オリエント急行の殺人 Murder on the Orient Express
放送履歴
日本
オリジナル版(90分00秒)
- 2012年02月09日 22時00分〜 (NHK BSプレミアム)※1
- 2012年10月02日 12時00分〜 (NHK BSプレミアム)※2
- 2013年01月10日 21時30分〜 (NHK BSプレミアム)
- 2017年01月21日 16時00分〜 (NHK BSプレミアム)
- 2017年06月28日 16時00分〜 (NHK BSプレミアム)
- 2021年07月31日 16時30分〜 (NHK BSプレミアム)
- 2022年01月06日 09時00分〜 (NHK BS4K)
- 2023年09月06日 21時00分〜 (NHK BSプレミアム・BS4K)※3
- ※1 エンディング冒頭の画面上部にNHKオンデマンドでの配信案内の字幕表示、エンディング末尾に「ミス・マープル」新作8話(4・5)の放送予告の全画面表示あり
- ※2 エンディング途中の画面上部に「ミス・マープル5」放送案内の字幕表示、エンディング末尾に「鏡は横にひび割れて」の放送案内の全画面表示あり
- ※3 BSプレミアムでの放送は、オープニング冒頭の画面左上にBS4K同時放送のアイコン表示あり
海外
- 2010年07月11日 21時00分〜 (米・WGBH)
- 2010年12月25日 21時00分〜 (英・ITV1)
原作
邦訳
- 『オリエント急行の殺人』 クリスティー文庫 山本やよい訳
- 『オリエント急行の殺人』 クリスティー文庫 中村能三訳
- 『オリエント急行の殺人』 ハヤカワミステリ文庫 中村能三訳
- 『オリエント急行の殺人』 創元推理文庫 長沼弘毅訳
- 『オリエント急行殺人事件』 新潮文庫 蕗沢忠枝訳
- 『オリエント急行殺人事件』 光文社古典新訳文庫 安原和見訳
- 『オリエント急行殺人事件』 角川文庫 田内志文訳
原書
- Murder on the Orient Express, Collins, 1 January 1934 (UK)
- Murder in the Calais Coach, Dodd Mead, 1934 (USA)
オープニングクレジット
日本
オリジナル版
名探偵ポワロ / AGATHA CHRISTIE'S POIROT / オリエント急行の殺人 // STARRING DAVID SUCHET / Agatha Christie POIROT / MURDER ON THE ORIENT EXPRESS BASED ON THE NOVEL BY AGATHA CHRISTIE / SCREENPLAY STEWART HARCOURT / EILEEN ATKINS, HUGH BONNEVILLE / JESSICA CHASTAIN, MARIE-JOSÉE CROZE / SERGE HAZANAVICIUS, TOBY JONES / SUSANNE LOTHAR, JOSEPH MAWLE / DENIS MENOCHET, DAVID MORRISSEY / ELENA SATINE, BRIAN J SMITH / STANLEY WEBER, SAMUEL WEST / AND BARBARA HERSHEY / PRODUCER KAREN THRUSSELL / DIRECTOR PHILIP MARTIN
エンディングクレジット
日本
オリジナル版
原作 アガサ・クリスティー 脚本 スチュワート・ハーコート 演出 フィリップ・マーティン 制作 ITVスタジオズ/WGBHボストン アガサ・クリスティー・リミテッド (イギリス・アメリカ2010年) 声の出演 ポワロ(デビッド・スーシェ) 熊倉 一雄 サミュエル・ラチェット(トビー・ジョーンズ) 納谷 六朗 ジョン・アーバスノット大佐(デビッド・モリッシー) 金尾 哲夫 メアリー・デベナム(ジェシカ・チャスティン) 日野 由利加 ハバード夫人(バーバラ・ハーシー) 大西 多摩恵 ザビエール・ブーク(セルジュ・アザナヴィシウス) 伊藤 昌一 ピエール・ミッシェル(デニス・メノーシェ) 高瀬 右光 ナタリア・ドラゴミノフ公爵夫人 勝倉 けい子 ヒルデガード・シュミット 蓬󠄀莱 照子 コンスタンチン医師 上杉 陽一 テディ・マスターマン 辻󠄀 つとむ ヘクター・マックイーン 美斉津 恵友 グレタ・オルソン 安藤 みどり ルドルフ・アンドレニ伯爵 渡辺 聡 エレナ・アンドレニ伯爵夫人 生原 麻友美 アントニオ・フォスカレリ 吉野 貴宏 長谷川 敦央 長谷川 俊介 森 源次郎 黒澤 剛史 <日本語版制作スタッフ> 翻訳 菅 佐千子 演出 佐藤 敏夫 音声 田中 直也
DVD版
原作 アガサ・クリスティー 脚本 スチュワート・ハーコート 演出 フィリップ・マーティン 制作 ITVスタジオズ/WGBHボストン アガサ・クリスティー・リミテッド (イギリス・アメリカ2010年) 声の出演 ポワロ(デビッド・スーシェ) 熊倉 一雄 サミュエル・ラチェット(トビー・ジョーンズ) 納谷 六朗 ジョン・アーバスノット大佐(デビッド・モリッシー) 金尾 哲夫 メアリー・デベナム(ジェシカ・チャスティン) 日野 由利加 ハバード夫人(バーバラ・ハーシー) 大西 多摩恵 ザビエール・ブーク(セルジュ・アザナヴィシウス) 伊藤 昌一 ピエール・ミッシェル(デニス・メノーシェ) 高瀬 右光 ナタリア・ドラゴミノフ公爵夫人 勝倉 けい子 ヒルデガード・シュミット 蓬󠄀莱 照子 コンスタンチン医師 上杉 陽一 テディ・マスターマン 辻󠄀 つとむ ヘクター・マックイーン 美斉津 恵友 グレタ・オルソン 安藤 みどり ルドルフ・アンドレニ伯爵 渡辺 聡 エレナ・アンドレニ伯爵夫人 生原 麻友美 アントニオ・フォスカレリ 吉野 貴宏 長谷川 敦央 長谷川 俊介 森 源次郎 黒澤 剛史 <日本語版制作スタッフ> 翻訳・台本 菅 佐千子 演出 佐藤 敏夫 調整 田中 直也 録音 岡部 直樹 プロデューサー 武士俣 公佑 間瀬 博美 制作統括 小坂 聖 山本 玄一
海外
オリジナル版
Hercule Poirot: DAVID SUCHET; Lieutenant Morris: TRISTAN SHEPHERD; Lieutenant Blanchflower: SAM CRANE; Samuel Rachett/Cassetti: TOBY JONES; Hector MacQueen: BRIAN J SMITH; John Arbuthnott: DAVID MORISSEY / Mary Debenham: JESSICA CHASTAIN; Concierge: STEWART SCUDAMORE; Xavier Bouc: SERGE HAZANAVICIUS; Princess Dragomiroff: EILEEN ATKINS; Hildegard Schmidt: SUSANNE LOTHAR; Pierre Michel: DENIS MENOCHET; Caroline Hubbard/Linda Arden: BARBARA HERSHEY / Edward Masterman: HUGH BONNEVILLE; Gretta Ohlsson: MARIE-JOSÉE CROZE; Count Andrenyi: STANLEY WEBER; Countess Andrenyi: ELENA SATINE; Antonio Foscarelli: JOSEPH MAWLE; Dr Constantine: SAMUEL WEST; Stunt Co-ordinator: CRISPIN LAYFIELD / (中略)1st Assistant Director: LYDIA CURRIE; 2nd Assistant Director: SEAN CLAYTON; 3rd Assistant Director: TUSSY FACCHIN; Location Manager: CHRIS WHITE; Assistant Location Manager: MARK WALLEDGE; Script Supervisor: SUE HILLS; Produced with the support of the financial incentives provided by the government of Malta / Script Editor: MERIEL BAISTOW-CLARE; Production Accountant: CAROLINE RUSSELL; Asst Production Accountant: JOANNA SANDERS; Production Co-ordinator: SAM BAKER; Production Secretary: SIMON BLAKEY; Production Supervisor Malta: COLIN AZZOPARDI; Production Supervisor Switzerland: IAN HOPKINS / Camera Operator: STEVE MURRAY; Focus Pullers: DERMOT HICKEY, BEN GIBB; Clapper Loader: DEAN MURRAY; Camera Grip: JIM PHILPOTT; Gaffer: GAVIN WALTERS; Best Boy: JIMMY HARRIS; Press Officer: NATASHA BAYFORD / Supervising Art Director: PAUL GILPIN; Art Director: MIRANDA CULL; Standby Art Director: ANDREW LAVIN; Production Buyer: TIM BONSTOW; Construction Manager: DAVE CHANNON; Standby Construction: FRED FOSTER, BOB MUSKETT / Sound Recordist: ANDREW SISSONS; Sound Maintenance: ASHLEY REYNOLDS; Property Master: JIM GRINDLEY; Dressing Props: MIKE SYSON, JAY PALES, MIKE RAWLINGS; Standby Props: RICHARD MACMILLIAN, RON DOWLING; Picture Publicist: PATRICK SMITH / Assistant Costume Designer: PHIL O'CONNOR; Costume Supervisor: TRACY McGREGOR; Costume Assistants: SARAH WARD, STEVE O'SULLIVAN; Make-up Artists: BEE ARCHER, TONY LILLEY, HANNAH PROVERBS; Mr Suchet's Dresser: ANNE-MARIE BIGBY; Mr Suchet's Make-up Artist: EVA MARIEGES MOORE / Assistant Editor: VICKY TOOMS; Supervising Sound Editor: JOHN DOWNER; Dialogue Editor: SARAH MORTON; Re-recording Mixer: NIGEL SQUIBBS; Colourist: JOHN CLAUDE; Online Editor: SIMON GIBLIN; Title Design: TITLE FILM AND TV / Associate Producer: DAVID SUCHET; Visual Effects Supervisor: TANVIR HANIF; Post Production Supervisor: KATE STANNARD; Production Executive: JULIE BURNELL; Poirot Theme: CHRISTOPHER GUNNING / Script Executive: JENNIE SCANLON; Hair and Make-up Designer: PAMELA HADDOCK; Costume Designer: SHEENA NAPIER; Casting: SUSIE PARRISS; International Casting: JINA JAY / Composer: CHRISTIAN HENSON; Editor: KRISTINA HETHERINGTON; Production Designer: JEFF TESSLER; Director of Photography: ALAN ALMOND BSC; Line Producer: MATTHEW HAMILTON / Executive Producer for WGBH Boston: REBECCA EATON / Executive Producers for Chorion: MATHEW PRICHARD, MARY DURKAN / Executive Producer: MICHELE BUCK; Executive Producer: DAMIEN TIMMER; © Agatha Christie Ltd. (a Chorion Company) 2010 / A Co-Production of itv STUDIOS and WGBH BOSTON in association with Agatha Christie Ltd (a Chorion Company)
あらすじ
ポワロは事件の調査におもむいた中東で、追いつめた犯人を死なせてしまう。その苦悩の帰途で乗り合わせた満員のオリエント急行は大雪で立ち往生、しかも乗客の一人が刺殺されてしまった。真相にたどりついたポワロが選んだ答えとは……
事件発生時期
1938年1月?
主要登場人物
エルキュール・ポワロ | 私立探偵 |
サミュエル・ラチェット | オリエント急行乗客、資産家、アメリカ人 |
ヘクター・マックイーン | オリエント急行乗客、ラチェットの秘書 |
エドワード・マスターマン | オリエント急行乗客、ラチェットの執事 |
ジョン・アーバスノット | オリエント急行乗客、陸軍大佐、イギリス人 |
メアリー・デベナム | オリエント急行乗客、家庭教師、イギリス人 |
ナタリア・ドラゴミノフ | オリエント急行乗客、ロシアの公爵夫人 |
ヒルデガード・シュミット | オリエント急行乗客、公爵夫人のドイツ人メイド |
キャロライン・ハバード | オリエント急行乗客、アメリカ人 |
グレタ・オルソン | オリエント急行乗客、スウェーデン人宣教師 |
ルドルフ・アンドレニ | オリエント急行乗客、ハンガリー人外交官、伯爵 |
ヘレナ・アンドレニ | オリエント急行乗客、アンドレニ伯爵の妻 |
アントニオ・フォスカレリ | オリエント急行乗客、イタリア人セールスマン |
コンスタンチン | オリエント急行乗客、ギリシャ人産科医 |
ピエール・ミッシェル | オリエント急行車掌、フランス人 |
ザビエール・ブーク | オリエント急行車掌長、ポワロの知人 |
解説、みたいなもの
雪に閉じこめられたオリエント急行という興趣あふれる舞台設定、そこに各国から集まった多様な登場人物、そしてその大胆な真相によって知られるクリスティーの代表作の映像化。被害者のラチェットを取り巻く設定は、原作執筆当時人口に膾炙した、飛行家リンドバーグの子息誘拐事件に材を取ったと言われる。第12シリーズの制作発表当初からタイトルを出してオールスターキャストでの撮影が告知された看板作品で、クリスティーの生誕100周年を記念した「スタイルズ荘の怪事件」のようにオープニングクレジットのフォントを変えるなど、他作品とは一線を画していることを示す演出がされている。その制作費は200万ポンド近くにも及んだという[1]。
本作は、その展開の大半が雪に閉ざされたオリエント急行の車内でおこなわれるという、田舎の村や一族の大邸宅のように閉鎖的な舞台を好むクリスティー作品の中でも特に限定的な舞台設定となっている。そうした舞台の中ではやはり物語の設定を動かしがたかったのか、登場人物の設定や物語の運びなどは、アメリカ人私立探偵のサイラス・ハードマンがカットされた以外、ほとんど原作そのままに作られた。にもかかわらず、冒頭の事件に加えられた脚色、そしてイスタンブールの街で遭遇した事件の衝撃が全篇にわたって影を落としており、「名探偵ポワロ」の近作に見られる、やや陰鬱で重苦しい雰囲気が全体を覆っている。これは、どうしても比較を避けられないアルバート・フィニー主演の映画「オリエント急行殺人事件」と比べると、その華やかでエンターテインメント性に富んだ雰囲気とはきわめて対照的。しかし、真相に到達して主義や信仰と正義の整合に苦悩するポワロの姿は、「満潮に乗って」や「死との約束」でも強調された、敬虔なカトリック教徒としてのポワロ像の延長線上にあり、のちに制作された「カーテン 〜ポワロ最後の事件〜」の方向性も予見させる。本作をこのような方向性でドラマ化することについては、原作をあらためて読み返したスーシェの見解によるだけでなく、監督のフィリップ・マーティンや脚本家のスチュワート・ハーコートとも見解の一致を確認したという[2]。ポワロの吹替を務めた熊倉一雄さんも、そんな本作を「シリーズ70本の中でもトップでしょう」と評した[3]。また、2016年に AXN ミステリーが長篇作品を対象におこなった視聴者人気投票でも、最終回「カーテン 〜ポワロ最後の事件〜」を3位、複数の出演者もお気に入りとして挙げる「ABC殺人事件」を2位に抑えて、1位に選ばれている。
撮影時期は2009年11月〜12月頃(スーシェの自伝で2010年1月から2月にかけて撮影をおこなったと書かれているのは誤りと思われる)[4][5][6]。オリエント急行の撮影にはスイスロケもおこなわれたようだが、汽車の撮影には〈青列車〉と同じピーターバラ近郊のニーン・バレー鉄道が使用され、途中停車したベオグラードの駅はフェリー・メドウズ駅か。一方、オリエント急行が立ち往生した森はニーン・バレー鉄道沿線ではなく、このドラマシリーズの撮影をおこなってきたパインウッド・スタジオ近くのブラック・パークの森で、わざわざそこまで車両を運び、足場や4000個の砂袋の上に雪をかぶせた吹きだまりをつくりあげて撮影をおこなったという[7]。また、「青列車の秘密」当時、スタッフが〈青列車〉のセットをオリエント急行に再利用する計画を明かしていたが[8]、実際、車内のセットの一部には〈青列車〉と同じものを使用していると見られ、たとえば個室のドアに同じ模様がデザインされていたり、ラウンジ車に同様の四分円のバーカウンターがあったりするのが確認できる(なお実際、〈青列車〉もオリエント急行も、同じワゴン・リ社によって運行されていた)。ニューヨークのロング・アイランドにある設定のアームストロング邸は、実際にはイギリス国内にあるクリーヴデンの館で、その敷地全景の写真には海などが合成されている。なお、「ひらいたトランプ」でも、このクリーヴデンのスプリング・コテージが撮影に使われていた。冒頭のイスタンブールも現地撮影ではなく、屋外はマルタ、トカトリアン・ホテル内やイスタンブール駅の改札口はロンドンのフリーメイソンズ・ホールで撮影された。フリーメイソンズ・ホールは、「西洋の星の盗難事件」や「盗まれたロイヤル・ルビー」、「ABC殺人事件」、「愛国殺人」でもやはりホテルとして、また「青列車の秘密」では駅構内として撮影に使われているほか、「あなたの庭はどんな庭?」や「スズメバチの巣」、「マギンティ夫人は死んだ」にも登場する。余談ながら、ケネス・ブラナー主演の映画「オリエント急行殺人事件」でも、イスタンブール(とエルサレム)の屋外はマルタでの撮影である。
序盤にイスタンブールの街で、デベナムがアーバスノット大佐に話しかける声を聞いてポワロが振り返る場面があるが、その前のポワロが階段をのぼっている場面では二人の姿が見えない。ポワロがのぼっていた階段はバレッタのセント・アーシュラ・ストリートで撮影されたのに対し、二人が曲がった角はそこからすこし離れたオールド・ベーカリー・ストリートで撮影されており、前者での撮影には二人が参加しなかったのだろう。ちなみに、このときデベナムは日本語だと「階段であわてたら危ないわ」と言うが、オールド・ベーカリー・ストリートの撮影場所は実は階段ではなく、だから後者で撮影されたカットでは足下が映らない。その後二人が入り込んだ路地はイーグル・ストリート、広場はセント・エルモ砦内(遠景は合成)である。
ラチェットが受け取ったという手紙には「1月17日 カレー駅にて」とあり、その指示にしたがってオリエント急行に乗車していたように見えるが、ポワロがトカトリアン・ホテルで受け取った電報には 26/9/38 (1938年9月26日) と日付が入っている。なお、年については、謎解きの途中のポワロの台詞からも1938年であることがわかる。
ブークの日本語での役職は「車掌長」で、これは一般に、一つの列車に乗務する複数人の車掌の長を指す。一方、原語では the director of the line (この路線の責任者), the director of the Wagons-Lits Company (ワゴン・リ社の責任者) という表現で、乗車中の列車のみならず、オリエント急行やその運営会社であるワゴン・リ社の責任者である。同社はベルギーの会社で、そのためにブークがポワロと顔見知りだったのだろう。なお、ワゴン・リ社の社名になっている wagons-lits (単数形は wagon-lit) とは「寝台車」を意味するフランス語である。
公爵夫人の名字は日本語だと「ドラゴミノフ」だが、原語では Dragomiroff で、順当にカタカナに直せば「ドラゴミロフ」になるはずである。翻訳の際に r と n を見まちがえたのだろうか。あるいは、日本語版 Wikipedia の「オリエント急行殺人事件 (1974年の映画)」の項目において、2017年12月15日4時19分の更新以前は同様の表記がされていたことに影響されたのだろうか。また、いずれにせよこの型の名字は、「二重の手がかり」などに登場するロサコフ伯爵夫人や「ハロウィーン・パーティー」のオルガ・セミノフと同様、女性なら本来、末尾に a がついて「ドラゴミノワ」(ないしは「ドラゴミロワ」)となるべきところである。なお、そのドラゴミノフ公爵夫人についてブークが「ロシアのお姫さま (A Russian princess)」と言う場面があるが、「お姫さま」の原語 princess は、ここではイギリス以外の国の公爵夫人・女公爵に相当する女性の称号として使われており、「ドラゴミノフ公爵夫人」の原語も Princess Dragomiroff である。英語の prince/princess は、日本語の「王子」「王女」に限らず、王以外の王族や大公など一部の君主も含めて広く指すことのある言葉で、故エリザベス二世の夫君エディンバラ公フィリップ殿下なども prince だった。
ポワロとラチェットの祈りの様子が交互に映される場面では、その祈りの言葉だけでなく、最後にポワロが手にしていたロザリオへ口づけするのに対し、ラチェットはロザリオをテーブルに放置したまま飲み物(おそらくは酒)をあおっており、二人の信仰に対する姿勢の対照が端的に示されている。
ブークの依頼を受けてポワロが「乗客たちを集めましょう」と言った台詞は、原語だと 'All the passengers present this morning? (乗客は全員そろっていますか?)' という質問。ブークがミッシェルへ「皆さん食堂車に?」と確認し、「まだです」という回答を受けてポワロへ「いましばらくお時間を」と言う台詞も、原語だと « Encore, monsieur. » とフランス語だったミッシェルの回答を 'Not yet, sir. (まだだそうです)' と英語で伝言するものだった。
事件後に乗客を集めた縦座席の車両をブークは何度も「食堂車」と呼ぶが、イスタンブールを出た翌朝、乗客が実際に朝食をとっていたのは横座席のテーブルがある車両で、ポワロたちが聞き取りに使ったのがそれである。乗客が集まったほうの車両は、原語だと lounge car (ラウンジ車) と言われている。なお、劇中の台詞には登場しないが、食堂車は英語で dining car と呼ぶ。
ポワロとコンスタンチン医師が遺体を調べる場面では、遺体の手前からあおるカットのときに、遺体が穏やかに息をしているのがわかる。また、ここでポワロが「あなたは警察医ですか? それとも、その……」とコンスタンチン医師の専門を確認するが、彼が産科医であることは食堂車での初対面時に聞いて知っているはずである。ポワロの質問は原語だと 'You are not a police surgeon, are you? No. What are you? (あなたは警察医ではありませんよね? ご専門は?)' という表現で、専門外の内容に予断をくり返すコンスタンチン医師をたしなめたものであって、「ボン」という評価も、ポワロではなくコンスタンチン医師が自身の専門を自覚したことに対するものである。
ミッシェルが「乗客のパスポートを持ってきました」と言って持ってきた束のいちばん上はフランスのパスポートだが、関係者でフランス人らしい名前を持つのは車掌のミッシェルと車掌長のブークだけのはず(原作によれば、ブークはベルギー人だけど)。「乗客」とは言葉の綾で、自分のパスポートも一緒に持ってきたものか。また、ブークがミッシェルに日本語で「次回君がこの列車に乗る際には何も起こらないと思うよ」と言った台詞は、原語だと 'And next time you request a transfer to the Calais coach, I'm sure it won't be so dramatic. (次回君がカレー行き車両に担当換えを希望したときは何も起こらないと思うよ)' と言っており、それを受けたポワロの台詞も 'For this trip, you request a transfer? (この列車に乗るために担当換えの希望を?)' と、ミッシェルの今回の乗務が本人の明示的な意思による変更だったことを聞きとがめている。
犯行時刻近くに目撃された女性が着ていた服を指して言う「キモノ (kimono)」は、日本(語)の「着物」に限らず、それに感化された東洋趣味のガウンなども包含する言葉である。
ポワロがマスターマンに 'AISY ARMS' の文字列を提示したときにブークが「たぶん会社の名前とか……ラチェットさん絡みの」と言うのは、原語だと 'Is it an arms firm? Was he an arms dealer? (兵器会社では? 彼は武器商人だった?)' と言っているように、 arms (兵器) という単語から兵器産業を連想したもの。なお、ポワロが食堂車でマスターマンを前にメニューの裏へ書きつけたときの文字と、殺害現場の客室でそれに追記をしたときの文字は、筆跡が微妙に異なる。また、アンドレニ伯爵夫人がポワロに請われて書いてみせたサインと、そのサインがアップになったときの筆跡も異なる。
マックイーンがラチェットと出会った場所を「今で言うイラク」と表現したのは、1932年に同地がイラク王国としての独立を承認されたことを受けたもの。それ以前は主に、英国委任統治領メソポタミアと言われていた。
マックイーンがラチェットを評して「金の力に頼るような雰囲気で……」と言った台詞は、原語だと '(I don't delude myself by thinking) that he wasn't trying to buy his way back into society (金を積んで社会復帰しようとしているようで)' という表現で、ラチェットの性格一般の話ではなく、具体的に今度の旅、あるいは最近の活動の目的を推測したもの。そのために脅迫状と金の話につながり、「カレーに行く目的は、この金を払うことでした」と言った台詞は、原語だと 'Or that I knew we were going to Calais to pay that money back. (カレーに行く目的がその金を返すことだとぼくが知っていることも〔ラチェットは知らなかった〕)' という表現で、単に「払う」ではなく「〔一度受け取った金を〕返す」というニュアンスがある。これは、以前にラチェット自身が「ゆるしを得るために、あるものを返さなければならない」と言っていたのと符合する。そして、ラチェットの正体に気づいたポワロが、「何か後ろめたいことでアメリカから追放。そして20万ドルもの金を要求され、償いをする」と言う台詞も、原語だと 'Something dark in America from where he is ostracized, and $200,000 blood money for which he had to atone. (アメリカにいられない後ろ暗い何か、そして償わなければならない20万ドルの命の代金)' という表現で、20万ドルについて他者から明示的な要求を受けたニュアンスはない。つまり、ラチェットにアメリカを追われる後ろめたい過去があったと見られること、そしてそのゆるしを得るために返却しようとしている金がアームストロング事件の身代金と同額であることが、ポワロがラチェットと事件の関連に思い至る根拠となっているのである。なお、脅迫状にも書かれた blood money という言葉は命と引き替えの金を広く指し、命乞いのための金とも、誰かの命の代償として得た金とも、また殺人の報酬などとも取れる表現である。
ポワロたちが聞き取りの場からラチェットの個室へ向かう場面からは、列車の進行方向前方から、寝台車、ラウンジ車、食堂車の順でつながっているように見えるが、イスタンブールを出た翌朝には、寝台車にいたはずのポワロが進行方向後方から食堂車に入ってきていた。
ラチェットが運んでいた金の行方がわからないことについて、ブークが「ポワロさん、例のお金のことですが、すでに使われているのか、それはないと思いますが、最初から――」と言ったところは、日本語だと「最初から〔そんな金はなかった〕」という可能性を否定しているように聞こえるが、原語は 'Poirot, the money, it has either been spent, which I can assure you it hasn't, or it has— (ポワロさん、例のお金のことですが、すでに使われたか、といってもそれはないと思いますが、あるいは――)' という表現で、すでに使われた可能性のほうを否定している。
ブークがドラゴミノフ公爵夫人を評して「のっしのっしと通路をふさぐように歩いていましたよ」と言った台詞は、原語だと 'She waddles down the corridor like the Battleship Bismark. (通路を戦艦ビスマルクのようによたよたと歩くんです)' という表現。戦艦ビスマルクは、劇中当時世界最大級の戦艦として建造中だった。
リンダ・アーデンという芸名がシェークスピアにちなんでいるというのは、原作によれば、『お気に召すまま』の登場人物であるロザリンドと、その舞台となるアーデンの森をもじったことを言っている。
ドラゴミノフ公爵夫人が、ラチェットの正体を知っていたら「メイドを呼んであの男を容赦なく死ぬまで鞭打たせてさらし者にする」と言う場面があるが、「メイド」に相当する原語は my servants (使用人たち) と複数かつ性別非限定なので、同行のシュミットのことではなく、また女性使用人にも限らない。また、シュミットが自分はメイドであってコックではないと強調するが、ここでの「メイド (lady's maid)」は貴婦人付きの小間使のこと。こうした小間使がいるような家では使用人の職域は細かく分かれており、小間使が料理をすることはなかった。
アンドレニ伯爵夫妻への聞き取りの際、原語音声だとポワロは伯爵夫人とフランス語でやりとりしている。しかし、パスポートの油のしみについて訊ねたときだけは英語で質問しており、そのために伯爵夫人は無反応で、ポワロも英語が通じた気配がないか確かめるように相手の顔を見つめている。また、謎解きの途中でポワロが伯爵夫人に話題を振った際、日本語音声でも彼女が「ウィ」と応じたのは、原語音声だと彼女がやはりフランス語で話しているからである。
アームストロング大佐が戦功十字勲章を受けたというパッセンダーレは、第一次大戦の激戦地として知られるベルギーの地名である。
ポワロがシュミットのアルバムを調べる際、アップになったアルバムの場面と写真の場面の2箇所は映像が左右反転されている。これは、同じ画面に映った文字の向きを見てもわかるほか、そのすぐあとの場面で写真をはずしたページが右側に来ていたり、あとでシュミットに見せた写真に写った二人の立ち位置が反転していることからもわかる。直前の場面でポワロが右から左へアルバムを繰っているので、おそらくはページのひらく向きをそろえるために反転したのだろう。
日本語音声では、ラウンジ車で凶器を差し出されたポワロが、「わたしなりの結論はブロッドで警察に伝えます」という台詞を、「わたしなりの結論はブロッドデ警察に伝えます」のイントネーションで発音する。当時の熊倉一雄さんは、視力の衰えから大きく書き写した脚本を使用していたのだが、その転記の際に写しまちがえたのだろうか。
ラチェットを演じるトビー・ジョーンズは、 BBC 制作の「検察側の証人」ではジョン・メイヒュー弁護士役で主演を務めたほか、ジョン・ネトルズ主演の「バーナビー警部」シリーズでは監察医のドクター・ピーターソン役を、ベネディクト・カンバーバッチ主演「シャーロック4」の「臥せる探偵」ではカルヴァートン・スミス役を演じている。ドラゴミノフ公爵夫人役のアイリーン・アトキンスは、ジェラルディン・マクイーワン主演の「ミス・マープル3」の「ゼロ時間へ」でのレディー・カミーラ・トレッシリアン役(このときの吹替は、ミス・レモンの翠準子さん)、マスターマン役のヒュー・ボネヴィルはジュリア・マッケンジー主演の「ミス・マープル5」の「鏡は横にひび割れて」でのヒューイット警部役や、ジェレミー・ブレット主演の「シャーロック・ホームズの冒険」の一篇、「瀕死の探偵」のビクター・サベッジ役でも見ることができる。コンスタンチン医師役のサミュエル・ウェストは、「ハロウィーン・パーティー」でコットレル牧師を演じたティモシー・ウェストの息子。
ラチェットの吹替を担当した納谷六朗さんは、アルバート・フィニー主演の映画「オリエント急行殺人事件」では、マイケル・ヨーク演じるアンドレニ伯爵の吹替を担当していた。
ポワロがミッシェルから妻の死の経緯を聞いて「うん」と言ったり、ミッシェルが普段はパリ行きの担当だと聞いて「ふむ」と言ったり、シュミットからキモノの女の話を聞いて「メルシー」と言う前に「ふっ」と笑い声を立てたり、アンドレニ伯爵夫人のサインを見比べて「ふむ」と言ったり、シュミットのトランクから見つけたアルバムをめくって「ん?」と言ったりするのは日本語音声のみ。事件現場を確認したポワロが「人の出入りは不可能だった、と」と言ったのにブークが「ええ」と応じたり、ポワロが「でも〔ラチェットのことを〕好きになれなくて」と言ったのにマスターマンが「うん」と応じるのも同様。
本作では人物の表情を大きく映すことが多く、光の加減もあって、スーシェがコンタクトレンズをつけていることがしばしばよくわかる。
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イスタンブールの街でデベナムがアーバスノット大佐へ言う「階段であわてたら危ないわ」という台詞は、原語だと 'We are almost there. Don't rush. (もうすぐ着くわ。焦らないで)' という表現で、これは一見、目的地までの行程について言っているように聞こえるが、その直後に彼女が列車の時間を気にする場面があり、 'Don't rush. (焦らないで)' を駅までの道中のことと解釈すると矛盾を来すようになっている。つまり、計画の実行に先立ってデベナムは、のちの場面でやや性急な性格として描かれている大佐を、短気に走らないようたしなめていたのである。
不貞を働いた女性を追いかける人々の発したトルコ語についてアーバスノット大佐が「当然の報いだと言っている」と言った台詞は、原語だと 'The husband wants justice. (夫は正義を求めている)' という表現で、つまり近代法による法定刑ではなく、いわば〈被害者〉である夫個人の、制裁を求める意思が最優先されてのことだとわかる。そしてそれを受けたデベナムの台詞の多くも、日本語では「この人どうなるの?」などと女性の処遇に視点が当てられているが、原語だと 'He can't! What will he do? (そんなことできない! 何をする気なの?)' のように、すべて自らの手による制裁を求める夫の側の行動を否定・制止する表現になっており、のちの彼女(たち)自身の行動や主張との対比が明確になっている。一方、オリエント急行でデベナムと再会したポワロも、その成文法によらない行為を容認ないしは黙認する見解を示し、のちの自身の主張と一面で対比をなすとともに、デベナムたちの主張との対立としても反転した構図を見せる。またこの際、デベナムは罪の重さ、ポワロは文化の違いをここでの判断の要素として挙げており、ゆるされるべき罪の重さの限度はその後グレタ・オルソンとの会話でも話題に上る。これらは、罪に見あう罰や正義に関する姿勢は、所属する地域や文化のみならず、同じ人間のなかでも状況や条件によって揺れ動くものであり、一面的に決まるものではないということを、クライマックスでの議論に先立って示す意図があると思われる。なお、不貞を働いた女性を殺害することで親族や部族の名誉が回復するとされる〈名誉の殺人〉は、それが現地の法律で明確に禁止された21世紀においても、慣習としていまだ根強く残っている地域があるという。
オリエント急行に乗り込んだデベナムが通路で「困ったわ、わたしの連れが遅れていますの」と話しかけるが、街で連れ立っていたアーバスノット大佐には声をかけられたばかりだし、連れが遅れている(ことになっている)のはハバード夫人のはずである。これは原語だと 'Has anyone seen who's trying to get on the train? (誰か、列車に乗ろうとしている人を見ました?)' という台詞で、乗車口で見かけたポワロのことを気にした発言であり(ブークが出したポワロの名を聞いて、彼女は驚きの表情を浮かべていた)、そのために彼女は後ろを振り返っているし、ハバード夫人は様子を見に乗車口まで出てきたものと思われる。日本語は、他人のふりをしなければいけないのに声をかけてきた大佐をあえて無視した牽制の発言と受け取ったものか。また、ポワロが同室になって抵抗感を示すマックイーンに対してミッシェルが言う「ほかに方法がありません。ご理解ください」という台詞も、原語だと 'This is what has to happen. So, this is what's happening. (これは起きるべくして起きたことです)' という言い方で、同室の乗客が来ないことをあらかじめ知っているはずがないマックイーンに対して、ポワロたちに気づかれないよう配慮した表現で、その事実を指摘している台詞だった。
ラチェットの叱責を受けて通廊へ出たあとにマスターマンとマックイーンが「また脅迫状が届いたのか」「ああ、そうだ」というやりとりをするが、マスターマンが脅迫状の背景や計画を知らないとは考えにくく、彼の質問は若干不自然である。これは原語だと 'Was it another threatening note? (新しい脅迫状か?)' 'Of course it was. (もちろんそうさ)' という表現で、「届いた」ことを確認するニュアンスはなく、ラチェットから内容を聞けなかった紙片が自分たちの出した脅迫状だったのかを、単にマックイーンに質していたのである。マックイーンの答えの of cource (もちろん) という表現も、マスターマンが実は事情に通じていることを示している。
12人の陪審員が裁くというやり方をアーバスノット大佐が「理想的にはね」と日本語で言ったところは、原語だと 'Civilized way. (文明的なやり方だ)' という表現。ブークやハバード夫人の台詞でも乗客たちが「文明人」であることに言及しており、法と正義の問題の議論が交わされるにあたっての、文明社会の良識ある一員という視座がここでも明確化されている。
車掌の制服の所在を「いちばん繋がりの薄いと思われる乗客の荷物の中」とポワロが推理した根拠は劇中で明示されないが、原作ではのちに、新事実が現れるたびに事件の解決が困難になるよう全体が設計されていることに気づいたという説明があり、その原則から導いた仮説だったと見られる。
ラチェット殺害の夜のことを解き明かしたポワロが「あの時計も――すべて工作。リンダ・アーデンにポワロは振りまわされた!」と言うが、偽装工作に関し、リンダ・アーデンが必ずしも主導的役割を果たしたようには見えない。この台詞は原語だと 'The watch—it was all a farce, was it not, Linda Arden, to make the mockery of Poirot? (あの時計――すべては茶番。そうではありませんか、リンダ・アーデン、ポワロを笑いものにするための)' という表現で、 Linda Arden (リンダ・アーデン) の部分は呼びかけである。なお、英語におけるフルネームでの呼びかけには、日本語で急に「さん」付けしたときのような、あらたまったニュアンスがある。
偽のラチェットの悲鳴について、ドラゴミノフ公爵夫人が「あなたが寝る前に、あの叫び声を聞くであろうことを想定しました、ポワロさん」と言うが、それは深夜12時40分のことであり(その割には窓の外が明るい気もするけど)、ポワロは眠っていたところを叫び声で起こされている。原語は 'After you had heard that, all we needed was for you to go to sleep, Monsieur Poirot. (あなたがあの叫び声を聞いたあとは、あなたが眠りにつくのを待つだけでした、ポワロさん)' という表現で、叫び声を聞くまでポワロが起きていることを想定したニュアンスはない。
ラチェットがカレーへ向かう目的はゆるしを得るための償い (penance) ということだが、このゆるしと償いは一般的な意味での寛恕と贖罪ではなく、カトリックの〈ゆるしの秘跡(告解)〉(これも英語で penance という)による免罪と、そのために求められる行為のこと。「ゆるしを得るために、あるものを返さなければならない」というラチェットの台詞も、原語では 'I need to give something back before I'm forgiven. (ゆるされるのに先立って、あるものを返す必要がある)' という表現で、ゆるしを乞うべく何かを返却するというより、ゆるしを得られることは既定路線だが、その条件として事前に何かの返却が必要というニュアンスである。つまりラチェットは、アームストロング事件の身代金と同額をアームストロング基金へ返却するよう〈ゆるしの秘跡〉で聖職者から求められ、それを果たす途上にあると見られる(カレーで金を支払うよう求める脅迫状は、金の横取りと償いの妨害をにおわせてラチェットを恐怖させると同時に、その旅の目的をこの恐喝に応じるためと周囲に誤解させる意図のものか)。しかし、「神はわたしのことを、守ってくれる銃なんだ (I think he's like an extra gun. An extra piece of protection.)」という台詞や、ひたすらにゆるしと保護を求める祈りの様子が示すように、彼は改悛によらず、復讐者に対抗して身を守るための手段(それも extra (追加的) な)として宗教的なゆるしを得ようとしており、犯人たちの行動も、単にアームストロング事件の罪を命であがなわせるだけでなく、ラチェットが償いを完遂して、いわば手続き主義的にその魂がゆるしを受け、神の裁きを免れることを阻止する意図があったと見られる。これは日本語でも、「カトリックの償いとゆるしは、まちがってる」というオルソンの主張や、ラチェット殺害の場面でドラゴミノフ公爵夫人が語りかける「あなたに殺された人たちはみな天国にいる、カセッティさん、でもあなたは地獄に落ちる」という台詞に表れているが、ラチェットが保護を求める理由として言った「実はわたしは監視されている」という台詞や、オルソンがポワロに言う「あの男が死んだのは、神のゆるしを得ることができなかったからかもしれません」「この世で地獄の責苦にあえぐ、弱い人々――彼らを救えるのは神に代わって裁きを下す人間よ。罪を裁くのは罪ではないわ」といった台詞も、原語では 'Because there are people who know where I am and what I am doing. (なぜなら、わたしの居場所と目的を知ってい〔て、それを妨げようとしてい〕る連中がいるからだ)' 'This man who is dead, maybe God came last night on this train and refused to forgive. (あの男が死んだのはたぶん、昨夜神さまがこの列車にお越しになって、ゆるしを与えることを拒んだからです)' 'When he creates a hell on earth for those wronged? When priests who are supposed to act in his name forgive what must never be forgiven? (神が、虐げられた人々を生き地獄に落としてしまったら? 神の名において行動するものとされている司祭が、決してゆるすべからざる罪をゆるしてしまったら?)' という表現で、ラチェットの免罪は阻止されるべきであるとする犯人たちの意図や考え方がいっそう明確になっている。原作にはなかったこの要素によって、法の機能不全、法の枠組みと正義・応報のあいだに生じた不整合は、文明社会の世俗の法理のみならず、教会の法理をも巻き込んだものに深化された。すなわち、非道な罪を犯し、裁判の結果を不正に操作して罰を免れたことが明らかな人間が、法によってその報いを与えられるどころか、一事不再理という法の原則によって本来の刑罰から完全に守られているだけでなく、今それを阻止する行動を起こさなければ、カトリックの免罪の仕組みを利用して、神すら罰を与えられなくなってしまうという状況が作られている。一方、ポワロの信条は原則としては遵法であり、加えてドラマでは、犯人が逮捕されずに自殺や事故死などによって報いを受ける展開が原作より減らされているが、それでも「エンドハウスの怪事件」や「チョコレートの箱」、制作体制が交代してからでは「ナイルに死す」などに見られるように、罪、なかんずく殺人を犯した者が結果的に刑罰と同等の報いを受けさえすれば、そこへ至る過程が必ずしも法の手続きに則っていなくとも容認することがままあり、彼が価値を置く中心は遵法よりも応報あるいは必罰であった。当時のイギリスにおける殺人罪の刑罰は死刑のみと決まっており、ポワロは犯人が有罪であることを〈知って〉いるので、たとえ厳格に遵法を選んだとしても、その帰着するところが応報を求める姿勢に対立することはこれまでなかったが、今回の事件で遵法の立場に立つことは、不正なくば死刑になっていたはずの人間に本来の末路をもたらした者たちへ応報を求める一方で、罪なき幼児を誘拐し殺害したラチェットへの応報については、カトリックの信仰があればこそ、死後の神の罰まで含めて完全に否定することになるという状況を生んだ。その相反に直面して初めて判断の寄る辺をなくしたポワロは犯人への反論の言葉を失い、ロザリオを手に、自らの選択の正しさをただ直接神に問うしかない良心の孤独へと追い込まれていく。そして結局ポワロは、遵法よりもラチェットへの応報――言い換えれば正義の充足――を選び、またそのような自らの価値観を自覚・直視することになったのである。なお、冒頭で自殺した中尉についてポワロが「裁きを受けることになったんです」と言った台詞や、ポワロとオルソンの会話のなかで神さえ許さない罪として挙げられた「神の教えに背くこと」も、原語ではそれぞれ 'that brought him into difficulty with the law (法的な問題に陥ることになったんです)' 'when you violate his law (神の法を犯すこと)' という表現で、いずれも law (法) と、そこからの逸脱の問題として語られており、本作のテーマを一貫して示す形になっている。
オルソンが「穢れのない者に最初の石を投げさせよ」というイエスの言葉を引用し、「ここにいるのは穢れのない人々――わたしも含めてよ」と言った台詞は、原語だと 'Well, we were without sin, monsieur. I was without sin. (わたしたちに穢れはなかったわ。わたしに穢れはなかった)' と過去形が用いられており、これは「石を投げ」る、すなわちラチェットに報いを与える前の状態についての言及である。英語の過去形には、現在はそれと異なる状態になっていることを示すニュアンスがあり、オルソンは内心、ラチェット殺害後の自分たちは穢れなしと言えないととらえていることがわかる。
アーバスノット大佐が銃に弾を籠めながら「ここなら見えない。うまくやれる」と言った台詞は、日本語だとポワロたちに気づかれることなく殺せると言っているように聞こえるが、原語は 'I can't be seen here. (ここなら誰も見てない) I won't be seen here. (ここなら見られずに済む)' という表現で、ポワロたちを殺しても目撃者がいないという趣旨であって、実際ポワロにはしっかり見られている。なお、大佐が隠蔽のためにポワロたちを殺そうとするこの展開は原作にないものだが、一度人を殺した人間は殺人という手段で問題を解決することをためらわなくなってしまうという視点はクリスティーが著作中で何度も言及しているもので、殺人は許容できないというポワロの信念の基礎になっている。殺人がそれをなした者に与える影響についてドラマではあまり言及されないが、「鳩のなかの猫」での「この世に、一度でも人を殺した人間を脅迫するほど危険なことはありません!」というポワロの発言や、「ナイルに死す」「複数の時計」での犯人の述懐(「複数の時計」での述懐はドラマオリジナルの要素だが、その脚本は本作と同じスチュワート・ハーコートによる)に、その片鱗を見ることができる。一方でまた原作のポワロは、「死との約束」原作での発言などに見られるように、殺人者に報いを受けさせること自体よりむしろ、危険な存在となった殺人者を社会から排除することを第一義としているところがある。そのため、ポワロたちの口封じを図った大佐を周囲が押しとどめ、カセッティ殺害を経ても自らを律する精神を失っていない様子を見せたことが、ポワロの決断に影響を与えたのだろう。もっとも、原作のポワロはこの展開なく同様の判断を下しているわけだけど。
「三幕の殺人」のエピローグでポワロが口にした「わたしは探偵です。審判は下さない」という台詞は原作になく、同じシリーズで制作された本作を見据え、従来からのポワロのスタンスを示すものとして追加されたものと思われる。また、「五匹の子豚」のクライマックスでも、復讐をなさずとも裁きは必ずおこなわれる、ないしは復讐をなせば裁きがおこなわれる機会を完全に失うという主張をポワロがおこなっていたが、これも原作には存在しなかった。
本作は、その展開の大半が雪に閉ざされたオリエント急行の車内でおこなわれるという、田舎の村や一族の大邸宅のように閉鎖的な舞台を好むクリスティー作品の中でも特に限定的な舞台設定となっている。そうした舞台の中ではやはり物語の設定を動かしがたかったのか、登場人物の設定や物語の運びなどは、アメリカ人私立探偵のサイラス・ハードマンがカットされた以外、ほとんど原作そのままに作られた。にもかかわらず、冒頭の事件に加えられた脚色、そしてイスタンブールの街で遭遇した事件の衝撃が全篇にわたって影を落としており、「名探偵ポワロ」の近作に見られる、やや陰鬱で重苦しい雰囲気が全体を覆っている。これは、どうしても比較を避けられないアルバート・フィニー主演の映画「オリエント急行殺人事件」と比べると、その華やかでエンターテインメント性に富んだ雰囲気とはきわめて対照的。しかし、真相に到達して主義や信仰と正義の整合に苦悩するポワロの姿は、「満潮に乗って」や「死との約束」でも強調された、敬虔なカトリック教徒としてのポワロ像の延長線上にあり、のちに制作された「カーテン 〜ポワロ最後の事件〜」の方向性も予見させる。本作をこのような方向性でドラマ化することについては、原作をあらためて読み返したスーシェの見解によるだけでなく、監督のフィリップ・マーティンや脚本家のスチュワート・ハーコートとも見解の一致を確認したという[2]。ポワロの吹替を務めた熊倉一雄さんも、そんな本作を「シリーズ70本の中でもトップでしょう」と評した[3]。また、2016年に AXN ミステリーが長篇作品を対象におこなった視聴者人気投票でも、最終回「カーテン 〜ポワロ最後の事件〜」を3位、複数の出演者もお気に入りとして挙げる「ABC殺人事件」を2位に抑えて、1位に選ばれている。
撮影時期は2009年11月〜12月頃(スーシェの自伝で2010年1月から2月にかけて撮影をおこなったと書かれているのは誤りと思われる)[4][5][6]。オリエント急行の撮影にはスイスロケもおこなわれたようだが、汽車の撮影には〈青列車〉と同じピーターバラ近郊のニーン・バレー鉄道が使用され、途中停車したベオグラードの駅はフェリー・メドウズ駅か。一方、オリエント急行が立ち往生した森はニーン・バレー鉄道沿線ではなく、このドラマシリーズの撮影をおこなってきたパインウッド・スタジオ近くのブラック・パークの森で、わざわざそこまで車両を運び、足場や4000個の砂袋の上に雪をかぶせた吹きだまりをつくりあげて撮影をおこなったという[7]。また、「青列車の秘密」当時、スタッフが〈青列車〉のセットをオリエント急行に再利用する計画を明かしていたが[8]、実際、車内のセットの一部には〈青列車〉と同じものを使用していると見られ、たとえば個室のドアに同じ模様がデザインされていたり、ラウンジ車に同様の四分円のバーカウンターがあったりするのが確認できる(なお実際、〈青列車〉もオリエント急行も、同じワゴン・リ社によって運行されていた)。ニューヨークのロング・アイランドにある設定のアームストロング邸は、実際にはイギリス国内にあるクリーヴデンの館で、その敷地全景の写真には海などが合成されている。なお、「ひらいたトランプ」でも、このクリーヴデンのスプリング・コテージが撮影に使われていた。冒頭のイスタンブールも現地撮影ではなく、屋外はマルタ、トカトリアン・ホテル内やイスタンブール駅の改札口はロンドンのフリーメイソンズ・ホールで撮影された。フリーメイソンズ・ホールは、「西洋の星の盗難事件」や「盗まれたロイヤル・ルビー」、「ABC殺人事件」、「愛国殺人」でもやはりホテルとして、また「青列車の秘密」では駅構内として撮影に使われているほか、「あなたの庭はどんな庭?」や「スズメバチの巣」、「マギンティ夫人は死んだ」にも登場する。余談ながら、ケネス・ブラナー主演の映画「オリエント急行殺人事件」でも、イスタンブール(とエルサレム)の屋外はマルタでの撮影である。
序盤にイスタンブールの街で、デベナムがアーバスノット大佐に話しかける声を聞いてポワロが振り返る場面があるが、その前のポワロが階段をのぼっている場面では二人の姿が見えない。ポワロがのぼっていた階段はバレッタのセント・アーシュラ・ストリートで撮影されたのに対し、二人が曲がった角はそこからすこし離れたオールド・ベーカリー・ストリートで撮影されており、前者での撮影には二人が参加しなかったのだろう。ちなみに、このときデベナムは日本語だと「階段であわてたら危ないわ」と言うが、オールド・ベーカリー・ストリートの撮影場所は実は階段ではなく、だから後者で撮影されたカットでは足下が映らない。その後二人が入り込んだ路地はイーグル・ストリート、広場はセント・エルモ砦内(遠景は合成)である。
ラチェットが受け取ったという手紙には「1月17日 カレー駅にて」とあり、その指示にしたがってオリエント急行に乗車していたように見えるが、ポワロがトカトリアン・ホテルで受け取った電報には 26/9/38 (1938年9月26日) と日付が入っている。なお、年については、謎解きの途中のポワロの台詞からも1938年であることがわかる。
ブークの日本語での役職は「車掌長」で、これは一般に、一つの列車に乗務する複数人の車掌の長を指す。一方、原語では the director of the line (この路線の責任者), the director of the Wagons-Lits Company (ワゴン・リ社の責任者) という表現で、乗車中の列車のみならず、オリエント急行やその運営会社であるワゴン・リ社の責任者である。同社はベルギーの会社で、そのためにブークがポワロと顔見知りだったのだろう。なお、ワゴン・リ社の社名になっている wagons-lits (単数形は wagon-lit) とは「寝台車」を意味するフランス語である。
公爵夫人の名字は日本語だと「ドラゴミノフ」だが、原語では Dragomiroff で、順当にカタカナに直せば「ドラゴミロフ」になるはずである。翻訳の際に r と n を見まちがえたのだろうか。あるいは、日本語版 Wikipedia の「オリエント急行殺人事件 (1974年の映画)」の項目において、2017年12月15日4時19分の更新以前は同様の表記がされていたことに影響されたのだろうか。また、いずれにせよこの型の名字は、「二重の手がかり」などに登場するロサコフ伯爵夫人や「ハロウィーン・パーティー」のオルガ・セミノフと同様、女性なら本来、末尾に a がついて「ドラゴミノワ」(ないしは「ドラゴミロワ」)となるべきところである。なお、そのドラゴミノフ公爵夫人についてブークが「ロシアのお姫さま (A Russian princess)」と言う場面があるが、「お姫さま」の原語 princess は、ここではイギリス以外の国の公爵夫人・女公爵に相当する女性の称号として使われており、「ドラゴミノフ公爵夫人」の原語も Princess Dragomiroff である。英語の prince/princess は、日本語の「王子」「王女」に限らず、王以外の王族や大公など一部の君主も含めて広く指すことのある言葉で、故エリザベス二世の夫君エディンバラ公フィリップ殿下なども prince だった。
ポワロとラチェットの祈りの様子が交互に映される場面では、その祈りの言葉だけでなく、最後にポワロが手にしていたロザリオへ口づけするのに対し、ラチェットはロザリオをテーブルに放置したまま飲み物(おそらくは酒)をあおっており、二人の信仰に対する姿勢の対照が端的に示されている。
ブークの依頼を受けてポワロが「乗客たちを集めましょう」と言った台詞は、原語だと 'All the passengers present this morning? (乗客は全員そろっていますか?)' という質問。ブークがミッシェルへ「皆さん食堂車に?」と確認し、「まだです」という回答を受けてポワロへ「いましばらくお時間を」と言う台詞も、原語だと « Encore, monsieur. » とフランス語だったミッシェルの回答を 'Not yet, sir. (まだだそうです)' と英語で伝言するものだった。
事件後に乗客を集めた縦座席の車両をブークは何度も「食堂車」と呼ぶが、イスタンブールを出た翌朝、乗客が実際に朝食をとっていたのは横座席のテーブルがある車両で、ポワロたちが聞き取りに使ったのがそれである。乗客が集まったほうの車両は、原語だと lounge car (ラウンジ車) と言われている。なお、劇中の台詞には登場しないが、食堂車は英語で dining car と呼ぶ。
ポワロとコンスタンチン医師が遺体を調べる場面では、遺体の手前からあおるカットのときに、遺体が穏やかに息をしているのがわかる。また、ここでポワロが「あなたは警察医ですか? それとも、その……」とコンスタンチン医師の専門を確認するが、彼が産科医であることは食堂車での初対面時に聞いて知っているはずである。ポワロの質問は原語だと 'You are not a police surgeon, are you? No. What are you? (あなたは警察医ではありませんよね? ご専門は?)' という表現で、専門外の内容に予断をくり返すコンスタンチン医師をたしなめたものであって、「ボン」という評価も、ポワロではなくコンスタンチン医師が自身の専門を自覚したことに対するものである。
ミッシェルが「乗客のパスポートを持ってきました」と言って持ってきた束のいちばん上はフランスのパスポートだが、関係者でフランス人らしい名前を持つのは車掌のミッシェルと車掌長のブークだけのはず(原作によれば、ブークはベルギー人だけど)。「乗客」とは言葉の綾で、自分のパスポートも一緒に持ってきたものか。また、ブークがミッシェルに日本語で「次回君がこの列車に乗る際には何も起こらないと思うよ」と言った台詞は、原語だと 'And next time you request a transfer to the Calais coach, I'm sure it won't be so dramatic. (次回君がカレー行き車両に担当換えを希望したときは何も起こらないと思うよ)' と言っており、それを受けたポワロの台詞も 'For this trip, you request a transfer? (この列車に乗るために担当換えの希望を?)' と、ミッシェルの今回の乗務が本人の明示的な意思による変更だったことを聞きとがめている。
犯行時刻近くに目撃された女性が着ていた服を指して言う「キモノ (kimono)」は、日本(語)の「着物」に限らず、それに感化された東洋趣味のガウンなども包含する言葉である。
ポワロがマスターマンに 'AISY ARMS' の文字列を提示したときにブークが「たぶん会社の名前とか……ラチェットさん絡みの」と言うのは、原語だと 'Is it an arms firm? Was he an arms dealer? (兵器会社では? 彼は武器商人だった?)' と言っているように、 arms (兵器) という単語から兵器産業を連想したもの。なお、ポワロが食堂車でマスターマンを前にメニューの裏へ書きつけたときの文字と、殺害現場の客室でそれに追記をしたときの文字は、筆跡が微妙に異なる。また、アンドレニ伯爵夫人がポワロに請われて書いてみせたサインと、そのサインがアップになったときの筆跡も異なる。
マックイーンがラチェットと出会った場所を「今で言うイラク」と表現したのは、1932年に同地がイラク王国としての独立を承認されたことを受けたもの。それ以前は主に、英国委任統治領メソポタミアと言われていた。
マックイーンがラチェットを評して「金の力に頼るような雰囲気で……」と言った台詞は、原語だと '(I don't delude myself by thinking) that he wasn't trying to buy his way back into society (金を積んで社会復帰しようとしているようで)' という表現で、ラチェットの性格一般の話ではなく、具体的に今度の旅、あるいは最近の活動の目的を推測したもの。そのために脅迫状と金の話につながり、「カレーに行く目的は、この金を払うことでした」と言った台詞は、原語だと 'Or that I knew we were going to Calais to pay that money back. (カレーに行く目的がその金を返すことだとぼくが知っていることも〔ラチェットは知らなかった〕)' という表現で、単に「払う」ではなく「〔一度受け取った金を〕返す」というニュアンスがある。これは、以前にラチェット自身が「ゆるしを得るために、あるものを返さなければならない」と言っていたのと符合する。そして、ラチェットの正体に気づいたポワロが、「何か後ろめたいことでアメリカから追放。そして20万ドルもの金を要求され、償いをする」と言う台詞も、原語だと 'Something dark in America from where he is ostracized, and $200,000 blood money for which he had to atone. (アメリカにいられない後ろ暗い何か、そして償わなければならない20万ドルの命の代金)' という表現で、20万ドルについて他者から明示的な要求を受けたニュアンスはない。つまり、ラチェットにアメリカを追われる後ろめたい過去があったと見られること、そしてそのゆるしを得るために返却しようとしている金がアームストロング事件の身代金と同額であることが、ポワロがラチェットと事件の関連に思い至る根拠となっているのである。なお、脅迫状にも書かれた blood money という言葉は命と引き替えの金を広く指し、命乞いのための金とも、誰かの命の代償として得た金とも、また殺人の報酬などとも取れる表現である。
ポワロたちが聞き取りの場からラチェットの個室へ向かう場面からは、列車の進行方向前方から、寝台車、ラウンジ車、食堂車の順でつながっているように見えるが、イスタンブールを出た翌朝には、寝台車にいたはずのポワロが進行方向後方から食堂車に入ってきていた。
ラチェットが運んでいた金の行方がわからないことについて、ブークが「ポワロさん、例のお金のことですが、すでに使われているのか、それはないと思いますが、最初から――」と言ったところは、日本語だと「最初から〔そんな金はなかった〕」という可能性を否定しているように聞こえるが、原語は 'Poirot, the money, it has either been spent, which I can assure you it hasn't, or it has— (ポワロさん、例のお金のことですが、すでに使われたか、といってもそれはないと思いますが、あるいは――)' という表現で、すでに使われた可能性のほうを否定している。
ブークがドラゴミノフ公爵夫人を評して「のっしのっしと通路をふさぐように歩いていましたよ」と言った台詞は、原語だと 'She waddles down the corridor like the Battleship Bismark. (通路を戦艦ビスマルクのようによたよたと歩くんです)' という表現。戦艦ビスマルクは、劇中当時世界最大級の戦艦として建造中だった。
リンダ・アーデンという芸名がシェークスピアにちなんでいるというのは、原作によれば、『お気に召すまま』の登場人物であるロザリンドと、その舞台となるアーデンの森をもじったことを言っている。
ドラゴミノフ公爵夫人が、ラチェットの正体を知っていたら「メイドを呼んであの男を容赦なく死ぬまで鞭打たせてさらし者にする」と言う場面があるが、「メイド」に相当する原語は my servants (使用人たち) と複数かつ性別非限定なので、同行のシュミットのことではなく、また女性使用人にも限らない。また、シュミットが自分はメイドであってコックではないと強調するが、ここでの「メイド (lady's maid)」は貴婦人付きの小間使のこと。こうした小間使がいるような家では使用人の職域は細かく分かれており、小間使が料理をすることはなかった。
アンドレニ伯爵夫妻への聞き取りの際、原語音声だとポワロは伯爵夫人とフランス語でやりとりしている。しかし、パスポートの油のしみについて訊ねたときだけは英語で質問しており、そのために伯爵夫人は無反応で、ポワロも英語が通じた気配がないか確かめるように相手の顔を見つめている。また、謎解きの途中でポワロが伯爵夫人に話題を振った際、日本語音声でも彼女が「ウィ」と応じたのは、原語音声だと彼女がやはりフランス語で話しているからである。
アームストロング大佐が戦功十字勲章を受けたというパッセンダーレは、第一次大戦の激戦地として知られるベルギーの地名である。
ポワロがシュミットのアルバムを調べる際、アップになったアルバムの場面と写真の場面の2箇所は映像が左右反転されている。これは、同じ画面に映った文字の向きを見てもわかるほか、そのすぐあとの場面で写真をはずしたページが右側に来ていたり、あとでシュミットに見せた写真に写った二人の立ち位置が反転していることからもわかる。直前の場面でポワロが右から左へアルバムを繰っているので、おそらくはページのひらく向きをそろえるために反転したのだろう。
日本語音声では、ラウンジ車で凶器を差し出されたポワロが、「わたしなりの結論はブロッドで警察に伝えます」という台詞を、「わたしなりの結論はブロッドデ警察に伝えます」のイントネーションで発音する。当時の熊倉一雄さんは、視力の衰えから大きく書き写した脚本を使用していたのだが、その転記の際に写しまちがえたのだろうか。
ラチェットを演じるトビー・ジョーンズは、 BBC 制作の「検察側の証人」ではジョン・メイヒュー弁護士役で主演を務めたほか、ジョン・ネトルズ主演の「バーナビー警部」シリーズでは監察医のドクター・ピーターソン役を、ベネディクト・カンバーバッチ主演「シャーロック4」の「臥せる探偵」ではカルヴァートン・スミス役を演じている。ドラゴミノフ公爵夫人役のアイリーン・アトキンスは、ジェラルディン・マクイーワン主演の「ミス・マープル3」の「ゼロ時間へ」でのレディー・カミーラ・トレッシリアン役(このときの吹替は、ミス・レモンの翠準子さん)、マスターマン役のヒュー・ボネヴィルはジュリア・マッケンジー主演の「ミス・マープル5」の「鏡は横にひび割れて」でのヒューイット警部役や、ジェレミー・ブレット主演の「シャーロック・ホームズの冒険」の一篇、「瀕死の探偵」のビクター・サベッジ役でも見ることができる。コンスタンチン医師役のサミュエル・ウェストは、「ハロウィーン・パーティー」でコットレル牧師を演じたティモシー・ウェストの息子。
ラチェットの吹替を担当した納谷六朗さんは、アルバート・フィニー主演の映画「オリエント急行殺人事件」では、マイケル・ヨーク演じるアンドレニ伯爵の吹替を担当していた。
ポワロがミッシェルから妻の死の経緯を聞いて「うん」と言ったり、ミッシェルが普段はパリ行きの担当だと聞いて「ふむ」と言ったり、シュミットからキモノの女の話を聞いて「メルシー」と言う前に「ふっ」と笑い声を立てたり、アンドレニ伯爵夫人のサインを見比べて「ふむ」と言ったり、シュミットのトランクから見つけたアルバムをめくって「ん?」と言ったりするのは日本語音声のみ。事件現場を確認したポワロが「人の出入りは不可能だった、と」と言ったのにブークが「ええ」と応じたり、ポワロが「でも〔ラチェットのことを〕好きになれなくて」と言ったのにマスターマンが「うん」と応じるのも同様。
本作では人物の表情を大きく映すことが多く、光の加減もあって、スーシェがコンタクトレンズをつけていることがしばしばよくわかる。
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イスタンブールの街でデベナムがアーバスノット大佐へ言う「階段であわてたら危ないわ」という台詞は、原語だと 'We are almost there. Don't rush. (もうすぐ着くわ。焦らないで)' という表現で、これは一見、目的地までの行程について言っているように聞こえるが、その直後に彼女が列車の時間を気にする場面があり、 'Don't rush. (焦らないで)' を駅までの道中のことと解釈すると矛盾を来すようになっている。つまり、計画の実行に先立ってデベナムは、のちの場面でやや性急な性格として描かれている大佐を、短気に走らないようたしなめていたのである。
不貞を働いた女性を追いかける人々の発したトルコ語についてアーバスノット大佐が「当然の報いだと言っている」と言った台詞は、原語だと 'The husband wants justice. (夫は正義を求めている)' という表現で、つまり近代法による法定刑ではなく、いわば〈被害者〉である夫個人の、制裁を求める意思が最優先されてのことだとわかる。そしてそれを受けたデベナムの台詞の多くも、日本語では「この人どうなるの?」などと女性の処遇に視点が当てられているが、原語だと 'He can't! What will he do? (そんなことできない! 何をする気なの?)' のように、すべて自らの手による制裁を求める夫の側の行動を否定・制止する表現になっており、のちの彼女(たち)自身の行動や主張との対比が明確になっている。一方、オリエント急行でデベナムと再会したポワロも、その成文法によらない行為を容認ないしは黙認する見解を示し、のちの自身の主張と一面で対比をなすとともに、デベナムたちの主張との対立としても反転した構図を見せる。またこの際、デベナムは罪の重さ、ポワロは文化の違いをここでの判断の要素として挙げており、ゆるされるべき罪の重さの限度はその後グレタ・オルソンとの会話でも話題に上る。これらは、罪に見あう罰や正義に関する姿勢は、所属する地域や文化のみならず、同じ人間のなかでも状況や条件によって揺れ動くものであり、一面的に決まるものではないということを、クライマックスでの議論に先立って示す意図があると思われる。なお、不貞を働いた女性を殺害することで親族や部族の名誉が回復するとされる〈名誉の殺人〉は、それが現地の法律で明確に禁止された21世紀においても、慣習としていまだ根強く残っている地域があるという。
オリエント急行に乗り込んだデベナムが通路で「困ったわ、わたしの連れが遅れていますの」と話しかけるが、街で連れ立っていたアーバスノット大佐には声をかけられたばかりだし、連れが遅れている(ことになっている)のはハバード夫人のはずである。これは原語だと 'Has anyone seen who's trying to get on the train? (誰か、列車に乗ろうとしている人を見ました?)' という台詞で、乗車口で見かけたポワロのことを気にした発言であり(ブークが出したポワロの名を聞いて、彼女は驚きの表情を浮かべていた)、そのために彼女は後ろを振り返っているし、ハバード夫人は様子を見に乗車口まで出てきたものと思われる。日本語は、他人のふりをしなければいけないのに声をかけてきた大佐をあえて無視した牽制の発言と受け取ったものか。また、ポワロが同室になって抵抗感を示すマックイーンに対してミッシェルが言う「ほかに方法がありません。ご理解ください」という台詞も、原語だと 'This is what has to happen. So, this is what's happening. (これは起きるべくして起きたことです)' という言い方で、同室の乗客が来ないことをあらかじめ知っているはずがないマックイーンに対して、ポワロたちに気づかれないよう配慮した表現で、その事実を指摘している台詞だった。
ラチェットの叱責を受けて通廊へ出たあとにマスターマンとマックイーンが「また脅迫状が届いたのか」「ああ、そうだ」というやりとりをするが、マスターマンが脅迫状の背景や計画を知らないとは考えにくく、彼の質問は若干不自然である。これは原語だと 'Was it another threatening note? (新しい脅迫状か?)' 'Of course it was. (もちろんそうさ)' という表現で、「届いた」ことを確認するニュアンスはなく、ラチェットから内容を聞けなかった紙片が自分たちの出した脅迫状だったのかを、単にマックイーンに質していたのである。マックイーンの答えの of cource (もちろん) という表現も、マスターマンが実は事情に通じていることを示している。
12人の陪審員が裁くというやり方をアーバスノット大佐が「理想的にはね」と日本語で言ったところは、原語だと 'Civilized way. (文明的なやり方だ)' という表現。ブークやハバード夫人の台詞でも乗客たちが「文明人」であることに言及しており、法と正義の問題の議論が交わされるにあたっての、文明社会の良識ある一員という視座がここでも明確化されている。
車掌の制服の所在を「いちばん繋がりの薄いと思われる乗客の荷物の中」とポワロが推理した根拠は劇中で明示されないが、原作ではのちに、新事実が現れるたびに事件の解決が困難になるよう全体が設計されていることに気づいたという説明があり、その原則から導いた仮説だったと見られる。
ラチェット殺害の夜のことを解き明かしたポワロが「あの時計も――すべて工作。リンダ・アーデンにポワロは振りまわされた!」と言うが、偽装工作に関し、リンダ・アーデンが必ずしも主導的役割を果たしたようには見えない。この台詞は原語だと 'The watch—it was all a farce, was it not, Linda Arden, to make the mockery of Poirot? (あの時計――すべては茶番。そうではありませんか、リンダ・アーデン、ポワロを笑いものにするための)' という表現で、 Linda Arden (リンダ・アーデン) の部分は呼びかけである。なお、英語におけるフルネームでの呼びかけには、日本語で急に「さん」付けしたときのような、あらたまったニュアンスがある。
偽のラチェットの悲鳴について、ドラゴミノフ公爵夫人が「あなたが寝る前に、あの叫び声を聞くであろうことを想定しました、ポワロさん」と言うが、それは深夜12時40分のことであり(その割には窓の外が明るい気もするけど)、ポワロは眠っていたところを叫び声で起こされている。原語は 'After you had heard that, all we needed was for you to go to sleep, Monsieur Poirot. (あなたがあの叫び声を聞いたあとは、あなたが眠りにつくのを待つだけでした、ポワロさん)' という表現で、叫び声を聞くまでポワロが起きていることを想定したニュアンスはない。
ラチェットがカレーへ向かう目的はゆるしを得るための償い (penance) ということだが、このゆるしと償いは一般的な意味での寛恕と贖罪ではなく、カトリックの〈ゆるしの秘跡(告解)〉(これも英語で penance という)による免罪と、そのために求められる行為のこと。「ゆるしを得るために、あるものを返さなければならない」というラチェットの台詞も、原語では 'I need to give something back before I'm forgiven. (ゆるされるのに先立って、あるものを返す必要がある)' という表現で、ゆるしを乞うべく何かを返却するというより、ゆるしを得られることは既定路線だが、その条件として事前に何かの返却が必要というニュアンスである。つまりラチェットは、アームストロング事件の身代金と同額をアームストロング基金へ返却するよう〈ゆるしの秘跡〉で聖職者から求められ、それを果たす途上にあると見られる(カレーで金を支払うよう求める脅迫状は、金の横取りと償いの妨害をにおわせてラチェットを恐怖させると同時に、その旅の目的をこの恐喝に応じるためと周囲に誤解させる意図のものか)。しかし、「神はわたしのことを、守ってくれる銃なんだ (I think he's like an extra gun. An extra piece of protection.)」という台詞や、ひたすらにゆるしと保護を求める祈りの様子が示すように、彼は改悛によらず、復讐者に対抗して身を守るための手段(それも extra (追加的) な)として宗教的なゆるしを得ようとしており、犯人たちの行動も、単にアームストロング事件の罪を命であがなわせるだけでなく、ラチェットが償いを完遂して、いわば手続き主義的にその魂がゆるしを受け、神の裁きを免れることを阻止する意図があったと見られる。これは日本語でも、「カトリックの償いとゆるしは、まちがってる」というオルソンの主張や、ラチェット殺害の場面でドラゴミノフ公爵夫人が語りかける「あなたに殺された人たちはみな天国にいる、カセッティさん、でもあなたは地獄に落ちる」という台詞に表れているが、ラチェットが保護を求める理由として言った「実はわたしは監視されている」という台詞や、オルソンがポワロに言う「あの男が死んだのは、神のゆるしを得ることができなかったからかもしれません」「この世で地獄の責苦にあえぐ、弱い人々――彼らを救えるのは神に代わって裁きを下す人間よ。罪を裁くのは罪ではないわ」といった台詞も、原語では 'Because there are people who know where I am and what I am doing. (なぜなら、わたしの居場所と目的を知ってい〔て、それを妨げようとしてい〕る連中がいるからだ)' 'This man who is dead, maybe God came last night on this train and refused to forgive. (あの男が死んだのはたぶん、昨夜神さまがこの列車にお越しになって、ゆるしを与えることを拒んだからです)' 'When he creates a hell on earth for those wronged? When priests who are supposed to act in his name forgive what must never be forgiven? (神が、虐げられた人々を生き地獄に落としてしまったら? 神の名において行動するものとされている司祭が、決してゆるすべからざる罪をゆるしてしまったら?)' という表現で、ラチェットの免罪は阻止されるべきであるとする犯人たちの意図や考え方がいっそう明確になっている。原作にはなかったこの要素によって、法の機能不全、法の枠組みと正義・応報のあいだに生じた不整合は、文明社会の世俗の法理のみならず、教会の法理をも巻き込んだものに深化された。すなわち、非道な罪を犯し、裁判の結果を不正に操作して罰を免れたことが明らかな人間が、法によってその報いを与えられるどころか、一事不再理という法の原則によって本来の刑罰から完全に守られているだけでなく、今それを阻止する行動を起こさなければ、カトリックの免罪の仕組みを利用して、神すら罰を与えられなくなってしまうという状況が作られている。一方、ポワロの信条は原則としては遵法であり、加えてドラマでは、犯人が逮捕されずに自殺や事故死などによって報いを受ける展開が原作より減らされているが、それでも「エンドハウスの怪事件」や「チョコレートの箱」、制作体制が交代してからでは「ナイルに死す」などに見られるように、罪、なかんずく殺人を犯した者が結果的に刑罰と同等の報いを受けさえすれば、そこへ至る過程が必ずしも法の手続きに則っていなくとも容認することがままあり、彼が価値を置く中心は遵法よりも応報あるいは必罰であった。当時のイギリスにおける殺人罪の刑罰は死刑のみと決まっており、ポワロは犯人が有罪であることを〈知って〉いるので、たとえ厳格に遵法を選んだとしても、その帰着するところが応報を求める姿勢に対立することはこれまでなかったが、今回の事件で遵法の立場に立つことは、不正なくば死刑になっていたはずの人間に本来の末路をもたらした者たちへ応報を求める一方で、罪なき幼児を誘拐し殺害したラチェットへの応報については、カトリックの信仰があればこそ、死後の神の罰まで含めて完全に否定することになるという状況を生んだ。その相反に直面して初めて判断の寄る辺をなくしたポワロは犯人への反論の言葉を失い、ロザリオを手に、自らの選択の正しさをただ直接神に問うしかない良心の孤独へと追い込まれていく。そして結局ポワロは、遵法よりもラチェットへの応報――言い換えれば正義の充足――を選び、またそのような自らの価値観を自覚・直視することになったのである。なお、冒頭で自殺した中尉についてポワロが「裁きを受けることになったんです」と言った台詞や、ポワロとオルソンの会話のなかで神さえ許さない罪として挙げられた「神の教えに背くこと」も、原語ではそれぞれ 'that brought him into difficulty with the law (法的な問題に陥ることになったんです)' 'when you violate his law (神の法を犯すこと)' という表現で、いずれも law (法) と、そこからの逸脱の問題として語られており、本作のテーマを一貫して示す形になっている。
オルソンが「穢れのない者に最初の石を投げさせよ」というイエスの言葉を引用し、「ここにいるのは穢れのない人々――わたしも含めてよ」と言った台詞は、原語だと 'Well, we were without sin, monsieur. I was without sin. (わたしたちに穢れはなかったわ。わたしに穢れはなかった)' と過去形が用いられており、これは「石を投げ」る、すなわちラチェットに報いを与える前の状態についての言及である。英語の過去形には、現在はそれと異なる状態になっていることを示すニュアンスがあり、オルソンは内心、ラチェット殺害後の自分たちは穢れなしと言えないととらえていることがわかる。
アーバスノット大佐が銃に弾を籠めながら「ここなら見えない。うまくやれる」と言った台詞は、日本語だとポワロたちに気づかれることなく殺せると言っているように聞こえるが、原語は 'I can't be seen here. (ここなら誰も見てない) I won't be seen here. (ここなら見られずに済む)' という表現で、ポワロたちを殺しても目撃者がいないという趣旨であって、実際ポワロにはしっかり見られている。なお、大佐が隠蔽のためにポワロたちを殺そうとするこの展開は原作にないものだが、一度人を殺した人間は殺人という手段で問題を解決することをためらわなくなってしまうという視点はクリスティーが著作中で何度も言及しているもので、殺人は許容できないというポワロの信念の基礎になっている。殺人がそれをなした者に与える影響についてドラマではあまり言及されないが、「鳩のなかの猫」での「この世に、一度でも人を殺した人間を脅迫するほど危険なことはありません!」というポワロの発言や、「ナイルに死す」「複数の時計」での犯人の述懐(「複数の時計」での述懐はドラマオリジナルの要素だが、その脚本は本作と同じスチュワート・ハーコートによる)に、その片鱗を見ることができる。一方でまた原作のポワロは、「死との約束」原作での発言などに見られるように、殺人者に報いを受けさせること自体よりむしろ、危険な存在となった殺人者を社会から排除することを第一義としているところがある。そのため、ポワロたちの口封じを図った大佐を周囲が押しとどめ、カセッティ殺害を経ても自らを律する精神を失っていない様子を見せたことが、ポワロの決断に影響を与えたのだろう。もっとも、原作のポワロはこの展開なく同様の判断を下しているわけだけど。
「三幕の殺人」のエピローグでポワロが口にした「わたしは探偵です。審判は下さない」という台詞は原作になく、同じシリーズで制作された本作を見据え、従来からのポワロのスタンスを示すものとして追加されたものと思われる。また、「五匹の子豚」のクライマックスでも、復讐をなさずとも裁きは必ずおこなわれる、ないしは復讐をなせば裁きがおこなわれる機会を完全に失うという主張をポワロがおこなっていたが、これも原作には存在しなかった。
- [1] David Suchet and Geoffrey Wansell, Poirot and Me, headline, 2013, p. 266
- [2] David Suchet and Geoffrey Wansell, Poirot and Me, headline, 2013, pp. 257-263
- [3] 「熊倉一雄インタビュー」, 『NHK ウィークリーステラ』 2014年9月12日号, NHKサービスセンター, 2014, p. 25
- [4] David Suchet is back playing Poirot | London Evening Standard
- [5] IMihai Arsene on Twitter: "filming for POIROT - Orient Express stuck in snow in Serbia scene... is an absolute beauty! And David Suchet is a very friendly guy!!!"
- [6] David Suchet and Geoffrey Wansell, Poirot and Me, headline, 2013, pp. 258, 265
- [7] David Suchet's Poirot finally boards the Orient Express - Telegraph
- [8] 'Behind-the-Scenes,' The Mystery of the Blue Train (Poirot tie-in edition), HarperCollinsPublishers, 2005, pp. 387-392
ロケ地写真
カットされた場面
なし
映像ソフト
- [DVD] 「名探偵ポワロ 47 オリエント急行の殺人」(字幕・吹替) ハピネット・ピクチャーズ※1
- [DVD] 「名探偵ポワロ DVDコレクション 49 オリエント急行の殺人」(字幕・吹替) デアゴスティーニ・ジャパン※2
- ※1 「名探偵ポワロ NEW SEASON DVD-BOX 4」に収録
- ※2 吹替は大塚智則さん主演の新録で、映像もイギリスで販売されているDVDと同じバリエーションを使用
同原作の映像化作品
- [映画] 「オリエント急行殺人事件」 1974年 監督:シドニー・ルメット 出演:アルバート・フィニー(田中明夫)
- [TV] 「オリエント急行殺人事件 〜死の片道切符〜」 2001年 監督:カール・シェンケル 出演:アルフレッド・モリナ(銀河万丈)
- [TV] 「オリエント急行殺人事件」 2015年 演出:河野圭太 出演:野村萬斎
- [映画] 「オリエント急行殺人事件」 2017年 監督:ケネス・ブラナー 出演:ケネス・ブラナー(草刈正雄)