ヒッコリー・ロードの殺人
Hickory Dickory Dock

放送履歴

日本

オリジナル版(99分00秒)

  • 1996年12月30日 17時05分〜 (NHK総合)
  • 1997年11月07日 25時00分〜 (NHK総合)

ハイビジョンリマスター版(102分00秒)

  • 2016年08月20日 15時00分〜 (NHK BSプレミアム)※1
  • 2017年01月25日 16時00分〜 (NHK BSプレミアム)
  • 2021年01月30日 16時18分〜 (NHK BSプレミアム)
  • 2021年12月08日 09時00分〜 (NHK BS4K)
  • 2023年04月05日 21時00分〜 (NHK BSプレミアム・BS4K)※2
  • ※1 エンディング前半の画面上部に次回の放送時間案内の字幕表示(帯付き)あり
  • ※2 BSプレミアムでの放送は、オープニング冒頭の画面左上にBS4K同時放送のアイコン表示あり

海外

  • 1995年02月12日 (英・ITV)

原作

邦訳

  • 『ヒッコリー・ロードの殺人』 クリスティー文庫 高橋豊訳
  • 『ヒッコリー・ロードの殺人』 ハヤカワミステリ文庫 高橋豊訳

原書

  • Hickory Dickory Dock, Collins, 31 October 1955 (UK)
  • Hickory Dickory Death, Dodd Mead, November 1955 (USA)

オープニングクレジット

日本

オリジナル版

海外ドラマ // 名探偵ポワロ / AGATHA CHRISTIE'S POIROT / DAVID SUCHET // DAVID SUCHET / PHILIP JACKSON / PAULINE MORAN / HICKORY DICKORY DOCK, ヒッコリー・ロードの殺人 / Based on the novel by AGATHA CHRISTIE / Dramatized by ANTHONY HOROWITZ

ハイビジョンリマスター版

名探偵ポワロ / DAVID SUCHET / AGATHA CHRISTIE'S POIROT / ヒッコリー・ロードの殺人 // DAVID SUCHET / PHILIP JACKSON / PAULINE MORAN / HICKORY DICKORY DOCK / Based on the novel by AGATHA CHRISTIE / Dramatized by ANTHONY HOROWITZ

エンディングクレジット

日本

オリジナル版

原 作 アガサ・クリスティー 脚 本 アンソニー・ホロウィッツ 監 督 アンドリュー・グリーブ 制 作 LWT(イギリス) / 声の出演 ポワロ(デビッド・スーシェ) 熊倉 一雄 ジャップ警部(フィリップ・ジャクソン) 坂口 芳貞 ミス・レモン(ポーリーン・モラン) 翠 準子  サリー 戸田 恵子 ナイジェル 家中 宏 レナード 辻󠄁谷 耕史 コリン 水野 龍司 パトリシア 安達 忍 バレリー 勝生真沙子 シーリア 潘 恵子  京田 尚子 此島 愛子 荒川 太郎 大木 民夫 有本 欽隆 藤本 譲 中田 和宏 増岡 弘 磯部 弘 / 日本語版スタッフ 宇津木道子  兼子 芳博 南部 満治 浅見 盛康  山田 悦司

ハイビジョンリマスター版

原作 アガサ・クリスティー 脚本 アンソニー・ホロヴィッツ 演出 アンドリュー・グリーブ 制作 LWT (イギリス) / 出演 ポワロ(デビッド・スーシェ) 熊倉 一雄 ジャップ警部(フィリップ・ジャクソン) 坂口 芳貞 ミス・レモン(ポーリン・モラン) 翠 準子  サリー 戸田 恵子 ナイジェル 家中 宏 レナード 辻󠄁谷 耕史 コリン 水野 龍司 パトリシア 安達 忍 バレリー 勝生 真沙子 シーリア 潘 恵子  京田 尚子 此島 愛子 荒川 太朗 大木 民夫 有本 欽隆 藤本 譲 中田 和宏 増岡 弘 磯部 弘 山内 勉 渡辺 英雄  日本語版スタッフ 翻訳 宇津木 道子 演出 山田 悦司 音声 兼子 芳博 プロデューサー 里口 千

海外

オリジナル版

Directed by: ANDREW GRIEVE / Produced by: BRIAN EASTMAN / Exective Producer: SARAH WILSON / Assosicate Producer: CHRISTOPHER HALL; Music: CHRISTOPHER GUNNING / Director of Photography: CHRIS O'DELL; Editor: DEREK BAIN; Sound Recordist: KEN WESTON / Production Designer: ROB HARRIS; Costume Designer: ANDREA GALER; Make up: SUZAN BROAD / Hercule Poirot: DAVID SUCHET; Japp: PHILIP JACKSON; Miss Lemon: PAULINE MORAN; Sally Finch: PARIS JEFFERSON; Nigel Chapman: JONATHAN FIRTH; Leonard Bateson: DAMIAN LEWIS; Colin McNabb: GILBERT MARTIN; Valerie Hobhouse: ELINOR MORRISTON; Patricia Lane: POLLY KEMP; Celia Austin: JESSICA LLOYD; Mrs Hubbard: SARAH BADEL; Mrs Nicoletis: RACHEL BELL; Mr Casterman: GRANVILLE SAXTON; Sir Arthur Stanley: DAVID BURKE; Mr Endicott: BERNARD LLOYD; Butcher: TERRY DUGGAN; Jarrow Marcher: MARK DENNY; Passport Officer: TONY KIRWOOD; Customs Officer: PETER GALNCY; Giorgios: ANDY LENDEN; Journalists: MARK WEBB, ANTHONY HOUGHTON, TERRY FRANCIS; Pharmacist: ALEC LINSTEAD; Chief Inspector: BRIAN McDERMOTT; Vicar: JOHN WEBB / (中略) / A CARNIVAL FILMS PRODUCTION in assosiation with LWTP; © LWT PRODUCTIONS MCMXCIV

あらすじ

 ミス・レモンの姉、ハバード夫人が管理人をしている学生寮では、次々に妙なものが紛失するという事件が起きていた。相談を受けたポワロは講演と称して学生寮に乗り込むが、そこに邪悪な気配を感じ取る……

事件発生時期

1934年4月上旬?

主要登場人物

エルキュール・ポワロ私立探偵
ジェームス・ジャップスコットランド・ヤード主任警部
フェリシティ・レモンポワロの秘書
フローレンス・ハバードミス・レモンの姉、学生寮の管理人
シーリア・オースティン学生寮の住人、化学専攻、愛称シー
コリン・マックナブ学生寮の住人、心理学専攻
パトリシア・レイン学生寮の住人、政治学専攻、愛称パット
サリー・フィンチ学生寮の住人、イギリス文学専攻
バレリー・ホブハウス学生寮の住人、ファッション専攻、愛称バル
レナード・ベイトソン学生寮の住人、医学部生、愛称レン
ナイジェル・チャップマン学生寮の住人、中世史・考古学専攻
クリスティーナ・ニコレティス学生寮の経営者
サー・アーサー・スタンリー著名な政治家
エンディコットスタンリー卿の友人、弁護士
ジョン・キャスタマン学生寮を見張っている男

解説、みたいなもの

 制作の中心を短篇から長篇に移しての第1作目(イギリスでの放送順では2作目)。これ以降、日本では年末年始に新作の長篇を2本ずつ放送するというスタイルがしばらく続くことになった。ヘイスティングスが登場せず、ポワロとジャップ警部とミス・レモンの3人で展開されるエピソードは、本作が唯一である。
 原作は1955年発表の長篇小説。「盗まれたロイヤル・ルビー」「スペイン櫃の秘密」の原作は1960年の発表だが、これらは1920~30年代に発表された短篇を原型として中篇に拡張したもので、本作は第二次大戦後の時代を前提とする原作の、実質的に初めての映像化となった。しかし、ドラマではいつもの1930年代に時代を移しており、国際色豊かな若者が集う学生寮という第二次大戦後ならではの舞台からも、イギリス人以外の登場人物はほとんどカットされた。ただし、ソーホーでの事件の容疑者が若い外国人なので警察が学生寮を調べにきたというエピソードはそのまま残されている。ほかに原作との変更点で大きなものは、モルヒネを盗み出した人物が変更されてコリンが主要な容疑者となる点や、スタンリー卿が著名な政治家にされて序盤から露出が増えていること、サリーの素性、バレリーの出生など。また原作にない要素として、ポワロとジャップ警部の文化や好みの違いがユーモラスに強調して描かれ、冷酷な犯行の印象を和らげている。なお、日本語だとただのユーモラスなやりとりに聞こえるエピローグの二人の会話は、原語で聞くとなかなかきわどいブリティッシュジョークであることがわかる。
 舞台となっている時期は、劇中でジャローのデモ行進がベッドフォードに到着というニュースが聞けることからは1936年の10月と推測されるが、学生寮でのポワロの講演を告知する貼紙には Thursday 5th April (4月5日木曜日) とあり、1930年代で4月5日が木曜日なのは1934年のみ。舞台が1934年であるとすると、スタンリー・ボールドウィンが首相であると思われる点(1930年代中の在任期間は、1935年6月〜1937年5月)とも矛盾する。一方、劇中では大学構内の桜が咲いており、季節は春である。
 原題の Hickory, Dickory, Dock はマザーグースの歌の一節。本作の劇伴やエンディングテーマもこの歌の冒頭のメロディーを取り込んでいるほか、事件の推移をネズミが見守っているような演出はこの歌の歌詞になぞらえたもので、ネズミが時計を駆け下りるのも、2度ともちゃんと歌詞どおりに時計が1時を打ったときになっている。しかし、ハイビジョンリマスター版では、時計が指す時刻はポワロが謎解きをしている途中に一度巻き戻る。
 「名探偵ポワロ」オリジナル版ではジャップ警部の自宅が初登場。ハイビジョンリマスター版では「愛国殺人」で登場済みだが、オリジナル版ではその場面がまるまるカットされていたため、本作が初登場となった。ただ、今回のジャップ警部の自宅は、すくなくともその外観は「愛国殺人」と異なる場所で撮影されており、屋内もキッチンにかかっているカーテン以外、「愛国殺人」のときとは別物に見える。「愛国殺人」の舞台は1937年なので、今回の舞台が1934年と1936年のいずれであれ、引越しは本作のあとということになる。しかし、そのジャップ警部の自宅は、「愛国殺人」の前述の場面のほか、本作や「チョコレートの箱」、そしてのちの「アクロイド殺人事件」の原語音声でも一貫してロンドン西部郊外のアイズルワースにあることになっていて、引越したとしてもごく近所でのことだったようだ。なお、本作冒頭のアレン精肉店で首肉を注文した警部に「それはアイズルワースに限ります」とポワロが言ったのには、「都会でない警部の地元ではそういうものを食べるかもしれないけれど……」という含みがあった。加えて、ポワロの台詞は原語だと 'The scrag end, it is an animal native to Isleworth, eh? (その首肉というのはアイズルワース原産の動物でしょう?)' という表現で、「首肉 (scrag end)」を動物の名前と誤解している節がある。一方、ポワロが警部に用意した寝室のベッドサイドテーブルにはアイズルワースの写真集が置かれており、ポワロなりの気遣いの深さと細やかさが窺える。もっとも、警部はその表紙を確かに目に留めているにもかかわらず、それに関心を示した気配は一切なかったけれど。
 ポワロがジャップ警部に薦めた「フィレ・ミニヨン」は、ヒレ肉の尾側の端の部位を指す。そして、「ベルン風ソース」こと sauce béarnaise は、スイスの首都ベルン (Bern) ではなくフランス南西部ベアルヌ (Béarn) 地方風のソースの意味で、タルタルソースに似た、フランス料理の伝統的なステーキソースである。
 序盤に、ミス・レモンに姉がいることを聞いてポワロが驚く場面があるが、「砂に書かれた三角形」でも、ミス・レモンは「フォークストンのきょうだい (sister) のところ」へ行っていた。フォークストンとはイングランド南東部の海辺の町で、本作で語られるハバード夫人の境遇とは一致しないが、「砂に書かれた三角形」のほうが時期的にあとの出来事で、今回の学生寮の事件によって夫人がフォークストンへ転居したのだろうか。あるいは、ミス・レモンにはほかにも姉妹がいて、しかしそのことをドアマンには伝えてもポワロに伝えていなかったのだろうか。なお、本作のハバード夫人の設定や、その存在を知ってポワロが驚くのは原作どおりだが、「フォークストンのきょうだい」は原作に言及はない。
 スタンリー卿の「卿」は英語の Lord や Sir の訳語として使われるが、サー・アーサー・スタンリーの敬称 Sir はフルネームもしくはファーストネームにつける敬称で、英語では Sir Stanley という言い方にはならない。
 ハバード夫人が学生寮でなくなったもののリストを読み上げる際、アップになった紙面と夫人の台詞とでは、なぜかリュックサック (RUCKSACK) の順番が異なる。また、ポワロがハバード夫人に言う「これはお礼を言わなくては」という台詞は、原語だと 'I must congratulate you, Madame Hubbard. (これはお祝いを言わなくては)' という台詞で、「ユニークですてきな問題」に出合って喜ぶ想定がハバード夫人に置かれており、夫人の当惑とミス・レモンの目配せがいっそう際立つ。
 ポワロの講演会の晩にパトリシアが着ている服は、「安いマンションの事件」でヘイスティングスがロビンソン夫妻の部屋を訪ねたときにロビンソン夫人が着ていたのと同じ服(ただし、首元のリボンのリングへの通し方は異なる)。また、同じときにバレリーが着ている服も、「西洋の星の盗難事件」でマリー・マーベルがポワロに真相を告げられる場面で着ていたのと同じ服である。
 講演会前のディナーの席や大学の図書館での会話に、サリーがフルブライトの奨学金を受けている旨の台詞があるが、この奨学金はアメリカの上院議員ジェームス・ウィリアム・フルブライトによって1946年に設立されたもので、劇中の1930年代には存在しなかった。また、バレリーが授業の一環として働いているファッションハウスは原語音声や入り口上のプレートから Sabrina Fair という名前であることがわかり(窓のオーニングに描かれた S と F はその頭文字である)、映画「麗しのサブリナ」の原作となった舞台のタイトルにちなんだものと思われるが、その舞台の初演も1953年[1]。これらはいずれも原作の設定をそのまま流用したもので、時代が原作発表時の1955年であれば問題のない設定だった。一方、ヒッコリー・ロード駅構内の階段側面の壁には蛍光灯が設置されているが、蛍光灯の商業生産が始まったのは1937年のことで、これもわずかに時代に合わない。
 薬局での聞き込みでは、年長の薬剤師が「〔薬局に入れるのは〕シーリアのほかには……2人の女性薬剤師と、それにわたしです」と言うが、その背後で働いている薬剤師らしきスタッフは男女1人ずつである。
 捜査の参考になることを訊かれたパトリシアが、「帰ってきたとき誰かが窓から抜け出して、非常階段のほうへ」と、当初はそれが誰か識別できなかったかのように言うが、その後すぐ「誰かってことはいいたくありません」と、その人物を把握しているように言う。当初の「誰か」に相当する原語は somebody で、これは不特定の「誰か」として以外にも、あえて特定を避けた「ある人」のニュアンスでも用いられる。
 ポワロがサリーの前で、キーツと見せかけてシェリーの詩を暗唱してみせる場面があるが、キーツとシェリーはともに英国のロマン派詩人で友人関係にあった。シェリーの2度目の妻メアリは、『フランケンシュタイン』などの著者としても知られる。
 コリンの回想のなかで漏れ聞こえる、薬局で働いているシーリアの台詞は、日本語だと「ええ、それでしたら何とかなると思います」となっているが、原語は 'Yes, but I didn't date it... (ええ、でもわたしが書き込んだ日付は……)' と言っている。日本語の台詞は、利口でないとされているシーリアの人物像や、そのすこしあとの困ったような彼女の表情とあわない。
 酒石酸モルヒネの瓶のラベルには C17 H19 NO3 C436 O6 3H2O と書かれているが、いくらなんでも炭素が多すぎる C436 は、 C4 H6 の誤記と見られる。なお、 C17 H19 NO3 部分がモルヒネ、 C4 H6 O6 なら酒石酸である。
 舌平目のミルク煮と茹で野菜についてミス・レモンが「これ以上健康にいいお料理はありませんわ (You can't get much healthier than that.)」と言うのは、日本語だと「一日中もう空腹で死にそうでしたよ」となっているジャップ警部の台詞を受けたもの。警部の台詞は原語だと 'I've been looking forward to a healthy meal all day. (一日中しっかりした食事が待ち遠しかったですよ)' という表現で、警部が「健全な」、すなわち「量が十分で食べごたえがある」の趣旨で使った healthy という言葉を、ミス・レモンは「体に負担がすくない」の意味で受けている。また、彼女が自分の名前にかけて日本語で「レモン風ですわ」と言った台詞も、原語だと 'Lemon sole.' という言葉で、これは魚自体の種類の名前である。もっとも、その前の場面では彼女は買い物籠からレモンを取り出しており、実際にレモン風味でもありそうだけど。
 事件解決の日の朝、起きてきたジャップ警部にポワロが「ブ・ザベ・ビエン・ドルミ?」と声をかけるが、 « Vous avez bien dormi ? » の bien の発音は /bjε̃/ で、カタカナで書けば「ビエン」より「ビヤン」に近い。普段ポワロが話題転換に使う eh bien などでは、日本語音声でも「ビヤン」と発音されている。
 サリーとレナードが乗った客船が入港する際には乗客に無帽の男性が複数見え、劇中よりも新しい時代の、実際の映像を流用したと思われる。
 謎解きの最中にネズミが移動している本棚はポワロの背後の壁際にあるものに思われるが、ポワロの後ろに見えるときとは本の並びが異なる。また、 The Heroic Deeds of Gargantua and Pantagruel という本が違う並びで2度現れるが、同じ本が2冊あるのだろうか。
 ポワロのリビングの、ミス・レモンの仕事部屋とのあいだの窓の両側に飾られた絵が変更された。窓の左側に飾られている絵は、以前は窓の右側に飾られていたもの。またハイビジョンリマスター版では、ミス・レモンが夕食の食材を買って戻ってきた場面で、玄関の向こうの共用部の廊下の床に、それまでドアと同じ幅で青い絨緞が敷かれていたのが、床全体に敷かれるように変わったのがわかる。
 ヒッコリー・ロードの撮影が行われたのはセント・ポール大聖堂近くのカーター・レーンで、寮の建物は実際にはYHA・ロンドン・セント・ポールズ。しかし、内部はヘアフィールド近郊のブレークスピア・ハウス内で撮影されており、屋内から玄関の奥に見える向かいの建物はセットと見られる。また、地下鉄のヒッコリー・ロード駅とされている建物も実際には地下鉄駅ではなく、構内はノーザン線のモーデン駅で撮影された。一方、冒頭でポワロとジャップ警部が訪れたアレン精肉店はマウント・ストリートに実在した老舗ながら、2015年に地代の高騰を理由に閉店している。サリーとレナードが帰国した港の灯台はドーバー港のものだが、その後見える客船の入港先は不詳。寮の学生たちが通う大学は、「24羽の黒つぐみ」にも登場のユニバーシティ・カレッジ・ロンドン。シーリアがアルバイトをしていた薬局内は現地撮影ではなさそうだが、ユニバーシティ・カレッジ病院の薬局は、クリスティーが第二次大戦中に勤労奉仕をしていたところである[2]。ロンドン交通公社の遺失物保管所外観や税務局内は、「愛国殺人」のブラント氏のオフィスや「イタリア貴族殺害事件」のイタリア大使館として撮影に使われた現ローズウッド・ホテル・ロンドン。バレリーが授業の一環として働いていたファッションハウスは、シャンドス・ストリートからクイーン・アン・ストリートへの曲がり角にあるシャンドス・ハウスだが、その前で会話している場面でジャップ警部の背後に見えるのは、シャンドス・ハウスのすぐ前にはないランガム・ホテルで、近くのポートランド・プレースで撮影した映像を編集でつないでいる。ジョルジョスの店がある通りは、リバプール・ストリート駅近くのブラッシュフィールド・ストリート。ロンドン郊外リッチモンドにある設定のスタンリー卿の屋敷は、実際にはチャルフォント・セント・ピーターにあるハイ・ツリーズ。スタンリー卿の葬儀がおこなわれたのはブロンプトン共同墓地。ジャップ警部の自宅の、すくなくとも外観に使われた家は、モーデン駅近くのクイーンズ・ロードにある。
 スタンリー卿役のデビッド・バークは、ジェレミー・ブレット主演の「シャーロック・ホームズの冒険」シリーズにおいて、「ボヘミアの醜聞」から「最後の事件」までの13話でドクター・ワトスン役を演じている。また、サリー役のパリス・ジェファーソンも、同シリーズの「未婚の貴族」にヘンリエッタ・ドーラン役で出演している。さらに、ニコレティス夫人役のレイチェル・ベルは、ジョーン・ヒクソン主演の「ミス・マープル」シリーズの一篇、「ポケットにライ麦を」のジェニファー・フォーテスキュー役で、キャスタマン氏役のグランヴィル・サクストンは、フランセスカ・アニスとジェームス・ワーウィック主演の「二人で探偵を」シリーズの一篇、「謎を知ってるチョコレート」のバートン医師役で見ることができる。
 本作の地下鉄の場面では、スーシェの妻のシーラと娘のキャサリンがエキストラとして撮影に参加していたようだが、その出演箇所は編集でカットされ、最終的に放送されたものでは見られない。そのことに対し、二人はひどく憤慨したという。[3]
 ポワロがジャップ警部に勧めた肉の値段を「3日分の食費ですよ」と言われて「あら」と言ったり、講演前のディナーで学生の自己紹介が終わったあとに「はい」と言ったり、「自慢の一品」を披露して「豚の足ですよ」と言ったり、ミス・レモンから舌平目のミルク煮を出されて満悦の声をあげたり、ナイジェルから差し出された受話器に警部を促して「どうぞ」と言ったり、謎解きの最中に微笑して「そ」と言ったりするのは日本語のみの台詞。ジャップ警部がポワロに「〔あのビデは〕壊れてるんです」と言われてうなずく際の声も同様。講演の晩にポワロたちをヒッコリー・ロードで下ろしたタクシーの運転手の「料金を」という台詞や、警察沙汰になったことについてニコレティス夫人から詰め寄られたポワロが「違います」と否定する台詞も、映像で口は動いているがやはり日本語音声のみ。なくなった靴を取り出すようミス・レモンに促してポワロが「さあどうぞ、ミス・レモン」と言う台詞は、対応する 'S'il vous plait, Miss Lemon.' という原語の台詞はあるものの、これに重なっているのは「さあどうぞ」の部分までで、「ミス・レモン」と呼びかけた際は原語音声に声がない。リュックサックの店の前で待っているように言われたタクシーの運転手が「いいっすよ」と応じる台詞は、原語音声にも声はあるが意味のある言葉になっていない。
 アレン精肉店の前でジャップ警部が買った新聞と、ポワロが朝食の席で読んでいた新聞は、裏面に載っている記事がまったく同じに見える。また、事件解決の日の朝、ホワイトヘイブン・マンションの4階、正面から見て右側の窓に、朝食を摂っているポワロとおぼしき人影が見えるが、ポワロの部屋は6階の左側ではなかったかしら。実際、前夜にポワロが写真の汚れを取り除いている際に点灯されていたのは、6階の左側(と1階および8階の右側)の部屋であった。
 序盤のアレン精肉店正面の路面には、中央線を含む現代の道路標示を隠した形跡が見えるが、その左手には中央線がそのまま見えており、当初はそちらへカメラを向ける予定がなかったのだろうか。また、ハイビジョンリマスター版でも判然としないが、ジャップ警部がポワロのデザートの検討を断る際、奥におそらく現代の車や人が行き交うのが見えてしまっている。一方、ポワロとジャップ警部がそれぞれ大学からヒッコリー・ロードへ車で乗りつけた際には、ポワロの乗ってきたタクシーの窓ガラスと車体に、撮影を見守る現代の人たちが映り込んでしまっている。
 ハイビジョンリマスター版で番組内容として放送データに載っているあらすじには「盗難癖」という言葉が出てくるが、「盗難」は盗まれた側に眼目を置いた言葉なので、書くなら「窃盗癖」ではないかしら。なお、劇中の日本語では「盗癖」と言われている。
 » 結末や真相に触れる内容を表示
  1. [1] 清水俊二, 「あとがき」, 『麗しのサブリナ』, 新書館, 1975, p. 188
  2. [2] ジャネット・モーガン (訳: 深町真理子, 宇佐川晶子), 『アガサ・クリスティーの生涯 下』, 早川書房, 1987, p. 101
  3. [3] David Suchet and Geoffrey Wansell, Poirot and Me, headline, 2013, p. 133

ロケ地写真

カットされた場面

日本

オリジナル版

[0:11:29/0:23]タイプした手紙に間違いを見つけてミス・レモンを呼ぶポワロ
[0:37:36/0:17]スタンリー卿が入院する場面
[0:45:45/1:19]パブでの学生たちの会話
[0:56:53/0:34]コリン逮捕の翌朝のポワロとジャップ警部の会話冒頭
[1:04:20/0:25]ポワロがリュックサックを切っているところへミス・レモンが買い物から戻ってくる場面
[1:36:28/0:19]ジャップ警部宅でのポワロと警部の会話冒頭

ハイビジョンリマスター版

なし

映像ソフト

  • ※1 「名探偵ポワロ DVD-BOX3」にも収録
  • ※2 「名探偵ポワロ [完全版] DVD-BOX2」「名探偵ポワロ [完全版] 全巻 DVD-SET」「名探偵ポワロ [完全版] DVD-SET 7」にも収録
  • ※3 吹替は大塚智則さん主演の新録で、映像もイギリスで販売されているDVDと同じバリエーションを使用
  • ※4 「名探偵ポワロ Blu-ray BOX vol. 2」に収録
2024年4月1日更新