ヘラクレスの難業 The Labours of Hercules
放送履歴
日本
オリジナル版(91分30秒)
- 2014年09月29日 21時00分〜 (NHK BSプレミアム)※1
- 2015年03月22日 15時30分〜 (NHK BSプレミアム)※2 ※3
- 2016年01月26日 23時45分〜 (NHK BSプレミアム)※2 ※4
- 2017年02月25日 16時00分〜 (NHK BSプレミアム)※2
- 2017年08月02日 16時00分〜 (NHK BSプレミアム)※2 ※5
- 2021年09月04日 16時28分〜 (NHK BSプレミアム)※2 ※6
- 2021年01月14日 09時00分〜 (NHK BS4K)※2
- 2023年10月11日 21時00分〜 (NHK BSプレミアム・BS4K)※2 ※7
- ※1 エンディング途中の画面上部に「カーテン ~ポワロ最後の事件~」放送予告の字幕表示あり
- ※2 格言の引用元についてのポワロの台詞が修正された音源を使用
- ※3 エンディング途中の画面上部に「カーテン ~ポワロ最後の事件~」放送予告の字幕表示あり
- ※4 エンディング前半の画面上部に「カーテン ~ポワロ最後の事件~」放送予告の字幕表示あり
- ※5 エンディング前半の画面下部に「さよならポワロ!」放送案内の字幕表示(帯付き)あり
- ※6 エンディング前半の画面下部に次回の放送時間案内の字幕表示(帯付き)あり
- ※7 BSプレミアムでの放送は、オープニング冒頭の画面左上にBS4K同時放送のアイコン表示あり
海外
- 2013年11月01日 20時10分〜 (波・Ale Kino+)
- 2013年11月06日 20時00分〜 (英・ITV1)
原作
邦訳
- 『ヘラクレスの冒険』 クリスティー文庫 田中一江訳
- 『ヘラクレスの冒険』 ハヤカワミステリ文庫 高橋豊訳
原書
- The Labors of Hercules, Dodd Mead, 1947 (USA)
- The Labours of Hercules, Collins, September 1947 (UK)
オープニングクレジット
日本
オリジナル版
名探偵ポワロ / AGATHA CHRISTIE'S POIROT / ヘラクレスの難業 // DAVID SUCHET / Agatha Christie POIROT / THE LABOURS OF HERCULES based on the novel by AGATHA CHRISTIE / Screenplay GUY ANDREWS / ORLA BRADY, SIMON CALLOW / MORVEN CHRISTIE, RUPERT EVANS / NIGEL LINDSAY, SANDY McDADE, FIONA O'SHAUGHNESSY / ELEANOR TOMLINSON, TOM WLASCHIHA / Producer DAVID BOULTER / Director ANDY WILSON
エンディングクレジット
日本
オリジナル版
原作 アガサ・クリスティー Agatha Christie 脚本 ガイ・アンドリュース 演出 アンディ・ウイルソン 制作 ITVスタジオズ/エーコン・プロダクションズ マスターピース/アガサ・クリスティー・リミテッド (イギリス 2013年) 声の出演 ポワロ(デビッド・スーシェ) 熊倉 一雄 ロサコフ伯爵夫人(オーラ・ブレイディ) 唐沢 潤 アリス・カニンガム(エレノア・トムリンソン) 深見 梨加 ハロルド・ウェアリング(ルパート・エヴァンズ) 家中 宏 フランチェスコ(ナイジェル・リンゼイ) 北川 勝博 シュワルツ(ドゥルエ警部) 石住 昭彦 グスタフ 斎藤 志郎 ドクター・ルッツ 本田 次布 カトリーナ・サムシェンカ 水野 千夏 テッド・ウィリアムズ 三上 哲 ライス夫人 瀬田 ひろ美 エルシー・クレイトン 衣鳩 志野 レメントイ警視 佐瀬 弘幸 バートン 仗 桐安 警視正 堀越 富三郎 女性警官 土門 敬子 <日本語版制作スタッフ> 翻訳 澤口 浩介 演出 佐藤 敏夫 音声 小出 善司
DVD版
原作 アガサ・クリスティー Agatha Christie 脚本 ガイ・アンドリュース 演出 アンディ・ウイルソン 制作 ITVスタジオズ/エーコン・プロダクションズ マスターピース/アガサ・クリスティー・リミテッド (イギリス 2013年) 声の出演 ポワロ(デビッド・スーシェ) 熊倉 一雄 ロサコフ伯爵夫人(オーラ・ブレイディ) 唐沢 潤 アリス・カニンガム(エレノア・トムリンソン) 深見 梨加 ハロルド・ウェアリング(ルパート・エヴァンズ) 家中 宏 フランチェスコ(ナイジェル・リンゼイ) 北川 勝博 シュワルツ(ドゥルエ警部) 石住 昭彦 グスタフ 斎藤 志郎 ドクター・ルッツ 本田 次布 カトリーナ・サムシェンカ 水野 千夏 テッド・ウィリアムズ 三上 哲 ライス夫人 瀬田 ひろ美 エルシー・クレイトン 衣鳩 志野 レメントイ警視 佐瀬 弘幸 バートン 仗 桐安 警視正 堀越 富三郎 女性警官 土門 敬子 <日本語版制作スタッフ> 翻訳・台本 澤口 浩介 演出 佐藤 敏夫 調整 小出 善司 録音 黒田 賢吾 プロデューサー 武士俣 公佑 制作統括 小坂 聖
海外
オリジナル版
Hercule Poirot: DAVID SUCHET; Sir Anthony Morgan: PATRICK RYECART; Harold Waring: RUPERT EVANS; Lucinda Le Mesurier: LORNA NICKSON BROWN; Chief Inspector: STEPHEN FROST; Policewoman: ISOBEL MIDDLETON / Dr. Burton: TOM CHADBON; Ted Williams: TOM AUSTEN; Katrina: FIONA O'SHAUGHNESSY; Inspector Lementeuil: NICHOLAS McGAUGHEY; Schwartz: TOM WLASCHIHA; Elsie Clayton: MORVEN CHRISTIE; Mrs. Rice: SANDY McDADE / Countess Rossakoff: ORLA BRADY; Francesco: NIGEL LINDSAY; Gustave: RICHARD KATZ; Dr. Lutz: SIMON CALLOW; Alice Cunningham: ELEANOR TOMLINSON; Stunt Co-ordinator: TOM LUCY / (中略)1st Assistant Director: MARCUS CATLIN; 2nd Assistant Director: SEAN CLAYTON; 3rd Assistant Director: JAMES McGEOWN; Location Manager: ROBIN PIM; Assistant Location Manager: MARK WALLEDGE; Script Supervisor: JAYNE SPOONER; Script Editors: THOM HUTCHINSON, SAM MARCHANT / Production Accountant: VINCENT O'TOOLE; Assisstant Production Accountant: DAVID RUDDOCK; Production Co-ordinator: PAT BRYAN; Assistant Production Co-ordinator: HELEN SWANWICK-THORPE; Press Officer: NATASHA BAYFORD; Picture Publicist: PATRICK SMITH / Camera Operator: PAUL DONACHIE; Focus Pullers: RICHARD BRIERLEY, BEN GIBB; Clapper Loaders: ELIOT STONE, SANDRA COULSON; Data Wrangler: PATRICK KING; Camera Grip: PAUL HATCHMAN; Gaffer: TREVOR CHAISTY; Best Boy: GARRY OWEN / Supervising Art Director: PAUL GILPIN; Art Directors: MIRANDA CULL, PILAR FOY; Standby Art Director: JOANNE RIDLER; Production Buyer: TIM BONSTOW; Construction Manager: DAVE CHANNON; Standby Construction: FRED FOSTER, BOB MUSKETT / Sound Recordist: ANDREW SISSONS; Sound Maintenance: ASHLEY REYNOLDS; Property Master: JIM GRINDLEY; Dressing Props: MIKE RAWLINGS, SIMON BURET, JACK CAIRNS; Standby Props: SIMON BLACKMORE, POLLY STEVENS / Assistant Costume Designer: PHILIP O'CONNOR; Costume Supervisor: KATE LAVER; Costume Assistants: JASON MARSHALL, SOPHIE EARNSHAW; Make-up Artists: SARAH DICKINSON, LOUISE FISHER, MAUREEN HETHERINGTON; Mr. Suchet's Dresser: ANNE-MARIE BIGBY; Mr. Suchet's Make-up Artist: SIAN TURNER MILLER / Assistant Editors: DAN McINTOSH, HARRISON WALL; Supervising Sound Editor: JOHN DOWNER; Dialogue Editor: SARAH MORTON; Re-recording Mixer: GARETH BULL; Colourist: DAN COLES; Online Editor: SIMON GIBLIN; Visual Effects: DOLORES McGINLEY / Associate Producer: DAVID SUCHET; Post Production Supervisor: BEVERLEY HORNE; Special Effects: GRAHAM LONGHURST; Hair and Make-up Designer: BEE ARCHER; Costume Designer: SHEENA NAPIER; Casting: SUSIE PARRISS; Production Executive: JULIE BURNELL / Composer: CHRISTIAN HENSON; Poirot Theme: CHRISTOPHER GUNNING; Editor: ADAM BOSMAN; Production Designer: JEFF TESSLER; Director of Photography: IAN MOSS; Line Producer: MATTHEW HAMILTON / Executive Producer for Acorn Productions Limited: HILARY STRONG; Executive Producer for Agatha Christie Limited: MATHEW PRICHARD / Executive Producers: MICHELE BUCK, KAREN THRUSSELL, DAMIEN TIMMER; © Agatha Christie Ltd 2013 / A Co-Production of itv STUDIOS, Agatha Christie™ in association with Acorn Productions: An RLJ | Entertainment, Inc. Company
あらすじ
凶悪犯マラスコーの捜査に参加したポワロは、囮役の女性への約束もむなしく彼女を死なせてしまう。傷心のポワロは青年の失踪した恋人を捜してアルプス山中のホテルへ向かうが、そこにもマラスコーの影が。さらには旧知のロサコフ伯爵夫人とも再会して……
事件発生時期
不詳
主要登場人物
エルキュール・ポワロ | 私立探偵 |
ヴェラ・ロサコフ伯爵夫人 | ホテル滞在客、ポワロの旧知の女性 |
アリス・カニンガム | ホテル滞在客、ロサコフ伯爵夫人の娘 |
ハロルド・ウェアリング | ホテル滞在客、外務次官 |
カタリーナ・サムシェンカ | ホテル滞在客、バレリーナ |
ハインリッヒ・ルッツ | ホテル滞在客、精神科医 |
ライス | ホテル滞在客 |
エルシー・クレイトン | ホテル滞在客 |
シュワルツ | ホテル滞在客 |
フランチェスコ・クリエール | ホテル支配人、自称医師 |
グスタフ | ホテル従業員 |
レメントイ | スイス警察の警視 |
ルシンダ・ル・メジュリア | ポワロが守れなかった女性 |
サー・アンソニー・モーガン | 外務大臣 |
テッド・ウィリアムズ | 運転手 |
バートン | ポワロの主治医 |
解説、みたいなもの
原作は1947年刊行の、ヘラクレス(フランス語にすると「エルキュール」)のなした難業になぞらえた12の事件を扱った連作短篇集。この短篇集は、当ドラマシリーズの制作開始前の1985年、第8シリーズまでのプロデューサーであるブライアン・イーストマンが、マリオ・アドルフを主演にドラマシリーズ化を企画したが実現せず、しかしその検討の席でクリスティーの娘のロザリンドからスーシェを主演とする別のアイディアが出され、それが当シリーズとして結実した経緯がある[1]。その短篇集を長篇1話にまとめ、最終回を目前にしてついに映像化した本作は、収録短篇のうち「アルカディアの鹿」「エルマントスのイノシシ」「スチュムパロスの鳥」の事件を中心に絡ませ、「ディオメーデスの馬」「ヒッポリュテの帯」を思わせる要素を加え、さらには「ことの起こり」「ケルベロスの捕獲」からも登場人物を集めて構成された。加えて、冒頭の事件に登場するルシンダ・ル・メジュリア (Lucinda Le Mesurier) のファミリーネームは、実質的に唯一映像化されずに終わった短篇「呪われた相続人 (The Lemesurier Inheritance)」(『教会で死んだ男』所収)のルメジュリア (Lemesurier) 家を意識したものと思われる。原作短篇集の邦題は『ヘラクレスの冒険』であるが、ドラマ化に当たって沈鬱な脚色を加えられた本作においては、「“Labour” という言葉が本来持つ “骨の折れる、苦労を伴う仕事” という意味からやや離れた “冒険” という訳を当てると、ドラマの性質上無理が生じる」とのNHKエンタープライズの判断により、ドラマの邦題や日本語の台詞には「ヘラクレスの難業」という訳語が使われることになったという[2]。原作に登場していたジャップ警部やミス・レモンの登場はない。
ポワロが想いを寄せた女性、ロサコフ伯爵夫人が再登場。ただし、キャストは「二重の手がかり」のキカ・マーカムではなくオーラ・ブレイディに交代し、吹替も久野綾希子さんから唐沢潤さんへ交代した。ロサコフ伯爵夫人は、原作では「ビッグ・フォー」でも一度再登場していたが、ドラマでは脚色に伴ってカットされている。一方、ドラマの「メソポタミア殺人事件」では、ロサコフ伯爵夫人をめぐる、原作にはないサイドストーリーが展開されていた。本作でポワロと再会した際にロサコフ伯爵夫人が言う「ほんと、しばらくね」という台詞は、原語だと 'Twenty years! (20年ぶり)' と具体的な数字を出しているが、「二重の手がかり」も本作品も劇中の時期設定は不明ながら、いずれもいつもの1930年代から大きくずれているようには見えない。伯爵夫人との再会が20年ぶりというのは原作短篇「ケルベロスの捕獲」(『ヘラクレスの冒険』収録版)の設定に基づくもので、「ビッグ・フォー」原作(雑誌掲載1924年、単行本刊行1927年)から「ケルベロスの捕獲」(雑誌掲載・単行本刊行ともに1947年)までは実際に約20年の期間が空いている。
撮影時期は2013年4月から5月[3]。冒頭のパーティー会場は、ヘレン・ヘイズ主演の「魔術の殺人」ではストーニーゲイツとして使われた、ハートフォードシャーのブロケット・ホール。ポワロがウィリアムズの車で向かったのは、「五匹の子豚」や「ビッグ・フォー」でも邸宅の内外が撮影に使われたサイアン・パークの温室前。最初にウィリアムズが車を止める場面では、先にカメラテストで車を走らせたのか、地面にすでにタイヤの跡がある。スイスのロシェネージュということになっているケーブルカーの撮影はフランスのイゼール県サン・ティレールでおこなわれているが、オリンポス・ホテルに使われた建物はイギリス国内バッキンガムシャーにあるホルトン・ハウスで、アルプスの景色は合成、雪も偽物。ホテルのボイラー室は「アクロイド殺人事件」でアクロイド化学の工場として使われたケンプトン・スチーム・ミュージアムで撮影された。
冒頭のパーティー会場で、ウェアリングがポワロに声をかける直前に呼び上げられている名前は、日本語だと「リチャード・スタッブス勲爵士閣下」だが、原語は 'His Honour Judge Richard Stubbs, K. C.' で、その肩書きは判事であり、 K. C. すなわち King's Counsel は勅撰弁護士であることを表す(日本語は K. C. を A. C. (Companion of the Order of Australia) と聞きまちがえて訳されたとも思われるが、 The Order of Australia の設立は1975年であり、そもそも時代に合わない)。また、そのあと呼び上げられる名前は、日本語だとすべて本作品に出演している俳優の名前になっている(そのため、肩書きも「ミスター」ばかり)が、原語音声ではもちろんそんなことはない。とはいえ原語音声も不明瞭なので、手近なところから名前を持ってきたのだろう。ウェアリングとの会話でポワロが格言の引用元として名前を挙げる「ガータ」とはゲーテの英語風発音。ただし、2014年12月発売の DVD に収録された日本語音声では台詞が「ゲーテ」に変更されており、2015年3月以降の再放送でも修正版の音源が使われている。最終シリーズには、不正確だったり意味がとりにくかったりする吹替の台詞が多いのだが、この箇所だけわざわざ再録音されたのは、NHKオンラインのスペシャルコラム「■海外ドラマ■Au revoir、Poirot!(さよなら、ポワロ)『名探偵ポワロ』最終章 最終解説 by 岸川靖」で指摘があったことによるものだろうか。
ウェイターに扮した男性にポワロが「お役目に不満ありですか、警視正。ポワロはこのやり方をお薦めしませんでした」と言うところは、相手が「お役目」に不満なのか、ポワロの意見を退けても「このやり方」を断行したのかよくわからないが、原語では 'I feel you do not embrace your role, Chief Inspector. (役になりきれていないようですね、主任警部) Against the advice of Poirot, you have arranged this whole operation. (ポワロのアドバイスを退けて、あなたはこの作戦を手配したのです)' と言っており、前半は相手が給仕として皿を適切な高さにできていないことを指摘したのであって、自分の役割に不満を感じていることを汲み取ったニュアンスはない(日本語はおそらく embrace を「よろこんで応じる」の意味で解釈しようとしている)。また、その相手の階級は、原語だとかつてのジャップ警部と同格の chief inspector (主任警部) である。ニューヨーク市警などアメリカの inspector は警視と訳されることが多く、それに釣られて警視正と訳されたのだろうか。
ウェアリングがサー・アンソニーから手紙を見せられ、「何をすべきかわかるか?」と訊かれたのに対し、日本語では「準備は整えてあります」と言うが、原語では 'I thought this business had been addressed. (この件は処理済みと思っていましたが)' と言っており、そのために手紙を読んだ際の意外そうな表情がある。また、サー・アンソニーがウェアリングに身を隠すよう求めて「経済的な面倒はわたしが見る」と言い、「いえ、結構です」と断られて「頼もしい」と言うところは、身を隠しているあいだの経費に関する会話に聞こえるが、原語だと 'I'll make sure you get a bit of pocket money. (ちょっとした小遣いになるだろう)' 'I don't want your money, sir. (あなたのお金はいただけません)' 'Good man. (善人だな)' というやりとりで、サー・アンソニーの身代わりになってスキャンダルをかぶることへの報酬の話をしている。
バートン医師がポワロに言う「ノミのように軽やか (fit as a flea)」は、「元気な」「ぴんぴんしている」という意味の英語の慣用句である。また、彼がポワロに必要だと言う「緊張感」は原語だと another case (次の事件)。「中途半端な探偵になら、ならないほうがよかった」というポワロの弱音は、原語だと 'Better not to be a detective at all than to be the detective who has failed. (失敗を犯した探偵になるより、まったく探偵にならないほうがよかった)' という表現で、「中途半端」とは失敗を犯したことを言っている。
ポワロがウィリアムズにニータを連れ帰ってくると請けあい、「ポワロは約束します」と言った台詞は、原語だと 'Poirot, he gives to you his word.' という表現で、冒頭の事件でルシンダに「ポワロを信じてください」と請けあったのと同じ言葉になっている。
スイスでマラスコーの捜査網を敷いていた ICPC とは International Criminal Police Commission (国際刑事警察委員会) のことで、現 ICPO こと International Criminal Police Organization (国際刑事警察機構) の前身に当たる。
ケーブルカーの待合室で、ポワロがレメントイ警視から何をしているのかと訊かれて「ある人のメイド」を追っていると言うが、原語で追っているのは a lady's maid であり、これは a lady (ある女性) の maid (メイド) ではなく、 lady's maid でひと続きに「〔貴婦人付きの〕小間使」の意味である。また、警視がマラスコーについて言う「ロンドン警視庁に捕まったと思いきやまんまと逃げおおせた」という台詞は、原語では 'Scotland Yard thought they had him in London, but he got away from them. (ロンドン警視庁は捕まえた〔も同然〕と思ったが、マラスコーは逃げおおせた)' という表現で、つまりは冒頭にポワロたちがマラスコーを取り逃がした事件のことを言っている。日本語だとマラスコーが一時捕らえられたことがあるようにも聞こえるため、その正体が捜査関係者に知られていないのが不思議に感じられるかもしれない。
オリンポス・ホテルでポワロがウェアリングから「敷居とは立ち止まって考えるところ」と言われ、「この幕開けが前回よりも意義深いことを祈ります」と応じたところは、原語だと 'Let us hope that this beginning proves to be more delightful than the last. (今度の幕開けが前回より愉しいものになることを期待しましょう)' という表現で、前回同様 delightful (愉しい) という言葉が使われている。
サムシェンカが部屋に閉じこもったまま人にも会わないことについて、フランチェスコが「それは彼女の主治医の――あちらの紳士です――方針らしいのですが、本人には不本意でしょう」と言うが、原語は 'Her physician, Dr Lutz, that gentleman, non lo permette—he does not allow. (主治医のドクター・ルッツが――あちらの紳士ですが――それを認めない――彼が許さないのです)' という表現で、サムシェンカが主治医の方針に不本意とは言われていない。ひょっとすると日本語は、イタリア語を言い直した he does not allow の部分を、性別を取りちがえてサムシェンカのことと受け取ってしまったのだろうか。
ライス夫人から名前を言い当てられたウェアリングが「どうやらわたしの演技は見抜かれているようだ」と言うが、必ずしも彼が他人を演じていた気配はない。原語では 'My incognito tumbles at the first fence. (わたしの微行は最初の障碍で転倒か)' という表現で、素性を隠すつもりが最初から失敗したと言っている。また、そのあと「ひとつ訊いてもいい?」と言われて「二つ目の質問でしょう?」というやりとりも、原語では 'May I speak candidly? (率直にお話ししてもいい?)' 'Well, I suspect you're about to. (もうそのつもりでしょう)' という会話である。醜聞のあるウェアリングからクレイトン夫人を守る趣旨に聞こえる「わたしの娘にはけっして手を出さないでちょうだいね。彼女の夫が黙ってないわ。絶対に」というライス夫人の要求も、原語では 'Then I must entreat you not to engage my daughter in private discourse. (それなら、どうかお願いですからわたしの娘と個人的な会話はひかえて) My son-in-law would take a dim view of it. (彼女の夫が見たら悪く取るでしょうから) Very dim. (とても悪く)' という表現で、クレイトン夫人の夫を恐れているとも取れる表現になっている。
ウェアリングがクレイトン夫人に顔の傷について訊ねて交わされる「夫です。感情の起伏が激しくて、手がつけられなくなるの」「愛する家族に手を焼くことはある。わたしは顔を殴られはしないが」という会話は、日本語だとウェアリングが暴力的な夫を擁護しているようにも聞こえるが、原語は 'My husband has difficulty controlling his temper. Sometimes I displease him. (夫は感情の起伏が激しいんです。ときどきわたしが怒らせてしまうの)' 'Well, sometimes I displease my loved ones. They don't hit me in the face when I do it. (わたしも愛する人を怒らせることはありますよ。そうしたときでも、顔を殴られることはない)' という表現で、夫が顔を殴ることの異常さを指摘している。
ボッティチェリのゲームでのクレイトン夫人とシュワルツの、「『復活』という曲を書きました?」「音楽はからきしだめです」「マーラー」「そう、その調子」というやりとりは、日本語だとまったく噛みあっていないように聞こえるが、「音楽はからきしだめです」の原語 'I know nothing about music. (わたしは音楽のことは何もわからない)' は、マーラーの交響曲第2番「復活」の第1楽章を聞いたときにハンス・フォン・ビューローが言った「これが音楽なら、わたしは音楽のことは何もわからない」という言葉を引用したもので、つまりは間接的に正解だと認めている。「正攻法でしたね」というシュワルツの評価も、原語は 'You have earned a direct question. (ずばりの質問をしましたね)' で、直ちに正解へたどり着く質問をしたということ。
グスタフがポワロの寝室にやってきての会話は日本語だと全体的に要領をえないが、「きわどいね。ここでただこうして、待つだけさ」「あ、ノン。待つこと自体にも意味はあります」「電話線がやられ、指令が来ない。勝手には動けんからな」(中略)「ただ指令を待つだけの警官なんて、これほどみじめなものはないもんだな。あなたの指示を仰ぐことにしよう、ムッシュウ」に対応する原語は、'I'm on edge. This whole business is putting me on edge. Waiting. (落ち着かないんだ。この何もかもに落ちつかない気持ちにさせられる。待つなんて)' 'Sometimes, Lieutenant, that is all one can do is to wait. (警部、待つしかできないときもあります)' 'The telephone is down and I have no orders. I don't like to be without orders. (電話線がやられ、指令が来ない。指令がないのは嫌いだ)' (中略) 'So you'll appreciate why I am restless here without orders, waiting for him to come. Will you give me orders, monsieur? (これでどうしてぼくが指令がないと落ちつかないかわかってくれたでしょう。あなたが指令を出してくれませんか?)' という会話で、つまり他者の命令下にないと落ちつけないと主張するグスタフに、ポワロが眠るよう指示を与えて安心させているのである。なお、ポワロが最初にグスタフをドゥルエ警部と看て取って「レメントイ警視と会いましたか?」と訊いたところも、原語では 'Are you in contact with Inspector Lementeil? (レメントイ警視と連絡を取っているんですか?)' という表現で、継続的に連携が取れていることを確認していた。
ポワロがドクター・ルッツに問いかける「あなた、自然を愛しますか?」という質問は、原語だと 'Are you an admirer of Nietzsche? (あなたはニーチェの信奉者ですか?)' という質問で、翻訳の際に Nietzsche (ニーチェ) と nature (自然) を聞きまちがえたものと思われる。ニーチェの思想はナチスによって恣意的に政治利用されており、そのためにドクター・ルッツは、ポワロが遠まわしに自分がナチか探ったと解釈したのである。その後の「わたしの魂胆は何かと?」「君の商売なんだろうが」というやりとりも、原語では 'You think I try to trap you? (わたしが罠にかけようとしているとお考えで?)' 'Naturally, it is your métier. (当然だ、それが君の専門だろう)' とつづき、日本語とはニュアンスが異なる。そして、ポワロがテッド・ウィリアムズについて説明したのをドクターが「典型的な例だな」と評したのは、原語だと 'You speak to me in archetypes. (元型でものを言う)' と言っており、そこから「とてもユング的だ」という評価につながっている。「諜報筋にユングがわかるやつはおらんだろうが」の原語は 'Nobody of intelligence credits Jung. (知性ある者はユングなど信じない)' で、これは「知性」と「諜報活動」それぞれの意味を持つ intelligence のここでの意味を取り違えたもの。そして、「16号室の女性はどうです?」というポワロの質問に「はっ、フランス人か!」と反応したところは、何かのきっかけでポワロがフランス人と気づいたかのように聞こえるが、原語は 'Ha, you French! (はっ、これだからフランス人は)' という表現で、当初よりポワロをフランス人と認識した上で、患者の病状を明かすよう求める常識のなさを嘲笑している。ところで、この会話の際、ポワロの奥の建物の向こうに木が見えるが、山腹の様子を見るかぎり、ホテルのあるあたりは森林限界を超えているようで、ホテルの周囲に建物の高さを超えるような木は見えない。
ドクター・ルッツが弾いたピアノ曲は、リスト作曲のハンガリー狂詩曲第2番である。
アリスが〈ヘラクレスの難業〉の話題を出し、「ドクター・ルッツならヘラクレス型運勢とでも命名するかしら」と言うところは、精神科医の彼がどうして運勢の命名をするのかよくわからないが、原語は 'Dr Lutz should name a condition after you, the Hercules Complex. (ドクター・ルッツなら、あなたにちなんで状態に名前をつけるわ、ヘラクレス・コンプレックスって)' という表現である。原語ではその前後でも宿命や運勢といった話はしておらず、つづく「すべての障碍を乗り越える運勢。マラスコーを追いかけるのも当然だわ。宿命だもの」というアリスの台詞も、原語は 'The compulsion to conquer all obstacles, however forbidding. (あらゆる障碍を克服したい衝動――それがどんなに険しくとも) It is why you're driven to chase Marrascaud. (だからあなたはマラスコーの追跡に駆り立てられる) You simply have to. (ただそうせざるをえない)' という表現で、ポワロの精神分析をしている。
シュワルツがポワロに持ちかけたボッティチェリのゲームで、日本語で「マーラー」と言っているときに原語で言っているのは Mickey Mouse。それがディズニーを連想させて、次の頭文字 D が導かれていると思われる。
アリスが襲われたときは自分の部屋にいたと言ったウェアリングは、ポワロに「顔色が変わりましたね。何か気まずいことでも?」と言われて、「言うから、そう責めないでくれ」と言いながら、そのあと特に何も告白しない。原語でのやりとりは、 'So, why do you blush to say this? (それを言うのにどうして照れるんです?) Was there another person with you? (誰かと一緒でしたか?)' 'I say, don't be so offensive. (おいおい、そう責めないでくれ)' という表現で、 I say は何かを言うという意思表示ではなく、驚きなどを表す間投詞的表現である。なお、アリスの「わたしも他人のことはいえないの」というフォローも、原語ではもうすこし具体的に 'My bedroom's full of people who aren't supposed to be there. (わたしの寝室も、そこにはいないはずの人でいっぱいだから)' と言っている。一方、ポワロがウェアリングに対してクレイトン夫人のことを「あなたと関係を持った妻」と表現したところは、原語だと the wife with whom you are in love (あなたが恋をしている妻) で、日本語のほうが踏み込んだニュアンスがある。
ポワロとロサコフ伯爵夫人のテーブルにシュワルツがやってきたとき、伯爵夫人が「あなたのその滑稽さ、吹き出しそうだわ」と言った台詞は、原語だと 'If you ask me to guess who you are I shall scream. (もし自分が誰か当てろというなら叫び声をあげるわよ)' となっていて、シュワルツがまたボッティチェリを持ちかけるのを牽制している。また、サムシェンカがディナーに現れたのに伯爵夫人が驚き、「ついに来たわね」と言ったところは、原語だと 'So she is here. (それじゃ彼女はここにいたの)' という表現で、サムシェンカの顔は認識していても、彼女が同じホテルに滞在していたことをあらかじめ知っていたニュアンスはない。
短波無線の機材があることを聞いたポワロの反応は、日本語だと「無線? それで十分」と受容的な評価だが、原語は « Excellent. Ça, c'est la bonne formule. (すばらしい。それ〔短波〕は絶好の方式です) » という反応で、日本語よりずっと高評価である。実際、短波は長距離通信に使われる波長であって、日本語のドゥルエ警部は「いや、こんな山奥では無理でしょう」と言うが、山奥というだけで使えなくなるものなら、そもそもそんな機材は持ち込まないはずである(もっとも、日本語では警部が無線機を持ち込んだとは限らない表現になっているけど)。原語の警部は 'No, up here it doesn't work, It has never worked. (いや、ここでは使えないんです。一度もつながったことがなくて)' と言っており、当初は使えるつもりで使ってみたが成功例がなかったという趣旨である。
ポワロがその話し方についてドクター・ルッツから「なぜ君はいつも三人称で話すんだ。意図を明確にしたまえ」と詰め寄られる場面があるが、ポワロが自分のことを三人称で話すのは「いつも」ではなく、また二人称を使うべき箇所で三人称を使うこともない。ドクターの台詞は原語だと 'Why do you insist on reffering to yourself in the third person? (なぜ君は自分を三人称で話そうとするんだ) It is intensely irritating. (無性にいらいらする)' という表現で、「いつも」とまでは言っておらず、また質問の体裁を取ってはいても趣旨は抗議であることがわかる。そして、それに対するポワロの回答も、日本語だと「標的とのあいだに安全な距離を保つためです」という表現で、捜査対象から身を守る意図のように聞こえるが、原語では 'it helps Poirot achieve a healthy distance from his genius. (ポワロの才能から適切な距離を取る役に立つからです)' と答えていて、むしろ(優秀な)自分を離れて一般性を確保するためという趣旨である。したがって、それを聞いたロサコフ伯爵夫人が後ろで吹き出しているのも、その回答がかえってポワロの無自覚なうぬぼれを表しているのみならず、ドクターの苛立ちを収めるようなものではまったくなかったためと思われる。
謎解きにあたりポワロが、宿泊客を「20分以内に」食堂へ集めるようフランチェスコに頼むが、原語は 'in twenty minutes (20分後に)' と言っている。このような用法での in は未来の時間一点を指し、「以内」のニュアンスはない(「以内」の場合には within を用いる)。
サー・アンソニー・モーガン役のパトリック・ライカートは「もの言えぬ証人」のチャールズ・アランデル役以来の「名探偵ポワロ」再出演。ドクター・ルッツ役のサイモン・キャローは、ジェラルディン・マクイーワン主演の「ミス・マープル」シリーズ「書斎の死体」のメルチェット大佐役や、ジョン・ソウ主演の「主任警部モース」シリーズ「消えた装身具」のドクター・シオドア・ケンプ役、アリス・カニンガム役のエレノア・トムリンソンとエルシー・クレイトン役のモーヴェン・クリスティーは、ビル・ナイ主演の「無実はさいなむ」のメアリー・デュラント役とカーステン・リンドストローム役、ドクター・バートン役のトム・チャドボンは、ジェレミー・ブレット主演の「シャーロック・ホームズの冒険」の「赤い輪」および「ボール箱」のホーキンズ警部役でも見ることができる。
自室でベッドから跳ね起きるサムシェンカの声や、シュワルツがラウンジでポワロのそばに腰を下ろして息をつく音は、日本語音声でも吹き替えられずに原語音声のままである。
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ポワロが〈フィリップ・クレイトン殺害〉の顚末について語る際、「あなた〔ウェアリング〕が戻ってくるタイミングを計りながら〔クレイトン夫人とライス夫人はフィリップ・クレイトンの遺体を始末した〕」と言うが、ウェアリングはクレイトン夫人の部屋へは戻らず、まずライス夫人がウェアリングを訪ね、そのあとクレイトン夫人とライス夫人が二人でウェアリングを訪ねていた。原語のポワロの台詞は 'But malheureusement, they were observed. (ところがあいにく、二人は見られた) And then they came to you, and... (そのあと二人はあなたのところを訪れ、そして……)' という表現で、ホテルのスタッフに目撃されて恐喝されたという話を二人がウェアリングに伝えた流れが言及されている。なお、ライス夫人の一人二役ということになっている〈フィリップ・クレイトン〉の日本語音声の声は、ライス夫人の吹替を担当した瀬田ひろ美さんが実際に演じている[4]。
シュワルツことドゥルエ警部がロベールの遺体の前で「わたしは身分を隠していたのに」と言った際、原語では 'I have nothing to identify me. (わたしの身許を特定するものは何も持っていないのに)' と言っていたが、そのあと彼はロサコフ伯爵夫人にドゥルエとしての身分証を呈示する。
謎解き冒頭、ポワロがテレビン油で絵を拭くのを見てウェアリングが言った「ぜんぶ消すには液の量が足りないのでは?」という台詞は、原語だと 'That amount of spirit, monsieur, you might wipe off an Alp. (その液の量では山一つ消してしまいますよ)' という表現で、ほぼ逆の意味である。そのあと発せられるウェアリングの「ほらね」という台詞も、山が消えてきたのを受けてのもの。そして、下から別の絵が現れたあとのウェアリングとポワロの「こりゃ驚いたな」「外務省でも関心の的だったのでは?」というやりとりは、原語だと 'Well, I'm a ruddy Chinaman.' 'Spoken like a true officer in His Majesty's Foreign Office. (イギリスの外務官僚にふさわしい言い方ですね)' という台詞で、 Chinaman という政治的に好ましくない単語を外務次官のウェアリングが用い、それをポワロが皮肉る流れだった。そして、その偽装された絵は「マラスコーが奪ってきたものを売りさばく人物を」待っているとポワロは言うが、原語は 'For the fence of Marrasucaud's to find a purchaser for the collection. (マラスコーの故買人がコレクションの買い手を見つけてくるのを)' で、待たれているのはその人物が買い手を見つけることである。
ポワロがサムシェンカにレターケースをいったん返そうとしながら、「中身を見せていただけませんか?」「ムッシュウ・ドゥルエは警察官です。彼に中身をあらためてもらうというのはどうです?」と言うところは、日本語だとより受け入れやすい提案をしているように聞こえるが、原語は 'I must insist that you show to Poirot its contents. (ぜひポワロに中身を見せてください)' 'The lieutenant Drouet is a policeman. (ドゥルエ警部は警察官です) Would you prefer him to show us the contents of your writing case? (彼にレターケースの中身を開示してもらうほうがいいですか?)' という表現で、むしろ官権をちらつかせて断れないようにしている。
ロサコフ伯爵夫人がライス夫人からブローチを盗んだことについて「〔ライス夫人にこのブローチは〕山の中では必要ないでしょうし」と言うところは、人里離れた山中のホテルではお洒落をしても意味がないと言っているようにも聞こえるが、原語は 'She won't be needing it to go down mountain. (山を下るのに必要ないでしょうし)' という表現で、ホテルを出て山の中を歩いていくのに装飾品は不要というニュアンス。しかし、ブローチが盗まれたのは、ライス夫人が山を下りねばならない状況になるより前のことである。
謎解きのなかでポワロがアリスの研究対象に言及し、「そして、自分を捜しまわる探偵の、翼の下に隠れることをもっとも得意としている」と言ったところは、原語だと 'How deliciously pure it would be, mademoiselle, to conceal yourself under the wing of the very detective who searches for you? (自分を捜すその探偵の翼の下に隠れることができたら、どれだけ興味深いことでしょう?)' という仮定の質問であり、それが犯罪の手口と探偵の思考という学究的興味に合致するはずだといっているのであって、この時点ではアリスをマラスコーと断定していない。
ウェアリングに連れてこられたクレイトン夫人とライス夫人に対してポワロが言う「天 網 恢々 疎にしてもらさずと言いますが、あなたたちは誰が見ても邪悪だ」という台詞は、原語だと 'No, mesdames, justice, it will surely be meted out to you, for you are predatory and malign! (いいえ、メダム、正義は必ずあなた方に下されます。他人を食いものにして害をなしているのだから)' という表現で、原因と結果が逆転しており、応報や必罰を重視するポワロの考え方が示されている。
アリス襲撃事件に関してポワロが言う「そしてこの襲撃こそがポワロのまわりからにおいを消し去った」という台詞は何を言っているのかよくわからないが、原語は 'And that this attack was a device most cynical to throw Poirot off the scent? (そして、その襲撃はポワロの追跡を撒くための冷笑的な計略だったのでは?)' という表現で、自分がマラスコーから狙われているように見せる偽装だったのではないかと言っている。そして、それに応じたアリスの「お望みなら、わたしを苦しめているものの正体をお教えしましょうか?」という台詞も、原語では 'Would you like me to describe the intimate parts of my tormentor, monsieur? (襲ってきた犯人の大事なところを詳しく描写してほしいの?) They were on display. (ご出品だったけれど)' という表現で、揶揄を込めつつ襲撃は本当にあったという主張をしている。
グスタフがマラスコーに会ったときのことを「顔全体は見えなかったが、お互いに目と目が合ったんだ」と言っていたのが、謎解きの際には「目と目が合った。射すくめられたさ」と回想されるが、原語は 'I saw his eyes. (彼の目を見た) He looked directly at me. (まっすぐ僕を見つめていた)' で同じである。
アリスは「〔マラスコーがロサコフ伯爵夫人とアリスの〕どっちなのか、とりあえずこの手帳に書いておくわ。ムッシュウ・ポワロが最後に突きとめる正体が、どっちなのか」と言っていたはずだが、実際に手帳(と呼ぶにはすこし大きい気もするけど)に書かれていた名前は「ルッツ」。アリスの発言は原語だと 'I shall write down who I think it is in the margin of this book. (このノートの余白に〔マラスコーの正体を〕わたしが誰だと思っているか書いておくわ) So, when Monsieur Poirot unmasks the killer, we shall see if I'm right. (そうすれば、ムッシュウ・ポワロが殺人犯を暴いたときに、わたしが正しいかわかるもの)' という表現で、候補をロサコフ伯爵夫人とアリスだけに限定していなかった。そして、アリスが手帳にルッツの名を書いたことについてポワロが言う「あなた〔ルッツ〕を当局に売り渡すための偶発性を狙ったとも言えます。そして図らずもこの犬が、あなたの役目が終わったことを教えてくれたのです」という台詞は、何を言いたいのかよくわからないが、原語は 'The contingency plan, mein Herr, to betray you. (いざというときに、あなたを売り渡す計画だったのです) Although you had already been betrayed to Poirot by the greeting so familiar of the little dog. (もっとも、この犬が親しく挨拶したことで、あなたはすでにポワロへ売り渡されていましたが)' という表現で、前半はいざというときはドクター・ルッツへ罪を着せる腹づもりであったということであり、後半は初対面のポワロには無反応だったビンキーがドクター・ルッツにはうなり声をあげたのを見て、彼がアリスと馴染みの間柄であることをポワロが見抜いていたということである。
ロサコフ伯爵夫人に向けて銃を構えたアリスを静止したポワロに対し、彼女が「あなたの負けよ。策を弄して策にはまったのよ。あきらめるのね」と言ったところは、ポワロが弄したという策が何なのかよくわからないが、原語だと 'Mistake, Poirot, because for the sheer, childish pleasure of proving you wrong. (そんなことないわ。あなたがまちがえたと証明できるだけでただ子供みたいに愉しいもの)' という表現で、ポワロに後悔を与えられるだけでも動機としては十分だと言っている。
下山したらしきライス夫人とクレイトン夫人のあとを追おうとしたウェアリングに対して、ポワロが「無意味な英雄気取りはあなた自身の単なる気休めにしかなりませんぞ――何の役にも立たない」と言ったところは、原語だと 'The opportunity to make yourself feel better by doing something senselessly heroic may yet present itself, but... this is not it. (無意味な英雄気取りをすることで気休めとなる機会はいつかあるかもしれません。でも――今回はちがいます)' という表現で、気休めの価値自体は否定しておらず、ただ今はそのときではないと言っている。これはつまり、二人の下山は偽装だとポワロは見抜いており、ウェアリングが演技をつづけても無駄である、あるいは二人のためにそのようなことをしても報われないと言っているのである。一方、伯爵夫人をかばったウェアリングが、「無意味なパフォーマンスだったってわけだな、ムッシュウ。そうだろう、もうあんなことはご免こうむりたいよ」と言うのは、原語だと 'Does that count as a senselessly heroic act, monsieur? I hope it does, because I really don't want to have to do that ever again. (今のは無意味な英雄気取りになりますか、ムッシュウ? そうであってほしい、なぜならあんなことをする羽目にはもう二度と陥りたくないから)' という表現で、ポワロから無意味な英雄気取りを留められていたことを受けての発言であって、「今回の行為が無意味であってくれれば、懲りて二度としなくなれるのに」というニュアンスである。それを受けたポワロの「そうでしょうな、ムッシュウ」という台詞も、原語では 'I believe that it does, monsieur. (なると思いますよ)' と言っていて、「だからもう大丈夫」と請けあう言外の優しさが込められている。
ドクター・ルッツが、レメントイ警視に捨てるよう言われた銃を指して言う「客観的相関物」とは、「複数の時計」でもその名が言及された英国の詩人であり批評家であるT・S・エリオットが、シェークスピアの『ハムレット』を批判する際に用いたことで知られる言葉で、本人が自分の心情を主観的・直接的に表現した言葉によらず、その心情を示す物や出来事を言う。この場面で言えば、銃がドクターの抵抗や逃亡の意思を表す客観的相関物であり、それを置くことによって投降の意思が示される。
本作品での伯爵夫人は、出会い方こそ原作の「ケルベロスの捕獲」を思わせるが、最後はポワロと決別し、ポワロとの関係においては原作とは真逆の結末を迎える。「オリエント急行の殺人」につづき、「カーテン 〜ポワロ最後の事件〜」を控える最終シリーズ各作品の犯人たちは、犯人と犯人以外の無実の人間(そこには、これまでの作品でずっと容疑の完全な埒外にあったポワロすらも含む)のあいだに厳然と存在した境界を揺さぶり、その向こうにポワロがもっとも大事にするもの、そしてそれにまつわる業(は仏教の概念だけど)を浮かび上がらせようとする演出意図が通底しており、本作品の結末もその一環としての脚色なのだろう。
ポワロが想いを寄せた女性、ロサコフ伯爵夫人が再登場。ただし、キャストは「二重の手がかり」のキカ・マーカムではなくオーラ・ブレイディに交代し、吹替も久野綾希子さんから唐沢潤さんへ交代した。ロサコフ伯爵夫人は、原作では「ビッグ・フォー」でも一度再登場していたが、ドラマでは脚色に伴ってカットされている。一方、ドラマの「メソポタミア殺人事件」では、ロサコフ伯爵夫人をめぐる、原作にはないサイドストーリーが展開されていた。本作でポワロと再会した際にロサコフ伯爵夫人が言う「ほんと、しばらくね」という台詞は、原語だと 'Twenty years! (20年ぶり)' と具体的な数字を出しているが、「二重の手がかり」も本作品も劇中の時期設定は不明ながら、いずれもいつもの1930年代から大きくずれているようには見えない。伯爵夫人との再会が20年ぶりというのは原作短篇「ケルベロスの捕獲」(『ヘラクレスの冒険』収録版)の設定に基づくもので、「ビッグ・フォー」原作(雑誌掲載1924年、単行本刊行1927年)から「ケルベロスの捕獲」(雑誌掲載・単行本刊行ともに1947年)までは実際に約20年の期間が空いている。
撮影時期は2013年4月から5月[3]。冒頭のパーティー会場は、ヘレン・ヘイズ主演の「魔術の殺人」ではストーニーゲイツとして使われた、ハートフォードシャーのブロケット・ホール。ポワロがウィリアムズの車で向かったのは、「五匹の子豚」や「ビッグ・フォー」でも邸宅の内外が撮影に使われたサイアン・パークの温室前。最初にウィリアムズが車を止める場面では、先にカメラテストで車を走らせたのか、地面にすでにタイヤの跡がある。スイスのロシェネージュということになっているケーブルカーの撮影はフランスのイゼール県サン・ティレールでおこなわれているが、オリンポス・ホテルに使われた建物はイギリス国内バッキンガムシャーにあるホルトン・ハウスで、アルプスの景色は合成、雪も偽物。ホテルのボイラー室は「アクロイド殺人事件」でアクロイド化学の工場として使われたケンプトン・スチーム・ミュージアムで撮影された。
冒頭のパーティー会場で、ウェアリングがポワロに声をかける直前に呼び上げられている名前は、日本語だと「リチャード・スタッブス勲爵士閣下」だが、原語は 'His Honour Judge Richard Stubbs, K. C.' で、その肩書きは判事であり、 K. C. すなわち King's Counsel は勅撰弁護士であることを表す(日本語は K. C. を A. C. (Companion of the Order of Australia) と聞きまちがえて訳されたとも思われるが、 The Order of Australia の設立は1975年であり、そもそも時代に合わない)。また、そのあと呼び上げられる名前は、日本語だとすべて本作品に出演している俳優の名前になっている(そのため、肩書きも「ミスター」ばかり)が、原語音声ではもちろんそんなことはない。とはいえ原語音声も不明瞭なので、手近なところから名前を持ってきたのだろう。ウェアリングとの会話でポワロが格言の引用元として名前を挙げる「ガータ」とはゲーテの英語風発音。ただし、2014年12月発売の DVD に収録された日本語音声では台詞が「ゲーテ」に変更されており、2015年3月以降の再放送でも修正版の音源が使われている。最終シリーズには、不正確だったり意味がとりにくかったりする吹替の台詞が多いのだが、この箇所だけわざわざ再録音されたのは、NHKオンラインのスペシャルコラム「■海外ドラマ■Au revoir、Poirot!(さよなら、ポワロ)『名探偵ポワロ』最終章 最終解説 by 岸川靖」で指摘があったことによるものだろうか。
ウェイターに扮した男性にポワロが「お役目に不満ありですか、警視正。ポワロはこのやり方をお薦めしませんでした」と言うところは、相手が「お役目」に不満なのか、ポワロの意見を退けても「このやり方」を断行したのかよくわからないが、原語では 'I feel you do not embrace your role, Chief Inspector. (役になりきれていないようですね、主任警部) Against the advice of Poirot, you have arranged this whole operation. (ポワロのアドバイスを退けて、あなたはこの作戦を手配したのです)' と言っており、前半は相手が給仕として皿を適切な高さにできていないことを指摘したのであって、自分の役割に不満を感じていることを汲み取ったニュアンスはない(日本語はおそらく embrace を「よろこんで応じる」の意味で解釈しようとしている)。また、その相手の階級は、原語だとかつてのジャップ警部と同格の chief inspector (主任警部) である。ニューヨーク市警などアメリカの inspector は警視と訳されることが多く、それに釣られて警視正と訳されたのだろうか。
ウェアリングがサー・アンソニーから手紙を見せられ、「何をすべきかわかるか?」と訊かれたのに対し、日本語では「準備は整えてあります」と言うが、原語では 'I thought this business had been addressed. (この件は処理済みと思っていましたが)' と言っており、そのために手紙を読んだ際の意外そうな表情がある。また、サー・アンソニーがウェアリングに身を隠すよう求めて「経済的な面倒はわたしが見る」と言い、「いえ、結構です」と断られて「頼もしい」と言うところは、身を隠しているあいだの経費に関する会話に聞こえるが、原語だと 'I'll make sure you get a bit of pocket money. (ちょっとした小遣いになるだろう)' 'I don't want your money, sir. (あなたのお金はいただけません)' 'Good man. (善人だな)' というやりとりで、サー・アンソニーの身代わりになってスキャンダルをかぶることへの報酬の話をしている。
バートン医師がポワロに言う「ノミのように軽やか (fit as a flea)」は、「元気な」「ぴんぴんしている」という意味の英語の慣用句である。また、彼がポワロに必要だと言う「緊張感」は原語だと another case (次の事件)。「中途半端な探偵になら、ならないほうがよかった」というポワロの弱音は、原語だと 'Better not to be a detective at all than to be the detective who has failed. (失敗を犯した探偵になるより、まったく探偵にならないほうがよかった)' という表現で、「中途半端」とは失敗を犯したことを言っている。
ポワロがウィリアムズにニータを連れ帰ってくると請けあい、「ポワロは約束します」と言った台詞は、原語だと 'Poirot, he gives to you his word.' という表現で、冒頭の事件でルシンダに「ポワロを信じてください」と請けあったのと同じ言葉になっている。
スイスでマラスコーの捜査網を敷いていた ICPC とは International Criminal Police Commission (国際刑事警察委員会) のことで、現 ICPO こと International Criminal Police Organization (国際刑事警察機構) の前身に当たる。
ケーブルカーの待合室で、ポワロがレメントイ警視から何をしているのかと訊かれて「ある人のメイド」を追っていると言うが、原語で追っているのは a lady's maid であり、これは a lady (ある女性) の maid (メイド) ではなく、 lady's maid でひと続きに「〔貴婦人付きの〕小間使」の意味である。また、警視がマラスコーについて言う「ロンドン警視庁に捕まったと思いきやまんまと逃げおおせた」という台詞は、原語では 'Scotland Yard thought they had him in London, but he got away from them. (ロンドン警視庁は捕まえた〔も同然〕と思ったが、マラスコーは逃げおおせた)' という表現で、つまりは冒頭にポワロたちがマラスコーを取り逃がした事件のことを言っている。日本語だとマラスコーが一時捕らえられたことがあるようにも聞こえるため、その正体が捜査関係者に知られていないのが不思議に感じられるかもしれない。
オリンポス・ホテルでポワロがウェアリングから「敷居とは立ち止まって考えるところ」と言われ、「この幕開けが前回よりも意義深いことを祈ります」と応じたところは、原語だと 'Let us hope that this beginning proves to be more delightful than the last. (今度の幕開けが前回より愉しいものになることを期待しましょう)' という表現で、前回同様 delightful (愉しい) という言葉が使われている。
サムシェンカが部屋に閉じこもったまま人にも会わないことについて、フランチェスコが「それは彼女の主治医の――あちらの紳士です――方針らしいのですが、本人には不本意でしょう」と言うが、原語は 'Her physician, Dr Lutz, that gentleman, non lo permette—he does not allow. (主治医のドクター・ルッツが――あちらの紳士ですが――それを認めない――彼が許さないのです)' という表現で、サムシェンカが主治医の方針に不本意とは言われていない。ひょっとすると日本語は、イタリア語を言い直した he does not allow の部分を、性別を取りちがえてサムシェンカのことと受け取ってしまったのだろうか。
ライス夫人から名前を言い当てられたウェアリングが「どうやらわたしの演技は見抜かれているようだ」と言うが、必ずしも彼が他人を演じていた気配はない。原語では 'My incognito tumbles at the first fence. (わたしの微行は最初の障碍で転倒か)' という表現で、素性を隠すつもりが最初から失敗したと言っている。また、そのあと「ひとつ訊いてもいい?」と言われて「二つ目の質問でしょう?」というやりとりも、原語では 'May I speak candidly? (率直にお話ししてもいい?)' 'Well, I suspect you're about to. (もうそのつもりでしょう)' という会話である。醜聞のあるウェアリングからクレイトン夫人を守る趣旨に聞こえる「わたしの娘にはけっして手を出さないでちょうだいね。彼女の夫が黙ってないわ。絶対に」というライス夫人の要求も、原語では 'Then I must entreat you not to engage my daughter in private discourse. (それなら、どうかお願いですからわたしの娘と個人的な会話はひかえて) My son-in-law would take a dim view of it. (彼女の夫が見たら悪く取るでしょうから) Very dim. (とても悪く)' という表現で、クレイトン夫人の夫を恐れているとも取れる表現になっている。
ウェアリングがクレイトン夫人に顔の傷について訊ねて交わされる「夫です。感情の起伏が激しくて、手がつけられなくなるの」「愛する家族に手を焼くことはある。わたしは顔を殴られはしないが」という会話は、日本語だとウェアリングが暴力的な夫を擁護しているようにも聞こえるが、原語は 'My husband has difficulty controlling his temper. Sometimes I displease him. (夫は感情の起伏が激しいんです。ときどきわたしが怒らせてしまうの)' 'Well, sometimes I displease my loved ones. They don't hit me in the face when I do it. (わたしも愛する人を怒らせることはありますよ。そうしたときでも、顔を殴られることはない)' という表現で、夫が顔を殴ることの異常さを指摘している。
ボッティチェリのゲームでのクレイトン夫人とシュワルツの、「『復活』という曲を書きました?」「音楽はからきしだめです」「マーラー」「そう、その調子」というやりとりは、日本語だとまったく噛みあっていないように聞こえるが、「音楽はからきしだめです」の原語 'I know nothing about music. (わたしは音楽のことは何もわからない)' は、マーラーの交響曲第2番「復活」の第1楽章を聞いたときにハンス・フォン・ビューローが言った「これが音楽なら、わたしは音楽のことは何もわからない」という言葉を引用したもので、つまりは間接的に正解だと認めている。「正攻法でしたね」というシュワルツの評価も、原語は 'You have earned a direct question. (ずばりの質問をしましたね)' で、直ちに正解へたどり着く質問をしたということ。
グスタフがポワロの寝室にやってきての会話は日本語だと全体的に要領をえないが、「きわどいね。ここでただこうして、待つだけさ」「あ、ノン。待つこと自体にも意味はあります」「電話線がやられ、指令が来ない。勝手には動けんからな」(中略)「ただ指令を待つだけの警官なんて、これほどみじめなものはないもんだな。あなたの指示を仰ぐことにしよう、ムッシュウ」に対応する原語は、'I'm on edge. This whole business is putting me on edge. Waiting. (落ち着かないんだ。この何もかもに落ちつかない気持ちにさせられる。待つなんて)' 'Sometimes, Lieutenant, that is all one can do is to wait. (警部、待つしかできないときもあります)' 'The telephone is down and I have no orders. I don't like to be without orders. (電話線がやられ、指令が来ない。指令がないのは嫌いだ)' (中略) 'So you'll appreciate why I am restless here without orders, waiting for him to come. Will you give me orders, monsieur? (これでどうしてぼくが指令がないと落ちつかないかわかってくれたでしょう。あなたが指令を出してくれませんか?)' という会話で、つまり他者の命令下にないと落ちつけないと主張するグスタフに、ポワロが眠るよう指示を与えて安心させているのである。なお、ポワロが最初にグスタフをドゥルエ警部と看て取って「レメントイ警視と会いましたか?」と訊いたところも、原語では 'Are you in contact with Inspector Lementeil? (レメントイ警視と連絡を取っているんですか?)' という表現で、継続的に連携が取れていることを確認していた。
ポワロがドクター・ルッツに問いかける「あなた、自然を愛しますか?」という質問は、原語だと 'Are you an admirer of Nietzsche? (あなたはニーチェの信奉者ですか?)' という質問で、翻訳の際に Nietzsche (ニーチェ) と nature (自然) を聞きまちがえたものと思われる。ニーチェの思想はナチスによって恣意的に政治利用されており、そのためにドクター・ルッツは、ポワロが遠まわしに自分がナチか探ったと解釈したのである。その後の「わたしの魂胆は何かと?」「君の商売なんだろうが」というやりとりも、原語では 'You think I try to trap you? (わたしが罠にかけようとしているとお考えで?)' 'Naturally, it is your métier. (当然だ、それが君の専門だろう)' とつづき、日本語とはニュアンスが異なる。そして、ポワロがテッド・ウィリアムズについて説明したのをドクターが「典型的な例だな」と評したのは、原語だと 'You speak to me in archetypes. (元型でものを言う)' と言っており、そこから「とてもユング的だ」という評価につながっている。「諜報筋にユングがわかるやつはおらんだろうが」の原語は 'Nobody of intelligence credits Jung. (知性ある者はユングなど信じない)' で、これは「知性」と「諜報活動」それぞれの意味を持つ intelligence のここでの意味を取り違えたもの。そして、「16号室の女性はどうです?」というポワロの質問に「はっ、フランス人か!」と反応したところは、何かのきっかけでポワロがフランス人と気づいたかのように聞こえるが、原語は 'Ha, you French! (はっ、これだからフランス人は)' という表現で、当初よりポワロをフランス人と認識した上で、患者の病状を明かすよう求める常識のなさを嘲笑している。ところで、この会話の際、ポワロの奥の建物の向こうに木が見えるが、山腹の様子を見るかぎり、ホテルのあるあたりは森林限界を超えているようで、ホテルの周囲に建物の高さを超えるような木は見えない。
ドクター・ルッツが弾いたピアノ曲は、リスト作曲のハンガリー狂詩曲第2番である。
アリスが〈ヘラクレスの難業〉の話題を出し、「ドクター・ルッツならヘラクレス型運勢とでも命名するかしら」と言うところは、精神科医の彼がどうして運勢の命名をするのかよくわからないが、原語は 'Dr Lutz should name a condition after you, the Hercules Complex. (ドクター・ルッツなら、あなたにちなんで状態に名前をつけるわ、ヘラクレス・コンプレックスって)' という表現である。原語ではその前後でも宿命や運勢といった話はしておらず、つづく「すべての障碍を乗り越える運勢。マラスコーを追いかけるのも当然だわ。宿命だもの」というアリスの台詞も、原語は 'The compulsion to conquer all obstacles, however forbidding. (あらゆる障碍を克服したい衝動――それがどんなに険しくとも) It is why you're driven to chase Marrascaud. (だからあなたはマラスコーの追跡に駆り立てられる) You simply have to. (ただそうせざるをえない)' という表現で、ポワロの精神分析をしている。
シュワルツがポワロに持ちかけたボッティチェリのゲームで、日本語で「マーラー」と言っているときに原語で言っているのは Mickey Mouse。それがディズニーを連想させて、次の頭文字 D が導かれていると思われる。
アリスが襲われたときは自分の部屋にいたと言ったウェアリングは、ポワロに「顔色が変わりましたね。何か気まずいことでも?」と言われて、「言うから、そう責めないでくれ」と言いながら、そのあと特に何も告白しない。原語でのやりとりは、 'So, why do you blush to say this? (それを言うのにどうして照れるんです?) Was there another person with you? (誰かと一緒でしたか?)' 'I say, don't be so offensive. (おいおい、そう責めないでくれ)' という表現で、 I say は何かを言うという意思表示ではなく、驚きなどを表す間投詞的表現である。なお、アリスの「わたしも他人のことはいえないの」というフォローも、原語ではもうすこし具体的に 'My bedroom's full of people who aren't supposed to be there. (わたしの寝室も、そこにはいないはずの人でいっぱいだから)' と言っている。一方、ポワロがウェアリングに対してクレイトン夫人のことを「あなたと関係を持った妻」と表現したところは、原語だと the wife with whom you are in love (あなたが恋をしている妻) で、日本語のほうが踏み込んだニュアンスがある。
ポワロとロサコフ伯爵夫人のテーブルにシュワルツがやってきたとき、伯爵夫人が「あなたのその滑稽さ、吹き出しそうだわ」と言った台詞は、原語だと 'If you ask me to guess who you are I shall scream. (もし自分が誰か当てろというなら叫び声をあげるわよ)' となっていて、シュワルツがまたボッティチェリを持ちかけるのを牽制している。また、サムシェンカがディナーに現れたのに伯爵夫人が驚き、「ついに来たわね」と言ったところは、原語だと 'So she is here. (それじゃ彼女はここにいたの)' という表現で、サムシェンカの顔は認識していても、彼女が同じホテルに滞在していたことをあらかじめ知っていたニュアンスはない。
短波無線の機材があることを聞いたポワロの反応は、日本語だと「無線? それで十分」と受容的な評価だが、原語は « Excellent. Ça, c'est la bonne formule. (すばらしい。それ〔短波〕は絶好の方式です) » という反応で、日本語よりずっと高評価である。実際、短波は長距離通信に使われる波長であって、日本語のドゥルエ警部は「いや、こんな山奥では無理でしょう」と言うが、山奥というだけで使えなくなるものなら、そもそもそんな機材は持ち込まないはずである(もっとも、日本語では警部が無線機を持ち込んだとは限らない表現になっているけど)。原語の警部は 'No, up here it doesn't work, It has never worked. (いや、ここでは使えないんです。一度もつながったことがなくて)' と言っており、当初は使えるつもりで使ってみたが成功例がなかったという趣旨である。
ポワロがその話し方についてドクター・ルッツから「なぜ君はいつも三人称で話すんだ。意図を明確にしたまえ」と詰め寄られる場面があるが、ポワロが自分のことを三人称で話すのは「いつも」ではなく、また二人称を使うべき箇所で三人称を使うこともない。ドクターの台詞は原語だと 'Why do you insist on reffering to yourself in the third person? (なぜ君は自分を三人称で話そうとするんだ) It is intensely irritating. (無性にいらいらする)' という表現で、「いつも」とまでは言っておらず、また質問の体裁を取ってはいても趣旨は抗議であることがわかる。そして、それに対するポワロの回答も、日本語だと「標的とのあいだに安全な距離を保つためです」という表現で、捜査対象から身を守る意図のように聞こえるが、原語では 'it helps Poirot achieve a healthy distance from his genius. (ポワロの才能から適切な距離を取る役に立つからです)' と答えていて、むしろ(優秀な)自分を離れて一般性を確保するためという趣旨である。したがって、それを聞いたロサコフ伯爵夫人が後ろで吹き出しているのも、その回答がかえってポワロの無自覚なうぬぼれを表しているのみならず、ドクターの苛立ちを収めるようなものではまったくなかったためと思われる。
謎解きにあたりポワロが、宿泊客を「20分以内に」食堂へ集めるようフランチェスコに頼むが、原語は 'in twenty minutes (20分後に)' と言っている。このような用法での in は未来の時間一点を指し、「以内」のニュアンスはない(「以内」の場合には within を用いる)。
サー・アンソニー・モーガン役のパトリック・ライカートは「もの言えぬ証人」のチャールズ・アランデル役以来の「名探偵ポワロ」再出演。ドクター・ルッツ役のサイモン・キャローは、ジェラルディン・マクイーワン主演の「ミス・マープル」シリーズ「書斎の死体」のメルチェット大佐役や、ジョン・ソウ主演の「主任警部モース」シリーズ「消えた装身具」のドクター・シオドア・ケンプ役、アリス・カニンガム役のエレノア・トムリンソンとエルシー・クレイトン役のモーヴェン・クリスティーは、ビル・ナイ主演の「無実はさいなむ」のメアリー・デュラント役とカーステン・リンドストローム役、ドクター・バートン役のトム・チャドボンは、ジェレミー・ブレット主演の「シャーロック・ホームズの冒険」の「赤い輪」および「ボール箱」のホーキンズ警部役でも見ることができる。
自室でベッドから跳ね起きるサムシェンカの声や、シュワルツがラウンジでポワロのそばに腰を下ろして息をつく音は、日本語音声でも吹き替えられずに原語音声のままである。
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ポワロが〈フィリップ・クレイトン殺害〉の顚末について語る際、「あなた〔ウェアリング〕が戻ってくるタイミングを計りながら〔クレイトン夫人とライス夫人はフィリップ・クレイトンの遺体を始末した〕」と言うが、ウェアリングはクレイトン夫人の部屋へは戻らず、まずライス夫人がウェアリングを訪ね、そのあとクレイトン夫人とライス夫人が二人でウェアリングを訪ねていた。原語のポワロの台詞は 'But malheureusement, they were observed. (ところがあいにく、二人は見られた) And then they came to you, and... (そのあと二人はあなたのところを訪れ、そして……)' という表現で、ホテルのスタッフに目撃されて恐喝されたという話を二人がウェアリングに伝えた流れが言及されている。なお、ライス夫人の一人二役ということになっている〈フィリップ・クレイトン〉の日本語音声の声は、ライス夫人の吹替を担当した瀬田ひろ美さんが実際に演じている[4]。
シュワルツことドゥルエ警部がロベールの遺体の前で「わたしは身分を隠していたのに」と言った際、原語では 'I have nothing to identify me. (わたしの身許を特定するものは何も持っていないのに)' と言っていたが、そのあと彼はロサコフ伯爵夫人にドゥルエとしての身分証を呈示する。
謎解き冒頭、ポワロがテレビン油で絵を拭くのを見てウェアリングが言った「ぜんぶ消すには液の量が足りないのでは?」という台詞は、原語だと 'That amount of spirit, monsieur, you might wipe off an Alp. (その液の量では山一つ消してしまいますよ)' という表現で、ほぼ逆の意味である。そのあと発せられるウェアリングの「ほらね」という台詞も、山が消えてきたのを受けてのもの。そして、下から別の絵が現れたあとのウェアリングとポワロの「こりゃ驚いたな」「外務省でも関心の的だったのでは?」というやりとりは、原語だと 'Well, I'm a ruddy Chinaman.' 'Spoken like a true officer in His Majesty's Foreign Office. (イギリスの外務官僚にふさわしい言い方ですね)' という台詞で、 Chinaman という政治的に好ましくない単語を外務次官のウェアリングが用い、それをポワロが皮肉る流れだった。そして、その偽装された絵は「マラスコーが奪ってきたものを売りさばく人物を」待っているとポワロは言うが、原語は 'For the fence of Marrasucaud's to find a purchaser for the collection. (マラスコーの故買人がコレクションの買い手を見つけてくるのを)' で、待たれているのはその人物が買い手を見つけることである。
ポワロがサムシェンカにレターケースをいったん返そうとしながら、「中身を見せていただけませんか?」「ムッシュウ・ドゥルエは警察官です。彼に中身をあらためてもらうというのはどうです?」と言うところは、日本語だとより受け入れやすい提案をしているように聞こえるが、原語は 'I must insist that you show to Poirot its contents. (ぜひポワロに中身を見せてください)' 'The lieutenant Drouet is a policeman. (ドゥルエ警部は警察官です) Would you prefer him to show us the contents of your writing case? (彼にレターケースの中身を開示してもらうほうがいいですか?)' という表現で、むしろ官権をちらつかせて断れないようにしている。
ロサコフ伯爵夫人がライス夫人からブローチを盗んだことについて「〔ライス夫人にこのブローチは〕山の中では必要ないでしょうし」と言うところは、人里離れた山中のホテルではお洒落をしても意味がないと言っているようにも聞こえるが、原語は 'She won't be needing it to go down mountain. (山を下るのに必要ないでしょうし)' という表現で、ホテルを出て山の中を歩いていくのに装飾品は不要というニュアンス。しかし、ブローチが盗まれたのは、ライス夫人が山を下りねばならない状況になるより前のことである。
謎解きのなかでポワロがアリスの研究対象に言及し、「そして、自分を捜しまわる探偵の、翼の下に隠れることをもっとも得意としている」と言ったところは、原語だと 'How deliciously pure it would be, mademoiselle, to conceal yourself under the wing of the very detective who searches for you? (自分を捜すその探偵の翼の下に隠れることができたら、どれだけ興味深いことでしょう?)' という仮定の質問であり、それが犯罪の手口と探偵の思考という学究的興味に合致するはずだといっているのであって、この時点ではアリスをマラスコーと断定していない。
ウェアリングに連れてこられたクレイトン夫人とライス夫人に対してポワロが言う「
アリス襲撃事件に関してポワロが言う「そしてこの襲撃こそがポワロのまわりからにおいを消し去った」という台詞は何を言っているのかよくわからないが、原語は 'And that this attack was a device most cynical to throw Poirot off the scent? (そして、その襲撃はポワロの追跡を撒くための冷笑的な計略だったのでは?)' という表現で、自分がマラスコーから狙われているように見せる偽装だったのではないかと言っている。そして、それに応じたアリスの「お望みなら、わたしを苦しめているものの正体をお教えしましょうか?」という台詞も、原語では 'Would you like me to describe the intimate parts of my tormentor, monsieur? (襲ってきた犯人の大事なところを詳しく描写してほしいの?) They were on display. (ご出品だったけれど)' という表現で、揶揄を込めつつ襲撃は本当にあったという主張をしている。
グスタフがマラスコーに会ったときのことを「顔全体は見えなかったが、お互いに目と目が合ったんだ」と言っていたのが、謎解きの際には「目と目が合った。射すくめられたさ」と回想されるが、原語は 'I saw his eyes. (彼の目を見た) He looked directly at me. (まっすぐ僕を見つめていた)' で同じである。
アリスは「〔マラスコーがロサコフ伯爵夫人とアリスの〕どっちなのか、とりあえずこの手帳に書いておくわ。ムッシュウ・ポワロが最後に突きとめる正体が、どっちなのか」と言っていたはずだが、実際に手帳(と呼ぶにはすこし大きい気もするけど)に書かれていた名前は「ルッツ」。アリスの発言は原語だと 'I shall write down who I think it is in the margin of this book. (このノートの余白に〔マラスコーの正体を〕わたしが誰だと思っているか書いておくわ) So, when Monsieur Poirot unmasks the killer, we shall see if I'm right. (そうすれば、ムッシュウ・ポワロが殺人犯を暴いたときに、わたしが正しいかわかるもの)' という表現で、候補をロサコフ伯爵夫人とアリスだけに限定していなかった。そして、アリスが手帳にルッツの名を書いたことについてポワロが言う「あなた〔ルッツ〕を当局に売り渡すための偶発性を狙ったとも言えます。そして図らずもこの犬が、あなたの役目が終わったことを教えてくれたのです」という台詞は、何を言いたいのかよくわからないが、原語は 'The contingency plan, mein Herr, to betray you. (いざというときに、あなたを売り渡す計画だったのです) Although you had already been betrayed to Poirot by the greeting so familiar of the little dog. (もっとも、この犬が親しく挨拶したことで、あなたはすでにポワロへ売り渡されていましたが)' という表現で、前半はいざというときはドクター・ルッツへ罪を着せる腹づもりであったということであり、後半は初対面のポワロには無反応だったビンキーがドクター・ルッツにはうなり声をあげたのを見て、彼がアリスと馴染みの間柄であることをポワロが見抜いていたということである。
ロサコフ伯爵夫人に向けて銃を構えたアリスを静止したポワロに対し、彼女が「あなたの負けよ。策を弄して策にはまったのよ。あきらめるのね」と言ったところは、ポワロが弄したという策が何なのかよくわからないが、原語だと 'Mistake, Poirot, because for the sheer, childish pleasure of proving you wrong. (そんなことないわ。あなたがまちがえたと証明できるだけでただ子供みたいに愉しいもの)' という表現で、ポワロに後悔を与えられるだけでも動機としては十分だと言っている。
下山したらしきライス夫人とクレイトン夫人のあとを追おうとしたウェアリングに対して、ポワロが「無意味な英雄気取りはあなた自身の単なる気休めにしかなりませんぞ――何の役にも立たない」と言ったところは、原語だと 'The opportunity to make yourself feel better by doing something senselessly heroic may yet present itself, but... this is not it. (無意味な英雄気取りをすることで気休めとなる機会はいつかあるかもしれません。でも――今回はちがいます)' という表現で、気休めの価値自体は否定しておらず、ただ今はそのときではないと言っている。これはつまり、二人の下山は偽装だとポワロは見抜いており、ウェアリングが演技をつづけても無駄である、あるいは二人のためにそのようなことをしても報われないと言っているのである。一方、伯爵夫人をかばったウェアリングが、「無意味なパフォーマンスだったってわけだな、ムッシュウ。そうだろう、もうあんなことはご免こうむりたいよ」と言うのは、原語だと 'Does that count as a senselessly heroic act, monsieur? I hope it does, because I really don't want to have to do that ever again. (今のは無意味な英雄気取りになりますか、ムッシュウ? そうであってほしい、なぜならあんなことをする羽目にはもう二度と陥りたくないから)' という表現で、ポワロから無意味な英雄気取りを留められていたことを受けての発言であって、「今回の行為が無意味であってくれれば、懲りて二度としなくなれるのに」というニュアンスである。それを受けたポワロの「そうでしょうな、ムッシュウ」という台詞も、原語では 'I believe that it does, monsieur. (なると思いますよ)' と言っていて、「だからもう大丈夫」と請けあう言外の優しさが込められている。
ドクター・ルッツが、レメントイ警視に捨てるよう言われた銃を指して言う「客観的相関物」とは、「複数の時計」でもその名が言及された英国の詩人であり批評家であるT・S・エリオットが、シェークスピアの『ハムレット』を批判する際に用いたことで知られる言葉で、本人が自分の心情を主観的・直接的に表現した言葉によらず、その心情を示す物や出来事を言う。この場面で言えば、銃がドクターの抵抗や逃亡の意思を表す客観的相関物であり、それを置くことによって投降の意思が示される。
本作品での伯爵夫人は、出会い方こそ原作の「ケルベロスの捕獲」を思わせるが、最後はポワロと決別し、ポワロとの関係においては原作とは真逆の結末を迎える。「オリエント急行の殺人」につづき、「カーテン 〜ポワロ最後の事件〜」を控える最終シリーズ各作品の犯人たちは、犯人と犯人以外の無実の人間(そこには、これまでの作品でずっと容疑の完全な埒外にあったポワロすらも含む)のあいだに厳然と存在した境界を揺さぶり、その向こうにポワロがもっとも大事にするもの、そしてそれにまつわる業(は仏教の概念だけど)を浮かび上がらせようとする演出意図が通底しており、本作品の結末もその一環としての脚色なのだろう。
- [1] Mark Aldridge, Agatha Christie's Poirot: The Greatest Detective in the World, HarperCollinsPublishers, 2020, pp. 368-369
- [2] 名探偵ポワロ NEW SEASON DVD-BOX 5 付属リーフレット, ハピネット, 2014
- [3] David_Suchet on Twitter: "Then it is more filming - The Labours of Hercules! Only one more left :("
- [4] 名探偵ポワロ「ヘラクレスの難業」|猫さまは18才! for ever
ロケ地写真
カットされた場面
なし
映像ソフト
- [DVD] 「名探偵ポワロ 51 ヘラクレスの難業」(字幕・吹替) ハピネット・ピクチャーズ※
- ※ 「名探偵ポワロ NEW SEASON DVD-BOX 5」に収録