海上の悲劇 Problem at Sea
放送履歴
日本
オリジナル版(45分00秒)
- 1990年03月03日 22時00分〜 (NHK総合)
- 1992年04月14日 17時05分〜 (NHK総合)
- 1998年10月19日 15時10分〜 (NHK総合)
- 2001年07月23日 15時10分〜 (NHK総合)
- 2003年05月22日 18時00分〜 (NHK衛星第2)
ハイビジョンリマスター版(50分00秒)
- 2015年12月05日 16時00分〜 (NHK BSプレミアム)
- 2016年05月18日 17時00分〜 (NHK BSプレミアム)
- 2020年05月16日 17時10分〜 (NHK BSプレミアム)※1
- 2021年10月19日 09時00分〜 (NHK BS4K)
- 2022年02月01日 13時00分〜 (NHK BS4K)
- 2022年07月20日 21時00分〜 (NHK BSプレミアム・BS4K)
- 2022年09月17日 28時57分〜 (NHK BSプレミアム)※2
- ※1 エンディング最後の画面下部に次回の放送時間案内の字幕表示(帯付き)あり
- ※2 エンディング後半の画面左部に一挙再放送次回の放送案内の字幕表示あり
海外
- 1989年02月19日 (英・ITV)
原作
邦訳
- 「船上の怪事件」 - 『黄色いアイリス』 クリスティー文庫 中村妙子訳
- 「船上の怪事件」 - 『黄色いアイリス』 ハヤカワミステリ文庫 中村妙子訳
- 「海上の悲劇」 - 『砂に書かれた三角形』 創元推理文庫 宇野利泰訳
原書
雑誌等掲載
- Problem at Sea, This Week, 12 January 1936 (USA)
- Poirot and the Crime in Cabin 66, The Strand, February 1936 (UK)
短篇集
- Problem at Sea, The Regatta Mystery and Other Stories, Dodd Mead, June 1939 (USA)
- Problem at Sea, Poirot's Early Cases, Collins, September 1974 (UK)
オープニングクレジット
日本
オリジナル版
名探偵ポワロ / AGATHA CHRISTIE'S POIROT / DAVID SUCHET // HUGH FRASER / 海上の悲劇, PROBLEM AT SEA / Dramatized by CLIVE EXTON
ハイビジョンリマスター版
名探偵ポワロ / DAVID SUCHET / AGATHA CHRISTIE'S POIROT / 海上の悲劇 // HUGH FRASER / PROBLEM AT SEA / Dramatized by CLIVE EXTON
エンディングクレジット
日本
オリジナル版
原作 アガサ・クリスティー 脚本 クライブ・エクストン 監督 レニー・ライ 制作 LWT(イギリス) / 出演 ポワロ(デビッド・スーシェ) 熊倉一雄 ヘイスティングス(ヒュー・フレイザー) 富山 敬 エリー 鳳 八千代 クラパトン 金内吉男 富田耕生 北村昌子 小林清志 倉野章子 中村秀生 山田栄子 鶴 ひろみ 広瀬正志 松岡文雄 巴 菁子 藤田幹子 秋元羊介 大滝進矢 坂本真綾 / 日本語版 宇津木道子 山田悦司 福岡浩美 南部満治 金谷和美
ハイビジョンリマスター版
原作 アガサ・クリスティー 脚本 クライブ・エクストン 演出 レニー・ライ 制作 LWT (イギリス) / 出演 ポワロ(デビッド・スーシェ) 熊倉 一雄 ヘイスティングス(ヒュー・フレイザー) 富山 敬/安原 義人 エリー 鳳 八千代 クラパトン 金内 吉男 富田 耕生 北村 昌子 小林 清志 倉野 章子 仲村 秀生 山田 栄子 鶴 ひろみ 広瀬 正志 松岡 文雄 巴 菁子 藤田 幹子 秋元 羊介 大滝 進矢 坂本 真綾 宮澤 奈々子 吉野 貴宏 日本語版スタッフ 翻訳 宇津木 道子 演出 山田 悦司 音声 金谷 和美 プロデューサー 里口 千
海外
オリジナル版
Hercule Poirot: DAVID SUCHET; Captain Hastings: HUGH FRASER; Kitty Mooney: MELISSA GREENWOOD; Pamela Cregan: VICTORIA HASTEAD; General Forbes: ROGER HUME; Captain Fowler: BEN ARIS; Nelly Morgan: DOROTHEA PHILLIPS; Emily Morgan: SHERI SHEPSTONE; Ismene: LOUISA JANES; Colonel John Clapperton: JOHN NORMINGTON; Mrs Clapperton: SHEILA ALLEN; Ellie Henderson: ANN FIRBANK; Mr Russel: JAMES OTTAWAY; Mr Tolliver: GEOFFREY BEEVERS; Mrs Tolliver: CAROLINE JOHN; Skinner: COLIN HIGGINS; Bates: JACK CHISSICK; 1st Hawker: PANAYOTIS KALDIS; 2nd Hawker: STATHIS MAUROPOULOS / Developed for Television by Picture Partnership Productions / (中略)GREEK UNIT; First Assistant Director: ARISTIDIS NIKOLOUDIS; Location Manager: NIKOS DOUKAS; Production Accountant: PAT ARVANITI; Production Buyer: PAVLOS XENAKIS; Design Assistant: CHRISSA DAPONTE; Production Manager: SUE PUGH TASSIOS / Panaflex 16(R) Camera by Panavision(R); Made at Twickenham Studios, London, England / First Assistant Director: EDWARD BRETT; Production Assistant & Continuity: SAM DONOVAN; Production Accountant: MIKE LITTLEJOHN; Camera Operator: JAMIE HARCOURT; Gaffer: JOE SPENCE; Art Director: JOHN DEMITRI; Set Dresser: CHRYSOULA SOFITSI; Production Buyer: LUDMILLA BARRAS; Property Master: MICKY LENNON; Construction Manager: LES PEACH; Dubbing Editor: COLIN CHAPMAN; Dialogue Editor: BRIDITTE ARNOLD; Dubbing Mixer: RUPERT SCRIVENER; Post Production Supervisor: RAY HELM; Costume Designer: LINDA MATTOCK; Make up Supervisor: HIRARY MARTIN; Sound Recordist: SANDY MACRAE; Titles: PAT GAVIN; Production Manager: MARTIN BOND; Casting Drector: REBECCA HOWARD; Film Editor: PAUL HUDSON; Production Supervisor: DAVID FITZGERALD / Production Designer: MIKE OXLEY / Director of Photography: PETER JESSOP. BSC / Music: CHRISTOPHER GUNNING / Executive Producers: NICK ELLIOTT, LINDA AGRAN / Producer: BRIAN EASTMAN / Director: RENNY RYE
あらすじ
ポワロとヘイスティングスが船で乗り合わせたクラパトン大佐夫妻。夫人は傍若無人な言動をくり返すが、大佐はそんな妻にも献身的だった。ところが、船がアレクサンドリアに停泊中、大佐が船に戻ると、鍵のかかった船室で夫人は殺されていた……
事件発生時期
不詳
主要登場人物
エルキュール・ポワロ | 私立探偵 |
アーサー・ヘイスティングス | ポワロの探偵事務所のパートナー、陸軍大尉 |
ジョン・クラパトン | 船客、陸軍大佐 |
アデリン・クラパトン | 船客、クラパトン大佐の妻 |
エリー・ヘンダーソン | 船客 |
ダーモット・フォーブス | 船客、陸軍将軍、クラパトン夫人の知人 |
キティ・ムーニー | 船客 |
パメラ・クリーガン | 船客 |
ネリー・モーガン | 船客 |
エミリー・モーガン | 船客、ネリーと姉妹 |
イズメニ | 船客、ネリーの姪 |
ラッセル | 船客 |
オリバー・トリバー | 船客 |
モリー・トリバー | 船客、オリバーの妻 |
ファウラー | 船長 |
ベイツ | 船員 |
スキナー | 船員 |
解説、みたいなもの
前回の「砂に書かれた三角形」に引き続き、イギリス国外を舞台としたエピソード。しかし今回は、原作に登場しないヘイスティングスがポワロに同行しており、ドラマオリジナルの活躍も見せる。劇中の寄港地はエジプトのアレクサンドリアということになっているものの、「砂に書かれた三角形」と同様、その撮影はギリシャのロードス島でおこなわれた。長くオスマン帝国の支配下にあり、イスラム文化の影響を受けた街並みがエジプトを模した撮影に活かされているが、ハイビジョンリマスター版で見るといっそう明らかなように、港の遠景に見えるアラブの建物は書割である。
原題 'Problem at Sea' の at sea には「なす術がない」、「五里霧中の」といった意味があり、文字どおりの「海上の」という意味とかけられている。また、クラパトン夫人とポワロのあいだで交わされる「いきいきしていなかったらどうなります?」「死にますね」という会話は、日本語で聞くとなぜ夫人が機嫌を損ねたのかわかりにくいが、「いきいき」の原語 alive には単に「生きている」という意味もあり、夫人が振った話題に対して、散文的に対義語を返したポワロの態度に立腹したもの。夜空の月に対してポワロが「まるで私の頭のようですねえ」と言う台詞は、原語では 'It is like a giant œuf en cocotte. (巨大な卵のココットのようですね)' と言っており、卵のココットとは茶碗蒸しにやや似た卵料理のこと。ただ、日本ではあまり馴染みのない料理なので、誰にでもわかる冗談に変えられたのだろう。
ネリー・モーガンが練習していた歌は 'The Kashimiri Love Song'。オリジナル版では日本語歌詞の吹替が当てられているが、その歌詞の内容は原語とまったく異なる独自のもの。加えて、場面をカットした関係で原語音声より先行して歌声が聞こえ始める。また、ハイビジョンリマスター版で彼女が夜にラウンジで披露したのは 'The Army of Today's Alright'。これらの歌は、ハイビジョンリマスター版の原語ではその題名がヘイスティングスに言及されている。ハイビジョンリマスター版でクラパトン夫人が化粧台の前で歌うのは 'Stay as Sweet as You Are'。こちらの日本語歌詞はおおよそ原語の意味をなぞっているが、「その優しさ、神をも愛でる」の部分は、神が愛でるならともかく、神を愛でることが優しさの度合いの形容になるとは思われず、意味がよくわからない。「神をも愛でる」に対応した原語は 'You are divine, dear. (すてきよ、あなた)' で、 divine の原義は「神の」「神々しい」であるが、ここでは俗語的な讃辞として使われている。
ポワロがエリーに言う、「じゃじゃ馬には献身的な夫がいるものです。自然のなぞですね。たぶんそれが主な理由かもしれませんね、ヘイスティングス大尉が結婚しようとしないのは」という台詞は、ヘイスティングスの結婚しない理由をじゃじゃ馬の妻に献身的な夫がいるためと言っているようにも聞こえ、そう受け取ると因果関係が不明瞭だが、原語で聞くと理由は「自然のなぞ」、すなわち自然界では説明不能なことが起こるからだと言っていることが明確である。つまりポワロは、ヘイスティングスが結婚していないのが不思議なほどよい人物だと言っており、そのため「いくらすてきな女性たちに紹介しても無駄ですね」というポワロの嘆きにつながる。
キティが言う「カスバにも行っちゃうつもり」の「カスバ」とは、アラビアの城塞、またその城壁に囲まれた市街のこと。
クレー射撃大会の段取りについてと思われる会話で、ベイツがアレクサンドリア港内での実施に関して懸念を表明するが、のちにヘイスティングスが「14日に〔イスラエルの〕ハイファでやろうと思ったんですが」と言うことと照らし合わせると、これは不自然である。なお、原語のヘイスティングスは「ハイファで」とは言っていないのだが、ベイツとの会話時点で14日開催の予定は決まっており、航海の日程がある程度流動的であったとしても、14日にまだアレクサンドリアにいると想定するのはやはり多少不自然である。また、ハイビジョンリマスター版では、一同がラウンジでラッセル氏の詩の朗読を聴いていたところ、ファウラー船長がそれを中断させてポワロの謎解きへ導入するが、その際に船長が日本語音声で「〔わたしが皆さんに〕お集まりいただいたのは」と言うのも不自然である。これは、一同がその前から朗読を聴いていた場面がカットされていたオリジナル版では不整合のない台詞だったのだが、その場面が補われたハイビジョンリマスター版でもオリジナル版の音声をそのまま利用したため、状況に合わないものとなってしまった。
ポワロの最後の台詞、「殺人は許せませんからね (I do not approve of murder.)」は、日本語だとやや埋没しそうな表現で、それが発せられる文脈も原作ほどにはポワロの厳しさを際立たせるものでなくなっているが、それでも彼の信条を表す重要な台詞。この信条は原作だと、一度人を殺した人間は殺人という手段で問題を解決することを覚えてしまい、ふたたび人を殺しかねないので野放しにはできないというポワロの自説に結びついており、「メソポタミア殺人事件」原作の創元推理文庫版の邦題『殺人は癖になる』などは、まさにそれを象徴する作中の台詞を抜き出してタイトルにあてたものだが、ドラマでは以降の作品でもこの自説にはあまり踏み込まない。
ハイビジョンリマスター版では、ヘイスティングスとベイツが軍隊時代に思いを馳せる会話があり、これによってヘイスティングスがすでに退役していることが明確になる。ヘイスティングスはほかのエピソードでも「大尉」の肩書きで呼ばれるが、大尉以上の将校であった者については、軍隊での肩書きが退役後も一般に敬称として用いられる。一方、クラパトン大佐も同様に退役していると見られるが、「大佐」の原語 Colonel は、大佐 (colonel) のみならず中佐 (lieutenant colonel) の敬称としても用いられ、実際の階級がいずれであったか、敬称からはわからない。
クルーズ船として撮影に使われたのは、1902年建造のマディズ号。この船は、第二次大戦中は海軍で王室の利用に供されており、ジョージ六世夫妻やエリザベス王女(のちのエリザベス二世)も乗船したという。この船がこうした撮影での利用依頼に応じたのは、本作品が唯一の例とのこと。[1]
アレキサンドリアの港はロードス新港の旅客港、街の広場はサルタン・ムスタファ・モスク前のアリオノス広場で、警察署の建物はテオフィリスコウ通りにある。港に並んだ建物の画面右端に見えるのは「砂に書かれた三角形」の税関の建物であり、また港から海をはさんだ遠景や、警察署の建物が映る前の展望のカットで見られるイブラヒム・パーシャ・モスクは、「砂に書かれた三角形」冒頭の脚本がクレジットされるカットで、画面左上に見えていたのと同じ建物である。
クラパトン夫人に「いい取り合わせだこと」と言われるトリバー夫妻を演じたジョフリー・ビーバーズとキャロライン・ジョンは、実際にも夫婦である。そのビーバーズは、ジェレミー・ブレット主演「シャーロック・ホームズの冒険」シリーズ「独身の貴族」にもモントゴメリー警部役で出演。クラパトン大佐を演じたジョン・ノーミングトンは、ジョン・ソウ主演の「主任警部モース」の一篇、「死者たちの礼拝」のライオネル・ポーレン牧師役でも見ることができる。
ファウラー船長役の小林清志さんは、映画「ハリーとヘンダスン一家」(吹替が富山敬さん主演のもの)ではデビッド・スーシェの吹替を担当している。
2020年までのハイビジョンリマスター版で番組内容として放送データに載っていたあらすじでは、舞台を「乗客15人の小型客船」と書いているが、劇中で見られる乗客は14人である。
警察署の外観が映った際、奥の建物の屋上に撮影を覗いているらしき人が見える。また、港に立っている緑色の支柱の街灯も、1930年代にしては現代的なデザインのような……
» 結末や真相に触れる内容を表示
謎解きのなかでポワロが言う「事件のあった前の晩、大佐が演じたあるお芝居を思い出しました」とは、原語だと 'the evening before the crime, Colonel Clapperton pretended to give himself away. (事件のあった前の晩、大佐は自分をさらけ出してしまったふりをしました)' と言っているように、手品の腕を披露した大佐が、「その腕なら舞台にだって立てますよ」とヘイスティングスに言われた途端、表情を硬化させて退出した一幕のことを言っている。つまり大佐は、隠したい事実を言い当てられて当惑したように装い、自分が過去に手品師だったという印象を強め、ひょっとして腹話術師だったのではという発想から遠ざけようとしたのである。
クラパトン大佐の動機についてエリーが語る「原因はわたしじゃありません。あの子たちの若さよ。それがあの人を駆り立てたのよ。手遅れにならないうちに自由になりたかったんだわ」という台詞は、大佐が若いキティやパメラに懸想して犯行に及んだようにも聞こえるが、「それがあの人を駆り立てたのよ」という部分は原語だと 'It made him fell his slavery. (それで自分が奴隷のように感じてしまったのよ)' という表現で、少女たちの自由闊達な様子に、自らの隷属的境遇を浮き彫りにされたという趣旨である。また、ポワロが人形とイズメニを使って犯行の手段を暴いたことを「残酷で卑劣なトリック」とエリーが評するのは、原作の「残酷なトリック」という批判をさらに強めたものだが、原作の評価はポワロが、大佐に心臓の持病があることを知りながら人形の一幕で心理的圧迫をかけ、発作を誘発させて死に追いやったことに対してであり、持病の設定もなく、単に芝居がかったデモンストレーションで露見と自白に追い込んだだけのドラマで、原作以上の強い批判を浴びるのは少々気の毒である。
原題 'Problem at Sea' の at sea には「なす術がない」、「五里霧中の」といった意味があり、文字どおりの「海上の」という意味とかけられている。また、クラパトン夫人とポワロのあいだで交わされる「いきいきしていなかったらどうなります?」「死にますね」という会話は、日本語で聞くとなぜ夫人が機嫌を損ねたのかわかりにくいが、「いきいき」の原語 alive には単に「生きている」という意味もあり、夫人が振った話題に対して、散文的に対義語を返したポワロの態度に立腹したもの。夜空の月に対してポワロが「まるで私の頭のようですねえ」と言う台詞は、原語では 'It is like a giant œuf en cocotte. (巨大な卵のココットのようですね)' と言っており、卵のココットとは茶碗蒸しにやや似た卵料理のこと。ただ、日本ではあまり馴染みのない料理なので、誰にでもわかる冗談に変えられたのだろう。
ネリー・モーガンが練習していた歌は 'The Kashimiri Love Song'。オリジナル版では日本語歌詞の吹替が当てられているが、その歌詞の内容は原語とまったく異なる独自のもの。加えて、場面をカットした関係で原語音声より先行して歌声が聞こえ始める。また、ハイビジョンリマスター版で彼女が夜にラウンジで披露したのは 'The Army of Today's Alright'。これらの歌は、ハイビジョンリマスター版の原語ではその題名がヘイスティングスに言及されている。ハイビジョンリマスター版でクラパトン夫人が化粧台の前で歌うのは 'Stay as Sweet as You Are'。こちらの日本語歌詞はおおよそ原語の意味をなぞっているが、「その優しさ、神をも愛でる」の部分は、神が愛でるならともかく、神を愛でることが優しさの度合いの形容になるとは思われず、意味がよくわからない。「神をも愛でる」に対応した原語は 'You are divine, dear. (すてきよ、あなた)' で、 divine の原義は「神の」「神々しい」であるが、ここでは俗語的な讃辞として使われている。
ポワロがエリーに言う、「じゃじゃ馬には献身的な夫がいるものです。自然のなぞですね。たぶんそれが主な理由かもしれませんね、ヘイスティングス大尉が結婚しようとしないのは」という台詞は、ヘイスティングスの結婚しない理由をじゃじゃ馬の妻に献身的な夫がいるためと言っているようにも聞こえ、そう受け取ると因果関係が不明瞭だが、原語で聞くと理由は「自然のなぞ」、すなわち自然界では説明不能なことが起こるからだと言っていることが明確である。つまりポワロは、ヘイスティングスが結婚していないのが不思議なほどよい人物だと言っており、そのため「いくらすてきな女性たちに紹介しても無駄ですね」というポワロの嘆きにつながる。
キティが言う「カスバにも行っちゃうつもり」の「カスバ」とは、アラビアの城塞、またその城壁に囲まれた市街のこと。
クレー射撃大会の段取りについてと思われる会話で、ベイツがアレクサンドリア港内での実施に関して懸念を表明するが、のちにヘイスティングスが「14日に〔イスラエルの〕ハイファでやろうと思ったんですが」と言うことと照らし合わせると、これは不自然である。なお、原語のヘイスティングスは「ハイファで」とは言っていないのだが、ベイツとの会話時点で14日開催の予定は決まっており、航海の日程がある程度流動的であったとしても、14日にまだアレクサンドリアにいると想定するのはやはり多少不自然である。また、ハイビジョンリマスター版では、一同がラウンジでラッセル氏の詩の朗読を聴いていたところ、ファウラー船長がそれを中断させてポワロの謎解きへ導入するが、その際に船長が日本語音声で「〔わたしが皆さんに〕お集まりいただいたのは」と言うのも不自然である。これは、一同がその前から朗読を聴いていた場面がカットされていたオリジナル版では不整合のない台詞だったのだが、その場面が補われたハイビジョンリマスター版でもオリジナル版の音声をそのまま利用したため、状況に合わないものとなってしまった。
ポワロの最後の台詞、「殺人は許せませんからね (I do not approve of murder.)」は、日本語だとやや埋没しそうな表現で、それが発せられる文脈も原作ほどにはポワロの厳しさを際立たせるものでなくなっているが、それでも彼の信条を表す重要な台詞。この信条は原作だと、一度人を殺した人間は殺人という手段で問題を解決することを覚えてしまい、ふたたび人を殺しかねないので野放しにはできないというポワロの自説に結びついており、「メソポタミア殺人事件」原作の創元推理文庫版の邦題『殺人は癖になる』などは、まさにそれを象徴する作中の台詞を抜き出してタイトルにあてたものだが、ドラマでは以降の作品でもこの自説にはあまり踏み込まない。
ハイビジョンリマスター版では、ヘイスティングスとベイツが軍隊時代に思いを馳せる会話があり、これによってヘイスティングスがすでに退役していることが明確になる。ヘイスティングスはほかのエピソードでも「大尉」の肩書きで呼ばれるが、大尉以上の将校であった者については、軍隊での肩書きが退役後も一般に敬称として用いられる。一方、クラパトン大佐も同様に退役していると見られるが、「大佐」の原語 Colonel は、大佐 (colonel) のみならず中佐 (lieutenant colonel) の敬称としても用いられ、実際の階級がいずれであったか、敬称からはわからない。
クルーズ船として撮影に使われたのは、1902年建造のマディズ号。この船は、第二次大戦中は海軍で王室の利用に供されており、ジョージ六世夫妻やエリザベス王女(のちのエリザベス二世)も乗船したという。この船がこうした撮影での利用依頼に応じたのは、本作品が唯一の例とのこと。[1]
アレキサンドリアの港はロードス新港の旅客港、街の広場はサルタン・ムスタファ・モスク前のアリオノス広場で、警察署の建物はテオフィリスコウ通りにある。港に並んだ建物の画面右端に見えるのは「砂に書かれた三角形」の税関の建物であり、また港から海をはさんだ遠景や、警察署の建物が映る前の展望のカットで見られるイブラヒム・パーシャ・モスクは、「砂に書かれた三角形」冒頭の脚本がクレジットされるカットで、画面左上に見えていたのと同じ建物である。
クラパトン夫人に「いい取り合わせだこと」と言われるトリバー夫妻を演じたジョフリー・ビーバーズとキャロライン・ジョンは、実際にも夫婦である。そのビーバーズは、ジェレミー・ブレット主演「シャーロック・ホームズの冒険」シリーズ「独身の貴族」にもモントゴメリー警部役で出演。クラパトン大佐を演じたジョン・ノーミングトンは、ジョン・ソウ主演の「主任警部モース」の一篇、「死者たちの礼拝」のライオネル・ポーレン牧師役でも見ることができる。
ファウラー船長役の小林清志さんは、映画「ハリーとヘンダスン一家」(吹替が富山敬さん主演のもの)ではデビッド・スーシェの吹替を担当している。
2020年までのハイビジョンリマスター版で番組内容として放送データに載っていたあらすじでは、舞台を「乗客15人の小型客船」と書いているが、劇中で見られる乗客は14人である。
警察署の外観が映った際、奥の建物の屋上に撮影を覗いているらしき人が見える。また、港に立っている緑色の支柱の街灯も、1930年代にしては現代的なデザインのような……
» 結末や真相に触れる内容を表示
謎解きのなかでポワロが言う「事件のあった前の晩、大佐が演じたあるお芝居を思い出しました」とは、原語だと 'the evening before the crime, Colonel Clapperton pretended to give himself away. (事件のあった前の晩、大佐は自分をさらけ出してしまったふりをしました)' と言っているように、手品の腕を披露した大佐が、「その腕なら舞台にだって立てますよ」とヘイスティングスに言われた途端、表情を硬化させて退出した一幕のことを言っている。つまり大佐は、隠したい事実を言い当てられて当惑したように装い、自分が過去に手品師だったという印象を強め、ひょっとして腹話術師だったのではという発想から遠ざけようとしたのである。
クラパトン大佐の動機についてエリーが語る「原因はわたしじゃありません。あの子たちの若さよ。それがあの人を駆り立てたのよ。手遅れにならないうちに自由になりたかったんだわ」という台詞は、大佐が若いキティやパメラに懸想して犯行に及んだようにも聞こえるが、「それがあの人を駆り立てたのよ」という部分は原語だと 'It made him fell his slavery. (それで自分が奴隷のように感じてしまったのよ)' という表現で、少女たちの自由闊達な様子に、自らの隷属的境遇を浮き彫りにされたという趣旨である。また、ポワロが人形とイズメニを使って犯行の手段を暴いたことを「残酷で卑劣なトリック」とエリーが評するのは、原作の「残酷なトリック」という批判をさらに強めたものだが、原作の評価はポワロが、大佐に心臓の持病があることを知りながら人形の一幕で心理的圧迫をかけ、発作を誘発させて死に追いやったことに対してであり、持病の設定もなく、単に芝居がかったデモンストレーションで露見と自白に追い込んだだけのドラマで、原作以上の強い批判を浴びるのは少々気の毒である。
- [1] M/Y Madiz - home
カットされた場面
日本
オリジナル版
[02:26/0:29] | ポワロが船室から出て、船長に挨拶する場面 |
[03:05/0:31] | ミス・モーガンが歌の練習を再開する場面 〜 クラパトン夫人が歌いながら化粧をする場面 |
[08:04/1:06] | ミス・モーガンがステージで陸軍賛歌を歌う場面 |
[14:37/0:01] | 画面暗転中のBGMのみ鳴っている部分 |
[17:54/0:24] | ポワロとヘイスティングスが上陸する場面 |
[18:23/0:25] | 町の喧噪 〜 町を歩くエリー 〜 ヘイスティングスがラクダに乗って記念撮影をする場面の前半 |
[19:41/0:32] | ヘイスティングスが次の撮影のために服を着替える場面 〜 町を歩くエリー 〜 トリバー夫妻と果物屋の前で出会う場面※ |
[32:35/0:02] | 町の遠景前半 |
[29:19/0:14] | 大泣きするキティをパメラが慰める場面 |
[36:57/1:03] | ラッセル氏がステージでキプリングの詩を朗読する場面 |
- ※ 代わりに、直前のカットシーンから町の喧噪(約2秒半)が挿入されている
ハイビジョンリマスター版
なし映像ソフト
- [VHS] 「名探偵ポアロシリーズ 船上の怪事件, 四階の部屋」(字幕) TDK
- [VHS, VCD] 「名探偵エルキュール・ポアロ 第7巻 船上の怪事件」(字幕) 日本クラウン
- [DVD] 「名探偵ポワロ 4 海上の悲劇, なぞの盗難事件」(字幕・吹替) ビームエンタテインメント(現ハピネット・ピクチャーズ)※1
- [DVD] 「名探偵ポワロ [完全版] 4 海上の悲劇, なぞの盗難事件」(字幕・吹替) ハピネット・ピクチャーズ※2
- [DVD] 「名探偵ポワロ DVDコレクション 30 海上の悲劇」(字幕・吹替) デアゴスティーニ・ジャパン※3
- [BD] 「名探偵ポワロ Blu-ray BOX Disc 2 4階の部屋, 砂に書かれた三角形, 海上の悲劇, なぞの盗難事件」(字幕/吹替) ハピネット・ピクチャーズ※4
- ※1 「名探偵ポワロ DVD-BOX1」にも収録
- ※2 「名探偵ポワロ [完全版] DVD-BOX1」「名探偵ポワロ [完全版] 全巻 DVD-SET」「名探偵ポワロ [完全版] DVD-SET 1」にも収録
- ※3 吹替は大塚智則さん主演の新録で、映像もイギリスで販売されているDVDと同じバリエーションを使用
- ※4 「名探偵ポワロ Blu-ray BOX vol. 1」に収録