ドロップ (drop)」は、そのあとジュディスが小瓶を持ってきているように、西洋風の飴ではなく滴剤のこと。ヘイスティングスが序盤にバーバラの部屋を訪ねたときにもクレイブン看護師が滴剤を用意していた。
バーバラの死因について検視官が「バーバラ・フランクリンは硫酸フィゾスチグミン、およびカラバル豆に含まれるアルカロイド物質をもって毒殺されたと認定される」と言うので、カラバル豆由来の成分のほかにも毒物を盛られたようにも聞こえるが、原語は 'It is established that Barbara Franklin died as a result of poisoning by physostigmine sulphate and other alkaloids of the Calabar bean. (バーバラ・フランクリンはカラバル豆の硫酸フィゾスチグミンおよびその他アルカロイドの中毒により死亡したものと認定される)' という表現で、硫酸フィゾスチグミンは、その名にフィゾスチグマ・ヴェネノスムというカラバル豆の学名の一部を含むように、「カラバル豆に含まれるアルカロイド物質」の一つと受け取れる。また、原語は中毒死であることは認定したものの、それが毒殺(他殺)であるかはまだ認定しておらず、そのためにその後ポワロへの聴取がある。
ポワロがバーバラの検死審問の裁定を意図的に誘導したと告げ、ヘイスティングスに「これ以上に何が?」と問われて「魑 魅 魍 魎 です、モ・ナミ、魑魅魍魎」と答えるのは何が言いたいのかよくわからないが、原語は 'What are you playing at, Poirot? (いったいどういうつもりなんです?)' 'This is not a game, mon ami, I assure you. (これはゲームではありません、モ・ナミ、はっきりと言っておきます)' というやりとりで、ポワロは妥当な理由があってのことだと主張している。
ポワロの発作を目の当たりにしたヘイスティングスから医者に診せるよう言われたポワロの「医者……医者……」「手は尽くしたのです」「医者なら……医者なら……フランクリンがいる」という台詞は、原語だと 'Doctors! Doctors! (医者など)' 'They have done all they can for me. (医者にこれ以上できることはありません)' 'Very well, very well, I will see Dr Franklin. (いいでしょう、それならフランクリンに診てもらいます)' と言っており、当初は医者に診せても何もならないという主張をしていたのが、ヘイスティングスに食い下がられて、それならフランクリンに診てもらうと譲歩している。また、ポワロを診たフランクリンが「しかし、〔ポワロは〕あることにけりをつけるおつもりです」とポワロの懸念の内容を把握しているように言うが、原語は 'I gather he's worried about getting something finished. (あの人は何かにけりをつけるおつもりのようだ)' という表現で、推察であり、その内容を知っているニュアンスはない。そして、日本語では「ただ激痛には亜硝酸アミルが効くでしょう」と新たなアドバイスに聞こえる台詞も、原語は 'Just his ampoules of amyl nitrite when he feels angina coming on. (発作が来そうだと思ったら、お持ちの亜硝酸アミルをただ使うだけです)' と言っており、すでに処方済みの薬を対症療法として用いるしかないと言っている。なお、その亜硝酸アミルとは発作時にポワロが鼻に当てていた嗅ぎ薬のことで、筋肉を弛緩させて心臓の痛みを抑える効果がある。
バーバラが亡くなってスタイルズ荘を出たはずのクレイブン看護師が戻ってきた際、日本語ではボイド・キャリントンが「男ができたんだな」と言うが、原語は 'She's back for the night between engagements. (仕事の合間に一晩だけ戻ってきたんだ)' と言っているだけで、戻ってきた理由については(彼女の様子から推察はつくが)触れていない。
ノートンの死についてヘイスティングスが、「あれは自殺なのか? 誰が自分の額の真ん中を撃ち抜くんだと検視官は言ったそうだ」と言うが、ヘイスティングスは検死審問に出席しており、検視官の発言を伝聞のように言うのは不自然である。原語は 'Bad investments, so they say. (〔ノートンは〕投資が思わしくなかったらしいな) The coroner did think it strange that he would shoot himself through the centre of his forehead. (検視官は額の真ん中を撃ち抜いて自殺するのは奇妙だと考えていたぞ)' という表現で、ヘイスティングスの直接の認識を言っている。日本語はおそらく、原語の so they say と the coroner did think 以下を連続した一文ととらえて訳されているが、ノートンの投資の不調と検視官の疑念は順接でつながる内容ではなく、その解釈はやはり不自然である。
ポワロがヘイスティングスに宛てた手紙が画面に映る際、いずれも途中までは同じアルファベットの字形が完全に一致しており、スーシェの手書き文字をサンプリングして組みあわせた印刷と思われる。なお、その字形は、「ビッグ・フォー」のメトセラ劇団の関係者リスト(書き上がっているほう)と同一である。
ノーラ・シャープルズ殺害事件を報じた新聞記事では、その容疑者である姪のフリーダ・クレイを、メドウバンク学園で10年間英語教師をしていたと紹介している。このメドウバンク学園は「鳩のなかの猫」の舞台となった女子校と同一と思われるが、彼女の職歴は原作にないドラマオリジナルの設定である。
スタイルズ荘の撮影地は、前述のとおり「スタイルズ荘の怪事件」撮影時に使われたチャベネージ・ハウスではなく、「第三の女」で門の近くが撮影に使われたシャバーン城。しかし、ポワロの寝室などはスタジオ内セット。マーガレット・リッチフィールドの裁判がおこなわれた法廷は「杉の柩」や「五匹の子豚」、「複数の時計」と同じサリー州庁舎のもので、検死審問の会場や、ヘイスティングスがエリザベス・コールに真相を伝える場所も、同庁舎の内外である。ヘイスティングスがポワロからの手紙を読む部屋は、パインウッド・スタジオ内ヘザーデン・ホールのボードルーム。同所のボールルームは、「象は忘れない」や「死者のあやまち」でティーラウンジとして使われていた。ヘイスティングスとジョージが会うイーストボーンの海岸は現地で、画面奥には「グランド・メトロポリタンの宝石盗難事件」で舞台になったイーストボーン・ピアが見える。
ジェラルディン・マクイーワン主演の「ミス・マープル」シリーズでは、ノートン役のエイダン・マカードルを「スリーピング・マーダー」のホーンビーム役、ラトレル夫人役のアン・リードを「復讐の女神」のシスター・アグネス役で見ることができる。また、主演をジュリア・マッケンジーに交代した同シリーズ「ポケットにライ麦を」では、バーバラ・フランクリン役のアンナ・マデリーをアデール・フォーテスキュー役、エリザベス・コール役のヘレン・バクセンデイルをメアリー・ダブ役で見ることができ、ウィリアム・ボイド・キャリントン卿を演じたフィリップ・グレニスターは、同「グリーンショウ氏の阿房宮」でブロフィー神父を演じたロバート・グレニスターの弟である。加えてヘレン・バクセンデイルは、英チャンネル5制作のドラマ「アガサと深夜の殺人者」では、アガサ・クリスティー役で主演を務めている。
外出から帰ってきたときにバーバラが着ているのは、ジェラルディン・マクイーワン主演「ミス・マープル3」の「バートラム・ホテルにて」で謎解きの際にセリーナが着ているのと同じ服である。
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最期を迎えるポワロが、手近に置いた薬ではなく、その奥に置かれたロザリオにあえて手を伸ばすのは、原作にはないドラマでの脚色による。ポワロを演じるデビッド・スーシェも、ユダヤ系の家庭に育ったが1986年にはキリスト教へ改宗して英国国教会に入信[15][16]。ポワロと教派は異なるものの、自らの信仰心に強い関心を持っていることをしばしば公言し、近年では聖書の朗読の収録をおこなうなどの活動にも勤しんでいる[17][18]。スーシェにはかねてよりポワロというキャラクターをもっと人間的に掘り下げて描きたいという意向があり[19]、その彼が第9シリーズからアソシエイト・プロデューサーとして制作にも参画するのに伴って、ポワロの信仰心はドラマの重要なテーマの一つとなっていった。死に至るかもしれない発作の中で命よりも神とともにあることを選んだその選択は、「オリエント急行の殺人」でロザリオを手に自らの良心を神に質した姿の先にあり、スーシェが突きつめたポワロの到達点となった。なお、ドラマではあまり強調されてこなかったが、原作のポワロが殺人を容認しない理由には、殺人という手段で一度でも問題を解決した人間は、その後も殺人によって問題を解決することをためらわなくなってしまうという観点があり、ポワロがノートン殺害に踏み出したのも、近い死期によって自らに対するその懸念が解消される事情があった。原作のポワロはノートン殺害後、発作が起きる前に薬を手許から遠ざけ、その自説に殉じるように生涯を閉じる。
シェークスピアの戯曲『オセロー』に登場するイアーゴに着想を得た、他人の感情を煽ることでその行動を操る「最高の殺人者」のアイディアは、『ストランド』誌1932年1月号に掲載された短篇「バグダッドの大櫃の謎」ですでに見ることができる。ただ、「バグダッドの大櫃の謎」や、それを膨らませた中篇「スペイン櫃の秘密」およびそのドラマでは、ポワロが犯人の手腕を微笑すら浮かべて絶讃しており、その姿は近年の殺人に厳しいポワロからは想像もできない。そのイアーゴとノートンの相似について、日本語ではヘイスティングスがポワロの鞄から『オセロー』の本を取り出す場面の回想に重ねて「あなたには手がかりを残し、あなたが事の真相を、スティーブン・ノートンの正体を突きとめる手助けをしたつもりです」という曖昧な説明しかおこなわれないが、これは原語だと 'I gave you the clues and every chance to discover the truth, pointing you towards Iago, the original Stephen Norton. (手がかりを与え、真相に気づく機会も余さず提供して、あなたをイアーゴへと導きました。スティーブン・ノートンのオリジナルへ)' という表現で、イアーゴがノートンの原型であると明言されている。そして、そのポワロの言葉のとおり、クロスワードパズルの『オセロー』からの引用について、それがイアーゴの言葉だとポワロが言い当て、しかも「正解ですな」と声をかけたヘイスティングスに「もちろん」と答えていたのは、なかなかに意味深長であった。さらに、それにつづく「見えましたか?」「どうでしょうか、モ・ナミ」という、一見流れ星の話と聞こえるやりとりも、原語だと 'Did I miss anything? (わたしは何か見逃しましたか?)' 'I do not know, Hastings. Did you? (わたしからは何とも。見逃しましたか?)' という会話で、ポワロの発言の真意に関するやりとりとして成立する表現になっていた。なお、原作では、引用をイアーゴの言葉と言い当てたのは誰かわからない記述に(おそらく意図的に)なっており、それをポワロの台詞として割り当て、つづくヘイスティングスとのやりとりを追加したのは、ドラマでの判断とアレンジである。
ラトレル大佐による〈誤射〉事件についてポワロとヘイスティングスが交わす「弾が偶然当たったのか、意図したのか、証明はできません」「あなたにならできる。ちがいますか?」「簡単ではありません」「ポワロは必ず的を射る」「今回はちがうようです」という会話は、日本語だと単に犯意の証明の難しさを語っているように聞こえるが、原語は 'Whether Luttrell shot his wife by accident or whether he meant to, it is impossible to prove. (大佐が夫人を撃ったのが事故だったのか、それともわざとか、証明は不可能です)' 'Oh, you'll prove it, all right. You always do. (ポワロさんにならできますよ。いつもそうでしょう)' 'If only life were that simple. (人生が単純なものであればね)' 'Poirot always gets his man. (ポワロさんはいつだって犯人を捕まえる)' 'Perhaps this time he does not wish to. (あるいは、今回は捕まえたくないのかも)' というやりとりで、ポワロは大佐に実は犯意があったことを知りながら、それがノートンによって誘発されたことを踏まえ、あえてそれを証明したくないと言っているのがわかる。
ポワロが「〔ボイド・キャリントンは〕大言壮語ばかりで中身はない、おまけに記憶力がからっきしだめ」と評した台詞は、原語だと '(Boyd Carrington) is a pompous bore, whose memory is so bad that he tells back to you the story that you have told to him. (もったいぶった退屈な男で、記憶力もだめだから、人から聞いた話を聞いた本人にくり返す)' となっていて、人から聞いた話をくり返す彼の癖に関して、本人が実際に晩餐でノーラ・シャープルズ事件の話題を出すより前に、直接的に言及されていた。しかし、原作でノートンがこの癖を利用してボイド・キャリントンに逸話を出させ、それによってラトレル大佐を夫人射撃に思い切らせた場面は、ドラマではノートン自身の発言が直接大佐を刺激する形になっており、犯行の伏線としての役割は失われている。
ディナーの席でアラートンがノートンへあてこすりを言ったあと、ラトレル夫人が脈絡なく「なんとすてきな夜でしょう」と言うのは、場の空気を取りなすためにしてもやや唐突に思われるが、原語は 'A full complement. (全員集合ね) What a treat! (愉しいわ)' という発言で、普段は自室で食事をとるポワロがディナーに同席したことへの喜びを語っている。それにつづく、ラトレル夫人とジュディスの「これもムッシュウ・ポワロがいてくださってこそよ」「ええ、確かに。経験豊かな方ですもの」という発言も、原語は 'Our little dinners are not the same without you, Monsieur Poirot. (ポワロさんがいてくださらないと、ディナーはこんなじゃありませんのよ)' 'No, they're not. (ええ、確かに) I don't like the thought of your eating alone. (おひとりで食事をするなんてだめよ)' という表現で、普段のディナーにポワロが同席していないことが、よりはっきりと窺える。それを受けてポワロが「わたしはただ、知識に飢えているだけです」と、経験豊かになった理由を言っているように聞こえる台詞も、そもそも経験の話をしていない原語では 'I myself do not like to miss anything, ma chérre. (わたしは何物も見過ごしたくないのです)' という表現で、犯人が動き出し、その手法を確認したのを受けて、その現場を見逃さないようにしたと暗に言っていると思われる。したがって、それに反応したノートンの「たまにはその知識欲にも休息を?」という台詞も、原語では知識欲の話になりえず、 'Never a moment's rest in your line of work. (あなたのそのお仕事に休息はないんですか?)' と、ポワロの職業的意図を見抜いて挑発しているとも取れる表現になっている。そして、つづく「いいえ、ムッシュウ・ノートン、休む暇はありません。時計の針は天が、進めているのです」というポワロの台詞は、原語だと 'No, no, Monsieur Norton, there is always so much more to do. (ありません、ムッシュウ・ノートン、すべきことはいつも山積みです) But the clock, it ticks. (でも、時計は進む) Such is the will of God. (それは神の思し召しです)' という表現で、やることは残っていても人は誰しも歳を取り、やがて死を迎えるのだと言っている。そのため、ラトレル大佐の「あなたの存在は誰も忘れませんぞ」という発言につながる。
ヘイスティングスがアラートン殺害を決めてアラートンの部屋に忍び込んだ際、映像ではスランバリルの瓶から錠剤を取り出す様子と、アスピリンの瓶に錠剤を入れる様子しか映らないので、ヘイスティングスがそこで何をしたのかわかりにくいが、ヘイスティングスはアラートンのスランバリルを取り出した上で、錠剤の数が減っていることがばれないよう代わりに自分のアスピリンを入れ、アスピリンの瓶にスランバリルを移して自室に持ち帰っている。そして、その持ち帰ったスランバリルの致死量を酒に溶かし、それをアラートンに薦めて飲ませるのが彼の計画だった。翌朝の「そして――〔警察によって〕アスピリンが発見される」「めずらしい薬ではない」「睡眠薬の混入がなければです」というポワロとの会話は、アスピリンに睡眠薬を混入したように聞こえるが、原語では 'And then—they find the aspirin. (そして――警察はアスピリンを発見する)' 'Well, everyone has aspirin. (誰でもアスピリンは持ってますよ)' 'Not mixed with their sleeping pills. (睡眠薬に混ぜて持っている人はいません)' というやりとりで、睡眠薬すなわちスランバリルの瓶のなかに、それが盗まれたことを隠すべく混入されたアスピリンが発見されて事件性が明らかになるという趣旨である。また、目撃された可能性を否定するヘイスティングスにポワロが「ですから――」と食い下がる際、鏡に映ったヘイスティングスの口が動いているが、日本語音声では声がしない。原語音声では 'It's not simply done. (そんなことはありえませんよ)' と、鍵穴をのぞく人などいなかったとヘイスティングスが主張する台詞がここにあり、つづく「いずれにせよ、わたしは誰にも見られてはいません」の部分では、原語だと 'Anyway it didn't come off and thank heavens for that, (いずれにせよ、〔アラートン殺しは〕成功しなかったし、それで本当によかったですよ)' と、のぞきではなくアラートン殺害の失敗について言っている。そのためにジュディスとの問題が未解決だという次の台詞につながる。
流れ星を見にいかずにひとりで目頭を押さえるヘイスティングスに対し、ジュディスが「お母さんから聞いたわ。二人でよく星を眺めたんですって?」と言う台詞は、原語だと 'I remember Mother telling me how you once carried her out onto a balcony to look at the stars. (お母さんから聞いた、星を見にお父さんがお母さんをバルコニーへ担いでいった話を思い出すわ)' と言っており、単に流れ星ではなく、ボイド・キャリントンがバーバラを担ぎ上げてバルコニーへ連れていったのが、ヘイスティングスに亡き妻との思い出を呼び起こしたことがわかる。また、ジュディスの「つらい時期だったわ……ちがう?」という発言は、ヘイスティングス夫人が亡くなった当時のことを言っているように聞こえるが、原語は 'Life's quite hard at times, isn't it? (人生はときに過酷なものよ。そうでしょう?)' という一般論の体裁で、ヘイスティングス夫人の死と同時に、報われる見通しが立たない自身の恋愛を念頭に置いていると見られる。そのためにジュディスは、そこにヘイスティングスが「ああ、気をつけよ、嫉妬とは緑目の怪物なり」と引用したのを聞いて、それをわが身に照らし、あきらめのような表情を浮かべて首を振る。おそらくはこのときジュディスは直前のノートンの挑発から解き放たれており、ヘイスティングスと亡き夫人の思い出が、涙を誤魔化そうとコーヒーの位置を動かしたのとあわせ、意図せず娘と娘の想い人を同時に救った形になっている。なお、この場面はおおよそ原作どおりの流れだが、原作ではヘイスティングスによる地の文だった描写をもとにジュディスの台詞を追加し、『オセロー』の引用が彼女に与えた効果を描いたのは、ドラマでの脚色である。
ポワロがヘイスティングスに言う「わたしはベストを尽くしてきた……そうは思いませんか?」という確認は、日本語だと単にそれまでの人生を振り返っての一般論を言っているようにも聞こえるが、原語だと 'I have always tried to do my best, you know... (わたしは常に最善を尽くそうとしてきた……) You do believe that, Hastings? (本当にそう思いますか?)' という表現で、 always (常に) という例外を排除する言葉から、前夜のノートン殺害が最善の選択であったか自信が揺らぎ、ヘイスティングスの意見あるいは肯定を求めていることがわかる。つづく「神のゆるしを得られるか……」も原語は独白でなく、 'Do you think God will forgive... me? (神はゆるしてくださると思いますか?)' と、やはりヘイスティングスの意見ないしは肯定を求めている。そして、ヘイスティングスがそれに答えて「あなたはすばらしい人だ」と言ったところは、原語だと 'You are a good man. (あなたはいい人だ)' という表現で、これには単に人として優れているというより、善人だというニュアンスがある。だからこそポワロは、そのヘイスティングスの信頼と保証と、そして変わらず「純情で、すぐ欺される」人柄に、微笑を浮かべるのである。そしてポワロが言う「あなたを残して逝きたくはありませんでした……」は、原語だと 'My heart bleeds for you, my poor lonely Hastings. (君のことを思って心が痛みます、かわいそうな、孤独なヘイスティングス)' という表現で、一見日本語のように、妻を亡くし、親友も失おうとしているヘイスティングスを案じているようにも聞こえるが、実はヘイスティングスに秘密を抱き、信頼を裏切っているやましさが吐露されているとも受け取れる。であればこそ、ヘイスティングスの去り際にやはり黙っていられず、ノートンの死は殺人であったと明かし、それによって安らぎを得ると同時に、それでも真相に思い至らないヘイスティングスにふたたび微笑して、「シェ・ラミ (Cher ami.)」とつぶやいたのだろう。これは逐語訳すれば「親愛なる友よ」という意味で、普段から用いる「モ・ナミ (mon ami)」(逐語訳すれば「わが友よ」)以上に強い親愛の情を示すフランス語である。ただし、スーシェの自伝によればこの「シェ・ラミ」は、内心スーシェからポワロへの別れの挨拶として口にされていたとのことで、ヘイスティングスにはその前の去り際にも一度「シェ・ラミ」と声をかけていたようだが、編集でカットされたのか、放送された映像では見られない[20]。
「エルキュール・ポワロ 死す」の新聞記事の本文は「ビッグ・フォー」の「ポワロ氏 爆死 ビッグ・フォーの犯行か」の記事と同じ内容で、本篇には登場しないジャップ警部の名前も見える。一方、「ビッグ・フォー」ではジャップ警部(警視監)は登場するが、舞台は第二次大戦勃発前の1939年であり、文中に含まれる the First World War (第一次世界大戦) という表現が時代にあっていなかった。撮影順に照らせば、この文章は先に本作品のために用意され、それを時代設定の異なる「ビッグ・フォー」でも気づかずそのまま使ってしまったという順番だろうか。一緒に掲載されたポワロの写真は「マギンティ夫人は死んだ」のときのもの。
ポワロがヘイスティングスにココアを勧めたときの台詞は、リアルタイムには「飲み干してください、最後の一滴まで (Drink it all, cher ami, every last drop.)」だったが、ポワロの手紙から回想されるときは「ノンノンノン、最後の一滴まで (No, no, no, every last drop.)」になっている。一方、ノートン殺害の翌朝にポワロが言った「事実を知ったら後悔するかも」という台詞は、のちにヘイスティングスに「事実を知ったら後悔するかもしれません」と回顧されるが、原語ではいずれも 'When you see the light, you may wish you had not.' となっていて、表現に差はない。
ポワロが睡眠薬には耐性ができていたと言うが、耐性ができるのは1950年代頃まで使われたバルビツール酸系の睡眠薬の特徴。クリスティー作品にたまに登場するヴェロナールは、その商品名である。
ノートン殺害の現場を密室にするのに使われた合鍵は、ドラマだとポワロの説明で前触れなく登場するが、原作ではポワロがスタイルズ荘に来てから部屋を替えたことがあり、自室以外の部屋の合鍵を作っておく機会があったという伏線が張られていた。
ヘイスティングスへの手紙のなかでポワロが「あなたが殺人者の正体を訊ねたとき、あえて真実を明かしませんでした」と言ったところは、原語だと 'When you asked if I knew who was the killer, I did not quite tell to you the truth. I knew, but had to make sure. (あなたが殺人者の正体を知っているか訊ねたとき、わたしは一切真実を明かしませんでした。わかってはいても、確かめる必要があったのです)' という表現で、「あえて」というニュアンスはなく、ヘイスティングスに伝えるにはまだ確認が不十分だったからだと説明している。したがって、そのすこしあとの、日本語では脈絡なく挿入されたように聞こえる「長くはかかりませんでした」というポワロの台詞も、その確認に要した時間の話である。くわえて、原語では 'Oh, yes, Norton was our man. (そう、ノートンが目指す相手だったのです)' となっている台詞が、翻訳の際に our man を「味方」のような意味で取ってしまったのか、日本語だと「ノートンは憎めない男でした」となっているため、真犯人を名指ししたことが受け取りにくいかもしれない。また、「そしてあざけりへの報復として、人々に、彼らが忌み嫌うことをさせたのです」は、原語だと 'And then make them to things they did not want to. (そしてやりたいと思っていないことをさせる) Compensation for a lifetiime of derision. (あざけりの人生の代償行為)' で、被害者がさせられたのは「彼らが忌み嫌うこと」というより、ノートンの影響を受けなければやりたいと思わなかったことというニュアンスであり、それをさせるのは「報復」というより不遇な人生の埋め合わせのニュアンスである。そして、「それは人の心にあいつを殺してやりたいという感情を芽生えさせることです――心理的殺人教唆」の原語は 'This sense of power gradually developed into a morbid taste for violence at second-hand, which soon turned into an obsession. (その力の知覚は徐々に他人の手を使った暴力の病的嗜好に発展し、それは遠からず病みつきになりました)' で、ノートンが他人に殺人の意思を生じさせることではなく、それが可能だと知ったノートンが、その愉悦におぼれていく様子を言っている。ノートンがラトレル大佐を挑発した「我慢することなんかないんだ」は、 'Couldn't assert himself if he tried. (〔大佐は〕我を張ろうとしても張れないんだ)' で、直接的に行動を促す日本語と異なり、屈辱を煽る言い方になっていた。「彼を禁断症状に陥らせた薬。時には失敗もありましたが……」は、 'Sometime successful, sometime not; (成功することもあれば失敗することもある) It was a drug he constantly craved. (それは彼が定期的に渇望する麻薬でした)' と文章の順序が逆であり、成否の不確かなギャンブル性がノートンの常習性を招いたと言っている。「フランクリンとジュディスのあいだのことも、いまは受けとめられるでしょう」も、原語では 'You will have realised by now that Franklin was in love with Judith and she with him. (いまはもう、フランクリンとジュディスが互いに想いあっていることに気づいているでしょう)' となっていて、のちにポワロが、バーバラを殺したのはジュディスではないかという疑いがヘイスティングスに生じることを懸念していることを考えると、日本語のようにこの時点で受けとめるところまで行っていると想定するのは不自然に感じられる。また、ディナーの席でノートンがジュディスにかけた言葉について、「そして彼女をいさめるような言葉で、実は彼女を挑発していた!」と言ったところは、原語は 'And gently rediculed the idea that she would ever have the nerve to take decisive action. (そして、彼女が決定的な行動に出る勇気はないだろうと、ものやわらかにあざけった)' で、実際、ノートンの言葉はまったくいさめているように聞こえない。「彼はアラートンに対するあなたの憎悪を増幅させるために心血を注いだのです」は、 'He discovered every weak spot to exacerbate your profound dislike of Major Alerton. (アラートン少佐に対するあなたの深い嫌悪を増長させる〔心の〕弱点を、彼は残らず見つけました)' で、(おそらく心血を注ぐまでもなく)ヘイスティングスの感情を誘導できるポイントをすべて見抜いていたということ。そして「あなたはジュディスの声を聞いていない。仮にこのときアラートンの相手の声を聞いていたとしたら、あなたがノートンの罠にはまることはなかったでしょう」という日本語は、たまたまとも取れる表現だが、原語は 'Yet you did not see her or even hear her speak. (でもあなたはジュディスの姿も見ていなければ声を聞いてすらいない) Norton made sure of that, for if you had, you'd have discovered there had never been any question of Judith going to London that day. (ノートンがそうなるようにしたのです。もし相手が誰かわかれば、その日ロンドンに行くのがジュディスのはずがないと気づかれてしまうからです)' となっていて、ノートンの作為によっていたことが明確である。「わたしはアラートンの部屋から聞こえてくる音に集中し、あなたが嫌うことをあえてしたのです」は、 'I heard you in the bathroom of Allerton, and promptly, in the manner you so much deplore, dropped to my knees. (あなたがアラートンのバスルームにいる物音が聞こえ、すぐにわたしは、あなたの嘆かわしく思う態度で、膝を落としました)' で、日本語の「あなたが嫌うこと」はヘイスティングスの犯行を妨害したことを指しているようにも聞こえるが、原語では彼が拒否しつづけていた、鍵穴を覗くという行為を言っている。そしてバーバラ・フランクリンとボイド・キャリントンの関係に話を移し、ボイド・キャリントンのことを「貴族の称号を持つ」と言うが、彼は準男爵で、準男爵は世襲位階ながら貴族には含まれない。対応する原語の aristocratic は「上流階級の」という意味で、無爵の地主階級なども含む、貴族に限定しない言葉である。「かつて彼女にプロポーズしている男が」と言ったところは、原語では 'who'd nearly asked to marry her when she was a girl (かつて彼女にプロポーズ寸前だった男)' で、実際にプロポーズするところまでは行っていなかった。バーバラがフランクリンに言及した部分を評した「彼女の表向きの称讃と、そこに見え隠れする本音、さらには懸念」という台詞は、 'It was so obvious, her protestations of admiration, then her fears for her husband. (実に見え透いていました、夫へのことさらの称讃と、それから懸念)' で、原語の「懸念」は「本音」ではなく「称讃」と並列されたもの。つまり、ボイド・キャリントンがクレイブンになびくことへの恐れではなく、夫の身を案じてみせた(ように思わせて、夫の事故死の可能性をにおわせた)ことを指す。そして、バーバラの死を解き明かす「バーバラは自分が夫のために淹れた毒入りコーヒーを、それとは知らずに飲み干してしまう」は、 'Madame Franklin drinks the poisoned coffee mean for her husband and he drinks the coffee meant for her. (マダム・フランクリンは夫向けの毒入りコーヒーを飲み、夫は夫人用のコーヒーを飲む)' で、コーヒーを彼女が自分で淹れたとは言っておらず、実際、コーヒーはクレイブン看護師が淹れていた。「わたしは、モ・ナミ、あなたが無意識のうちにテーブルをまわし、コーヒーが入れ替わったことを知りましたが、それはあとからの話です」は、 'I realised what must have happened that she'd poisoned the coffee and you'd unwittingly turned the table, but you see, Hastings, I could not prove it. (彼女がコーヒーに毒を入れ、あなたが知らずにテーブルをまわしたにちがいないと悟りましたが、証明はできませんからね)' で、あとから知ったのではなく、その場で真相に気づいたが証明手段を持たなかったことが課題。「幸い、ポワロの言い分が疑われることはありませんでした」は、原語では 'I knew that my statement would be accepted because I am Hercule Poirot. (わたしの言い分が疑われないのはわかっていました。なぜならわたしはエルキュール・ポワロだからです)' と言っており、言い分が疑われなかったという事実関係は同じだが、「幸い」どころか相変わらず自信満々である。「あなたはジュディスのことで頭がいっぱい、それがあなたの思考力を鈍らせていた」は、 'You were not pleased, but mercifully you did not suspect the true danger. (あなたはいやがりましたが、幸い真の脅威には気づきませんでした)' で、 not pleased の対象はジュディスの恋愛のことではなく、ポワロが意図的に評決を誘導したことであり、それは別にヘイスティングスの思考力を鈍らせておらず、ヘイスティングスが単にジュディスが犯人かもしれないという可能性に気づかなかったということ。そして、「そして今、真実をお教えしましょう」も原語ではその先の説明を切り出す台詞ではなく、ヘイスティングスがその怖ろしい可能性に思い至った場合を踏まえ、 'And therefore, you must know the truth. (だからこそ、あなたは真実を知る必要があるのです)' と、自らの行為が意図せずバーバラを死なせることになったという残酷な真実を知らなければならなかった理由が、娘への疑念を払拭するためであることを説明している。検死審問の裁定に不満なノートンについて言った「借金ならぬ、命を取り立てる男」は、 'He was deprived, you see, of his pound of flesh. (彼は〔得られるはずだった〕生肉1ポンドを奪われたのです)' という表現で、 pound of flesh (生肉1ポンド) とは『ベニスの商人』でシャイロックが借金の抵当として求めたアントーニオの生肉のことであり、つまりは奪えるはずだった人命を奪い損なったということ。そして、ヘイスティングスに疑念を吹き込んだノートンの手口を説明する「彼はあの日、あなたたちとの散歩の途中であるものを見ました。決定的なことは言わず、ジュディスの相手がアラートンではなくフランクリンであるかのような余韻を残し、そしてこれが、自殺とされたバーバラの死に影を落とすのです。彼女を邪魔に思う人間がいたのでは、と」という台詞は、 'He began to throw out hints about what he saw that day with you and Mademoiselle Cole. What is it? (あなたやマドモワゼル・コールと一緒にあの日見たものについて、彼はほのめかしを始めました。それはどんなものか?) He'd never said anything definite, so if he could convey the impression that it was Franklin and Judith that he saw, not Allerton and Judith, then that could open up an interesting new angle on the suicide case, perhaps even throw doubts on the verdict. (それまで決定的なことは言っていませんでしたから、もし彼が見たのがアラートンとジュディスでなくフランクリンとジュディスだったと思わせることができれば、自殺事件に興味深い新たな視点をもたらし、裁定に疑念を生じさせることすらできるかもしれない)' という台詞で、決定的なことを言わなかったのは目撃からほのめかしを始めるまでの話であって、それゆえにあとから別の視点を持ち込むことができたと言っている。そして、ついに対峙したノートンに過去の事件の調査結果を見せながら言う「いずれの事件にも決定的な証拠は存在せず、しかし、あなたが、ムッシュウ・ノートン、悪意を持ってすべてに関わっている」は、事件にノートンの関与を示す証拠がないと言っているようにも取れるが、原語だと 'in none of these murders was there any real doubt. There was one clear suspect. No other. (いずれの事件も疑わしいと言えるところはなく、明白な容疑者が一人だけ) But you, Monsieur Norton, are the one factor malevolent common to all (しかし、ムッシュウ・ノートン、あなたがすべてに共通した邪悪な要素だ)' で、前半部は各事件で犯人とされた人物に関する話であって、しかも逆に容疑が明確であったということ(その状況では確かに、ノートン関与を示す決定的な証拠もないわけだけれど)。また、「一連の殺人事件の影に君がいたことを、このわたしはすでに見抜いている」は、 'Your proximity to these three murders was too much of acoincidence and I smelt, as you say, the rat. (これら3件の殺人事件の近くに君がいたことに、わたしは俗に言う「怪しいにおい」を嗅ぎ取った)' で、まだその時点ではノートンの影響を見抜いてはおらず、「だからわたしはここに――君を監視するために」は、 'That was why I came to Styles to observe you function (だからわたしはスタイルズ荘に来た――君が影響を与えるのを観察するために)' で、スタイルズ荘に来てノートンの手口を観察し確認したと言っている。つまり、これが手紙の冒頭に言っていた(日本語では言っていなかったけど)確認である。ポワロに処刑を宣言されてノートンが言う「じゃあ、お手並み拝見だ。そろそろ寝る時間だからね」は話がつながっていないが、原語は 'Then—do get on with it. (じゃあ、急いでくれよ) I promised myself an early night. (早寝するつもりだったんだ)' である。そうしておどけるノートンにポワロが言う「首でも洗っていたまえ。わたしの意志は堅い! 仮にわたしが失敗しても君は逃げられない!」は、 'Justice is no joking matter, monsieur! (正義は冗談の種にするものではない) I do what I can to serve it, but if I fail there is justice that is higher, believe me. (わたしは正義のために全力を尽くすが、仮にわたしが失敗してもより高い〔神の〕正義がある)' で、「逃げられない」とはいずれは露見して捕まるという意味ではなく、たとえ(現世で)逃げおおせても、人はあまねく神の裁きを受けるという趣旨である。ノートンがそれをあざけって言う「ぼくを殺す? それは、犯罪じゃないのかな」も、 'Murder me? (ぼくを殺す?) There's a mortal sin if ever there was. (それはまちがいなく大罪だね)' で、宗教的な罪を言っており、「縛り首から逃れるために自殺でもするか? 地獄に落ちるのが関の山だぞ」は、殺人に加えて自殺もカトリックで罪とされてきたことを指摘している。そして、ポワロに薬を嗅がせて言う「ぼくの天下なんだよ、わかるかな?」は、ポワロが法律や宗教的な規範から自分に手を出せないと言っているように聞こえるが、原語は 'You see how good I am to you, old man? (ぼくの優しさがわかったかな?)' であり、敵に薬を与えたことについて言っていて、つづく台詞も薬の効果についてである。ノートンが調子をつけて言った「誰が幕を下ろすのかな?」は、 'Who will be there at the final curtain? (幕が下りたときに立っているのは誰かな?)' で、どちらがけりをつける主導権を持っているかというより、生き残る、あるいは勝つのはどちらかという問いかけ。それを受けてポワロが言う「君には同情する。この美しき世界を汚す役目を、君は負わされた」は、 'I pity you, Norton. How very sad to find this great and beautiful world is so foul and disappointing. (君には同情する、ノートン。この美しく偉大な世界を、汚れた、失望を呼ぶものと思わされたのはさぞかし悲しいことだったろう)' で、同情の対象は、ノートンを邪悪な愉しみに走らせた、周囲からあざけりを受けたつらい過去である。また、母との関係を指摘されて泣いていたノートンが急に落ち着きを取りもどして「勝ち目はないぞ、ポワロ。勝ち目はないんだ」と言うところは、日本語だとノートンの動揺が演技だったように見えるが、原語は 'Shots in the dark, Poirot. Shots in the dark. (あてずっぽうだろ、ポワロ。ただのあてずっぽうだ)' で、ポワロの指摘に根拠がないと思い至り(あるいは思い直し)、立ち直っている。そして、ノートンに自ら手を下したことについてポワロが語る「人には法をねじ曲げる権限はない。しかし、ノートンの命を奪うことがほかの多くの命を救うことにならないだろうか? わたしはそう問いつづけました」は、 'I do not believe that a man should take the law into his own hands, but by taking the life of Norton, have I not saved others? (個人が法をその手にするべきだとは思いません。でもノートンの命を奪うことで、わたしはほかの命を救ったのではないか?) I have always been so sure, but now... (わたしにはずっと確信がありましたが、でもいまは……)' という台詞で、前半は法をねじ曲げるというより、法が悪の前に無力で正義に及ばない状況において、本来は法がなすべき正義を、個人が法になりかわり私刑としてくだすことを否定しており、これは原作にもある見解だが、ドラマ化にあたって「オリエント急行の殺人」で強調された視点、そして最終シリーズ諸作に通底していたテーマを受けたものになっている。実際、「オリエント急行の殺人」の日本語音声でポワロが「いったい何様のつもりですか!」と犯人に激昂した台詞は、原語だと 'You have no right to take the law into your own hands! (あなたたちに法をその手にする権利はない!)' となっていて、ここと同じ take the law into one's own hand (法をその手にする) という表現が使われていた。また本作の、ポワロも参加したディナーの席でボイド・キャリントンが言った、「法律を勝手に解釈することにならんか」という台詞も、原語では 'You can't have people taking the law into their own hands. (人々に法をその手にさせることはできんよ)' という表現で、これもドラマで追加された台詞であり、やはり主題を強調している。そして後半は、問いつづけていたのではなく、ずっと自らの正しさを確信してきたが、手を下したあとになってその確信が揺らいだということ。だからこそ、すべてを終えたあとになってから、自らを神の御手にゆだねるという選択につながった。なお、ラトレル夫人の〈殺害〉が未遂に終わったあとのポワロの独白は、日本語だと「だが、私の目の――黒いうちは決して貴様の……〔発作〕地獄へ落としてやる。観念しろ」となっており、前半部の意図はあくまで阻止であって、発作による余命の認識を経て、より過激な決意に至ったように聞こえたが、原語では 'But while I have breath in my body, I will... (だが、わたしの目の黒いうちにきっと……) [発作] I will damn you to hell—whatever the cost! (きっと地獄に落としてやる――どんな代償を払おうと)' となっていて、徹頭徹尾やる気満々であった。そして、「最後の審判の日に自分を弁護しようとは思いません」というポワロの選択は、原語だと 'When the moment comes, I will not try to save myself (そのときがやってきても、わたしは自分を救おうとするつもりはありません)' という表現で、 the moment (そのとき) が致命的な発作なのか、その後の神の審判を指すのかは判然としないものの、いずれにせよ自分を守るつもりがないということ。これが、殺人を犯しながら自らの正義を唱え、社会的な罰を免れて生きていくことを図った「オリエント急行の殺人」の犯人に対して反論の言葉を失ったポワロが、最後にその身で示した結論となった。なお、日本語音声にある「最後の審判の日」という言葉は世の終わりに神がすべての人を裁く公審判の時を指すが、カトリックの教えでは、人はまず、その前の臨終のタイミングで神が生涯の行いを裁く私審判を受けるはずで、一足飛びに公審判での態度を表明するのはだいぶ気が早いのではないかしら。それに、すべての行いが明らかにされるという公審判において、自己弁護のできる余地がそもそもあるのだろうか。
ポワロが告白する「あなたは気づいていなかったでしょうが、わたしは付け髭をしていました」という台詞は、日本語だとこれまでの口髭がすべて付け髭だったと告白しているようにも聞こえるが、原語だと 'You will not have realised, Hastings, that recently I have taken to wearing a false moustache. (あなたは気づいていなかったでしょうが、わたしは最近、付け髭をしていました)' となっており、付け髭をしていたのは recently (最近) のみだと明言されている。原作では付け髭に加えてカツラまで使っていたことになっており、付け髭は単に(読者に対して意外性を狙う意図があったにしても作中では)髭を任意に付けはずしできるようにし、部屋から覗いたヘイスティングスにポワロをノートンと誤認させる、実際的な手段の一つという側面が強かった。だが、ノートンに変装できたのは誰かという問題にほとんど踏み込まないドラマでは、それまで否定しつづけてきた殺人という行為に踏み出すポワロの象徴として、自らの重要なアイデンティティであったその口髭をはずす姿を描いているようだ。そして、殺害の瞬間にノートンが目を開けて笑みを浮かべるのもドラマでのアレンジで、これによってポワロの殺人すらノートンの心理的殺人教唆(という言葉は、前述のとおり日本語音声でのみ命名された概念だけれど)によって引き起こされたものという解釈の余地を生んだ。ノートンの銃創にヘイスティングスがカインの烙印を想起するところで終わった原作と比べると、「原作に最も忠実なポワロ」と評されたスーシェのポワロは、ポワロの最後の行為を神の裁きのようにとらえた原作とは、最終的に一面で正反対の結末に至ったとも受け取ることができる。まだ真相が明らかでなかったリアルタイムの絶息時には映されず、ノートン殺害告白後のプレイバックで初めて明らかにされる事切れたポワロの姿が、第1シリーズの「ジョニー・ウェイバリー誘拐事件」以来決して乱れることのなかった彼の寝姿が初めて崩れた姿勢であることも、それを象徴したものと言えるだろうか。ただし原作のポワロは、通行人へ発砲する立て籠もり犯をベルギー警察時代に射殺した経験も告白しており、ノートンの殺害は初めての殺人ではなかった。なお、「盗まれたロイヤル・ルビー」原作にはポワロが寝返りを打つ描写があり、常にきっちりと掛け布団を両手で押さえた恰好でポワロが寝ていたのは、スーシェの演技プランによる。また、その最期が安らかならざる姿であったのも、ポワロには現実の非凡な人間として、美化されていない現実の死を迎えてほしいというスーシェの希望があったという[21]。
原作のヘイスティングスは、長篇第2作であった「ゴルフ場殺人事件」のあとまもなく南米に移住し、その後もしばしばイギリスに帰国してはポワロが手がける事件の語り手を務めていたものの、「もの言えぬ証人」での登場を最後に読者の前から姿を消し、本原作で再登場するまで40年近い空白があった。ドラマでも、2002年放送の「白昼の悪魔」以降、最終シリーズの「ビッグ・フォー」と本作で再登場するまで、12年という期間が空いている。これまで1930年代に固定されてきた舞台設定は、本作では1949年の10月に設定されており、この時代の跳躍は、劇中の世界で第二次世界大戦をまたぐのと同時に、ちょうど現実の世界で視聴者がヘイスティングスの姿を見ていなかった期間とも重なる。ただ、ヘイスティングスの娘のジュディスはどう見ても成人女性なのに、ベラ夫人との出会いは「ゴルフ場殺人事件」の1936年のはずで、そちらは計算が合わない。もっとも、「ゴルフ場殺人事件」原作の刊行は1923年なので、ヘイスティングスの結婚を原作どおりにその頃とすれば大きな齟齬はない。なお、原作でのジュディスの年齢は21歳、ジュディスを演じたアリス・オル=ユーイングは撮影当時23歳とのこと。
物語の全体的な流れとしては、過去の殺人事件が早々にポワロからまとめて呈示されるのではなく、関係者の発言から一つずつ明らかにされていき、その数も減らされている以外、おおよそ原作に忠実な映像化。ただ、ポワロの執事との名前の重複を避けるためか、ラトレル大佐のファーストネームは、ジョージからトービーに変更されている。
本作の日本語音声ではヘイスティングスの主な一人称は「わたし」、ポワロからヘイスティングスへの二人称は「あなた」だが、かつての宇津木道子さんの台本ではヘイスティングスの一人称は「ぼく」、ポワロからヘイスティングスへの二人称は「君」だった。また、かつてヘイスティングスがポワロのことを二人称代名詞で呼ぶことはなく、「ポワロさん」と名前で呼んでいた。加えて、ヘイスティングスとポワロのあいだでは、原則として丁寧語は用いても、尊敬語や謙譲語を用いることはほとんどなかった。ただし、「スタイルズ荘の怪事件」での再会直後や、「ダベンハイム失そう事件」での、熊倉一雄さんのアドリブとも思われる箇所などのほか、多少の例外はある。また、ハイビジョンリマスター版での、瀬尾明日香さんによる追加翻訳部分はその限りではない。
エリザベス・コールがピアノで弾いているのは、「雨だれ」として知られるショパンの24の前奏曲の一つ(作品28-15)である。
ポワロがスタイルズ荘への不満として「生ぬるい水 (the water, always so tepid)」と言うが、「ぺらぺらのタオル」と並べられていることからも、冷たくあるべき水が生ぬるいのではなく、熱くあるべき浴室のお湯がぬるい話をしていると思われる(原作の、より詳細な台詞では明確に浴室の話である)。また直前に「料理を除いては〔昔と変わらない〕」と料理のみが昔より劣化したように言っていたはずなのに不満の話がつづいているのは、原語だと 'The food, it is disgust. (料理は最低)' という表現で、料理だけが例外というニュアンスがなかったためである。
ポワロが自分をスタイルズ荘へ呼び寄せた真意はほかにあるはずだとヘイスティングスが指摘し、「ああいう、忌まわしい事件の現場に戻ってくる理由は」とつづけた台詞は、原語だと 'I know it! (だと思った) Otherwise why come back to the scene of our first murder? (そうでなくて、ぼくらの最初の殺人事件の現場には戻らないでしょう?)' と言っているが、ドラマではベルギーでの出会いも殺人事件だったことになっており、「スタイルズ荘の怪事件」は our first murder (ぼくらの最初の殺人事件) ではない。ただ、ベルギーの事件では自分がうたがわれているかと思ったとヘイスティングスが言っており、捜査に同行したわけではなさそうなので、「ぼくらの」と言えないのかもしれない。
ヘイスティングス到着の日の夜にジュディスが「会えて嬉しいわ。どうせエルキュールおじさまに口説かれたんでしょうけど。心配だものね」と言い、ポワロが「またわがままを言いました」とコメントするところは、原語だと 'I'm so glad you're here. (来てくれて嬉しいわ) Uncle Hercule always manages to bring you out of yourself. (エルキュールおじさまはいつもお父さんを殻から引っ張り出してくれるのね) He gets so sad. (父はふさぎ込んでしまうから)' というジュディスの台詞にポワロが 'Ah, well, you must allow him that, ma chérre. (ああ、でもそれは許してあげなくては)' と言っており、つまり妻を亡くしたヘイスティングスが哀しみに沈むのは当然だと言っている。
かつてスタイルズ荘で起きた殺人事件についてポワロが「主人が毒殺されました。厳格な上に極端な吝嗇家で、子供たちが将来を悲観したのです」と言うが、あまり「スタイルズ荘の怪事件」の状況には聞こえない。原語は 'The lady of the house, she was poisoned. (屋敷の女主人が毒殺されました) She controlled, as you say, the purse strings, but her stepchildren felt they had no life of their own. (彼女はいわゆる財布の紐を握り、義理の子供たちは自分の人生を送れていないと感じていました)' という表現で、必ずしも厳格や吝嗇、人生の悲観といったニュアンスはなく、生活に不自由はなくとも、自分の金銭を持たないがゆえに何事も母親の意向に沿わざるをえなかった自己決定権のなさを言っている。また、音声では下手人に関する言及がないにもかかわらず、映像ソフトなどの日本語字幕では台詞の最後の部分に「絶望した子供が凶行を」と表示される。なお、「スタイルズ荘の怪事件」におけるイングルソープ夫人の息子たちは、原作だとこの台詞のように義理の息子(前夫の連れ子)だが、ドラマでは実子に設定が変更されていた。
……と書いてきたものの、実は日本語音声だと舞台の屋敷の名前は劇中で最後まで明言されず、原語音声でも終盤の謎解きになって初めて言及される。加えて日本語音声では、前述のとおり、同じ場所でかつて起きた事件が「スタイルズ荘の怪事件」だとは受け取りにくい表現になっており、撮影地も代わっているので、事前知識なく観た人は、舞台がスタイルズ荘であると気づかないかもしれない。もっとも、番組内容として放送データに載っているあらすじを見れば、舞台がスタイルズ荘であることが明記されているのだけど。
ジュディスが悪影響を受けた相手としてヘイスティングスがフランクリン博士やアラートンの名前を挙げ、「うさんくさい連中だ」と言ったところは、原語だと 'I don't like that man. (あの男は好きませんよ)' という表現で、そのときジュディスと談笑しているアラートン一人のことを言っている。したがって、つづけてポワロが言う、女性が魅力を感じる「ああいう手合い」も、フランクリン博士を含まずアラートンのことを指している。
バーバラがボイド・キャリントンとのつきあいについて、日本語では「わたしの実家の近くに、彼ったらわざわざ引越してきたんですよ」と言うが、原語は 'My family used to live in this part of the world. (わたしの実家がこのあたりにあったんです) Bill would come to stay with his uncle at Knatton Hall. (ビルは〔その近くの〕ナットン・ホールのおじさまのところへよく泊まりに来ていたの)' という表現で、ボイド・キャリントンは別に引越しはしていない。
バーバラの部屋をヘイスティングスと出たボイド・キャリントンが、最後に「かわいそうに」と言うところは、原語だと 'Fancy a rubber? (〔ブリッジの〕三番勝負でもどうだ?)' と言っており、そのためにブリッジの場面につながる。そのブリッジでラトレル大佐がダイヤの7を出し、夫人が「ハートでしょ、そこは!」と叱責したのは、日本語だと大佐の下手な手に夫人が激昂したようにも聞こえるが、ブリッジではその回の最初に出されたカード(ここではハートの2)と同じスート(記号)のカードを出さなければならないルールがある。手札に同じスートがなければほかのスートのカードを出してもよく、大佐がハートのカードを持っていないかは夫人からはわからないはずだが、まだ各人ともクラブを1枚出しただけなので、すでにハートを1枚も持っていないとは考えにくい状況ではある。そして、その出しまちがいから夫人がやり直しを求めたのは、大佐がダイヤの7を持っていることがわかってしまうと、のちの駆け引きに影響し、パートナーである自分も不利になるためか。なお、出しまちがいについて大佐は「6か7〔のカード〕しか来ないんだ」と弁解するが、ブリッジでは最初に各人へ13枚のカードが配られるので、それぞれ4枚ずつしかない6と7しか手札に来ないという状況はありえない。原語だと大佐は 'I'm all at sixes and sevens.' と言っており、 at sixes and sevens とは「混乱している」という意味の慣用句である。
ヘイスティングスにいつも夜更かしをするのかと訊かれたアラートンは、日本語だと「スポーツのライブ中継があるときはね。もったいなくて寝てなんかいられませんよ」と答えるが、原語では 'I never go to bed when there's sport abroad. (外で愉しみのあるときはベッドになんて入りませんよ) These moonlit evenings aren't made to be wasted. (月明かりのある夜を無駄にはできませんからね)' という表現で、 sport abroad は外国でのスポーツではなく屋外での遊興のこと。つまりは女性と外にいたと暗に言っている。また、アラートンが睡眠薬を手に入れるコネがあると言って、「でも、これを手配してくれた友人は死にました」と言うところは、現在はもうその薬を入手できなくなっているようにも聞こえるが、 'An old friend of mine gave me a few useful introductions. (旧友が重宝な伝手をすこし紹介してくれましてね)' という表現で、その旧友ことエサリントンが直接薬を手配したのではなく、薬を手配してくれる人物を紹介してくれたということ。
フランクリンがカラバル豆を「フィゾスチグマ属です」と説明するところは、原語だと 'Physostigma venenosum.' と言っており、カラバル豆の学名を言っている。
クレイブン看護師の「大戦の折にはこちらに?」という質問に対し、ヘイスティングスが「スタイルズ荘の怪事件」のときのことを踏まえて「ええ、療養のために。ポワロさんと知りあったのもここです」と答えるが、今作の舞台である1949年は第二次大戦終結の4年後であり、ただ「大戦」と言われて第一次大戦中のことを答えるのは不自然に感じられる。また、前述のとおり、ヘイスティングスとポワロの初対面は第一次大戦前のベルギーにおいてであり、スタイルズ荘では再会だった。原語でのやりとりは 'I gather you were here in the First War. (第一次大戦の折、こちらにいらしたとか)' 'Yes, in 1916, I came here to convalesce. (ええ、1916年です。療養でここに) That's when I met Poirot. (そのときポワロさんに会ったんです)' という表現で、ちゃんと the First War (第一次大戦), met (会った) と言っているのでそこに不都合はないが、「スタイルズ荘の怪事件」の時代設定は1916年ではなく1917年6月。ただし、ヘイスティングスのスタイルズ荘訪問が「スタイルズ荘の怪事件」では1917年なのに、本作では1916年と回想されるのは原作同様である。
原作で描かれていた、ラトレル大佐による夫人射撃事件によって夫妻の関係が修復される様子は、ドラマではその後の晩餐で前より和やかな会話が交わされるくらいに見えるが、原語では事件直後に「意図的な行為でしょうか?」と訊かれたヘイスティングスが 'Well, I did until I saw them together—now I'm not so sure. (そう思いましたが、一緒にいる二人を見ると……いまはわかりませんね)' と答えていて、一言だけながら、この時点で具体的に関係修復が示されている。
ヘイスティングスがボイド・キャリントンとの交代(原語では捜査への勧誘)をポワロに提案して「わたしの数倍賢い人だ」と言ったのに対し、ポワロが「可能性はあります」と応じたところは、原語だと 'That would no be difficult. (それは難しいことではありません)' と言っており、原語はもっと辛辣である。また、ポワロが提案を退けて「これから先、この件については口外無用。いいですね?」と言うところは、ボイド・キャリントンを捜査に引き込む提案を二度としないよう求めているようにも聞こえるが、原語は 'Now I forbid you to speak of this matter to anyone, do you understand? (このことについては誰にも口外無用。いいですね?)' という表現で、殺人鬼の暗躍を察知して捜査していることを、ボイド・キャリントンに限らず誰にも明かしてはならないと言っている。
部屋で独りになったポワロが、犯人について「戻ってきたか……懲りないやつめ」と言うのは、犯人がどこからか舞い戻ったために犯行が再開されたように聞こえるが、原語では 'At it again, are you... at your deadly exercise? (また始めたか……危険な活動を)' という表現で、犯人が戻ったニュアンスはない。
エリザベス・コールとヘイスティングスの「いろいろ見てまわられました?」「いや、そんなに動けません。脚をやられました。職業病というやつです。だが、あなたの人生は希望に満ちている」という会話は、原語だと 'Did you see much action, Captain Hastings? (たくさん戦われましたの?)' 'Oh, not allowed to this time round. Gammy leg... (いや、今回は許可されませんでした。脚のせいで) And, let's face it, I'm pushing it a bit. (しかし、年寄りの冷や水だと認めなければ) But your life's just beginning. Anything might happen. (だが、あなたの人生はまだ始まったばかりだ。何か起こるかも)' という、第二次大戦での従軍の話題に始まる、主に年齢を意識したやりとり。だから、ミス・コールが「結婚のことですか?」と受ける。そして、彼女が言う「わたしをご存じでしょう、たぶん?」という質問は、原語だと 'You have no idea who I am, have you? (わたしが何者なのかご存じないでしょう?)' という質問で、逆の意味である。
フランクリンとジュディスがタドミンスターへ薬剤など買いに出かけたと言ったあと、バーバラが「科学の心も、こんな陽気の日にはたわいないものね。そう思いません?」と言うので、フランクリンたちが陽気につられて外出したくなったようにも聞こえるが、原語は 'I'm so glad I don't have a scientific mind. (わたしは科学の心を持っていなくてよかったわ) On a day like this it all seems so puerile. (こんな日には、そんなものたわいなく思えるもの)' という表現で、むしろよい陽気なのに薬剤などの買出しで相変わらず研究に心を砕いていることを冷やかしている。
ヘイスティングスを自室に呼んだポワロが、すきま風は命取りだと言い、日本語では「わたしもやられました」と言うが、原語は 'But I have just the thing. (でも、いいものがあります)' と言っており、そのためにココア(原語ではホットチョコレート)が出てくる(日本語はおそらく、 the thing を頭痛ととらえて訳されている)。
ヘイスティングスの到着初日と見られる寝付けなかった夜と、温室でアラートンの逢引を目撃した夜は、いずれも満月らしく見えるが、この間にひと月経過したのだろうか。なお、1949年10月の満月は7日であり、のちにポワロがバーバラを目撃した日として審問で証言する10月10日の3日前である。
ノートンがジュディスに言う「ホロフェルネスの首をはねたユディットのようだ」という台詞は、聖書の『ユディット記』を踏まえてのもので、ユディットを英語読みするとジュディスになる。そして、そのあとのボイド・キャリントンとノートンの、「ずいぶんと古い話だ」「でも、彼女は……大義のためにあれをやった」というやりとりは、逆接の接続詞でつながるのが若干不自然だが、ボイド・キャリントンの台詞は原語だと 'A bit grim, old boy. (いささか残酷だな)' で、「古い (old)」という単語を含む old boy の部分はノートンへの呼びかけである。加えて、ここでの old に必ずしも「古い」の意味はなく、呼びかけに対して親しみのニュアンスを加えている。
ヘイスティングスが『オセロー』の本から読み上げるイアーゴの台詞「ああ、気をつけよ、嫉妬とは緑目の怪物なり」は、日本語ではそのニュアンスが感じ取りにくいが、原語で 'O, beware, my lord, of jealousy; It is the green-eyed monster (ああ、嫉妬にどうかご用心を。あれは緑目の怪物です)' となっているように、上官である将軍オセローへ呼びかけたもの。なお、この台詞があるのは第3幕第3場で、戯曲のちょうど中程に当たるが、ヘイスティングスが本をひらいている箇所は、ずいぶん前のほうに見える。
流れ星を見たあとにバーバラが言う「ドロップがほしいの」の「ドロップ (drop)」は、そのあとジュディスが小瓶を持ってきているように、西洋風の飴ではなく滴剤のこと。ヘイスティングスが序盤にバーバラの部屋を訪ねたときにもクレイブン看護師が滴剤を用意していた。
バーバラの死因について検視官が「バーバラ・フランクリンは硫酸フィゾスチグミン、およびカラバル豆に含まれるアルカロイド物質をもって毒殺されたと認定される」と言うので、カラバル豆由来の成分のほかにも毒物を盛られたようにも聞こえるが、原語は 'It is established that Barbara Franklin died as a result of poisoning by physostigmine sulphate and other alkaloids of the Calabar bean. (バーバラ・フランクリンはカラバル豆の硫酸フィゾスチグミンおよびその他アルカロイドの中毒により死亡したものと認定される)' という表現で、硫酸フィゾスチグミンは、その名にフィゾスチグマ・ヴェネノスムというカラバル豆の学名の一部を含むように、「カラバル豆に含まれるアルカロイド物質」の一つと受け取れる。また、原語は中毒死であることは認定したものの、それが毒殺(他殺)であるかはまだ認定しておらず、そのためにその後ポワロへの聴取がある。
ポワロがバーバラの検死審問の裁定を意図的に誘導したと告げ、ヘイスティングスに「これ以上に何が?」と問われて「
ポワロの発作を目の当たりにしたヘイスティングスから医者に診せるよう言われたポワロの「医者……医者……」「手は尽くしたのです」「医者なら……医者なら……フランクリンがいる」という台詞は、原語だと 'Doctors! Doctors! (医者など)' 'They have done all they can for me. (医者にこれ以上できることはありません)' 'Very well, very well, I will see Dr Franklin. (いいでしょう、それならフランクリンに診てもらいます)' と言っており、当初は医者に診せても何もならないという主張をしていたのが、ヘイスティングスに食い下がられて、それならフランクリンに診てもらうと譲歩している。また、ポワロを診たフランクリンが「しかし、〔ポワロは〕あることにけりをつけるおつもりです」とポワロの懸念の内容を把握しているように言うが、原語は 'I gather he's worried about getting something finished. (あの人は何かにけりをつけるおつもりのようだ)' という表現で、推察であり、その内容を知っているニュアンスはない。そして、日本語では「ただ激痛には亜硝酸アミルが効くでしょう」と新たなアドバイスに聞こえる台詞も、原語は 'Just his ampoules of amyl nitrite when he feels angina coming on. (発作が来そうだと思ったら、お持ちの亜硝酸アミルをただ使うだけです)' と言っており、すでに処方済みの薬を対症療法として用いるしかないと言っている。なお、その亜硝酸アミルとは発作時にポワロが鼻に当てていた嗅ぎ薬のことで、筋肉を弛緩させて心臓の痛みを抑える効果がある。
バーバラが亡くなってスタイルズ荘を出たはずのクレイブン看護師が戻ってきた際、日本語ではボイド・キャリントンが「男ができたんだな」と言うが、原語は 'She's back for the night between engagements. (仕事の合間に一晩だけ戻ってきたんだ)' と言っているだけで、戻ってきた理由については(彼女の様子から推察はつくが)触れていない。
ノートンの死についてヘイスティングスが、「あれは自殺なのか? 誰が自分の額の真ん中を撃ち抜くんだと検視官は言ったそうだ」と言うが、ヘイスティングスは検死審問に出席しており、検視官の発言を伝聞のように言うのは不自然である。原語は 'Bad investments, so they say. (〔ノートンは〕投資が思わしくなかったらしいな) The coroner did think it strange that he would shoot himself through the centre of his forehead. (検視官は額の真ん中を撃ち抜いて自殺するのは奇妙だと考えていたぞ)' という表現で、ヘイスティングスの直接の認識を言っている。日本語はおそらく、原語の so they say と the coroner did think 以下を連続した一文ととらえて訳されているが、ノートンの投資の不調と検視官の疑念は順接でつながる内容ではなく、その解釈はやはり不自然である。
ポワロがヘイスティングスに宛てた手紙が画面に映る際、いずれも途中までは同じアルファベットの字形が完全に一致しており、スーシェの手書き文字をサンプリングして組みあわせた印刷と思われる。なお、その字形は、「ビッグ・フォー」のメトセラ劇団の関係者リスト(書き上がっているほう)と同一である。
ノーラ・シャープルズ殺害事件を報じた新聞記事では、その容疑者である姪のフリーダ・クレイを、メドウバンク学園で10年間英語教師をしていたと紹介している。このメドウバンク学園は「鳩のなかの猫」の舞台となった女子校と同一と思われるが、彼女の職歴は原作にないドラマオリジナルの設定である。
スタイルズ荘の撮影地は、前述のとおり「スタイルズ荘の怪事件」撮影時に使われたチャベネージ・ハウスではなく、「第三の女」で門の近くが撮影に使われたシャバーン城。しかし、ポワロの寝室などはスタジオ内セット。マーガレット・リッチフィールドの裁判がおこなわれた法廷は「杉の柩」や「五匹の子豚」、「複数の時計」と同じサリー州庁舎のもので、検死審問の会場や、ヘイスティングスがエリザベス・コールに真相を伝える場所も、同庁舎の内外である。ヘイスティングスがポワロからの手紙を読む部屋は、パインウッド・スタジオ内ヘザーデン・ホールのボードルーム。同所のボールルームは、「象は忘れない」や「死者のあやまち」でティーラウンジとして使われていた。ヘイスティングスとジョージが会うイーストボーンの海岸は現地で、画面奥には「グランド・メトロポリタンの宝石盗難事件」で舞台になったイーストボーン・ピアが見える。
ジェラルディン・マクイーワン主演の「ミス・マープル」シリーズでは、ノートン役のエイダン・マカードルを「スリーピング・マーダー」のホーンビーム役、ラトレル夫人役のアン・リードを「復讐の女神」のシスター・アグネス役で見ることができる。また、主演をジュリア・マッケンジーに交代した同シリーズ「ポケットにライ麦を」では、バーバラ・フランクリン役のアンナ・マデリーをアデール・フォーテスキュー役、エリザベス・コール役のヘレン・バクセンデイルをメアリー・ダブ役で見ることができ、ウィリアム・ボイド・キャリントン卿を演じたフィリップ・グレニスターは、同「グリーンショウ氏の阿房宮」でブロフィー神父を演じたロバート・グレニスターの弟である。加えてヘレン・バクセンデイルは、英チャンネル5制作のドラマ「アガサと深夜の殺人者」では、アガサ・クリスティー役で主演を務めている。
外出から帰ってきたときにバーバラが着ているのは、ジェラルディン・マクイーワン主演「ミス・マープル3」の「バートラム・ホテルにて」で謎解きの際にセリーナが着ているのと同じ服である。
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最期を迎えるポワロが、手近に置いた薬ではなく、その奥に置かれたロザリオにあえて手を伸ばすのは、原作にはないドラマでの脚色による。ポワロを演じるデビッド・スーシェも、ユダヤ系の家庭に育ったが1986年にはキリスト教へ改宗して英国国教会に入信[15][16]。ポワロと教派は異なるものの、自らの信仰心に強い関心を持っていることをしばしば公言し、近年では聖書の朗読の収録をおこなうなどの活動にも勤しんでいる[17][18]。スーシェにはかねてよりポワロというキャラクターをもっと人間的に掘り下げて描きたいという意向があり[19]、その彼が第9シリーズからアソシエイト・プロデューサーとして制作にも参画するのに伴って、ポワロの信仰心はドラマの重要なテーマの一つとなっていった。死に至るかもしれない発作の中で命よりも神とともにあることを選んだその選択は、「オリエント急行の殺人」でロザリオを手に自らの良心を神に質した姿の先にあり、スーシェが突きつめたポワロの到達点となった。なお、ドラマではあまり強調されてこなかったが、原作のポワロが殺人を容認しない理由には、殺人という手段で一度でも問題を解決した人間は、その後も殺人によって問題を解決することをためらわなくなってしまうという観点があり、ポワロがノートン殺害に踏み出したのも、近い死期によって自らに対するその懸念が解消される事情があった。原作のポワロはノートン殺害後、発作が起きる前に薬を手許から遠ざけ、その自説に殉じるように生涯を閉じる。
シェークスピアの戯曲『オセロー』に登場するイアーゴに着想を得た、他人の感情を煽ることでその行動を操る「最高の殺人者」のアイディアは、『ストランド』誌1932年1月号に掲載された短篇「バグダッドの大櫃の謎」ですでに見ることができる。ただ、「バグダッドの大櫃の謎」や、それを膨らませた中篇「スペイン櫃の秘密」およびそのドラマでは、ポワロが犯人の手腕を微笑すら浮かべて絶讃しており、その姿は近年の殺人に厳しいポワロからは想像もできない。そのイアーゴとノートンの相似について、日本語ではヘイスティングスがポワロの鞄から『オセロー』の本を取り出す場面の回想に重ねて「あなたには手がかりを残し、あなたが事の真相を、スティーブン・ノートンの正体を突きとめる手助けをしたつもりです」という曖昧な説明しかおこなわれないが、これは原語だと 'I gave you the clues and every chance to discover the truth, pointing you towards Iago, the original Stephen Norton. (手がかりを与え、真相に気づく機会も余さず提供して、あなたをイアーゴへと導きました。スティーブン・ノートンのオリジナルへ)' という表現で、イアーゴがノートンの原型であると明言されている。そして、そのポワロの言葉のとおり、クロスワードパズルの『オセロー』からの引用について、それがイアーゴの言葉だとポワロが言い当て、しかも「正解ですな」と声をかけたヘイスティングスに「もちろん」と答えていたのは、なかなかに意味深長であった。さらに、それにつづく「見えましたか?」「どうでしょうか、モ・ナミ」という、一見流れ星の話と聞こえるやりとりも、原語だと 'Did I miss anything? (わたしは何か見逃しましたか?)' 'I do not know, Hastings. Did you? (わたしからは何とも。見逃しましたか?)' という会話で、ポワロの発言の真意に関するやりとりとして成立する表現になっていた。なお、原作では、引用をイアーゴの言葉と言い当てたのは誰かわからない記述に(おそらく意図的に)なっており、それをポワロの台詞として割り当て、つづくヘイスティングスとのやりとりを追加したのは、ドラマでの判断とアレンジである。
ラトレル大佐による〈誤射〉事件についてポワロとヘイスティングスが交わす「弾が偶然当たったのか、意図したのか、証明はできません」「あなたにならできる。ちがいますか?」「簡単ではありません」「ポワロは必ず的を射る」「今回はちがうようです」という会話は、日本語だと単に犯意の証明の難しさを語っているように聞こえるが、原語は 'Whether Luttrell shot his wife by accident or whether he meant to, it is impossible to prove. (大佐が夫人を撃ったのが事故だったのか、それともわざとか、証明は不可能です)' 'Oh, you'll prove it, all right. You always do. (ポワロさんにならできますよ。いつもそうでしょう)' 'If only life were that simple. (人生が単純なものであればね)' 'Poirot always gets his man. (ポワロさんはいつだって犯人を捕まえる)' 'Perhaps this time he does not wish to. (あるいは、今回は捕まえたくないのかも)' というやりとりで、ポワロは大佐に実は犯意があったことを知りながら、それがノートンによって誘発されたことを踏まえ、あえてそれを証明したくないと言っているのがわかる。
ポワロが「〔ボイド・キャリントンは〕大言壮語ばかりで中身はない、おまけに記憶力がからっきしだめ」と評した台詞は、原語だと '(Boyd Carrington) is a pompous bore, whose memory is so bad that he tells back to you the story that you have told to him. (もったいぶった退屈な男で、記憶力もだめだから、人から聞いた話を聞いた本人にくり返す)' となっていて、人から聞いた話をくり返す彼の癖に関して、本人が実際に晩餐でノーラ・シャープルズ事件の話題を出すより前に、直接的に言及されていた。しかし、原作でノートンがこの癖を利用してボイド・キャリントンに逸話を出させ、それによってラトレル大佐を夫人射撃に思い切らせた場面は、ドラマではノートン自身の発言が直接大佐を刺激する形になっており、犯行の伏線としての役割は失われている。
ディナーの席でアラートンがノートンへあてこすりを言ったあと、ラトレル夫人が脈絡なく「なんとすてきな夜でしょう」と言うのは、場の空気を取りなすためにしてもやや唐突に思われるが、原語は 'A full complement. (全員集合ね) What a treat! (愉しいわ)' という発言で、普段は自室で食事をとるポワロがディナーに同席したことへの喜びを語っている。それにつづく、ラトレル夫人とジュディスの「これもムッシュウ・ポワロがいてくださってこそよ」「ええ、確かに。経験豊かな方ですもの」という発言も、原語は 'Our little dinners are not the same without you, Monsieur Poirot. (ポワロさんがいてくださらないと、ディナーはこんなじゃありませんのよ)' 'No, they're not. (ええ、確かに) I don't like the thought of your eating alone. (おひとりで食事をするなんてだめよ)' という表現で、普段のディナーにポワロが同席していないことが、よりはっきりと窺える。それを受けてポワロが「わたしはただ、知識に飢えているだけです」と、経験豊かになった理由を言っているように聞こえる台詞も、そもそも経験の話をしていない原語では 'I myself do not like to miss anything, ma chérre. (わたしは何物も見過ごしたくないのです)' という表現で、犯人が動き出し、その手法を確認したのを受けて、その現場を見逃さないようにしたと暗に言っていると思われる。したがって、それに反応したノートンの「たまにはその知識欲にも休息を?」という台詞も、原語では知識欲の話になりえず、 'Never a moment's rest in your line of work. (あなたのそのお仕事に休息はないんですか?)' と、ポワロの職業的意図を見抜いて挑発しているとも取れる表現になっている。そして、つづく「いいえ、ムッシュウ・ノートン、休む暇はありません。時計の針は天が、進めているのです」というポワロの台詞は、原語だと 'No, no, Monsieur Norton, there is always so much more to do. (ありません、ムッシュウ・ノートン、すべきことはいつも山積みです) But the clock, it ticks. (でも、時計は進む) Such is the will of God. (それは神の思し召しです)' という表現で、やることは残っていても人は誰しも歳を取り、やがて死を迎えるのだと言っている。そのため、ラトレル大佐の「あなたの存在は誰も忘れませんぞ」という発言につながる。
ヘイスティングスがアラートン殺害を決めてアラートンの部屋に忍び込んだ際、映像ではスランバリルの瓶から錠剤を取り出す様子と、アスピリンの瓶に錠剤を入れる様子しか映らないので、ヘイスティングスがそこで何をしたのかわかりにくいが、ヘイスティングスはアラートンのスランバリルを取り出した上で、錠剤の数が減っていることがばれないよう代わりに自分のアスピリンを入れ、アスピリンの瓶にスランバリルを移して自室に持ち帰っている。そして、その持ち帰ったスランバリルの致死量を酒に溶かし、それをアラートンに薦めて飲ませるのが彼の計画だった。翌朝の「そして――〔警察によって〕アスピリンが発見される」「めずらしい薬ではない」「睡眠薬の混入がなければです」というポワロとの会話は、アスピリンに睡眠薬を混入したように聞こえるが、原語では 'And then—they find the aspirin. (そして――警察はアスピリンを発見する)' 'Well, everyone has aspirin. (誰でもアスピリンは持ってますよ)' 'Not mixed with their sleeping pills. (睡眠薬に混ぜて持っている人はいません)' というやりとりで、睡眠薬すなわちスランバリルの瓶のなかに、それが盗まれたことを隠すべく混入されたアスピリンが発見されて事件性が明らかになるという趣旨である。また、目撃された可能性を否定するヘイスティングスにポワロが「ですから――」と食い下がる際、鏡に映ったヘイスティングスの口が動いているが、日本語音声では声がしない。原語音声では 'It's not simply done. (そんなことはありえませんよ)' と、鍵穴をのぞく人などいなかったとヘイスティングスが主張する台詞がここにあり、つづく「いずれにせよ、わたしは誰にも見られてはいません」の部分では、原語だと 'Anyway it didn't come off and thank heavens for that, (いずれにせよ、〔アラートン殺しは〕成功しなかったし、それで本当によかったですよ)' と、のぞきではなくアラートン殺害の失敗について言っている。そのためにジュディスとの問題が未解決だという次の台詞につながる。
流れ星を見にいかずにひとりで目頭を押さえるヘイスティングスに対し、ジュディスが「お母さんから聞いたわ。二人でよく星を眺めたんですって?」と言う台詞は、原語だと 'I remember Mother telling me how you once carried her out onto a balcony to look at the stars. (お母さんから聞いた、星を見にお父さんがお母さんをバルコニーへ担いでいった話を思い出すわ)' と言っており、単に流れ星ではなく、ボイド・キャリントンがバーバラを担ぎ上げてバルコニーへ連れていったのが、ヘイスティングスに亡き妻との思い出を呼び起こしたことがわかる。また、ジュディスの「つらい時期だったわ……ちがう?」という発言は、ヘイスティングス夫人が亡くなった当時のことを言っているように聞こえるが、原語は 'Life's quite hard at times, isn't it? (人生はときに過酷なものよ。そうでしょう?)' という一般論の体裁で、ヘイスティングス夫人の死と同時に、報われる見通しが立たない自身の恋愛を念頭に置いていると見られる。そのためにジュディスは、そこにヘイスティングスが「ああ、気をつけよ、嫉妬とは緑目の怪物なり」と引用したのを聞いて、それをわが身に照らし、あきらめのような表情を浮かべて首を振る。おそらくはこのときジュディスは直前のノートンの挑発から解き放たれており、ヘイスティングスと亡き夫人の思い出が、涙を誤魔化そうとコーヒーの位置を動かしたのとあわせ、意図せず娘と娘の想い人を同時に救った形になっている。なお、この場面はおおよそ原作どおりの流れだが、原作ではヘイスティングスによる地の文だった描写をもとにジュディスの台詞を追加し、『オセロー』の引用が彼女に与えた効果を描いたのは、ドラマでの脚色である。
ポワロがヘイスティングスに言う「わたしはベストを尽くしてきた……そうは思いませんか?」という確認は、日本語だと単にそれまでの人生を振り返っての一般論を言っているようにも聞こえるが、原語だと 'I have always tried to do my best, you know... (わたしは常に最善を尽くそうとしてきた……) You do believe that, Hastings? (本当にそう思いますか?)' という表現で、 always (常に) という例外を排除する言葉から、前夜のノートン殺害が最善の選択であったか自信が揺らぎ、ヘイスティングスの意見あるいは肯定を求めていることがわかる。つづく「神のゆるしを得られるか……」も原語は独白でなく、 'Do you think God will forgive... me? (神はゆるしてくださると思いますか?)' と、やはりヘイスティングスの意見ないしは肯定を求めている。そして、ヘイスティングスがそれに答えて「あなたはすばらしい人だ」と言ったところは、原語だと 'You are a good man. (あなたはいい人だ)' という表現で、これには単に人として優れているというより、善人だというニュアンスがある。だからこそポワロは、そのヘイスティングスの信頼と保証と、そして変わらず「純情で、すぐ欺される」人柄に、微笑を浮かべるのである。そしてポワロが言う「あなたを残して逝きたくはありませんでした……」は、原語だと 'My heart bleeds for you, my poor lonely Hastings. (君のことを思って心が痛みます、かわいそうな、孤独なヘイスティングス)' という表現で、一見日本語のように、妻を亡くし、親友も失おうとしているヘイスティングスを案じているようにも聞こえるが、実はヘイスティングスに秘密を抱き、信頼を裏切っているやましさが吐露されているとも受け取れる。であればこそ、ヘイスティングスの去り際にやはり黙っていられず、ノートンの死は殺人であったと明かし、それによって安らぎを得ると同時に、それでも真相に思い至らないヘイスティングスにふたたび微笑して、「シェ・ラミ (Cher ami.)」とつぶやいたのだろう。これは逐語訳すれば「親愛なる友よ」という意味で、普段から用いる「モ・ナミ (mon ami)」(逐語訳すれば「わが友よ」)以上に強い親愛の情を示すフランス語である。ただし、スーシェの自伝によればこの「シェ・ラミ」は、内心スーシェからポワロへの別れの挨拶として口にされていたとのことで、ヘイスティングスにはその前の去り際にも一度「シェ・ラミ」と声をかけていたようだが、編集でカットされたのか、放送された映像では見られない[20]。
「エルキュール・ポワロ 死す」の新聞記事の本文は「ビッグ・フォー」の「ポワロ氏 爆死 ビッグ・フォーの犯行か」の記事と同じ内容で、本篇には登場しないジャップ警部の名前も見える。一方、「ビッグ・フォー」ではジャップ警部(警視監)は登場するが、舞台は第二次大戦勃発前の1939年であり、文中に含まれる the First World War (第一次世界大戦) という表現が時代にあっていなかった。撮影順に照らせば、この文章は先に本作品のために用意され、それを時代設定の異なる「ビッグ・フォー」でも気づかずそのまま使ってしまったという順番だろうか。一緒に掲載されたポワロの写真は「マギンティ夫人は死んだ」のときのもの。
ポワロがヘイスティングスにココアを勧めたときの台詞は、リアルタイムには「飲み干してください、最後の一滴まで (Drink it all, cher ami, every last drop.)」だったが、ポワロの手紙から回想されるときは「ノンノンノン、最後の一滴まで (No, no, no, every last drop.)」になっている。一方、ノートン殺害の翌朝にポワロが言った「事実を知ったら後悔するかも」という台詞は、のちにヘイスティングスに「事実を知ったら後悔するかもしれません」と回顧されるが、原語ではいずれも 'When you see the light, you may wish you had not.' となっていて、表現に差はない。
ポワロが睡眠薬には耐性ができていたと言うが、耐性ができるのは1950年代頃まで使われたバルビツール酸系の睡眠薬の特徴。クリスティー作品にたまに登場するヴェロナールは、その商品名である。
ノートン殺害の現場を密室にするのに使われた合鍵は、ドラマだとポワロの説明で前触れなく登場するが、原作ではポワロがスタイルズ荘に来てから部屋を替えたことがあり、自室以外の部屋の合鍵を作っておく機会があったという伏線が張られていた。
ヘイスティングスへの手紙のなかでポワロが「あなたが殺人者の正体を訊ねたとき、あえて真実を明かしませんでした」と言ったところは、原語だと 'When you asked if I knew who was the killer, I did not quite tell to you the truth. I knew, but had to make sure. (あなたが殺人者の正体を知っているか訊ねたとき、わたしは一切真実を明かしませんでした。わかってはいても、確かめる必要があったのです)' という表現で、「あえて」というニュアンスはなく、ヘイスティングスに伝えるにはまだ確認が不十分だったからだと説明している。したがって、そのすこしあとの、日本語では脈絡なく挿入されたように聞こえる「長くはかかりませんでした」というポワロの台詞も、その確認に要した時間の話である。くわえて、原語では 'Oh, yes, Norton was our man. (そう、ノートンが目指す相手だったのです)' となっている台詞が、翻訳の際に our man を「味方」のような意味で取ってしまったのか、日本語だと「ノートンは憎めない男でした」となっているため、真犯人を名指ししたことが受け取りにくいかもしれない。また、「そしてあざけりへの報復として、人々に、彼らが忌み嫌うことをさせたのです」は、原語だと 'And then make them to things they did not want to. (そしてやりたいと思っていないことをさせる) Compensation for a lifetiime of derision. (あざけりの人生の代償行為)' で、被害者がさせられたのは「彼らが忌み嫌うこと」というより、ノートンの影響を受けなければやりたいと思わなかったことというニュアンスであり、それをさせるのは「報復」というより不遇な人生の埋め合わせのニュアンスである。そして、「それは人の心にあいつを殺してやりたいという感情を芽生えさせることです――心理的殺人教唆」の原語は 'This sense of power gradually developed into a morbid taste for violence at second-hand, which soon turned into an obsession. (その力の知覚は徐々に他人の手を使った暴力の病的嗜好に発展し、それは遠からず病みつきになりました)' で、ノートンが他人に殺人の意思を生じさせることではなく、それが可能だと知ったノートンが、その愉悦におぼれていく様子を言っている。ノートンがラトレル大佐を挑発した「我慢することなんかないんだ」は、 'Couldn't assert himself if he tried. (〔大佐は〕我を張ろうとしても張れないんだ)' で、直接的に行動を促す日本語と異なり、屈辱を煽る言い方になっていた。「彼を禁断症状に陥らせた薬。時には失敗もありましたが……」は、 'Sometime successful, sometime not; (成功することもあれば失敗することもある) It was a drug he constantly craved. (それは彼が定期的に渇望する麻薬でした)' と文章の順序が逆であり、成否の不確かなギャンブル性がノートンの常習性を招いたと言っている。「フランクリンとジュディスのあいだのことも、いまは受けとめられるでしょう」も、原語では 'You will have realised by now that Franklin was in love with Judith and she with him. (いまはもう、フランクリンとジュディスが互いに想いあっていることに気づいているでしょう)' となっていて、のちにポワロが、バーバラを殺したのはジュディスではないかという疑いがヘイスティングスに生じることを懸念していることを考えると、日本語のようにこの時点で受けとめるところまで行っていると想定するのは不自然に感じられる。また、ディナーの席でノートンがジュディスにかけた言葉について、「そして彼女をいさめるような言葉で、実は彼女を挑発していた!」と言ったところは、原語は 'And gently rediculed the idea that she would ever have the nerve to take decisive action. (そして、彼女が決定的な行動に出る勇気はないだろうと、ものやわらかにあざけった)' で、実際、ノートンの言葉はまったくいさめているように聞こえない。「彼はアラートンに対するあなたの憎悪を増幅させるために心血を注いだのです」は、 'He discovered every weak spot to exacerbate your profound dislike of Major Alerton. (アラートン少佐に対するあなたの深い嫌悪を増長させる〔心の〕弱点を、彼は残らず見つけました)' で、(おそらく心血を注ぐまでもなく)ヘイスティングスの感情を誘導できるポイントをすべて見抜いていたということ。そして「あなたはジュディスの声を聞いていない。仮にこのときアラートンの相手の声を聞いていたとしたら、あなたがノートンの罠にはまることはなかったでしょう」という日本語は、たまたまとも取れる表現だが、原語は 'Yet you did not see her or even hear her speak. (でもあなたはジュディスの姿も見ていなければ声を聞いてすらいない) Norton made sure of that, for if you had, you'd have discovered there had never been any question of Judith going to London that day. (ノートンがそうなるようにしたのです。もし相手が誰かわかれば、その日ロンドンに行くのがジュディスのはずがないと気づかれてしまうからです)' となっていて、ノートンの作為によっていたことが明確である。「わたしはアラートンの部屋から聞こえてくる音に集中し、あなたが嫌うことをあえてしたのです」は、 'I heard you in the bathroom of Allerton, and promptly, in the manner you so much deplore, dropped to my knees. (あなたがアラートンのバスルームにいる物音が聞こえ、すぐにわたしは、あなたの嘆かわしく思う態度で、膝を落としました)' で、日本語の「あなたが嫌うこと」はヘイスティングスの犯行を妨害したことを指しているようにも聞こえるが、原語では彼が拒否しつづけていた、鍵穴を覗くという行為を言っている。そしてバーバラ・フランクリンとボイド・キャリントンの関係に話を移し、ボイド・キャリントンのことを「貴族の称号を持つ」と言うが、彼は準男爵で、準男爵は世襲位階ながら貴族には含まれない。対応する原語の aristocratic は「上流階級の」という意味で、無爵の地主階級なども含む、貴族に限定しない言葉である。「かつて彼女にプロポーズしている男が」と言ったところは、原語では 'who'd nearly asked to marry her when she was a girl (かつて彼女にプロポーズ寸前だった男)' で、実際にプロポーズするところまでは行っていなかった。バーバラがフランクリンに言及した部分を評した「彼女の表向きの称讃と、そこに見え隠れする本音、さらには懸念」という台詞は、 'It was so obvious, her protestations of admiration, then her fears for her husband. (実に見え透いていました、夫へのことさらの称讃と、それから懸念)' で、原語の「懸念」は「本音」ではなく「称讃」と並列されたもの。つまり、ボイド・キャリントンがクレイブンになびくことへの恐れではなく、夫の身を案じてみせた(ように思わせて、夫の事故死の可能性をにおわせた)ことを指す。そして、バーバラの死を解き明かす「バーバラは自分が夫のために淹れた毒入りコーヒーを、それとは知らずに飲み干してしまう」は、 'Madame Franklin drinks the poisoned coffee mean for her husband and he drinks the coffee meant for her. (マダム・フランクリンは夫向けの毒入りコーヒーを飲み、夫は夫人用のコーヒーを飲む)' で、コーヒーを彼女が自分で淹れたとは言っておらず、実際、コーヒーはクレイブン看護師が淹れていた。「わたしは、モ・ナミ、あなたが無意識のうちにテーブルをまわし、コーヒーが入れ替わったことを知りましたが、それはあとからの話です」は、 'I realised what must have happened that she'd poisoned the coffee and you'd unwittingly turned the table, but you see, Hastings, I could not prove it. (彼女がコーヒーに毒を入れ、あなたが知らずにテーブルをまわしたにちがいないと悟りましたが、証明はできませんからね)' で、あとから知ったのではなく、その場で真相に気づいたが証明手段を持たなかったことが課題。「幸い、ポワロの言い分が疑われることはありませんでした」は、原語では 'I knew that my statement would be accepted because I am Hercule Poirot. (わたしの言い分が疑われないのはわかっていました。なぜならわたしはエルキュール・ポワロだからです)' と言っており、言い分が疑われなかったという事実関係は同じだが、「幸い」どころか相変わらず自信満々である。「あなたはジュディスのことで頭がいっぱい、それがあなたの思考力を鈍らせていた」は、 'You were not pleased, but mercifully you did not suspect the true danger. (あなたはいやがりましたが、幸い真の脅威には気づきませんでした)' で、 not pleased の対象はジュディスの恋愛のことではなく、ポワロが意図的に評決を誘導したことであり、それは別にヘイスティングスの思考力を鈍らせておらず、ヘイスティングスが単にジュディスが犯人かもしれないという可能性に気づかなかったということ。そして、「そして今、真実をお教えしましょう」も原語ではその先の説明を切り出す台詞ではなく、ヘイスティングスがその怖ろしい可能性に思い至った場合を踏まえ、 'And therefore, you must know the truth. (だからこそ、あなたは真実を知る必要があるのです)' と、自らの行為が意図せずバーバラを死なせることになったという残酷な真実を知らなければならなかった理由が、娘への疑念を払拭するためであることを説明している。検死審問の裁定に不満なノートンについて言った「借金ならぬ、命を取り立てる男」は、 'He was deprived, you see, of his pound of flesh. (彼は〔得られるはずだった〕生肉1ポンドを奪われたのです)' という表現で、 pound of flesh (生肉1ポンド) とは『ベニスの商人』でシャイロックが借金の抵当として求めたアントーニオの生肉のことであり、つまりは奪えるはずだった人命を奪い損なったということ。そして、ヘイスティングスに疑念を吹き込んだノートンの手口を説明する「彼はあの日、あなたたちとの散歩の途中であるものを見ました。決定的なことは言わず、ジュディスの相手がアラートンではなくフランクリンであるかのような余韻を残し、そしてこれが、自殺とされたバーバラの死に影を落とすのです。彼女を邪魔に思う人間がいたのでは、と」という台詞は、 'He began to throw out hints about what he saw that day with you and Mademoiselle Cole. What is it? (あなたやマドモワゼル・コールと一緒にあの日見たものについて、彼はほのめかしを始めました。それはどんなものか?) He'd never said anything definite, so if he could convey the impression that it was Franklin and Judith that he saw, not Allerton and Judith, then that could open up an interesting new angle on the suicide case, perhaps even throw doubts on the verdict. (それまで決定的なことは言っていませんでしたから、もし彼が見たのがアラートンとジュディスでなくフランクリンとジュディスだったと思わせることができれば、自殺事件に興味深い新たな視点をもたらし、裁定に疑念を生じさせることすらできるかもしれない)' という台詞で、決定的なことを言わなかったのは目撃からほのめかしを始めるまでの話であって、それゆえにあとから別の視点を持ち込むことができたと言っている。そして、ついに対峙したノートンに過去の事件の調査結果を見せながら言う「いずれの事件にも決定的な証拠は存在せず、しかし、あなたが、ムッシュウ・ノートン、悪意を持ってすべてに関わっている」は、事件にノートンの関与を示す証拠がないと言っているようにも取れるが、原語だと 'in none of these murders was there any real doubt. There was one clear suspect. No other. (いずれの事件も疑わしいと言えるところはなく、明白な容疑者が一人だけ) But you, Monsieur Norton, are the one factor malevolent common to all (しかし、ムッシュウ・ノートン、あなたがすべてに共通した邪悪な要素だ)' で、前半部は各事件で犯人とされた人物に関する話であって、しかも逆に容疑が明確であったということ(その状況では確かに、ノートン関与を示す決定的な証拠もないわけだけれど)。また、「一連の殺人事件の影に君がいたことを、このわたしはすでに見抜いている」は、 'Your proximity to these three murders was too much of acoincidence and I smelt, as you say, the rat. (これら3件の殺人事件の近くに君がいたことに、わたしは俗に言う「怪しいにおい」を嗅ぎ取った)' で、まだその時点ではノートンの影響を見抜いてはおらず、「だからわたしはここに――君を監視するために」は、 'That was why I came to Styles to observe you function (だからわたしはスタイルズ荘に来た――君が影響を与えるのを観察するために)' で、スタイルズ荘に来てノートンの手口を観察し確認したと言っている。つまり、これが手紙の冒頭に言っていた(日本語では言っていなかったけど)確認である。ポワロに処刑を宣言されてノートンが言う「じゃあ、お手並み拝見だ。そろそろ寝る時間だからね」は話がつながっていないが、原語は 'Then—do get on with it. (じゃあ、急いでくれよ) I promised myself an early night. (早寝するつもりだったんだ)' である。そうしておどけるノートンにポワロが言う「首でも洗っていたまえ。わたしの意志は堅い! 仮にわたしが失敗しても君は逃げられない!」は、 'Justice is no joking matter, monsieur! (正義は冗談の種にするものではない) I do what I can to serve it, but if I fail there is justice that is higher, believe me. (わたしは正義のために全力を尽くすが、仮にわたしが失敗してもより高い〔神の〕正義がある)' で、「逃げられない」とはいずれは露見して捕まるという意味ではなく、たとえ(現世で)逃げおおせても、人はあまねく神の裁きを受けるという趣旨である。ノートンがそれをあざけって言う「ぼくを殺す? それは、犯罪じゃないのかな」も、 'Murder me? (ぼくを殺す?) There's a mortal sin if ever there was. (それはまちがいなく大罪だね)' で、宗教的な罪を言っており、「縛り首から逃れるために自殺でもするか? 地獄に落ちるのが関の山だぞ」は、殺人に加えて自殺もカトリックで罪とされてきたことを指摘している。そして、ポワロに薬を嗅がせて言う「ぼくの天下なんだよ、わかるかな?」は、ポワロが法律や宗教的な規範から自分に手を出せないと言っているように聞こえるが、原語は 'You see how good I am to you, old man? (ぼくの優しさがわかったかな?)' であり、敵に薬を与えたことについて言っていて、つづく台詞も薬の効果についてである。ノートンが調子をつけて言った「誰が幕を下ろすのかな?」は、 'Who will be there at the final curtain? (幕が下りたときに立っているのは誰かな?)' で、どちらがけりをつける主導権を持っているかというより、生き残る、あるいは勝つのはどちらかという問いかけ。それを受けてポワロが言う「君には同情する。この美しき世界を汚す役目を、君は負わされた」は、 'I pity you, Norton. How very sad to find this great and beautiful world is so foul and disappointing. (君には同情する、ノートン。この美しく偉大な世界を、汚れた、失望を呼ぶものと思わされたのはさぞかし悲しいことだったろう)' で、同情の対象は、ノートンを邪悪な愉しみに走らせた、周囲からあざけりを受けたつらい過去である。また、母との関係を指摘されて泣いていたノートンが急に落ち着きを取りもどして「勝ち目はないぞ、ポワロ。勝ち目はないんだ」と言うところは、日本語だとノートンの動揺が演技だったように見えるが、原語は 'Shots in the dark, Poirot. Shots in the dark. (あてずっぽうだろ、ポワロ。ただのあてずっぽうだ)' で、ポワロの指摘に根拠がないと思い至り(あるいは思い直し)、立ち直っている。そして、ノートンに自ら手を下したことについてポワロが語る「人には法をねじ曲げる権限はない。しかし、ノートンの命を奪うことがほかの多くの命を救うことにならないだろうか? わたしはそう問いつづけました」は、 'I do not believe that a man should take the law into his own hands, but by taking the life of Norton, have I not saved others? (個人が法をその手にするべきだとは思いません。でもノートンの命を奪うことで、わたしはほかの命を救ったのではないか?) I have always been so sure, but now... (わたしにはずっと確信がありましたが、でもいまは……)' という台詞で、前半は法をねじ曲げるというより、法が悪の前に無力で正義に及ばない状況において、本来は法がなすべき正義を、個人が法になりかわり私刑としてくだすことを否定しており、これは原作にもある見解だが、ドラマ化にあたって「オリエント急行の殺人」で強調された視点、そして最終シリーズ諸作に通底していたテーマを受けたものになっている。実際、「オリエント急行の殺人」の日本語音声でポワロが「いったい何様のつもりですか!」と犯人に激昂した台詞は、原語だと 'You have no right to take the law into your own hands! (あなたたちに法をその手にする権利はない!)' となっていて、ここと同じ take the law into one's own hand (法をその手にする) という表現が使われていた。また本作の、ポワロも参加したディナーの席でボイド・キャリントンが言った、「法律を勝手に解釈することにならんか」という台詞も、原語では 'You can't have people taking the law into their own hands. (人々に法をその手にさせることはできんよ)' という表現で、これもドラマで追加された台詞であり、やはり主題を強調している。そして後半は、問いつづけていたのではなく、ずっと自らの正しさを確信してきたが、手を下したあとになってその確信が揺らいだということ。だからこそ、すべてを終えたあとになってから、自らを神の御手にゆだねるという選択につながった。なお、ラトレル夫人の〈殺害〉が未遂に終わったあとのポワロの独白は、日本語だと「だが、私の目の――黒いうちは決して貴様の……〔発作〕地獄へ落としてやる。観念しろ」となっており、前半部の意図はあくまで阻止であって、発作による余命の認識を経て、より過激な決意に至ったように聞こえたが、原語では 'But while I have breath in my body, I will... (だが、わたしの目の黒いうちにきっと……) [発作] I will damn you to hell—whatever the cost! (きっと地獄に落としてやる――どんな代償を払おうと)' となっていて、徹頭徹尾やる気満々であった。そして、「最後の審判の日に自分を弁護しようとは思いません」というポワロの選択は、原語だと 'When the moment comes, I will not try to save myself (そのときがやってきても、わたしは自分を救おうとするつもりはありません)' という表現で、 the moment (そのとき) が致命的な発作なのか、その後の神の審判を指すのかは判然としないものの、いずれにせよ自分を守るつもりがないということ。これが、殺人を犯しながら自らの正義を唱え、社会的な罰を免れて生きていくことを図った「オリエント急行の殺人」の犯人に対して反論の言葉を失ったポワロが、最後にその身で示した結論となった。なお、日本語音声にある「最後の審判の日」という言葉は世の終わりに神がすべての人を裁く公審判の時を指すが、カトリックの教えでは、人はまず、その前の臨終のタイミングで神が生涯の行いを裁く私審判を受けるはずで、一足飛びに公審判での態度を表明するのはだいぶ気が早いのではないかしら。それに、すべての行いが明らかにされるという公審判において、自己弁護のできる余地がそもそもあるのだろうか。
ポワロが告白する「あなたは気づいていなかったでしょうが、わたしは付け髭をしていました」という台詞は、日本語だとこれまでの口髭がすべて付け髭だったと告白しているようにも聞こえるが、原語だと 'You will not have realised, Hastings, that recently I have taken to wearing a false moustache. (あなたは気づいていなかったでしょうが、わたしは最近、付け髭をしていました)' となっており、付け髭をしていたのは recently (最近) のみだと明言されている。原作では付け髭に加えてカツラまで使っていたことになっており、付け髭は単に(読者に対して意外性を狙う意図があったにしても作中では)髭を任意に付けはずしできるようにし、部屋から覗いたヘイスティングスにポワロをノートンと誤認させる、実際的な手段の一つという側面が強かった。だが、ノートンに変装できたのは誰かという問題にほとんど踏み込まないドラマでは、それまで否定しつづけてきた殺人という行為に踏み出すポワロの象徴として、自らの重要なアイデンティティであったその口髭をはずす姿を描いているようだ。そして、殺害の瞬間にノートンが目を開けて笑みを浮かべるのもドラマでのアレンジで、これによってポワロの殺人すらノートンの心理的殺人教唆(という言葉は、前述のとおり日本語音声でのみ命名された概念だけれど)によって引き起こされたものという解釈の余地を生んだ。ノートンの銃創にヘイスティングスがカインの烙印を想起するところで終わった原作と比べると、「原作に最も忠実なポワロ」と評されたスーシェのポワロは、ポワロの最後の行為を神の裁きのようにとらえた原作とは、最終的に一面で正反対の結末に至ったとも受け取ることができる。まだ真相が明らかでなかったリアルタイムの絶息時には映されず、ノートン殺害告白後のプレイバックで初めて明らかにされる事切れたポワロの姿が、第1シリーズの「ジョニー・ウェイバリー誘拐事件」以来決して乱れることのなかった彼の寝姿が初めて崩れた姿勢であることも、それを象徴したものと言えるだろうか。ただし原作のポワロは、通行人へ発砲する立て籠もり犯をベルギー警察時代に射殺した経験も告白しており、ノートンの殺害は初めての殺人ではなかった。なお、「盗まれたロイヤル・ルビー」原作にはポワロが寝返りを打つ描写があり、常にきっちりと掛け布団を両手で押さえた恰好でポワロが寝ていたのは、スーシェの演技プランによる。また、その最期が安らかならざる姿であったのも、ポワロには現実の非凡な人間として、美化されていない現実の死を迎えてほしいというスーシェの希望があったという[21]。
- [1] 早川書房編集部, 「エルキュール・ポアロの死の謎」, 『カーテン ―ポアロ最後の事件―』, 早川書房, 1975, p. 261
- [2] フランシス・ウィンダム (訳: 浅羽莢子), 「クリスティー語る」, 『アガサ・クリスティー読本』, 早川書房, 1978, p. 42
- [3] 中島河太郎, 「解説」, 『カーテン ―ポアロ最後の事件―』, 早川書房(ハヤカワミステリ文庫), 1982, p. 281
- [4] ジャネット・モーガン (訳: 深町眞理子, 宇佐川晶子), 『アガサ・クリスティーの生涯 下』, 早川書房, 1987, pp. 94-97, 333
- [5] John Curran, Agatha Christie's Murder in the Making: Stories and Secrets from her Archive, HarperCollinsPublishers, 2011, pp. 211-212
- [6] Mark Aldridge, Agatha Christie's Poirot: The Greatest Detective in the World, HarperCollinsPublishers, 2020, pp. 170, 314-316, 464
- [7] David_Suchet on Twitter: "Filming starts Oct 15th. We start with CURTAIN. I can't believe that this will be the last series. Will be talking about this today."
- [8] Surrey County Council News on Twitter: "Film crews are at County Hall today filming scenes for new Poirot TV episodes http://t.co/fq0SInLd http://t.co/qggScDCW"
- [9] David_Suchet on Twitter: "Curtain has now finished :( Just finished the first week of filming a documentary on Agatha Christie"
- [10] David Suchet and Geoffrey Wansell, Poirot and Me, headline, 2013, p. 269
- [11] さよならポワロ! ~世界が愛した名探偵・25年の軌跡~, 2014
- [12] 田中正彦司令・代理さんはTwitterを使っています: "NHK BSプレミアムで放送予定、アガサ・クリスティー原作の人気シリーズ、『名探偵ポワロ』 ついに最終回を迎えます。 名作の最後を飾れて、司令も感慨深げ。 これもロンドンが舞台のお話ですね。 放送日がわかったら、またお知らせします! http://t.co/wMAMQ0U6Yf"
- [13] 「ドラマ『名探偵ポワロ』声優陣インタヴュー」, 『ハヤカワミステリマガジン』 No. 714 2016年1月号, 早川書房, 2015, p. 184
- [14] 「熊倉一雄インタヴュー」, 『ハヤカワミステリマガジン』 No. 705 2014年11月号, 早川書房, 2014, p. 42
- [15] David Suchet reveals how he found faith | Celebrity News | Showbiz & TV | Daily Express
- [16] Interview: David Suchet - The Jewish Chronicle
- [17] Japanese fans bring Suchet back as Poirot - Telegraph
- [18] David Suchet: Recording the NIV Bible is my legacy | Christian News on Christian Today
- [19] David Suchet and Geoffrey Wansell, Poirot and Me, headline, 2013, pp. 75-90
- [20] David Suchet and Geoffrey Wansell, Poirot and Me, headline, 2013, p. 9
- [21] David Suchet and Geoffrey Wansell, Poirot and Me, headline, 2013, pp. 6-8
ロケ地写真
カットされた場面
なし
映像ソフト
- [DVD] 「名探偵ポワロ 52 カーテン〜ポワロ最後の事件〜」(字幕・吹替) ハピネット・ピクチャーズ※
- ※ 「名探偵ポワロ NEW SEASON DVD-BOX 5」に収録