三幕の殺人 Three Act Tragedy
放送履歴
日本
オリジナル版(90分00秒)
- 2012年02月06日 22時00分〜 (NHK BSプレミアム)※1
- 2014年01月09日 16時00分〜 (NHK BSプレミアム)※2
- 2017年01月07日 16時00分〜 (NHK BSプレミアム)
- 2017年06月14日 16時00分〜 (NHK BSプレミアム)
- 2021年07月17日 16時30分〜 (NHK BSプレミアム)
- 2022年01月04日 09時00分〜 (NHK BS4K)
- 2023年08月23日 21時00分〜 (NHK BSプレミアム・BS4K)※3
- ※1 エンディング途中の画面上部に「複数の時計」放送予告およびNHKオンデマンドでの配信案内の字幕表示、エンディング末尾に「複数の時計」放送予告の全画面表示あり
- ※2 エンディング前半の画面上部に「複数の時計」放送予告の字幕表示あり
- ※3 BSプレミアムでの放送は、オープニング冒頭の画面左上にBS4K同時放送のアイコン表示あり
海外
- 2010年01月01日 21時50分〜 (諾・NRK1)
- 2010年01月03日 21時00分〜 (英・ITV1)
- 2010年05月12日 20時00分〜 (典・TV4)
- 2011年06月19日 21時00分〜 (米・PBS)
原作
邦訳
- 『三幕の殺人』 クリスティー文庫 長野きよみ訳
- 『三幕の殺人』 ハヤカワミステリ文庫 田村隆一訳
- 『三幕の悲劇』 創元推理文庫 西脇順三郎訳
- 『三幕殺人事件』 新潮文庫 中村妙子訳
原書
- Murder in Three Acts, Dodd Mead, 1934 (USA)
- Three Act Tragedy, Collins, January 1935 (UK)
オープニングクレジット
日本
オリジナル版
名探偵ポワロ / AGATHA CHRISTIE'S POIROT / 三幕の殺人 // DAVID SUCHET / Agatha Christie POIROT / THREE ACT TRAGEDY based on the novel by Agatha Christie / Screenplay NICK DEAR / JANE ASHER, KATE ASHFIELD / SUZANNE BERTISH, ANNA CARTERET / ANASTASIA HILLE, ART MALIK / TONY MAUDSLEY, KIMBERLEY NIXON / RONAN VIBERT, TOM WISDOM / and MARTIN SHAW / Producer KAREN THRUSSELL / Director ASHLEY PEARCE
エンディングクレジット
日本
オリジナル版
原作 アガサ・クリスティー 脚本 ニック・ディア 演出 アシュレイ・ピアース 制作 ITVスタジオズ/WGBHボストン アガサ・クリスティー・リミテッド (イギリス・アメリカ2009年) 声の出演 ポワロ(デビッド・スーシェ) 熊倉 一雄 チャールズ・カートライト(マーティン・ショー) 佐々木 勝彦 エッグ・リットン・ゴア(キンバリー・ニクソン) 坂本 真綾 メアリー・リットン・ゴア(ジェーン・アッシャー) 相沢 恵子 シンシア・デイカーズ 唐沢 潤 デリク・デイカーズ 水内 清光 ミュリエル・ウィルズ 山像 かおり クロスフィールド 石田 圭祐 押切 英季※ 浜田 賢二 坂本 大地 曵地 伸之 羽鳥 靖子 まさき せい 安芸 けい子 古川 玲 菊本 平 塩谷 綾子 <日本語版制作スタッフ> 翻訳 日笠 千晶 演出 佐藤 敏夫 音声 田中 直也
- ※ 正しくは「押切 英希」
DVD版
原作 アガサ・クリスティー 脚本 ニック・ディア 演出 アシュレイ・ピアース 制作 ITVスタジオズ/WGBHボストン アガサ・クリスティー・リミテッド (イギリス・アメリカ2009年) 声の出演 ポワロ(デビッド・スーシェ) 熊倉 一雄 チャールズ・カートライト(マーティン・ショー) 佐々木 勝彦 エッグ・リットン・ゴア(キンバリー・ニクソン) 坂本 真綾 メアリー・リットン・ゴア(ジェーン・アッシャー) 相沢 恵子 シンシア・デイカーズ 唐沢 潤 デリク・デイカーズ 水内 清光 ミュリエル・ウィルズ 山像 かおり クロスフィールド 石田 圭祐 押切 英季※ 浜田 賢二 坂本 大地 曵地 伸之 羽鳥 靖子 まさき せい 安芸 けい子 古川 玲 菊本 平 塩谷 綾子 <日本語版制作スタッフ> 翻訳・台本 日笠 千晶 演出 佐藤 敏夫 調整 田中 直也 録音 岡部 直樹 プロデューサー 武士俣 公佑 間瀬 博美 制作統括 小坂 聖 山本 玄一
- ※ 正しくは「押切 英希」
海外
オリジナル版
Hercule Poirot: DAVID SUCHET; Sir Charles Cartwright: MARTIN SHAW; Egg: KIMBERLEY NIXON; Sir Bartholomew Strange: ART MALIK; Miss Milray: SUZANNE BERTISH; Cynthia Dacres: ANASTASIA HILLE / Captain Dacres: RONAN VIBERT; Miss Wills: KATE ASHFIELD; Lady Mary: JANE ASHER; Mrs Babbington: ANNA CARTERET; Reverend Babbington: NIGEL PEGRAM; Oliver Manders: TOM WISDOM / Coroner: MICHAEL HOBBS; Annie: JODIE McNEE; French Boy: JAMES HURRAN; Supt Crossfield: TONY MAUDSLEY; Marton: PRUE CLARKE; George: DAVID YELLAND / (中略)1st Assistant Directors: MICK PANTALEO, LYDIA CURRIE; 2nd Assistant Director: SEAN CLAYTON; 3rd Assistant Director: TUSSY FACCHIN; Location Manager: CHRIS WHITE; Assistant Location Manager: MARK WALLEDGE; Script Supervisor: SIMON SHARROD / Script Edior: JANNIE SCANLON; Production Accountant: CAROLINE RUSSELL; Asst Production Accountant: JOANNA SANDERS; Production Co-ordinator: SAM BAKER; Production Secretary: SIMON BLAKEY; Press Officer: NATASHA BAYFORD / Camera Operator: STEVE MURRAY; Focus Pullers: DERMOT HICKEY, BEN GIBB; Clapper Loader: DEAN MURRAY; Camera Grip: JIM PHILPOTT; Gaffer: GAVIN WALTERS; Best Boy: JIMMY HARRIS / Supervising Art Director: PAUL GILPIN; Art Director: MIRANDA CULL; Standby Art Director: ANDREW LAVIN; Production Buyer: TIM BONSTOW; Construction Manager: DAVE CHANNON; Standby Construction: FRED FOSTER, BOB MUSKETT / Sound Recordist: ANDREW SISSONS; Sound Maintenance: ASHLEY REYNOLDS; Property Master: JIM GRINDLEY; Dressing Props: MIKE SYSON, JAY PALES, MIKE RAWLINGS; Standby Props: RICHARD MACMILLIAN, RON DOWLING / Assistant Costume Designer: PHIL O'CONNOR; Costume Supervisor: GABRIELLE SPANSWICK; Make-up Artists: BEE ARCHER, TONY LILLEY, HANNAH PROVERBS; Mr Suchet's Dresser: ANNE-MARIE BIGBY; Mr Suchet's Make-up Artist: EVA MARIEGES MOORE; Picture Publicist: PATRICK SMITH / Assistant Editor: VICKY TOOMS; Supervising Sound Editor: JOHN DOWNER; Dialogue Editor: SARAH MORTON; Re-recording Mixer: NIGEL SQUIBBS; Colourist: KEVIN HORSEWOOD; Online Editor: SIMON GIBLIN; Visual Effects Supervisor: DOLORES McGINLEY / Associate Producer: DAVID SUCHET; Post Production Supervisor: KATE STANNARD; Hair and Make-up Designer: PAMELA HADDOCK; Costume Designer: SHEENA NAPIER; Casting: SUSIE PARRISS; Production Executive: JULIE BURNELL / Composer: CHRISTIAN HENSON; Poirot Theme: CHRISTOPHER GUNNING; Editor: DAVID BLACKMORE; Production Designer: JEFF TESSLER; Director of Photography: PETER GREENHALGH BSC; Line Producer: MATTHEW HAMILTON / Executive Producer for WGBH Boston: REBECCA EATON / Executive Producers for Chorion: MATHEW PRICHARD, MARY DURKAN / Executive Producer: MICHELE BUCK; Executive Producer: DAMIEN TIMMER; © Agatha Christie Ltd. (a Chorion Company) 2009 / A Co-Production of itv STUDIOS and WGBH BOSTON in association with Agatha Christie Ltd (a Chorion Company)
あらすじ
有名な俳優サー・チャールズ・カートライトがひらいたパーティーの席上で牧師が変死した。牧師は殺害の動機など考えられない人物だったため、ポワロは他殺説を支持しなかったが、やがて同様の状況でサー・チャールズの友人のサー・バーソロミューが急死する……
事件発生時期
某年8月 〜 9月
主要登場人物
エルキュール・ポワロ | 私立探偵 |
サー・チャールズ・カートライト | 俳優、愛称チャーリー |
サー・バーソロミュー・ストレンジ | 精神科医、愛称トリー |
エッグ・リットン・ゴア | サー・チャールズの友人 |
レディー・メアリー・リットン・ゴア | エッグの母 |
スティーブン・バビントン | 牧師 |
バビントン夫人 | バビントン牧師の妻 |
ミルレー | サー・チャールズの秘書 |
デリク・デイカーズ | 大尉 |
シンシア・デイカーズ | デリクの妻、ドレスメーカー |
ミュリエル・ウィルズ | 劇作家、筆名アンソニー・アスター |
オリバー・マンダーズ | エッグの友人 |
アニー | サー・バーソロミューのメイド |
マーガレット・ド・ラッシュブリッジャー | サー・バーソロミューの患者 |
クロスフィールド | バローデイル署警視 |
ジョージ | ポワロの執事 |
解説、みたいなもの
原作は1935年発表。原題の Three Act Tragedy は〈三幕で構成された悲劇〉という意味で、単に登場人物が演劇関係者というだけでなく、原作では実際に、第一の死にまつわる第一幕、第二の死から始まり殺人の確信を得る第二幕、そして真相に至る第三幕という構成を取っているほか、冒頭に「演出 サー・チャールズ・カートライト」や「照明 エルキュール・ポワロ」といった芝居仕立ての配役が紹介されていた。こうした演出は、1930年に初の自作の芝居『ブラックコーヒー』を上演し、1933年には「エッジウェア卿の死」で女優を物語の中心に据えたクリスティーの、演劇への興味の高まりを反映したものだろうか。ドラマでも、パンフレットの配役紹介を思わせる関係者の紹介場面、第一の死と第二の死の被害者の顔などにスポットライトを当てるような画面効果、テーブルなどを真正面や真横から映すカメラワーク、スモークのなかに浮かび上がる看板など、演劇を意識したと見られる演出が多数なされている。撮影時期は2009年6月頃。日本語音声の収録は2011年1月~2月頃か[1][2]。
原作では、『謎のクィン氏』などでハーリ・クィン氏のワトソン役を務めるサタスウェイト氏がサー・チャールズやエッグとともに素人探偵を演じていたが、「死人の鏡」同様に氏の出番はなく、3人の調査を見守る立場だったポワロが積極的に捜査に参加する。この変更によって、中期の謎解き主体の原作を持ちながら、「アクロイド殺人事件」のようにポワロとサー・チャールズの友情をクローズアップしたドラマになっている。ポワロの吹替を担当した熊倉一雄さんも、二人の友情や、引退した俳優が物語の中心にいることなどから、この作品をお気に入りの一作として挙げていた[3][4][5]。なお、原作の主要な登場人物からはもう一人、女優のアンジェラ・サットクリフが省略されている。
主なロケ地はロンドン及び周辺諸州。冒頭および解決篇の舞台となる劇場は、2012年からミュージカル「マンマ・ミーア」の上演先となったロンドンのノヴェロ劇場。カラスの館の外観は、「誘拐された総理大臣」のダニエルズ中佐や「プリマス行き急行列車」のハリデイ親子のフラット内部、そして「マギンティ夫人は死んだ」ではカーペンター夫妻の家として使われたセント・アンズ・コートだが、実際のセント・アンズ・コートは内陸にあり、海から望む場面は合成と見られる。この館を望む海沿いの場面はコールトン・フィッシュエーカー敷地内およびその近海で撮影されており、海に浮かぶ小島はミュー・ストーン。また、邸内は「ナイルに死す」でリネットの屋敷として使われたエルタム・パレスで、ポワロの寝室はリネットの寝室と同じ部屋、パーティーがひらかれたホールはリネットとサイモンが出逢ったエントランスホール。館周辺を歩くサー・チャールズが渡る橋もエルタム・パレスの敷地内にある。一方、森のなかの塔はフォーリー・コートのもので、ジュリア・マッケンジー主演「ミス・マープル6」の「終わりなき夜に生まれつく」にも登場するほか、その敷地や邸宅は、同「ミス・マープル4」の「魔術の殺人」でもストーニーゲイツの撮影に使われている。一方、メルフォート療養所の邸宅部分は、ジェラルディン・マクイーワン主演「ミス・マープル」の「パディントン発4時50分」ではラザフォード・ホール、ジュリア・マッケンジー主演「ミス・マープル6」の「グリーンショウ氏の阿房宮」では〈阿房宮〉として使われたネブワース・ハウスで撮影されたが、病院部分はエルタム・パレスの建物である。英国内および南仏を走る汽車の映像は、同じ「パディントン発4時50分」や、やはり「ミス・マープル4」の一篇としてドラマ化された「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」、および「青列車の秘密」のものを一部加工、もしくは加工を排して使いまわしており(そのために、青列車の進行方向右手にあった海がモンテカルロ駅到着時には左手になっていたり、バローデイルに向かう汽車の発車場面のみ季節が冬であったりする。なお、青列車は南仏を東進するので、海は進行方向右手にあるのが正しい)、モンテカルロのマジェスティック・ホテルを外側から写した映像も、「青列車の秘密」のヴィラ・マルゲリータのもの。しかし、ホテル内部はロンドンのワンズワース・タウン・ホールで撮影されており、同じ場所が「夢」ではファーリーズ食品のホールとして使われていた。また、バローデイル署内外や、雨のなかエッグとミス・ミルレーが出会った新聞売りの前、ポワロがミス・ミルレーを待ち伏せていたボロディン・マンション入り口なども同所。エッグがシンシア・デイカーズに会いに行ったのはロンドンのクラリッジ・ホテル。このホテルは「鳩のなかの猫」で大公がシャイスタ王女を招いた先として名前だけ登場していた。バビントン牧師の遺体発掘がおこなわれたルーマスの教会はリトル・マーローのセント・ジョン・バプテスト教会で、ミス・ミルレーの母親を訪ねたギリングの川沿いの教会はビシャムのオール・セインツ教会だが、ギリングの教会前の広場はセント・ジョン・バプテスト教会前のチャーチ・レーンで撮影されている。
その白い見た目にもかかわらず〈カラスの館〉と名前をつけられたサー・チャールズの邸宅は、字幕の表示に見られるように、原語での名前を Crow's Nest という。逐語訳すれば「カラスの巣」だが、これは船のマストに設けられた見張り台のことで、海を見渡すその立地と、ヨットを趣味とするサー・チャールズの好みが表れている。また、その所在のコーンウォールとはグレート・ブリテン島南西端に位置する地方で、「コーンワルの毒殺事件」で「コーンワル」とカタカナ表記されていたのと同じ場所である。
ポワロとサー・チャールズの出会いは、日本語だと「チャールズに初めて会ったのはかなり前になるんですが、それっきりで」とポワロが説明するが、原語では 'I was introduced to Sir Charles at a bridge party. Oh, it is now ma... many years. (サー・チャールズに紹介されたのはあるブリッジパーティーでした。もうだ……だいぶ昔のことです)' という台詞で、初対面が昔のことだと言っているだけであって、それ以来長く会っていなかったというニュアンスはない。また、サー・チャールズが〈カラスの館〉売却の意向を明らかにしたのに対してポワロが「今度はロンドンでお目にかかれますね」と言った台詞も、原語だと 'Well, then we may resume our weekly lunches at the Ritz. (なら、またリッツ・ホテルでの毎週のランチを再開できますね)' という表現で、逆にかつてサー・チャールズとポワロに習慣的な交流があったことを示している。一方、ドラマでほとんどポワロのマンションの部屋から出ることがないジョージもサー・チャールズと面識があるところは、日本語でもそのままである。
パーティーの参加者についての「ロンドン組は互いに来るのを知っているのか?」「いや、教えてない」というストレンジ先生とサー・チャールズの会話は、原語だと 'Does this London lot know the others who are coming? (ロンドン組は残りの参加者と知りあいなのか?)' 'No, why should they? (いや、知らんはずだ)' というやりとりで、彼らにバビントン牧師を殺害する動機がないことを示すものだった。
パーティーの参加者が紹介される中でエッグが読んでいる Travels in Arabia (アラビア旅行記) の著者として書かれているのは、「死との約束」に登場したセリア・ウェストホルム卿夫人である。
日本語音声だと、〈カラスの館〉のパーティーに現れたバビントン牧師の「ああ、来てたのか」という台詞に、デイカーズ大尉が「こんばんは」と応じるので、二人に面識があったようにも見えるが、大尉の口は動いておらず、原語音声の 'Good evening. (こんばんは)' は牧師がオリバーに向けた挨拶である。
エッグという呼び名の由来についてミス・ミルレーが「ゆで卵かしらね (Boiled, I like to think.)」と言うが、 boiled には「ゆだった」という意味のほかに「酔っぱらった」という俗語的意味があり、ミス・ミルレーはそれにかけて皮肉を言っている。ちなみに、ドラマでは言及されないが、原作における彼女の本名はハーマイオニである。
エッグが「〔オリバーは〕イーストエンドにたまたま迷い込んで、神の声を聞いたのよ」と言うイーストエンドとは、シティ・オブ・ロンドンの東側にある地域のこと。産業革命期以来、長く移民や低所得者層の住む町として知られ、だから「君も貧困のみじめさを知るべきだ」というオリバーの台詞につながる。なお、「消えた廃坑」に登場するチャイナタウンがまさにこの地域に存在した。
バビントン牧師を自然死と判断した検死官について、エッグが「その検死官、無能なのよ」と痛烈に批判するが、現場にいて牧師と親しかったエッグが検死審問に呼ばれない、あるいは審問を傍聴しないとは考えにくく、「その」という指示語は不自然である。なお、原語の指示語は that で、これは日本語の「その」と「あの」双方の状況に用いられる。また、「あんな崇高な人生を送られた方にはふさわしくない最期だわ」という主張も、原語だと 'I mean the Babbingtons hadn't an enemy in the world! (だって、バビントンご夫妻には敵なんて一人もいなかったのよ) And yet, why would he just keel over and die? (でも、突然倒れられた理由は何だったのかしら)' という表現で、不条理への反発というより、動機と死因がはっきりしないことを指摘している。その後、エッグが「〔サー・チャールズのように〕経験豊かなほうが血が通っている感じがするもの――ロビンとちがって」と言ったところは、原語だと「ロビン」とは名前を挙げずに him (彼) と言っていて、これはこのとき正面から近づいてきたオリバーを指す。つづく会話もオリバーとエッグの関係についてである。
ストレンジ先生のパーティーで客が食堂へ入っていったあと、日本語音声だと「こんばんは、先生」「お招きいただきましてどうも」というエッグとレディー・メアリーの声が聞こえるが、原語音声は 'Hello, Josephine! (こんばんは、ジョセフィン)' 'Thank you so much for inviting us. (お招きいただきましてどうも)' という台詞で、 Josephine (ジョセフィン) は女性名であってストレンジ先生への呼びかけではないし、声もエッグとレディー・メアリーのものではない。原語音声はおそらく、エッグたちの前に食堂に入った2人の女性のもので、前者の台詞は(のちにサー・チャールズがアリスの名を知っていたように)顔なじみの使用人に声をかけたのだろう。
ポワロがマジェスティック・ホテルで読んでいるのはシェークスピアの『テンペスト(あらし)』で、読み上げているのは第四幕第一場。
サー・チャールズのパーティーでストレンジ先生がデイカーズ大尉に「グッドウッドの予想は?」と訊いたグッドウッドとは、「イタリア貴族殺害事件」で舞台になったチチェスターの近郊にある競馬場の所在地で、毎年7月と8月にレースがおこなわれる。そして、その1か月後のストレンジ先生のパーティーが「セント・レジャーという馬のレースにあわせて」毎年ひらかれているというポワロの台詞から、第2の事件が9月、第1の事件が逆算して8月の出来事であることがわかる。ちなみに、「ABC殺人事件」で第4の事件の日にドンカスター競馬場でおこなわれていたのが、その「セント・レジャーという馬のレース」である。ただし、撮影時期は前述のとおり6月頃で、劇中に登場し、台詞でも言及されるルピナスの花の開花時期も6月から7月頃。
ストレンジ先生のパーティー招待客には第一の事件の関係者以外に男女のペアが2組いたが、ポワロが新聞の切り抜きを見て客を列挙した際には、なぜかほかにカーディガン卿夫妻の名が挙げられるだけである。ただ、エッグの名も挙げられておらず、また日本語で「招待客は」と言った部分は、原語だと 'Among the guests are (招待客のなかにいたのは)' と言っていて、必ずしも全員を列挙する趣旨ではない。あるいは、オリバーの名がないことに気づいてポワロが列挙を途中で打ち切っただけかもしれない。
メルフォート療養所について、サー・チャールズが「何年か前にトリーが古い修道院を二束三文で買い」と言ったところは、使われなくなった修道院をストレンジ先生が療養所に改修したように聞こえるが、原語では 'Well, Tollie bought it a few years back for a song (何年か前にトリーが二束三文で買い)' という表現で、古い修道院だったという情報はない。ではその情報がどこから来たかというと、「メルフォート療養所」の原語 Melfort Abbey (メルフォート・アビー) の abbey に修道院という意味がある(なお、療養所に届いた小包の宛先は Melfort Abbey Sanatorium (メルフォート・アビー療養所) となっており、原語だと邸宅あるいは敷地全体と療養所部分の呼び名は区別されている)。しかし、ドラマ「ダウントン・アビー」の舞台であるダウントン・アビーが現役の修道院ではなく貴族の邸宅であるように、 Abbey という名は、かつて修道院だった地の邸宅によくつけられている。その修道院から邸宅への移行はもっぱら16世紀の宗教改革で断行されたもので、メルフォート・アビーも、ストレンジ先生の購入時点ではとっくに修道院ではなくなっていたと思われる。のちに秘密の通路の存在が噂されるのも、そのカトリック弾圧の歴史によって、こうした建物には聖職者や信者の逃走や避難のための通路がよくつくられたからであり、「ジョニー・ウェイバリー誘拐事件」ではその(すくなくとも劇中世界における)実例を見ることができる。
ヨークシャーに向かう汽車で、サー・チャールズにポワロが「新しい靴ですな」と言ったところは、原語だと 'I see you have changed your shoes. (靴を替えたんですな)' という表現で、サー・チャールズの靴が新品かはわからない。「足許が第一」というサー・チャールズの説明も、役柄にあった靴を履くのが大事という趣旨であって、傷んでいない靴を履くことが大事ではないと思われる。
ポワロたちがバローデイル署を訪ねる直前、 BARROWDALE という看板に「バローデイル署」という字幕が出るが、この看板は鉄道駅を思わせるもので、バローデイル署への到着というより、バローデイルの駅ないしは町への到着を表していると思われる。
日本語音声ではサー・チャールズの旧友ジョンソンの役職 Chief Constable を「署長」と訳しているが、これは各地方警察のトップで、管轄地域内にある複数の管区を統括する立場であって、日本の警察制度に敷衍すれば「本部長」に相当する。各管区の長は警視 (Superintendent) が務めるので、クロスフィールド警視がむしろ「署長」になる。
クロスフィールド警視夫妻がサー・チャールズの舞台を見たという「ポール・モール劇場」こと Pall Mall Theatre は実在しない劇場のようだが、ロンドンの Pall Mall にあると見られ、これは英語の発音としては変則的に /pǽlmǽl/ (パル・マル) と読む。また、夫妻がその劇場に並んだ時間は日本語だと「1時間」だが、原語は hours (何時間も) で、もっと人気である。
バローデイル署からメルフォート療養所に向かう途中、ポワロが「チャールズ、あの晩〈カラスの館〉に招待された全員がここにいることに気づいていますか?」と訊き、ストレンジ先生が牧師殺害について何らかの検証をしようと皆を集めたと結論づけるが、バビントン夫人はいないし、ポワロがいるのは先生が呼んだからではない。原語は 'My dear Charles, do you realise that almost every person who was present at your dinner in Cornwall was also present here? (チャールズ、〈カラスの館〉のディナーにいたほぼ全員がここにいることに気づいていますか?)' という表現で、 almost every person (ほぼ全員) である一方、主催者であるサー・チャールズも含む言い方になっている。もっとも、結論への理路にサー・チャールズの現在の存在は関係ないけど。
サー・チャールズが「この帽子はロンドン警視庁の幹部を演じたときのだ」と言う台詞があるが(ただし、原語では 'I wore this as "Galbraith of the Yard". (これは〈警視庁のガルブレイス〉役でかぶったんだ)' という台詞で、「ガルブレイス」が幹部かどうかは判然としない)、サー・チャールズを演じるマーティン・ショー自身も、日本でも地上波放送された「特捜班CI-5」のドイル役のほか、P・D・ジェイムズ原作のドラマ「アダム・ダルグリッシュ警視」シリーズや、「第三の女」の脚本を手がけたピーター・フラナリーがドラマ脚色を担当した「孤高の警部 ジョージ・ジェントリー」シリーズなど、複数の刑事ドラマシリーズで主演を務めてきたことで知られる。スーシェとの共演は「特捜班CI-5」以来とのこと[6]。
シンシア・デイカーズがミス・ウィルズのことを「トゥーティングに住んでいるらしいけど、さもありなんだわ」と言う台詞に出てくるトゥーティングとは、かつて夏目漱石が下宿していたことでも(日本人に)知られる南ロンドンの町。テムズ川の南岸には概して一等地はないというイメージがあり、これはそれを踏まえての発言である。
サー・チャールズがニコチンを「庭師が薔薇の手入れに使うやつだよ (often used by gardeners to spray their roses with)」と説明したとき、レディー・メアリーが「用途は広いですわ」と言ったところは、原語だと 'I use it. Everyone does. (わたしも使いますわ。誰でもそうでしょ)' という表現で、用途の広さの話はしておらず、薔薇の手入れに用いる一般的な薬品だと言っている。また、のちにバビントン夫人がルピナスの花について「でもアブラムシの駆除に、とても手間がかかるんです」と言った台詞も、原語では 'But I have such trouble with greenfly, I have to spray them constantly. (でもアブラムシがとても厄介で、定期的に手入れをしないと)' という表現である。これらはいずれも、犯行に使われたニコチンを、花の手入れの目的で二人が所持していた可能性を示唆している。なお、レディー・メアリーの原語の台詞からは、彼女も薔薇の手入れが趣味であることが察せられ、冒頭の〈配役〉紹介のときに彼女が薔薇と一緒に映されていたのと整合する。
サー・チャールズが「トリーが人をからかうのを見たことがない」と言うが、ストレンジ先生は〈カラスの館〉でミス・ミルレーを冗談のだしにしていたはずで、原語は 'Tollie would never have spoken to the staff like that. (トリーはスタッフにそんなことを言うやつじゃなかった)' という表現である。なお、原作では日本語のような意味あいの台詞だったのだが、ドラマでは、原作だとその前の場面でメイドの台詞に含まれていた要素を織り込み、対象をスタッフに限定した内容になっている。また、前述のストレンジ先生の冗談も、ドラマのみのものである。
メルフォート療養所での調査中、サー・チャールズのポケットチーフの形が場面によって変わる。前述のようにメルフォート療養所は複数の場所に分けて撮影をしており、撮影地ごとに衣装の微妙な差が出たのだろう。
オリバーが事故を装ってストレンジ先生のパーティーに来いという指示にしたがった理由を「君〔エッグ〕がいると聞いて――それにチャールズ・カートライトも」と言うが、サー・チャールズは当時フランスにいることになっていたはず。後半部分は原語だと 'And I knew Charles Cartwright was in France. (それにチャールズ・カートライトがフランスなのも知っていたし)' という台詞で、日本語は「それにチャールズ・カートライトも〔いないし〕」と聞くべきか。
レディー・メアリーがエッグについて「ふざけた呼び名でしょう? 本当に卵みたいに危なっかしかった。でも、もう大丈夫ですわ」と言ったところは、原語だと 'A little roly-poly baby, trying to stand up, always falling over. Yes, it's a ridiculous nickname. (丸々とした赤ちゃんで、立ちあがろうとしてはいつも転んで。ええ、ふざけた呼び名ですわ)' という表現で、より具体的に「エッグ」という呼び名の由来を説明している。また、亡くなった晩のストレンジ先生の様子を訊かれて答えた「冗談ばかりおっしゃって」という台詞は、原語だと 'some private joke (何か秘密の冗談のことで〔とても愉快そうでした〕)' という表現で、冗談を言っていたのではなく、倒れる直前に明かそうとしていた秘密のことを言っている。日本語は原語の表現を、アリスが言及した執事への冗談のことを言っているととらえてしまったものか。
ポワロの部屋でひらかれたシェリーパーティーでかかっている曲は、シューマンの「アラベスク」ハ長調・作品18である。
ポワロに届いた電報の宛名書きから、「ひらいたトランプ」以降に使用されているポワロの新居の住所がわかる。それによれば、所番地は以前のロンドン西一区サンドハースト・スクエアから変わりなく、ホワイトヘイブン・マンション内の部屋番号のみが56B号室から203号室(「複数の時計」の原作の設定と同じ)に変更になっている。
ギリングの墓地でサー・チャールズが「ロビン〔をインドへ追いやったこと〕はどうなんだ」と訊いたのに対し、エッグが「彼はもともと優柔不断だったのよ」と応じるところは、のちの「〔あなたも〕優柔不断だったわけ? (So you mean you've just been dithering?)」という台詞と呼応するもののように聞こえるが、原語だと 'I don't know! (知らないわよ) He was always wet! (彼はもともと性格が弱かったの) He wore scandals! (スキャンダルまみれだったのよ)' という表現で、特にのちの台詞と呼応せず、ロビンがインドに行ったのは実はスキャンダルから逃げるためだったと明らかにされている。それにつづく「わかるでしょ? マドラスで一緒だったんだから」というエッグの台詞も、原語だと 'Anyway, you were in Madras with him, you tell me! (そもそもマドラスで一緒だったんだから、そっちが教えてよ)' で、単にロビンの性格を知っているはずだというだけでなく、インドでの行く末はサー・チャールズのほうが詳しいはずだという主張。そして、サー・チャールズの「やつ〔ロビン〕はパスポートを売り飛ばし、髭を生やしてたって」という台詞は、 'that he'd sold his passport and grown a beard and... (パスポートを売り飛ばし、髭をたくわえ、そして……)' と、さらなる状況を濁したニュアンスがある。つまり、そのあとの「じゃ、あなたは関係ないの?」というエッグの質問は、ロビンがインドで世捨て人のようになってしまったのはサー・チャールズの差し金ではなかったのかと訊いたのである。つづけてオリバーについて「彼は犯人じゃない。なのに、なぜ彼を巻き込もうとするの?」と言うのも、原語は 'Are you trying to implicate him in these murders because Oliver couldn't kill anyone? (オリバーに人は殺せないから、今度の殺人事件の罪を着せようというの?)' で、ポワロの部屋での検討でサー・チャールズがオリバーが犯人の可能性を指摘したことを踏まえたものであって、むしろオリバーが犯人でないからこそ罪を着せて排除しようとしているのではないかと問い詰めている。
ポワロがカードの家を建てるのに使っていた〈ハッピー・ファミリー〉とは同じ家族のカードを集めるゲームで、「死との約束」の原語音声では、ボイントン一家の集結をジェラール医師がこのゲームに喩えていた。日本語ではエッグが「ミスター・グリッツは八百屋さん」と説明するが、画面に映るカードに書かれたとおりミスター・グリッツは grocer であり、これは「杉の柩」でエリノアがペーストを買ったような店の店主のことで、青果以外の食料雑貨も扱う。また、ジュリア・マッケンジー主演「ミス・マープル6」の「グリーンショウ氏の阿房宮」には、本作ではエッグ役のキンバリー・ニクソンが演じるルイザ・オクスリーが、息子のアーチーとこのゲームを遊んでいる場面がある。
ポワロがエッグとサー・チャールズの結婚に「岩のように揺るがない幸せを」と願ったのに対して、エッグが「チャールズにあなたは岩だと伝えるわ」と受けたのは、ポワロの台詞が原語だと 'but the happiness that endures—happiness that is build upon the rock (揺るがない幸せ――岩の上に築かれる幸せを)' という表現だったためで、幸せの基盤となる岩がすなわちサー・チャールズとなる。
ポワロが全貌に気づいて「目から鱗が落ちた――解けた!」と言っているのに、横にいたエッグが何も反応を示さないのは、原語だと 'But Poirot has been blind. Blind! (ポワロは何も見ていませんでした。何も見ていなかった!)' と直接的でない表現になっているためである。
エッグ役のキンバリー・ニクソンは子供の頃からポワロのファンだったそうで、撮影終了後、スーシェはポワロの蝶ネクタイを巻いたカラーをプレゼントしたという[6]。また、レディー・メアリー役のジェーン・アッシャーはケーキデザイナーとしても知られ、クリスティーの生誕120周年であった2010年には、『予告殺人』に登場するケーキ〈甘美なる死(デリシャス・デス)〉を彼女が具体的なレシピに仕上げ、クリスティーの別荘であったグリーンウェイ・ハウスなどでそのケーキが提供された[7]。
当初、ロッド・スチュアートの娘であるキンバリー・スチュアートが、原作には存在しないドリスという役で出演すると発表されたが、「〔キンバリーの〕スケジュール上の都合」によりキャンセルされた[8][9]。
エッグ役のキンバリー・ニクソンは、前述のように、ジュリア・マッケンジー主演「ミス・マープル6」の「グリーンショウ氏の阿房宮」にルイザ・オクスリー役で出演。一方、レディー・メアリー・リットン・ゴア役のジェーン・アッシャーは、ジェラルディン・マクイーワン主演の「ミス・マープル」の一篇「牧師館の殺人」のレスター夫人役でも見ることができる。また、オテル・マジェスティクでポワロに風船をぶつけた男の子役のジェームス・ハランも、同「ミス・マープル3」の「無実はさいなむ」でシリル・プライス少年を演じていた。このほか、ジェレミー・ブレット主演の「シャーロック・ホームズの冒険」シリーズでは、バビントン夫人役のアンナ・カータレットを「金縁の鼻眼鏡」のアンナ役で、ジョン・ソウ主演の「主任警部モース」シリーズでは、ミス・ミルレー役のスザンヌ・バーティッシュを「キドリントンから消えた娘」のシェリル・ベインズ役で、ベネディクト・カンバーバッチ主演「シャーロック4」では、ストレンジ先生役のアート・マリクを「最後の事件」のシェリンフォード所長役で見ることができる。
劇作家ミス・ウィルズの吹替を担当した山像かおりさんは、秋之桜子の名前で自身も劇作・脚本を手がけ、2015年にはアニメ「映画Go!プリンセスプリキュア」などの脚本も担当している。また、クロスフィールド警部の吹替を担当した石田圭祐さんは BBC 制作のドラマ「ABC殺人事件」でジョン・マルコヴィッチ演じるポワロの吹替を担当。山像かおりさんとは夫婦共演でもあり、意図したものかはわからないが、エンディングクレジットでも二人一緒に表示される。
〈カラスの館〉でのパーティーで、サー・チャールズがミス・ウィルズをポワロに引きあわせて「ポワロ、紹介しよう」と言うのは日本語音声のみの台詞。ポワロがシェリーパーティーでレディー・メアリーにグラスを渡して「どうぞ」と言ったり、エッグに「〔岩と言われたのをサー・チャールズは〕自分の演技のことだと思うでしょうね」と言われて笑い声を立てたりするのも日本語音声のみである。
第二の死の直前の「では、いいですか?」というストレンジ先生の台詞に、切換式字幕では「(チャールズ)」と表示されていたが、2017年1月7日の再放送から「(ストレンジ)」に修正された。一方、雨のなかエッグが新聞を買う際に聞こえる「なによ! はね飛ばさないで! タクシー! タクシー!」という通行人の女性の台詞に「(ミルレー)」と表示されるのはずっとそのまま。後者は発言者の姿は見えないものの明らかに声がちがうだけでなく、ミス・ミルレーはエッグとの会話のあと歩いて立ち去るので、タクシーを呼んでいるのも不自然である。
ポワロたちの乗った汽車の窓の向こうが暗いとき、窓ガラスに映っている姿の向きが……
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本作の原作は犯人の動機やそれにまつわる展開が英版と米版で異なっており、エッグとの結婚のために、自分がすでに結婚していることを知っている旧友を殺したというドラマでのメインの動機は英版原作に基づく。一方、米版の動機は、精神科医である友人に自分の精神が異常を来していることを見抜かれ、その拘束から逃れようとしたというもの。ドラマで謎解きの場面に存在する、ポワロがサー・チャールズに「あなたは正気ではない。異常だ」と告げる台詞は英版原作になく、全体としては英版原作をベースとしながら、米版の要素も取り込む意図があったと思われる。クリスティーは一つの作品をものすとき、最初に核となるトリックや犯人設定を軸にして物語を作るのではなく、まず舞台や状況、登場人物たちを用意し、その中に動機やトリックを当てはめていくという作り方をすることがあったようで[10][11]、本作の英版と米版の差異は、最終的に出版された作品でもその一端が垣間見えるめずらしい例となった。なお、後年エージェントと交わしたやりとりにおいてクリスティーは、おそらく米版の動機がオリジナルであったと思うと述べているが、改変の実際の順序や理由については結局はっきりしておらず、研究者間でも見解が分かれている[12][13]。ちなみに邦訳では、アメリカでの旧題 Murder in Three Acts に邦題が近い早川・新潮・角川が英版、逆に英題 Three Act Tragedy に近い創元が米版を底本としている。
サー・チャールズが引退した理由をストレンジ先生が「まあ、それなりの魂胆があったのさ」と言ったところは、原語だと 'Well—cherchez la femme, old fruit, that's all I'll say. (まあ、 cherchez la femme とだけ言っておきましょう)' という表現で、 cherchez la femme とは直訳すれば「女を捜せ」という意味のフランス語だが、「行動の裏には常に女が隠れている」という趣旨で慣用的に使われる。つまり、ここではサー・チャールズの引退の動機がエッグだということが暗に言われている。一方、謎解きのなかでポワロが「ヒントは先生の言葉です」と言って同じ言葉に言及するが、こちらはストレンジ先生の殺害動機、そしてエッグに求婚しない理由を話題にしており、そこでの〈隠れている女〉はサー・チャールズの妻のことである。しかし、日本語では「魂胆」という表現もあって、サー・チャールズの行動動機が常にエッグへの恋愛感情であったという趣旨に聞こえる。なお、しばしば誤解されるが、3人目の被害者はサー・チャールズの妻ではない。サー・チャールズの意図は、自分に表面的な動機や機会がない3件の殺人によって、動機に直結する妻を殺すことなくエッグと結婚(重婚)することであって、実際、ポワロもそのように説明している。しかし、第3の殺人については、殺害に直接の意味がないことが意味であったという真相が逆説的である一方、被害者もサー・チャールズの妻も精神療養施設に入っている点で一致しているのみならず、過去を知られずに重婚が可能な状況下では妻の殺害も可能と思われる上、ドラマではただの囮という動機にポワロが自ら疑問を差しはさむような発言すらおこなうこともあって、その被害者がサー・チャールズの妻であったかのような印象が生まれている。加えて日本語では、ストレンジ先生殺害が「必要不可欠で計画的」と評されるので、これが第3の殺人をおこなうためになされたように聞こえてしまうが、原語は 'not only essential but purposeful (中核的なだけでなく目的のあること)' で、ただ捜査を攪乱するためだけの殺人を追加でおこなうほどストレンジ先生殺害が重要な意味を持っているという趣旨である。
サー・チャールズが、オリバーへキスをするエッグを目撃して言う「ここはなんとも呪われた土地だ」という台詞や、牧師の遺体発掘に向かう汽車のなかで言った「コーンウォールなんかに住むんじゃなかった。わたしにはやはり探偵は、務まらんな」という台詞は、原語だとそれぞれ 'I wish to God I'd never come to the wretched place. (こんな呪われた土地へ来なければよかった)' 'If I hadn't moved to Cornwall, none of this would have happened. I'm deluding myself, Egg. I'm not detective. (わたしがコーンウォールに引越さなければ、こんなことはまったく起こらなかったんだ。とんだ思い違いだよ、エッグ。わたしは探偵じゃない)' となっており、コーンウォールに来てエッグに出会わなければこんな犯罪を犯すこともなかったのにという心情を吐露したとも受け取れる表現になっている。また、ポワロがカードの家を前に熟考する場面で舞い落ちるカードのうち、最後に手前へ大きく映るカードは〈ミセス・マグ〉である。ただ、この時点でポワロはサー・チャールズの本名がマグであることは知らないはずだけど。
〈カラスの館〉のパーティーで、メイドがカクテルのトレーを運び出したときにサー・チャールズが「ありがとう」と礼を言っていたはずだが、謎解きのなかの回想では、1回目は「ああ」と言い、2回目は何も言わない。
サー・チャールズが第一の殺人にポワロを立ち合わせた理由は、日本語だと「ほかでもなく、すべての関係者の前で殺人の可能性を否定させるためだ」と説明されるが、原語だと 'because if Poirot suspects nothing, nor indeed will anybody else. (ポワロが何も疑わなければ、それはほかの誰も疑わないということになるからだ)' という説明で、これも「リハーサル」の一環という位置づけである。
「バラの手入れに欠かせない噴霧剤の購入を任されていたあなた〔ミス・ミルレー〕は、主が森のなかで化学実験をしているのを知っていた――庭いじりとは無縁の人間が」というポワロの台詞は、サー・チャールズが定常的に噴霧剤を必要としていたようにも、また逆に必要とする理由がないようにも聞こえるが、前半部分に対応する原語の台詞は 'In fact it was you who paid the bills for the solution for the spraying of the roses. (事実、バラの噴霧剤の請求書を支払ったのはあなただった)' という表現で、ミス・ミルレーが対応したのは1回限りの代金の支払いのみと思われる。当時のイギリスでは後払いが慣例的で、商品の購入後に届く請求書に対して支払いをおこなった。
謎解きの途中、クロスフィールド警視が「これはあなたの、パスポートです――フランスに行った記録がある」とサー・チャールズのパスポートを見せる場面があるが、サー・チャールズは別にフランス行きを隠してはいないし、事件がフランスで起きたわけでもないので、違和感を覚えるかもしれない。原語では 'We know exactly when you went to France. (あなたがフランスへ行った正確な時期がわかっています)' となっていることから、日本語で言いたいのはおそらく「フランスに行った〔ときの〕記録がある〔ので正確な出国時期がわかる〕」ということで、つまりはサー・チャールズの出国が、実際にはストレンジ先生の殺害よりあとなのが証拠づけられていると見られる。なお、フランスへ場面が切り替わる際に差し込まれる青列車の映像は誰が乗車したのか不明確で、単なる場面転換用の情景映像にも見えるが、ちゃんとストレンジ先生の殺害よりあとに配置されており、おそらくはこれがサー・チャールズが南仏へ向かう様子だったのだろう。ただ、そこでもぎられる切符には CALAIS-MONTE CARLO RETOUR (カレー・モンテカルロ往復) と書いてあるのに対し、駅の案内は「リヨン発モンテカルロ行き」と言っており、青列車への乗車駅がパリのリヨン駅だとすれば経路がやや不自然である。
ポワロが「この国の法律で離婚が認められないケース」として「配偶者が終身刑に服している場合」と「配偶者が精神療養施設に収容されている場合」を挙げるので、これらが、通常の要件を満たしても離婚が認められない例外条件であるようにも聞こえるが、1923年から1937年のあいだにイギリスで認められた離婚の要件は、単純に配偶者の不貞のみであった(ただし、夫から妻への離婚の提起に関して言えば、1923年以前から条件は同様であった)[14]。この台詞は原語音声だといっそう例外条件として語るニュアンスが強いが、原作のポワロは 'But there are two tragedies where the law gives no relief. (でも、法律が解決を提供しない悲劇が二つあります)' と切り出しており、つづく「悲劇」は、不貞という通常の要件を決して満たしえず、現行法では如何ともしがたい事例として持ち出されている。実際、離婚の法的要件は不貞に限られたとはいえ、双方が折り合った協議離婚に準ずる場合には、一方が不貞をおこなったと認められる状況や説明を用意し、それを建前にして裁判で離婚を認めさせるということがおこなわれたようで(状況はやや異なるが、クリスティーの離婚の際にも、夫のアーチボルドが実際の浮気相手の名前を表に出さないよう要求したため、代わりに彼の架空の不貞を訴えることで許可を得たとされる)[15][16]、不貞をなす能力を配偶者が明確かつ永続的に欠いた状況は、そうした方便も不可能な、特別な状況であった。ただ、1937年に成立し1938年から施行された改正婚姻事由法では、長期にわたる重度の精神障碍も離婚事由として認められるようになった[14][17]。したがって、劇中の時代設定は、その改正の動きが明らかになるよりも前と見られる。
「わたしが毒入りのカクテルを飲む可能性はあったわ」と言ったミス・ウィルズに答えた最後のポワロの台詞は、英語ではほぼ原作通りに 'There is a possibility even more terrible, mademoiselle. It could have been me. (もっと怖ろしい可能性がありますよ。わたしだったかもしれないのです)' と言っている。しかし、原作では単に「偉大なポワロが殺されていたらどれほどの損失か」というポワロの誇大な自尊心を表したものであったのに対し、ドラマでは「長年の友に裏切られただけでなく、殺されていたかもしれないなんて」という含みがあり、そこに込められたポワロの心情は大きく異なっている。
原作では、『謎のクィン氏』などでハーリ・クィン氏のワトソン役を務めるサタスウェイト氏がサー・チャールズやエッグとともに素人探偵を演じていたが、「死人の鏡」同様に氏の出番はなく、3人の調査を見守る立場だったポワロが積極的に捜査に参加する。この変更によって、中期の謎解き主体の原作を持ちながら、「アクロイド殺人事件」のようにポワロとサー・チャールズの友情をクローズアップしたドラマになっている。ポワロの吹替を担当した熊倉一雄さんも、二人の友情や、引退した俳優が物語の中心にいることなどから、この作品をお気に入りの一作として挙げていた[3][4][5]。なお、原作の主要な登場人物からはもう一人、女優のアンジェラ・サットクリフが省略されている。
主なロケ地はロンドン及び周辺諸州。冒頭および解決篇の舞台となる劇場は、2012年からミュージカル「マンマ・ミーア」の上演先となったロンドンのノヴェロ劇場。カラスの館の外観は、「誘拐された総理大臣」のダニエルズ中佐や「プリマス行き急行列車」のハリデイ親子のフラット内部、そして「マギンティ夫人は死んだ」ではカーペンター夫妻の家として使われたセント・アンズ・コートだが、実際のセント・アンズ・コートは内陸にあり、海から望む場面は合成と見られる。この館を望む海沿いの場面はコールトン・フィッシュエーカー敷地内およびその近海で撮影されており、海に浮かぶ小島はミュー・ストーン。また、邸内は「ナイルに死す」でリネットの屋敷として使われたエルタム・パレスで、ポワロの寝室はリネットの寝室と同じ部屋、パーティーがひらかれたホールはリネットとサイモンが出逢ったエントランスホール。館周辺を歩くサー・チャールズが渡る橋もエルタム・パレスの敷地内にある。一方、森のなかの塔はフォーリー・コートのもので、ジュリア・マッケンジー主演「ミス・マープル6」の「終わりなき夜に生まれつく」にも登場するほか、その敷地や邸宅は、同「ミス・マープル4」の「魔術の殺人」でもストーニーゲイツの撮影に使われている。一方、メルフォート療養所の邸宅部分は、ジェラルディン・マクイーワン主演「ミス・マープル」の「パディントン発4時50分」ではラザフォード・ホール、ジュリア・マッケンジー主演「ミス・マープル6」の「グリーンショウ氏の阿房宮」では〈阿房宮〉として使われたネブワース・ハウスで撮影されたが、病院部分はエルタム・パレスの建物である。英国内および南仏を走る汽車の映像は、同じ「パディントン発4時50分」や、やはり「ミス・マープル4」の一篇としてドラマ化された「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」、および「青列車の秘密」のものを一部加工、もしくは加工を排して使いまわしており(そのために、青列車の進行方向右手にあった海がモンテカルロ駅到着時には左手になっていたり、バローデイルに向かう汽車の発車場面のみ季節が冬であったりする。なお、青列車は南仏を東進するので、海は進行方向右手にあるのが正しい)、モンテカルロのマジェスティック・ホテルを外側から写した映像も、「青列車の秘密」のヴィラ・マルゲリータのもの。しかし、ホテル内部はロンドンのワンズワース・タウン・ホールで撮影されており、同じ場所が「夢」ではファーリーズ食品のホールとして使われていた。また、バローデイル署内外や、雨のなかエッグとミス・ミルレーが出会った新聞売りの前、ポワロがミス・ミルレーを待ち伏せていたボロディン・マンション入り口なども同所。エッグがシンシア・デイカーズに会いに行ったのはロンドンのクラリッジ・ホテル。このホテルは「鳩のなかの猫」で大公がシャイスタ王女を招いた先として名前だけ登場していた。バビントン牧師の遺体発掘がおこなわれたルーマスの教会はリトル・マーローのセント・ジョン・バプテスト教会で、ミス・ミルレーの母親を訪ねたギリングの川沿いの教会はビシャムのオール・セインツ教会だが、ギリングの教会前の広場はセント・ジョン・バプテスト教会前のチャーチ・レーンで撮影されている。
その白い見た目にもかかわらず〈カラスの館〉と名前をつけられたサー・チャールズの邸宅は、字幕の表示に見られるように、原語での名前を Crow's Nest という。逐語訳すれば「カラスの巣」だが、これは船のマストに設けられた見張り台のことで、海を見渡すその立地と、ヨットを趣味とするサー・チャールズの好みが表れている。また、その所在のコーンウォールとはグレート・ブリテン島南西端に位置する地方で、「コーンワルの毒殺事件」で「コーンワル」とカタカナ表記されていたのと同じ場所である。
ポワロとサー・チャールズの出会いは、日本語だと「チャールズに初めて会ったのはかなり前になるんですが、それっきりで」とポワロが説明するが、原語では 'I was introduced to Sir Charles at a bridge party. Oh, it is now ma... many years. (サー・チャールズに紹介されたのはあるブリッジパーティーでした。もうだ……だいぶ昔のことです)' という台詞で、初対面が昔のことだと言っているだけであって、それ以来長く会っていなかったというニュアンスはない。また、サー・チャールズが〈カラスの館〉売却の意向を明らかにしたのに対してポワロが「今度はロンドンでお目にかかれますね」と言った台詞も、原語だと 'Well, then we may resume our weekly lunches at the Ritz. (なら、またリッツ・ホテルでの毎週のランチを再開できますね)' という表現で、逆にかつてサー・チャールズとポワロに習慣的な交流があったことを示している。一方、ドラマでほとんどポワロのマンションの部屋から出ることがないジョージもサー・チャールズと面識があるところは、日本語でもそのままである。
パーティーの参加者についての「ロンドン組は互いに来るのを知っているのか?」「いや、教えてない」というストレンジ先生とサー・チャールズの会話は、原語だと 'Does this London lot know the others who are coming? (ロンドン組は残りの参加者と知りあいなのか?)' 'No, why should they? (いや、知らんはずだ)' というやりとりで、彼らにバビントン牧師を殺害する動機がないことを示すものだった。
パーティーの参加者が紹介される中でエッグが読んでいる Travels in Arabia (アラビア旅行記) の著者として書かれているのは、「死との約束」に登場したセリア・ウェストホルム卿夫人である。
日本語音声だと、〈カラスの館〉のパーティーに現れたバビントン牧師の「ああ、来てたのか」という台詞に、デイカーズ大尉が「こんばんは」と応じるので、二人に面識があったようにも見えるが、大尉の口は動いておらず、原語音声の 'Good evening. (こんばんは)' は牧師がオリバーに向けた挨拶である。
エッグという呼び名の由来についてミス・ミルレーが「ゆで卵かしらね (Boiled, I like to think.)」と言うが、 boiled には「ゆだった」という意味のほかに「酔っぱらった」という俗語的意味があり、ミス・ミルレーはそれにかけて皮肉を言っている。ちなみに、ドラマでは言及されないが、原作における彼女の本名はハーマイオニである。
エッグが「〔オリバーは〕イーストエンドにたまたま迷い込んで、神の声を聞いたのよ」と言うイーストエンドとは、シティ・オブ・ロンドンの東側にある地域のこと。産業革命期以来、長く移民や低所得者層の住む町として知られ、だから「君も貧困のみじめさを知るべきだ」というオリバーの台詞につながる。なお、「消えた廃坑」に登場するチャイナタウンがまさにこの地域に存在した。
バビントン牧師を自然死と判断した検死官について、エッグが「その検死官、無能なのよ」と痛烈に批判するが、現場にいて牧師と親しかったエッグが検死審問に呼ばれない、あるいは審問を傍聴しないとは考えにくく、「その」という指示語は不自然である。なお、原語の指示語は that で、これは日本語の「その」と「あの」双方の状況に用いられる。また、「あんな崇高な人生を送られた方にはふさわしくない最期だわ」という主張も、原語だと 'I mean the Babbingtons hadn't an enemy in the world! (だって、バビントンご夫妻には敵なんて一人もいなかったのよ) And yet, why would he just keel over and die? (でも、突然倒れられた理由は何だったのかしら)' という表現で、不条理への反発というより、動機と死因がはっきりしないことを指摘している。その後、エッグが「〔サー・チャールズのように〕経験豊かなほうが血が通っている感じがするもの――ロビンとちがって」と言ったところは、原語だと「ロビン」とは名前を挙げずに him (彼) と言っていて、これはこのとき正面から近づいてきたオリバーを指す。つづく会話もオリバーとエッグの関係についてである。
ストレンジ先生のパーティーで客が食堂へ入っていったあと、日本語音声だと「こんばんは、先生」「お招きいただきましてどうも」というエッグとレディー・メアリーの声が聞こえるが、原語音声は 'Hello, Josephine! (こんばんは、ジョセフィン)' 'Thank you so much for inviting us. (お招きいただきましてどうも)' という台詞で、 Josephine (ジョセフィン) は女性名であってストレンジ先生への呼びかけではないし、声もエッグとレディー・メアリーのものではない。原語音声はおそらく、エッグたちの前に食堂に入った2人の女性のもので、前者の台詞は(のちにサー・チャールズがアリスの名を知っていたように)顔なじみの使用人に声をかけたのだろう。
ポワロがマジェスティック・ホテルで読んでいるのはシェークスピアの『テンペスト(あらし)』で、読み上げているのは第四幕第一場。
サー・チャールズのパーティーでストレンジ先生がデイカーズ大尉に「グッドウッドの予想は?」と訊いたグッドウッドとは、「イタリア貴族殺害事件」で舞台になったチチェスターの近郊にある競馬場の所在地で、毎年7月と8月にレースがおこなわれる。そして、その1か月後のストレンジ先生のパーティーが「セント・レジャーという馬のレースにあわせて」毎年ひらかれているというポワロの台詞から、第2の事件が9月、第1の事件が逆算して8月の出来事であることがわかる。ちなみに、「ABC殺人事件」で第4の事件の日にドンカスター競馬場でおこなわれていたのが、その「セント・レジャーという馬のレース」である。ただし、撮影時期は前述のとおり6月頃で、劇中に登場し、台詞でも言及されるルピナスの花の開花時期も6月から7月頃。
ストレンジ先生のパーティー招待客には第一の事件の関係者以外に男女のペアが2組いたが、ポワロが新聞の切り抜きを見て客を列挙した際には、なぜかほかにカーディガン卿夫妻の名が挙げられるだけである。ただ、エッグの名も挙げられておらず、また日本語で「招待客は」と言った部分は、原語だと 'Among the guests are (招待客のなかにいたのは)' と言っていて、必ずしも全員を列挙する趣旨ではない。あるいは、オリバーの名がないことに気づいてポワロが列挙を途中で打ち切っただけかもしれない。
メルフォート療養所について、サー・チャールズが「何年か前にトリーが古い修道院を二束三文で買い」と言ったところは、使われなくなった修道院をストレンジ先生が療養所に改修したように聞こえるが、原語では 'Well, Tollie bought it a few years back for a song (何年か前にトリーが二束三文で買い)' という表現で、古い修道院だったという情報はない。ではその情報がどこから来たかというと、「メルフォート療養所」の原語 Melfort Abbey (メルフォート・アビー) の abbey に修道院という意味がある(なお、療養所に届いた小包の宛先は Melfort Abbey Sanatorium (メルフォート・アビー療養所) となっており、原語だと邸宅あるいは敷地全体と療養所部分の呼び名は区別されている)。しかし、ドラマ「ダウントン・アビー」の舞台であるダウントン・アビーが現役の修道院ではなく貴族の邸宅であるように、 Abbey という名は、かつて修道院だった地の邸宅によくつけられている。その修道院から邸宅への移行はもっぱら16世紀の宗教改革で断行されたもので、メルフォート・アビーも、ストレンジ先生の購入時点ではとっくに修道院ではなくなっていたと思われる。のちに秘密の通路の存在が噂されるのも、そのカトリック弾圧の歴史によって、こうした建物には聖職者や信者の逃走や避難のための通路がよくつくられたからであり、「ジョニー・ウェイバリー誘拐事件」ではその(すくなくとも劇中世界における)実例を見ることができる。
ヨークシャーに向かう汽車で、サー・チャールズにポワロが「新しい靴ですな」と言ったところは、原語だと 'I see you have changed your shoes. (靴を替えたんですな)' という表現で、サー・チャールズの靴が新品かはわからない。「足許が第一」というサー・チャールズの説明も、役柄にあった靴を履くのが大事という趣旨であって、傷んでいない靴を履くことが大事ではないと思われる。
ポワロたちがバローデイル署を訪ねる直前、 BARROWDALE という看板に「バローデイル署」という字幕が出るが、この看板は鉄道駅を思わせるもので、バローデイル署への到着というより、バローデイルの駅ないしは町への到着を表していると思われる。
日本語音声ではサー・チャールズの旧友ジョンソンの役職 Chief Constable を「署長」と訳しているが、これは各地方警察のトップで、管轄地域内にある複数の管区を統括する立場であって、日本の警察制度に敷衍すれば「本部長」に相当する。各管区の長は警視 (Superintendent) が務めるので、クロスフィールド警視がむしろ「署長」になる。
クロスフィールド警視夫妻がサー・チャールズの舞台を見たという「ポール・モール劇場」こと Pall Mall Theatre は実在しない劇場のようだが、ロンドンの Pall Mall にあると見られ、これは英語の発音としては変則的に /pǽlmǽl/ (パル・マル) と読む。また、夫妻がその劇場に並んだ時間は日本語だと「1時間」だが、原語は hours (何時間も) で、もっと人気である。
バローデイル署からメルフォート療養所に向かう途中、ポワロが「チャールズ、あの晩〈カラスの館〉に招待された全員がここにいることに気づいていますか?」と訊き、ストレンジ先生が牧師殺害について何らかの検証をしようと皆を集めたと結論づけるが、バビントン夫人はいないし、ポワロがいるのは先生が呼んだからではない。原語は 'My dear Charles, do you realise that almost every person who was present at your dinner in Cornwall was also present here? (チャールズ、〈カラスの館〉のディナーにいたほぼ全員がここにいることに気づいていますか?)' という表現で、 almost every person (ほぼ全員) である一方、主催者であるサー・チャールズも含む言い方になっている。もっとも、結論への理路にサー・チャールズの現在の存在は関係ないけど。
サー・チャールズが「この帽子はロンドン警視庁の幹部を演じたときのだ」と言う台詞があるが(ただし、原語では 'I wore this as "Galbraith of the Yard". (これは〈警視庁のガルブレイス〉役でかぶったんだ)' という台詞で、「ガルブレイス」が幹部かどうかは判然としない)、サー・チャールズを演じるマーティン・ショー自身も、日本でも地上波放送された「特捜班CI-5」のドイル役のほか、P・D・ジェイムズ原作のドラマ「アダム・ダルグリッシュ警視」シリーズや、「第三の女」の脚本を手がけたピーター・フラナリーがドラマ脚色を担当した「孤高の警部 ジョージ・ジェントリー」シリーズなど、複数の刑事ドラマシリーズで主演を務めてきたことで知られる。スーシェとの共演は「特捜班CI-5」以来とのこと[6]。
シンシア・デイカーズがミス・ウィルズのことを「トゥーティングに住んでいるらしいけど、さもありなんだわ」と言う台詞に出てくるトゥーティングとは、かつて夏目漱石が下宿していたことでも(日本人に)知られる南ロンドンの町。テムズ川の南岸には概して一等地はないというイメージがあり、これはそれを踏まえての発言である。
サー・チャールズがニコチンを「庭師が薔薇の手入れに使うやつだよ (often used by gardeners to spray their roses with)」と説明したとき、レディー・メアリーが「用途は広いですわ」と言ったところは、原語だと 'I use it. Everyone does. (わたしも使いますわ。誰でもそうでしょ)' という表現で、用途の広さの話はしておらず、薔薇の手入れに用いる一般的な薬品だと言っている。また、のちにバビントン夫人がルピナスの花について「でもアブラムシの駆除に、とても手間がかかるんです」と言った台詞も、原語では 'But I have such trouble with greenfly, I have to spray them constantly. (でもアブラムシがとても厄介で、定期的に手入れをしないと)' という表現である。これらはいずれも、犯行に使われたニコチンを、花の手入れの目的で二人が所持していた可能性を示唆している。なお、レディー・メアリーの原語の台詞からは、彼女も薔薇の手入れが趣味であることが察せられ、冒頭の〈配役〉紹介のときに彼女が薔薇と一緒に映されていたのと整合する。
サー・チャールズが「トリーが人をからかうのを見たことがない」と言うが、ストレンジ先生は〈カラスの館〉でミス・ミルレーを冗談のだしにしていたはずで、原語は 'Tollie would never have spoken to the staff like that. (トリーはスタッフにそんなことを言うやつじゃなかった)' という表現である。なお、原作では日本語のような意味あいの台詞だったのだが、ドラマでは、原作だとその前の場面でメイドの台詞に含まれていた要素を織り込み、対象をスタッフに限定した内容になっている。また、前述のストレンジ先生の冗談も、ドラマのみのものである。
メルフォート療養所での調査中、サー・チャールズのポケットチーフの形が場面によって変わる。前述のようにメルフォート療養所は複数の場所に分けて撮影をしており、撮影地ごとに衣装の微妙な差が出たのだろう。
オリバーが事故を装ってストレンジ先生のパーティーに来いという指示にしたがった理由を「君〔エッグ〕がいると聞いて――それにチャールズ・カートライトも」と言うが、サー・チャールズは当時フランスにいることになっていたはず。後半部分は原語だと 'And I knew Charles Cartwright was in France. (それにチャールズ・カートライトがフランスなのも知っていたし)' という台詞で、日本語は「それにチャールズ・カートライトも〔いないし〕」と聞くべきか。
レディー・メアリーがエッグについて「ふざけた呼び名でしょう? 本当に卵みたいに危なっかしかった。でも、もう大丈夫ですわ」と言ったところは、原語だと 'A little roly-poly baby, trying to stand up, always falling over. Yes, it's a ridiculous nickname. (丸々とした赤ちゃんで、立ちあがろうとしてはいつも転んで。ええ、ふざけた呼び名ですわ)' という表現で、より具体的に「エッグ」という呼び名の由来を説明している。また、亡くなった晩のストレンジ先生の様子を訊かれて答えた「冗談ばかりおっしゃって」という台詞は、原語だと 'some private joke (何か秘密の冗談のことで〔とても愉快そうでした〕)' という表現で、冗談を言っていたのではなく、倒れる直前に明かそうとしていた秘密のことを言っている。日本語は原語の表現を、アリスが言及した執事への冗談のことを言っているととらえてしまったものか。
ポワロの部屋でひらかれたシェリーパーティーでかかっている曲は、シューマンの「アラベスク」ハ長調・作品18である。
ポワロに届いた電報の宛名書きから、「ひらいたトランプ」以降に使用されているポワロの新居の住所がわかる。それによれば、所番地は以前のロンドン西一区サンドハースト・スクエアから変わりなく、ホワイトヘイブン・マンション内の部屋番号のみが56B号室から203号室(「複数の時計」の原作の設定と同じ)に変更になっている。
ギリングの墓地でサー・チャールズが「ロビン〔をインドへ追いやったこと〕はどうなんだ」と訊いたのに対し、エッグが「彼はもともと優柔不断だったのよ」と応じるところは、のちの「〔あなたも〕優柔不断だったわけ? (So you mean you've just been dithering?)」という台詞と呼応するもののように聞こえるが、原語だと 'I don't know! (知らないわよ) He was always wet! (彼はもともと性格が弱かったの) He wore scandals! (スキャンダルまみれだったのよ)' という表現で、特にのちの台詞と呼応せず、ロビンがインドに行ったのは実はスキャンダルから逃げるためだったと明らかにされている。それにつづく「わかるでしょ? マドラスで一緒だったんだから」というエッグの台詞も、原語だと 'Anyway, you were in Madras with him, you tell me! (そもそもマドラスで一緒だったんだから、そっちが教えてよ)' で、単にロビンの性格を知っているはずだというだけでなく、インドでの行く末はサー・チャールズのほうが詳しいはずだという主張。そして、サー・チャールズの「やつ〔ロビン〕はパスポートを売り飛ばし、髭を生やしてたって」という台詞は、 'that he'd sold his passport and grown a beard and... (パスポートを売り飛ばし、髭をたくわえ、そして……)' と、さらなる状況を濁したニュアンスがある。つまり、そのあとの「じゃ、あなたは関係ないの?」というエッグの質問は、ロビンがインドで世捨て人のようになってしまったのはサー・チャールズの差し金ではなかったのかと訊いたのである。つづけてオリバーについて「彼は犯人じゃない。なのに、なぜ彼を巻き込もうとするの?」と言うのも、原語は 'Are you trying to implicate him in these murders because Oliver couldn't kill anyone? (オリバーに人は殺せないから、今度の殺人事件の罪を着せようというの?)' で、ポワロの部屋での検討でサー・チャールズがオリバーが犯人の可能性を指摘したことを踏まえたものであって、むしろオリバーが犯人でないからこそ罪を着せて排除しようとしているのではないかと問い詰めている。
ポワロがカードの家を建てるのに使っていた〈ハッピー・ファミリー〉とは同じ家族のカードを集めるゲームで、「死との約束」の原語音声では、ボイントン一家の集結をジェラール医師がこのゲームに喩えていた。日本語ではエッグが「ミスター・グリッツは八百屋さん」と説明するが、画面に映るカードに書かれたとおりミスター・グリッツは grocer であり、これは「杉の柩」でエリノアがペーストを買ったような店の店主のことで、青果以外の食料雑貨も扱う。また、ジュリア・マッケンジー主演「ミス・マープル6」の「グリーンショウ氏の阿房宮」には、本作ではエッグ役のキンバリー・ニクソンが演じるルイザ・オクスリーが、息子のアーチーとこのゲームを遊んでいる場面がある。
ポワロがエッグとサー・チャールズの結婚に「岩のように揺るがない幸せを」と願ったのに対して、エッグが「チャールズにあなたは岩だと伝えるわ」と受けたのは、ポワロの台詞が原語だと 'but the happiness that endures—happiness that is build upon the rock (揺るがない幸せ――岩の上に築かれる幸せを)' という表現だったためで、幸せの基盤となる岩がすなわちサー・チャールズとなる。
ポワロが全貌に気づいて「目から鱗が落ちた――解けた!」と言っているのに、横にいたエッグが何も反応を示さないのは、原語だと 'But Poirot has been blind. Blind! (ポワロは何も見ていませんでした。何も見ていなかった!)' と直接的でない表現になっているためである。
エッグ役のキンバリー・ニクソンは子供の頃からポワロのファンだったそうで、撮影終了後、スーシェはポワロの蝶ネクタイを巻いたカラーをプレゼントしたという[6]。また、レディー・メアリー役のジェーン・アッシャーはケーキデザイナーとしても知られ、クリスティーの生誕120周年であった2010年には、『予告殺人』に登場するケーキ〈甘美なる死(デリシャス・デス)〉を彼女が具体的なレシピに仕上げ、クリスティーの別荘であったグリーンウェイ・ハウスなどでそのケーキが提供された[7]。
当初、ロッド・スチュアートの娘であるキンバリー・スチュアートが、原作には存在しないドリスという役で出演すると発表されたが、「〔キンバリーの〕スケジュール上の都合」によりキャンセルされた[8][9]。
エッグ役のキンバリー・ニクソンは、前述のように、ジュリア・マッケンジー主演「ミス・マープル6」の「グリーンショウ氏の阿房宮」にルイザ・オクスリー役で出演。一方、レディー・メアリー・リットン・ゴア役のジェーン・アッシャーは、ジェラルディン・マクイーワン主演の「ミス・マープル」の一篇「牧師館の殺人」のレスター夫人役でも見ることができる。また、オテル・マジェスティクでポワロに風船をぶつけた男の子役のジェームス・ハランも、同「ミス・マープル3」の「無実はさいなむ」でシリル・プライス少年を演じていた。このほか、ジェレミー・ブレット主演の「シャーロック・ホームズの冒険」シリーズでは、バビントン夫人役のアンナ・カータレットを「金縁の鼻眼鏡」のアンナ役で、ジョン・ソウ主演の「主任警部モース」シリーズでは、ミス・ミルレー役のスザンヌ・バーティッシュを「キドリントンから消えた娘」のシェリル・ベインズ役で、ベネディクト・カンバーバッチ主演「シャーロック4」では、ストレンジ先生役のアート・マリクを「最後の事件」のシェリンフォード所長役で見ることができる。
劇作家ミス・ウィルズの吹替を担当した山像かおりさんは、秋之桜子の名前で自身も劇作・脚本を手がけ、2015年にはアニメ「映画Go!プリンセスプリキュア」などの脚本も担当している。また、クロスフィールド警部の吹替を担当した石田圭祐さんは BBC 制作のドラマ「ABC殺人事件」でジョン・マルコヴィッチ演じるポワロの吹替を担当。山像かおりさんとは夫婦共演でもあり、意図したものかはわからないが、エンディングクレジットでも二人一緒に表示される。
〈カラスの館〉でのパーティーで、サー・チャールズがミス・ウィルズをポワロに引きあわせて「ポワロ、紹介しよう」と言うのは日本語音声のみの台詞。ポワロがシェリーパーティーでレディー・メアリーにグラスを渡して「どうぞ」と言ったり、エッグに「〔岩と言われたのをサー・チャールズは〕自分の演技のことだと思うでしょうね」と言われて笑い声を立てたりするのも日本語音声のみである。
第二の死の直前の「では、いいですか?」というストレンジ先生の台詞に、切換式字幕では「(チャールズ)」と表示されていたが、2017年1月7日の再放送から「(ストレンジ)」に修正された。一方、雨のなかエッグが新聞を買う際に聞こえる「なによ! はね飛ばさないで! タクシー! タクシー!」という通行人の女性の台詞に「(ミルレー)」と表示されるのはずっとそのまま。後者は発言者の姿は見えないものの明らかに声がちがうだけでなく、ミス・ミルレーはエッグとの会話のあと歩いて立ち去るので、タクシーを呼んでいるのも不自然である。
ポワロたちの乗った汽車の窓の向こうが暗いとき、窓ガラスに映っている姿の向きが……
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本作の原作は犯人の動機やそれにまつわる展開が英版と米版で異なっており、エッグとの結婚のために、自分がすでに結婚していることを知っている旧友を殺したというドラマでのメインの動機は英版原作に基づく。一方、米版の動機は、精神科医である友人に自分の精神が異常を来していることを見抜かれ、その拘束から逃れようとしたというもの。ドラマで謎解きの場面に存在する、ポワロがサー・チャールズに「あなたは正気ではない。異常だ」と告げる台詞は英版原作になく、全体としては英版原作をベースとしながら、米版の要素も取り込む意図があったと思われる。クリスティーは一つの作品をものすとき、最初に核となるトリックや犯人設定を軸にして物語を作るのではなく、まず舞台や状況、登場人物たちを用意し、その中に動機やトリックを当てはめていくという作り方をすることがあったようで[10][11]、本作の英版と米版の差異は、最終的に出版された作品でもその一端が垣間見えるめずらしい例となった。なお、後年エージェントと交わしたやりとりにおいてクリスティーは、おそらく米版の動機がオリジナルであったと思うと述べているが、改変の実際の順序や理由については結局はっきりしておらず、研究者間でも見解が分かれている[12][13]。ちなみに邦訳では、アメリカでの旧題 Murder in Three Acts に邦題が近い早川・新潮・角川が英版、逆に英題 Three Act Tragedy に近い創元が米版を底本としている。
サー・チャールズが引退した理由をストレンジ先生が「まあ、それなりの魂胆があったのさ」と言ったところは、原語だと 'Well—cherchez la femme, old fruit, that's all I'll say. (まあ、 cherchez la femme とだけ言っておきましょう)' という表現で、 cherchez la femme とは直訳すれば「女を捜せ」という意味のフランス語だが、「行動の裏には常に女が隠れている」という趣旨で慣用的に使われる。つまり、ここではサー・チャールズの引退の動機がエッグだということが暗に言われている。一方、謎解きのなかでポワロが「ヒントは先生の言葉です」と言って同じ言葉に言及するが、こちらはストレンジ先生の殺害動機、そしてエッグに求婚しない理由を話題にしており、そこでの〈隠れている女〉はサー・チャールズの妻のことである。しかし、日本語では「魂胆」という表現もあって、サー・チャールズの行動動機が常にエッグへの恋愛感情であったという趣旨に聞こえる。なお、しばしば誤解されるが、3人目の被害者はサー・チャールズの妻ではない。サー・チャールズの意図は、自分に表面的な動機や機会がない3件の殺人によって、動機に直結する妻を殺すことなくエッグと結婚(重婚)することであって、実際、ポワロもそのように説明している。しかし、第3の殺人については、殺害に直接の意味がないことが意味であったという真相が逆説的である一方、被害者もサー・チャールズの妻も精神療養施設に入っている点で一致しているのみならず、過去を知られずに重婚が可能な状況下では妻の殺害も可能と思われる上、ドラマではただの囮という動機にポワロが自ら疑問を差しはさむような発言すらおこなうこともあって、その被害者がサー・チャールズの妻であったかのような印象が生まれている。加えて日本語では、ストレンジ先生殺害が「必要不可欠で計画的」と評されるので、これが第3の殺人をおこなうためになされたように聞こえてしまうが、原語は 'not only essential but purposeful (中核的なだけでなく目的のあること)' で、ただ捜査を攪乱するためだけの殺人を追加でおこなうほどストレンジ先生殺害が重要な意味を持っているという趣旨である。
サー・チャールズが、オリバーへキスをするエッグを目撃して言う「ここはなんとも呪われた土地だ」という台詞や、牧師の遺体発掘に向かう汽車のなかで言った「コーンウォールなんかに住むんじゃなかった。わたしにはやはり探偵は、務まらんな」という台詞は、原語だとそれぞれ 'I wish to God I'd never come to the wretched place. (こんな呪われた土地へ来なければよかった)' 'If I hadn't moved to Cornwall, none of this would have happened. I'm deluding myself, Egg. I'm not detective. (わたしがコーンウォールに引越さなければ、こんなことはまったく起こらなかったんだ。とんだ思い違いだよ、エッグ。わたしは探偵じゃない)' となっており、コーンウォールに来てエッグに出会わなければこんな犯罪を犯すこともなかったのにという心情を吐露したとも受け取れる表現になっている。また、ポワロがカードの家を前に熟考する場面で舞い落ちるカードのうち、最後に手前へ大きく映るカードは〈ミセス・マグ〉である。ただ、この時点でポワロはサー・チャールズの本名がマグであることは知らないはずだけど。
〈カラスの館〉のパーティーで、メイドがカクテルのトレーを運び出したときにサー・チャールズが「ありがとう」と礼を言っていたはずだが、謎解きのなかの回想では、1回目は「ああ」と言い、2回目は何も言わない。
サー・チャールズが第一の殺人にポワロを立ち合わせた理由は、日本語だと「ほかでもなく、すべての関係者の前で殺人の可能性を否定させるためだ」と説明されるが、原語だと 'because if Poirot suspects nothing, nor indeed will anybody else. (ポワロが何も疑わなければ、それはほかの誰も疑わないということになるからだ)' という説明で、これも「リハーサル」の一環という位置づけである。
「バラの手入れに欠かせない噴霧剤の購入を任されていたあなた〔ミス・ミルレー〕は、主が森のなかで化学実験をしているのを知っていた――庭いじりとは無縁の人間が」というポワロの台詞は、サー・チャールズが定常的に噴霧剤を必要としていたようにも、また逆に必要とする理由がないようにも聞こえるが、前半部分に対応する原語の台詞は 'In fact it was you who paid the bills for the solution for the spraying of the roses. (事実、バラの噴霧剤の請求書を支払ったのはあなただった)' という表現で、ミス・ミルレーが対応したのは1回限りの代金の支払いのみと思われる。当時のイギリスでは後払いが慣例的で、商品の購入後に届く請求書に対して支払いをおこなった。
謎解きの途中、クロスフィールド警視が「これはあなたの、パスポートです――フランスに行った記録がある」とサー・チャールズのパスポートを見せる場面があるが、サー・チャールズは別にフランス行きを隠してはいないし、事件がフランスで起きたわけでもないので、違和感を覚えるかもしれない。原語では 'We know exactly when you went to France. (あなたがフランスへ行った正確な時期がわかっています)' となっていることから、日本語で言いたいのはおそらく「フランスに行った〔ときの〕記録がある〔ので正確な出国時期がわかる〕」ということで、つまりはサー・チャールズの出国が、実際にはストレンジ先生の殺害よりあとなのが証拠づけられていると見られる。なお、フランスへ場面が切り替わる際に差し込まれる青列車の映像は誰が乗車したのか不明確で、単なる場面転換用の情景映像にも見えるが、ちゃんとストレンジ先生の殺害よりあとに配置されており、おそらくはこれがサー・チャールズが南仏へ向かう様子だったのだろう。ただ、そこでもぎられる切符には CALAIS-MONTE CARLO RETOUR (カレー・モンテカルロ往復) と書いてあるのに対し、駅の案内は「リヨン発モンテカルロ行き」と言っており、青列車への乗車駅がパリのリヨン駅だとすれば経路がやや不自然である。
ポワロが「この国の法律で離婚が認められないケース」として「配偶者が終身刑に服している場合」と「配偶者が精神療養施設に収容されている場合」を挙げるので、これらが、通常の要件を満たしても離婚が認められない例外条件であるようにも聞こえるが、1923年から1937年のあいだにイギリスで認められた離婚の要件は、単純に配偶者の不貞のみであった(ただし、夫から妻への離婚の提起に関して言えば、1923年以前から条件は同様であった)[14]。この台詞は原語音声だといっそう例外条件として語るニュアンスが強いが、原作のポワロは 'But there are two tragedies where the law gives no relief. (でも、法律が解決を提供しない悲劇が二つあります)' と切り出しており、つづく「悲劇」は、不貞という通常の要件を決して満たしえず、現行法では如何ともしがたい事例として持ち出されている。実際、離婚の法的要件は不貞に限られたとはいえ、双方が折り合った協議離婚に準ずる場合には、一方が不貞をおこなったと認められる状況や説明を用意し、それを建前にして裁判で離婚を認めさせるということがおこなわれたようで(状況はやや異なるが、クリスティーの離婚の際にも、夫のアーチボルドが実際の浮気相手の名前を表に出さないよう要求したため、代わりに彼の架空の不貞を訴えることで許可を得たとされる)[15][16]、不貞をなす能力を配偶者が明確かつ永続的に欠いた状況は、そうした方便も不可能な、特別な状況であった。ただ、1937年に成立し1938年から施行された改正婚姻事由法では、長期にわたる重度の精神障碍も離婚事由として認められるようになった[14][17]。したがって、劇中の時代設定は、その改正の動きが明らかになるよりも前と見られる。
「わたしが毒入りのカクテルを飲む可能性はあったわ」と言ったミス・ウィルズに答えた最後のポワロの台詞は、英語ではほぼ原作通りに 'There is a possibility even more terrible, mademoiselle. It could have been me. (もっと怖ろしい可能性がありますよ。わたしだったかもしれないのです)' と言っている。しかし、原作では単に「偉大なポワロが殺されていたらどれほどの損失か」というポワロの誇大な自尊心を表したものであったのに対し、ドラマでは「長年の友に裏切られただけでなく、殺されていたかもしれないなんて」という含みがあり、そこに込められたポワロの心情は大きく異なっている。
- [1] あおさんのブログ 『ご臨終』メンバー紹介 その5 小野寺亜希子
- [2] 「ご臨終」パンフレット, 2011
- [3] BSプレミアム 黄金の扉「名探偵ポワロ〜三幕の殺人・オリエント急行の殺人ほか」, NHK, 2012
- [4] 「熊倉一雄インタビュー」, 『NHK ウィークリーステラ』 2014年9月12日号, NHKサービスセンター, 2014, p. 25
- [5] 「熊倉一雄インタヴュー」, 『ハヤカワミステリマガジン』 No. 705 2014年11月号, 早川書房, 2014, p. 42
- [6] David Suchet and Geoffrey Wansell, Poirot and Me, headline, 2013, p. 255
- [7] BBC - An Agatha Christie birthday cake to die for
- [8] Rod Stewart's girl Kimberley moves from reality TV shows to Poirot | Daily Mail Online
- [9] Kimberly Stewart's new acting 'career' suffers a setback as Poirot role falls through | Daily Mail Online
- [10] ジョン・カラン (訳: 山本やよい, 羽田詩津子), 『アガサ・クリスティーの秘密ノート 〔上〕』, 早川書房(クリスティー文庫), 2010, pp. 145-148
- [11] ヒラリー・マカスキル (訳: 青木久惠), 『愛しのアガサ・クリスティー ミステリーの女王への道』, 清流出版, 2010, p. 23
- [12] John Curran, Agatha Christie's Murder in the Making: Stories and Secrets from her Archive, HarperCollinsPublishers, 2011, p. 176
- [13] Mark Aldridge, Agatha Christie's Poirot: The Greatest Detective in the World, HarperCollinsPublishers, 2020, p. 85
- [14] Divorce since 1900 - UK Parliament
- [15] グエン・ロビンス (訳: 吉野美恵子), 『アガサ・クリスチィの秘密』, 東京創元社, 1980, p. 148
- [16] ジャレッド・ケイド (訳: 中村妙子), 『なぜアガサ・クリスティーは失踪したのか? 七十年後に明かされた真実』, 早川書房, 1999, pp. 86, 205-206, 213-214
- [17] Matrimonial Causes Act 1937 - Legislation - VLEX 842482897
ロケ地写真
カットされた場面
なし
映像ソフト
- [DVD] 「名探偵ポワロ 45 三幕の殺人」(字幕・吹替) ハピネット・ピクチャーズ※1
- [DVD] 「名探偵ポワロ DVDコレクション 39 三幕の殺人」(字幕・吹替) デアゴスティーニ・ジャパン※2
- ※1 「名探偵ポワロ NEW SEASON DVD-BOX 4」に収録
- ※2 吹替は大塚智則さん主演の新録で、映像もイギリスで販売されているDVDと同じバリエーションを使用
同原作の映像化作品
- [TV] 「三幕の殺人」 1986年 監督:ゲイリー・ネルソン 出演:ピーター・ユスチノフ(福田豊土)、ジョナサン・セシル(羽佐間道夫)